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                   〜 9 〜  
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「おかしいだろっ? 笑える話だろっ? あ、あははっ。  
 どこの世界に、主人を好きになる奴隷がいるんだ。奴隷でいいって言ったのは俺なのになっ!」  
「……」  
「朱奈、笑って。バカなヒト奴隷だって」  
「……」  
 でも朱奈は何も言ってくれない。  
 
 
 "ふわっ"  
 
 
「……朱奈……」  
 それは春のそよ風。  
「笑いません」  
 けれど存在は確か。俺の唇はもう、朱奈の唇の味を覚えている。  
「笑ってなど、あげません」  
 朱色の彼女は、切れ長の瞳をさらに細くして──微笑む。  
 嘲る色など欠片もなく、母が子を安心させるようにぽむぽむと、頭を撫でられた。  
「フユキはこうしてわたくしを慰めて、くれましたね」  
 そういえば、そんなこと。潤んだ視界の朱奈は、  
「フユキは、ご自分がお嫌い?」  
 優美な曲線を描く紅唇と、目尻が下がった鳶色の瞳。それはまぎれもなく。  
 
「でも……わたくしは、フユキが好き」  
 俺の信じたかった、朱いピューマの化身。  
 
 
 
「そんな、慰めなんていらない」  
 でも、納得できない。ガキのように拗ねた。  
「……」  
「俺は朱奈の何を──信じたらいいんだ。こんな茶番、俺を騙して楽しいのかよっ!」  
 悔しいことに、さらに水が滲み出す。  
 格好悪い泣き顔を見せたくないのに、首から下は悉く俺の命令を聞いてはくれない。  
「【ニヤトコ】……ですから」  
「……」  
「これがわたくしの仰せつかった、お役目、ですから」  
 朱奈は俺の頭を手繰り寄せ、汗で蒸れた下着越しに、双つのふくらみへ押し付けた。  
 女性の濃厚な匂いが流れ込んでくる。  
 でも、不思議と安らかな懐かしさ。  
 
 朱奈は吟じるように音を紡ぎ出す。  
「【ニヤトコ】を果たさなければならなくなって……  
 こんな回りくどく……フユキを追い立てて……  
 けれども、フユキを……  
 わたくしをシュナと呼んでくれるただ一人を壊してしまいたくなくて……」  
 
「フユキに、抱かれればそれで良いと、愚かな手段に手を染めて……  
 わたくしを憎んで嫌って忌み抜いて、それでも構わないから……」  
 
「生きたフユキで、いてさえくれれば」  
 
 壊す、とか、生きた、とか。一体何事、なんだ。  
「どういう……」  
 さらにぎゅっと、鼻先を谷間におしつけられた。  
 まだ、話は終わっていない、と。  
 
 
 
「【ニヤトコ】とは、ヒトを房事にて篭絡し、廃人にせしめること。  
 キンサンティンスーユに害なす前に人格を剥奪。己に忠実な性奴隷として一生を縛すること」  
 
 
 ──  それがヒトを召抱える皇族に課せられた、運命 ──  
 
 
「ヒトはただそこにいるだけで、容易に人間を虜にします。  
 そして始末に負えないのは、自分の主人を傀儡にして、  
 ……国ごと屠ろうとする悪意あるヒトが存在するということ」  
 
「無論、ヒト全てがそうではないでしょう。しかし、わたくしたち人間は怖いのです。  
 偉大なる前例が既に、封ぜられた歴史【ヤナ・ワタ】としてこの国には在るのですから」  
 
「【ニヤトコ】に処すか否か。それは皇后陛下がお決めになられることです。  
 キンサンティンスーユを脅かすほどの知性、知能、英知を備えているかを判断なさるのです」  
 
「……しかし、わたくしはそこを甘くみていたのですね」  
 ふかふかした布団のようなやわらかさと暖かさは、既視感を誘う。  
 情欲よりも安息を覚えて睫が震えた。  
「いくらヒトの……フユキが賢い『落ちしヒト』であろうと、悪いヒトではない、と。  
 わたくしが母上に説明すれば、きっとお分かりになって頂けると思い込んでいました」  
 
「それが、この有様」  
 淡々と話すのは、彼女がその奥底で煮立つ感情を抑えているため。  
 朱奈は俺の短めの髪をまさぐりながら、  
 
「陛下は自身の手でフユキを壊せと。  
 ……フユキの優しさを奪うなど、  
 ……フユキの人格すべてを奪うなど、  
 ……もう誰もわたくしを、シュナと呼んで、くれないなど」  
 耐えられません、と悲痛にも呻いた。  
 
 俺はただ朱奈の鼓動を、とくとくという鼓動を耳にしていた。  
 自分もその音と重なればいい、と想いながら。  
 
 
「【ニヤトコ】の目的は端的に表すと、国をヒトの悪意から守ること。  
 ならばヒトの悪意を何か他のことに逸らせてしまえば、間接的に国を守ることに、なります」  
 
「そこで……フユキにわたくしを憎悪してもらおうと思ったのです」  
 
  ── 俺のことを悪くない、悪くないんだと免罪符を押し付ける彼女が、悲しい。  
 
「憎しみという感情は、人間の中で最も強い感情であると、わたくしは思っています。  
 フユキを貶め、フユキはそのように自分を扱われたことを憎むでしょう。  
 裏切られたと傷つくでしょう。呪うように忌み嫌うでしょう」  
 
  ── またもや朱奈に自分自身を傷付けさせてしまって。  
 
「そうすれば、フユキは愚かな主人を憎むことに全力を傾け、  
 キンサンティンスーユのことを歯牙にかけなくなることでしょう」  
 
  ── そしてもう、口を尖らせて不平を洩らしていた俺はいない。  
 
「それが……わたくしなりの【ニヤトコ】。  
 わたくしは、わたくしが恥ずかしい。  
 フユキと国とを……天秤にかけて国をとった……薄情な女、です」  
 
  ── 我ながら単純すぎて、笑えてくる。でも、嫌じゃない。  
 
「そして、もっと恥ずかしいのは、  
 フユキも、わたくしのことを好いてくれた、と  
 ……想いが叶った途端に浅ましくも、こうして決意を翻してフユキに許しを請うていること」  
 
  ── 俺は本当に、何もかも、至らない。  
 
 
 
「そんな、こと、ない……」  
 くぐもって声が擦れる。  
「そんなことない」  
 自分の胸元で感じた振動をそれと察して、朱奈が抱えていた腕をゆるめた。  
 口元が自由になり、繰り返した。  
「薄情なヤツが、あんなに情のこもった料理を……作れるものか」  
「いいえ、いいえっ。そんなこと──」  
「そんなこと、あるんだ」  
 幸い、首から上は動く。  
 目を縋るように合わせれば、朱奈は口を閉じて俺を待つ。  
 
「どんな気持ちで、朱奈は作ってくれたの?  
 ……壊れる前の最期の晩餐だから、せいぜい懐かしい料理でも食べるがいい、とか?」  
 頬を少しだけ引き攣らせて首を横に振った。  
「……それなら、いい様に操られる予定のヒトに同情した?」  
 右、左と朱色の髪がやや遅れて揺れた。  
「……自惚れさせて、もらおうかな。  
 『こちら』風の『あちら』の料理を作ってくれたのは、俺に喜んで欲しかったから?」  
「でもっ!……それは、詭弁に過ぎません……」  
 一瞬だけボリュームを上げた彼女の語調は、すぐさまか細くなった。  
「俺は、美味しかったよ。何よりその気持ちが嬉しい」  
「それは……」  
 
「つまるところ、本音ってヤツは根元からは裏切れないってことだと、俺は思うよ」  
 
「確かに……俺は……言ってたことと違うだろって……ムカッとはきてた。  
 なんだろうな……朱奈の【ニヤトコ】の話。  
 ……聞きようによっては同情の、憐れみの、誘い水とも取れるけれど……違うよね」  
 
  ── なぜなら、それが真実の話であるらしい、から。  
 
「俺はほとんど、『こちら』の朱奈を知らない。  
 ……だから、朱奈の葛藤とか思いやってあげられない」  
 
  ── とても、悔しいことに。  
 
「けれど、こうやって」  
 
「訳を話してくれたら、朱奈にまた一歩近づけた気がするんだ。  
 ごめんなさいって謝られたら……許すのが、その、好きってことだろ」  
 
  ── 勿論、ただ無条件に許すイコール好きではない、ということは誰しも分かっているだろう。  
     ある前提の下で、許す事が好きである事を代弁してくれるということだ。  
 
「俺はもう、根元のところから朱奈のこと」  
 んく、と唾を飲み込んで、息を接ぐ。  
 
「それで朱奈も根元のところで、俺のことを奴隷になんてしたくなかった」  
 
  ── どんな決意を秘めたとしても。  
 
「そしてこれも……本当のことぶち明けて、ごめんなさいって言いたかった」  
 
  ── 人間なのだから、揺らぐだろう。不安にもなるだろう。  
 
「だから……今、明かしていなくても、朱奈はきっといつか俺に本当のことを伝えていたはずだ。  
 俺は単純にできてるから、きっとその場合も朱奈を許してしまう……と思う」  
 
  ── だから、怖くて辺りを見回したときに誰かが大丈夫だよ、と言ってくれれば。  
 
「二人が同じことをお互いに想って、それがいつ許し合ったかなんて関係ないよ」  
 
  ── 川がいつ分かれて、合流したかは、海に流れこんでしまえば関係ないのだから。  
 
「したかったら、もうするしかないように、人間はできてる」  
 
  ── しなかった事は、結局したくなかったという事。  
     『To be, or not to be』なんてクソクラエだ。  
     悩むフリなんてやめて素直になってしまえば、それでいい。  
 
「……わたくしの計画がうまく事を運べなかったのは、その根元のせいでしょうか?」  
 半分を己に言い聞かせる。  
「俺は根元のおかげだと思っている。  
 ……まあ、失敗したせいで朱奈には迷惑かけそうではあるが」  
 
「何を謝ることがありましょう。わたくしは ── 幸せ」  
 二人でいられることを幸せという朱色の彼女は、  
 今までで一番、キレイだと思う。  
「想い人から逆に想いを伝えられ、それを狂喜しない女などいません。  
 お互いに想い合っていけるのですから。  
 もう、何もかも関係ありません、ね」  
 ヒトと人間でもない。  
 奴隷と主人でもまた、ない。  
 無論、落ちたばかりの時の、男と女でも、ない。  
 
 お互いを恋しいと想い合う、絆。  
 
 
 
「今だけは、今だけは、このまま、幸せなままで」  
 
「もう一度言って?」  
 面と向ってせがまれて言うのは、  
 恥ずかしい、けれども。  
 
「……好きだ」  
 きゅっと可愛らしく柳眉を寄せて。  
 
「厭。名も呼んでくださいまし」  
 
 ── 朱奈が、好きだ  ──  
 
 さらにぐしぐしと、さらさらの髪を擦り付ける。  
「しあわせすぎて、ふやけてしまいそう。  
……わたくしも、フユキが好き。何度でも、何度でも言いましょう」  
 
 ──  大好き、フユキ  ──  
 
 首筋から、胸から、鳩尾から、鎖骨から、ふんふんと匂いを嗅ぐように、顔全体で触れ回る。  
 顎にはふさふさの耳が当たってる。  
 恥ずかしくて、くすぐったい。  
 
「ぁ……やっと、体が動くよ。まるでブリキのきこり、だ」  
 朱奈は目をぱちくりさせている。  
 ぎごちなく手を伸ばして朱奈の髪をゆっくりと梳く。  
「童話、でさ。『オズの魔法使い』っていいお話があるんだ。今度ゆっくり……」  
 
 本当、そっくりだ。  
 「心」のないブリキのきこりは、話のラストに気づく。  
 無いと思い込んでいた「心」が実はもともとあったんだ、と。  
 俺の場合、無いと思い込んでいたのではなくて、気づかない振りをしていただけだが。  
 そして「心」ではなくて「好き」という感情だったが。  
 
 本当に、なんて清々しくて、下半身の痺れるような……  
 
                        は? 下半身って何よ、俺!?  
 
 がっと首を持ち上げると、  
「早く元気になりましょうね〜……びゅくびゅくって出しましょうね〜」  
 朱奈サン。キャラ違ッテマセンカ。  
「ふふっ。ほら、フユキ。もうこんなにこちこち、です」  
 そんなわざとらしくしないで。  
 まるきり通販番組だよ、それじゃ。  
「朱奈……何やってるのさ」  
「……続きに決まっています。……ね〜?」  
「ソイツには耳も口もない」  
「む。フユキがご存知ないだけです」  
 
「あ、ぅく」  
 親指でしっかりと鈴口を押さえられた。  
 そのまま張り詰めた亀頭にも、さわさわと指が添えられる。  
「確かに、っ。口だがっ」  
「そして、これが……っふぁぁぁ」  
 いくらなんでも早業すぎる。  
 あっという間もなく俺の上に跨って、朱奈の膣内にのみこまれた。  
「耳、ですよ……分かりますか?」  
「ぉ、ぉぉおっ! 分かる、分かったからっ!」  
 どういうシステムなのかいまいち理解できないが、  
 所謂「エラ」「カリ」のところだけ、きゅうきゅうに締め付けてきた。  
「ハァッ。んく、朱奈。はしゃぎすぎ」  
 
「嬉しい、ん…っ…ですもの」  
 ふわっと微笑む。けれども──  
 雷に打たれたように、びいんと背骨が軋んだ。  
 分かってしまった──膣内に迎え入れている時の朱奈の笑顔はまた別の笑顔だと。  
 ほんの一枚薄皮を剥いだような微妙な変化だけれど、より可愛らしく、より淫らに。  
 
 どんどん、どんどん滾ってくる。  
 朱奈も俺の違和感を悟ったのだろう。  
「あ、あ。いい子、ですね」  
 肉芯が埋め込まれた辺りをうっとりとさすった。  
「……そんなにソイツがいいなら、朱奈の保育所に送り込んでやるぞ、ソレ」  
 なんか納得いかない。  
「ハーイ、朱奈センセイ。ドウシテボクハ大キクナルノー」  
「……うっふっふ。フユキ、ひょっとして、小さなフユキに妬いて……ます?」  
「…………何やらさっぱり」  
 
「へえぇ。ほおぉ。フユキ、カワイイ」  
 またぱたんと倒れ伏した。  
 ちょっと離れただけなのに、朱奈の体温が懐かしい。  
 そのまま少しだけ上目遣いでこちらの様子を伺う。  
 
「フユキは意外と独占欲強そうですね。意外……でもありませんか。  
 わたくしを苛んだとき、色々と言っていたようですし」  
「……こんなむさ苦しい男捕まえてカワイイとか言うな。それで……なんて言ったらいいか。  
 すまない。すごくがーっとなって……痛かったろ」  
 話を蒸し返すことは不要だと分かっていたが、  
 脳裏にちらつく朱奈の辛そうな顔に謝らずにはいられなかった。  
「そうですか? どちらかと言えばフユキは、キリッとした感じでおばさま受けしそうですが。  
 それと、気にすることは全く無いのです。  
 あのように仕向けたのはわたくしの責だと言ったはずです」  
 
「……」  
 指を絡められる。お互いに汗ばんでいるが、嫌じゃない。  
 ぴたりと吸い付く感覚に力を強めた。  
「もう、フユキ。好き同士で『ごめんなさい』は似合いません」  
 一瞬だけ、絞るみたいに膣内がうねった。  
「んっ」  
 鼻息のような声が漏れ出る。  
「……小さなフユキの方がよほど正直です」  
「っは……朱奈は、すぐソレに、頼る。ずるい」  
「なら力ずくででも生意気な小娘を躾けたらいいです」  
「言ったな」  
 再び朱奈が俺のことを挑発する。  
 しかし、どす黒い苛虐心はもう何処を探してもいない。  
 あるのは、ただきらきらと、恋しいだけ。  
 恋しい人を腰の上に乗せたまま起き上がり、フォチクィに深く腰を沈めた。  
 ちょうど、おいしく料理をいただいていた時の姿勢だ。  
 早く言えば、対面座位。  
 
「これなら、朱奈にキスできる」  
 寝転がったままだと、身長差が、ね。  
 それでもちょうどではないわけで、少しだけ腰を屈めて位置を調整した。  
「『きす』。唇付けのことですね」  
「どこで、それを?」  
「ふふふ。フユキはよく『あちら』でやっていらした癖があります。  
 翻訳……しながら、口に出してお仕事していました」  
「あ……」  
 この調子なら、自分でも知らない弱味とか握られてても不思議じゃないな。  
「男の方と女の方がいて……恋人同士で……二人で交わすものなら、楽に分かろうというものです。  
 こういうふうに……」  
 
 
 
 お互いに角度を違わせて、紅いぬるぬるの粘膜で触れ合った。  
 ひたすらに優しい触感。初めての時のように貪りあうのではない。  
 それでも情熱的と感じられるぐらい気持ちを込めて。  
 
 掛け替えのない人と絡めあうことに特別な兆しを見つけるのは、  
 それが特別な儀式をしないと、触れ合わせられないから。  
「ぷはっ……いいですね、『きす』。何より響きがいいです。  
 軽くて、それでいて濃く唇に残るような響きが」  
 「キス」ともう一度呟いた後、下唇──銀線が一瞬だけ橋をかけた──を微かに指で辿った。  
「気に入った?」  
「はい、フユキ。それにフユキのキスが上手くなっているのも」  
「ははっ。そうか」  
 上手と褒められて悪い気がするわけがない。  
 でも、もっと上手くなりたい。勉強したい。……楽しい勉強だもの。  
「朱奈。もっといろいろ、教えてくれるか?」  
「はい、フユキ」  
 
 飽きることなくお互いの舌を銜え込んだ。  
 ぼんやりと瑞々しい果実に例えられることを思い出した。  
 まったくその通りだと思う。  
 舐めても舐めても減らないそれを夢中で味わう。  
「胸、触るよ」  
「……どうぞ」  
 か細い声が囁く。  
 左手を腰に回して支えると、右手を薄い下着の上からあてがった。  
「はっ……」  
 朱奈は少しだけ息をためた後、短く吐いた。  
 猫科の耳もぴくりと同時に反応する。  
 そのままカップを下から掬い上げるように。  
「あ、ふ……ん」  
 指はばらばらに沈み込ませて揉みしだく。  
「すごいね。ふわふわだ」  
 好きに形を変えるそれを執拗に弄り回す。  
 
 もう一度首を伸ばして、ほのかな唇同士を触れ合わせた。  
 そして追ってくる小さな舌先をかわし、頤に水音を閃かせて遮った。  
 目先でこくりと動く喉首。  
 惹かれて近づき、キスを落とし、  
「あっ」  
 鎖骨の辺りに強く吸い付いてみた。  
 脂肪の少ないその感触は、恋しい人の核に触れている、そんな錯覚を覚えた。  
「……もっと強くした方が、いいのかな」  
 ほんのりと紅く散った未熟なキスマークに再び唇を重ねて、  
 ちろちろと、舌先でからかう。  
「……知りませんっ……」  
 依然として囁く声音は拗ねてしまったようだ。  
 
「朱奈、どうしたの? すっかり大人しくなって」  
 鳶色の目元がとろんと潤み、波打つ瑪瑙。  
 顔全体でも熱を帯びたように、頬に薔薇色を散らしていた。  
「フユキが……上手、ですから……」  
「……またそんな。おだてたって何も出ないよ」  
 睫を震わせながら、朱色の髪を揺らした。  
「いいえ、フユキから……すごく、出ていて……」  
 何のことかと問う間もなく朱奈の両手が浮き上がって、俺の黒髪の中に指を差し入れた。  
 視界いっぱいに、透けそうな下着に儚く守られた女の子だけのふくらみ。  
 右手でゆっくりと圧しながら、手近なところにキスをしてみた。  
 
 朱奈の高まった体温を感じる。  
 鼻腔から進入してくる香りは甘いとしか表現できない。  
 胸一杯にためこんで、固く尖った桜色に吸い付いた。  
「ひゃ…ああっ、あ……」  
 一段、音階をあげた朱奈の切なげな声は、俺の中のたがを次々と外していく。  
 それが恋しい人を切なくさせるスイッチであると分かると止まらない。  
 優しく、それだけを思ってころころと転がす。  
 
 こめかみを淡く掻く朱奈に力が入る。  
 その度に、肉楔を包んでいる朱奈の秘所もきゅっきゅっと収縮し、  
 忘我感がじりじりと幅を寄せてきた。  
 
「…くふっ…っん!…ぁ…ぁっ」  
 朱奈の感じてる顔を見られないのはかなり残念だ。  
 けれども、これまでの色々なお礼も兼ねて、もっともっと良くなって欲しかった。  
 薄い布地を通しキスに熱中する。  
「ん…んっんっ……んぅぅ」  
 そんなに口を噤んで我慢しなくても、全然構わないのに。  
 あくまで基本は優しく、一瞬だけ変化をつけながら。  
 唇の上下で挟んだり、舌先で押しつぶしたり、甘くゆるゆると噛んでみたり。  
 知るだけの知識を試す。  
 
「朱奈……」  
 右手を一度、ふわふわから外して両腕でなめらかな腰を支える。  
 お尻にかけて急激に増すボリュームはいつまでも撫でていたい。  
 一番ほっそりとしたところが特に細いから、なおさらみっしりと感じる。  
 そのまま薄いキャミの下側から潜り込ませるようにして、  
 十本の指で再度、優しげなふわふわへと辿りついた。  
「フユキ…あっん、ん、くぁ……ふ、フユキぃ…」  
 自然と二人の距離が開いて、朱奈の火照った顔が見える。  
 離れ離れになったのが嫌なのか、幼い仕草でイヤイヤをする。  
 
「朱奈、動いて……いいかな」  
 いつにも増して可愛らしい朱奈にくらくらしながら、聞いてみた。  
「……」  
「朱奈……?」  
 惚けてしまったかのように押し黙る朱色の女の子。  
 ぐにぐにと柔らかな膨らみを掴み取りしていた手もそっと下ろして、朱奈の反応を待った。  
 
「朱奈?」  
 もう一度呼ぶ。  
 酔ったみたいにふらふらした瑪瑙の焦点は合っているのだろうか。  
「……はっ」  
 それからすぐに、感付いたようだった。  
「す、すいません、フユキ。こうも容易に酔ってしまって……」  
 
 どうもさっきから会話が微妙に成り立っていないところがある。  
 
 
「んっ…はい、わたくしも、我慢できなく。はい、フユキ……」  
「ちょ、待っ……ぐぅっ」  
 朱奈が唐突に腰を振りたて始めた。  
 最後に見た顔はまた酔ったようなほつれ顔。  
 いきなりの重く痺れるような刺激。  
 突発的に沸騰するのを必死にこらえて、奥歯を軋ませた。  
 
 せり上がった喉に熱い粘膜が張り付く。  
 はむはむと喉仏を甘噛みされていた。  
「フユキはぁっ…ど、ぞっ、その…ま、まぁ…っ…はむ……んむ」  
 壺の中身の粘性に負けるまいというような激しいうねりに、相槌すら打てない。  
「っ……っ……」  
「びゅう…って、出させて、差し上げまっ……」  
 眼球の奥がちかちかに煌く。  
 眩しくて瞼を閉じても、それは今度は瞼の裏で慌てふためいた。  
 
 逆上がりの持ち手のように、脇の下から肩へ朱奈の爪が食い込む。  
 その痛みすら不思議と気持ちいい。  
 
 熔け合った体温の所在が俺と朱奈の位置関係を如実に示してくる。  
 朱奈の身体の前面は全て俺に貼り付いていて。  
 こうまでも求められて、その事実に己の分身と同じくらい奮い立つ。  
 
 叫びたい。何を。そんなの、分かるだろ──  
 
「朱奈っ! いいよっ、も……出るっ、ぅっ」  
 反対に俺の手は彼女の尻肉をふにゅっと鷲掴み。  
 フォチクィの弾力を利用して散々に押上げる。  
 
 ぎしぎしという軋む音と、お互いが吐き出す獣のような喘ぎ声。  
 暑い。暑苦しい。いや、違う、暑くてキモチイイ。  
 汗だって、二人とも、こんなに。  
 
 己の胸のところで、熱く張り詰めた双つの蕾が潰れて擦れる。  
 
 もう、どれがどの反応を引き出すのか分かったもんじゃない。  
 
 粘ついた音がぷちぷちと跳ねて、  
 朱奈の陰唇をじゅっと引き摺り出し、ぷちゅっと水音をたてて再び膣内に詰め込んだ。  
 
「うれし…ぁ、ぁ…今?…まだっ?、早く……はやく」  
「待っ、も、本ト、すぐっ! そこっ!」  
 
  ── 倫理的なナニカはすべからく逃げ出してしまっていた。  
     生でヤっている時点でそれは意味をなさないとは分かっていたけれども。  
 
「あ───!」  
「くぅぅぅん!」  
 子犬みたいな悲鳴が尾を引いて響き渡る。  
 
 めくるめく恍惚の膣に解き放つ。  
 奥まで届いてしまえと朱奈のお尻を押し付けて──  
 入りもしない子宮口を闇雲に──焦らしに焦らされた想いの丈を、一息、二息と植え付けた。  
 
「はっ…はっ…はっ」  
 全身が心地よく弛緩する。  
 だるい両腕を動かして、こんな俺を好きだと言ってくれた女の子をかき抱いた。  
 朱奈の長めの髪をゆっくりと梳いて、朱奈の反応を待つ。  
 
「……フユキ」  
 触れては逃げるピューマの耳に悪戯し始めた頃、名を呟かれた。  
「ありがとう、朱奈」  
 しっかりと目を合わせて、感謝を伝えた。万感の想いをこめて。  
 
「……」  
 しかし朱奈は目を伏せる。  
 思いもかけなくてうろたえた。  
「し、朱奈……」  
 それでも彼女の腕は依然として離れないし、嫌われたと、言う訳では。  
 
「あんなに、乱れて、しまって……わたくし、恥ずかしい、です」  
 ぽつぽつと話し始めた。  
 これってひょっとしたら照れまくっているのではなかろうか。  
 いろいろなギャップを感じて鼓動が収まってくれない。  
「いくら、酔っていても……あのような事……いやらし…ねだって」  
「朱奈、落ち着いて」  
 とりあえず背中をぽんぽんとさすってあげる。  
 
「どうしたの? 実はお酒全然ダメだった、とか?」  
「そ、そうではなくて、ですね?」  
 ちらちらと見上げてくる。  
 
「フユキの『匂い』に酔って、しまって、ですね?」  
「はあ」  
 思わず自分の二の腕の臭いを嗅いでみた。  
 臭いとか、かなりショックだ。  
「この話はっ…また、後にしましょう、フユキ」  
 早口ででまくし立てて、  
 
「「んっ」」  
 
 朱奈が腰を浮かせて結合を解く。  
「わたくし、お風呂を頂いてきます。お客様を差し置いて失礼でしょうが、  
 何卒、お許しを」  
 
 本気で落ち込むね、これ。  
 ピロートークとやらを期待してあれこれ考えていたのに、  
 お互いを見ながら笑いあってみたかったのに、  
 俺の彼女サンは取り込む隙もない。  
 
 しかも、お風呂ということはすぐに洗い流したいくらい、俺臭うってことでせうか。  
 
 がくうっとうなだれた向こうで、  
「あいたっ」  
 ガツッという音に顔を上げると。  
 朱奈が腰に手を当ててよろけていた。  
 どうやら食卓の縁にぶつかったらしい。  
「大丈夫?」  
 とっさに声をかけて立ち上がろうとした。  
 
 "はらっ"  
 
 二人の視線が ─朱奈は後ろ向きに振り向いて─ 一点で交わった。  
 
 両脇の紐で結ぶタイプの朱奈の小さな白いショーツ。  
 衝撃で紐がほどけたのだろう。  
 丸い穴で通してある朱色の尻尾に引っかかって床に落ちはしなかったが、  
 キュッとせり上がったヒップの後ろでひらひらと舞っている。  
 
 そしてその白い布切れを彩るのは、  
 鮮やかな赤──鮮血の跡。  
 
 ばっとしゃがみこんで後ろ手に隠すが、もうばっちりと確認してしまった。  
 あの朱色の翳りのせいで目立たなかったのか。  
 
「朱奈……」  
 無防備に裸身で座り込んだ、恋しい人の扇情的な姿勢に、  
「ふぇ……」  
 泣きそう、と思った時には全身でぶつかって行った。  
 何故だかひどく掻き立てられた。  
「朱奈! あい、あ、あ」  
 しゃがんだ朱奈のお尻を、その漲った─知らぬ間に─肉刀の位置まで持ち上げる。  
 
 
「愛してるっ!」  
 幸運なことに一回で奥まで貫くことができた。  
 
 
 

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