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 療養所の、早い起床時間を迎えるよりも早く、もう二度と体験することはないだろうと思っていた  
不快感に目が覚めた舞衣は、自分の置かれた状況に気づいて愕然となった。  
(どうして……? こんなこともうなかったのに……)  
 そっと手をズボンの下に入れて確認する。同じ行為をもう何度繰り返したかわからないが、確か  
に残る湿った感触とかすかな臭いが、それが悪い夢ではないことを証明していた。  
(なんでこんなことに……昨日だって、寝る前にはちゃんとしたのに……)  
 それは舞衣の幼いころから続く習慣でもある。同世代に比べ、なかなか治らなかったその癖の  
ために母から特に叱責を受けたわけではないが、なんとか防ごうと続けられた「寝る前には必ず  
おしっこをする」というささやかな努力は、いつのまにか儀式のように生活の一部となってしまっていた。  
 ずいぶん大きくなって、まずそんな心配がいらなくなった現在でも、トイレに入らなければ布団に  
入っても落ち着かないのである。  
(それなのに――)  
 装着された特殊抗菌パンツの内側は、汗では説明がつかないほどぐっしょりと濡れている。  
パジャマとシーツはほとんど汚れていないが、「そのまましても少しなら大丈夫」という河村看護師の  
言葉どおり、特殊抗菌パンツが舞衣の股間からあふれた水流のすべてを防ぎきったのだろう。不幸中  
の幸いといえなくもないが、そんなことは舞衣の慰めにはならなかった。  
(どうしよう。どうしよう)  
 これが自宅であったのなら、汚れたパンツを替え、洗って乾かすなり一人でできる。しかしここは  
病院であって、汚れたパンツを洗おうにもお手洗いくらいしか適当な場所が思いつかない。そこに  
だって誰かいるかもしれないし、このパンツはごまかすには大きすぎる。もし誰かいたら――早朝  
からこそこそとパンツを洗っている少女を見てどう思うだろう。相手が同姓であれ異性であれ、年上  
であれ年下であれ、そんなところは絶対に見られたくない。女が下着を汚す理由が他にないわけ  
ではないが、それだというならそんな場所でパンツを洗うという行為は不自然すぎるのではないか。  
 それに、もっと根本的な問題がある。替えのパンツが存在しない。  
 
 舞衣の病気では陰部を清潔に保たなくてはいけないから、とかそんなような理由で着せられた  
特殊抗菌パンツは、舞衣の手元にはこの一つきりしかない。おそらく同じような理由で、遠からず  
替えのパンツが用意されるだろうが――そのとき、それまではいていたこのパンツは、どう考えても  
相手に渡さなくてはいけなくなるだろう。  
 びしょびしょに濡れたこのパンツを。外側はともかく、内側がこうでは見過ごしようがない。早く申告  
しなかったことをとがめられるかもしれないし、その場にいる者全員に知られることになるかもしれない。  
いや、『患者の状態』ということで、医者や看護師には確実に知られることになるだろう。そして、  
「大きいのに、しょうがない子ね」と同情と哀れみと蔑みの混じった視線で、これからずっと見られて  
いくことになるのだ。  
(ひょっとしたら――)  
 かすかな希望として、こうなったのは『病気』のせいではないか、という思いがある。舞衣の病気の  
症状の一つとして、『こう』なったのなら、舞衣自身の責任ではないはずだ。「仕方がない」ということ  
になるだろう。しかし突然こんなにはっきりと変化するものなのだろうか。前兆というか、昨日までは  
そんなことはまるでなかったというのに。  
(でも、でも、たとえそうだったとしても)  
 事実は変わらない。舞衣がおねしょをしたという事実は、すぐに病院内に広まることになる。  
 
 
「おはよーってあれ? もう起きてたんだ。舞衣ちゃんはいい子だね」  
 ドアを音もなく開けて、体を滑り込ませてきた河村看護師は笑顔を向けて舞衣に挨拶した。どういう  
勤務体制になっているのか知らないが、早朝から彼女は今日も仕事らしい。  
「あ……おはようございます」  
 力なく挨拶をする舞衣のベッドをすり抜けて、カーテンを開ける。  
「気分はどう? よく眠れた?」  
「…………」  
「うん? どうしたの? 怖い夢でも見た?」  
「……そう……じゃ……いんです」  
「うーん。気分が悪かったりするのかな。大丈夫? 吐き気とかする?」  
「そうじゃないんです。あの……私……気分は、大丈夫ですから……」  
 うつむきながらか細く応える舞衣の言葉をとても信用したものではないだろうが、河村看護師は  
体温計を出していった。  
 
「……そう。でも何度あるかだけははかってね。わきの下でいいから。あ、その間に朝食を持ってきて  
上げるから、顔でも洗ってきて――」  
 河村看護師は、体温計を舞衣に渡すと部屋を出て行こうとする。たまらずに舞衣は彼女の袖をつかんだ。  
「んー。どうしたのかな。舞衣ちゃん。いいにくいことなの?」  
「…………」  
 どうしても次の言葉がつつかず沈黙する舞衣に、河村看護師はぐっと顔を近づけた。  
「……いい? 舞衣ちゃんがいやだっていうなら、絶対誰にもいわないから。二人だけの秘密にして  
あげる。けっこうね、たいていのことはごまかせるものよ? 村松先生にも、お母さんにもいわないで  
秘密にしてあげるから。ね? どうしたの? 困ってるの?」  
 そこまで聞いて、耐えられなくなった。  
 いずれ誰かに知られることなら。  
「……あの、あの私……私、これ……しちゃって……」  
 半泣きになりながら掛け布団をめくってパンツを示す。それだけでも河村看護師は状況を察したらしい。  
「そっか……おねしょしちゃったか。いいわ、すぐに替えのパンツ持ってくるから。誰にもわからない  
ように、こっそりやってあげる」  
「……あの、ごめんなさい……」  
「謝ることなんかないわ。きっと昨日からずっと緊張してたのね。よくあることだから、気にしなくていい  
のよ。すぐ戻るからね」  
 舞衣の頭を胸に抱いて、いいこいいこしながら慰めてくれた。本当のところ、舞衣はこういった  
慰め方は微妙な年齢であったのだが、今は河村看護師の暖かさがやさしく感じられた。舞衣が  
少し落ち着いたのを見ると、パンツを取りにだろう、部屋を出て行く。  
 戻ってきた河村看護師は、恥ずかしがる舞衣に「気にしなくていい」と何度もいって、例のオムツ  
もどきを取り替えてくれた。その際、熱い蒸しタオルで割れ目からおしり、太ももを念入りに拭かれたが、  
なんとも心地よかった。  
「すみません……ありがとうございました」  
「だから、気にしなくていいってのに。仕事よん。じゃね、また」  
 ようやく、ほっとした笑顔を見せた舞衣に別れを告げた。  
 部屋を出ると、河村看護師の顔に誰にも見せるものではない笑みが浮かんだが、それは舞衣には  
知るよしもなかった。  
 
 
「じゃあ、この薬飲んで安静にして寝ていてね。そこのベッド使っていいから。三〇分くらいたったら  
勝手に部屋に戻っていいよ」  
 朝食のあと、例の第一処置室につれてこられ、ありがちな診察(村松医師)とレントゲン撮影を経て、  
最後に河村看護師から錠剤を受け取った。河村看護師は忙しいらしく、簡単な説明をすると別の部屋  
へ消えてしまった。  
 性格だろうか、舞衣は時計を確認してからその錠剤を飲み、いわれたとおりベッドにきっちり三〇分間  
横たわった。  
(あれ……?)  
 そろそろ時間だというときに、舞衣は腹部に違和感があるのに気づいた。腸が動いているのが  
わかる。それほど規則正しかったわけではないが、便秘で何日も苦しんだ記憶はあまりない。  
まずまず毎日順調といったところだ。出そうになっても不思議ではない時間ではある。この感じなら  
個室に戻ってからでも十分間に合うだろう。建物の端にあるせいか、舞衣の病室はかなりの距離が  
あるのだが、経験則に照らし判断し、舞衣は処置室を出た。  
 
 
(ま……間違えたかな……)  
 想像以上の速さで急激に高まっていく便意に耐えながら、舞衣は後悔していた。繰り返し襲う津波  
のような圧力は舞衣の歩調を乱し、しかもその周期は確実に短くなっていく。  
(ぐううぅ、ううぅ)  
 『それ』が来るともう一歩も進めなくなる。ひたすら耐え、波が収まるのを待つ。過ぎ去ったところで  
できるだけ速く小走りに廊下を進む。そんなこと何度か繰り返して、ようやく道程の半分というところ  
まできた。しかし、そこまできて、これまででも最大の波が舞衣を襲う。  
(ああああ、も、もうだめ……耐えられない……はっあぁ)  
 舞衣もほとんどあきらめかけたが、ぎりぎりのところでその波も去った。はぁーっと息を吐く。  
(確か……テレポートで他人に中身だけ移すエスパーがいたっけ……)  
 こういうときに限って、関係ない昔のマンガのことなどを思い出してしまう。そのエスパーが超能力を  
使うときにとる、狐の影絵にも似た中指と薬指だけを折り曲げるポーズをしてみるが、当然なことに  
何も起こらない。  
(それにあれは……大きいほうじゃなくて小さいほうだったし……)  
 自分でも何を考えているのかわからなくなってくる。心理学でいうところの逃避というやつだろうか。  
 
とうとう保険の授業だか何かの本だかで仕入れた知識まで引っ張り出されてきた。  
(それはなんか……違った気がするなあ。ああ、なに考えてんだろ。次は……本当にダメかも……)  
 今朝のピンチは助けてくれる人がいたが、今度は周りには誰もいない。いても助けられるような問題  
でもないので、いないほうがよかったのかもしれないが。  
 今はっきりいえることは――ここで漏らしてしまったら、その絶望は今朝の悪夢の比ではないと  
いうことだ。恐ろしくて想像もできない。さらに、今朝はまだあれこれ考える余裕があったが、現在の  
苦境は一刻を争う上に大変な苦痛まで伴っている。何も考えずに一歩ずつ前に進むことしかできない。  
 次の角を曲がったら空間が捻じ曲がっていきなり自分の病室につかないだろうか。ありえない希望を  
胸に、最後の力を振り絞って目の前の角を曲がった。そして。  
 奇跡が起こった。  
 そこで舞衣が目にしたのは目的地までの絶望的な道のりではなく、まさに待ち望んだ救いの手  
だった。図案化された丸と三角。黒と赤の見慣れたマーク。  
 入院患者用のお手洗いである。あらためて思い出してみると、確かにこのあたりにあったような気がする。  
(助かった……)  
 一般のトイレでの排泄は禁止されているが、事態が事態だ。垂れ流しにしたほうがよっぽどまずい  
だろう。九死に一生を得た想いで、舞衣はトイレに入った。幸いにして中には誰一人おらず、すぐに  
個室に入ることができた。  
 
 
「舞衣ちゃん、今日はもうお通じあった?」  
 排泄は健康のバロメーターというのはよく知られたことだが、この病気では特にその傾向が強い  
らしい。河村看護師はそう訊ねながらポータブルトイレを確認している。  
「は、はい……ありました」  
「そう。よかったわね。……あれ?」  
 河村看護師は首をかしげた。ポータブルトイレの中に探しているものが見つからなかったからだろう。  
それもそのはずだ、おしっこはともかく、大きいほうは一度きりだったし、その一度はそこではしていない  
のだから。  
「あの、すみません……。この部屋じゃなくて、どうしても我慢できなくて……別のトイレで……」  
 それを聞いて河村看護師の顔色がさっと変わる。  
「それ、いつ? どこのトイレ?」  
「廊下の向こうのトイレですけど……時間は朝の検査のすぐあとくらいです」  
「……もう流しちゃったよね」  
「……はい」  
 当然だ。小学校のころ、男子トイレにはときどき流さないウンコが残っていたというが、そんな理解不能  
なことは舞衣はしない。  
「そう、ちょっと待っててね。部屋から出ないでね」  
 いつもの笑顔が消えて怖い顔になった河村看護師は、慌てて部屋から出て行った。舞衣が使用した  
トイレにはウォッシュレットも装備されており、できればこれからも大きいほうはあちらでしたいなと  
思っていたのだが、ひょっとして大変なことをしてしまったのだろうか――舞衣は急に怖くなった。  
 
 
 河村看護師は朝のように、新しいパンツを持ってあらわれた。  
「あの、トイレのことは……」  
 直前の出て行ったときの表情を見ているだけに、舞衣はおずおずと訊ねる。  
「ああ、あれ……。もっとちゃんと注意しておけばよかったわね。わかってくれてると思ったんだけど」  
「あの……ごめんなさい。本当に我慢できなくて。汚しちゃうよりいいって思って……」  
「そう。まあそうよね。そういうこともあるわよ。でも中で漏らしちゃったほうがかえってよかったかなあ」  
「え、この中にしないといけないんですか!?」  
「ああ、そうじゃなくて。普通のトイレでするよりは、って意味。いくら我慢できなくても少しくらいは  
時間があったでしょう? その間に私たちの誰でもいいからちょっと声をかけてくれればいいの。  
そうすればちゃんとしてあげられるから」  
「はい。……わかりました。きっとそうします」  
「もう。そんな死にそうな顔しないの。今度からはきちんと気をつけてくれればいいんだから。それでね、これ」  
 いつもの笑顔に戻して、パンツを広げた。と、パンツだとばかり思っていたそれは、別のものだった。  
よりオムツに近い形をしているがオムツではない。  
「なんですか? それ」  
「オムツカバーみたいなものかな。これを着けておけばうんちを中に出しちゃっても大丈夫になるわけ。  
あ、本当にどうしようもないときの話ね。ズボン脱いで」  
 布団を剥いで、パジャマのズボンを引きずり下ろす。舞衣の白い太ももがあらわになるが、こういった  
ことも何度目にかなるので、そろそろ慣れてきた。  
 
「おしりを上げて……いいわ。きつくない? そう、大丈夫。これでいいからね」  
 パンツの上から完全に覆い被さり、太ももと腰にピッタリあわせてから最後に細いベルトをカチリと止めた。  
「え?」  
 不気味な音に顔を上げると、そのベルトには鍵がついていた。小さく薄いがしっかりしたつくりで、  
これを外さなければカバー全体が脱げないようになっているらしい。  
「あの、これは……?」  
「ああ、気にしないで。トイレにいきたくなったら夜中でもナースコールで呼んでくれればいいから。  
それは念のためね。ホントに、今回はよかったけど他の人にうつしたりしちゃったら大変だから。  
ズボンはいていいよ」  
 手のひらの中に小さな鍵を見せられて、舞衣は排泄の自由がなくなったことを知った。いちいち  
看護師さんを呼んで、鍵を外してこのカバーとパンツを取ってもらわねば、おしっこも何もできない  
のである。看護師とはいえ赤の他人に「おしっこがしたい」「うんこがしたい」などと申告しなければ  
ならないというのは、年頃の少女にとってどれほどの屈辱であるだろう。  
 しかも、そのあとまた取り付けてもらわなくてはいけないのだから、場合によっては一部始終を  
見られながらすることになるかもしれない。おしっこについては、すでに河村看護師に見られているが、  
一度のことだったし、その後世話してくれたこともあって、今ではそれほど気にならなくなっている。  
だが、ナースコールで呼ばれてやってくるのが常に彼女とは限らない。慣れていない、別の看護師の  
前でも毎日のようにその恥辱を繰り返さねばいけなくなるというのか。そして、そのときは間違いなく  
おしっこだけですむわけではない。  
 それがいやだからといって、我慢していてもいずれは破綻はおとずれる。そのとき――単なる  
不始末(不始末としても恐るべき惨めな醜態であるが)というだけではなく、次にその『失敗』を  
繰り返さないように、さらなる対応がなされるかもしれない。さすがにそれが具体的になんであるかは  
舞衣の想像の外であるが、それこそ本格的なオムツだとか、そういったことになるのではないか。  
汚してしまったら、赤ん坊のように泣いてそれを知らせ、恥ずかしい場所もその汚れも、すべてを  
さらしながらオムツを取り替えてもらう――そんなことになってしまうかもしれない。  
 
 そんなことになるくらいなら、この待遇でも文句をいうことはできない。自分の不注意が招いた結果なのだ。  
「…………」  
「わかってくれた? とったら、同じようにここにすればいいからね」  
 河村看護師はポータブルトイレを指したが、舞衣は憂鬱な気分に沈んだ。そんな舞衣を見て、  
河村看護師はまたやさしく抱き寄せてくれた。  
「心配はいらないからね。私たちは、もっと小さい子のなんか、毎日世話しているんだから。舞衣  
ちゃんは大きいんだし、一度いえばわかるでしょう?」  
 舞衣の顔が完全に胸に沈み、視界がなくなると、河村看護師は満足げに舞衣の頭をなでつづけた。  
 
 
 彼女に声をかけられたのは、昼食の後食器を指定の返却台まで返し、部屋に戻ってきたときだった。  
「あなた、三沢さん?」  
 ウェーブがかかった栗色の髪を肩の先まで伸ばした少女だった。舞衣と同じ水色のパジャマを  
着ている。舞衣自身は肩に届かない髪を緩やかに分ける程度にしているが、こういった子を見ると  
髪を伸ばしてみようかという気になる。  
 ただ、舞衣も肌は白いほうだが、その少女はさらに色素が薄いようで、それが冷たい印象を人に  
与えていた。顔立ちは整っていてきれいだが、どこか眠たそうな目をしている。歳のころは舞衣と  
同じくらいだろうか。  
「ええ」  
 どうして名前がわかったのだろう、と一瞬思ったが、よく考えれば各部屋には苗字だけとはいえ  
名札がかかっている。そこに入ろうとしていた患者がいれば本人と考えるのが自然だろう。  
「私、こっちの部屋なんだけど、隣に同じくらいの子が入院してきたって看護師さんから聞いたから  
待ってたの」  
 彼女が指す先は確かに隣室で、名札には『天川』とある。  
「私くらいの子ってあまりいなくて。入っていい? お話できる?」  
 同世代でしか通じない話題というのは想像以上に多い。いつからここにいるのかは知らないが、  
察するに彼女は話し相手が欲しかったのだろう。  
「いいけど……勝手に出歩いてもいいの?」  
 どちらかといえば優等生的なところがある舞衣は、禁止されていないことでも及び腰になる傾向が  
ある。それでなくても午前のこともあったし、なるべく部屋にこもっているようにしていた。  
 
「診察がなければ別にいいのよ。談話室とかいけないじゃない。勝手に入っちゃいけないところには  
そう書いてあるわ。建物内や中庭にいれば放送が聞こえるしね」  
 談話室にはテレビや雑誌、文庫などがおいてあって自由に使えるとのことで、舞衣もいずれ機会が  
あったら行こうと思っていた場所だ。  
「私は、天川由紀。理由のゆう、糸偏におのれ、ね。三沢さんは?」  
「私は三沢舞衣。えっと、舞台にころも、で舞衣」  
「舞衣ね。舞衣ちゃんて呼んでいい?」  
 天川由紀は見かけによらず積極的な少女のようだ。いや、同じような境遇の友人がいれば寂しさも  
紛らわせるし、心強い。ときに孤独がちになる入院生活を過ごして、由紀は友人を欲しているのだろう。  
それは舞衣にとっても同じことだ。  
「いいよ。私も由紀ちゃんて呼んでいいかな。お友達になってくれる?」  
 そういうと由紀はぱぁっと笑顔になって、舞衣の手を取った。  
「うん。いいよ。舞衣……ちゃん。舞衣ちゃん」  
 それからいろいろ話をしたが、どうやら彼女は二ヶ月ほど入院しているらしい。病気については彼女  
自身はよくわかっていないようだ。年齢は想像どおり舞衣と同じで、先に誕生日が来るから私のほうが  
ちょっとお姉ちゃんだねと微笑んだ。  
 
 
 おしゃべりは楽しかったのだが、徐々に舞衣の中である気がかりが大きくなっていた。昼食時に取った  
水分が、舞衣の体のある部分に蓄積されてきたのである。話していても上の空で、足をもじもじさせる  
舞衣に由紀も気がついたのか、「お手洗い行ってきたら?」といってくれた。しかし、舞衣はそのまま  
行くわけにはいかない。禁止されているのだし、なにより、パンツを覆う鍵つきカバーは舞衣では  
外せない。恥ずかしいが、事情を説明して由紀にはこの部屋から出て行ってもらわなくてはいけない。  
「あの、ね。私ね……普通のところじゃしちゃいけないっていわれてるの。するときは看護師さんを呼んで  
ここでしなくちゃいけないの……だから、あの、悪いけど少し部屋から出ていってくれる?」  
 細かい説明はとてもする気にはなれないが、要点だけは伝える。  
「え? ここで?」  
 驚いて由紀は部屋を見回す。  
「あの……それがトイレになってるから」  
「これ、トイレだったんだ。へえ」  
 
 ポータブルトイレを見たのは初めてなのか、由紀は感心してそれを眺めた。  
「じゃあ私自分の部屋にいるね。終わったら来て。続きは私の部屋でしよう」  
 そうしてくれると、舞衣も次からはトイレのときは友人の前では普通に部屋から出て行くだけの形に  
なるので都合がいい。  
「うん。ごめんね」  
 由紀が部屋から出てったので、コールボタンを押した。こちらでは音はしないが、通電を示すランプが  
赤く光った。  
 ほどなくして、ノックの音が聞こえた。河村看護師がよかったのだが、あらわれたのは別の看護師さん  
だった。確かにいつもいつも彼女が来るわけはない。河村看護師のように若い女性で、やはり舞衣に  
向けて微笑んで声をかけてくれた。  
「どうしたの? 舞衣ちゃん」  
「あの、すみません。おしっこがしたくなっちゃって……」  
 赤くなりながらズボンに手をかける。  
「あ、はいはい。脱いで横になってね。外してあげるから」  
 河村看護師と同じように、その看護師さんもてきぱきと職務をこなした。あっという間に下半身が  
あらわにされる。  
「きれいなものね」  
 部屋の光に照らされた舞衣の恥部を見て小さな声でいった。ピンク色のクレバスはまるで汚れを  
知らないし、生え始めた恥毛もわずかに丘を薄く覆っているに過ぎない。  
 舞衣は完全に真っ赤になりながらベッドを降り、ポータブルトイレに腰掛けた。看護師さんはそのまま  
こちらを見ている。どうやらこの部屋にいて終わるのを待つつもりのようだ。  
(あの人だって、こんなの、見慣れてるんだから……早く終わらないかなって思っているだけなんだから……)  
 自分にいい聞かせて、放尿を始めた。新しい友人との会話に夢中になって限界までためていた  
せいか、いつもよりはるかに長い。  
(ああぁ、まだ終わらないのぉ)  
 ようやく勢いも衰え、途切れ途切れになったところで、  
「ずいぶん我慢していたのね」  
 あきれたようにつぶやきながら、看護師さんは舞衣に近づいてしゃがみこんだ。おしっこがたれて  
いるところをのぞきこむ形を取る。  
「あれ? あの?」  
「じっとしていて。拭いてあげるから」  
 いうが早いか、薄手袋をつけて布を持った看護師さんの手が伸びて、舞衣の性器を拭き上げた。  
 
「ああん! ひっ、いや」  
 想定外の行動に準備ができておらず、舞衣はたまらず悲鳴をあげる。  
「じっとしてて。すぐ終わるわ」  
 言葉とは裏腹に、割れ目にぐりぐりと布を突っ込むようにして執拗に拭かれ、舞衣の喘ぎ声は  
激しくなった。  
「やめ、やめてください。もういいですから、あ、ああっ! いやっ」  
「よしっと。はい、パンツつけるからベッドに上がって」  
「はぁっはぁっ……はい……」  
 しかしこれで終わりではなかった。乱れた息を整えながら再び寝転がるが、そのとき、足を抑え  
ながら「まだ汚れているかな」などといいつつ舞衣の性器に布を当て、あろうことか小刻みに動かし  
振動を与えてきたのだ。  
「やあっ、あ、あうぅ、ひ、ひっ、はぁん、あん」  
 あまり経験のない未知の快感を受けながら、舞衣は抵抗するわけにもいかず、口に手を当てて  
声が漏れないようにして我慢するしかない。おかげで終わるころには息も絶え絶えになってしまった。  
「はぁっ、はぁっ」  
「じゃあね。いつでもいいから、気にせず呼んでね」  
 看護師さんは最後に飛びっきりの笑顔を見せて出て行ったが、これからはトイレのたびにこんな  
目にあわなくてはいけないのだろうか。過剰なサービスのおかげで、由紀の部屋を訪ねるのに  
舞衣は紅潮した体がおさまるのを待たなければならなかった。  
 
 
(続く)  
 

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