その……な、こう、なんつーか……手をつないで学校にいきたいのだ。  
 だから今週はずっと早起きしてる。  
 この土手を通って桐野は学校に行ってるから、あたしはその途中、川原のほうに降りるための階段に座って、あいつが来るのをここで待ち伏せしている。  
 朝だっつーのに、ぼんやりと階段に座り込んでいるあたしをじろじろと見るやつもいるが、そんなやつは睨み返せば一発だ。  
 ぼーっと流れる川を眺めながら、桐野を待つ。  
 だんだんウチの学校の制服のやつらが多くなってくる頃に、だいたい桐野は現れる。  
 ここ二、三日でわかった。  
 あたしは待ってたのがばれないように、慌てて腰を上げると、歩き出した。といっても、桐野に追いつかれなければいけないから、できるだけゆっくり、だけど不自然にならないようにだ。  
 こんなあたしの苦労を桐野はまったく知らねぇに違いない。  
 女はツレーよ。  
 時々、後ろを振り返って様子を窺うと、ちゃくちゃくとあたしと桐野の距離が縮まっている。  
 もうすぐだ。  
 あたしの心臓の音がだんだんでかくなってくる。  
 桐野の足音だけがよく聞こえるのも不思議だ。  
 あたしの緊張も知らずに、桐野があたしの横に並んで、そのまま通り過ぎようとした。  
 小さく深呼吸して、  
「お、おう。桐野じゃねぇか。ぐ、偶然だなっ」  
 また、噛んじまった。ちくしょう。何回目になっても最初の一声は緊張する。  
 あたしが呼びかけると、桐野が軽く振り向いた。  
 なんだかあたしの顔を見て微笑んだような気がしたのは気のせいか? 夢見る乙女なんかになったつもりはねえけど。  
「ほんとに偶然だ、喜多さん。四日連続はすごいな」  
「そっ、そうだな!」  
 偶然のフリをするのにあたしがどれだけ苦労しているかもしらねーで、のんきなことを言っている。  
 けど、もし毎朝あたしが待ってるなんてことがバレでもしたら、コイツはけっこう意地悪なとこがあるから、どうなるかわからない。  
 ほんとはばらしてでも、桐野の家から一緒に行きたいけどしょうがない。  
 それはあきらめるとしても、今日で木曜日、四日目だ。いい加減に手を……つっ、つなぎたい。  
 月曜から水曜までなにしてたんだっつわれても、こっちにも色々心の準備があんだよ!  
 き、桐野には、その、なんだ。いろ……いろされてっから、あいつに触ろうとすると緊張すんだよ! ちくしょう!  
 だめだ! あたしは誰としゃべってんだよ。手つなぐぐらい楽勝だろうがよ!  
 あたしも女だ。根性決めてやる。  
 確か昨日も同じような決心をしたんだっけな。  
 昨日は惜しかったんだ。  
 昨日の朝、世間話をしながら、桐野の手を見ていたあたしは、桐野の手がかばんを持ち替えたのを見て、今しかないと気合を入れたのだ。  
 
「……で、そのだ、なんていうか、きっ、桐野はあたしと手を、つ、つないだりはしたくないのか? いや! 別にあたしがつなぎたいとかそういうんじゃねぇんだけどさ」  
 だめだぁー!  
 あたしは頭を抱えて振り回したくなった。  
 全然はなしになんねぇー!  
「手?」  
 きょとんとした顔で桐野が聞いてくる。  
 なんか呆れられてる気がする。そりゃ自分で言ってても、途中で訳わかんなくなってるから、聞いてる桐野が訳わかんなくなるのもあたりまえか。  
 しかし、あせるあたしの唇は、心とは関係なく、でたらめばかり口走る。  
「ち、違うぞ! 別にあたしはつなぎたいとか言ってないからな」  
 反対だって。ほんとは手つなぎたいんだけど、こうなったら手遅れだ。  
 諦めと疲れから、あたしはもう桐野を見ることもできなかった。  
 そうすると、なんだか桐野の手があたしに触れたのだ。  
 ちょっと手を、指を動かせば、桐野の指と絡まりそうなぐらいに。手をつなげそうなくらいに。  
 あたしはあまりのチャンスに驚きすぎて、固まってしまい指を動かせなかった。  
 その後も何度か同じようなチャンスがあったけど、そのたびに緊張してだめだった。  
 結局、昨日は緊張しすぎて、学校に行くだけでへとへとになっちまった。  
 
 今日こそ!  
 誰かも言ってたけど、昨日より今日だ! 今日繋げればなんの文句もない。  
 あたしが昨日のことを思い出して、同じミスをしないように考えていると、桐野が声をかけてきた。  
 なんだかうきうきして嬉しそうな声のような気がする。  
 桐野が楽しそうだと、なんだかあたしも嬉しい。  
「ねぇ、喜多さん」  
「なんだよ」  
「昨日さあ、喜多さんが言ってたことなんだけど」  
「あたしなんか言ったか?」  
 桐野と話したことはたいてー覚えてるはずだけどな。  
「僕が喜多さんと手つなぎたくないかってことなんだけど」  
 びりっとあたしの背中に電気が走る。  
「あ、あれか。念のためもう一回言っとくけど、べ、別にあたしがつなぎたいってわけじゃないからな。桐野が……」  
 ち、違う! そうじゃなくて、繋ぎたいのに口が勝手に!  
「言われて考えたんだけど、つなぎたい」  
 だから、あたしはほんとはつなぎたいんだ。けど、けど、ちくしょ! こんな自分に腹がたつ……?  
「へ?」  
 なんだか今すごいことを言われた気がする。  
「手」  
「……手……?」  
 あたしは桐野の言葉をそのまま繰り返した。  
「喜多さんと手つなぎたいんだけど嫌か?」  
「お、お前がつなぎたいなら、い、い、いいけど。……ほらよ」  
 心の中で大歓声をあげながら、あくまで渋々という感じで手を差し出す。  
 
 あたしの指先に桐野の指が触れ、絡まった。  
 掌から伝わってくる桐野のぬくもりがあたしの胸の奥にまで伝わってくる気がする。  
 頬が緩みそうになるのをぐっとこらえて、あくまで普段と変わりない顔をする。  
「こういうのってけっこういいもんだな」  
 けっこうどころじゃない! すげぇ! ものすげえいいもんだ!  
 そう思っていても、素直にそれを伝えられない。  
「そ、そうだな」  
 気乗りしていないような言葉しかでないのが情けない。  
「そういえばこの前のことなんだけど……」  
「なんだよ」  
「……喜多さん。なんていうか」  
「おう」  
「単語じゃなくて文章でしゃべって欲しいんだけど」  
 しまった! 緊張のあまりまともに喋れない。  
 桐野にさらに突っ込まれないうちになにか、話題を探さないと……だめだ、なにもでてこないっ。なにか、なにかねぇのか。  
「……きょ、今日もいい天気だな」  
「くっ……はははははは。いや、ほんとに、はははは、いい天気だ」  
 あたしが変な汗までかきながら、ようやく探し出した話題を口にした途端、桐野は腹を抱えて爆笑しやがった。  
 あ、あたしだって別に天気なんかの話がしたかったんじゃないんだ。桐野がなにかないかって言うから言っただけなのに。  
 ぐわっと顔が熱くなるのが自分でもわかる。桐野の顔を見ることができない。  
「そ、そんなに笑うことないだろ!」  
「いや、だって、いい天気だって、いや、確かにそうだけど、あはははは」  
 あたしが怒鳴ったら桐野の笑い声がでかくなった。  
 それでもあたしには、笑うなと言うことしかできない。  
 ちくしょー! 桐野にバカだと思われる。  
「わ、笑うなっつってんだろ!」  
「くっ、くく……いや、ごめん。じゃあ天気の話はやめよう」  
 ようやく桐野の笑いが静まりだした。それでも、ときどき噛み殺しきれなかった笑いを漏らすのが腹立たしい。目の端には涙まで浮かべている。  
 ほんとのあたしはもっとビッとしてるのに、桐野にはカッコ悪いとこばっか見られてる気がする。  
「わかればいいんだよ。わかれば」  
「でもさ、なんていうか……喜多さんって見た目より可愛いよな」  
「可愛い? あたしが?」  
「うん」  
 こいつはときどき突拍子もないことを言い出してあたしを凍らせるのだ。  
 しかも、それを期待しているふしがあり、その通りになってしまうのにまた腹が立つ。  
 ここらでビシッとしておく必要がある。  
 あたしは丁寧にガンつけようの顔をつくった。けど、そんなに不細工にならないようにしないといけないのがいつもと違って難しい。いつもはびびらせればいいだけだからな。  
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」  
 言ってやった! ビシッと言ってやった! これで桐野も少しはおとなしくなるだろう。  
 
「いや、本心からなんだけど」  
 だめだ。ぜんぜんきいてねぇ。こいつの図太さには恐れ入るぜ。  
 ……まてよ。あたしはすでに舐められきってるってことか?  
 このまま桐野に主導権を握られたままあたしは振り回されるってことになんのか?  
 ……。  
 ……それはそれでいい、のか。  
 いや! いいわけねぇ! いつもこいつに好き放題されるのが……いい。  
 違うっ! だめだっ!  
「これ以上言ったらぶっ殺すぞ!」  
「喜多さんと話せることがどんどん減ってくなあ」  
「そんなくだらねぇことだったら減っていいんだよ」  
 言ってから、あたしは自分がそんなに緊張していないことに気づいた。  
 すごく自然に手をつなげてる。  
 へんに桐野の手を意識しないでいられる。  
 あぁ、なんか、今すげぇ幸せかもしんねぇ。  
「おいコラ! 待てや喜多!」  
 桐野の手、なんかやっぱ男だな。けっこーゴツい。  
 これがあんなに色々動くんだな……あっ、やばい。今考えたの桐野にばれてないだろうな。あたしは硬派なフリョーなんだから。  
 あたしはちらりと桐野の様子を窺った。すぐ横を見ると顔が間近にあってどきどきするぜ。  
 桐野が急に立ち止まった。前を見ている。  
 ん? どうしたんだ?  
 あたしも桐野の視線を追いかけて前を見た。  
 すると頭の悪そうなバカがいた。確か前にちょっかいかけてきたバカだ。  
「この前はよくもやってくれたな。おお!? 油断さえしなきゃ、俺がてめえみたいな女にやられるわけねんだよ。ぼこにしてやる!」  
「あぁん! お前見たいなバカの相手してる暇はねぇんだよボケっ! また玉潰すぞ!」  
「殺す!」  
 それはこっちのセリフだボケぇ!  
 あたしはバカヤンキーの玉を叩き潰そうと構えを取ろうとした。  
 ところが、最悪のミスを犯してしまった。  
 このバカの喧嘩を買ったせいで桐野とつないだ手を離さなければならない。  
 せっかく毎日早起きしたのに!  
 ずっと頑張ってやっと今日つなげたのに!  
 
「ちくしょうっ!」  
 あたしは泣く泣く桐野の手を離すことにした。  
 いくらなんでも手をつないだまま喧嘩はできないし、第一桐野になにかあったら大変だ。  
 あたしの幸せをぶっ壊しやがって!  
 絶対にコロス! 潰してコロス!  
 腹立ち紛れに、あたしは手にしたカバンを投げつけた。  
 そのままカバンを追いかけるようにキックを放つ。  
 直撃! 硬い!? してない!?  
 生意気に下半身をガードしてやがる。  
「せっかく再起不能にしてやろうと思ったのによ」  
 まずい状況になったと思うが、弱みを見せるわけにはいかない。  
 あたしは強気な態度を崩さずに吐き捨てた。  
「てめえのことだからどうせここを狙ってくると思ってたぜクソアマ。ここさえやられなきゃ女のてめえが勝てるわけねえもんなあ」  
 しまった! 足掴まれたっ!  
 むかつく顔で笑うなボケっ!  
「っつ!」  
 痛えっ! 顔面殴りやがった!  
「痛かったら痛いって言えよ。俺の気持ちがすっきりするからな。泣きたくなったら泣いていいぜ。許さねえけどな。ひひひ。あれ、お前の男か? お前をぼこぼこにしたら次はあいつもついでに殺ってやる。」  
 今なんつった!? 桐野に手ぇ出す気かっ!  
……。  
……。  
死ねっ……このボケっ。  
……。  
……潰れろっ……。  
……。  
……。  
「ちくしょうっ! やっと、やっと手、手を繋げたのにっ!」  
 そうだ! やっとだったんだぞ!  
 ん?  
 ちょ、ちょっ、ちょっと待て! 今あたしでかい声でとんでもないこと言わなかったか?  
 まずい。あたしが桐野と手をつなぎたがってたことがばれたら、またあいつにからかわれるネタになってしまう。  
 あたしは手遅れとはわかっていても、猛スピードで口を押さえた。  
 それから、こっそりと横目で桐野を見た。  
 桐野はあたしと目があうとさわやかに笑ってくれた。  
 危ないとこだった。あの感じだと、なんとか聞こえなかったらしいな。  
 そこで、あたしは足の裏の違和感に気づいた。目を落とすと、バカの顔が靴の下にある。  
 のんきに気絶している顔を見ると、また腹が立ってくるが、あんまり桐野の前で暴力をふるって嫌われるとまずいから我慢しよう。  
「これで勘弁してやる」  
 あたしは最後に一発だけバカの頭を踏みつけると桐野のほうに向かった。  
 桐野の顔はちょっとだけ青ざめているように見えた。きっとあたしのことを心配してくれたんだ。  
 桐野はなんだかんだ言っても優しいからな。  
 けど、あんまり心配かけるとまずいから、ちっとフォローしとくか。  
「……前も言ったかもしれないけど、いつもこんなことしてるわけじゃないからな」  
 
「わかってる。それよりも喜多さん」  
 なんとか話はそらせたみたいだな。  
「なんだよ?」  
「鼻血でてる」  
 言われて、あたしは鼻の下に手を伸ばした。  
 すると、赤いものが指先にべっとりついている。  
 やべぇー! 恥ずいにもほどがあるだろ。間抜けな顔になってねぇだろうな。  
 と、とにかく早く拭かないと。  
 あたしは慌てて袖口で鼻をこすった。  
「ちょっ、ほら、そんなので拭かないで。ハンカチ貸してやるから」  
「おう。ありがと。あ、あんま見んなよ。間抜けな顔になってんだから」  
「名誉の負傷ってやつだねえ。ちょっとよく見せて……あんまりひどいことにはなってなさそうだけど、学校に着いたら保健室に行こう」  
「いいよ、これぐらい」  
「だめ。これは御主人様の命令だ」  
 あぁー。桐野があたしの心配してくれてるぞ。  
 幸せだー。  
 けど、このぐらいで浮かれると思われたら安い女に見られるからな。ビッとした態度でいないと。  
「わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」  
 わざとぶっきらぼうに言ってやる。  
 すると、桐野は偉そうにうなずいた。  
「わかればよろしい。あとでご褒美をあげよう」  
「ごっ、ご褒美」  
 その言葉を聴いた瞬間体中にびりびりと電気が走った。  
 な、なにされるんだろ、あたし……。  
 ち、違う! 嬉しくなんかないんだ。  
 けど、体がかってにもじもじと動いてしまう。  
 あたしの体はあたしのものじゃなくて、桐野のものになってしまったみたいだ。  
「それとね、ちょっとこっち来て」  
「お、おう」  
 今からなにかされんじゃねぇだろうな。  
 まさかとは思うけど、一応用心しながら、あたしは桐野に近づいた。  
 あたしに顔を寄せると桐野が小さく口を開いた。息が少しくすぐったい。  
「あのときはおちんちんだってなかなか言ってくれないのに、喧嘩のときはフニャチンだなんだって大きな声で言えるんだな」  
 ――っ!  
「ばっ、てめ! 声が、い、いきなりなに言いだすんだよバカっ!」  
 あたしは即座に桐野の口を力ずくでふさいだ。  
 これ以上とんでもないことを言わせないためだ。  
 
 すばやく辺りを見回したが、なんだか皆がこちらを見ている気がする。  
 まさか聞こえたわけじゃねぇとは思うけど。  
 あたしがしばらく様子を窺っていると、周りのやつらがぱらぱらと歩き出した。  
 大丈夫みたいだ。  
 しかし、桐野にはガツンと言わないと。  
「きゅ、急にとんでもないこと口走るな!」  
 慌てて桐野の口を両手でふさぐ。  
「ふがむんが……」  
「黙れっ」  
 あ、危ない。またなにか言われるところだった。  
 しばらくはこのままこいつの口を押さえてないと。  
 桐野があたしの手をどかそうとしてきたがダメだ。まだ周りに何人か人がいる。  
 あたしはさらに手に力を入れた。  
 ところが、桐野のほうは指に力を入れる様子がない。  
 あたしがいぶかしんで様子を見ていると、桐野の指が動いた。  
 手を離すものかと思っていると、すっと手の甲を撫でられる。  
「んひっ!」  
 なんだか妙な感じの触り方だったので、あたしは思わず飛びのいてしまった。  
 文句を言おうとしたが、なんだかぞくぞくして口がうまく動かない。  
「な、な、な……」  
「はぁ、苦しかった」  
 桐野のほうは暢気に口元を押さえている。  
「苦しかったじゃねぇだろボケっ! いきなりなにするんだ」  
「手を触っただけだ」  
 た、確かにその通りだけど……なんか違う気がする。  
「……」  
「でもあれだけなのにあんな声だして、喜多さんはやっぱり敏感だなぁ」  
「きっ、き……」  
「き? なに?」  
「桐野っ!」  
 考えるより先に体が動いた。  
 あたしは桐野の口を再度押さえようと飛びかかろうとした。  
 ちょうどその一呼吸前に、うまいタイミングで桐野が口を挟みやがった。  
「喜多さん、急がないと遅刻するよ。結構時間食ったから。ほら」  
 これだ。ちくしょう。くやしいが勝てる気がしない。  
 あたしの気持ち気づいているのか、いないのか。桐野はこっちをにこにこ見ている。  
 と、あたしは桐野が手を差し出しているのに気づいた。  
 つい、その手をぼけっとバカみたいに見つめてしまった。  
 ……嬉しい。  
 あぶねぇ! またうっかり許してしまいそうになってたぞ。  
 ここはバシッと決めとかねぇとな。  
 あたしはぶすっとした不機嫌な顔をつくると、手を差し出してやる。  
 あくまで桐野がつなぎたいからつないでやるのだ。  
「おう」  
 
 その日の登校はサイコーだった。  
 早起きしてたかいがあったってもんだ。  
 ただ、はやく手をつないでても緊張しないようにしないとな。  
 あたしが緊張してんのが桐野にはバレてないはずだけど、いつまでもこんな感じじゃそのうちバレちまうかんな。  
 学校に着くのがこんなに早い日は初めてだった。  
 今までなら歩くのがだるいぐらいなのに。  
 正門が見えると、あたしは残念ながら手を離さなくてはいけなかった。  
 男と手つないでるとこなんか見られちまったら、どんな噂がたつかわかんねぇしな。  
 桐野に迷惑がかかるかもしんねぇし。  
 自分から手を離したくせに、桐野の温もりがなくなった瞬間、あたしはごっそりと大事なものがなくなってしまったような気がした。  
 そして、その瞬間わかってしまったのだ。  
 ああ、あたしはもう桐野なしではいられなくなっちまったんだ。ってことを。  
 

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