もう、日付は変わってしまっているだろう。
もてなされるままに食べ、飲み…眠たくなる頃合だ。
こうして朱奈と連れ立って歩きながら聞こえてくるその自然の寝息。
森はすやすやと、その住む者たちの深い安らぎ。
だからいくらゆっくりと歩いていても二人分の足音をはっきりと耳にする。
深夜の帰路。
俺と彼女だけが、このほの赤い夜空を仰いでいる。
▽
このキンサンティンスーユに落ちてすでにいくらか過ぎた。
不思議な翻訳能力も筆記の方までとはいかなかったわけで、
それでも言語に関することについてはプライドらしきものがある。
何でもないような顔をしながら──おそらく朱奈は「気付かない」優しさをもってくれていた──
テキストの類をやっつけていたその日。
一通の手紙が我が家に届けられた。
どうにか読み解けばそれは招待状。
そしてなんとか読み終えればもう一度最初から読み直した。
この俺が朱奈と並んで招かれているという事実がちょっと信じられなかったのだ。
名目上は主人と召使い、なのだから。
なんと送り主は朱奈の実姉だった。
ナコトさんと言い数年前まで【サヤ・イスカイ・ピュマーラ】として「二番目のお姫様」をやっていらした方。
現在では旦那さんとの間に、二人目の子を産んだばかり。
そして今度、一日だけナコトさんの友人の子を一人預かることになってしまったらしい。
ただでさえほにゃほにゃの赤ん坊で忙しく、さらに二人の幼子の館【エルクェ・ワシ】通いの子の相手は難しい。
そこで俺たちの出番が来た、という次第だ。
ナコトさんの旦那さんがお仕事から帰ってくるまで…
無論その後もお話があるだろうし、楽しい一日になりそうだった。
▽
かさ、かさ、と足裏が音をたてる。隣を行く朱奈も。
歩幅が違えば靴音は重ならない。
その少しアンバランスな伴奏は普段気にならないはずなのに。
手をつないで歩いたのは数えるまでもなく日常の一部になったはずなのに。
──カサッ
互いの右足が同時に地に着いたとき、二人して歩みを止めていた。
「……」
「……」
しばらくそのまま声もなかった。
俺は考える──二人「とも」止まったということは、
不揃いの足音が完全に重なるタイミイングを彼女もそれとなく計っていたのだろう、と。
「…どうした?」
前方に広がる薄闇とそれに溶け込む道を見透かしながら問いかける。
「…フユキこそ」
朱奈はわずかに震えた、だろうか。つないだ手を握りなおして振り向いた。
同じく朱奈もふと見つめ返してきた。
視界は暗く、悪い。しかし彼女の美貌を作るどのパーツも俺の中では色あせずに見えてくる。
指で掌で、唇で頬で何度だった確かめた。
「朱奈が欲しい、今」
何の引っ掛かりもなく声帯が震えた。
応じるようにしっかりと手に力が入っていく。
「…家まで、もう四半刻もかかりませんよ?」
彼女はそう言って見つめてくるばかりで寄りかかってこようともしない。
ただ、指が強く絡む。
「もう待てない」
「…?」
「だいたい、ここまで遠回りの道を選んだのは…朱奈じゃないか」
腹ごなしの運動にしてはかなりの距離を歩いている。
「それはあなたと二人きりで…散歩でもしていたくて…」
「ははっ」
俺はおかしくて笑った。聡い彼女らしくない、月並みな言い訳だった。
中学生の恋人同士の微笑ましい部活帰りじゃあるまいし。
でも、手を引かれるままに反抗もしなかったのは他でもないこの俺でもある。
「家へ帰っても、俺と朱奈、二人きりだ」
朱奈の弁解が下手なのはきっと何か隠そうとしている。
もしくは、気付いて欲しい、けれど言い出せない…そんなところだろうか。
「……」
じっと視線を逸らさないでいれば、ほのかに灯る切れ長の瞳が右に少しだけ泳いだ。
「家に帰りたくない?」
俺は切りこむ。
正直、ちゃんと向き合って朱色の髪を梳いてやりたい。
腕の中に抱きしめて安堵を覚えて、互いに吐息を深くしてしまいたい。
しかし右足が地に吸い付いている。動かしたくない。この胸のざわつきを落ち着かせてしまいたくはない。
「俺たちの家が見えてきて…玄関に回って…入り口をくぐったら、また──」
「フユキ」
大きくはないが平坦な声に遮られる。
その思いを口に出してしまうことが、俺たちにとってこれまで一種の「禁忌」だったから。
でもそうじゃない。なくなってしまった。
俺たちは家路を延ばしに伸ばして、こんなにも迷っているじゃないか。
「言葉にしたくない? 朱奈、だとしたら簡単だ。俺の方はもう、準備できてる」
「……」
一度揺れてしまったら元の位置に戻っても揺さぶられた感触はいつまでも残る。
だったら、揺れきったところを確かめておくことも場合によっては有効なのだと思いたい。
「一応もう一回言っておく。…朱奈、君が欲しい、今ここで」
そして、こういうときに彼女の──もっとも、忘れがちではあるが──
「元お姫様の分別」というか「優等生の分別」みたいなものをどうにかしてやりたいと思う。
もっとスマートに口説くという行為をしてみたいが、経験の浅い俺にはまっすぐ行くしか思いつかない。
「物分りが」
「ん?」
「物分りがよすぎると姉様に叱られてしまいました。
ふふっ…このような理由で叱られるとはおもしろいことですね」
紅を差した艶やかな唇が月明かりを受けてきらめいた。
「あの【ニヤトコ】のあらましを耳にして、わたくしを心配して下さったのです。したがって…今日は」
今度は、ほう、と息を接いだ。
月の光に力を取り戻したように朱奈の瞳が意思を浮かべる。
何度覗き込んでも綺麗だ、俺は毎度のごとく惹きこまれる。
「とても、いろいろと教えられてしまいました。
幼子の館【エルクェ・ワシ】での使命とは別に…あの先輩夫婦の営みを間近にして」
綺麗だから夜の闇の中でも見えてしまう。
彼女のほうがよほど我慢している、と。
正しい位置を探すように絡みなおされる柔らかな指も俺にそうだと明かしてくれている。
落ち着きがなくて、そうなってしまうほどに強く、激しく。
「ぶっちゃけると俺も言われた。「つまらん、その年で達観してどうする、ハメを外せ、この野郎」ってさ」
今日初めて会ったばかりだが、早口なあの人の物真似は割りとしやすい。
ようやく朱奈が小首をかしげながら頬を緩めた。
そしていかにもあの人らしいと言った顔を見せている朱奈。
まあ、義兄上のために言っておくとがさつな人柄ではなく、こんなことも。
――何も教え子たちをそう見なすことをやめろとは言わんよ。
――ただしそれは家まで持って帰ってまですることじゃないだろう。
――要するに、週何回なんだ? 淡白なタチとか言ったらうちのかみさんが黙っちゃいないぞ?
……最後はちょっとお酒が入りすぎていた、だろうか。
「幻想でも、夢でも、欲しいってやっぱり思う。欲しくないって言ったら絶対嘘だから。
ムリに触れないのも不自然だし、何より俺たち夫婦……だろ?」
そして、隣に並んでいてくれる朱奈。彼女は微笑みをとびきりの笑顔にしてくれた。
うん、後ろめたくない。押さえつけて、いつかがつんと反動をくらってしまうよりは断然いい。
「欲しい、とは」
「うん」
「二重の意味でした」
「やることは同じ、だが」
「…そういうことをさらりと。まったく、フユキの恥ずかしいの基準が分かりません」
ふと気付けば、止まったままの右足は破裂しそうだ。
限界までぐっと溜めておけばいい。
もう少しはっきりと「はい」と言ってもらったら、いつでも朱奈をさらってしまえるように。
「わたくしは思ったのです、フユキ」
感情に、喜びに満ち溢れている。こういう時の朱奈の目も好きだ。
自分の心の中で「これ」という何か良いものを発見したときに、嬉しそうに伝えてくれるその時の光が。
君は俺のことを子供っぽいとでも思っているのだろうが、
朱奈だってずっとあの子ピューマの愛らしさを残して、俺の──彼女が言うには真面目ぶった──
顔に締まりがなくなってしまう。
「男の方と女の方が出会うのは、この延々と伸びる家路と、わたくしたち二人の足の運びのようなものだと。
長い道のりで…ばらばらの踵がある時ぴたりと出会って、重なって、抱き合って」
「…朱奈、それ分かって言ってる?」
一応、迷っていた彼女に強引に迫りはした。
でもそれはいかにも俺に押し切られて仕方がなく、
といったほうが朱奈の抵抗が薄くていいだろうと俺が判断したからだ。
「俺が「今欲しい」って言ったその意味、分かってくれてるんだよね?」
だから間違いないくらいはっきりとした例えを持ち出されたら、俺自身が止まらなくなる。
朱奈もそれと察したらしく切れ長の瞳を丸くして──急におたおたと三角の耳を動かし始めた。
「あ、あの、フユキ。その、ここ、ということは、そっ、外っ」
ああ、そうか。
てっきりそういうところまで気にしているはずだと思ったのに。
これまでの道のりで、いかに彼女がぐるぐると考え込んでいたのかが分かる。
「どう? 誰もいなそう?」
「フユキ…っ!」
小声で叱られてしまった。
おかしいな、耳を動かして周りを探っていたと思ったが。
「とりあえずこうして並んで立ってるだけなのは、辛い」
「それは、そうですけれども」
「それに朱奈の返事を聞いてない」
「……あ! すいません、フユキ。わたくしの悪い癖です。
自分の思っていることがそのまま相手にも伝わっている気になって、いつも──」
「朱奈」
大きくはないが、自分の精一杯をのせた言葉。
我ながら熱をこめた視線を投げかけるうちに俺自身の体もどんどん熱をもっていく。
「ここでする」ことの返事を「するかしないか」まで拡大させてしまった罪悪感は…少しだけ。
「…わっ、わたくしも欲しい、です!」
でも俺たちはこういう関係なのだから償いはそれらしく。
耐えに耐えた右足の踵で強く、俺は路を蹴った。
朱奈の手を握ったまま引っ張るように、道の脇の暗がりに突き進む。
それこそ林立する木々をくぐりぬけて森の眠りを荒らしていく。
手頃な太さと、街道からの距離を確認すると、
「ん、んぷ、んっ!」
彼女を樹に押し付けて唇を重ねる。朱奈からの抵抗はない。本当に周りには誰もいないようだ。
急ぎすぎたせいで歯がかちりとぶつかるのも、このときばかりは気にならない。
野外でしてしまうことが普通に考えてありえない。
でも俺が欲しいように、朱奈も欲しいと言ってくれた。
義姉夫婦とその可愛らしい子供たちをこの手で触れたその温かくてくすぐったいような感動を、
このまま家に帰って日常に紛らせてしまうのが惜しすぎたのだ。
子をなすことができないから。
あの日あの時、誓いを立てたつもりの気にはなっていた。
しかしあの人の物言い、すなわち義姉夫婦が俺と朱奈を招いたその目論見どおりもまた正しいのだろう。
今この時、この場所だけは願っても構うものか。
日常は我が家にある。
だからこの中途半端な家路、森の木々ですら眠るこの場所でだけ欲望を吐き出したい、受け入れたい。
▽
今日のキスは短めだった。しかし幾度も唇を離しては互いに目を配り、再び舌を吸いあう。
この期に及んで相手の瞳を覗いて、本当に求めてもいいのか、探り合っている。
いや、求めているのが自分だけでないのかを確かめている。
「ふ、んっ…あ、フユキ…」
朱奈の腕がぎゅうぎゅうに俺の首を締め付けてくる。
全力で抱き寄せて、唇を押し当ててくる。
「朱奈っ…」
彼女の腰をがっちりとつかみ、後ろの樹に押さえつける。
実のところお預けをくっていたようなものだ。唇だけで満足できるわけがない。
「…はぁ…は、ぁ」
最後に口を強く吸ったあとするりと唇を朱奈に滑らせる。徐々に下に下りていって、
「はあ、ん、フユ……ぇっ?」
服の上から胸の谷間の香りを嗅ぎながら、一気に下腹部へとしゃがみこむ。
彼女の子宮があるところ。
上目遣いに朱奈を見やる。
「今日はせっかちさんですね、フユキ」
そう言いつつも満更でもなさそうに笑み、くしゃりと俺の頭に指を差し込んできた。
最近はどちらかというと初体験のときのような激しさは鳴りを潜めて、
俺がいろいろと教わっているようなものだから──不慣れは自覚しているから気にもならない──
こうやって俺から迫るのは久しぶりかもしれない。
「そうかもしれない、開き直ってるから」
腰から下にすとっと流された衣の合わせ目をなぞるように、そして下半身にも手をすべらせていく。
上からほんのちょっとの緊張が漂ってくる。
速くなり始めの吐息を耳にしながらできるだけ優しく脚の間を広げ、ささやかな下着をはぎ取る。
「ふ…っ」
お尻を下からすくい上げて、両手の親指を使って朱奈の中心を横にくいっと開く。
野外で服を脱がせるのは抵抗があるわけで、すでに頭ごと衣の中に潜り込んでいる。
朱奈のそこは暗くてぼんやりとしか見えない蛾、ふと彼女の匂いがした。
恥ずかしくないといえば嘘になる。恥ずかしいと思う根拠をあげればきりがない。
そして実に…二人きりの一室で何も纏わないことがどれだけ便利か思い知る。
「ぁ、はぁ…あぁ…」
軽く一息、挨拶代わりに吹きかけて、
「は…っ!」
あてがうように舌全体を使い、熱くなり始めている秘処を覆う。
途端に腰がかく、と抜ける。
直接お尻に食い込んだ指がさらに朱奈の弾力を伝えてきた。
口の中に滲みつたって来る彼女の愛液を夢中で貪る。
お返しにぐりぐりと鼻先を埋め、中に空気を吹き込み、舌先をでたらめに出し入れする。
「フユキ…ん、ふぅ、っ、フユキ…フユキ…」
朱奈が俺を呼ぶ。
「朱奈?」
軽く音をたててキスを繰り返しながら問い返す。
「いいえ、いいえっ…ただ、あなたの名を呼んでいるのです。あ、ぁ、そ、それが何より心地、いいのです。
──やあっ! フユっ、うっん!」
無性にこみ上げてくるものがあって、朱奈の嬌声が高くなるのも構わず俺は動いた。
親指をずらし、まだ立ち上がりきっていない小粒の包皮を剥き下ろす。
「ひっ…っふ、ふぅっ! ふあぁ…」
愛液と唾液のブレンドをたっぷりと口先に集め、吸いつく。
口をゆすぐように細かく震わせながら、右手を潤う膣口へと潜りこませた。
俺はここにいるというのに、そんな物欲しそうに求めさせたままにさせたくはなかった。
こんな一方的にするべきではなかった。「二人で」求め合うとさっき確かめたはずだった。
でも…謝ってはいけないとだけは分かる。
他でもない、これは俺から求めたことだ。
優秀な教師のおかげか、淀みなく口は指は動いてくれる。
表からくるくるとぬめらせ、転がし、裏から根元があるはずの部分を小刻みに押し上げる。
「あ――! あ、あ──! ひぁ――!」
追い詰められた末のような喘ぎを掠れさせて、挿れていた二本の指が断続的にく、く、と締めつけられる。
離した唇で朱色の和毛を探ればそれだけで朱奈はひくひくとお腹を波打たせた。
衣を払って立ち上がると、
「お…っとぉ」
朱奈が幹を背にずり落ちてしまうところだった。慌てて支える。
かすかに触れた朱色の尾は毛が逆立っていて、それが嬉しい。
「…ぁ、ふぁ…」
ゆっくりと彼女の両腕が持ち上がり、首の後ろで組み合う。
再び至近で見る切れ長な瞳はさらに細まり、独特の、情事のときにしか見られない風にきらめいていた。
誘われて、切りそろえられた前髪から鼻筋を下り、小さく開いたままの紅の唇に自分のそれを合わせた。
「んぐ!」
と思ったら舌を噛まれた。
「それは、ぁ…駄目です、と言いまし、たっ…よね?」
拗ねてしまったように叱られる。
うなじの部分にいくつもの爪が引っ掻いてきてもいる。
陰核を外と中から責めてしまうのは、あまりにも感じすぎてしまうらしく「禁じ技」だった。
実際、足腰があやふやなようだった。
「ははっ」
俺は軽く齧られた舌を湿しながら笑った。
「それじゃ朱奈もひとつ「技」を使ったらいいよ」
好きな女を高みまで導いてあげられて喜ばない男はいない。
それと…好きな女に叱られるのも、全然嫌じゃない。
「フユキ、後悔しますよ?」
かなり呼吸も落ち着いてきた朱奈を持ち上げるようにしながら、彼女の下衣の前部をはだける。
広げてくれている脚の間にこっちの体もねじ込んでいく。
「その後悔ならいくらでもいいよ」
それと察した彼女が組んだ両手をほどき、隙間から股間に手を入れてきた。
ひんやりとした感触に自分の熱さを思い知る。
もう全開だと思っていたのに、さっきまで手をつないでいたやわらかな指に先端のにじみを広げられて、
さらに膨れ上がってしまったような気さえする。
「だって──」
そうして朱奈に導いてもらって、互いに立ったまま熱と熱をようやく出会わせる。
朱奈が、ん、と小さく呻き、しやすいように位置を整えてくれる。
「されたらされただけ…出るから、朱奈のここに。欲しいって言ってくれたのが、たっぷりね」
びくりと朱奈が見つめてきた。
物真似にすぎない俺たちの営み。どれだけうまくいっても誰も褒めてはくれない。ご褒美も出ない。
だから──俺は何ができるか考えた。
昼間は言うまでもなく、園児たちをそれこそ俺たちの子供のように。
そして二人だけの夜、二人きりの我が家は。
「だからたくさん…手伝って欲しい、朱奈」
情けないことだが答えは出なかった。しかし言うなれば、
「愛してるよ、朱奈」
ただ誓ある限り、精ある限り。生ある、限り。
にち、と粘つく水音が生々しい。ゆっくりと挿しこんでいく。
肺の中身が自然と吐息になって減っていく。
そのとき朱奈の中が蠢いた刹那に──あまりにも速い電流を走らされてすかさず前進を止めた。
「えいっ」
やけに楽しげな朱奈のかけ声とともに、両腕がするりと回り、両脚が巻きついた。
「ちょっと、待っ…!」
残り半分の道のりを一息で詰め寄られ、先端が行き当たって弾けた。
「ふふっ、一回目、です、フユキ」
俺は歯を食いしばって木の幹ごと彼女に抱きつくしかなかった。
精の出口を塞いだ膣壁を破るような勢いでどくどくと噴出すのがありありと感じられる。
「…参った、参りました、降参だ、よ…」
髪をまさぐり、背中を撫で続けてくれている朱奈に俺はそう返す。
心地よい脱力感に目の前すぐにある三角の耳に頭をもたれた。
ふわふわと漂う朱奈の香りを空いた肺の中に深々と取り込む。
またあの人たちに何か言われるか知れないが、俺たちはいつまでもこうなのだろう。
俺が朱奈に何をしたって──結果的に彼女の尻にしかれてしまうだろう、この関係。
「でも、「技」をもう使っていいのか?」
再びお尻のほうに手を回して支えてやる。そして密着を解こうと力を入れるが、叶わなかった。
「朱奈?」
「どうして、どうしてフユキはそうなのですか」
首筋に、唇の熱さと吐息の熱さを素早く交互に感じる。
腕と脚に入った力は緩まることがない。
「わたくしを…わたくしが考える幸せを飛び越えて、どうして、わたくしをこんなにしてしまうのですか」
朱奈の声が感極まっていると認めれば、伝わってきてしまう。
胸の高い鼓動にこちらもどんどん調子を合わせていく。
「今この瞬間に、わたくしがフユキの精を受けたかった、ただ、それだけです。
あなたの素晴らしい言葉を受けて…それと同時に…あなたの証を受けたかったのです。
わたくしは堪え性がありませんから」
走り始めた昂ぶりは隅々まで巡っていき、俺もなぜだか目頭が熱くなった。
「あとから、あとからあふれてしまって」
じっと目を閉じて朱奈の言葉を待つ。
「わたくしもあなたを愛して、愛しています、フユキ」
ああ、と彼女は祈りを捧げるように天を仰いだ。
「サークァちゃんの、指がまたいいと思ったな。爪なんてさ、あんなにちっちゃいのに、ちゃんとあるんだ」
「フユキはもっとあの可愛らしさを直に触れるべきでした」
朱奈のお尻をがっしりとつかんで固定している。
またこれほどにまで充血した幹で彼女の中を一心不乱にかき回す。
「とんでもない。壊しそうで、怖い。朱奈はよく抱っこできる」
「簡単ですよ。壊してしまいそうなのは、わたくしも同じです。
ですから、大切に、丁寧に抱いてあげるのです」
出したばかりで、気持ちいいというより苦しい。
長々としゃべっているようで、実のところ会話が成立しているのが不思議なくらい切れ切れ、だ。
「なるほどね。今度はお誕生日にでもこちらから伺わせていただこうか」
「良い案です、フユキ。
ユークァちゃんのお誕生日が確か、再来月ですから今度のお休みにお買い物に行きましょう」
というのも朱奈がひどく気合が入っていて「一筋も零させはしません」との宣言の通り、
ぎちぎちに締めつけて俺の快感を煽っている。
もちろん実際は抜き差しの際に、互いの混ざり合ったものが垂れているはず。
しかし俺たちはひたすらに互いの伴侶を見つめ、隙あらば唇を合わせ、繋がったところなど見向きもしない。
この体位は癖になりそうだった。動くに動けなくても、自由にならなくてもきちんと良い点がある。
密着が深すぎてやることがシンプルに、ただ一つを願って求め合える。
「そして大きくなったらユークァちゃんとナミィミちゃんみたいに、元気に動き回──あ、っく…」
「ああ、あ、あっ! …かかって、います。フユキの…元気に跳ね回って、んん、ぅん!
…ぅ、あ、フユキ、わたくしもっ、飛びそ…っ、はぁぁあぁああっ!」
確かこれで四回目になるだろうか。
三回目の途中から朱奈も余裕がなくなってきて、ずい分と息が荒い。
彼女のほうも小さいのを含めれば俺の倍くらい達してくれているから、無理もない。
…ちょっと最近忙しくてご無沙汰だったのもあるかもしれない。
寝台にもぐりこむ前に、素早く二人で手を使って補うのでは感じられないものがある。
「それで、あの仲良しの二人が…何だった、かな」
「はい、元気に…わたくしの中で泳いで…」
「そ、そうだ、向こうの世界でビニールプールっていうのがあって…いいや、今度頼んで作ってもらおう」
「はい、フユキ。作ります、わたくし、がんばって作ってみせます」
「水鉄砲なんかも、できるかな。こう…細い筒の先から水がぴゅって出るおもちゃなんだが」
「そうです、フユキ。何度でもぴゅっぴゅって、わたくしが受け止めますから、大丈夫なのですから」
「朱奈、ちゃんと聞いてる? って、ああ、もう、こら、またしたくなるから…」
「それほどお疑いでしたらここ、わたくしのお腹に耳を当てて聞いてみてください。
フユキの精がお腹ごろごろするほど…もう! わたくしにそんな趣味はありませんのに!」
…それから俺たちがようやく収まったのは、夜明け前。
ユークァちゃんとそのお友達のナミィミちゃん合作の、
「フユキおじちゃん専用ピューマの耳」をつけた俺に異常に興奮した朱奈が、
草むらに俺を押し倒した騎上位。
その後一応落ち着いたものの、ふらついた朱奈が近くの樹にすがりつき、
突き出された豊かなお尻──くびれが際立って俺は好きなのだが、朱奈は大きめなのを気にしている──
に勘違いして欲情した俺が上から被さった後背立位。
…気づけば二人ともどろどろのしわくちゃで、夜が明けそうなのに気づくと、
ぎしぎしと軋む体をかばいあいながら長い長い家路の最後を締めくくったのだった。
▽
付け加えるならば、それから。
なぜか家の郵便受けに一枚の紙がこれみよがしに差し込んであったことを記しておくべきだろうか。
「私の方から昨日のうちに病欠届けを出しておきました!
今日は一日ゆっくりと、疲れた体を癒して欲しいと願う、姉心かな。 あなたたちの愛する姉より」
とっさに俺は手紙を隠し、そして朱奈が目ざとくそれを見つけ…
「あれほどに素敵な言葉をかけてくださったあなたが、わたくしに隠し事──
ま、まさかフユキ! わたくし泣きますよ! 言いなさい、その○×◇※(自主規制)の名を! フユキ!」
うん、徹夜明けってテンション高いよね。
朱奈が暴言吐くところ初めて見た…恐ろしい娘!
…すまない、俺もどうかしている。
できれば、ナコト義姉様。母親を選べとはいいません、尊いつながりですから。
しかし願わくば、ユークァちゃんたちをその毒牙にかけないでいただきたい、と。
嵐を鎮めるのはこの愚弟なのですよ?
某日某所──
「おお、善き哉、善き哉。報告の品をこれに、ナコト」
「はい、陛下。うまくいきすぎて、臣は一抹の罪悪感を覚えるのでございます」
「何、これが初めてではあらぬでな。それにこれは妾一人で楽しむものよ。
…しかし、そなたも悪よのう。"お役目"をこれほどまでに昇華してのけるとは」
「いささか語弊がございます…"悪趣味の片棒"が最も妥当だと思われますが」
「妾もついぞ思いつかなかった。もてなしの膳に精力剤を混ぜるなど…それどころか、
孫どもに「フユキおじちゃんは耳がないの、どう思う?」などと導いて…
そなたも十二分に乗り気ではないか!」
「…言葉もございません」
「トにもカクにもでかしたぞ、ナコト! …で、だな。もそっと近う寄れ」
「……は」
「そなたらも、燃えたであろ?」