「私、愛とか恋とか、そういうものって信じてないの」
はぁ、そうですか。
「だから、今あなたの気持ちにこたえることは出来ないわ」
そう。そりゃ残念。ところで、ひとつ質問があるんだけど、いいかな?
「? ええ、かまわないけど」
どうして隣のベンチで本を読んでいた君が、突然僕から愛の告白を受けたように振る舞っているんだい?
あまりに急展開すぎて、さっぱり理解できない。
「・・・あなたが言ったんじゃない」
何を?
「私に向かって、『好きにしてもオーケー』って。あれは告白というものでしょ?」
・・・・・・・・・・・・・・・。
あー、言ったねー。さっきまで友人と話してたときに。読んでる本のタイトルを聞かれて。
右隣に座ってたそいつに首を向けると、ちょうど君が居た方向を向くことになったね。
「ほら、やっぱり言ったじゃない」
ちなみに僕が読んでる本のタイトルは、数奇にしてもけ・・・・・・・・まぁいいかそんなことは。
とにかく、君の聞き違いだよ。
「男らしくないのね。自分の言ったことを認めないなんて」
・・・まぁいいか。いいよそれで。オーケイ、僕は君に告白して、フラれた。これでいいかい?
「投げやりなのが気に入らないわ」
贅沢だね君も。それで、フラれ男にまだ何か用かい?
「・・・私、愛とか恋とか、そういうものって信じてないの」
らしいね。さっき聞いたよ。
「だから、愛とか恋、そんなものを私に信じさせてくれたら、あなたと付き合ってあげてもいいわ」
・・・えーと、君は僕の気持ちにこたえられないとか何とか、言ってなかったかな?
「今は、って言葉が入っていたはずよ」
そうだったっけ? じゃあそれはいいとしても、何で僕なんだ?
君なら僕よりもっと積極的に協力してくれる男性が引く手あまた居るはずだよ?
「・・・話す必要はないわ。とにかく、あなたは私に恋愛を信じさせて。素晴らしいものだって信じさせて。
それが出来たら、あなたの恋人になってあげるわ」
それが、僕と彼女との出会い。おかしな恋のスタートだった。
「ええっと…、それで、僕は一体何をすればいいのかな?」
彼女の言葉には妙な迫力があった。
弱ったことにその内容は僕の思考の斜め上を行っていて、実行しようにもどうしていいのかわからない。
困り果てて言葉の主である彼女に助けを求めた。
「それは私が考えるべきことじゃないわ」
彼女はさも当然のことのように即答する。
ほぼ予想通りの答え。
ため息は彼女の機嫌を損ねてしまいそうだったので、慌てて飲み込んだ。
返す言葉を見失ってしまって必死にボキャブラリーの泉を掻き分けている隙に、彼女は再び手元の本に視線を落としていた。
結局、その場を濁すように僕も彼女にならって文字列を目で追ってみる。
気まずい沈黙を、僅かだけれどのどかな公園のざわめきが和らげている。
時折、彼女が僕をちらちらと横目で見るものだから、全然本の内容が頭に入ってこない。
しかたなしに何とか現在の状況を理解してみようと試みる。
つまり、随分と捻くれた口ぶりだったが、僕はひどく面倒な使命を課せられてしまったらしい。
あまりに突然のことだし、彼女の本心は見当もつかなかったが、多分、そういうことだ。
どうしたもんか、と本を読む振りをして思考を巡らしていたところ、すくっと隣の彼女が立ち上がった。
反射的に体を強張らせるけれど、彼女は気にした風もなく僕の前に立つ。
「あなた、名前は?」
はっきりとした声が、公園中に響いた気がした。
押し付けがましく聞こえそうだけれど、きっとこれが彼女の友好の表れなのだろう。
そう思うと、彼女の口調も大して不快じゃなかった。
僕はあまり得意じゃない微笑と一緒に名乗ると、彼女はにこりともしないでで名乗る。
最後に、自分は昼休みにはいつもここにいるから、とだけ残して去っていった彼女の影を追いながら、いい名前だね、と誰ともなく呟いた。