術の発動に伴って、日和の視界から壁際に立ったクリスの姿が消えていく。  
クリスの使う術の1つ、人外の存在に対してほぼ完璧なまでの隠密性を持つ術だ。  
欠点は、その状態では移動も攻撃もできないということ。  
正に隠れるためだけに特化した術。  
実際には視覚情報としては見えてはいてもそれを見えていると認識されないようにしているだけなのだが、  
実際にこうして体験してみると自分が人ではなくなってしまったことを日和は改めて思い知らされた。  
(人間に戻るためにも頑張らないと)  
大切なのは怪しまれないことだ。  
その為の自然な言動を知るために、日和は半透明な膜が張ったようにぼんやりとしているこの2週間の記憶を手繰り寄せた。  
クリスのおかげで正気を取り戻した今となっては、思い出すだけで震えがくる行為の数々。  
だが、これから正気を保ったままで、自分の意思でそれをやらなければいけないのだ。  
この2週間、眠っているときにしていた姿勢で化け狸を待ちながら、イメージの中でシミュレーションを繰り返す。  
頭の中で繰り返したその行為が10回に達しようかという頃、狸の口の構造でどうやって出しているのか口笛を吹きながら姿を現した。  
「飯の時間やで〜。なんや、寝とるんかい?」  
化け狸がすぐ隣まで歩いてくる気配。  
「ほれ、起きんかい。嬢ちゃんの大好きな飯の時間や」  
肉球と獣毛の感触が肩に乗せられる。  
それをキッカケにして日和は身を起こした。  
 
「ん……あ、おはようございます、旦那様」  
躾られた呼び方をしながら、さも今目を覚ましたばかりとあくびを1つ。  
「また1人でやっとったんか? ま、ここじゃ他にすることもないやろうけどな」  
四つん這いの日和の目の前に半勃ち状態のペニスが突き付けられる。  
思わず目を背けたくなる衝動を、日和は必死で押さえ込んだ。  
「ん、どした? はよし」  
一瞬の躊躇を見咎められ、日和は慌ててその醜悪な肉塊に顔を寄せる。  
「い、いただきます」  
これもまた躾られた通り、そう断ってから舌を伸ばした。  
舌先に感じるおぞましい熱と、むせるほどに濃密な獣臭。  
嫌悪感を懸命に押し殺して舌を這わせていると、徐々に硬度と体積が増してくる。  
限界まで膨らんだところで、先端を口に含んだ。  
まだ先端だけだというのに、顎が外れそうなほどの太さが口内を占領する。  
舌の上全体に塩っぽい味が広がり、吐き気を催す性臭が鼻に抜けていった。  
それでも日和は懸命に頭を、舌を、動かし続ける。  
「なんや、今日はいつもより熱心やな。そんなに腹空かせてたんか?」  
ねぎらうように化け狸は前足を日和の頭に乗せる。  
それに対し、日和はペニスを口に収めたまま上目遣いで化け狸の顔を見た。  
(大丈夫、バレてない。あとは早く……)  
少しでも早く苦痛の時間を終わらせるために、日和はそれまで以上に行為を激しくさせた。  
 
狙うのは化け狸の射精の最中。  
日和の記憶の中で、最も化け狸が気を緩める瞬間は射精中だ。  
だからこそ、その瞬間がクリスにとって最大のチャンスになる。  
それが日和の立てた作戦。  
そのためには、まず自分が化け狸を射精に導かなくてはならない。  
「あー、あかん!」  
突然化け狸が上げた叫び声に、日和はこちらの考えが見透かされたのかと口を離してしまった。  
ところが当の化け狸は日和、そして今はちょうど化け狸の背後にいるはずのクリスに目もくれず、  
「ひい、ふう、みい……」と短い手指を折りながら何かを数え始める。  
何が何だかわからないまま、それでもとにかく日和は行為を再開させようと顔を近づけた。  
「あー、もうええ。それより今日はこっちや」  
化け狸はその巨体からは想像できない動きで、呆然とする日和の背後に回る。  
日和もそれに合わせて身体の向きを変えようとしたが、腰の上に置かれた前足でそれを制された。  
「な、何をするんですか?」  
「今日は下の口から飲ませたる」  
「え……あ、ひぁぅ!」  
荒々しい手付きで尾を扱かれると、本人の意思に反して日和の身体は異物を受け入れる準備を整えてしまう。  
さっきまで口で感じていた牡の昂ぶりを下腹部の中心で感じた次の瞬間、それは一気に体内へと侵入を開始した。  
「ふあ、ああああ」  
2週間、自分の尾で慣らされた膣洞は驚くほどの柔軟性を発揮して化け狸の剛直を飲み込んでいく。  
自分の尾とは違う熱さと硬さに、知らず甘い吐息が零れてしまう。  
 
化け狸に挿入されるのは2週間ぶり、2度目だった。  
最初の日に犯されて以来、口でこそ毎日感じていたが、改めて膣で感じるその存在感はまさに圧倒的だ。  
自分の尾が所詮代替物でしかなかったと思い知らされる激感。  
自分の身体が本当に求めていた物は、この逞しい肉塊以外にありえないという確信が脳を駆け巡る。  
(あ……クリスちゃんに、見られてる……)  
口での行為の最中は、化け狸の巨体が遮蔽物になってクリスから日和の様子は見えないはずだった。  
だが、現在の後ろから犯されている状態では2人の間に遮る物はない。  
「ふあ、……や、やだ……ああん」  
恥ずかしさから顔を伏せようとするのに、敏感な膣壁を擦り上げられるとどうしても背中が反り返ってしまう。  
クリスの側からはともかく、日和にはクリスの姿は見えない。  
それがさらに日和の心を沸き立たせた。  
化け狸に荒々しく突かれてこんな反応をしている自分に、クリスは軽蔑した視線を送っているのだろうか。  
もしかすると、この手の行為に免疫がなさそうなクリスは顔を真っ赤にしながら食い入るように見ているのかもしれない。  
「なんや、1人でやりすぎてユルユルになってるか思たら、随分とキツイ締め付けやないか」  
化け狸のペニスとクリスの視線。  
前後から挟み撃ちのように押し寄せてくる刺激に脳が沸騰していく。  
そんな頭の中が爆発しそうな快感の中で、胎奥に第一射を感じた。  
これもまた自分の尾では生みだしえない快感に理性が押し流されていく。  
 
「出てる……熱いのがいっぱいでてるよぉ……」  
クリスに伝えるために言っているのか、ただ単に自分の快感を高めるために言っているのか。  
自分でもよくわからないままに出た言葉を合図に、日和の正面からクリスが姿を現した。  
その視線は引き締められていて仕事に向かう時の退魔師の表情だ。  
それでも、その普段は透き通るほどの白い頬がわずかに朱に染まっていることに日和は気が付いた。  
「な、なんや!?」  
いまだにビュクビュクと精液を溢れさせているペニスから、化け狸の狼狽が伝わってくる。  
ただし、現実は日和が考えていたものとは多少食い違っていた。  
予定では化け狸の背後から攻撃をしかけるはずだったのに、途中で身体の位置を入れ替えられたせいで正面から攻撃せざるをえなくなってしまっている。  
その違いによる反応の差はわずかではあるだろうが、時としてそのわずかな違いが致命的となる場合もある。  
特に日和やクリスがいる世界では。  
そこから先の日和の行動は順序だてた考えがあってのものではなかった。  
子宮を焼く汚濁液は日和から筋道を立てて考えるだけの余裕を根こそぎ奪っている。  
それでも、クリスの姿を目にしたことでわずかではあるが取り戻した理性が何かをしなければと思わせ、それに辛うじて本能が答えたという程度の行動。  
日和がクリスの姿を見ることができたこと、これもまた化け狸が身体を入れ替えたことによる変化だった。  
なけなしの霊力を掻き集めて膣へと送る。  
そこらの低級霊に対してすら、微風程度の効果しかないだろうわずかな力。  
「がっ!?」  
それでも深く深く挿入されている無防備な性器を介して送り込めば、一瞬動きを止める程度の役に立った。  
 
四つん這いになっている日和からは見えなかったが、クリスが化け狸に何かをしたのは確かだった。  
次の瞬間、腕を強く掴まれ引き上げられる。  
「あ……」  
体内からずるりとペニスが抜けていく感触。  
それだけで軽く達しながら、自分を抱きかかえるクリスの肩越しに化け狸が前足を振り上げているのが見えた。  
「クリ……」  
警告の言葉も言い終わらぬ内に、化け狸の前足がクリスの背中を打ち、2人まとめて空中に放り出される。  
「燃えなさい……!」  
吹き飛ばされながら、耳元でクリスの声を聞いた。  
その言葉を合図にして洞窟を白い光が満たす。  
目を閉じても防ぎ切れないほどの凄烈な光。  
人ではなくなった身にはお世辞にも穏やかな光とは言えないはずなのに、どこか優しいそれに包まれながら、日和は意識を失った。  
 

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