G'HARNE FRAGMENTS  
『博物館にて』  
 
 
 社会学の山田ゼミが、アメリカ東海岸へフィールドワークに出掛けたのは二ヶ  
月前。そして、帰ってきたのは二人だけだった。  
 山田教授を含めた参加者は十数名いたが、ほとんどが行方不明になったのだ。  
重傷を負って病院に運ばれた二人も、何が起きたかについて口を閉ざしていた。  
既に登校している一人によれば、米政府関係者に口止めされたらしい。  
 詳しく聞きたがる好奇心の強い者が出ても、おかしくは無いはずだ。しかし、  
そんな者は誰もいなかった。  
 同じ理由からだろう。もう一人の当事者、伊藤葉子が久々に登校して掲示板を  
眺めているのを見ても。知り合いだった者達すら、無言で通り過ぎていった。  
 葉子はギプスで固めた片足を、一本の松葉杖で支えていた。ぐるっと頭に巻か  
れた包帯の下で、ばさばさになったセミロングが風に揺れる。遠巻きにする学生  
達に気付かないはずが無いのだが、まるで気にしていないようだ。  
「やあ、葉子じゃないか。久しぶりだね」  
 声を掛けた文宏は、じろっと見返されても爽やかな笑顔を崩さなかった。  
 山田ゼミの生き残り、戸川文宏と伊藤葉子。浮かぶ表情こそ、微笑と無表情で  
異なるのだが、二人は全く同じ目をしていた。  
 まるで生気を感じさせない、死んだ魚のような目。  
 文宏と話した者は誰もが、この目に言い知れぬ畏れを感じさせられた。何か、  
触れてはいけない領域の匂いがするのだ。事情を追求するどころか、関わろうと  
する者すらいないのは、そのせいだった。  
「久しい、の定義にもよるが。それほどでも無かろう」  
「一週間ぶりというのは、僕にとっては久しぶりなのさ。ところで、何を見てい  
たんだい?」  
「休講の告知だ。来てはみたものの、どうやら無駄足だったらしい」  
 葉子は掲示板を指しながら、淡々とした声を出す。貼り紙に目をやった文宏は、  
肩を竦めてみせた。  
「電話をくれれば、午後の授業が潰れたのを教えてあげたんだけどね」  
「確かめたい事もあったからな」  
 携帯を取り出した葉子が、少しいじってから放り投げる。受け取った文宏は、  
促されるままに表示されたメールを読み始めた。  
 差出人は、文宏も葉子の友人として知っている、同じ大学の女だ。素敵な人達  
と知り合ったから、こちらに来て欲しい。メールは拙いながらも一生懸命に、ど  
れほど友好的な相手かを力説していた。  
「彼氏の斡旋を読んで羨む趣味など、僕には無いよ」  
「彼女にしては、言葉遣いが不自然なんだ」  
 横から文宏の手元を覗き込んで、葉子が別のメールを表示させた。  
 二ヶ月少し前の文面は、差出人は同じだが口調がまるで違う。文法は整ってい  
るものの、スラングを多用した汚い言葉が並んでいた。  
「もう一つ疑問点があってな。本人が、あそこにいるんだ」  
 葉子が顎で示した先に、芝生で騒ぐ女達がいた。  
「確かめたのかい?」  
「ああ。ここ数日、私にメールを送った事は無いそうだ。午後も空いたからな、  
どうすべきか少し考えていた」  
「せっかくの御招待だ、応じてみようじゃないか」  
 文宏は携帯を葉子に返すと、校舎の影から出て歩き始めた。  
 煉瓦敷きの上を進む学生達は、残暑の厳しさに汗を拭っている。たまらず自販  
機に駆け寄った者同士で、売り切れランプの多さに苦笑を交わす。大声で怒鳴る  
ように会話する一団が、学食へ向かって二人の周りを追い越して行く。そんな喧  
噪に囲まれて、文宏が少し先で振り返った。  
 こつ、こつと松葉杖をついて、葉子が文宏の隣に並ぶ。歩調を揃えて歩き出し  
ながら、彼女は無表情のままで呟いた。  
「お前はもう、何からも逃げられないのだな」  
 その声は無機質だが、どこか憐れむような響きがあった。  
 
 道を聞きに入ったバイク屋で、目的地が廃業した博物館だと教えられた。絵や  
彫刻をやっていた頃は良かったものの、家具や蝋人形に手を広げて潰れたのだそ  
うだ。  
 大通りから少し入ると、すぐに分かると言われた通りの建物が見えてきた。コ  
ンクリートを主にした洒落た外観で、小さな美術館のような風情がある。黒い正  
門は閉ざされており、営業を再開したような気配は無かった。  
 辺りを見回しても、これといって目につく物は無い。こうしていても仕方がな  
いと、葉子がインターフォンを押した。  
『どなたですか?』  
「伊藤葉子だ」  
『待っていました、中へどうぞ』  
 ロックを外れた音を聞き、文宏が門を押し開ける。彼は葉子を帰らせたかった  
ようだが、彼女は構わず扉に手をかけた。  
 玄関ホールから広い空間になっていて、二階へ続く吹き抜けの階段があった。  
大きな窓から差し込む陽光が、閑散とした室内を照らし出している。壁にかかる  
絵よりも、布で覆われて床に置かれた額の方が多いようだ。観葉植物の名残なの  
か、土を引き擦った跡が薄く線になっていた。  
「有名な作家は無いが、ただのシュールレアリズム作品のようだね」  
「待て。この文字は何だ?」  
 一枚の絵に見入った葉子が、懐からメモ帳を引っ張り出す。皮の装丁で、シス  
テム手帳のようにしっかりした物だ。ページを繰る葉子へ、手帳に興味を引かれ  
た文宏が尋ねた。  
「もしかしなくても、それは山田先生のかな」  
「アメリカ政府は返すのを渋ったが、中身を写させる事で納得させた。有無を言  
わせずに没収すると思っていたから、少し意外だったよ」  
 協力して欲しいのかもな、と続けながら葉子は手帳を閉じた。  
「分かったのかい?」  
「ああ、考え過ぎたらしい。よく見てみろ、キリル文字を鏡写しにしただけだ」  
「ロシア語なんて、僕はさっぱりさ」  
 自分もだと答えた葉子が、壁にかけられた絵を順に見ていく。二人に分かった  
のは、知っている絵など一つも無い事で。それはつまり、債権者が価値の無い物  
を置いていっただけだと察せられた。  
「こっちですよ」  
 張り出した壁で遮られた奥から、声が掛けられた。目を見交わした二人は、文  
宏が先になって近付いていった。  
 その部屋は、元は展示室だったのだろう。ベージュで統一された室内に、彫刻  
や布のかかった額が点在している。部屋の中央には、西洋風のアンティーク椅子  
があり。そこに腰掛けた人影が、待ち人へと片手を挙げた。  
「よくも、のこのことやって来やがりましたね。戸川君も一緒とは、好都合です」  
 黒のワンピースに、白いエプロンとカチューシャをつけた少女だ。メイドのよ  
うな格好だが、二人の注意を引いたのは服装では無い。椅子の後ろで、操り糸を  
動かしている相手だった。  
 巫女服を着た若い女が、前髪の隙間から覗くように見ている。ボブカットに揃  
えたピンク色の巻き毛は、背中の無数の羽が起こす風で、さらさらと揺れていた。  
「まず、嫌で仕方ないんですが、形だけでも謝っておきます。伊藤君をおびき寄  
せる為に、友人の名前を借りました。ごめん、伊藤君の友人。さて、きちんと謝  
りましたし、二人とも私を崇めながら聞いて下さい」  
 全く動かない口の代わりに、羽が細かく震動する。ブーンという音が混ざる事  
からしても、会話は羽音で行っているようだった。  
「私の名前は、アルタ・ヴェグといいます。特技は外科手術です。別の星、じゃ  
なくて国から来ました。日本語は難しいので、何か気に障ったらそれは言葉の壁  
です」  
 不自然な動作を見るまでもないが、椅子の上の少女は人形らしい。肌の質感な  
どはリアルなものの、可動部に線が入っていた。  
 何より、動かす人が見えていては、全てが台無しだった。  
「話というのは、この家の事です。最近購入したんですが、少し問題がありまし  
て。アメリカでの事を知ったので、お前らに協力させてやろうと思ったんです。  
脳味噌を取り出させ、ではなく調査に協力して下さい」  
 
 二人の視線が、操る人物に向いているのに気付いたのだろう。アルタの動かす  
人形が、大きな身振りで二人に指をつきつけた。  
「会話する時は相手の顔を見る、といった程度の礼儀も知らないんですか」  
「これほど困ったのも久々だ」  
 どこからツッコんだら良いか悩む葉子に代わり、文宏が一番の疑問点を尋ねた。  
「なぜ、巫女服なんだい?」  
「この服がミ=ゴ服に見えるなんて、あなたの目は腐ってますね」  
 人形が忙しく自分の服を示した事で、糸が絡まってしまったようだ。髪の毛を  
白っぽく変えながら、アルタは焦った目で解き始めた。  
 頭を掻いた文宏が、ユリ特製のボールペンを出しながら近付いていった。ボタ  
ンを押すと、ぐにゃりと変形してハサミになる。間近の気配にアルタが目を上げ  
ると、文宏は笑顔で糸を引き寄せた。  
「すみません」  
 小声で感謝するアルタに頷いて、文宏は糸をハサミで切った。  
 こてん、と倒れた人形を呆然とした目で見たアルタが、自分の手元に残された  
糸へと視線を移す。何度か行ったり来たりさせた跡で、髪を赤く変化させながら  
文宏に怒鳴りつけた。  
「何してくれやがるんですか!」  
「遠慮しなくても良いよ。僕は、困っている女性を見過ごせない性分でね」  
「原因ごとぶった切られて、誰が喜ぶんです。そんなの、部屋にゴキブリが出た  
と言って、惑星ごと爆破するようなものですよ」  
 アルタは怒りに任せて叫んでいたが、何かに気付いたのだろう。驚いた目で文  
宏を見ると、羽をばたつかせて大きく距離を取った。  
 離れた位置から二人を警戒しつつ、彼女は不敵な含み笑いを始めた。  
「私の完璧な偽装工作が、見破られるとは思いませんでした。さすがは、あの方  
に関わって生き残りやがっただけはありますか。てめえらの知識への期待が、ま  
すます膨らみますね」  
「完璧?」  
 何のどれか見当がつかずに、葉子が首を捻る。馬鹿にされたと思ったのか、ア  
ルタは悔しそうに二人へ指をつきつけた。  
「さっさと吐かないと、大変な目に遭いますよ」  
「参考までに、何を言えば良いのか教えてくれないかい?」  
 文宏の質問を聞き、アルタの髪が真っ赤に染まる。前髪の下から覗く目も、激  
しい怒りに輝き出す。しかし、口元に笑みが浮かぶと、燃えるような髪はピンク  
へと戻っていった。  
「そうですか。正直に白状すれば、おもてなしする気もあったんですけど」  
「質問も聞かずに、答える事は出来ないな」  
「脳味噌まで頑固そうですね。だったら、自分から言いたくなるようにしてあげ  
ますよ」  
 羽ばたいて浮かび上がったアルタが、文宏の前へと降り立つ。身構える彼に近  
付くと、上目遣いで囁いた。  
「私の、忠実な愛の下僕にね」  
 文宏を両腕で引き寄せて、アルタが口付けた。  
 
 唇と唇の触れ合う、軽いキスが続けられていく。戸惑う文宏が視線を彷徨わせ  
ようとすると、頬を両手で挟まれて向き合わされた。  
 アルタの頬は内側の熱で火照り、瞳は潤んだようになっている。  
 ごくり、と喉を鳴らした文宏に気付き、アルタは微笑みかけた。押しつけられ  
たアルタの体から、柔らかい胸や華奢な体の感触が伝わる。文宏の視界で、彼女  
の唇の濡れが存在感を増していった。  
「何かと思ったら、色仕掛けか」  
 冷淡に評価する葉子へ、アルタは笑いを含んだ目を向けた。  
「余裕ぶっていられるのも、今のうちだけです。快楽の虜となれば、戸川君が何  
でも話してくれるでしょう」  
「私も文宏も、隠し事をした覚えは無いがな」  
「言い訳をしたって、もう遅いんです。てめえの悔しがるザマを見ながら、彼と  
楽しんであげますよ。ま、私の綿密な計画に引っかかった段階で、お前らの破滅  
は決まっていましたけどね」  
 葉子は首を傾げたが、彼女の顔は無表情のままだった。余裕があるようにも見  
える仕草に、闘志を燃やしてアルタが口を開いた。  
 
 甘い吐息を文宏へ余さず届けるように、ぴったりと口が合わされる。  
 舌先で口内を探るアルタへ、すぐに文宏も応じた。互いの舌の弾力を味わいな  
がら、絡み合っていく。繋がる舌を通り、唾液が相手へと流し込まれ。扇情的な  
眼差しで、アルタは文宏に分かるように喉を鳴らしてみせた。  
「そういえば、この建物に問題があるんだったな。聞きたいのは、それか?」  
 欠陥住宅なら対処出来んぞ、と言う葉子に返事は無かった。  
 やり方を変えたのか、アルタは劣情を煽るような演技を捨てていた。両腕で文  
宏の頭を抱え込み、必死になって口に吸い付いている。荒い鼻息と激しい舌遣い  
が、広い室内に満ちていくようだ。  
 目を閉じたアルタは、一心不乱に唾液を飲みつつ、自分の体を文宏に擦り付け  
ている。抱き留める文宏の手が羽を邪魔していないのを確認して、葉子が訝しげ  
に尋ねた。  
「口が塞がっていても、返事は出来たはずだな」  
「なんっ、何ですか。邪魔しようとしても、ふわわっ、そうはいきませんよ。て  
めえはそこで、戸川君が快楽に堕ちるのを見物してれば良いんです」  
「文宏より、お前の方が虜になっているように見えるぞ」  
「挑発して離れさせようなんて、考えが浅いですね。こんなに気持ち良いのを横  
取り、じゃなくて。戸川君を助けようという魂胆でしょうけど、くうっ、ひっか  
かりませんからね。でも、飲む度に体が熱くなっちゃうのは、何故なんですか」  
 それを聞いた文宏が、顔を離そうとする。彼の気配に気付き、アルタが愕然と  
した目で必死になってしがみついた。  
 前が乱れて転がり出た乳房が、シャツ越しに文宏の胸に押しつけられ。腰を引  
き寄せる脚によって、合わさった股間の湿り気が伝わる。向き合うアルタの流す  
涙に、文宏は腕から力を抜いていった。  
「離れちゃ嫌です。なんでもしますから、もっともっと気持ちよくさせて下さい」  
「あのな。文宏は、お前の疑問に答えようとしてるだけだろ」  
 本当ですか、と見上げるアルタに文宏が頷く。おそるおそる離れたアルタへ、  
文宏は唇の触れる近さで話し掛けた。  
「怪しい科学者のせいで、正義の戦士とやらにされてね。僕の体液は、催淫効果  
を持ってしまったようなんだ」  
「だったら、こんなに体が熱いのは戸川君のせいです。責任取りやがれ」  
 羽を震わせながら、アルタが再び口を合わせた。  
 両手両足で抱きつかれた文宏が体勢を崩し、後ろへひっくり返りそうになる。  
彼を抱き締めたままアルタが羽ばたき、ゆっくりと押し倒す。カーペットに横た  
わった文宏へ、アルタは体を擦り寄せていった。  
 服に遮られるのが、我慢ならなくなったのだろう。文宏のシャツを脱がし始め  
るアルタを見ながら、葉子が二人へ声を掛けた。  
「しばらく、かかりそうだな。その辺りを調べてくるから、終わったら教えろ」  
 歩き去る気配に、見当だけで文宏が手を振る。アルタは目に嫉妬を宿らせなが  
ら、その手を取って自分の服の中へと導いた。  
 腕に伝わる細い腰の感触が、文宏の股間を苦しくさせる。満足そうに目を細め  
たアルタは、脱がし終わった彼の裸の胸へと倒れ込んだ。  
「ふあああっ、あんっ」  
 肌同士が触れ合っただけで、アルタの羽が痙攣した。  
 胸いっぱいに広がる乳房の柔らかさに、文宏の呼吸が荒くなる。ズボンと袴を  
脱がせあった二人は、顕わになっていく脚を絡めた。アルタの内股を伝わる淫液  
が、漲る陰茎の周りへと流れ落ちていった。  
 腰を下ろしたアルタにより、触れ合う寸前まで近付く。待ちきれない様子の文  
宏を押さえながら、歯を食いしばってアルタは囁いた。  
「さっき私が言ったのは、全部嘘です。なんでもするというのは、あくまで戸川  
君を欺く為なんです。今こそ、ふわっ、誓いなさ……あんっ」  
 話の途中だが、我慢しきれなくなったのだろう。上体を起こした文宏が、アル  
タの腰を掴んで突き入れた。  
 膣内はまるで、菌類の棲息地のようだった。襞の一つ一つが、めくれ上がって  
陰茎に巻き付いてくる。根元まで埋められたアルタの体内が収縮し、形を覚える  
ように隙間なく密着していった。  
「ふあっ、先走りだけで、こんなに美味しいなんて。やんっ、精液注がれちゃっ  
たら、どうなっちゃうんですか。あ、ああんっ」  
 アルタに吸い付かれた文宏が、気持ちよさそうに息を吐いた。  
 
 彼女の頬を流れる涙に、前髪を上げて覗き込む。髪の毛まで真っ赤にさせたア  
ルタは、悦びに緩んだ口の端から涎まで垂らしている。快楽に蕩けきった顔に屹  
立を増しつつ、頬を摺り合わせた文宏は耳元へ囁いた。  
「話の途中なのに、すまなかったね。それで、僕は何を誓えば良いのかな?」  
「お願いします。戸川君の言う事を何でも聞きますから、いっぱいシて下さい。  
いつでもどこでもブチ込める、あんっ、下僕でも何にでもなります」  
「下僕なんて、僕の趣味じゃないね」  
「だったら、下僕になんてなりませ、んっ、からあ」  
 文宏が微笑んで口付けると、羽を大きく震わせてアルタが達した。  
 肩以上に痙攣する膣内が、陰茎を撫で上げていく。腰の動きを大きくしようと  
文宏が抱き寄せると、その手がアルタの羽の根元に触れた。  
「ひあっ、だめえっ、溶けちゃう。ふああっ」  
 ばたばたと羽が動き、はっきり感じるほどの風が吹き付けてくる。啜り泣く顔  
を左右に振りながら、アルタは半開きの口から唾液を溢れさせた。  
 慌ててずらした文宏の手に、今度は柔らかい尻の感触が伝わる。両腕でアルタ  
を引き寄せて、文宏は彼女の膣内を存分に掻き回し始めた。  
「それにしても、君の中は随分と深いんだな。奥まで届く気配すら無いよ」  
「実は私、菌類なんです。この体は見せかけで、あふっ、中は全部そうです。な  
ので、地球人でいう子宮は持っていません」  
 言いながら膣内の菌糸が蠢いて、しっかり陰茎を受け止め始めた。  
「でも、代わりに。中に注げば、ふあっ、私の体の隅々まで戸川君の精液が行き  
渡りますよ。頭のてっぺんから、足のつま先まで。私の体内全てを、あなたの精  
液で犯したくありませんか?」  
「てけり、り」  
「って、ちょっと待って下さい。さっきの怪しい科学者って、もしかし、んんっ」  
 文宏に口を塞がれて、すぐにアルタも応じ始めた。  
 舌を絡ませながら、激しく腰を打ち付け合う。羽ばたきで浮きかけるアルタを  
文宏が抱き寄せると、それが注挿の勢いを増して二人に快楽を与える。射精感の  
込み上げた文宏は、両腕を彼女の背中に回して羽の付け根を撫でた。  
 喉を反らしたアルタの無数の羽から、可聴域を超えた音が発せられる。文宏は  
陰茎を彼女の体内へ入れきって、絞り上げる菌糸に逆らわずに注ぎ込んだ。  
 どくっ、どくどくっ  
 流し込まれる精液を、アルタの体内が音を立てて吸い込んでいく。満足しなが  
ら味わっていた彼女だが、萎える気配の無い屹立に、嬉しそうな笑みを浮かべた。  
「満足するまで、シていいですよ。思う存分、注ぎまくって下さい。私の体のど  
こを切っても、てめえの精液が出てきちまうぐらいに」  
 じゅるっと飲み込んだ音を合図に、文宏が腰を突き上げ始めた。膣孔は彼の動  
きに合わせて、どんな形にでも自由に変化する。行きつ戻りつする陰茎へ、襞は  
アルタの手足と同じように、隙間無く密着し続けていた。  
 
 文宏が満足するまで出し尽した頃には、アルタに体力の限界が来ていたらしい。  
汗まみれで眠り込んだ彼女に服を着せ、文宏は葉子を呼んできた。  
 時間のかかった事や匂いの凄さを、葉子が無表情で淡々と指摘する。しかし、  
それ以上の感想は無かったようで。換気に窓を開けた後は、最近の文宏に起こっ  
た事を聞きながら、アルタの目覚めを待った。  
 半魚人、ユリの改造、他人に憑依する者。到底信じられない内容のはずだが、  
話を聞く葉子に疑っている様子は無かった。  
 差し込んだ夕陽で、部屋が赤く染まりかけた頃。ようやく目を醒ましたアルタ  
は、一礼して話し始めた。  
「落ち着いて、ようやく気付いたんですが。確かに私、てめえらに何を聞きたい  
のか言っていませんでしたね。ごめん、日本語を作った人達。さて、謝罪も済み  
ましたし、本題に入るとしましょうか」  
「その前に、一つ聞いても良いかな」  
 文宏が尋ねると、何故だかアルタはニヒルな笑みを浮かべた。  
「いいですよ。なんだかんだ姦って、私の魅力に屈服したようですね」  
「さっきも聞いたけれどね。なぜ、巫女服なのかな」  
「私の種族は、ミ=ゴといいます。この国でミ=ゴ服を知ったので、我々の着る  
べき服だと思ったまでです」  
 
 間違っているか尋ねる彼女に、文宏と葉子は揃って否定した。三人は納得した  
ようだが、文宏達がアルタの種族を『巫女』だと聞き取っただけだ。双方に少し  
誤解もあるものの、特に何の問題も無く会話は続けられた。  
「他に戸川君の照れ隠しが無ければ、先を続けます。てめえらは、私を尊び敬い  
ながら正座して聞きなさい」  
「この建物に何があるんだ。ざっと見回ったが、ただの廃業した博物館だぞ」  
 いちいちツッコミを入れるのは面倒だと、葉子が聞き取りに入った。  
「展示して無かったようですが、地下に蝋人形が置いてあるんです。その中に、  
どうも不可解な物があってですね。自分で調べるのは危険なので、てめえらにや  
らせようと思ったわけです」  
「正直だな」  
 葉子が松葉杖に手をかけて、ゆっくりと立ち上がる。そして、変わらぬ無表情  
でアルタを眺めた。  
「他人の名を騙って、平然としていられる図太い神経。色気仕掛けをしながら逆  
に虜となるほど、行き当たりばったりな行動力。最後に、他人の命より自分の命  
が大事だと言える勇気」  
 ずばずばと欠点を指摘されたアルタが、一言一言に呻く。松葉杖と共に踏み出  
す葉子を、引き留める余力すら残っていないようだ。  
 しかし、葉子の口元は微妙に持ち上がっているように、見えない事も無かった。  
「気に入った。協力してやる」  
「へ? あ、なるほど。女まで魅了してしまうとは、私も罪作りですね」  
 アルタは妙な自信に満ちながら、葉子を地下へと案内する。後に続く文宏は、  
状況と無関係に爽やかな笑みを浮かべていた。  
 歩く毎に夜が迫るように、夕闇が濃さを増す。  
 階段を下りきったところで、入り口脇のスイッチを点けた。何度か瞬きした蛍  
光灯が、地下室の中を照らし出した。  
 大半が蝋人形で占められており、倒産するのも無理が無いほどの数が並んでい  
た。アルタは二人を先導して、歴代のスターや架空の怪物達の中を進んでいく。  
リアルなドラキュラを見ていた文宏達は、アルタに呼ばれて奥へと向かった。  
 布で覆われた下に、冒涜的な彫刻の施された象牙の玉座が見える。二人が来た  
のを確認して、飛び退きながらアルタが布を取り払った。  
「これです」  
 玉座に腰掛けていたのは、黒髪の女だった。閉ざされた三つの目を避けた長い  
髪が、惜しげもなく晒された裸体へと流れている。四本ある腕と足の先は、蟹の  
鋏のようになっていたが。常人の倍はありそうな胸も生命感に満ちており、よく  
見なければ蝋人形とは気付かないだろう。  
 葉子が手帳を出して、玉座を調べ始める。影で邪魔しないように気を遣いつつ、  
文宏も隣へ屈み込んだ。  
「プットニカ? 違うな。こっちか、メル=ブランだ」  
「読めそうかい?」  
 頷いた葉子を見て、ほっとしたようにアルタが息を吐き出した。  
「別物だったみたいですね。特徴の口髭が無いので、違うとは思ってましたけど。  
てめえらを招いた甲斐があったようです」  
 手帳を参照しつつ読み進める葉子に、アルタが羽ばたきしながら近付く。玉座  
に刻まれた文字を見ながら、葉子の肩を叩いた。  
「他には何が書いてるんですか」  
「少し待て」  
 葉子は文字を指でなぞりながら、声に出して読み上げていった。  
「うざっ、イエーイ。うざっ、イエーイ」  
「あれ、どこかで聞いた気がします」  
 小首を傾げたアルタが、心当たりを探る間も。葉子は解読した文章を、続けて  
口に出した。  
「イカア ハア ブホウ−イイ ラアン=テゴス クトゥルウ フタグン」  
 アルタの髪の色が、ピンクから白へと一気に変わる。青ざめた顔で彼女は止め  
ようとしたものの、葉子が読み終える方が早かった。  
「ラアン=テゴス ラアン=テゴス ラアン=テゴス」  
 後退るアルタがドラキュラを倒し、地下室に蝋の割れる音が響く。葉子に手を  
貸して玉座から離れ始めた文宏は、骨を削られるような感覚を味わっていた。頭  
に凍った錐が刺されたようで、全身へと冷たさが広がる。さっきまで蝋人形だっ  
たはずの女が、圧倒的な存在感を放ち始めていく。  
 
 そして、彼女が目を開いた。  
 逃げ出したアルタの悲鳴が、すぐに途切れた。玉座はまるで、元から誰もいな  
かったように空っぽだった。  
「止せ」  
 走り出そうとした文宏の腕を掴んで、葉子が引き留める。  
 無表情のままだが、顔から血の気が引いていた。強張った指は力が入り難そう  
なものの、掴む力を緩めなかった。死人じみた二人の目が、互いを見つめ合う。  
文宏が頷くと、葉子は首を振りながら手を離した。  
「恨むぞ」  
 その呟きを背に、文宏は蝋人形達の間を駆けていった。  
 微かな羽音を頼りに進むと、すぐにアルタと女に追い付いた。片手でアルタを  
吊り上げた女を見ながら、床を蹴った文宏が声を張り上げた。  
「やめたまえ!」  
 訝しげに振り返る女の腕に、文宏が手を伸ばす。彼が何をしようとしてるのか  
を見て、アルタが激しく羽を震わせた。  
「逃げるんです。このウシ乳女は、メル=ブランなんかではありません。ラーン  
=テゴスという、てめえごときが何やっても相手にならない化け物です」  
「あら、私はメル=ブランよ?」  
 文宏の頭ぐらいありそうな胸を揺らして、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。  
「ラーン=テゴスにだって、個体名ぐらいあるもの。ま、それはそれとしてさあ。  
胸が大きいのは、本当の事だから構わないけど。あたしみたいな良い女掴まえて、  
化け物ってのは無いわよねえ」  
 鋏に力が込められ、アルタの首への圧迫が増す。羽をばたつかせるアルタを見  
て、文宏の手がメルの腕に掛かった。  
「僕は、やめろと言っているんだ」  
「あたしは別に、このミ=ゴを殺す気なんか無いわよ。悲鳴を上げて逃げたから、  
食べ物と間違えただけ」  
 こいつら不味いしね、とメルが笑う。だが、手を離そうとしない文宏へ、不快  
そうに目を細めた。しばらく、アルタの羽音だけが響いていたのだが。何の予備  
動作も無しに、メルが手を振り払った。  
 咄嗟に庇った文宏の腕が切り裂かれて、血が大量に飛び散る。傷口を押さえて  
呻く文宏へ、メルは冷たい笑みを浮かべた。  
「首を刎ねるつもりだったのに避けたのは、誉めてあげるわ。でもね、あたしに  
意見したいなら、もっと筋肉をつけてからにしなさい。男は筋肉よ。分厚い胸板  
も、逞しい上腕二頭筋も無しに、女を口説けるとは思わない事ね」  
 メルはそう言って、口の周りの返り血を舐め上げた。  
 彼女の黒髪が生き物のように動き、大きな乳房や下腹部に浴びた血を吸い取っ  
ていく。松葉杖をついてきた葉子は、油断無くメルを見ながら文宏へ声を掛けた。  
「出血が酷い。早く手当しなければ、死ぬぞ」  
「大丈夫さ。もう止まった」  
 傷口から手を離して、文宏が立ち上がる。葉子は不審そうに手を伸ばしたが、  
血で濡れた彼の腕を調べて納得した。  
「さっき言っていた、ユリとかいう樽女の改造か。便利なものだな」  
「樽女?」  
 訝しげに口を挟んだメルへ、文宏は爽やかな笑顔を返した。  
「物知りの友人によると、エルダーシングという種族だそうだけどね。その彼女  
の薬で、僕はシャ=ガースとやらになったらしいんだ」  
「ショゴス、か。面白いじゃない」  
 メルが好戦的な笑みを浮かべると、軽く肩を竦めて文宏が言った。  
「怪我の治りが早くなる他にも、変化はあったんだが。どうやら、あなたには効  
かないらしい。アルタを連れて逃げる時間ぐらい、稼げると思ってたんだけどね」  
「お前は、もう少し後先を考えて行動したらどうだ」  
 葉子に叱責され、文宏は頭を掻く。場違いな雰囲気だった二人は、物の落ちる  
音にメルの方を見た。  
 俯くメルは髪に覆われて、表情が分からない。解放されたアルタの咳き込む音  
だけが、地下室の壁に響いていた。びりびりと肌を刺激する緊張感へ、必死な羽  
ばたきが割り込んだ。  
「逃げて!」  
 咄嗟に文宏が葉子を突き飛ばし、彼らの間を風が吹き抜けた。  
 
 蝋人形を何体か倒しながら、受け身を取った葉子が文宏を探す。蟹鋏で両手両  
足を床に拘束された彼は、のし掛かるメルと顔を見合わせていた。  
 釣り鐘のような乳房が、振り子のように大きく揺れる。メルの六本の腕のうち、  
自由な二本が文宏へと迫っていく。駆け寄ろうとしたアルタは、松葉杖で進路を  
塞ぐ葉子に羽をばたつかせた。  
「てめえは、戸川君が心配じゃないんですか」  
「よく見てみろ」  
 メルの腕が文宏のシャツにかかり、ボタンを全て弾き飛ばした。  
「文宏の体液には、催淫効果があるんだろ? 唾液や精液もだが、涙や汗や小水  
だってそうだ」  
 さっき体験したアルタが、戸惑ったように床の二人を見る。文宏のズボンのベ  
ルトが切られ、ファスナーが下ろされていく。ゆらゆらと揺れる乳房が文宏の胸  
に触れ、接地面を増していった。  
「そして、血もな」  
 アルタは文宏へ顔をぐっと近づけて、唇を重ね合わせた。  
 
 ねっとりと口内を這い回る舌に、文宏の目が焦点を失い始めた。余裕たっぷり  
なメルの目を見て、彼女の舌を押し返す。絡み合う舌を通して、互いの唾液が相  
手へと流れ込んでいった。  
 催淫効果があるのは文宏の体液だったはずだが、どう見ても彼の方が感じてい  
るようだ。  
 質量を持って潰れる、迫力たっぷりの胸だけではない。メルの唾液の甘さや、  
肌触りの滑らかさが、今まで文宏が経験した事が無いほどの快感を味合わせる。  
だから、ずらされた下着から飛び出した陰茎は、腹につくほど反り返っていた。  
 唇を離したメルは、彼女を求める文宏の舌先にキスしてから言った。  
「筋肉はいまいちだけど、こっちの方は合格よ」  
 そっと撫でる蟹鋏の間で、びくびくと陰茎が痙攣する。メルは先走りを伸ばし  
ながら、大きさと硬さに満足そうな笑みを浮かべた。  
「君が筋骨隆々ならまだしも。血なんかで高ぶらされたのは、かなり癪なのよね。  
でも、こんなになっちゃって可哀想だし。何より、あたしがシたいから入れてあ  
げるわ」  
「助かるよ。このまま放っておかれたら、どうにかなってしまいそうさ」  
「素直でよろしい」  
 再び舌を絡めつつ、メルの手が陰茎をゆっくりと持ち上げる。もう一つの蟹鋏  
によって広げられた陰唇から、よだれが陰茎へと伝い落ちた。メルは互いを愛液  
で繋げながら、腰を落としていった。  
 下の唇に先端が触れただけで、文宏が呻き声を上げる。我慢出来なかったのは  
メルもらしく、そのまま一気に迎え入れた。  
 どくんっ、どくどくどくっ  
 膣孔を通る途中で達した文宏が、精液を浴びせながら奥へと注ぎ込む。メルも  
背中を震わせながら、ゆっくりと腰を回して射精を促し続けた。  
 アルタと姦り尽くした後だというのに、大量の精液が吐き出される。かなり長  
くかかったが、またすぐ陰茎は限界を迎えようとしていた。  
「これは、うっ、凄いね」  
 中が巻きついてくる、アルタのような特殊な膣ではない。構造自体は、人間の  
女と変わらないようだが。触れ合った部分全てから、文宏は底知れないほどの快  
楽を味合わされていた。  
「いっぱい、気持ちよくなっていいのよ。好きなだけ、私の膣内に出しなさい」  
 途中で動きを止めたメルが、少し反対に腰を捻る。それだけで文宏は射精し、  
子宮口へと精液を浴びせかけた。  
 子宮へ流し込まれる量が物足りなかったのか、メルが根元まで陰茎を飲み込む。  
子宮口に触れたのを感じた先端から、再び精液が噴き出していった。  
「ただし。私が満足するまで、離してあげないけどね」  
「ぐ、あくっ、うわあっ」  
 大きく喘ぐ文宏の睾丸を、蟹鋏が優しく転がす。リズミカルな動きに合わせて、  
文宏が達し続ける。苦しげにもがくが、挟まれた両手両足は全く動かない。血を  
滲ませながら首を振る彼に笑いかけ、メルが上下に動き出した。  
 擦り上げる襞に高められては、奥を突く度に射精を繰り返す。連続する絶頂に  
文宏の手足が細かい痙攣を始め、喉から掠れた声を洩らすだけになっていく。  
 その上で、嬌声を上げながらメルが腰を振っていた。  
 
 たまらなくなったように、アルタが松葉杖を押し退けて飛び込む。髪を白っぽ  
く変化させながらも、ピストンを止めようと肩へ手を伸ばす。だが、瞬時に伸び  
た蟹鋏によって、両手と喉を押さえられた。  
「あんたねえ、人の情事を邪魔しないでくれる?」  
 ぐっと喉を押されたアルタの頭が、後ろへと傾く。それでも、彼女の目はメル  
を睨み続けていた。  
「何が情事です。戸川君が死にかけている事ぐらい、見れば分かるでしょう。胸  
にばかり栄養がいって、三つもある目が全て節穴とは、使えない奴ですね」  
 更に力が込められると、アルタは言葉にならない羽音を立てた。足をばたつか  
せる彼女を見ながら、冷たい目でメルが忠告した。  
「よっぽど、死にたいのかしら。次は、殺すわよ」  
 腕が振られて、アルタが蝋人形に叩きつけられる。物の壊れる音を掻き消して、  
腰を打ち付ける音が再び響き始めた。  
 メルは睾丸と根元を擦りながら、胸を別々の手で揉みしだいた。両手が自由に  
なったものの、声も出せなくなった文宏に動く気配は無い。射精の度に仰け反る  
メルが、彼の生存を知る唯一の手段だった。  
 白目を剥いた彼を見て、意を決したアルタが飛び掛かろうとする。だが、彼女  
の前を再び松葉杖が遮った。  
「奴を見殺しにする気ですか」  
「彼女も言っていたが、野暮というものだぞ」  
「てめえは、あれが何なのか分かってません。ラーン=テゴスは、単なるマッ  
チョ好きの吸血鬼では無いんです。かつてユゴスに君臨しやがった、れっきとし  
た神なんですよ。あんな化け物と性交して、人間が生きていられる訳が無いで  
しょう」  
「少し冷静になれ」  
 言い返そうとしたアルタは、葉子の指差す先を見て羽を止めた。激しいメルの  
腰使いによって、彼女の豊満な胸が大きく揺さぶられている。  
 その乳房を、下から伸びた手がしっかりと掴んだ。  
 文宏は死にかけていたのが嘘のように、両手で乳を揉み込んでいく。それに気  
付いたメルは、四本の腕で彼を抱き寄せた。  
 上体を起こした文宏が、乳房を弄りながら腰を突き上げる。メルは足を拘束し  
ていた蟹鋏を離し、床に突っ張ると。対面座位になって、甘い声を大きくさせて  
いった。  
「何事ですか」  
「切られた傷が、ああまで簡単に塞がるんだ。死にかけるほど絞り取られてから  
回復しようと、さして驚く事では無い」  
 淡々と答える葉子を見て、何やら悔しげにアルタは羽を唸らせた。  
「しかし、単なる回復ではないらしいな。さっきまで何も出来ずにいた文宏が、  
今は責め返している。シャ=ガースというのは、そういう物なのか?」  
 尋ねる葉子に、返事は無かった。訝しんだ彼女は、嬌態に見惚れるアルタに軽  
く息を吐いた。  
 メルは大きな乳房で文宏の顔を挟み、たぷたぷと圧迫する。文宏は乳首を弄り  
ながら、柔らかさを堪能していたのだが。少し顔を離すと、両方の先を摘んだま  
ま目の前に揃えて、口に含んだ。  
 黒髪を振り乱すメルが、吸われる度に膣を締める。射精を繰り返す文宏へ、メ  
ルは更に胸を押しつけながら囁いた。  
「ねえ? どれだけ絞っても、あんっ、母乳が出ないのは勿体ないよね」  
 こんなに中身が詰まってるのに、とメルが乳房を揺らす。  
「君の子種で、出るようにしちゃいたくない?」  
「てけり、り」  
「いい、あはっ、いいわ、そうよ。いっぱい注いで、卵巣の中まで君の精液で満  
たしちゃいなさい。母乳が出るようになったら、たくさん飲んでいいわ。その為  
にも今は、ああんっ、私の子宮に君の精液を飲ませてね」  
 文宏の手がメルの腰に回り、後ろから子宮を押さえて抱き寄せる。一滴も零さ  
ず流し込もうとする彼を、陰唇が嬉しそうにくわえ込んでいた。  
「ふふっ、さっきより凄いわよ。こんなに、私を孕ませたかったのね。いいわ、  
あんっ、たっぷり注いで。筋肉は物足りないけど、君の子供なら産んであ、げ、  
る」  
 
 母乳を出す役割を果たしたいのか、つんと尖った乳首が文宏の体の上を撫でて  
いく。奥から精液が溢れそうになると、すぐに陰茎が子宮口を塞いで注ぎ足した。  
かなりの量が流し込まれたからだろう。二人の粘膜が擦れ合う音に混ざって、子  
宮の中からの水音がはっきりと響き始めた。  
 自慰に耽ろうとしたアルタは、不意に自分が何をしているかに気付いたようだ。  
頭を何度か振って、彼らの方へと羽ばたいていった。  
「私にも注いで下さい。子宮なんかよりも、ずっと多くの量を流し込めますよ」  
 アルタが巫女服をはだけて、文宏にくっつきながら唇を合わせる。彼の指を自  
分の陰唇へ導き、味を思い出させながら誘いをかけた。メルに譲る気は無いらし  
く、深く繋がった先を子宮口で刺激しつつ腰を回す。  
 二人を押し倒した文宏が、交互に挿入し始めたのを見ると。嬌声渦巻く地下室  
を、葉子は後にした。  
 
 葉子が一階に戻ると、既に辺りは真っ暗になっていた。薄暗い室内に、絵の額  
や彫刻などの影が幾つか見える。前の道路を通る車が、ヘッドライトの光を横切  
らせていった。  
 木製の椅子が揺れながら、軋んだ音を立てる。その上から、歌うような声が聞  
こえてきた。  
「にゃる、しゅたん。にゃる、がしゃんな」  
 アンティーク調の椅子に座った人影は、何かの作業をしているようだ。松葉杖  
をつきながら葉子が近寄っていくと、気配に気付いた相手が慌てて振り返った。  
 アルタの操っていた黒いメイド服の人形が、あたふたと困った末に愛想笑いを  
浮かべた。操り糸を外していたらしく、手が中途半端な位置で固まっている。葉  
子の無表情に誤魔化せないと悟ったのか、椅子の上に立ち上がって指をつきつけ  
た。  
「よく見破ったわ!」  
 動き始めた彼女は、人形に見えたのが不思議なくらいだった。  
 小柄な体や、細い手足からも、せいぜい中学生だろうか。挑発するようにボク  
シングの真似をしているが、効果音を口でつける辺りも子供っぽかった。  
「まさか、ばれちゃうなんて。我ながら、完璧な変装だと思ってたのに」  
「文宏は一度だけだが、私は貴様に三度も会ったからな」  
「貴様、じゃなくて名前で呼んでよね。あ、そうだ。変装を見破った御褒美とし  
て、気軽に『ニャル様』でいいよ。ここまで気易く呼ばせるのは、最近じゃ文宏  
君ぐらいしか許してないんだから」  
 感謝しなさいと言って、ニャル様が薄い胸を反らす。可愛らしい仕草だが、葉  
子の表情は欠片も動かなかった。つまらなそうに口を尖らせたものの、表情を入  
れ換えてニャル様が尋ねた。  
「参考までに、どうして分かったか教えてくれる?」  
「線が滲んでいた」  
 口元へ手をやったニャル様は、脇の線をなぞってから指を見た。  
「うわ、盲点だったよ。次の機会があったら、水性じゃなくて油性にしないと」  
 ありがとね、と帰ろうとしたニャル様が、椅子を蹴飛ばされてよろめく。背も  
たれに捕まってバランスを取っていたものの、足を滑らせて放り出される。  
 そして、椅子の上で足を組み替えた。  
 落ちる物音も、途中で軽業を行った様子も無い。ずっと椅子に座っていたかの  
ように、彼女は平然としている。対する葉子も表情を全く変えず、淡々とした声  
で尋ねた。  
「狙いは何だ。貴様からすれば、我々など感心を払う価値すらあるまい」  
「そんなこと無いよ? 私はアザトース様の意志に忠実だからね。全宇宙のあら  
ゆる物が、興味の対象なの。だって、この宇宙に生まれた全てには、やるべき事  
があるんだから」  
「私が聞きたいのが何か、分かっているはずだ」  
「ああ、それなら心配いらないよ。私を一度殺したからって、文宏君に復讐しよ  
うなんて考えてないから。なにせ、ほら、こうして生きてるしね」  
 ニャル様は明るく笑って、悪戯っぽい表情で続けた。  
「むしろ、手助けしようと思ってるぐらい」  
 止めたいようだが、どうにもならないと分かっているのだろう。汗の滲む掌を  
握り込みつつ、葉子はニャル様を見据える。死んだ魚のような瞳に、椅子から立  
ち上がる黒いメイド服の少女が映った。  
 
「もうすぐ、目覚めるわ」  
 最後に微笑んで、ニャル様が消え去る。無邪気で残酷な、悍しいほどに圧倒的  
な美。肌寒さを感じた葉子は、頭を振って残された操り糸を見た。しかし、いく  
ら眺めても、何が目覚めるかなど書いてあるはずが無い。  
「山田先生が生きていて下されば、な」  
 軽く息を吐いて、葉子が夜空へと目を向けた。  
 更に激しくなった地下の喘ぎ声が、辺りにまで響き始める。そんな音の中にい  
ながらも。暗がりに佇む葉子の姿は、とても凛々しい物だった。  
 
 
終  
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――  
 
 
<以下、簡単な用語解説と、原典での造形紹介>  
 
山田教授:祖父はアメリカで医者をやってた  
ミ=ゴ:「ユゴスからの者」  
 人間ぐらいの大きさの、ピンク色をした蟹か昆虫のような生物  
 顔は何本もの触手によって、螺旋状に覆われている  
 外科手術が得意で、人間の脳を取り出しては缶詰めにしてユゴス星へ持ち帰る  
ラーン=テゴス:「無限にして無敵なる者」  
 四メートルほどの球体に、六本のカニバサミつき足を持つ旧支配者  
 頭部に三対の魚眼とエラ。長い鼻で獲物を捕獲し、全身の黒い触手で血を吸う  
 悲鳴を上げながら走り回るマッチョの亜人が食料。出身地はユゴスらしい  
プットニカ←、アルタ・ヴェグ、メル=ブラン:サカオタなら分かるが、全部蟹  
うざ いえい〜:ラーン=テゴス召喚の呪文  
にゃる しゅたん〜:ニャルラトテップの儀式の呪文  
 

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