異世界の荒野のど真ん中で今、一匹の淫獣が目をギラつかせペニスを最大まで勃起させていた。 
誰あろう、9歳以下の幼いメスにしか性欲を抱くことのない上級淫獣「フール」であった。 
「・・・サキ、サキ・・・アア、サキガホシイ、ホシイゾ〜!」 
彼はここ数日寝ても覚めても7歳の少女・仲岡美咲(サキ)のことしか考えられなかった。 
・初めて見たときから気に入った、すぐに自分のものにしたい、飼いたいと思った。 
・そして11日目のあの日、ついにサキをこの手に捕まえた。 
・邪魔な服をひん剥き、その下から現れた白く滑らかで綺麗な肌。 
・サキを四つん這いの格好にさせて高めに尻を突き出させ、恥毛一つ生えていない股間を目の前にした時のあの感動。 
・そして自分のペニスの切っ先をサキの小さな割れ目に押し込みかけた時のあの心地良さ・・・・。 
「ダガ・・・・グッググ、チクショー、アノ年増ノメスドモメ〜!」 
目障りなユウというチビオスを叩きのめしてこれからという時に、いきなり現れた二匹の年増のメス(三上唯と大野房子という高校1年生と3年生)に邪魔をされ、強烈な回し蹴りを叩き込まれ、もだえ苦しんだ上にサキを手に入れることを断念しなければならなかった。 
フールの怒りは大きかった、しかし一方では臆病なところもある彼は出来れば年増のメスどもには会いたくなかった。 
だがそれを恐れて諦めるにはサキはあまりにも惜しい獲物なのだ。 
「アキラメル嫌ダ!オレ、サキホシイ!!」 
だが、サキを手に入れるには年増すなわちハナジョ生徒たちの邪魔が入ることは十分覚悟しなければならなかった。 
「エエイ、ヤッテヤル!年増ドモガ邪魔ヲスルナラ闘ッテデモサキヲ奪イトッテヤル、闘ッテヤル闘ッテヤルゾ〜!!!」 
一大決心をしたフールの絶叫が荒野に響き渡った。 
 
※ 
異世界移動後・16日目 
 
午後2時、保安部本部に仲岡美咲(サキ)を連れたエリザベス・アンダーソン(ベス)が入って行くと部屋には唐沢美樹と久米山恵子が居て何かを話している最中だった。 
「美樹さん、今日の見回り終わりました。異常ありません」とベスは報告した。 
「ご苦労、お?ベスとサキか、珍しい組み合わせだな」 
「いえ、これから私の部屋にサキちゃんを連れて行こうと思いまして・・・」 
 
ベスが見回りを終えて保安部本部に報告に向かう途中で空手部の道場の前を通りかかった時、道場の入り口近くでサキが一人でぽつんと退屈そうに座っているのが見えた。 
「サキちゃん、どうしました?」 
「あ、ベスちゃん」 
サキはうれしそうにベスに駆け寄った。 
サキが言うには、明花は拳法部で武術の訓練をしているし、そしてユウは妹を気遣いながらも今道場で唯に空手を教えてもらっている最中であり・・・そして伊織はサキが襲われた11日目以来調子を崩して寮の自室で一日のほとんどを寝ているとのことだった。  
 
ユウは自分がフールに叩きのめされたため「このままでは絶対に妹を守れない」と思い、サキが退屈でかわいそうだとは思ってはいたが空手の稽古の続きを唯に頼んだのだった。 
サキもまた兄の気持ちがわかるので文句は言わなかった。 
しかし寮の自室でふさぎこんでいる伊織の傍に一人でいるのはどうも心が落ちつかないので(彼女がかわいそうで早く良くなってほしいと心から願いつつも) 
稽古をする兄について来たとのことだった。 
それでもやはりサキには兄の稽古が終わるのを待ってジッとしているのは退屈だった、ベスにはそれがすぐわかった。 
「ねえサキちゃん。よかったら私の部屋に来ませんか?ユウちゃんの稽古が終わるまでお話でも聞かせてあげますから」 
ベスはサキが襲われた後の13日目から毎日、この幼い兄妹に童話や小説を聞かせてやっておりそのこともあり兄妹はベスにもあっという間になついたのだった。 
「えっホントに、うん行く行く!!」 
うれしそうに目を輝かせるサキを見ながら、ベスは道場に入り唯やユウたちにサキをあずかることを申し出た。 
サキのことを気兼ねしていたユウたちは喜んでその申し出を受け入れた。 
以前と違い今回は寮に行くのだし、しかもついているのが「シックスティーン・カルテット」のひとりベスだという安心感もあった。 
「いいなぁ、ベス姉ちゃんの話は僕も聞きたいけど・・・」とユウがうらやましそうに言う。 
「だったら、今日の稽古はここまでにしておくか、ユウ?」と唯。 
「・・・いや、やっぱり最初にやると決めた分だけやっていくよ」 
唯もベスもユウのその心意気に感心した、妹は何がなんでも守るという覚悟がひしひしと伝わってきたからだ。 
「大丈夫ですよユウちゃん。稽古が終わったらサキちゃんを迎えに部屋に来るでしょ?だったらそのあと少し私の部屋でお話を聞いていけば良いんじゃないですか」 
「ホント、ヤッター!ありがとうベス姉ちゃん」 
というやり取りがあり、ベスはサキを預かってきたのだった。 
 
「そうか、ベス良いとこあるじゃん」と美樹。 
ベスは本部を見回して尋ねた。 
「あの静香さんは?」 
「あれベス聞いてなかったの?」 
美樹が説明するところによれば保安部部長冴島静香は今朝立ちくらみを起こし、あわてたルームメイトが半ば強引に保健室に連れて行ったところ疲れから来る軽い貧血だと保健婦の梨木可奈子に言われた。 
当人は大丈夫といったが、それを聞き駆けつけた美樹や他の保安部幹部も「今日は大事をとって休むこと」と静香を説き伏せたのだ。 
静香の部長としてのプレシャー等を知っている皆は、なんだかんだ言って頼りきっている静香への申し訳なさもあり、とにかく今日は休むように言ったのだった。 
結局静香は皆に説得された形で寮の自室で休むことにし、美樹が今日一日のみ保安部部長代理に選ばれた。 
なんといっても美樹は2年生ながら3年生らと同格の「幹部」に迎えられたほどで静香に次いで頼りにされているのである。  
 
「では、これで」と挨拶をしてサキを連れて部屋を出ようとしたベスの耳に「ですから恵子先輩、今日は諦めてください」という美樹の声が聞こえた。 
本部を出て階段に差し掛かったベスは足を止め、ふと本部のほうを見た。 
「どうしたのべスちゃん?」 
サキが訝しげに聞く。 
久米山恵子という3年生のことは話したことはないがベスは知っていた。 
静香のクラスメートで友人であり、さらに2日目に世話をしている鯉の様子を心配して見に行ったところをクロオオヒヒに襲われ翌日まで嬲り者にされたことも。 
 
初めて恵子を眼にしたのは保安部が結成されて間もないころ、見回りから戻ってきたベスたちの班は廊下で暗い顔をし元気のない恵子とすれちがった。 
その際同じ班の保安部員たちが「ねえねえ今のって3−Dの久米山恵子さんじゃない」「ああ、あの人なの?静香部長の友達で大猿にやられた人って」と噂をしはじめたのだ。 
それでベスも「ああ、あの人が」と思い、一晩嬲られるなんてと胸がつぶれそうな想いで恵子の後姿を見送ったのだった。 
 
すると本部から出てきた恵子がトボトボとこちらにやって来るのが見えた。 
「あの、すいません久米山恵子さんですね?」 
ベスが話しかけた。 
「は、はい?」 
「はじめまして、私1年生のエリザベス・アンダーソンと申すものですが・・・」 
「あ、はい、知ってますよ」 
「え、そうなんですか?」 
「というかこの学校でシックスティーン・カルテットの人達を知らない人はいません・・・・あの、なにか御用でしょうか?」 
恵子は校内の超有名人の一人に声をかけられ緊張していた、そのため年下のベスにも丁寧な言葉で話していた。 
「出すぎた事とは思いますが、なにかお困りのことでも?・・・あ、いえ何かそんな雰囲気でしたので・・・」 
心優しいベスは廊下でのすれ違い以来、落ち込んでいた恵子のことは気になっていたのだった。 
ベスの言葉と彼女のいつもの母性あふれるシスターのような笑顔に恵子もぽつぽつと話はじめた。 
恵子はクロオオヒヒに襲われて以来、怖くて池に鯉の様子を見に行けないでいた。 
しかし本来鯉の面倒をよく見ていた優しい性格の彼女は、異世界に来て以来どうやら自分以外に鯉の世話をしている物がいないらしい事を知り、あのまま放置されている鯉が心配になり勇気を振り絞って様子を見に行く決意をした。 
そして念のため静香にその事を相談しようと保安部本部を尋ねたのだが、静香は休んでおり代理の美樹は(恵子の優しさを十分理解しながらも)学園中心部より離れた場所へ行く危険を説明し、恵子に行くべきでないと忠告した。 
美樹は(これが静香先輩なら自分も一緒に行くと言うかも)と思いながらも自分は静香先輩の留守を預かる者として彼女の休んでいる最中に生徒に危険性がある場所へ行く許可を出し、万一のことがあったら取り返しがつかないと判断したのであった。 
「ふ〜ん、そういう訳だったのですか・・・・」 
とベスが答えた時、サキがおずおずと声を上げた。 
「あ・・あのベスちゃん、私も鯉さんを見てみたいなぁ・・・」  
 
ベスはサキの遠慮がちに自分を見上げている顔を見て、次にやはりどこかもじもじしている恵子の顔を見た。 
ベスは二人の気持ちがよくわかった。 
恵子は自分が世話をしていた鯉をこのまま放置してはおけない・・・・。 
サキは、ユウもそうだがやはり娯楽に飢えている・・・・。 
そんな二人の想いを感じながら、ちらりと腰のレイピアに目をやったベスは言った。 
「あの、私がガードしますから、恵子さんもサキちゃんも池に行ってみませんか?」 
「ほんとベスちゃん!」 
「良いんですか?アンダーソンさん」 
「はい。ただし30分ぐらいならですが」 
ベスの判断にはここのところ問題の池の周辺には淫獣が現れていないということもあった。 
唯一の例外は12日目にその池の傍で倒したカマキリ淫獣であったが、それも校内の他の場所から警備員や他の保安部員たちに追い立てられ逃げてきたところをベスたちに鉢合わせしたに過ぎない。 
さらに彼女はここのところの実戦で自分の剣の腕にますます自信をつけていた、 
そして何よりベスはこの池に行く事が恵子たちの心を少しでも軽くするだろうと思ったのだった。 
 
午後2時30分、三人は池に着いた。 
ここに来るまで恵子は何度も辺りを見回していた、しかも池に近づくにつれて足が震えだした。 
そんな恵子の肩にベスは手をかけ、きっぱりと言った。 
「大丈夫です!お二人は私が必ずお守りすると約束します!」 
やがて池が見えてくると恵子は池のほとりに駆け寄った。 
そして池の中をのぞき「わぁ、居る居るーっ」と歓声を上げ、持ってきた餌を池にまいた。 
久しぶりの餌に鯉たちは水面に殺到した。 
その様子を見てサキも「わぁ!鯉さんだ鯉さんだ!」とはしゃいでいた。 
その二人の様子を見たベスは、やはり来て良かったと思った。 
 
そうして15分ほど鯉を眺めていた三人であったが、恵子はベスに向かって「まだ無事な鯉が居たことを確認できたのはアンダーソンさんのおかげです、ほんとにありがとうございました」と礼を言った。 
「いえいえ・・・それより恵子さん、私はあなたの後輩なのです。どうぞエリザベス、いえベスと呼んでください」とにっこり笑った、温かい笑顔だった。 
思わず恵子も笑みを返して言った。 
「それにしても、アンダーソンさん、いえベスは・・・ほんとに強いのね。いつも笑顔を絶やさないとか聞いたし」 
「え?・・・う〜ん、そういわれると照れます。私は意識して笑顔を絶やさないようにしているのです・・・そうしないと、心がどこまでも落ち込みそうなので。むしろ恵子さんやこのサキちゃんのお兄さんのユウ君のほうが強いですよ」 
「え?ええ?・・・ベス、無理して言ってくれるとかえって私落ちこむよ」と恵子。 
「私は本気ですよ。だって恵子さんは私がこの世界に来てから何回も自分に言い聞かせている言葉―私はまだ生きています。お父さんはそれがたいせつなことだと言いました。―に沿った行動をしておられるじゃないですか、この鯉の世話をしに来ることなどまさにそれです。」 
「え・・・と何それ、お父さんって?」 
「あ、唐突過ぎましたね。これはアンネ・フランクの日記の一節なのです」  
 
「ベスちゃん、アンネ・フランクってだれ?」とサキが不思議そうな顔でたずねた。 
そこでベスはサキのために簡単にアンネのことを説明した。 
ナチスドイツにより隠れ家に二年も隠れ住まなければならず、結局見つかり15歳で死ななければならなかったユダヤ人少女とその彼女が二年の間、心の支えとして付け続けた日記のことを。 
ベスが説明を終えると今度は恵子がたずねた。 
「あ、私もかすかに思い出した。たしか昔授業でアンネのことを取り上げた時、今の言葉が入っていたと思う。でもたしかもっと長かったと思うけど、思い出せない・・・ベスその前後の文章をもうちょっと言ってくれない?」 
そこでベスはその部分というのが1942年の7月8日(水)に書かれたものであり、さらにアンネの父親が隠れ家に移り住むことを決意したのが7月5日(日)、そして一家で隠れ家に入ったのが翌日6日の朝であることを説明した上で語りだした。 
「―日曜日から今日まで、何年も過ぎたような気がします。まるで世界中が引っくり返ったように、いろいろなことが起こりました。でも、私はまだ生きています。お父さんはそれがたいせつなことだと言いました。そうです。私はまだ生きています。・・・・―」 
そのアンネの言葉は恵子、そしてサキの心に染み渡った。 
自分たちにとっても16日前からまさに世界が引っくり返ったようなものだった。 
昨日まで続き明日も続くと思い込んでいた日常はあっさり覆り、そしていつ淫獣に襲われるかわからない生活。 
だがそんな中でまだ生きているんだ、それが大切だというのはものすごく重要なことだと理解できたのだった。 
語り終わったベスが続けた。 
「だから私も生きていることが大切だと思い、そして生きる以上は自分で出来る限りの事をやろうと必死で自分に言い聞かせてきました。ですから頑張って鯉の世話を続けようとする恵子さんや、サキちゃんを守るために鍛錬に励んでいるユウ君は本当に立派だと思うのです」 
・・・・・しばらく三人は黙っていた、やがて恵子がぽつりと言った。 
「私は鯉が好きだから将来は熱帯魚や観賞鯉の飼育をする仕事をしたいと思っていたの。だけど・・・あんな目にあってそんな将来は遠いところに行ってしまったと思っていた・・・だけど生きていたら、もしかすると・・・・」 
「私もユウ兄ちゃんと一緒にお父さん達のところに帰りたい」サキが普段はユウやミン達に心配かけまいと口に出さない様にしている自分の思いを話した。 
「・・・だけど、だんだんもう帰れないんじゃと思うようになってきてたの・・・だっ・・・だけど生きていたらいつかは・・・・」後は声が続かなかった。 
「そうですよ!お二人とも、生きていさえすればですよ」とベスは言い、恵子に向かってさらに続けた。 
「恵子さん、サキちゃんやユウ君の友達になってあげてくれませんか?一緒に居るとても楽しいですよ」 
ベスはこの兄妹の心の成長のためにも今以上に多くの人間と親しくなることが大切だと思っていた。 
その点この恵子という心優しくそして勇気を振り絞り池まで来るような少女は良い友人となるだろうと思ったのだ。 
「うん、私でよければ・・・サキちゃんよろしく」 
「私のほうこそ、後でユウ兄ちゃんにも会ってくれない?」 
恵子とサキが握手をしてそれをベスが微笑んで見ていた、とその時。 
サキがびくっと身体を硬直させあたりを見回し木陰の向こうを指差し、 
「怖い・・・何か居る」と言った。  
 
驚くベスと恵子、だが一番驚いていたのはその木陰に隠れ様子をうかがっていた当人であったかもしれない。 
(ゲッ!ナンデサキガコンナニ鋭インダ!) 
いうまでもなくフールである、一大決心をして学園内に潜入した彼はまず水でも飲んでと池に近づいたところをやって来るサキと年増のメス二匹を見て、 
(ラッキー! ダガ、ジャマナ年増ガツイテイヤガル) 
と思いとにかく近くの木陰に姿を隠し様子をうかがっていたのだった。 
しかしサキに見破られるとは予想外であった。 
実はサキはフールに襲われて以来、危険を察知する感覚が鋭くなり始めていたのである。 
(クッ・・・コウナッタラアノ年増ドモト戦ウシカナイ。エエイ、ビビルナ俺、覚悟シテ来タンジャナイノカ!) 
自分を奮い立たせつつフールは木陰から姿を表した。 
「あっ・・・あぁ。あれこの前私とユウ兄ちゃんにひどいことをした!」 
フールの姿を見て悲鳴をあげるサキ。 
「え!あれがそうなんですか?」 
最初は自分よりも早くサキが淫獣の存在に気づいたことに驚いていたベスだが、目の前の淫獣が11日目にこの幼い兄弟にひどいことをした張本人と知り、怒りの目をフールに向けた。 
「恵子さん、サキちゃんを頼みます」 
ベスはレイピアを引き抜き、恵子の背中に隠れたサキが「ベスちゃん気をつけて」と言った。 
「大丈夫ですよ。約束したでしょ、お二人は私が必ずお守りしますと」 
ジリッジリッと間合いをつめていくベスとフール。 
(一撃目ダ!トニカク、相手ノ最初ノ攻撃サエカワセタラ・・・意識ヲ集中スルンダ!) 
ベスはけして油断していたわけではない、だが今まで彼女が戦ったストレングスをはじめとする淫獣に比べるとフールはそれほど強そうに見えなかった。 
「ハァ!」 
ベスが突き出したレイピアをそれにのみ意識を集中させていたフールはギリギリでかわした。 
「え!」 
驚くベス、次の瞬間フールは手の中で握り締めていた灰色の粉末をベスの目にむけて投げつけた。 
「う、目が!」 
それはこの世界のコショウのような物の実をすりつぶした物だった。 
唐辛子ほどではないが目に入った時はしばらく痛む、そして思わず目をきつく瞑ったベスにフールは渾身の力で肩から体当たりをかけた。 
ドガッ! 
武術でも全身の体重をかけての体当たりは下手なパンチよりはるかに強力だと言われる。 
しかもフールは淫獣であり普通の人間よりは力は強い、それを胸に受けたベスの身体は大きく後ろの樹に向かって吹き飛ばされた。 
そして・・・ああ何という不運、その樹こそ12日目にカマキリ淫獣が一番下に出ていた枝を斜めに切り落とした物だったのである。 
ベスの身体はその杭のように突き出ていた枝に背中から叩きつけられた! 
「ぐっ、ぐはぁ!」 
衝撃と激痛にベスは気が遠くなった。  
 
「イ、イヤアアア〜ベスちゃん!!」 
サキの悲痛な声。 
樹に寄りかかるようにして動かなくなったベスを見てフールは池の傍のサキたちを見てニタリと笑った。 
サキを背にかばうようにして立っている恵子を見て 
「オイ、ソコノ年増。オマエモ痛イ目ニアイタクナカッタラ、ソコヲドケ。ソシテ・・・フフフ、サア、サキ一緒ニ来ルンダ」 
恵子はがくがく震えながらもはっきりと首を横に振り拒否の意思を見せた。 
ベスのサキたちと友達になってほしいという言葉を思い出しながら。 
(フン、コノ年増ハサッキノ奴ニ比ベルト弱ソウダ・・・何ヨリビビッテヤガル) 
フールが勝利を確信したその時、 
「ま・・・・待ちなさい・・」と言う声が背後からかかった。 
そこには枝を自力で引き抜き、背中から血を溢れ出させながらも立っているベスが居た。 
「チ!シブトイ年増メ」 
だが次の瞬間ベスは「ウッ!」と胸を押さえると「グハァァーー!!!」と口から大量の血を吐き出した。 
先ほどのフールの体当たりで肋骨数本にヒビが入り、さらに背中から突き刺さった枝は皮膚と肉を突き破り内臓も深く傷つけていた。 
「ベスちゃん!」「ベス!」サキと恵子は悲鳴を上げ、フールはそんなベスを見て鼻で笑った。 
「フン、ソンナ身体デナニガデキル」 
「・・・や・・・約束・・・・」 
「ナンダト?」 
「約束・・・したのです・・・その二人は・・私が必ず守る・・・って」 
「べ・・・ベスちゃん・・・」サキの声はすでに涙まじりになっている。 
「ソンナニ死ニタイノナラ、今トドメヲサシテヤル!」 
ベスの視界はぼやけ、フールの姿も霞んで見え出していた。 
(か、神様。あと一振り・・・あと一振りだけ私にレイピアを振るう力を!) 
ベスはぼやけた視界ながらもフールをきっと睨みつけた。 
フールはもう一度ベスに体当たりをかけようと突進したがベスに睨みつけられて思わずたじろいた。 
ドビュ! 
次の瞬間、ベスの繰り出したレイピアの切っ先がフールの左目に突き刺さっていた。 
「ギャアアアアーーー!!! イッ、イタイ、イタイ・・・・目ガ!オレノ目ガーーー!!!」 
フールは左目を押さえながらその場を転げまわり、やがてレイピアを構えた姿勢のまま立っているベスを残りの目でいったん睨みつけた後、左目を押さえながら全力で学園の敷地外に逃げていった。 
フールの姿が完全に木々の向こうに消えた時「ベス、大丈夫!」と恵子が声をかけた。 
すると、レイピアを構えたまま立っていたベスの体がぐらりと傾いたかと思うとゆっくりと地面に倒れた。 
駆け寄るサキたちにベスの弱々しい声が聞こえた。 
「・・・サ・・サキちゃん・・・居るのですか・・・」 
ベスの目はもう見えなくなっていた。 
サキはベスの手を握り締めて「・・・う・・うん、ここに居るよ」と言った。 
その横では恵子が校舎のほうに向かって大声で助けを呼んでいた。  
 
「・・・サキちゃん、アイツは・・・どうしました?・・・」 
「逃げたよ。もう居ない、ベスちゃんのおかげだよ」 
サキは涙をあふれさせながら言った。 
「・・・そう・・・良かった・・・・・・」 
「ベスちゃん、しっかりして!」 
だんだん遠くなるサキの声を聞きながらベスは思った。 
(・・・お父様・・・私やれるだけのことはやりました・・・お父・・・・・・) 
それを最後にベスの意識は闇に包まれた。 
 
※ 
 
午後4時30分。 
海の花女学園理事長室では、理事長が泣きはらした校長からの報告を受けていた。 
聞き終わった理事長は呆然としたまま呟いた。 
「・・・ベスが・・・エリザベス嬢ちゃんが・・・死んだ。」 
 
 
恵子の悲鳴を聞き駆けつけて来た人々の手でベスは保健室に運ばれたが、もうその時には意識はなく保健医たちの必死の手当もむなしく一時間後に息を引き取った。 
享年16歳であった・・・・・。 
 
 
午後7時。 
日没後、学園は深く沈みきっていた。 
 
寮の自室で、明花と伊織とユウそしてサキはうつむき一言も口を利かなかった。 
ユウは目にいっぱい涙をためながらここ数日の自分たちにお話をしてくれたベスの顔を思い出していた。 
(まただ、また僕がサキから目を話した時に・・・・それにサキは絶対に自分が守ると言っていたのに・・・・) 
また伊織も落ち込んでいた。 
(あの牛の化け物たちが襲ってきた時、この子達は何としても守り通さなければいけない!と思っていたのに・・・もう誰にも・・・・何もさせないと決心したのに・・・・。) 
その時伊織の脳裏にストレングスを倒し淫獣たちが引き上げた直後のことが蘇った。 
援護射撃の礼を言った皐月、伊織の弓の腕をほめてくれた唯・・・・そして声はかけなかったけれど暖かく微笑んでくれたベス。 
皐月達の言葉とベスのあの笑みでどれほど心が暖かくなったことか。 
(それなのに、なに?・・・・アンダーソンさんが命をかけて戦ってサキちゃんを守ってくれていた間、私は何をしていたの・・・・ここで寝ていたなんて) 
伊織は自分へのふがいなさに強い怒りを感じていた。 
その時、涙も枯れ果て、ただうつろな目をしていたサキがぽつりと言った。 
「でも、私はまだ生きています。お父さんはそれがたいせつなことだと言いました。そうです。私はまだ生きています。」 
え?とその場に居た全員の視線がサキに集中した。  
 
「サキ、何だそれ?」とユウ。 
「ベスちゃんが言ってたの、自分はこの言葉を大切に生きているんだって・・・」 
「ちょっと待って、それってアンネの日記じゃない?」 
と明花がサキに尋ね、そうだという返事を聞くと自分の本棚に走り出版されたアンネの日記を取り出した。 
そして心覚えのあったその箇所、すなわち1942年7月8日(水)の部分を朗読しはじめた。 
「うん、それだよベスちゃんが言っていたの!」 
あの時のサキと恵子同様、伊織にもユウにもそして朗読をした明花自身にもその言葉は深く心に染み渡った、そしてそれを最も大切にしたいと言っていたベスが真っ先に命を落としたという事実がその場に居る全員に深くのしかかった。 
サキの目からは再び涙があふれていた。 
そんな妹をユウは無言で抱きしめた。 
そんな兄妹の姿を見て伊織は何かを決意したように部屋の何も無い空間をキッと見つめていた。 
いつの間にか伊織の目からも涙が流れていた。 
 
同時刻、学園の食堂の一隅で皐月と唯がテーブルを挟んで腰掛けていた。 
二人とも長い時間無言だった。 
やがて皐月が立ち上がって言った。 
「唯、私はとにかく部屋に帰って、明日のために早く寝るわ。明日は朝の見回りの予定があるんで・・・」 
「おい、メイ・・・寝るって。こんなときによく言えるな!」 
思わず声を荒げる唯に皐月は静かに言った。 
「生きていることが大事だってベスは言っていたでしょ?そして生きている以上は自分で出来る限りの事をやらないとって・・・・」 
思わず黙る唯、二人とも数日前にアンネの日記を使ってのベスの決意を聞かされていた。 
「・・・といっても私頭が良くないから、今出来ることと言ったら明日の見回りくらいしか思いつかないんだよねぇ」 
「いや、メイ。あんたの言うとおりだ。・・・それにあんたが頭悪いというなら、私はもっと悪いよ。さっきも大野先輩に怒られたし・・・・」 
唯はベスの訃報とそれに至る経緯を聞かされたとき、「うおおおーー!!!」と絶叫し拳を傍の壁に叩きつけて房子から「馬鹿なことをするな!」と一喝されたのだった。 
「よし、じゃあ私も部屋に戻ることにするよ」 
唯も立ち上がった。 
 
午後11時。 
泣き疲れた恵子は彼女のことを気にした静香により彼女の自室の招かれた。 
今静香と同じベッドで恵子は眠っていた。 
 
同時刻、無人の理事長室。 
カーテンを閉めていない窓から三つの月による鮮やかな月光が差し込み、 
明かりの消えた部屋の中で理事長のデスクを照らし出している。 
そしてそのデスクの上には、静香の手によって理事長に返却された一本のレイピアが静かに置かれていた・・・・・。 
 
 
異世界移動後16日目 
フェンシング部・1年生 エリザベス・アンダーソン 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死亡。 
 
 
〜ベスとサキ〜おわり  
 

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