1  
 
 明るい水面の下。  
 岩陰に座り込み、手にした銛で砂地をつつく子供がひとり。  
 波の動きにびくりと顔を上げる。  
「レセレフ、こんなところで何してるんです?」  
 やってきたのはよく見知った顔で。  
 やはり手に銛を持っている。  
「休憩」  
 そっけなく答えると。  
「嘘」  
 笑って隣に座り込む。  
 容姿は二人ともよく似ている。  
 浅黒い肌。水になびく黒髪。大きな黒い瞳に、黒銀のヒレ耳。  
 手首や腰、脚ヒレ等はまだ未熟で短い。  
 身に纏うのは腰履きの膝丈ズボンのみ。所持品は体に似合わず大きな銛一つ。  
「リテアはもう終わったの?」  
 相手の銛を一瞥して、幼い顔立ちでやや後輩を見るような大人ぶった視線を向ける。  
 背は少しばかり高いけれどまだまだ手足は細長く、子供時代からは抜け切れていない。  
「ええ。相変わらず、レセレフには及びませんが」  
 頷く相手も、背丈の割には華奢である。  
「リテアは、魔法が使えるから。オレ、使えないし」  
 俯いて砂地に視線を落とす。銛の跡は、海流に洗われて緩やかに崩れ落ち消えていく。  
「制御できないものは、所詮役立たずですよ。銛や槍に秀でたレセレフの方がずっと…」  
 呼吸の度に肋骨の上のエラが僅かに上下して。  
 青みがかった光を受けて、惑うように、また、砂地をつつく。  
「呼ばれてるんでしょう?今宵」  
 畳みかける声。  
 首の落ちる角度が深くなり、表情がリテアからはまったく見えなくなる。  
 答えたくない話題のようだった。  
 
「レセレフ…。オトナになりたくないの?」  
 冷静かつ透徹な声に、ぎくりと、肩をすくませる。  
「オトナにはなりたい……なりたいけど。でも。伽はやだ」  
 ぶっきらぼうな声。  
 それを聞いたリテアが不思議そうに顔を覗き込んだ。  
「伽をしなきゃ、自分の指向もわからないと思いますけど…?」  
「うん……でも。リテアは平気なの?顔を隠したオトナの女性に奉仕して、可愛がられて」  
「イかせるのは好きですよ?征服した感じがして。かわいいし」  
 しれっとにこやかに口にする幼なじみに、さらに仔のヒレがしょぼくれた。  
「そんなの無理だ……。いつも縮こまって、じっとやり過ごしてるだけなんだ。教えられたことはやれても、楽しくない。気持ち良くもない。つらいよ」  
 未分化のまま育った成人間近の仔は、オトナの元に通い、手ほどきを受けるのが習わしだ。伽を受ける前に自ら成熟する者もいる。  
 伽の内容はオトナによって異なるが、通常、初回は礼儀と快楽を教え込まれるのが通例である。  
 拗ねたように唇をとがらす相手に、リテアは悪戯っぽい表情を浮かべ、大人びた視線を隠すように笑んで見せた。  
「ねえ……レセレフ、知ってます?」  
「何」  
「初めての伽で変体してしまう者も多いんですって。レセレフは今日で何回目です?」  
 そういえば、最近、道場に来る知り合いが少なくなった。  
 師範に聞くと、オトナの部に移動したのだという。  
「……23回目」  
 20を超える伽の数は珍しいらしく、この前の相手も帰す時、諦めの笑みを浮かべた。  
 同じオトナに伽が続くことはない。回数を重ねた者だけが例外的に同じオトナと伽を重ねることが起きるらしいが、二人とも未体験だった。  
「私は15回目ですね」  
 リテアも多い方なのか、軽い溜め息をついた。  
「レセレフ、知ってます?」  
「何?」  
「いつまで経ってもオトナになれない仔は、紅珊瑚の魔女に攫われてしまうんですって」  
「魔女?」  
「そう。こわーいこわーい魔女に攫われて喰われてしまう。そう昨夜の伽の相手がおっしゃってました。だからおまえは早く決めなさいね、とね」  
 リテアは経験豊富さをひけらかすように意味深な笑みを浮かべる。  
 経験はこちらの方が多いはずなのに、萎縮しているせいで、まったく成長も有益な情報も得られない身からしてみれば驚異だった。  
 
「リテアは……どっちがいいの?ここまで大っきくなってるとメスの方が可能性高いらしいけど…」  
 上目遣いで問う。  
「……ふふっ、もう決まってるんです。でも、もうちょっと後見相手を見極めたくて」  
「分化の衝動をもしかして、押さえてるの?」  
 驚いた顔に、リテアは微笑んだ。  
「そろそろ奇矯な方々が、伽に呼んで下さる頃合いですから」  
 見込まれれば成人後にオトナが後見として立ってくれることもある伽は、未成熟な仔達の重要な儀式であると同時に、オトナ達の人材見極めの機会でもある。  
 なかなか分化しない者には優秀な者が多い。  
 それも含め、回数を重ねる毎に実力者が後見として出てくるのである。  
 それでわざと耐えてきたとしたら、すごい胆力だとしかいいようがない。  
「すごいなあ、リテアは」  
「器用貧乏ですからね」  
「そんなことないよ」  
 純粋な尊敬の眼差しを受けて、眩しそうにリテアは目を細める。  
「ほら。いってらっしゃいな。もうそろそろ呼び出しをくらいますよ?」  
 軽く背中を押されて、バランスを崩した体が、砂地から離れて水中に漂う。  
「わかったよ……」  
 水をヒレで蹴って振り返る。  
「いってくる」  
 こちらを向いて手を振っているリテアは、ほんとに自分とそっくりなのに、少し妖艶な感じがした。  
 
 
2  
 
「マダム?」  
 その日渡された貝殻片に書かれた文字は、いつもとは違う方向を指していた。  
 遠浅の海が終わり、サカナの国の方向へと潜っていく手前。そんなやや深い海に隠れるようにして、その棲み処はあった。  
 ふわりと白砂の間に降り立った時、水の感覚が引いていくのが分かった。  
 岩肌に囲まれた白砂を踏みしめる。  
 ちゃんと空気があるのは、ひっそり離れてある個人宅としては珍しかった。  
 ぼんやりと蒼い光を放ち、足下が照らされた洞窟内。  
 伽が行われることは相手も承知している。少々変わってはいても、一族は一族、そう疑いもしなかった。  
 だから、そんなふうに言われるなんて、夢にも思わなかったのだ。  
「ふうん……何の用だい?」  
 しきたりに乗っ取って隠された顔。  
 まったく自分に興味を示さない退屈そうな声音。  
「あなたにお会いしろと……マダム」  
 一族とは全く違う、白い膚。  
「ああ……そういえば未分化のガキを寄越すと連絡があったねえ」  
 未分化のガキ。  
 そんな分かり切ったことをこの人は言う。  
 未分化だからこそ伽の相手になるのだ。ひょろ長く伸びた手足。引き締まった、だがどう見ても薄い体。男らしい厚みも、女らしい丸みも、どちらも欠ける未分化特有の中性的な肢体。  
 落ちもの長椅子に腰掛けた目の前のマダムは、頬杖をつき、大きく拡がる赤黄色のヒレ耳をこちらに向けたまま一瞥もくれなかった。  
 背中の大きく開いた黒鱗のドレス。胸は非常に豊かで、横からもその円熟した丸みは目を引いた。  
 顔を隠す黒レースの垂れ布を留めた派手な珊瑚飾りから、深紅の長いトゲヒレが飛びだし、背中の方まで続いている。  
 脚を組み替えると、ドレスの裾から赤黄色のヒレがゆらりと動くのが見えた。  
 顔色を窺うように、首を傾げて穴が空くほど見つめ続ける。  
 それでも、マダムはいっこうにこちらに関心を示さない。  
「で。どうしたいんだい?」  
 しばらくして告げられた言葉はそれだけだった。  
 思わず絶句した。  
 
「何って、伽を……」  
 マダムは、手首のトゲを指の上に重ね合わせて付け爪のように装い、サイドボードを小刻みに叩いた。  
「いいかい?坊や。ここに来たということは……見放されてるんだよ」  
 直立不動で固まった自分をさらに追いかけるように言葉が飛ぶ。  
「名乗る必要はないよ。こちらも名乗らないからねえ……。成熟したいんだろ?オトナになりたいんだろう? なのに成れない。何故だと思う? 未分化の坊や」  
 畳みかけるように尋ねられ、ようやく喉から声を絞りだす。  
「伽が、つらいんです」  
 マダムの指の動きが止まった。  
「伽が、つらい? クロダイの快楽の儀式がつらいのかい?」  
 くっくっと喉の奥で嗤う声がする。  
 溜め息をついて俯こうとした時、黒のレース越しに目が合った。  
 深い海の底のような蒼い眼。  
 口元には薄い笑みを浮かべているくせに、その眼には笑みの一かけらも無い。  
 内部に生じる今までに感じたことの無い泡立つ感情。  
 なんだろう。  
 何故、この人はこんな笑い方をするんだろう。  
「おいで」  
 指で誘われ、近寄る。  
 白い指が、なめらかな浅黒い肌の上を這うように滑っていった。  
 微かに肌に触れる指の感触に、ぴくりとする。  
 瞬きすると、マダムが目を細めて笑んでいた。先程とは違う、満面の笑み。だが細まった目の奥は伺えない。  
 つられるように、ぎこちなく微笑み返す。  
「……まあ、いいだろう。常とは少々違うかもしれないが、施してはやろうかね」  
「あの」  
「なんだい?」  
 指の動きが止まる。  
「あなたは一族の方ではないのに……何故伽を?」  
 つっと、指がエラの上を滑った。  
「バカだねえ。魔女だからに決まっているだろう?」  
 リテアの一言を思い出して凍りつく。  
 帰れない?  
 分化するまで、帰れ、ない?  
 
 手持ちぶさたに後ろ手ですり合わせたてのひらがじんわり汗ばんできた。  
 泣き出しそうな顔をしていたのか、指が、唇まで来て止まる。  
「バカだねえ……。何を想像してるんだか。こんなに震えて、食べてしまいたくなるよ」  
 艶笑というのは、こういうのをいうのだろうか。サメに狙われる魚にでもなった気分だった。  
「あ、いえ」  
 慌てて誤魔化し、両手を顔の前で振る。武器を持っては来ないのが伽の通例とは言え、ものすごく今頼るものが欲しい。  
「……その表情、快楽に溺れるたちではなさそうだしねえ。長い夜になりそうだねえ」  
 動きがぴたりと止まる。  
 ほんとに喰われるかもしれない。そんな恐怖にも似た予感。  
「最初に言っておくが、トゲヒレの先端に絶対に触れるんじゃないよ。毒があるからね」  
 怯えの残る表情のまま、こくりと頷く。  
「おいで」  
 腹をくくるしかなかった。  
 むっちりした太股の上にまたがり、ドレスの上から腰掛ける。膝の上に乗って、ちょうど視線の高さが合う。身長はややマダムの方が大きいようだ。  
 向き合うように抱きついて、おずおずと豊かな胸に触れる。  
 首のすぐ下から盛り上がる、たわわな2つの乳房はとても重そうで。  
「持ち上げてみてごらん?」  
 言われるままに手を差し込んで両方とも持ち上げてみる。  
 張りのある、やや固い乳房。  
 やわやわと揉み解すと手から逃げるようにはみ出てしまう。  
 深いVネックの布地から、乳房がこぼれる。  
 たまらなくて、Vネックを左右に押しのけて乳房を露にする。  
「そう、そのまま吸ってみてごらん?」  
 陥没した乳首を吸い出すように口づける。  
 乳房の表面を優しく撫で上げながら、何度も吸い上げた。  
 徐々に屹立してくる乳首が、口の中で舌で転がす度に固くなっていく。  
「少しは仕込まれてはいるんだねえ」  
 背中を撫で上げられながらそう囁かれて、頬が赤くなる。  
 そう、いろいろな手管を教わってはきた。言う通りに実行してみてもいた。  
 でも、自分の中に快楽の熱は生まれなかった。  
 
「まらむは……きもちいいれすか?」  
 舌を這わせ、れろれろと舌先でなぶり、胸の谷間に顔を埋もれさせながら上目遣いで問う。  
 濡れた白い乳房から唾液と体臭が混ざり合った匂いが立ち上る。  
「そうだねえ……。その様子がそそるけど……いまいちだね」  
 肩の辺りに赤黄色の鱗が、白い膚の下から透けるように浮かび上がるのが見える。  
 それを疑問に思う余裕はなかった。  
「すみません」  
 ここまで大きな胸は初めてで、少し感じ方が違うのかも、と少々乱暴に揉んでみる。  
「それはまだ早いよ、坊や。よがってきた相手にすることさ」  
 余裕の笑みをマダムは浮かべたままだ。  
 完全に手の中で踊らされていて、少し面白くない。  
 頬に手を伸ばすと、面白そうにこちらを見つめ返す眼が、黒のレース越しに見える。  
 顔を隠す布なんてとってしまおう。  
 そう思って、瞬時に布を勢いよく撥ね上げ、たつもりだった。  
 逆に自分の手首を捕らえられ、片方の手で顎を上向かされ、唇を奪われていた。  
「んっ……」  
 女陰を舐めることを強要されても、口を吸われたことはなかった。驚きで薄く開いた唇は、すぐに舌を割って蹂躙される。歯を噛みしめても、歯列をなぞり上げる感覚に、力が抜けていく。  
 舌が挿入されるのを嫌がって、首をのけぞらせて離れた時には、銀糸が唇と唇を繋げて光っていた。  
「マダム……」  
 泣きそうな目で見つめると、愉しげにマダムは笑っている。  
「おやおや、楽しませてくれるんだろう?軽い接吻もだめなのかい?」  
 濡れた唇を指で拭って、掴まれたままの手首から相手の指を引きはがして、きっと睨みつけた。握力や腕力は鍛えている自分の方が上のようだ。  
「軽く……じゃないです」  
 膝から降りようにも、いつのまにか腰を抱かれている。外しても、またどこか違う場所にさりげなく手が伸びて逃れようも無いことは想像がついた。  
「マダム…ッ」  
「ほら、万歳をおし」  
 いつのまにか、腰帯を解かれて、椅子から床に滑り落ちていた。  
 頬を膨らませて意地でも両手は上げない。  
 
「可愛いねえ……」  
 髪を梳きながら、マダムは目を細める。  
「どこがっ」  
 いつのまにか意のままに触れられている。  
 仮にも武を修めているのに。逆らえない。抗えない。  
 心地よい水流のように、抗う力を奪おうとする相手が許せなくて、唇を噛む。  
「そうやって拗ねるところさ、ねえ坊や」  
 伽のはずなのに、なんでこんなに反逆心を煽られるのだろう。  
「オレは坊やじゃ……っ」  
 食ってかかろうとしたその時、唇に人さし指を当てられる。  
「名前は聞かないって言っただろう? 坊や。坊やって呼ばれなくなるのはオトナになった時さ」  
 セレフは押し黙る。  
 服を脱がされ、無言で白い褌に手をかけられても、抵抗せずに黙ってなすがままにさせていた。  
「大人しいねえ…諦めたのかい?」  
「オレが感じなければ、あなたのメンツも折れるだろ」  
 ぼそっと言い放つ。  
 実際、自分を責めた伽の相手に幾人か言われたのだった。  
 マダムは大きめの唇を三日月型に吊り上げて笑った。  
「随分と拙い手を使う伽の相手だったのだねえ」  
 自分にとって事実とは言え、一族の者を笑われて腹を立てる。  
 むっとした表情が、浅黒い肌の引き締まった腹筋の上をなぞられて奇妙に歪んだ。  
 こそばゆい。  
 くすぐったげに身をよじると、そのまま脇腹や、脇の下を白い指が這い上がる。  
 股間を布地の上から上下に擦られ、ぴくっと足が動いた。  
 くっきりと押さえられた布地の下から自分のシャフトの形が固さとともに浮かび上がるのが見えて、セレフは恥ずかしさに顔を背けた。  
 感じない、なんてできるだろうか。と、考える。  
 その首筋に、魔女の唇が吸い付いた。  
 こりっとヒレ耳のつけねあたりからエラの辺りまで、舐め尽くすように嬲られる。舌は脇に来た時、波がきた。  
 ぎゅっと目をつぶる反応に、マダムはそのまま腕をとると、二の腕を甘く噛み、筋肉にそって優しく軽く、触れていく。  
 
 最後にたどりついたのは、指先だった。  
 指の間を上からほじくるように舌をさしいれられ、そのまま指の裏を舐め上げて、ぱくっと指の先端をくわえる。  
 その動きに、小さなシャフトが反応した。皮をかぶったそれが、痛いほどにはりつめて、思わず顔をしかめる。  
「おや…?」  
 反対側の手が、容赦なく布地からシャフトを掴み出した。  
「かわっかむりかい……快楽も覚えないはずだね」  
 セレフは怯えた視線を向けた。  
 その件に関して、かなり痛い目にあってきたのだ。ほんのわずか剥かれて元に戻るという始末だった。  
「…大丈夫、痛くはしないよ」  
 マダムが掌を濡らして、優しく両手で包み込んだ。  
「ほら、反対向きになってごらん」  
 座り直すと、マダムの指が皮っかむりな小さなシャフトをいじりはじめた。  
 抱きしめられるように手を回されながら、おずおずと剥かれていくそれをみる。  
 一瞬、マダムの爪代わりの手首のヒレが、シャフトの先端に触れてちくっとした。だが、それ以降は痛みもない。  
 白い垢が溜まっていたのを掌から湧き出た海水で洗い流してもらい。  
 なんだか、セレフは安心していた。  
「さあ、これからが本番だねえ」  
 つかまったまま耳元で囁かれた言葉には凍りついたけど。  
 
 
 責めは昼夜を問わず続いた。セレフには時間の感覚が無くなっていた。  
 腹が空くと、魔女と狩りに行き、魔女のために得物を毎回数匹仕留めて見せた。浅い海では見ない得物の狩りには、非常に満足を覚えていた。銛が無くとも狩りは得意中の得意で、それを褒めてくれるマダムには心からの笑みを見せるようになっていた。  
 だが、その褒美として出されるちょっかいに、セレフは気持ち良くなりながらも、けしてイくまでにはいたらないのだった。  
「そろそろおかえり」  
 それは、マダムの膝の上にうつぶせに腹を載せ、白い指をくわえさせられて、尻をいじくられていた時だった。  
 変態的な悪戯をしかけられるのには徐々に慣れ、どんなことを言われても、素直に応じるようになっていた。  
「今日は……何日だっけ」  
 すっかりリラックスした表情で問うて、三昼夜が過ぎていることを知って青ざめた。  
 魔女は居場所は知らせてあるとは言うけれど。  
 それは上層部にだけで、末端の一族には伝わらない。  
 リテアが心配しているはずだった。  
 ここに来た時に身につけていたものを久しぶりに着て、魔女に別れを告げた。  
 それはキレイに洗濯されていて。  
 帰り道、泳ぎやすかった。  
 
 
3  
 
 深い海の底から這い上がってきた久しぶりの浅い水底は水温も温かく、海藻が揺れていた。  
「なんか、こんなに眩しかったかなあ…」  
 日の当たる水面を見上げて、ふわりと水に浮かぶ髪を、懐かしげにかき上げる。  
「……セレフッ!」  
 遠くから自分を呼ぶ声。  
 勢いよく泳いでくる黒い影。  
「ん?」  
 振り向いたときには、激突するように飛びつかれていた。  
 向き直って抱き留めると、視界に入る浅黒い肌。  
 同族なんだけど……。  
 胸板にあたる胸当ての感触。  
「久しぶりに帰ってきて……どれだけ心配したと……」  
 視界の隅でひらひらと舞う、成人したてのメスがつける短い巻きスカート。  
「誰?」  
 自分に抱きついてくる相手が誰だか分からない。  
 ふんわり黒銀の髪を巻き髪にして、トゲヒレは初々しく光っていて。  
 細い腰も、まだ谷間の出来ていない、柔らかな胸のふくらみも。  
「レセレフ!」  
 体を引きはがして、相手が自分の頬をしっかと包む。  
 大きな黒い瞳は泣き濡れていて。  
 キレイだな、と思う。  
「君……。もしかして」  
 その唇、鼻の形。  
 自分とよく似ていたはずの、面立ち。  
「リテア……?」  
 呆然と呟く声に、再度抱きつかれる。  
「そう、リテアナですわ……」  
 そんな。  
「なんで……」  
 置いて行かれた。  
 
「レセレフが心配で……。てっきり紅珊瑚の魔女に攫われてしまったかと……」  
 深い情動がオトナへと変わるエネルギーを生み出すのだと、聞いた。  
 リテアナは自分を心配して?それとも……。  
 何故だろう。  
 心臓を掴まれたように身動きできない。  
 首に頭をすり寄せるリテアナからは、いい匂いがする。  
「いい後見が見つかったんだね。おめでとうリテアナ。気を遣わなくてもいいよ、そんな嘘言わなくても」  
 瞬間、頬をしたたかにひっぱたかれて。  
 一歩後ずさって目をぱちくりさせる。  
 離れたリテアナは顔を真っ赤にして怒っていた。  
「そんなこというなんて、レセレフらしくもない。レセレフはいつでもまっすぐで、まっすぐ悩んでたから、憧れて、いた、のに…」  
 頬の痛みより、リテアナの怒声が悲痛な叫びに聞こえて胸の奥が痛い。  
 困惑したように眉をしかめ、それから、悪いことをした、とシュンとなった。  
「絶対、……絶対レセレフを叔母様にしてみせますから。もう決めたんだから」  
 そう言い残し、踵を返してリテアナは去って行く。  
「あんな奴だったかな……リテアナ」  
 もう、リテアには会えなくて。  
 一緒に槍や銛で仕合うこともないんだと思うと、少しさみしく思えた。  
(いってらっしゃい)  
 笑って背中を押されたのはつい先日のように思えるのに。  
 実際、自分はちっとも成長していなくて、ほんの二三日のことなのに。  
 もうリテアはどこにもいない。  
 オトナのリテアナが、オトナの世界で生きていく。  
 リテアと自分は、本当は1世代違う。年は数ヶ月しか変わらなくても、こちらが目上なのだ。  
 なのに、先にオトナになってしまった。  
 そう嘆かれているようで。  
 身の置き場がない。  
 行き場のない、自分の中を荒れ狂う嵐。  
 自嘲の笑みが、暗く、浮かぶ。  
 地を蹴って力強く泳ぎ出す。  
 修練場へ銛を取りに。  
 
 
4   
 
「おや……また来たのかい。早かったねえ」  
 マダムは手に銛を持った姿で現れても動じなかった。  
 黒銀に光る、返しのついた三叉の銛。  
 鈍く光る凶器の前にも、動揺を見せず、あの落ちもの長椅子から立ち上がろうともしない。  
「今度は、違いますよ」  
 銛を構えて、見下ろす。  
 これさえあれば、この人も屈服できるはずだった。  
 どす黒い塊が、喉につかえて息苦しささえ感じる。  
「服を裂くなら、槍の方がいいだろうに……。何故銛なんだい?」  
 一度、膚を突き破れば抜けず、傷口を荒らす殺傷武器。  
 伽の相手にこんなものを持ち出すなんて、気が狂ってるとしか思えなかった。  
 武を修めてる相手にも見えない。  
 でも、銛先はしっかりとマダムの喉元に向けられた。  
「あなたが、オレを……オレを……閉じこめておいたから、リテアはオトナになってしまった」  
 マダムは顔も隠さず、ただ蒼い眼でこちらを見つめていた。  
 自分が汚した黒鱗のドレスは着替えられていて。鮮やかな、頭部のヒレと同じ、深紅のドレス。どこまでがドレスで、どこからが足ヒレなのか見分けがつかないくらい溶け合っていた。  
「八つ当たりだってわかってる。でも、オレにはあなたを辱めるしか、発散できる方法が思いつかない」  
 ほんとは帰ってきて、真っ先にビッグマムにマダムの正体を確かめに行くつもりだった。  
 紅珊瑚の魔女。  
 そう言われればそうかもしれない、という容姿をマダムはしていた。  
 でも、魔女と言われても、あの艶やかな声も、姿態も、信じられなくて。  
 自分をからかう姿も婀娜っぽいけれど、けして決定的な危害は加えず。  
 そして、遅くはなったけれど自分を帰してくれた。  
 だから、いい人なんじゃないかと。  
 また、逢いたいと、請いに行くつもりだった。  
 許されなければ伽の相手とはまた逢いまみえることはない。  
 掟は熟知していたし、それを厳守するつもりだった。  
 なのに、何故こんなに心がざわつくのだろう。  
 なんですべてを破壊してしまいたいのだろう。  
 
 還りたい。  
 二人で笑っていられたあの頃に。  
 どちらも仔だったあの頃に。  
「何を、泣いているんだい?」  
 だから、銛を突きつけている相手が自分を見上げて問うても、それが何を意味するのかすぐに理解できなかった。  
 視界は明瞭で。  
「何を、泣いてるんだい?」  
「嘘だッ」  
 銛の切っ先が、喉に、触れる。  
 その瞬間に、視界が滲んで、頬を、熱いものが伝った。  
 なんだ? これ。  
 いつもの水の中ならば感じもしなかった感覚。  
 大気のある、マダムの家だからこそ、感じた、熱さ。  
「……くやしかったのかい」  
 違う。  
「……さみしかったのかい?」  
 違う。  
「……怖かったのかい?」  
 オトナになることが。  
 目の前に突きつけられても、信じれない。  
 あんなものに、変貌できるなんて思えない。  
 いつ、なるの?  
 年をとれば必ず成れるの?  
 オトナに。  
 滲む視界の向こうに、赤い筋が見えた。  
 僅かに白い皮膚に食い込んだ切っ先。  
 滲み、首から豊かな胸へと流れ落ちていく、血。  
「あ……」  
 驚いたように銛を引き、手から力が抜ける。  
 からんと、音を立てて銛が床に落ちた。  
 マダムは動かない。  
 冴え冴えと光る蒼い眼をこちらに向けたまま。  
 
 黙って。  
 胸の谷間を伝い落ちていく血。  
 深紅のドレスの一点が、さらに深く、深く。  
 黒さを帯びた赤へと変色していく。  
「あ……あ……」  
 がくりと膝を突く。  
 暴れる殺意をそのままにしておいたら、返しの位置まで突き込んで、ほんとうに致命傷を負わせていたかもしれない。  
「なんて、オレは……未熟な……」  
 敵意のない相手に傷を負わせるなんて。  
「すみません……」  
 頭を垂れて、相手の膝に額をこすりつける。  
「すみません……」  
 後頭部に添えられる大きな手。  
 白い、大きな手。  
 こらえていたものが、溢れる。   
 嗚咽を殺すように、ドレスに顔を埋め、腰へと手を伸ばす。  
 抱いたマダムの腰は細くて。  
 涙はどんどん生地に吸い込まれ、ドレスは色を変えていく。  
「名を呼んで、欲しいのかい」  
 はい。  
「名を教えて、欲しいのかい」  
 はい。  
「伽ではなく、違う関係を作りたいのかい?」  
「……はっ……ぃ……」  
 嗚咽で上手く言葉が出ない。  
 震えるのはこみあげるしゃっくりを押さえようとする肩だけで。  
「かわいいねえ……」  
 背筋がぞくりとするような艶のある低音が、マダムの唇から漏れた。  
 衣擦れの音。  
 しがみついていたドレスの布地が緩む。  
 でも顔は上げられない。  
 
「食べたいかい?」  
 溶け合いたい。  
 こんなみっともない顔も、こんな醜い自分も、晒さずに済むのなら。  
「食べられたいかい?」  
 食べるのも、食べられるのも、溶け合うなら同じこと。  
「喰ってしまおうか?」  
 浅ましい考えも、淀む苦しみも、全部この魔女に囚われて。  
 霧散してしまえばいい。  
「忘れっ、させ、てください……オレが、オレで、ある、ことを」  
 喉に引っ掛かりそうな、衣擦れよりも小さな声。  
 途切れ途切れに告げながら、顔を上げる。  
 濡れたドレスが重みで足下へずり落ちていく。  
 裸身のマダムがひとり。惜しげもなく抜けるように白い裸体を晒し。  
 自分を見据える。  
 そして、その股間には、ありえないものが、あった。  
「かわいいから、そそり立ってしまったよ……」  
 欲情を隠さずにマダムが言う。  
 相変わらず重たげな乳房から上は、いつものマダムなのに。  
 股間だけは、痛いほど張りつめ、屹立したシャフトが、こちらを向いて挑発していた。  
 思わず自分の股間に手をやる。  
 皮っかむりの小さなシャフトは柔らかく、縮こまっている。  
「……ほら、舐めてごらん?やってあげたようにさ……」  
 なんでこんなものがあるのか。  
 そう疑問に思いながらも、目も、頬も、赤くしたまま、先端に口づける。  
「随分と火照っているけど……嗄れそうだね……」  
 誘うように足を大きく開いた姿で、水の入った瓶をとって、頭の上に注ぐ。  
 思わず舌を出して、上を向いて受ける。  
 ヒレ耳に、火照った頬に、喉を通りすぎる水が気持ちいい。  
 
「そう、その顔だよ……」  
 頬にピタピタと、太いシャフトが触れる。  
 自分の浅黒いシャフトとは違い、濃いピンクのそれは、違うものにも思えて。  
 不思議そうに見上げると。  
 薄く開いた唇にねじ込むようにシャフトが挿し込まれる。  
「んっ」  
 大きい。  
 傘の部分のみをようやく銜えて、口の中に拡がる初めての味に小首をかしげる。  
 なにか先端から出て来てる。  
 そこを舐めると、ぴくりとマダムの瞼が動いた。  
「ほら、手も使うんだよ」  
 根元に添えて、少し余裕のある皮ごと上下にしごく。  
 唾液を思い切り垂らし、潤滑に動くように。  
 目を閉じると、口いっぱいに頬張ったそれが口の中をこすり上げるのを感じた。  
「んっ、ざらざらしてるねえ……」  
 貝もすりつぶせる歯を持つその口は、上下がすりばちのようになっている。  
 唇をすぼめて、なるべくあたらないようにする。  
 でも、それ以上、どうしていいかわからない。  
「オレ……あなたを辱めたかったのに……」  
 息苦しくなって、ぬるんと口から吐き出し、そっぽを向いて呟く。  
 口から零れた唾液がとろりとシャフトを濡らした。  
「辱めてるじゃないか。そちらは服を着たまま、こちらは全裸さ」  
 根元まで濡れたシャフトは、握られたまま上を向いている。  
「でも、あなたは喜んでる」  
「伽で辱めるのも、辱められるのも、快楽のうちさ」  
 視線が、浅黒い肌に絡みつく。体の隅々まで見られている。  
 視姦されているのを感じながら、乳首が勃っていくのがわかった。  
 ぬるついたシャフトを握る手に少し力を込める。  
 押し返すように膨脹し、脈打った。  
 浮き上がる血管をなぞるように根元から舐め上げながら、マダムを見上げる。  
 うっとりとした目をしていた。  
 
 自分も愛撫される時にこんな表情をするのだろうか。  
 想像がつかなかった。  
「いやらしいよ、とても」  
 興奮が滲む艶めかしい声。背後に深紅のトゲヒレが震えるように拡がるのが見えた。  
「いやらしい?」  
 自分が?  
 実感が湧かなくて聞き返す。  
「ああ、とても」  
 声には吐息が混じっていて。  
 そのまま唇を這わせて、一気にまた銜えた。  
 なんだか、頭を動かし口をすぼめて上下にスライドさせると、自分が相手を犯しているように思えて、下半身が熱を帯びてくる。  
 それは尾てい骨から股間の筋目を伝わって皮をかぶっていた自らの小さなシャフトを勃起させるに至った。ズボンの前の布地が張りつめる。  
 少し乱れた相手の呼吸が快感を耳へと伝えてくるようで、セレフは目を閉じた。  
「吸ってごらん」  
 いわれるままに、唇の輪の力をすぼめ、緩急つけて吸い上げ、力を抜くのを繰り返す。さらに大きさが増した相手の鈴口を舌でくすぐってやると、また先走りが口の中に拡がった。  
 疲れてくると手でしごいた。  
 すでに余った皮はなく、太さも増していて、くわえているのがやっとだった。  
 後頭部に手の感触を感じて、見上げようとした途端、深く腰を突き込まれ、咽せかける。  
 頭は固定され、逆にセレフは口を犯されていた。  
「んっ、んんっ」  
 喉の奥まで入りそうになり、けほけほっと苦しげに逃げようとして、ちょうど竿がほとんど口から引き抜かれた時だった。  
 口の中で、シャフトが暴発した。  
「んくっ、んっ、んっ…」  
 抵抗する間も無く、口の中がどくどくと送り込まれる白濁で溢れていく。  
 飲み込めないものは、唇の端から唾液とともに、ぽたぽたと浅黒い胸の上に滴り落ちた。  
 汚された唇から抜け落ちたシャフトは、口から出てもまだ勢いがおさまらず、そのまま続けて発射する。  
「……っ!」  
 だらしなく舌を出して縦長の楕円に開いた口と、反射的に閉じた目、直毛の黒銀の髪、すべてが白濁をかけられて浅黒い肌が汚されていく。  
 
「はあっ……はあ……」  
 胸を伝い落ちた白濁が、ズボンの腰の結び目の上で溜まって、自分の先走りですでに濡れた染みの上にも、飛び散った。  
「美味しいかい?」  
 ようやく萎えてきたシャフトを握って、マダムが妖艶に見下ろす。  
「口に残った分は飲み干すんだよ?よい滋養だからねえ……。そうそう、残さずね。ほら、吸ってごらん?」  
 そういうかいいおわらないうちに、セレフの眼前に少し縮こまったシャフトを突き出す。  
 セレフは目を閉じたまま、迷わずに目の前のシャフトに吸い付き、ちゅっちゅ、鈴口に残った精液を絞り取って喉を鳴らすと、舐めてきれいにした。  
 瞼の上にも白濁はもったりとのっていて、あけるにあけられない。  
 それを見て満足そうに魔女は、掌から水を湧き出させ、顔をきれいにしてやった。  
 
 
5  
 
「上は嵐だね…今日帰るのはおよし」  
 結界内は静かで、荒れた海の気配などわからない。  
「でも……」  
 寝台の上で微睡みながら、セレフはマダムに身をすり寄せた。  
「リテアナが心配してるから……」  
 鼻で笑う気配がして。  
「そんなにその幼なじみが好きかい?もう何度も寝言で聞いたよ」  
 顔が熱くなるのを感じて、早口で言い返す。  
「そんなんじゃない。あいつは……あいつは、優しくて、なんだか憎めなくて、かわいくて……。でもオレよりオトナなんだ。なのにオレをずっと小さい頃から慕ってくれるんだ」  
「愛いことだねえ」  
 微笑ましそうに、マダムが目を細める。  
「でも……ちゃんと世代称のレをつけて呼んでくれるのに、まだ、オレは仔のままで。オトナになったリテアナを見て動揺するガキで……」  
 やりきれない衝動のはけ口をマダムにぶつけてしまった。そう恥じる。  
「今はどうだい?」  
「……オレは、オレの力でオトナになりたい。伽って、ほんとは、心を開放するっていうやりかたを教える場もあるんだろ?」  
「さあねえ。一族のことは深く知らないよ」  
 そっけない物言い。  
「嘘つき。じゃなきゃ伽なんて引き受けるもんか」  
 頬を膨らませたセレフに対して、マダムの反応は芳しくなかった。  
「……契約があるんだよ。不可侵の保証と引き換えにね」  
 マダムは渋い顔をして、目を伏せる。  
「契約?」  
 きょとんとしたその時。  
「誰か来るね」  
 マダムが身を起こす。  
「誰って……嵐なんだろ?」  
 何の気配もしない。  
 だが、起き上がったマダムは、いつものドレスとは違い、足に纏わりつかない外出用のスリットの入ったドレスを纏って結界の入り口を見つめた。  
「……それほど急用ということさ」  
 
 ベルトを締め、幾つも紅珊瑚の装身具を身に付け始める。  
 なんだかベッドから出づらく、セレフはうつ伏せで身を起こして、頬杖をつきながら身支度を眺めた。  
「来た」  
 波紋が。  
 大気に拡がる。  
 水中から誰か大気中に落ちてきた。  
 迷わずにこの寝室までやってくる。  
 急ぐ足音。  
「魔女ファルムッ!」  
 結界を破る勢いで転がり込んできたのは、まぎれもなく見知った顔で。  
 そのヒレについた黒い粘っこい液体と、小奇麗なはずの服の汚れように、思わず声を上げた。  
 異臭は、黒い液体からする。  
「リテアナッ、どうしてッ」  
 その言葉に、マダムが片眉を上げた。  
「レセレフ?」  
 驚いたように自分を見返すリテアナに比べ、嵐にも関わらずここに留まっていた自分を恥じる。  
「マダム、銛を」  
「お待ち」  
 片手で制されて、全裸のままベッドを抜け出そうとした動きが止まる。  
「何の用だい?クロダイの小さな使者さん」  
 皮肉げにマダムが言った。  
「はっ」  
 リテアナは無手だった。  
 その場で平伏して、自分には目もくれずにマダムに向かって口上を述べる。  
「名代リテアナ、ビッグマムの命により、馳せ参じ候」  
 リテアナが躊躇うように顔を上げて、こちらを見る。  
 言いよどんだ言葉は、口をきっと結んだ後、口にされた。  
「紅珊瑚の魔女様……先程は無礼の程を」  
 紅珊瑚の魔女。  
 オトナになれない仔を攫う、魔女。  
 やはり、そうだった。  
 
「用向きは」  
 先程までとは一転した、誰も寄せ付けない表情。  
「落ちものが、落ちものが墜ちました」  
 リテアナの必死な声に、婆の昔語りがふっと脳裏に蘇った。  
「その、黒い油かえ?」  
 魔女は、その昔狩られた。落ちもの封じの為に必要な道具として。  
 魔力を持つ者が少ない一族と、魔力持つが故に孤独を選んだはぐれ者達の争いは苛烈を極めたと聞く。棲み分けが成立したのはほんの数十年前の話だ。  
「はい。腹にこの忌まわしい油を詰め込んだ……大きさは回遊してくる鯨の比ではございませぬ」  
「どうしろと」  
 氷のように冷たい声。  
 ようやくながら、マダムの態度の意味を知る。  
「刻印の黒真珠の契約の元。油を回収せしめよとの依頼にございます」  
 マダムが立ち上がって、リテアナの体についた油を指ですくい取る。  
 ドロッとした油は粘ついて体にこびりつき、リテアナは少し苦しそうだった。  
「息を止めよ。洗い流す」  
 マダムが言い放って、頭部から背中にかけての深紅のトゲヒレを全開に広げた。  
 リテアナがぎゅっと目を閉じてエラも閉じた瞬間、マダムの頭上高く掲げられた両手から、高圧の大量の泡を含んだ水が噴き出した。あまりの水の勢いに、リテアナの姿が霞む。泡が、油を体から引きはがし、包んでいく。  
 鱗鎧に身を包んだ長身のリテアナは、すでに自分と体形が大きく違っていた。胸と腰はより張り出し、幼さが消えようとしている。  
「恐れ多い……」  
 黒銀の髪とトゲヒレ耳が輝きを取り戻して、身震いするとその表情はすぐに引き締まった。  
「案内役は身軽な方がいいからねえ」  
 マダムの声からはいつもの親しみが消えて、冷たく斬るようだった。  
「オレも行く!」  
 叫ぶように割って入った。  
 術の行使の間に、下履きを慌てて身に付けただけの姿は普段着ではあるけれど、かなりの軽装で。  
「だめです」  
「だめだよ」  
 二人が即答する。  
「レセレフは魔法が使えませんわ。習いませんでしたの?墜ちものには武力が通用しないんです。魔法で身が守れないのなら、油に塗れて死ぬだけですわ」  
「この名代の言う通りさ。今のおまえじゃあ、足手まといだ」  
 二人に突き放され、上掛けの下で拳を握りしめる。  
 
 俯いて唇を噛みしめようとしたその時、マダムが戻ってきて耳元で告げる。  
「それより……棲み処の留守を守っておくれ。もしかすると結界を張る余力も、向こうに回さないといけないからね」  
 思わず目を見開く。  
 この人の魔力は桁違いなはずだ。現に、今、水を操るのに一言も呪文を発していない。それに魔法に関してはすごいなあと思うリテアナがこんなに尊敬を持って接している。  
 大好きな海を汚す油とは、そんなに大変なものなのか。  
 床の隅にこびりついて残っている油をちらりと見ながら、渋々頷く。  
「いってくるよ」  
「いってきますわ」  
 二人はそれぞれ自分にだけ笑みを浮かべて、張りつめた表情で去って行く。  
「待って……!」  
 連れていって!  
 でも、……資格がない。  
 習い事の時間に聞かされた昔語り。  
『武は群れに、魔は個に』  
 自分には、魔力がない。かつて戻り逃れた王国に属さない、旧き氏族と呼ばれる、この地に住む多くのサカナ人はそうだ。  
 魔法の才能は全くない。リテアナのような存在の方が稀だ。  
 落ちものからは身を守れない。海の者相手なら負ける気はしないのに。  
「なんで……っ」  
 最近は落ちものもずいぶん減ったと思っていたのに。  
 忘れた頃に巨大な落ちものが、海を荒らしに墜ちてくる。  
 魔女の寝室は、無数の落ちもので埋め尽くされている。  
 それはいつの年代のものなのか、まったくわからないものから、新しいものまで。  
 その中に埋もれるように自分の銛が立て掛けてあった。  
 マダムの血が三叉の一箇所にこびりついたままの、鈍い金属の輝き。  
「錆びちまうや……」  
 指でこすっても落ちなくて。  
 躊躇わずに先端を舌で舐める。怪我しないように慎重に。  
 鉄の味?  
 マダムの血の味?  
 わからない。  
 ただ、帰ってきたら、こうやって舐めて、あげたい。  
 
 労いたい。  
 わけのわからない熱が体の奥底に灯る。  
 銛を投げ出して、ベッドに転がり戻る。  
 先程まで一緒にくるまっていたシーツに股間をこすりつけ、激しく上下する。  
「はあっ……あっ……なんで、オレを……」  
 オトナなんてわからない。  
 でも今はオトナになりたい。  
 下履きをもどかしげに脱ぎ捨てて、また、シーツに今度は直接なすりつける。  
 足をぴんと張って、勃起してきたシャフトをシーツで包み、こすりあげる。  
「オトナ…に、オトナに、なりたい……」  
 そして。  
「オレも連れていって……」  
 目尻に涙が浮かぶ。  
 真円まで膨らんだ涙の粒は、限界まで盛り上がって、シーツに残っていた、赤黄色の鱗の上に落ちた。  
 光が拡がる。  
「あっ……」  
 射精の快感に襲われて、白濁がシーツを汚した。  
 薄い半透明な液体が、すべすべした浅黒い肌に飛び散り、伝い流れた。  
 そのまま脱力して胎児のように丸まったセレフは、眠りに引き込まれそうになって、うとうとと瞬きした。  
 意識が、薄れそうになる。  
 でも、頬には熱いモノが流れる。  
 止まらない。  
 何かを求めて。  
 何かを渇望して。  
 体はひくつく。  
 視界がぼやけた。  
 オトナに。  
 なりたい。  
 そう願う度に、体がきしむ。  
 骨の奥が疼くような痛みに、両腕に爪を立て、寝台の上を転がる。  
 
 ヒレが、疼く。  
 頭が痛い。  
 涙が零れ落ちて。  
 セレフは快感の余韻と痛みに気絶した。  
 
 
6  
 
 轟音が静寂を破って、意識が瞬時に覚醒した。  
 音はすぐに小さくなって。絶え間なく水の流れ落ちる気配がする。  
 肌を刺す冷気と、微かに混じる臭気。  
 瞼を微かに開ける。  
 帰ってきた?  
 寝台の下の岩盤に、横たわっていたセレフは身を起こす。  
 辺りは暗かった。  
 何故だか、体を動かす度に四肢の筋肉が鈍く痛む。  
 特にヒレの生えている辺りは突っ張ったように痛んで。  
 首を傾げながらも、転がって立ち上がると、一歩、一歩洞窟内を静かに歩を進める。  
 白砂の間。  
 結界の入り口。  
 そこが、流入する海水で水浸しになっていた。  
 本来は海底のこの場所で、白砂の間は、減圧室も兼ねていた。最も水との親和性が高く、大気もあるが、髪は水中のようにふわりと浮く。  
 だが、白砂の間に続く洞窟のこちら側には海水は入ってこない。正確には、水の幕が白砂の間の周りに張り巡らされ、水の流れを遮断していた。  
 魔女は力を使い果たしたわけではなく、範囲は縮まったものの、結界は働いている。  
 水の幕の向こうに滲む影があった。  
 黒っぽいような、赤いような。  
 斑に見える、一人分の影。  
「マダム?」  
 水の幕に手を突っ込む。  
 ヒレが切られるような痛みが手首に走った。  
 水の勢いがすごい。  
 この水圧では……。  
 僅かに躊躇う。  
 だが、次の瞬間、頭から突っ込んで水の幕をくぐり抜けていた。  
 
 大気から水中へ。  
 体中のヒレがふわりと拡がるのを感じた。  
 眼を開いて、相手を探す。  
 目の前に力なく浮かぶ、黒い油に塗れた、一塊。  
 所々から深紅のトゲヒレが飛び出し、白い膚が見える部分は無い。  
 このままでは……。  
 手を延ばし、身に纏っているはずの衣を引き剥がす。  
 紅珊瑚の飾りがいくつも粘性を帯びた黒油ごと落下して白砂に埋まった。  
「マダム、こっち!」  
 滑る手を掴んで、無理やり結界の入り口へと引きずり込む。  
 高圧の水が油を、マダムの体から引きはがしていく。  
 自分の浅黒い肌にも何とも言えない不快な汚れが移っていた。  
 裸体を晒したマダムはうつ伏せで倒れ込み、顔を上げようとはしなかった。  
「大丈夫?」  
 肩に手をかけようとした、その時。  
 思い切り振り払われ、しりもちをつく。  
 違和感に気づいて、セレフは目を見開いた。  
 白い膚に、普段は透けている赤黄色の鱗の数が著しく増えていた。  
 背中から首、頭部にかけてその鱗は走っている。  
「マダ……」  
「見るな!」  
 余裕のない叫び声がセレフの動きを止める。  
「見るんじゃないよ……」  
 ゆっくりと膝を起こしてトゲヒレをすべて広げる。  
 威嚇するような姿に、近寄れない。  
「……トゲの毒にッ……やられたくなければ去るんだねえ……」  
 どこへ。  
 そんなに苦しそうなのに。  
 前かがみに手をついて、近づこうとするも、伸びた手首のトゲヒレが、ヒュンッと額すれすれを擦過する。  
 はらりと髪が一筋、床に落ちた。  
 ぴりぴりと髪の生え際が痛む。紙一重で避けなければ切り裂かれていた。  
 
「……あの名代は無事さ。安心おし」  
 言われてはっとする。  
 そんなことすっかり頭から消し去っていた。  
 ただ、目の前のマダムが心配で。  
 トゲヒレの先から無色透明な雫が、ぽたり、ぽたりと床に落ちる。  
 岩盤はシュゥと、溶解して煙を上げた。  
「なっ」  
 ありえないほどの毒素。  
 それを、排出しようとしている。  
「なんで、…そんな」  
 息を荒げながら、マダムが吐き出した。  
「ああ。これは、ねえ……ちょいと魔力を急激に練り上げた代償だよ。毒素が毒管から漏れ出してるのさ。毒魚たるもの、自分の毒くらいじゃ死にはしないさ……」  
 トゲの先に毒がある。  
 そう閨で教えられた。  
 でも、ちょっと痺れるだけ、くらいだったはず。  
 それが、猛毒に変わっている。  
「気化しても…多分平気だろ。何十年ぶりだろうねえ。魔人に戻る位エネルギーを消費したのは」  
 魔人?  
「マダムは……魔女じゃ」  
「魔女に一物がついてるものだと、おまえは信じていたのかい?」  
 くっくっくと嗤い声が響く。  
 顔を上げて、ゆっくりとこちらを向いた。  
 視線が、絡み合う。  
 その顔は無数の赤紫の筋がこめかみや顎の辺りから顔の中心に向けて走っており。赤黄色の鱗が白い膚を埋め尽くすように頬の半ばまで浮かび上がっていた。  
 蒼い眼は、白目が薄い紫に変わり。  
 妖しく、鬼気迫る美しさを留めていた。  
「ひっ」  
 喉から息が漏れて、悲鳴にはならなかった。  
 それよりも、どこかキレイだと思う。  
 思考が、麻痺してるのを感じた。  
「おや……」  
 低い声が喜色を帯びた。  
 
「変わったのかい。食べ頃だねえ……」  
 何を言われているのか理解できず、視線を落とす。  
 床に落ちた髪が、黒銀に光っていた。  
 耳に手をやる。  
 トゲヒレの感触がなぞる指に伝わった。  
 手首のヒレも変化している。  
 股間を見た。  
 あるべきはずのものがなかった。  
 筋肉痛がいつのまにか引いている。  
「な……」  
 変体していた。  
 あれほど憧れていたオトナの体。  
 でも、初めてそれを自覚したのに、何も感慨を覚えなかった。  
 それよりも、目の前の相手のことばかり気にして、気が逸る。  
「食べ頃って……どういう意味ですか、マダム。私を喰えば、その姿は治るんですか?」  
 隠喩等わからず、すっかり前に言われたことも忘れて、早口で尋ねる。  
 それで治るならいっそこの身を捧げてしまおう。  
 迷いはなかった。  
 生きながら食われたことはない。  
 でも、これまで銛で仕留めた鮮魚を生きたまま食いちぎってきた。それとあまり変わらないだろう。体が生の断末魔をあげてびくびくと跳ねても、関係ない。  
 マダムが治るなら。  
 マダムが元の姿に戻れるなら。  
 思い詰めた表情で一心に見つめてくるその眼差しに、マダムが破顔した。  
「何を勘違いしてるんだい?伽だよ、伽」  
「伽?」  
 あっけにとられて、それからさあっと頬を赤らめる。  
 メスの姿で裸身を露にしているのは、なんだか気恥ずかしかった。  
 メスといっても、ずいぶんリテアナの姿とは違っていた。  
 変わらず胸はぺったんこだし、腰も特にくびれていない。  
 変わったのは髪とヒレと、股間だけ。  
 思わず腰をむにっと両手で掴んで、不思議そうに股間を眺め降ろして、体のあちこちを眺めてみる。  
 そんなことをしていたものだから、マダムが身を起こして近寄ったのもわからなかった。  
 
 ひょいと抱え上げられ、膝の裏に腕を回される。  
 横抱きにされて、慌てて胸を隠して相手を見上げる。  
「ま、マダム?」  
「……そう呼ばないでおくれ。気が削げる」  
 トゲヒレが当たらないようにマダムは最大限努力していた。  
 頭部の深紅のトゲヒレは閉じられ、後頭部から背中の方へと流れている。  
 寝台までたどりつくと、身をどさりと放り出された。  
 水のたっぷり入ったマットレスに仰向けにバウンドして、戸惑ったように無邪気に見つめ返す。  
 とたん、足を大きくM字型に広げられ、慌ててじたばたと動いた。  
 容赦なく押さえつける腕に、足を閉じることができない。  
 そのままマダムはセレフの股間に顔を埋めた。  
 未知の感覚に、セレフは身をよじる。  
 濡れた割れ目を開くように、舌がねじ込まれていく。  
 閉じた蕾は容赦なく剥かれ、こじ開けられる。  
「ッ……」  
 目尻に涙が浮かんだ。  
 出そうになる声を人さし指を噛んで堪える。  
 ねっとりとした舌に、敏感な芽を幾度も嬲られ、セレフの体はのけぞった。  
 何かが奥からあふれてくる。  
 水?  
 体がどうなっているのか分からない。  
 その時、深く芯に口付けられた唇が、中から溢れてくるさらさらの水を音を立ててすすり上げた。  
「あぅっ、や……やめ……すすっちゃやだ…!」  
 悲鳴のような懇願に一層いやらしい水音が大きくなる。  
 それと同時に、熱いねっとりとしたものが狭い入り口を拡げるように入り込んできた。  
 疼痛が、下腹部を襲う。  
「ぃつっ……」  
 反射的に足を閉じようとすると、まるで股間にマダムの頭を抱え込むような状態になった。  
 トゲヒレに太股が触れて、シュウッと膚の焦げる音がした。  
「バカ…ッ」  
 慌ててマダムが足を拡げなおした。  
 傷口にたっぷり垂らした唾液で、毒を緩和させたらしい。  
 
 ちくりともう一度刺された感触の後は、特に痛みも感じなくなる。  
「はあぅ、や……っ」  
 灼ける膚を這う感触が、なぜか快感となって下腹部がびくびくと波打った。  
「自分で足を抱え込んでごらん」  
 言われるままに両膝の裏に腕を回して、しっかり抱え込む。傷口に念のため触れないよう、膝は閉じなかった。  
 ぐるんと体が回って、腰が浮く。  
「よく見えるねえ……」  
 尻に手をあてがわれ、割れ目を指で押し拡げられる。  
 恥ずかしさにぎゅっと目をつぶり、さらに膝をきつく抱え込んだ。  
 こうすれば相手の顔は見えない。  
 足の指がほぼ頭を通り越して寝台につくぐらい丸まり、腰が少し高く持ち上げられる。  
 濡れそぼるあたりを敏感な部分をわざと避けるように、熱い塊がぐりぐりと押しつけながら撫で回し。何かを探し当てるようにだんだん範囲を狭めていく。  
「いくよ……」  
 位置が定まり、あてがわれた瞬間。  
 先端が少し入っただけで激痛がこじ開けられた蕾を襲った。  
「あっ、熱い、痛ぃ……痛いってばぁ!」  
 手をほどき、のけぞり上に逃げようとする浅黒い華奢な肢体を白い腕が押さえつけ、腰を逆に下へと引き戻す。  
 ぐちゅ、と言う淫音が響いた。  
「無理、はい、らないっ、よぉ…ッ!」  
 舌を突き出し、少しでも苦痛を和らげようと、浅い呼吸を繰り返す。  
「きついねえ……少し我慢おし……。すぐにどろどろに溶かしてあげるよ……」  
 さらに荷重がかかり、ぐぐっと抵抗する圧を押しのけて、侵入する。  
 入ってくる異物感から生じる痛みに涙が零れる。  
「ひうっ、はぁ……うごか、ないでぇ……」  
 聞き入れられずに、容赦なくシャフトが先端まで引き抜かれ、突き上げられる。  
 息だけが荒く小刻みに紡がれ、ところかまわず、自分の掌を噛んだ。  
「おやめ」  
 手を取られて、抱き起こされる。  
 トゲヒレの生えていない首筋に腕を回すよう促され、しっかと腕を巻き付けると、膝をついた相手の膝の上で座る形になった。  
 
 自分の重みで、深く、中の壁を擦って、のめりこんで、いく。  
 深く貫かれたショックで、思わず涙を浮かべて、細い悲鳴をあげる。  
「肩を噛んでもかまいやしないよ」  
 尻に手を回して、自在に揺すり上げ、落とす動作を繰り返すマダムの興奮した声。  
「くっ、はっ、あぅっ、あっ、あっーーー!」  
 動かないで、と嘆願したくても、言葉が声にならない。  
 浅い突きが繰り返され、何故だか自分の中から温い水が染み出してくるのが分かった。時折深くなるストロークに、痛みの隙間から、思考が濁る快楽が一瞬だけ顔を出す。  
 爪をたて、しがみつくように白い肩に噛みついた。  
 鱗の数が先程よりひいているような気がする。  
 でも、痛みに目の前がちかちかする。  
「イイねえ……、痛いほど締まってくるよ。ほら、もっとお鳴き」  
 マダムの豊かな胸に、自分の乳首が体が上下する度にすりつけられる。  
「んっ、んんっ、んんー!」  
 噛みついたまま、うなり声をあげる。  
 あっ、と思った時にはうっすらと噛み痕から血が滲んでいた。  
 それを舌で舐め上げて、恍惚とする。  
 痛みと快楽が融合しつつあった。  
「おや……悪いコだねえ……」  
 顎をとられて、口付けられる。  
 入り込んでくる舌を、フェラするように口で扱く。  
 上も下も犯されていることに興奮すら感じるようになっていた。  
 薄目を開けると、マダムの白目は、薄い紫から白に戻っている。  
 マダムを戻せた?  
 その喜びに笑んだ時、口から零れた。  
「マダム……きもち、いいですか?」  
「マダムじゃないよ」  
 一瞬唇を歪めたマダムが、大きくセレフの腰を持ち上げ、一気に腰を凶悪なシャフトの上へと落とす。  
「ひゃぅ……うぐっ、かはっ、はっ……はぁっ……はあっ」  
 痛みとは裏腹に、水の溢れた中はひくつきながらもたやすく飲み込んでいく。  
「おなかのなか、いっぱいになっちゃう、よお……」  
 腹壁ぎりぎりまで、到達する。腹を撫でると、ヘソの下あたりにシャフトの固い感触があった。  
 
「ファルムさ。そうお呼び」  
「ふぁる、む?」  
 泣き崩れた瞳を向けると満足そうに笑んだ。  
「そうさ」  
「ふぁるむっ、おっきい……」  
「そりゃそうさ。おまえが来てからこのかた、禁欲していたからねえ」  
「ふぁるむっ、きっついのお……」  
「そりゃそうさ。おまえは初めてなのにこんなに大きなのを思いっきりくわえ込んでいるからねえ。ほら、先程までは入らなかったのに、今は根元まで」  
 指が伸びて、拡張された入り口と、突き刺さっているシャフトの境目を撫で上げられ、恥ずかしさにまた涙が滲む。  
「入ってるのがわかるだろう?」  
 そのまま手が芽に伸びて、ファルムは笑んだ。  
「ほら、ここ」  
「ひゃあっ、らめ、そこさわっちゃらめ!」  
「ここを腹にすりつけるように自分で腰を動かしてごらん?きもちいいはずさ」  
 手が引き抜かれ、腰に支えるように手が置かれる。  
 セレフは言われるままに、前後に体を揺すってみた。  
 肉芽をファルムの腹にこすりつけ、中のシャフトが動く。  
 その位置をただそうとして、自然に腰が八の字に動いた。  
 なんだか少しだけ気持ち良くなってきた。  
「自分から腰を動かすなんて、淫乱だねえ」  
「そんなっ、ふぁるむがゆったから……」  
 反論する間も無く、ファルムが腰を動かし始め、セレフは喘ぎ声をあげるだけになった。  
 ファルムが動く度に繋がっている部分からみだらな水音が響く。  
「そんなにきつくしめられると、こちらも限界だよ……中に出してしまおうかねえ…っ」  
 余裕のない声が、息をさすがに荒げてきたファルムの唇から漏れる。  
「だめ、中に出しちゃだめっ」  
 慌てて抵抗するように体を逃れようとする。だが、その度に腰はしっかりつかまれ、容赦なく中をえぐられる。  
「さあ、どうしようかね」  
 中で出されたら、孕んでしまう。  
「おねがい、外で、外で、だしてえ、ふぁるむぅっ」  
 そういいながら快感が下腹部を駈け上がり、のけぞった瞬間。  
 ファルムが覆いかぶさるように押し倒して、最後に深々と突き入れ、一気に引き抜いた。  
 
 大量の白濁が仰向けのセレフの腹、胸、喉、唇までほとばしる。  
「はあっ、はあっ」  
 胸で呼吸して、膝を立て、がくがくと腰をびくつかせたままのセレフは、無意識に、胸や腹にかかった精液を体になすりつけ、唇にかかった精液を舐めとった。  
「ふぁるむの、あじ、おいしい……」  
 それにくすりとわらったファルムが、セレフの上にまたがって、胸元まで来ると、シャフトをセレフの目の前に差し出す。  
 少し萎えたそれを、セレフは上半身を少し起こして頬張った。  
「んっ、んっ」  
 セレフの頭上に手をつき、シャフトを与えるファルム。くわえて一心に吸いこもうとする口腔の中で、もう一度膨れ上がる。  
「たっぷり召し上がれ」  
 どく、どく、と数度、セレフの口の中でシャフトが射精を繰り返す。  
 それをすべて飲み込み、最後の一滴まで絞り尽くしたセレフは、満足したように、ことんと眠りに落ちた。  
 
 
7  
 
 あれから半年。  
 死滅珊瑚の塚の麓。  
 荒涼とした海底に黒の鱗鎧を纏い、槍を持ち、旅装のととのった一人の娘がいた。  
 その隣には少し背の高い、淡いピンクのノースリーブドレスを纏った薄化粧の娘。  
 二人とも浅黒い肌。黒銀の髪は直毛と巻き髪と分かれたが、その艶には変わりがない。  
 黒い瞳の大きさは子供のそれから、ずいぶんとオトナの表情に変わり、黒銀のトゲヒレ耳を誇らしげにぴんと立てている。  
「もうすぐ魔窟もできますわ」  
「…そうか、ずいぶん経ったね、あれから」  
「ええ、セレフィア」  
 少女趣味な淡いピンクのドレスを纏うリテアナの微笑みを見つめながら、視線はふとその胸に吸い寄せられる。本来のデザインを歪めるほどたわわになりつつある胸は、強調されて色っぽい。  
「ん?リテアナ、また胸大きくなったの?」  
「成長期ですの」  
 自慢げにリテアナが胸を張った。  
「……戻ってきたらものすごく大きくなってたりして」  
 小声の呟きを、幼なじみは聞き逃さない。  
「気にしてるなら特製マッサージローションでも差し上げましょうか?」  
 海藻を主原料とするローション作りはリテアナの趣味であり、薬も僅かながら調合する。怪我した時などは世話になったものだ。  
「いい。邪魔だから」  
 虚勢を張ってそう答える。オトナになってから半年、セレフィアの胸は未だほとんどぺったんこである。  
「邪魔だなんて……そんな」  
 ちょっとショックを受けたように、ドレスに包まれた胸を自分で寄せて上げて揉むリテアナ。  
 それを見て、セレフィアは慌てた。  
「年頃なんだから」  
 実のところ、先程から陰でちらちらとリテアナの主張する胸を見ては、軽く溜め息をついていたのだ。内緒だけど。  
「はい、路銀ですわ。ネコの通貨にしておきました」  
「ありがとう、リテアナ。でも…こんなに貰っていいのかな?」  
 膨らんだ財布を見て、少しセレフィアは戸惑う。  
「ビッグマムは諸国漫遊の重要性を高く評価しているみたいですわ。諸国の武でも極めてきてくださいな、叔母様」  
「その呼び方はやめろって」  
 嫌がって手を振るセレフィアにふふっとリテアナが微笑む。  
 
 年は数ヶ月上でもオトナになるのは数日先を越された身としては、実に複雑な気分だった。  
「しかし、あの落ちもの油がそんな高い値で取引されるとは思わなかったな」  
 重い財布を弄びながら言う。中は防水加工されていて、濡れることはない。  
「持つべきものはコネですわ」  
 伽を長引かせた成果をリテアナはフルに発揮しているらしい。  
「…オ、私は特にコネはないなあ…。これからお世話になるのもリテアナの知り合いだろう?」  
「いいえ。マダムファルムとのコネは、重要ですわ」  
「ファルムの?」  
「一族にとって有益かつ重要な人物と信頼を築く能力は、何者にも換え難いですもの」  
 それも、素で。  
 言外に含まれた言葉をセレフィアは解さない。  
 でもなんとなく褒められていることだけは感じ取れた。  
「人の噂かい?」  
 海底に影が落ちて、二人は振り返る。  
「ファルム!」  
「いらっしゃいませ、マダムファルム」  
 気配はしなかった。こうやって明るい場所で逢うのは初めてのことだ。  
 無事伽の儀式を終えてから、ずっと逢ってなかった。  
 懐かしさがこみあげる。  
「……行くのかい?」  
 飄々とした表情で黒隣のドレスを身に纏ったファルムは言う。  
「ああ。ファルムは?」  
「この魔窟とやらに部屋をもらってねえ。仕方なく見に来たのさ」  
 赤黄色のトゲヒレ耳には連なる黒真珠の耳飾りが光っていて。  
 セレフィアはそれを誇らしく思う。  
 自分の胸にも一粒、黒真珠が光っている。成人の証だ。  
「気軽にくればいいのに」  
「人の多いところは嫌いさ」  
 まだ魔窟は始動していない。見かける海の者も、大方は内部を整えるために姿を消しており、近くに、三人以外の人気はない。  
 それでも、ファルムはやや周囲を警戒している。  
 
「……だって、そうすれば帰ってきても真っ先に逢えるだろ?」  
 軽口をたたくと、ファルムが笑んだ。  
「……オトナになったくせに、可愛いことを言うね」  
「ファルム仕込みだから」  
 仕込まれたのは恋慕の情か。セレフィアにはこの想いを名付ける言葉が思い当たらない。  
 でも、なんだか気分はさばさばしていた。会えなくても、どこか繋がっているような。そんな信頼感を覚える。  
「まあ、マダムったら。叔母様は誰にも独占させませんわよ?」  
 リテアナの軽い嫉妬の混じる牽制に、魔女はあきれたように首をすくめる。  
「……好きにするといいさ」  
 セレフィアは二人のやり取りにくすくすと笑いをこらえた。  
「そうそう……坊やの名はなんと変わったんだい?」  
 さりげない一言。  
 槍を構え直して誇らしげに告げる。  
「セレフィア」  
 幼名は一度も尋ねられなかった。でも、名は教えてくれた。  
 それを認めてくれた証、と受け取っていた。  
 あれから何度訪ねていっても結界の入り口は見つけられずに。  
 会いに来てくれるのだけを待ち望んで。  
 旅に出ることを決めたのだった。  
「そうかい…気をつけて行っておいで、セレフィア」  
 魔女は腕組みして微笑む。  
 まだ、魔女の方が胸が大きいが、いずれリテアナも追いつく時が来るのかもしれない。  
 でも、そんなことよりも、なによりも、セレフィアは名を呼ばれたことが嬉しかった。  
「いってきます、ファルム」  
 水をヒレで蹴って振り返る。  
「いってくるね、リテアナ」  
 旅立ちは眩しい。  
 

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