「うわッ!やられた!」  
篠崎健也はある休日の午後を、駄菓子処ふぐり堂で過ごしていた。今は、型遅れのゲーム  
機にはりつき、小銭をつぎ込んでいる所である。  
 
「ちきしょう、難しいなあ・・・このゲーム」  
ふぐり堂には、一回十円のビデオゲームが三台置いてある。健也はそれがお気に入りで、よ  
く遊んでいた。機種を紹介すると、クレイジーコング、スペース・フィーバー、ザ・ハングリーマ  
ンというまことに香ばしいラインナップ。ちなみに言うと、これら三機種はパチモノ御三家と呼ば  
れるゲームで、クレイジー〜は、ドンキーコングを、スペース〜は、スペース・インベーダーを、  
ザ・ハングリー〜は、パックマンを模した物である。この中には、今や世界的に有名なゲーム  
メーカーが作った物もあり、なかなか感慨深いのだが、それはさて置く。  
 
「両替がてら、菓子でも買うか」  
健也はポケットから百円玉を取り出し、うまい棒を三本とクリームソーダ味のチューチューを一  
本、計五十円なりの品物を持って、店の奥で置物のように座っている、店主の小松崎小梅の元  
へ歩み寄った。  
「ばあちゃん、これ頂戴。おつりは全部十円玉で」  
「あいよ、百円のお預かりだね。はい、おつり五十万円」  
「・・・・・」  
黙りこくる健也。おつりに万単位をつけるのは駄菓子屋の常だが、やはり言われると切ない気持  
ちになる。ちなみにこの小梅、今年で百五歳。割と矍鑠としているが、ギャグのセンスは何世代も  
前のままだった。  
 
「健坊は、もう中学生になったんだっけかね」  
「何言ってるんだよ、俺、もう大学生だぜ」  
「ああ、そうだったっけか。そうかい、そんなにウンコが臭いのかい。大変だねえ」  
大がくせい・・・大が臭え・・・小梅はそう言いたいのであろうが、健也はあえて黙殺した。  
小梅は昔から人を食ったような所があるので、付き合いきれないという気持ちだった。  
 
「ばあちゃん、そろそろ新しいゲーム入れてよ」  
「ああ、今度ゼビオスっていうゲームを入れてやるから、待ってな」  
「ゼビオスはソルが出ないから、バトルスにしてね。じゃあ、ハングリーマンやってくる」  
健也は小銭を持って、ふたたびゲーム機に向かう。そして、コインを入れようとしたその  
時──  
「おっと、お客さん。今日はもう、店じまいでち」  
そう言って、正体不明の少女が健也の手を取った。いや、少女というにはあまりにも年  
若く、どちらかといえば幼女に近い。その上、身につけているものは、近所にある幼稚園  
の制服ときており、どう見たって四、五歳といった所。そんなチビッコが、凄みをきかせて  
いるつもりなのか、眉をつりあげて健也を睨みつけている。  
 
「何の用かな?お嬢ちゃん。お兄さん、ロリコンの気があるから、危ないよ。早くおうちに  
帰りなさい」  
近ごろは何かと物騒な世の中である。健也は諭すように幼女の手を取った。すると、  
「あたちになめた口をきくんじゃないでち!」  
そう叫ぶと同時に、幼女のローリングソバットが、健也の脳天に直撃。その破壊力は中々  
のもので、哀れにも健也は地に膝をつき、幼女の前へ突っ伏してしまった。  
 
「うう・・・」  
「あんたみたいなガキに、お嬢ちゃん呼ばわりされたくないでち!やい、小梅ババア、生  
きてるでちか!生きてたら、出て来るでち!」  
うずくまる健也を見下ろしながら、幼女は店の奥にいる小梅を呼びつけた。しかし、明らか  
に自分より年上に見える健也をガキ呼ばわりとは、いったいどういう事なのか。  
 
「やれやれ、うるさいねえ・・・おや、健坊!」  
奥から出てきた小梅は、いなされた健也の姿を見て驚いた。大学生にもなって、まだ駄菓  
子屋通いをするバカタレだが、小梅から見れば愛らしい孫のような存在の青年が、地べた  
に這いつくばっている。小梅の目に、幼女に対する怒りの焔が宿った。  
「あんた、健坊に何をしたんだい?」  
「ああ、このガキでちか。目障りだったから、ボコったでち。あたちとオマエの戦いの邪魔に  
なりそうだったから、ぶん殴ったんでち」  
「ひどいことを」  
「オマエがあたちにした仕打ちに比べれば、屁でもないでち!」  
幼女の目が吊り上がった。小梅への憎しみ──彼女の視線には、それがはっきりと窺える。  
 
(こ、これは何事だ?)  
痛む頭をおさえながら、健也は事の成り行きを見守った。顔を上げると、ちょうど幼女のスカ  
ートの中味が見える。下着は、白地にクマさんのバックプリントが描かれた女児用ショーツ。  
それだけを見れば、彼女にのされた事が信じられない。  
 
「小梅ババア、あたちの『年齢』を返すでち!そうじゃないと、早めに棺おけを用意する  
事になるでち!」  
「うるさい子だねえ・・・まだ懲りないのかい。返すつもりはないね」  
「だったらオマエを殺して、取り戻すまででち!いくでち!」  
幼女が宙を舞い、小梅に詰め寄った。彼女はまるで背に羽が生えたかのように・・・よう  
にでは無く、実際に生えていた。そして、その羽で空を飛び、小梅に襲いかかる。  
 
「死ね、でち!」  
いつのまにか、幼女の手に禍々しい剣が握られていた。その刃が部屋の明かりを反射  
しながら、小梅の胸元に迫る。  
「あぶない、ばあちゃん!」  
健也は叫んでいた。いくら矍鑠とはしていても、小梅は百五歳の老婆である。すずめば  
ちのように舞う幼女の攻撃を、かわせるとは思えなかった。しかし──  
 
「健坊の前では、あんまり見せたくないんだけどね。仕方が無いか」  
そう言うと同時に、小梅の体は光に包まれていった。その光があまりにもまばゆく、健也  
は思わず目を瞑る。そして、次に目を開けた時──  
「大丈夫?健也ちゃん。いやん、あんまり見ちゃいやよ」  
健也の前には、見るも美しい女性が全裸で立っていたのである。  
 
「あ、あんた誰?そうだ、ばっちゃんはどこに?」  
健也が小梅の姿を探すと、美女は恥ずかしげに自分を指差した。すると、相変わらず宙  
に浮いた幼女がいきり立ちながら、  
「そいつは小梅でち!あたちから年齢を奪って、我が物にしてるんでち!分かったら、そ  
こをどくでち!」  
と、目に涙を浮かべつつ言った。その顔がいかにも悔しげで、とても嘘を言っているように  
は見えない。健也はいよいよ混乱した。  
 
「その通りよ、健也ちゃん」  
裸の美女・・・いや、若返った小梅と見られる人物が呟いた。これでも健也はまだ信じられ  
ずにいる。百五歳の老婆が一瞬にして若返る──はたして、そんな事があるのだろうか。  
「まさか、マンガじゃあるまいし」  
「ふふ・・・世の中にはね、常識じゃはかれない事もあるのよ。実はあの子、異空間から来た  
魔女でね、悪さばかりしてたから子供にしてやったのよ。でも、懲りてないみたいだから、も  
う一度おしおきが必要みたいね」  
今まで裸だった小梅の体に、銀色のボディスーツが装着されていく。それを見て健也は、  
これが冗談の類では無い事を悟った。  
 
「オマエに子供にされたせいで、あたちは魔界にも戻れないんでち!覚悟しろでち!」  
「ふふふ・・・やれるものなら、やってごらん。健也ちゃんは、向こうに行ってて」  
幼女と小梅が向き合い、殺気を放ち合う。先に動いたのは、幼女の方だった。  
 
「くらえ、でち!」  
疾風のような速さで幼女の剣が繰り出された。しかし、若返った小梅はその場を微動  
だにせず、  
「その体じゃ、あたしには勝てないわ」  
そう言うや否や、突きかけられた剣を指先で止めてしまったのである。  
 
「ち、ちくしょうでち!この化け物め、でち!」  
「あら、魔女が人を化け物呼ばわりするなんて、おかしいわ」  
幼女は剣ごと空中にとどめられていた。おそらく、小梅が何らかの力でそうしているに  
違いない。健也は先ほど購入したうまい棒とチューチューを貪りながら、戦いの行方を  
追った。  
 
「名の知れた魔女アクセラも、こうなったら可愛いもんね。うふふ」  
小梅が指先を空に向け、何やら呪文のような物を唱えると、空間に突然裂け目が出来  
て、そこから妖しげな触手が現れた。そして、アクセラと呼ばれた幼女の体を、一瞬に  
して縛り上げる。  
「これは淫獣の巣に住む化け物・・・まさか、あたちをそこへ落すつもりでちか?」  
「ちょっと、頭を冷やしてらっしゃい」  
「やめてでち!あそこはいやでち!キャアーッ・・・」  
空間の裂け目に引きずり込まれるアクセラ。健也はその様子を、呆然として見詰めるだ  
けだった。  
 
「な、何がどうなってるんだ・・・」  
若返った小梅と、空間の裂け目へ引きずり込まれた幼女。そして、その一部始終を見て  
いた自分・・・健也は、白昼夢の中にいるのではないかと思った。  
 
「あり得ない、こんな事・・・」  
「すべて現実よ。健也ちゃん、これを見るといいわ」  
小梅が宙に何やら映像を結んだ。立体映像である。  
「音声は直接、健也ちゃんの脳に送るわ。他人に聞かれちゃまずいからね」  
「うッ!」  
健也の脳内に、消えていった魔女アクセラの声が響いた。それにあわせて、立体映像にも  
彼女の姿が浮かぶ。  
 
「た、助けてでち!ああ・・・い、いやでちぃ・・・」  
アクセラは、食虫花のような物の中に囚われていた。身につけている物は何も無く、生まれた  
ままの姿で、ぬめる触手に全身を苛まれている。  
「あ、あれはなんだ!」  
「淫獣花と呼ばれる魔界の植物よ。肉食じゃないから、安心して。でもね、うふふ・・・あのお花  
は、動物の分泌液を好むの。ほうら、アクセラちゃんのアソコを見てごらん」  
アクセラの下半身には、細い触手が幾本も這っていた。それらは膣穴をぎっしりと満たし、何  
かを貪るように蠢いている。  
 
「お、俺は夢でも見ているのか」  
気がつけば、健也の股間は熱くなっていた。先走りがパンツを濡らしている事が分かる。  
「あら、若いわねえ」  
小梅が健也の熱く滾った男根に手を添えた。アクセラは相変わらず映像の中で、触手に  
嬲られている。  
 
「俺、何が何やら・・・ああ・・・」  
「可愛いわね、健也ちゃんは。いいわ、慰めてあげる」  
小梅は健也をゲーム機に座らせ、ズボンのジッパーを下ろした。そして剥き出た男根を  
手にすると、淫靡な笑顔でそれを擦り始めた──と、その時、  
「ありゃま!」  
ぼすんと小梅の体が白煙に包まれたかと思うと、次の瞬間、彼女の体は元の百五歳の  
老婆へと戻ってしまう。しかも、全裸のままだ。  
 
「ギャー!」  
今の今までいきり勃っていた男根がへなへなと萎え、健也は悲鳴を上げた。絶世の美女  
に握られていたはずのそれが、いつのまにか老婆の手の中にある。これに驚かぬ者は  
いないであろう。  
「ひょっひょっひょっ。実はな、健坊。若返りはせいぜい五分しかもたんのじゃよ」  
小梅はいつもの小梅に戻ってしまった。呼び名も健也ちゃんから、健坊へと戻っている。  
すると今度は、異空間に引きずり込まれていたアクセラの声が聞こえてきた。  
 
「ぐおおおッ!ど根性でち!」  
なんとアクセラは、自ら空間に歪みを作ってそこから這い出てくる最中であった。まだ  
下半身は異空間にあるようで、上半身だけがこの世界に出てきている。そして、老婆に  
戻った小梅にナニを握られ、呆然としている健也に向かって、アクセラは叫んだ。  
 
「おい、そこのボンクラ!あたちを引っ張るでち!」  
「は、はい!」  
健也はアクセラの手を取り、ひずみから彼女の体を引っ張った。幸い、淫獣からの戒め  
からは逃れているようで、年齢を奪われたチビッコ魔女は、なんとかこちらの世界へ帰っ  
て来る事が出来た。  
「ひ〜・・・まいったでち」  
アクセラはまだ足元も覚束ないようで、フラフラしている。本心では今すぐにでも小梅に  
再戦を申し込みたい心境なのだろうが、とてもそれはかないそうに無い。  
 
「ボンクラ、ちょっと肩を貸してくれでち・・・いや、お姫様抱っこの方がいいでち・・・」  
「ああ、いいよ」  
アクセラに乞われて健也は彼女を抱き上げた。意外にも魔女は、その粗暴さに反して、  
華奢な体つきをしている。  
「オマエ、名前はなんて言うでちか」  
「健也だ」  
「そうでちか。覚えといてやるでち・・・」  
よほど疲れたのか、アクセラは体を健也に預け眠りに入った。と、その時・・・・・  
 
「警察ですが、先ほどからなにやら騒がしいという通報がありまして・・・あッ、な、何だ  
貴様は!」  
いつの間にかふぐり堂の前には、いかめしい顔つきの警察官が立っていた。どうやら  
小梅とアクセラの戦いがうるさくて、ご近所の誰かに通報されたらしい。  
 
「こ、これは、あの・・・何と説明したら良いのか」  
健也は下半身を露呈したままである。その上、全裸の幼女アクセラをお姫様抱っこ中。  
なおかつ、その傍らには同じく全裸の百五歳バージョンの小梅も居る。今、ここに来た  
ばかりの警察官から見ると、健也は非常に幅広い年齢層に対応した変質者──そんな  
風にしか映らなかった。  
 
「た、逮捕だ!貴様を拘束する!」  
「誤解です!俺は、おまわりさんが考えているような男じゃない!」  
「じゃあ、どうやってこの状況を説明するんだ!」  
健也はまず、アクセラの体を見た。おそらく淫獣花の物と思われる粘液が全身について  
いる。まずい事にこれが白濁しており、匂いが栗の花に酷似していた。誰が見ても、幼女  
にぶっかけを行った鬼畜──健也は、そんな男にしか見えない。そこで、今度は小梅に  
助けを求めるのだが──  
「ひぇっひぇっひぇっ。健坊、エビオスだったっけ?欲しいのは・・・」  
と、小梅はいつものおとぼけ老婆になっていたのである。健也は進退窮まった。  
 
「おい、アクセラ!起きてくれ!起きて、この状況を説明してくれよ!」  
健也は泣き出しそうになっていた。このままでは、幼女から老女までを愛するオールラ  
ウンドプレーヤーという謗りを受けてしまう。それではまずいので、必死にアクセラを揺り  
起こそうとした。するとアクセラは、可愛い寝顔でこんな事を言うのである。  
 
「う〜ん・・・あたち、やられっ放しでアソコがヒリヒリするでち・・・ちょっと、寝かしてでち」  
 
これを聞いて健也は青ざめ、警察官は鬼のような形相になった。もう申し開きはきかない。  
「逮捕する!まだ、舌足らずな言葉しか喋る事が出来ない幼女を貴様は・・・即、逮捕だ!」  
「そんなあ!弁護士さんを呼んでください!」  
「黙れ!てめえの血は何色だあッ!」  
警察官は問答無用で健也に手錠をかけた。YOUはSHOCK!まさにそんな感じであった。  
 
「アクセラ、ばっちゃん!何とか言ってくれ〜・・・」  
パトカーに放り込まれ、泣く健也。まだ、小梅がなぜ若返るのか、そしてアクセラはどうして  
年齢を奪われたかの説明も無いまま、物語は終わりを告げる。ちなみに、健也の最後の言  
葉は、ゼビウス語で発進を意味する、『グワッシャ』であったという。  
 
おしまい  
 

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