「お、おう。桐野じゃねぇか。ぐ、偶然だなっ」
「ほんとに偶然だ、喜多さん。四日連続はすごいな」
「そっ、そうだな!」
今日もかよ。
俺はうんざりした気持ちで、今週に入ってから毎朝繰り広げられるミニコントを眺めた。
俺は広尾宗利。
目の前でミニコントをやっている二人組みのうちの男のほう、桐野とは幼馴染で、女のほうの喜多とはクラスメートだ。
自分で言うのもなんだが、俺はかなりもてる。金持ちだし、顔もいい、スポーツもできる、頭だって悪くないとくればそうなるのも仕方ない。
そんな俺が、ここ最近、目の前の二人に胸にラブラブぶりを見せつけられながら登校するはめになっている。
本来なら俺は見せ付ける側のはずだ。
桐野の位置に俺がいるほうが正しいのに、なぜ俺でなく桐野なのか。
俺と桐野はよくつるんでいる。
つまり、他人の視界に入るときは二人そろってが多いということだ。
なのに、なぜあの喜多は俺でなく桐野を選んだのか。
それがわからない。
普通、桐野と俺なら俺を選ぶだろうに。
……。
そうか! 謎はすべて解けた。
俺があまりにカッコ良すぎるから、遠慮して近づきがたいんだ。高貴な方には下々のものは近づき難いものだからな。
くそっ。すべてに恵まれすぎるのもいいことばかりじゃねーな。
いや、待てよ。
それは考えすぎかもしれない。
俺が完璧すぎるからといって、少しでも可能性があればダメもとで挑戦するだろう。
それだけの価値が俺にはあるはずだ。
ということは……。
なにか俺の知らないコツのようなもんがあるんだ。きっと。
あの手の女の子をおとすコツが。
それ以外に桐野が喜多をおとせるわけがない。
あんななに考えてるかわからんようなヤツに女が惚れるわけがない。
俺が灰色の脳細胞によって完璧な解答を導き出した頃、バカップルどもは、まだくだらないおしゃべりを続けていた。
幸せで脳汁が出まくりの二人はすぐ後ろにいる俺に気づきもしない。
きっと今の二人にはお互い以外は背景にしか見えないのだろう。
「ねぇ、喜多さん」
「なんだよ」
「昨日さあ、喜多さんが言ってたことなんだけど」
「あたしなんか言ったか?」
「僕が喜多さんと手つなぎたくないかってことなんだけど」
「あ、あれか。念のためもう一回言っとくけど、べ、別にあたしがつなぎたいってわけじゃないからな。桐野が……」
「言われて考えたんだけど、つなぎたい」
「へ?」
喜多が間抜けな声を出した。
あんな喜多を見たのは初めてかもしれない。
いつもは怖そうにギッと張り詰めてるかんな。
「手」
「……手……?」
「喜多さんと手つなぎたいんだけど嫌か?」
「お、お前がつなぎたいなら、い、い、いいけど。……ほらよ」
喜多が手を差し出すのが見えた。
手ぐらい普通につなげよ。
あんなもん流れでつなぐもんだろうがよ!
まどろっこしいやりとりに俺がいらいらしていると、桐野がわけのわからないことを言い出した。
「こういうのってけっこういいもんだな」
「そ、そうだな」
喜多! お前もそうだなじゃねー!
手ぐらいで眠たいこと言うなっ!
そんなんじゃセックスなんて夢のまた夢だろうが!
あいつら絶対処女に童貞だ。
あんな調子じゃ初体験までどれだけかかるんだ。
考えただけで頭がくらくらするぞ。
「そういえばこの前のことなんだけど……」
「なんだよ」
「……喜多さん。なんていうか」
「おう」
「単語じゃなくて文章でしゃべって欲しいんだけど」
「……きょ、今日もいい天気だな」
「くっ……はははははは。いや、ほんとに、はははは、いい天気だ」
「そ、そんなに笑うことないだろ!」
「いや、だって、いい天気だって、いや、確かにそうだけど、あはははは」
「わ、笑うなっつってんだろ!」
桐野! 爆笑してんじゃねー!
天気の話なんかぜんぜんおもしろくねーんだよ。
後ろで聞いてる俺にも楽しめるトークにしろ。
血管が切れそうだ。
「くっ、くく……いや、ごめん。じゃあ天気の話はやめよう」
「わかればいいんだよ。わかれば」
ようやく話題が変わるらしい。
と、俺がほっとしたのもつかの間。
「でもさ、なんていうか……喜多さんって見た目より可愛いよな」
「可愛い? あたしが?」
「うん」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
それは俺のセリフだ!
桐野の野郎、ぬけぬけと。
惚気ってものが自分はともかく、他人のを聞かされるとこんなにも腹が立つものだとは。
やべぇ、怒りでスーパーサイヤ人になれそう。
「いや、本心からなんだけど」
まだ言うか! 桐野の野郎!
かばんをあのバカの顔面めがけて放り投げてやりたい。
しかし、そんなことをすれば、桐野にべた惚れらしい喜多の報復が怖いし。
俺はこぶしを力いっぱい握るだけにとどめておいた。
決して喜多が怖いわけではない。俺は女性には優しいのだ。
「これ以上言ったらぶっ殺すぞ!」
喜多が桐野に怒鳴っているが、まるで嬉しさを隠しきれていない。
きっと綺麗とか、そういう褒め言葉に免疫がないんだろう。
まあ、喜多に面と向かってそんなことを言える度胸のあるやつなんていないだろうからな。
……待てよ。
すると、桐野の野郎は今みたいに寝言まみれのセリフで喜多を攻めまくっておとしたのだろうか。
ありえるな。
褒め言葉に弱い女の子はいっぱいいるしな。
しかし、まさか喜多がそんなタイプとは思わなかった。
「喜多さんと話せることがどんどん減ってくなあ」
「そんなくだらねぇことだったら減っていいんだよ」
幸せそうにじゃれている二人を見ていると腹が立ってきた。
こっちは最近ぜんぜんついていないというのに。
この前も五股がばれてふられたばっかりだし。
バイクに乗って鋲のついた服着た悪党達がヒャハハって笑いながらあの二人を邪魔しにこねえかな。モヒカンならなお可。
「おいコラ! 待てや喜多! この前はよくもやってくれたな。おお!? 油断さえしなきゃ、俺がてめえみたいな女にやられるわけねんだよ。ぼこにしてやる!」
げえっ! ヤンキー!
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
俺の脳裏に銅鑼の音が響いた。
天が俺の願いをかなえたのか。
レスポンスが早かった分、モヒカンでも、バイクに乗ってもいないがまあいい。
しかし、本当にかなうとは思わなかった。
天も俺には常に注目しているらしい。
こうまで恵まれていると、うかつなことを思うことすらできないな。
とりあえず、野次馬になるとするか。
「あぁん! お前見たいなバカの相手してる暇はねぇんだよボケっ! また玉潰すぞ!」
喜多が鬼のような形相でヤンキーを睨んだ。
子供が見たらおしっこ漏らすぞ。
よく男の前であんな顔ができるな。
桐野がひくぞ。
……いや、別にひいてないな。
そういえば、あいつは昔からそういうやつだった。
物事に動じないというか、鈍いというか。
ヤンキーは動じないどころではない。怒りにぷるぷる震えている。
どうやら喜多の言葉は図星らしい。
むかし喜多に玉潰されたことがあるのか。哀れなやつだ。
「殺す!」
喜多が桐野の手を振り払って迎撃体制をとる。
まあ、いざとなったら助けに入ってやろう。
おっ、喜多が言葉通りに男のタマ狙った。
えげつねー。
女だからできんだろーな。ああいうことは。
おっ、ヤンキーもなかなかやるぞ。ちゃんとガードしてる。
「せっかく再起不能にしてやろうと思ったのによ」
ぶっそうなことを喜多が口走る。
なにからなにまで恐ろしい女だ。
「てめえのことだからどうせここを狙ってくると思ってたぜクソアマ。ここさえやられなきゃ女のてめえが勝てるわけねえもんなあ」
その考えは甘いんじゃねぇのかな。
横から見てるだけだけど、明らかに喜多とヤンキーでは格が違う。
野次馬らしく、冷静に批評していると、喜多が脚を掴まれてしまった。
あ、やばい。
うわっ、殴られた。
あ、凄い。ぜんぜん弱気になってない。
それどころか闘志満々だ。
苗字花山のほうがいいんじゃねぇか?
「っつ……!」
あ、またやられた。
そろそろ助けに行ったほうがいいかな。しかし俺が行くのもへんだよな。彼氏がすぐそこにいるし、と俺は桐野を見た。
すると、喜多のほうに向かって駆け出している。
さすが、彼氏。
彼女は自分で助けに行かないとな。
やられたら俺が屍を拾ってやるから頑張れよ。
「痛かったら痛いって言えよ。俺の気持ちがすっきりするからな。泣きたくなったら泣いていいぜ。許さねえけどな。ひひひ。あれ、お前の男か? お前をぼこぼこにしたら次はあいつもついでに殺ってやる。」
うわー、むかつくヤツ。
きっと俺みたいな人生をおくってないからあんな風になんだろうな。
「テメエ……! 死ね! このボケっ!」
なんであんなに強気でいられるのかと思ってると、喜多はむちゃくちゃな姿勢で反撃をヤンキーに食らわせた。
ズ・ツ・キ……見事な……。
「ぐぇっ、がこ」
あ、手離れた。
「根性だせやコラァ! 痛かったら痛いって言え! 言っても許さねぇぞボケっ! 桐野は関係ねぇだろがぁ! 桐野はぁ! おーっ!?」
自由の身になった喜多の動きはすさまじかった。
喜多と書いてキリングマシーンと読んでもいいだろうほど、殴る蹴る。
哀れなヤンキーは一気に形勢逆転され、ボコボコにされている。
桐野はというと、喜多を眺めるばかりだ。
そりゃそーだ。
せっかく白馬の騎士が駆けつけようとしたら、お姫様が魔王をたこ殴りにしてんだもんな。
「勘違いすんなよ。あたしがてめえのフニャチン狙うのは、お前みたいな馬鹿の相手に時間かけたくないからだ……よっ!」
「へぎょっ!」
喜多の玉蹴りが当たり、ヤンキーが悶絶している。
見ているだけでこっちまで痛くなってきそうだ。
周りで見ていた数人の男が股間を抑えるのが見える。
ヤンキーが気を失って地面に倒れこんだ。
どうやら勝負はついたようだ。
さて、平和な登校に戻るか。
……戻らないの!?
俺だけじゃない、ギャラリーは全員朝のショータイムが終わったと思ったはずだ。
なのに喜多は倒れこんでいる男を蹴りまくっている。
「気絶したフリなんかで騙せると思ってんのかぁ!? この腐れヘニャチンが!」
うおー、マジこえー。なんて恐ろしい女だ。
桐野のやつはよくあんな恐ろしい女と付き合えるな。
前からうすうす感じてたが、あいつもやっぱどっか線切れてるな。
「なにあたしの顔殴ってくれてんだよっ。痣ができたら桐野に見せらんねぇだろ!」
顔を気にするあたり可愛い……わけねー!
こえーんだよ喜多!
もう蹴られてもうめきすらしないのに、まだ蹴るか。
あの姿を見てると、サンドバックのほうがましなんじゃねぇの、と思えてくる。
「このぼけっ。あたしの幸せな時間を何度も邪魔しやがって。なんか恨みでもあんのか!ちくしょうっ! やっと、やっと手、手を繋げたのにっ!」
なにーっ!
手を離させられたからアイツはあんなにボコボコにされてるのかよ!
なんて恐ろしい女なんだ。
まわりの野次馬は完璧に引きまくっている。
ゴリッ。アスファルトと頭がこすれる嫌な音が聞こえた。
喜多が男の頭を踏みつけたのだ。
あの女は悪魔だ。それか現人鬼に違いない。
それがトドメだったのか、喜多が桐野のほうに戻っていく。
あたりを囲んでいた、ギャラリーの円が大きく歪んだ。
もちろん喜多を避けるためだ。
何人かは恐怖に足がすくんで動けなくなっている。
可愛そうに目に涙を浮かべている女の子もいる。
制服を見るとウチの学校だ。あとで慰めてあげよう。
「……前も言ったかもしれないけど、いつもこんなことしてるわけじゃないからな」
喜多がこの惨状をごまかすように言った。
誰がそんな言葉を信じるんだろう。
今の言葉を信じるぐらいなら、マイクロソフトの製品に不具合はありません、という言葉を信じるほうがましだ。
喜多はまだ桐野となにかしゃべっているが、離れているせいで聞こえなくなってしまった。
しばらく見ていると、まるで今の地獄絵図がなかったかのように、二人でイチャつき始めた。
あの切り替えの速さはなんだ。
こえー。マジこえー。
俺は再び手をつないで歩き始めた二人の背中を見て思った。
ヤンキー系の女の子と付き合うときは覚悟完了してからにしようと。
とりあえず、落とし方は教えてもらうけど。