G'HARNE FRAGMENTS  
『図書館にて』  
 
 とっつき難い。島津直子の印象を聞かれた知り合いは、大半がそう答えるだろう。  
 社交性も持ち合わせているから、周りから浮くような事は無いものの。機嫌が悪  
い時の冷徹な眼差しは、他人に気後れを与える効果が抜群だった。  
 少し切れ長の大きな目が、無言でじっと見る。これを向けられた方は、後ろ暗い  
ところが無くても落ち着かなくなってしまうのだ。一緒に下校中の女生徒達も、ず  
っと腫れ物に触るような態度で接していた。  
「おや、直子君じゃないか」  
 その為、無神経に掛けられた声に、彼女達は肩をびくっと震わせた。  
 横道から沸いた文宏が、下駄でも履いているような歩き方でやってくる。爽やか  
な優等生といった笑顔と態度なものの、何かが間違ってるような印象があった。  
「奇遇だね。僕も、今帰ってきたところなのさ」  
 親しげに近寄って来る文宏と、そっぽを向いて無視を続ける直子。板挟みにあっ  
た女生徒の一人が、不機嫌さを増す友人に恐る恐る尋ねた。  
「知り合い?」  
「そう。家庭教師の戸川さん」  
 少し間を置いて返事した後、直子は文宏の顔を見ないまま口を開いた。  
「往来で話し掛けないで下さい」  
 微塵も容赦の無い言葉に、場の空気が凍り付く。顔を見合わせる女生徒達へ、ま  
るで空気を読めていない口笛が聞こえた。  
「手厳しいねえ」  
「だから、声を聞きたく無いと言ってるんです」  
 直子は地面を睨みながら、絞り出すように鋭く言う。引き結ばれた口、強張った  
肩、白くなるまで握り締められた手。彼女の態度を見た友人達は、事情が分からな  
いなりに頷き合った。  
 だが彼女達が何かをするより先に、直子が深い吐息混じりに挨拶した。  
「ごめん。悪いけど、ここで」  
「あ、うん」  
「ちょっと待って」  
 頷いた女生徒を押し退け、他の少女が直子に近付くと。ひどい忍耐をしているよ  
うな直子へ、真摯な顔で囁いた。  
 
「何かあったら、何時でも良いから電話して。私達に出来る事なんて、たかが知れ  
てるけど。それでも、困ってるんだったら遠慮しないで」  
「違う違う。別に、そういうのじゃないから」  
 直子は気が抜けたように笑うと、文宏を先導して歩き始めた。  
 充分以上に距離を取って、少しでも文宏が近付くと鋭く制する。つかつかという  
怒ったような足取りを、友人達は困惑顔で見送っていた。  
「ま、一つ分かった事といえば。ここ最近、島津の機嫌が悪いのは、まず間違いな  
く彼のせいだろうね」  
「でも、なんだろう。話し方とか、ちょっとアレだったけど。清潔そうだし、あそ  
こまで毛嫌いする理由は分からないかな」  
「あれじゃない? 家庭教師って言ってたし、教え方が厳しいとか」  
「それかもね。嫌そうだったけど、ああして一緒に行ってるわけだから」  
 心配そうではあったが、話したところで結論は出そうもない。遠ざかる二人の背  
中を暫く見送ってから、女生徒達も帰路に着いた。  
 
 小走りに進む直子の後ろを、文宏も遅れないように歩いていた。直子は時折、立  
ち眩みでも起こしたかのようによろめき、ガードレール等に手を着く。それでも休  
む事はせず、ひたすら前へ足を運び続けた。  
 進む度に、周りの景色は文宏の馴染み深い物になっていく。彼の住むアパートが  
目に入った頃、短い悲鳴を上げて直子が電柱に両手を着いた。  
「具合が悪いのならば、手を借りるべきだと思うがね」  
「触らないで!」  
 文宏が見かねて伸ばした手は、悲鳴と共に振り払われてしまった。何事かと通行  
人から向けられる視線の中で、所在なげに文宏は自分の手を見る。自嘲が浮かびか  
けたが、直子の背中が視界に入って再び後を追い始めた。  
 直子はアパートの外壁や手摺りを伝いながら、二階にある文宏の部屋へ向かう。  
ドアの前に辿り着くと、壁に額を預けて荒い呼吸を繰り返した。  
「少し待っていたまえ。すぐに、薬を持ってこよう」  
 急いで鍵を外した文宏が、靴を脱ぎながら部屋へ上がろうとする。だが、後ろか  
ら引っ張られた為に、玄関口で倒れ込んでしまった。  
 
 受け身を取る彼の耳に、ドアの勢い良く閉じる音が聞こえる。  
 音の大きさに振り返ったのだが、文宏は口を塞がれて何も言えなかった。直子が  
首筋にしがみつきながら、余すところなく唇を合わせてくる。その舌はねっとりと  
彼の舌を追い回し、どこまでも吸い付いてきた。  
 掬い上げるように文宏の舌をなぞり、伝う唾液を飲み下す。口内の激しい動きの  
せいもあって、二人の周囲は互いの鼻息で溢れていった。  
「帰ってくるなり、凄いわね」  
 呆れの篭められた声の主へ、文宏がぼんやりとした目を向けた。  
 それはまるで、空中を揺らぐ海百合だった。星形の頭が突き出した奇怪な樽が、  
無数の触手を蠢かせて漂っている。ゆっくりと着地した樽は、五つの翼を胴に空い  
た襞へと吸い込んだ。  
「ああ、そうそう。音が外に漏れる事は無いから、心配しなくて良いわよ。今日、  
データを取ってみたんだけど。この部屋でロケットを打ち上げても、外には何も聞  
こえないから」  
 答えられない文宏達を前に、やれやれと星形の頭が左右に振られた。  
 樽の縁に五本の手がかけられ、中から白衣を着た女が現れる。頭へ手をやってヘ  
ルメットを取ると、ユリは汗の浮いた顔で息を吐き出した。  
 有機結合型船外活動服。  
 樽はそういう名前らしいが、平たくいえば『宇宙服のような物』だとユリは説明  
していた。ユリ達にとって地球の環境は適しているものの、極地での活動には欠か  
せない物らしい。  
「助けが必要かしら?」  
 近寄りながら問いかけるユリに、文宏が戸惑いを浮かべたままで頷く。だが彼女  
が尋ねたのは、涙目で頷いている直子の方だったようだ。  
 直子は片手で文宏にしがみつき、もう片方の手で彼のベルトを外そうとしている。  
しかし、バックルが鳴るばかりで作業は全く進んでいない。ユリがベルトに手をか  
けると、直子は安心したように両腕を文宏へ巻き付けた。  
「フミヒロも、自分で脱いであげれば良いのに」  
「いきなり押し倒された僕が、そんな余裕を持……んんっ」  
 文宏が唾液まみれの口を開けられたのは、ごく僅かな時間だけだった。再び塞が  
れた直子の口によって、舌の動きが封じ込められる。  
 
 前後で挟む体が柔らかいせいか、文宏も直子の舌を求め始めていた。  
 ユリは文宏を抱え込むようにして、五本の腕を伸ばす。ベルトを外しながら、文  
宏と直子の服も脱がせていった。  
「興味深いわ。似たようなシャツなのに、男より女の服の方が脱がせ易いなんて。  
私が雌性体だから、慣れてるせいなのかしら。それとも、フミヒロを脱がせる事に  
は興奮して、ナオコに対してはそれが無いからかな」  
 冷静ぶって口にしているものの、ユリの息遣いは荒くなってきていた。  
 胸を顕わにされる直子は、開かれゆく文宏の胸元に熱い視線を送る。ユリの手が  
フロントホックを外すやいなや、自分の胸を擦り付けるように触れ合わせた。  
 続いて文宏のズボンが下着ごと下ろされ、陰茎が現れたのだが。粘液の伝う直子  
の太股に触れたそれは、まだ全開の状態では無かった。  
「どうしてですか?」  
「いきなりは無理というものさ」  
 文宏の答えに納得した様子を見せず、直子は片手をスカートに突っ込んだ。ず  
ちゅっ、とたっぷり水気を含んだ音がする。彼女の脚を下りてきた下着は、幾筋も  
の糸を引いていた。  
「私はこんなに、欲しくてたまらないんですよ」  
「安心して良いわよ。それ見たら、フミヒロも高まってきたみたいだから」  
 彼の陰茎に手を添えて、ユリが色っぽい笑みを浮かべた。  
 それを聞いた直子は、嬉しそうに下着を脱ぎ捨てる。さっきよりも増えたような  
涎が、とめどなく彼女の太股を伝った。直子が文宏の腰にまたがると、スカートの  
下から熱い愛液が陰茎とユリの手に降り注いだ。  
 漏らしているような量は、すぐに文宏の股間をびしょ濡れにさせた。ぬめりの良  
くなったユリの手淫に、陰茎は一気にその屹立を増していく。  
「ああ、ううっ。はあっ、あう、く」  
「狙いは私が定めておくから、そのまま腰を下ろしなさい。早く済ませてくれない  
と、私の番が遅くなるでしょ」  
 感謝するように頷いて、直子が定まらなかった腰から力を抜いた。ユリは直子の  
脇腹を四本の腕で支えながら、文宏の亀頭を膣口へ潜り込ませた。  
 触れただけで、直子の中から涎が溢れ出る。ユリが腕を離すと、文宏の陰茎は膣  
の中へと吸い込まれていった。  
 
「あ、はあああ……」  
「入る度に熱くなるようだな、直子君の膣内は」  
「ちがいま、す」  
 少し舌足らずに甘えた口調で、直子が文宏の首にすがりついた。  
「もう、いい加減に覚えて下さい。私は、文宏さんのモノなんですよ。他人行儀な  
呼び方じゃなくて、呼び捨てでお、願いします」  
「覚えるも何も、今初めて言われたように思うのだが」  
「ず、っと言えなかったんです。シて貰ってる時は、ことばにならなくて」  
 二人が睦言を繰り返す間に、ユリの手によって文宏の上半身は裸にされていた。  
膝の辺りで引っかかっているズボンが、間抜けさを際立たせるようだ。  
「直子、でいいのかい?」  
「ふああっ、くあっ」  
 名前を呼ばれただけで達したらしい。ぎゅっと締まった膣が、陰茎を圧迫しなが  
ら更に奥へと導く。亀頭が子宮を押し上げる感触に、直子は肩を震わせて小さくイ  
き続けていた。  
 文宏の背中では、ブラを取り去ったユリが胸を擦り付け始めた。  
 彼女達の手足に絡みつかれ、柔らかい感触に包まれる。左右の耳へは、別々の吐  
息が熱っぽく流し込まれている。  
 前後から漂う女の色気によって、文宏の脳髄が痺れていく。愛おしげな直子の潤  
んだ瞳を見たのが、我慢の限界となった。  
「あう、んっ、はあっ」  
「すまないとは思、うがね。僕も、もう抑えが効かないんだ」  
「いいえ、いいえっ! 嬉しいです。私で気持ち、良くっ、なって下さい」  
「それなら遠慮無しに、たっぷり味合わせて貰うよ」  
「好きなだけっ、ああっ」  
 喜色満面で吸い付く直子を、文宏も興奮した顔で吸い返した。激しく振り合う腰  
に合わせ、上下から大きな水音が響き渡る。  
 だがそれも僅かの事で、直子は口を離して喘ぎ声を上げ始めた。文宏は再び口付  
けようとして、後ろから伸びてきた腕と唇に遮られる事になった。  
「私も控えてるんだから、忘れちゃ嫌よ」  
 笑みを浮かべて頷き、文宏がユリにもう一度キスをした。  
 
 力の抜けた直子を床に倒して、その上に文宏は覆い被さった。絡んでくる膣に分  
け入り、子宮口をつつく。腰を引きながら、離すまいと纏わりつく襞を存分に感じ  
る。一往復にかかる時間は短い物なのに、直子の体は様々な反応を返してくれてい  
た。  
 彼の背中に張り付いたユリは、少しの隙間も許さないように四本の腕を絡める。  
残ったもう一つの手で、袋を優しく揉んでおり。彼女の陰唇が触れた部分は、それ  
と分かるほどに濡れていった。  
 潰れる四つの乳房、撫でる七本の手、しがみつく四本の足。前後を覆った柔らか  
くて滑らかな感触に、文宏の思考は溶かされていく。  
 直子の華奢な肩を掻き抱いた彼は、腰の動きを更に激しくした。  
「もう、そろそろ」  
「来てっ、来て下さい! 私の子宮へ、思う存分っ流し込、ふああっ」  
「ああ。溢れるほど、たっぷり注ぐからな」  
「嬉しいっです。文宏さんの赤ちゃん産みたいん……んああっ。お願いしますっ、  
私を孕ませて下さい!」  
「てけり、り」  
 彼女の言葉に導かれるように、文宏が最も奥へと突き入れる。根元まで呑み込ま  
れた陰茎は、子宮口を押しながら精液を迸らせた。  
 どくっ、どくどくどくっ  
 尾を引く高い声を上げ、直子の背中が弓なりに反った。伸びた体に従い、膣内も  
余計な窪みを無くして精液を迎える。勢い良く放たれた分が全て子宮に流し込まれ  
ると、大きく息を吐いて直子は床に倒れ込んだ。  
 余韻に浸りながら蠢く腰が、陰茎に残った子種を搾り取っていく。一滴残らず子  
宮へ送るように、直子の膣は奥へ奥へと収縮を続けていた。  
 荒い呼吸を整える文宏と直子は、視線が合うと触れるようなキスを交わした。  
「ほら、休まないの」  
 休息を取らせる気が無いのか、ユリが文宏に密着させた腰を揺り動かす。まだ硬  
度を保った陰茎が、充分以上の熱を残した膣の中を掻き回し始めた。  
「ユリさん。少しぐらい、休ませて下さいよ」  
「そうだ。僕はともかくとして、直子には休息が必要だろう」  
 
「別に構わないわよ。私が姦ってる間、二発分注がれてなくてもナオコが我慢出来  
るなら」  
 ユリが言い終わるか終わらないかのうちに、直子が腰を大きく揺らし始める。文  
宏の意見を聞く気は無いのか、二人して口を塞ぎにかかった。  
 しかし、どうしても言いたい事があったらしい。文宏は彼女達を引き剥がすと、  
不満そうな顔へ、玄関の床を叩きながら提案した。  
「そろそろ、ベッドへ移らないか?」  
 
 場所を変えた後、直子に二度目を出してからユリと二回戦を行い。更に一度ずつ  
姦って、二人は満足したらしかった。  
 ユリは膣内に陰茎を収めたまま、体重を文宏へ預けている。直子は文宏の腕に両  
腕を絡め、彼の肩に甘えるように擦り寄っていた。呼吸が落ち着いてくると、辺り  
に満ちた匂いに気付かされる。それはまるで、汗が引くのに従って、性臭が濃くな  
るかのようであった。  
「ところで、直子。さっきの態度は何だったんだ?」  
「さっき?」  
 二人の女から、異口同音に同じ疑問が出た。  
 気にしていた自分はなんだったんだ、と文宏が苦笑しながら。戸惑う二人、主に  
経緯を知らないユリに向かって説明を始めた。  
 玄関を潜った後が嘘のように、帰り際に声をかけたら顔も向けなかった。聞かさ  
れるうちに思い当たったらしく、直子は半笑いを浮かべて頷いていた。  
「嫌われたか、と思ったのだけどね」  
「ごめんなさい。文宏さんの顔を見たら、シたくなっちゃうんです。声を聞くと、  
背筋がぞくぞくっとしますし。触られたりなんかしたら、人前でも自制出来なくな  
っちゃいそうで」  
「それ本当?」  
 横から口を挟まれても、不満そうな顔は見せなかったのだが。考え込むユリを見  
て、直子は首を傾げた。  
「ええ。ここに帰ってくるまで我慢するの、とっても大変だったんですよ」  
「日常生活に支障が出るのでは、放っておくわけにはいかないわね」  
 
「と、言われましても。どのみち、文宏さんの子供を妊娠したら、支障は出ると思  
ってましたし」  
「変化が周りから分からない場合、人間関係に軋みをもたらすわ。現にフミヒロは、  
ナオコに避けられていると感じたわけよね」  
 ユリの誘導する先に気付き、直子が慌てて首を振った。  
「遠慮します」  
「呪われた海産物どもに発情させられる犠牲者は、この先もきっと出るわ。それを、  
いちいちフミヒロが姦ってたんじゃ追いつかなくなる。何か、対策を練る必要があ  
るでしょうね」  
「なんだ、良かった。変な薬の実験台にされるのかと思ってました」  
「変な、とは失礼ね」  
 実験台にする気はあるのかよ、と直子は半笑いになった。  
 ユリ達の科学力は、確かに人類より先に行っているのだが。より正確に言えば、  
斜め上をぶっちぎった代物なのだ。  
 瞬間湯沸かし器の場合、水がお湯でなく全て水蒸気と化したり。洗濯機だと、T  
シャツのプリントや染料まで消し去る。除湿器は部屋中の物から水分を奪い、加湿  
器はインスタントコーヒーすら液体に変えた。  
 嫌な流れを断ち切るべく、直子は新たな話題を探したが。咄嗟に思いつかなかっ  
た為、とりあえず元の話題に戻してみた。  
「さっきの私、そんなに変でした?」  
「そうだな。まるで、別人のようだったよ」  
「今後は、そういうものだと諦めてやって下さい。あ、ところで。別人みたいと言  
われて気になったんですけど、同じクラスの渡辺葵って娘が最近変なんです。ひょ  
っとして、半魚人の犠牲に遭ったんでしょうか」  
「詳しく聞かせて貰えるかしら」  
 食いついたユリに、これで実験は遠ざかりそうだと、ほっとしながら直子が話し  
出した。  
「渡辺って、ろくに授業も聞かない奴だったんですけど。二週間くらい前から、真  
面目に授業を受け始めて。放課後も、図書館に入り浸っているそうなんです」  
「それを聞くだけだと、単に真面目になったとも考えられるな」  
 
 文宏の指摘に、上手く説明出来ないもどかしさが直子に浮かぶ。何度か言いかけ  
ては止める事を繰り返したが、整理しきれないままで続けた。  
「態度もおかしいんです、おしとやかになっちゃって。本人は、心境の変化だと言  
ってますし。周りも、私を含めて納得してたんですが……ごめんなさい、やっぱり  
気のせいかもしれません」  
「面白そうね」  
 だがユリは興味を引かれたようで、腕組みに頬杖というポーズを取った。  
 なかなか知的でサマになっていたものの。膣に文宏の陰茎をくわえ込んだままで  
は、いまいち知性に欠ける格好だった。  
 
 満面の笑みを浮かべた直子が、文宏と腕を組んで街を歩いていた。  
 出会って一週間にはなるものの、デートらしき物をしたのはこれが初めてなのだ。  
それ以前に、学校以外で彼の部屋を出るのも久々だろう。白衣の女が後ろに続いて  
いようと、浮かれる直子は初々しかった。  
 ユリは白衣の下に腕を三本隠しているものの、周りは少し好奇の目を向けた。五  
つに結わえた髪型も特徴的だが、町中の白衣が不可解だからだろう。  
「こういうの、ちょっと憧れてました」  
「へえ。まあ僕も、白衣の女を連れてぶらつくなんて経験は無いな」  
「違いますよ」  
 軽く拗ねて見せた後、図書館の入り口へ向かいながら直子が振り返る。何かを言  
おうとしたらしいが、ユリの持つ物への疑問が先に立った。  
「ところで、それ何なんですか?」  
 長さ十数センチ、直径二センチ強の金属製の円筒。片手で軽く運んでいる事から  
も、重い物では無いようだ。よく研磨された表面が太陽光に反射し、虹色の輝きを  
放っていた。  
「多分、必要になると思ってね」  
「半魚人対策なのかい?」  
「違うわ。ま、すぐに分かるわよ」  
 勿体ぶるように言い残して、ユリが図書館に入っていった。  
 
 平日の夕方だからか、館内は閑散としたものだ。まばらな人々は、子供から老人  
まで多様な顔ぶれだったものの。咳払いだけで大きく響くような、しんとした静け  
さに満ちていた。  
「目撃情報によると、こっちの方です」  
「その言い方じゃ、まるで幽霊か宇宙人のようだね」  
 文宏の茶々に同意しながら、直子は一行を先導する。小説や雑誌のコーナーでは  
なく、専門書の並んだ一角へと。  
 そこに、彼女はいた。  
 容姿として、特に変わったところは見られない。濃いめの茶色い髪は、二本の筋  
を引くように明るい茶色の部分がある。はっきりした印象の目や口元が、確かに図  
書館とは場違いな印象を与えた。  
 テーブルについた渡辺葵の両脇に、うずたかく本が積まれている。どっしりした  
装丁の本ばかりで、大学のレポート程度では使わないような代物もあった。  
「あら、島津さんではありませんか」  
 直子に気付いた渡辺が、優雅な会釈をしてきた。  
 普段からテラスでお茶会をやっているような、品のある仕草だ。ありふれた制服  
と茶髪が、洗練された物に見えるほどの。  
「えっと、こんにちわ」  
「はい。ごきげん麗しそうで何よりです。それで、どうかなさったのですか? こ  
こにある本で必要な物があるなら、お持ち下さって構いませんよ。流石に、全てだ  
と困りますけれど」  
 軽いウィットを混ぜつつ、まるで嫌味の無い微笑みを浮かべる。  
 変ですよね、と直子は同意を求めたのだが。文宏には、目の前の少女のどこが変  
なのか、まるで分からなかった。  
 頼りにならない様子を見て、直子がユリへと目を移す。彼女は白衣に両手を突っ  
込んで、にやにやと口元を歪ませていた。  
「てっきり、芋虫か蟹だと思ってたんだけど。円錐だったのね」  
「科学者というのは、どうしてこう無粋なのでしょう。まあ、エルダーシングと行  
動を共にしているところを見ますと。そちらの男性や島津さんに隠し立てしても、  
仕方ありませんわね」  
 
 今読んでいる場所へ、栞代わりに筆箱を置くと。渡辺葵の姿をした『何か』は、  
軽く礼をしながら向き直った。  
「わたくしは、イスの種族のレア・トバと申します」  
 それだけで説明を終えたようだが、文宏にも直子にも何も伝わらなかった。小首  
を傾げた彼女がユリを見て、二人とも知らないのを了解した。  
 少し考える間を挟んだ後、レアは二人へと語りかけた。  
「私どもは主に精神だけで旅を行い、様々な場所で研究をしております。大半が歴  
史学者ですので、主に学ぶのは各地の歴史でしょうか。わたくしは、この星のこの  
時代に興味がありましたから。こうして、渡辺葵さんの体をお借りしているのです」  
「借りる、って。渡辺はどうなったのよ」  
「御心配無く」  
 詰め寄ろうとした直子へ即答したレアは、柔和な笑みと共に続けた。  
「渡辺さんには、私の体に入って頂いています。お客様ですから、仲間が不自由な  
思いはさせていません」  
 本当かと直子に目で尋ねられ、頷いたユリが口を開いた。  
「入れ替わっている間に、危害を加えられる事は無いらしいわ。敵対している者が  
相手だとしても、変わらないそうだしね。こいつの用が済んだら、ナオコの友達も  
戻ってくるわよ」  
「信用して頂けましたか?」  
 直子は頷きかけたところで、文宏に引かれて床を転がった。  
 机の下から飛び出した緑色の塊が、ほんの少し前まで彼らがいたところに降り立  
つ。攻撃を躱された怒りで、獰猛な唸り声を上げながら文宏を睨む。潜んでいた半  
魚人は一体だけでは無かったようで、本棚の隙間から次々に沸き出して来た。  
 ユリは短く舌打ちして、白衣のポケットから取り出した石を周囲へ投げた。通路  
を滑った五つの石は、それぞれを頂点とした五角形の位置で正確に止まった。  
 ぶん、と機械的な音を立てながら、石に描かれた五芒星が発光する。次の瞬間に  
は、石で区切られた外は真っ白なだけの空間と化した。さっきまで図書館の一部だ  
ったのが嘘のように、周りの気配が完全に途絶える。慌てて体当たりした半魚人は、  
白い空間によって弾き返されていた。  
 半魚人の反応を見ても。どうやらこれは、周りへの被害を避けるというより、増  
援を来させない為の処置なのだろう。  
 
「やられたわね。忌まわしい海産物は私が引き受けるから、フミヒロ達はあいつの  
相手をお願い」  
 レアと名乗った女は、この騒ぎにも悠然と椅子に腰掛けていた。  
「奴は、上品ぶったイスじゃないわ。おそらく、イェーキュブとかいうゲスどもよ。  
周りのクズは、呼び寄せたそいつを封じない限り、いくらでも沸いてくるでしょう  
ね」  
「そう言われても、どうすれば良いのさ」  
「姦り倒して。奴がイけば、体との同調性が下がるだろうから。ナオコはタイミン  
グを逃さず、これを操作して」  
 円筒の底部カバーをスライドさせると、ユリは赤いスイッチを示した。頷いた直  
子は、放られた円筒を両手でしっかりと抱え込んだ。退路を断たれた半魚人と、役  
割を確認し終えた文宏達。  
 それぞれが、じりじりと立ち位置を移動させていく。  
 一体が跳び上がったのを合図に、半魚人達は一斉にユリへと襲いかかった。迫り  
来る半魚人達を見下しながら、彼女は笑って口笛を吹いた。  
 ユリの頭上の空間が、奇妙にぶれる。激しい光の渦が巻き起こった後、一斉射を  
終えた樽が降下を始めた。目線の高さまで来た樽の翼を掴んで、ユリがその上へ身  
軽に飛び乗る。樽から辺りを見下ろす彼女に、半魚人の恨みの篭った視線が集まっ  
た。  
 どれもが大なり小なり傷を負い、倒れた者も少なくない。攻撃に集中し過ぎたせ  
いで、躱す事もままならなかったのだろう。  
 両者が睨み合う間に、文宏と直子がレアの元へ辿り着く。逃げようともしない彼  
女を、二人は机の下へと押し倒した。  
 
 よほど自信があるようにも思えたのだが、レアはあっさりと快楽に堕ちた。  
 短い水音を連続させながら、文宏とレアが互いの口内を貪っていく。レアは喉を  
伝う唾液を味わい、どんどん鼻息を荒くさせていった。  
 間近に見守る直子が、かたかたと鳴る金属筒へ不気味そうな視線を向ける。だが、  
震えているのが自分の手だと気付いて、抑え込もうと深呼吸を繰り返した。  
「弱いわね。しょせん貴様らなど、科学の前には塵に過ぎないわ」  
 
 ユリの怖い笑い声に続き、爆発音と振動が届いてくる。質の悪い焼き魚に似た、  
食欲が減退しそうな臭いも漂う。気を紛らわせようと目の前の光景に集中すれば、  
興奮で下腹部が熱を持つ。  
 恐怖と性欲。そのどちらにも没入出来ない状況に、直子の内心は愚痴で満たされ  
ていった。  
「味覚器官を触れ合わせているだけなのに、頭が熱くなってきます。記録では知っ  
ておりましたが、キスというのは不思議な味がするのですね」  
「どんな味なのかな」  
「張り裂けそうなくらい、甘酸っぱいもので胸が満たされておりますわ。不可思議  
な習慣だと思っていたのは、わたくしの不明でした。この星の人間が、こうした行  
為を好むのも当然ですわね」  
 苛々していた直子は、場違いなまでに幸せそうなレアへ鋭く告げた。  
「ふざけないで。好きな人とするから、舌を絡めるだけでも気持ち良く感じるのよ」  
「それも大概、ふざけた意見だと思うけどね」  
 文宏のツッコミに、彼女は口を尖らせる。だがそんな二人には構わず、深く納得  
した顔でレアは言った。  
「では、わたくしは貴方が好きなのですね」  
 レアが再びキスを求めるところへ、肉のひしゃげる音が降ってきた。  
 笑うような声と共に、光線が煌めき続いていた。床に叩きつけられた魚の頭と目  
が合ってしまい、直子が泣き笑いで天井を見上げる。しかし机の下にいる為、間近  
な暗がりに圧迫感を味わっただけだった。  
「あんっ、とても熱いですわ」  
 荒い息を吐き出しながら、レアがシャツのボタンに手をかける。身動きでバラン  
スを崩した彼女は、文宏の膝の上へ座り込んだ。  
 くちゅり  
 捲れ上がったスカートの下で、水分を吸い過ぎた下着の感触が文宏へ伝わる。当  
惑するレアと対照的に、確信に満ちて文宏は手を伸ばした。肉感的な太股を伝うと、  
いくらも進まずに彼の指は濡れていった。  
 文宏が布越しに指先を滑らせると、背筋を反らしてレアが息を吐く。震える肩を  
縮めながら、彼女は怯えたような目を彷徨わせた。  
「なんですの、これ」  
 
「感じてるんだよ。洪水のように、溢れてきてる」  
「ああ、愛液ですのね。わたくしの秘所が、貴方を迎える準備を整えたという事で  
すか。ようやく、分かった気がしますわ。さっきから胸が苦しいのは、ここを埋め  
て頂いていないからですね」  
 下着をずらしたレアが、指先で陰唇を開く。とろとろとした涎が流れ、文宏のズ  
ボンへと落ちていった。  
 湿ったズボンが肌に張り付く感触は、不快感どころか快感だけを文宏に味合わせ  
たようで。突き上げる陰茎によって、股間の生地が痛々しいほどに突っ張られてい  
た。  
「お願いですわ。どうか、私の膣内を貴方でいっぱいにして下さいませ」  
「てけり、り」  
「あら、まるでショゴスのような声を出されますのね」  
 のんびりしたレアの感想は、押し倒された事で続けられなくなった。  
 ずるっと下着を引き抜いた文宏が、自分の体でレアの股を割る。下ろしたズボン  
から陰茎が飛び出すと、彼女自身の指で開かれた陰唇へ入っていった。  
「う、ああっ」  
 レアが歓喜の声を上げながら、両手足を文宏へ巻き付ける。背中ごと尻を抱え込  
んだ文宏は、応じるように荒々しく突き入れた。  
「これですわっ。私が求めていたのは、貴方との結合だったのですね」  
「気持ち良いかい?」  
「勿論で、ん、あんっ……これ、はとっても合理的ですわ。生殖行為が快楽を与え、  
ふああっ、なんて素晴らしいんでしょう」  
 陰茎の形を確かめるように、レアの腰は蠢いていた。  
「私は今ま、で間違っていました。知識とは、記録だけを調べても、本当の理解は  
出来ないのですね。体験して初めて、その本質に触れる事が出来るのですわ」  
 激しい腰の振りによって、辺りに水音が響く。至近で浴びせられる直子だが、興  
奮する余裕は無かった。机の外での戦いは激しさを増し、半ば崩れた半魚人が床に  
点在しているのだ。  
 軽傷の者は当然のように立ち上がり、重傷の者も無理にでも体を起こす。壮絶な  
挑み方をする半魚人へ、含み笑いと共にユリが言った。  
 
「何度やっても同じ事よ。力任せの貴様らでは、私に掠り傷一つつけられないわ。  
過去に我らが不覚を取った時のように、圧倒的な数の差があればともかく。十や百  
で私に挑むなんて、自殺志願としか言えないわね」  
 なんと嘲られようとも、半魚人達は戦いを止めようとしなかった。  
「げ、げ、が、うが=なぐる、だぎゃ」  
「ぎゃ、ふんぐるい、ぎゅ、ぎょ」  
「来なさい。数の違いが、戦力を決定する要素では無い事を教えてあげるわ」  
 ユリの口笛を合図に、戦闘は再び激しさを増す。だが机の下では、肌を打ちつけ  
合う音の方が大きく響いていた。  
「どうかっ、どうか私に教えて下さいませ」  
「何を、ふう、教えろと言う、んんっ」  
「生殖の、本質をです。あなたに、受精させて欲しいんですっ。そうしたら私、何  
かが分かるような気が、あふっ、するのですわ……あんっ」  
 レアの言葉のせいか、文宏の腰使いが更に勢いづいた。  
 びくっと脈打つ陰茎を感じて、レアの膣も奥を膨らませて待ち受ける。期待に震  
える子宮口に触れ合ううちに、陰茎の先端が大きく膨張した。  
「だ、めだ。僕はもう、くうっ」  
「どうか、どうか存分に注いでくださいませっ。ああ、分かってきました。こうし  
て繋がる間にも、くあっ、どんどん貴方を好きになっていますわ。だから、こんな  
にも貴方の子供を孕みた……いっ、いいです。だめ、もう何も考えられませんっ」  
「イくよ!」  
 声も無く喘いだレアが、何度も首を縦に振る。彼女の太股を抱き寄せて、文宏は  
思い切り精液を吐き出した。  
 どくんっ、どくどくっ  
 床に広がった髪に顔を埋めながら、残らず子宮へ流し込んでゆく。下になった少  
女は、半開きの目でぼんやりと彼を見るものの。その腰は、射精を促すような円運  
動を続けていた。  
 
 余韻に浸る男女の横で、直子が虹色に発光する円筒を見つめる。赤いボタンは押  
したものの、成功したのか失敗だったのかも分からないのだ。  
「もう、手を離しても大丈夫よ。良くやったわ」  
 
「どうなったんです、これ」  
「十一次元における極小単位での振動が、特異な……つまり、吸い込んだのよ」  
 ユリに金属筒を渡すと、ほっとしたように直子が肩の力を抜いた。  
「それじゃ、成功したんですね。あ、半魚人達は?」  
「片付けたわ。もっとも、こいつの尋問が終わるまでは安心出来ないけれど」  
「渡辺は、大丈夫なんでしょうか」  
「こいつが入っていた体の主の事なら、心配いらないみたいよ」  
 金属筒でユリが示す先に、文宏と繋がる制服姿の少女が見えた。さっきと変わら  
ない光景のようだが、近寄ってみると直子にも違いが聞こえてきた。  
「あんた誰よ。ていうか、なんであたしに突っ込んでるわけ」  
「渡辺葵君、だね。話すと長くなるから、とりあえず離れようか」  
 文宏が抜こうとしたのだが、脚を回した葵によって引き留められた。  
 戸惑う文宏以上に、葵が混乱した様子を見せる。文宏が再び腰を引きかけると、  
またしても葵が体ごとついてきた。同じ事の繰り返しではなく、今度は少女の口か  
ら切なげな吐息が漏れた。  
「うわ、あたし中に出されてない? ちゃぷちゃぷって、音がしてる。すっげえ、  
やらしいんですけど」  
「そんなに腰を動かされたら、僕も我慢しきれないんだけどね」  
「いきなり犯しといて、何言ってんのよ。あたしが図書館で整理……て、ちょっと  
待って。あんっ、だめ、なにこれ。こんなに感じてるの、あたし初めて」  
「あんたが体を乗っ取られてたから、文宏さんが戻してくれたの」  
「島津?」  
 急に現れた知り合いの顔に、葵は驚いたようだ。頷き返した直子が、二人を引き  
剥がそうとしながら言った。  
「もう終わったんだから、離れなさいよ」  
「それじゃ、ここって地球なんだ。でもおかしいな、帰る時には記憶を消すとかな  
んとか、ふあっ」  
 葵は考えながらも、腰の動きを速めていく。上下動に捻りを加えながら、膣全体  
で舐め回しているようだ。どうやっても外れない足を前に、直子は意地になって力  
を加える。  
 それすらも刺激に変えて、葵と文宏は息を荒げていった。  
 
「あたしん中が、すっごい掻き回されてる。文宏さん、だったっけ。それじゃ、あ  
たしを助けてくれたんだ」  
「といっても、こうして役得を味わっただけだけどね」  
「お礼、しなくちゃね。あたしの事、好きにしていいよ。いつでもどこでも、シた  
い時にシていいから。中に出したいなら、くあっ、子宮から溢れるぐらいに、いっ  
ぱいにしちゃって!」  
「あんたね。それのどこが、お礼だって言う、んっ」  
 直子は文宏に口を塞がれて、しばらく不機嫌そうなふりをしたものの。すぐに自  
ら腕を絡め、積極的に応じ始めた。  
 邪魔が無くなった葵は、目を閉じて陰茎を深く味わっていった。  
 その喧噪へ苦笑しながら、ユリが机の上に腰掛ける。二本の腕で支えた金属筒を  
操作すると、外壁が透明となって内部が見えた。筒が傾けられ、黒っぽい液体がゆ  
っくりと流れる。  
 液体は何らかの生命体らしく、不自然な波打ちを起こしている。体の一部を触手  
のように伸ばすと、外壁にへばりついた体表面が脈打った。  
「さて、聞かせて貰おうかしら。まずは、お前が何者なのか」  
「何者と言われましても。先程申し上げたように、イスのレア・トバですわ」  
 円筒につけられたスピーカーから、女の声が流れる。特徴の無い電子合成音だが、  
彼女の冷静さは充分に伝わってきた。  
「言えないって事ね。ま、お前が誰でも構わないわ。問題なのは、連中に私達を襲  
わせた理由よ。この前の報復なら話が早いけど、それ以外となると見当がつかない  
の。返答次第では、解放しない事もないわよ」  
 条件が良かったのか、答えが簡単だったのか。今度は、すぐに返事があった。  
「無関係ですわ」  
「つまり、前の報復では無い、と」  
「違います。私が彼ら、ディープ・ワンとは関わりが無いと言っているのです」  
「下らない言い訳は、募集してないわよ。だったら、連中が襲いかかって来た時、  
なんで平然としてたの。お前が手引きしたのでなければ、説明つかないでしょう」  
「呆れましたわね。合理性を欠くどころか、単なる言いがかりをなさるとは。もう  
少し、冷静になって考えてごらんなさい。あの時、私が動かなかった理由なんて、  
一つしかありませんわ」  
 
 そう言われて、ユリも思い返しながら考えてみた。結界を張る前にも、逃げる機  
会はいくらでもあったのだ。こうして掴まっておきながら、出来る事。すぐに、足  
止めだという可能性が浮かんだ。  
 緊張を走らせた彼女へ、金属筒から躊躇いがちに正解が告げられた。  
「腰を抜かしておりました」  
「ちょっと待て」  
「お恥ずかしい話なのですが、荒事とは無縁でしたから。あの方が助けて下さらな  
かったら、巻き添えで大変な目に遭っていたかもしれません」  
 罠にしては、確かにまるで苦戦しなかった。ユリ達を不利な状況へ追い込むなり、  
油断するよう仕向けられてもいない。そもそも、図書館へは呼び出されて来たので  
も無いのだから。  
 それに何より、どの可能性よりも一番筋道が通りそうな答えだった。  
「もしかして貴女、本当にイス族のレア・トバさん?」  
「自分が自分自身である事を証明するのは、とても難しいのですね。これは別に、  
体験したくもありませんでしたが」  
 慌てて態度を改めたユリが、レアに平謝りに謝った。  
 ただ、どれだけ誠意があろうとも。机の下から響く艶っぽい音の中で、金属の円  
筒に謝罪する姿は、間の抜けたものにしか見えなかった。  
 
 
終  
 

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