わたしの一日はいつものように始まった。
たまには劇的な変化が起こってほしい朝なのに、
残念ながらいつものように始まってしまった。
ドアを開ける。通学鞄を足下に置いて、その上をまたいだ。
寝顔が見えて、今日一回目の溜息をついた。
「ねぇーハルちゃん、起きてよーう」
ベッドに近づいてゆさゆさと幼なじみの身体を揺らしてみる。
「起きてよーう」
揺らしてみる。
「起きてよーう?」
揺らしてみる。……返事はない。そういえば昨日わたしが寝るとき隣の家の電気は全部つけっぱなしだった。
ハルちゃんってば、また夜更かししてたに違いない! 確かわたしとハルちゃんは昨日約束した。
わたしが起こしても目が覚めないくらいの寝不足にはならないようにちゃんと寝るって。
ああハルちゃん、早速守れてないよ!
耳元で(もちろんわざとです)大きくわざとらしく溜息。「ハルちゃん、うそつきだよ!」
むき出しのコンクリートの殺風景な部屋で偉そうに眠っているハルちゃんは耳の近くで繰り出される息と声にノーガード。
今度こそ起きてくれるだろう。ハルちゃんの寝起きが悪いのはいつものことでだから六時に起こしたかったら五時半にくるとかそういう工夫はもちろん凝らしてあるけど問題なのはそんなことじゃない。
起きてほしい、それだけ。
そんなわたしの思いが伝わったのかハルちゃんがわずかに身じろぎした.
「ハルちゃん?」
耳元でこっそり。はっはっは、こそばゆいでしょう!
「……ん……」
お、反応あり。毎日毎日大声で起こすのにも飽きた。ご近所さんに迷惑だし、わたしの喉が涸れちゃう。
……あとちょっと、ハルちゃんにうるさい女って思われたら、やだし。………いや最後のは嘘ですよ気の迷いですよ。
毎日毎日大声で「ハルちゃーん起きてよー!」って叫ぶことが不毛だって一ヶ月目にして初めて昨日の夜気づいただけなのです。そう、それだけ!
「ハルちゃん、起きたー?」
ハルちゃんがごろりと寝返り。これまでは寝返りという段階に移るまでに二十分かかったけど、耳元でくすぐったい作戦は五分もかかっていない。効率がいい!
考えたわたしは天才なんじゃないかと思う。寝返りまでいったらハルちゃんが起きるまであとちょっとだ。
「はるちゃーんー?」
「…………誰、くすぐった……」
ハルちゃんを起こしに来る人なんてわたしくらいしかいないのに、とほんのちょっと頬をふくらませる。ハルちゃんが起きてたらそんなわたしのほっぺをわざとらしく人差し指でふにって押して空気を抜いてるところだった。
「ハルちゃん、わたしだよ、わーたーしー」
「………ああ」
瞳がうすく開く。覚醒していない色。水でもぶっかけてやろうかなと台所に向かおうとして、立ち上がったわたしの身体を、目覚めていないハルちゃんがくいって引っ張った。
「ひゃうっ!?」
大げさかもしれないけど、身体が浮いた。
「え、ちょ、ハルちゃーん?」
ふかふかの布団の上に持ち上げられたって気づいて顔が熱くなるのを感じる。ハルちゃんの体温が近くて、心臓の音が聞こえる。憎らしくなるくらい落ち着いた鼓動で、異物を飲み込んだ蛙みたいにげろっと心臓を吐いてしまいそうなわたしとは大違いだった。
ああ、ちょっとハルちゃん、本当に心臓が止まっちゃうよ。
「もうちょっと寝させて……」
いつもより甘えた声に、ますます心拍数が上がる。
思わずまだ時間もあるしいいよ、と言いかけて、
「いいだろ、メグミ。………ユリナ?」
右腕が勝手にハルちゃんの顔面に右ストレートを繰り出して(それはプライド? の選手並にクリティカルヒットした)、わたしは神速よりも早くハルちゃんのベッドから飛び降りた。
「ハルちゃんのろくでなしー! 死んでしまえー! 生まれ変わるなー!」
とりあえず熱くなった顔のままハルちゃんに罵声を投げかけて、駆け足でドアに走り寄る。そのままハルちゃんの部屋を猛ダッシュで出た。
「……なんだ、アキか」
後ろの声だけが追いかけてきて、ハルちゃんなんてうんこだと生まれて初めて心から思った。