久保田 慶太郎。  
これが俺の名前だ。  
めずらしくもない普通の名前だ。  
勿論普通なのは名前だけじゃない。  
成績もど真ん中で身長体重、果ては運動神経も人並み、これと言った特技も無い。多少やる気がないのを除けば何処にでも存在しうる学生の一人に違いない。  
そんな俺にはたった一つの悩みがある。  
その悩みとは。  
 
今日も重たく感じる教室のドアを開ける。  
自分の席は右前寄りで、入口からも良く見える。  
その左隣りに悩みの“タネ”がいる―  
「おは〜」  
「おはよう、久保田君」  
数人のクラスメイトに挨拶されて、手を上げるなり適当に返しながら自分の席に近づいていく。  
当然朝は日光が眩しいので下を向きながらだけどな。  
「ちょっと」  
と、その俺の通り道に何やら影が落ちている。  
誰かに呼びかけられたみたいだ。  
通行を邪魔され、軽く頭に来たがこんな事をする奴は俺の記憶の中には一人しか存在しないので華麗にスルー  
…しようとして失敗したようだ。  
顔を上げて見ると、想像した通りの顔がそこにはあった。  
長い髪にカチューシャ、大きな目に黒眼鏡、袖に腕章と『昭和の頃の委員長スタイルを守り続けてます』って感じの格好で腕を組んで立ってる奴の顔が。  
 
「随分と早い登校ね」  
学校に来るなとでも言いたいのか、この女は。  
面倒臭いが、反撃してやろう。  
「たまには早起きもいいだろう、…体にも良いしな」  
とたんに奴の顔が紅くなる。  
コイツは身体が余り丈夫な方ではなく、しょっちゅう保健室のお世話になっている。  
それをからかってみたんだが…単細胞なのもコイツの短所だな。  
すぐに顔に出るのも追加しておくか。  
奴の名前は遠藤 沙織里。  
ウチのクラスの学級委員なんかをやっている随分と奇特な奴だ。  
友達も多いようだが俺だけ何故かウマが合わないらしく、毎日こういういさかいを起こしてるってワケだったりする。  
「…アンタに…アンタにぃ…」  
おっと危ない、これが出たら爆発5秒前だ。  
いじり過ぎは良くないよな。  
まぁいつもの事だし。  
それに頃合いとしてももうすぐ授業の始まる時間だ、これでおしまいにしておくか。  
憤慨の声を背に、俺は自分の席に座る事にした。  
 
さて、授業も滞りなく進み、昼休みの時間である。  
学生にとってそのヒトトキはまちまちであって、食堂ではたかがヤキソバパン一つが金剛程の価値となるような殺伐とした雰囲気に包まれる事など日常茶飯事であったりする。  
そんな冒険者達を後目に俺は定食を頼んで席を探した。  
結構、いやかなりいい気分だ。  
俺に注がれる視線には殺気が混じってさえいるが。  
だが…食べ物はあっても座る所が無さそうだ。  
だが立って食べるワケにもいかない、俺は曲芸師ではないからな。  
と、ちょうど良いところに手を挙げて俺を探してる二人組を見つけた。  
「探したよ〜」  
「それもかなり、な」  
なかなか息のあったこのコンビは高校に入った頃からの付き合いで、坂井と霧島。  
ちなみに背の低い少女とよく見間違えられてしまう方が坂井で、背の高い筋肉質な方が霧島である。  
「席見つけといたよっ!」  
「それも特等の、な」  
「? ここはいつから機上になったんだ」  
訳の分からない事を言う二人に軽く戸惑いを覚えるが、まぁいい。  
誰だって立って食べるのはゴメンだしな。  
そうして二人に案内された場所はといえば…  
遠藤の隣りである。  
…ピシッ  
俺の中で何かが割れた気がする。  
振り返って二人を見るとあさっての方向に走り去っている。  
…仕返しは何が良いだろうか?  
 
とりあえずアイツらへの仕返しは保留しとくか…  
まず何より目の前にある唐揚げ定食(590円也)を完食せねば。  
しかし椅子は空いているが強烈なプレッシャーを感じるぜ!  
どうするよ俺。  
食うも地獄、食わざるも地獄!  
あぁ主よ、何故私めにかのような枷を!  
…少し自分に酔いすぎたようだな。  
と、ここで遠藤がこっちをじっと見ているようだが。  
何だ、アイツ?  
もしかして俺、口に出してた?  
…キッツいな〜、俺。  
「…たら?」  
アイツ、何か言ってるな。  
どーせアイツの事だから俺の事馬鹿にしたんだろうな。  
「頭冷やすのはオマエの方だろっ!」  
遠藤が軽く黙ってしまった。  
俺の読みは大当たりかっ?  
「そんな所にいられてもうっとおしいから座ったら、って言ったのよ!」  
…耳痛て〜よ、オマエ。  
「もしかして、人の厚意を無にする気?」  
滅相もございません。  
てか、絶対断ったら俺に何かするだろ?  
「…わかったよ」  
「よろしいっ」  
何だコイツは。  
余程良いことでもあったと見える。  
…取りあえず聞いとくべきだよな?  
「遠藤?」  
「ん?何よ?」  
「何で俺を座らせたんだ?」  
 
俺が聞くと、遠藤は少し置いて、  
「いつもとは違って、寂しそうな顔…してたから…」  
…普段の行動からかけ離れているのは今のオマエだろ。  
そんな事を言おうものならどんな目に遭うか分かりきっているから口に出さないけどな。  
「私もね…ひゃうっ!」  
とここで俺は右手を遠藤の額に当てて熱を計ろうとした。  
「左手は俺のデコに当てて、と」  
「な、な、な、なに」  
「熱があるならちゃんと言えよな〜俺だって鬼じゃないんだから保健委員くらい呼んできてやるし」  
「あわ、わ、わ、わ」  
「俺も熱あんのかな、あんまり変わんないや。ともかく無理すんなよ〜オマエはただでさえ…な?」  
 
…そして俺は塩ラーメン(440円)の洗礼を受けたってわけだ。  
意味が分かんねぇよ、マジで。  
 
…そして放課後。  
昼休みの後、保健室に寄りどうにかして体育館のシャワーを浴びてジャージに着替えて授業を受けたワケなんだが。  
授業では俺だけジャージなせいかよく黒板に立たされ問題をやらされたし、その後にあった体育のテニスではやる気があると誤解され、一人だけ部員と組まされたよ!初心者なのにな!  
最後には部員に同情されてたからな!  
…おっと、話が逸れた。  
別にあの体育教師が悪いわけじゃないな。  
諸悪の根源は別にいる。  
俺はソイツに制裁を加える為に教室に向かっている。  
…コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ! 教室まであと10m。  
俺はこの後の光景を想像して思わず笑ってしまった。  
…と誰かが俺の肩を叩いた。  
チッ、邪魔が入ったな。  
振り返ってみるとウチのクラス担任である。  
…先生、俺はシロですよ?  
必死の主張も棄却され、罰として食堂の掃除を命じられてしまった。  
…復讐のメニューを一つ増やすかな。  
 
掃除の終了を確認してもらったのが5時過ぎ。  
部活の生徒もいるため下校時刻にはまだまだ早いが一般の生徒はほとんどが帰宅している。  
…そう言えば坂井と霧島は先に帰ってしまっていた。  
薄情な奴らめ。  
学校にいてもすることが何もない帰宅部の俺としてはさっさと帰ってしまいたいな。  
どうせ遠藤のヤロウも帰ってるだろうし。  
明日には復讐を済ます事などを考えながら校舎を出ると空がやけに暗いのが見てとれる。  
…こりゃ降るなぁ。  
と思ったら激しい雨が降り出して来た。  
…ヤベっ!今日傘持ってないやん!  
ここで長い傘を持ってない事に気付いたが、すぐに自分の机の中に折りたたみ傘が入っているのを思い出した。  
…ちなみに俺のクラスは4階だ。  
俺は深くため息をついた。  
 
教室の前に着いてみると、電気が付いている。  
…きっと俺みたいな奴が他にもいたんだな  
出来ればいて欲しくないが。  
ここで教室の扉を開ければお互いのマヌケさ度合いが分かるというもの。  
それは避けたかったが仕方ないな。  
俺は教室に続くドアを開けた。  
 

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