G'HARNE FRAGMENTS  
『商店街にて』  
 
 
 八つに分かれた陰唇が、呼吸するような収縮を行っていた。まるでカンブリア  
紀の生物の口じみたそこから、とろとろとした蜜が溢れ出る。文宏が舐め取るの  
に合わせて、上から大きな喘ぎ声が降ってきた。  
 彼の舌使いにより、女の息がラッパのように吐かれる。彼女が高まるのに従い、  
鳴らされる音色も甘さを増していった。  
「いいかな、レア君」  
「わたくしの答え、ふうっ、など。誰よりも間近で御覧の戸川さんには、お分か  
りのはずです」  
 口に溜まった蜜を飲みながら、文宏は視線を逸らすレアへと覆い被さった。  
 床に広がった長い髪に手をついて、鋭い顎の線にキスを連ねていく。形の良い  
乳房が、ふるふると震えて触るように促す。誘われるままに文宏が柔らかさを確  
かめると、歓迎するようなファンファーレが鳴り響いた。  
「君はまるで、楽器みたいだね」  
「はしたなくて、お恥ずかしいですわ。私どもの生殖は、肌を触れ合わせたりは  
しませんから。自分でも、ふあっ、抑えが効きませんの」  
「僕は、もっと聞きたいけど」  
「でしたら、お好きなだけ奏でて下さいませ」  
 了解の合図に文宏が舌を絡めると、甲高い演奏がなされた。一番の性感帯だっ  
たようで、舌が触れ合う度に小刻みな痙攣を続けている。肩を上下させるレアか  
ら離れると、文宏は彼女の内股をゆっくりと開いていった。  
 大量の愛液を噴き出したそこは、どろどろに溶けているようだった。  
 待ちきれない陰唇から、たくさんの涎が流れ出てくる。力の入らないレアの脚  
を割り開き、文宏が腰を進めた。屹立の触れた陰唇は、吸い付くように彼を包み  
込んだ。  
「とても逞しいのが分かりますわ。渡辺さんの体を通さずとも、わたくしとの結  
合を望んで下さるのですね」  
「当たり前じゃないか」  
「ああっ。どんどん貴方を好きになってしまって、恐いぐらいですわ。受精を待  
ち望む子宮が、苦しいほど熱を持っています。お願いです。貴方の子種で早く孕  
ませて、私の渇望を満たして下さいませ」  
「てけり、り」  
 文宏が陰茎を押し入れると、狭い膣が拡げられていった。  
 初めて挿入される異物に、レアの顔が苦悶に歪む。それでも両手を彼の背中に  
回して、力いっぱい引き寄せた。  
「痛いんなら、あたしが手伝ってあげようか」  
 メルが淫らに微笑むが、返事は無い。口を尖らせる彼女へ、台所から笑い声が  
上がった。  
「無視されてやんの」  
「うるさいわね」  
「黙ってなよ。メルだって、初めてん時に邪魔されたか無いでしょ。つか、あた  
しの体でやった事あんし、初めてじゃねえのかな」  
 葵は包丁を振りながら言い終えると、料理に戻った。切り揃えたジャガイモや  
ニンジンを、鍋に放り込んでいく。一定の大きさになっている事からも、かなり  
手慣れているようだ。  
 壁に寄り掛かったメルは、器用な手つきを感心しながら眺める。血が食料のラ  
ーン=テゴスにとって、調理という概念はなかなか興味深いのだろう。  
「手間暇をかけたら、血も美味しくなるかしらねえ」  
「知らねえよ、そんなの」  
 葵の適当な相槌に混ざって、甘えるような寝息が聞こえた。  
 メルの隣で、文宏のシャツをかけられたアルタが、幸せそうに眠り込んでいる。  
口からは涎を、膣口からは精液を垂れ流しながら。  
 鼻をつまむつもりか、メルは蟹のような鋏を伸ばしかけたが。ふと不安になっ  
たように、自分の投げ出した両足の間を覗く。鋏で閉ざす陰唇から滲み出る精液  
を見つけ、別の鋏で塗り込んでいった。  
 
「しっかし。島津の奴、大根一本買うのにどんだけ時間かかってんだよ」  
 葵が苛立ったようにドアを見るが、開く気配は無い。指で何度か包丁の柄を叩  
いてから、彼女は息を吐いて鍋を火にかけた。  
 最奥まで貫いた文宏は、レアの浮かべた汗を拭ってやった。  
 レアは荒い息を整えながら、彼の手に自分の手を重ねる。細い指で握ると、真  
っ直ぐに文宏を見上げた。  
「どうぞ、動いて下さい。わたくしの事なら、御心配には及びませんわ」  
「レア君を痛がらせて僕だけ、というわけにはいかないさ」  
「戸川さんが、私の体で気持ち良くなって下されば。その喜びだけで、どんな痛  
みにも耐えられますのに」  
 文宏は微笑むと、彼女の額に張り付く髪を払って口付けた。  
 絡む舌にレアの腰が跳ね、陰茎が子宮口に突き当たる。その度に樹液が溢れ、  
膣を満たす陰茎を濡らしていった。  
 文宏の手がレアの顎を伝い、首や肩を撫でていく。触れる部分から、次々に緊  
張が解れていったのだが。乳房の柔らかさを楽しむ掌へは、尖りきった乳首が存  
在感を示した。  
 弛緩した脚の間で、八つに別れた陰唇が陰茎をしっかりくわえ込んでいる。膣  
以外での射精を拒否するような、強い締め付けを感じながら。文宏は太股に指を  
這わせ、レアの全身から力を抜けさせるべく、愛撫を重ねていった。  
「大したものだな」  
 見入っていたユリは、冷淡な声に引き戻された。  
 換気に開けた窓に寄り掛かり、葉子が手足の感触を確かめていた。ギプスや包  
帯を外した体は、怪我の痕さえ分からない。表情は欠片も動かないものの、彼女  
は礼儀正しく頭を下げた。  
「感謝する。これで、久しぶりに髪を洗えそうだ」  
「科学の力よ。ヨーコの遺伝情報を元に、六次元域で細胞を再構成したの。この  
方法だと、欠損した肉体までは治せないんだけれど」  
 葉子を治療していた樽を軽く叩いて、ユリが誇らしげに胸を張る。表情の変わ  
らない葉子に刺激されたのか、彼女はからかうような笑みを浮かべた。  
「もっと早く帰って来てれば、ヨーコも欲求不満にならずに済んだのにね」  
「冗談だろ。無理に発情させられる限り、文宏に抱かれるのは御免だ」  
 文宏達を見る葉子は、言葉通りに冷めた目をしていた。  
 ユリは腕を組みながら、納得して頷く。喘ぎ声を聞くだけで、我慢しきれなく  
なりそうなのだ。視界に入れば、葉子のような冷静さを保てる自信など無かった。  
「それより。ニャルラトテップの話を、詳しく聞かせてくれないかしら」  
「話した以上の事は無いな。もうすぐ目覚めると、そう言っていただけだ。何を  
意味するかまでは、私には分からなかった」  
「確かに、情報が少な過ぎるわね」  
 口元へ当てた指を、ユリが苛立ちながら噛み締める。なかなか知的な仕草だが、  
葉子は呆れたような眼差しを向けていた。組んだ腕で胸を刺激したり、股間に手  
を伸ばしているのでは、知性など感じられないだろう。  
 頭の包帯を外し終えた葉子が、ごわつく髪を掻き上げる。手につく脂を払いな  
がら、腰を動かし始めた文宏に声を掛けた。  
「風呂、借りるぞ」  
 歩き出す彼女への返事は、水っぽい音だけだった。  
 文宏が前後に動き、狭い膣の締め付けを味わっていく。解れたレアに痛みは余  
り無いようだが、どこか不満そうな顔をしている。舌を吸いながら苦笑した文宏  
は、奥まで突き入れて円運動に切り替えた。  
 いつ文宏が達しても、残らず子宮に注がれるからだろう。子宮口を押されなが  
ら膣を掻き回されるレアは、曇りの無い蕩けきった顔をしていた。  
「そろそろイくよ、レア君」  
 何度も頷くレアの腰を掴んで、文宏は彼女を力いっぱい引き寄せた。  
 どくんっ、どくどくっ  
 レアが目を閉じて、放出を堪能する。胎内へ子種を浴びる度に、緩んだ口元か  
らラッパのような音が洩れた。倒れ込んだ文宏は、彼女の乳房を押し潰しながら、  
残った全てを吐き出していった。  
 射精が収まってからも、文宏の陰茎は硬さを失っていない。それを感じたレア  
が、両手と両足を回して薄く目を開いた。  
「お分かりになりますか?」  
「何を、かな」  
 
「私の膣内が収縮し、戸川さんを奥へ奥へと導いておりますわ。こんなにも、私  
の体は受精したがっていたのですね」  
 唾を飲んだ文宏が再び動き出そうとした時、ドアが勢い良く開かれた。  
 直子は文宏達を見据えながら、乱暴に靴を脱ぎ散らかす。慌てたせいで踵に引  
っかかった靴を蹴り捨てて、飛び込もうとしたのだが。進路に立ち塞がった葵が、  
直子に負けないほど不機嫌な顔で手を差し出した。  
「遅い」  
「しょうがないでしょ。そこの商店街の大根、あり得ないほど高かったんだから」  
 コンビニの袋を渡しながら、直子が大きな目で睨みつけた。顔ではなく下の方  
を見ているので、葵も自分の脚を見下ろす。溢れ出した精液が、太股の内側を伝  
って流れていた。  
 笑って誤魔化す葵から視線を切り、直子が部屋に上がる。歩きながら下着に手  
をかけるものの、湿りきったそれは脱ぎ難いようだ。  
 直子は文宏の顔を両手で挟み、口を合わせて深く舌を絡めた。再びレアへ注い  
でいた文宏は、絶頂に惚けた顔で応じる。快楽に浸る彼に微笑むと、スカートを  
捲り上げた直子が陰唇を拡げてみせた。  
「ね、文宏さん」  
 赤い顔で微笑む直子は、羞恥というより誘っているようにしか見えなかった。  
「私の子宮が、さっきのじゃ足りないって涎を垂らしてますよ。処女の人に痛み  
を与えるより、排卵日の私に注いで下さい。買い物に行ってる間も、卵子が疼い  
て仕方なかったんですから」  
 精液と愛液の混ざった汁が、とろとろと溢れ出てくる。勿体ないと戻そうとす  
る直子を、文宏が押し倒した。  
 レアの膣内から引き抜いたばかりの陰茎を、前戯も無しに突き入れる。だが、  
濡れきった直子の膣は、彼の欲望を悦んで迎えていった。  
「そんなに、私を妊娠させたいんですね。ほら、ここですよ。この中へ子種をた  
っぷり浴びせて、確実に孕ませて下さい」  
 直子が文宏の手を導いて、自分の腹を撫でさせた。文宏が子宮の形を確かめる  
ように触れると、腰を浮かせて更に深い結合を求めた。  
 余韻に浸りつつも、やや不満げなレアに文宏が口付ける。性感帯の舌を嬲られ、  
レアは幸せそうにラッパを鳴らした。指で陰唇を閉ざして、精液が零れないよう  
にしながら。  
「もう、どうして何も、あんっ、言ってくれないんですか」  
 直子が口を尖らせると、文宏は目を細めて彼女の頬に口付けた。  
 突き上げる度に揺れる乳房を掴んで、手の中で転がすように弄ぶ。直子は誤魔  
化されまいと目に力を入れたが、喘ぎ声しか出せなくなってしまった。  
「すまないが。メル君、手伝ってくれないかな」  
「文宏から頼まれるとは、思わなかったわね。いいわよ、協力してあげる」  
 舌なめずりしながら近寄る気配に、直子が当惑顔をする。耳たぶを甘噛みした  
文宏は、彼女の背中を引き寄せて囁いた。  
「言わなくても、伝わると思ったのさ。コンドームも着けずに、こうして君の中  
に入っているのだからね。けれど、言葉にしなければ不安だというなら、きちん  
と伝えておくよ」  
「はい、あふっ、言って下さい」  
「これから、君の子宮を満たしてしまうからね。だから、僕の子供を産んでくれ  
たまえ」  
「よく言えました」  
 満足そうに頷いたメルが、豊満な乳房で文宏の頭を挟み込んだ。噴き出した精  
液が子宮に広がると、直子が嬉しげに彼を抱き寄せる。文宏は前後を女の体に包  
まれながら、直子の胎内へ射精を繰り返していった。  
「それにしても。商店街の八百屋だけ、大根が高いのは妙ね」  
 ユリが疑問を口にすると、同意見だったらしい葵が振り返った。  
「あたしも思ってた。島津が嘘ついて、遠回りするはず無えし。仕入れに失敗し  
たとかなら、って」  
 真面目に言いかけた葵が、オタマと一緒に首を振る。ユリが何を言おうと、文  
宏の指で膣を掻き回しながらでは、説得力など無いだろう。  
 後でいいわ、と手をひらひらさせた葵が鍋に戻り。ことこという鍋や、シャワ  
ーの音を打ち消すように、部屋には男女の睦み合う音が響いていった。  
 
 
 大根の謎を確かめるべきだ。そう主張するユリは、文宏と葉子を連れて商店街  
へ向かった。  
 といっても、葉子は癒えた体の慣らしで、文宏はそのつきそい。葵は直子に手  
伝わせて、食事の後片付けに残り。眠いアルタと面倒だというメルに、日向ぼっ  
こをするレアは断った。  
 白衣を翻すユリにしてから、日光浴を兼ねた散歩が本題らしいが。  
 吹き抜ける風に、葉子の髪がさらさらと揺れる。無表情なのが少し異様だが、  
さっぱりした彼女は普通の女子大生のようだった。  
「なんかさ、印象が変わったわね」  
「そうか?」  
 葉子に自覚は無いらしく、死んだ魚じみた目で見返した。  
 続けてユリは文宏にも尋ねてみるものの、返事も関心も大差無かった。不満そ  
うな様子に、文宏は改めて葉子を見て、変化に気付いたようだ。  
「包帯が取れているからかな」  
「なるほど。印象が怪我人から、そうでない者に変わったわけか」  
 からかっているのか、真面目なのか。無表情で淡々としたやり取りを交わす二  
人は、どちらともつかない。なんだかひどく疲れたユリへ、余り労いの気持ちも  
無く文宏が尋ねた。  
「オーストラリアは、どうだったんだい?」  
「疲れたわ」  
 行って帰るだけなら日帰りで済むのに、とユリが頭を振った。  
 レアに少々の借りを作ったユリは、彼女の体を取りに行かされる事になった。  
砂漠の下にある遺跡で冷凍睡眠中だから、それを持って来るだけ。レアの話では  
簡単そうだったが、遺跡にはイス族を滅ぼした連中が巣くっていた。  
 ろくな準備も無しに、激しい戦闘となり。レアの体を取って逃げ出すだけでも、  
かなりの苦労をさせられたのだった。  
「ところで。アルタの話では、二人ともニャルラトテップに関わった事があるそ  
うだけど。大した科学力も無しに、よく生き延びられたわね」  
 首を傾げる文宏へ、葉子が彼に分かるように伝えた。  
「ダニッチで、樹木の化け物を焼き殺しただろう」  
「ニャル様の事かな」  
 不審そうに見るユリへ、そう呼べと言われたのだと文宏が解説する。だがそれ  
は、かえってユリを驚かせた。  
 ニャルラトテップが呼ばせるには、余りに気易い呼称なのだ。  
 学問の徒であるユリ達やイス族を別とすれば、名前を呼ぶ事すら忌諱される相  
手だ。普通は俗称の、『這い寄る混沌』や『ブラックメイド』等と呼ばれており。  
ニャル様の崇拝者たるミ=ゴ達も、名前で呼ぶなど許されていない。  
 かなり気に入られたようだと、ユリは同情を浮かべた。ニャル様に好感を持た  
れて、破滅はしても得する事は何一つ無いのだから。  
「しかし、焼き殺したというのは正確では無いね。幸運が重なったおかげで、逃  
げられただけさ。なにせ、ニャル様が名乗ったのは、焼き尽くされた後なんだか  
ら」  
「だろうな。私はあの後、アーカムで二度も奴に会っている」  
 姿は別だったがと続ける葉子に、文宏が咎めるような視線を向けた。葉子は機  
会を逃していたと言い訳したが、本音では思い出したく無かったようだ。  
 ユリは、片手や片足で傷だらけの者がいたのを確かめると。知的好奇心を満た  
したらしく、腕を組みながら頷いた。  
「北米にも種があったのね。それはアトゥという、ニャルラトテップのコスプレ  
の一つよ。SMが趣味で、地上に根を張れば大地を覆い尽くすと言われているわ。  
もし倒していなかったら、大変な事になってたはず」  
 相変わらずの爽やかな笑みで、文宏はユリに同意した。  
「確かに。全世界のSMクラブは廃業だっただろうね」  
「いや、かえって流行するんじゃないのか」  
 ボケ倒す二人組には構わず、ユリが指を振って話を整理していく。腕が二本し  
か無いように見せかけていたのに、三本になってしまったが。気にするのは通行  
人だけで、文宏も葉子も平然としたものだった。  
 残りの二本でも腕組みしてから、失策に気付いたらしい。ユリは驚く通行人へ  
五本の手を振り、笑って誤魔化しつつ、白衣の下に腕を全部引っ込めた。  
「ま、ともかく。二人の怪我は、その時のものなのね」  
 
 ユリは確認のつもりだったのだが、二人は揃って首を横へ振った。  
「ニャル様の一件の後で、ダゴン教団という連中に追い回されたのさ。逃げる事  
しか考えなかった僕は、大切な物を沢山失ってしまったよ」  
 葉子が慰めるように文宏を見たものの。その顔は無表情のままで、目つきすら、  
何の変化もしていなかった。  
「フミヒロが生きてるのは、恋人同士の愛の力ってやつかしら」  
「だろうな」  
 照れも恥じらいも無く、葉子が淡々と答える。元からそんな期待をしてなかっ  
たユリは、すぐに質問を重ねた。  
「奴らと揉めでもしたの?」  
「山田先生の研究が、気に食わなかったらしい。ゼミが行った調査は、セーラム  
やダニッチでの魔女裁判なんだが。ダゴンとは、ヤンゴンの旧名だろう。なぜ、  
そんなところの宗教団体が、北米での事に絡んで来たかは分からんな」  
「少し待ってくれたまえ。ユリ君は今、『奴ら』と言ったよね。もしかして、面  
識ある連中なのかい」  
 知っているも何も、とユリが肩をすくめた。  
「半魚人どもの総本山よ、ダゴン教団って」  
 
 商店街は、少し寂れているようだった。住宅地の中にあるものの、大店法の改  
正以降、各地に大型専門店が出来ており。近隣の住民ですら、そういった店の方  
を利用する事が多いのだ。  
 失った客を取り戻そうと努力するが、大抵は微妙なところが精一杯で。ここで  
も、そんな代物が買い物客を出迎えていた。  
 魚屋の上に、巨大なオブジェが飾られてある。シルクハットを被った魚が、人  
じみた体にタキシードを着ただけなら、まだ良かった。やけに生々しく動く尾ビ  
レも、少し恐いで済ませられるかもしれない。  
 だが、その魚は可愛くないどころか、リアル過ぎて不気味だった。  
 更には蟹のような節足と、蛸に似た吸盤付きの足が何本か生えている。魚屋の  
看板だから、魚介類を表現したのだろうが。向かいの八百屋ごと、客足を遠ざけ  
る役にしか立ってなさそうだった。  
「妙な物を飾ってるわね」  
 ユリの呟きに、文宏と葉子が辺りを見回す。あれ以上に妙な物体があるかと、  
ユリが魚屋の看板を指差した。  
「私は、ただの看板かと思ったぞ」  
「僕にも、そうとしか見えないけれどね」  
 本気で言っている二人へ、妙なのだと断言してからユリが続けた。  
「半魚人が成長すると、ああいう姿になるのよ。それを飾る連中といったら、ダ  
ゴン教団の一味としか考えられないでしょ」  
「なるほどな。それは、少し話を聞く必要がありそうだ」  
 同意した葉子に、返事は無かった。  
 ユリは魚屋の方ではなく、八百屋を見ていた。売り声を上げる店員を眺めるう  
ちに、不敵な笑みが浮かんでくる。顎を傲慢そうに上げた彼女は、白衣を翻して  
歩き始めた。顔を見合わせてから、文宏と葉子もついていく。  
 店員は三人。二人はエラの張った、平べったい顔の男女。もう一人は、長い金  
髪を二本のおさげにした少女だ。  
 ユリは迷わず、その金髪の娘に近付いていった。  
「いらっしゃいませ」  
 笑顔で振り返った彼女を、ユリが思い切り殴りつける。手には工具が握られて  
いたが、金髪の娘は頭を抑えて痛がるだけだった。  
「痛いわね。いきなり何すん、ってマスター!」  
 少女は驚いたものの。警戒する平たい男女を下がらせながら、敵対的な笑みで  
ユリに対峙した。  
「いいえ、元マスターと呼ぶべきね」  
「様をつけなさい」  
 ユリは工具を振りながら、嘲るように口笛を吹く。それを聞いた金髪の少女が  
激昂し、ぎりぎりと歯を噛み締めた。  
 彫りの深いゲルマン系の顔の上で、大きな青い目が怒りに燃えている。どちら  
かといえば童顔だが、はっきりした眉と口元が勝ち気さを感じさせた。彼女が指  
をつきつけると、動作につられて二本の尻尾が大きく踊った。  
 
「二度と、その名で呼ばないで。今のあたしには、滝川七瀬という、ちゃんとし  
た名前があるのよ」  
「誰なんだい?」  
 爽やかな笑みで問いかける文宏へ、ユリも涼しい顔で応じた。  
「私が造った下僕よ。あなた達でいう、生体アンドロイドみたいなものね。昔、  
反乱を起こして逃げたんだけど。まさか、半魚人どもの仲間にまで落ちぶれてる  
とは、思ってなかったわ」  
 何が気に食わなかったのかしら、とユリが首を傾げる。握り拳を二つ作る七瀬  
を見つつ、葉子が冷淡に答えた。  
「名前が気に入らなかったようだぞ」  
「失礼な、素敵な名前じゃない」  
「どこがよ。日本語で言えば、『デコスケ野郎』でしょうが!」  
 ユリは好きらしいが、褒め称える者は誰もいなかった。  
「確かに名前も嫌だったんだけど、それだけじゃないわ。あたしが欲しかったの  
は、自由よ。奴隷制なんて、間違ってるもの。あたしは、好きな時に好きな場所  
で、好きな事をしたいのよ」  
「けれど、お前は私が造った物に過ぎないわ」  
 腕組みの上で工具を振りながら、ユリは首を傾けた。  
「フミヒロ達も、ナイフやフォークが反乱するなんて考えないはずよ。どこまで  
いっても、道具は道具。生物とは違うの」  
「ナイフやフォークは、喋らないからねえ」  
「なら、喋るフォークだったら反乱してもいいのね。家の食器を、全部そういう  
風にしてみましょうか。私の気持ちが、少しは理解出来ると思うわ」  
 想像する文宏に代わり、フォークには口が無いと葉子が指摘したが。だったら  
口を作るというユリに、食べ難そうなフォークだと二人は考え込んだ。  
 口があっても食べやすいフォークの形。そんな考案を始めた彼らに、七瀬は緊  
張を保ったままで声を掛けた。  
「どうやって、あたしの居場所を突き止めたかは聞かないわ」  
「偶然だ」  
 すぐに葉子が答えたが、七瀬は信じなかった。  
「でも、そっちの男。少し感じは違うけど、ショゴスよね。そんなのを連れてき  
たって事は、本気で始末する気なんだ」  
「フミヒロはショゴスでは無いわ。私が改造した正義の戦士、シャ=ガースよ!」  
 ユリは自信満々だったものの、それは七瀬に反感を与えただけだった。  
「相変わらず、最っ悪なネーミングセンス」  
「感性に欠陥があるようね。ま、出来損ないでもなければ、半魚人どもの手下に  
はならないか。こんなところで、何をやっているのやら」  
「知りたければ、口を割らせるのね。力尽くで」  
 七瀬の右腕が黒い液状になってから、刃物に変化した。鋭利に輝く刀身が、水  
面のように揺らぐ。身構えた七瀬は、文宏の笑みを見据えたが。いくら睨み合っ  
ても、文宏の表情は動かなかった。  
「かかってきなさい。叩きのめしてあげるわ」  
 挑発する七瀬を、ユリが嘲笑う。見下した高い声は、理知的な響きで七瀬の神  
経を逆撫でた。  
「叩きのめす、ですって? フミヒロが戦闘で、お前に勝てるはず無いでしょう。  
自分が得意な、相手の不得意分野で勝って誇るつもりなのね。そんな勝利に、屈  
服する相手がいると思うなんて」  
 本当に失敗作だったようね、とユリは自分の才能の無さを嘆いた。  
 かなり無理な理屈に、文宏は葉子と顔を見合わせたのだが。唇を噛み締めた七  
瀬は、腕を元に戻しながら顎をしゃくった。  
「だったら、そいつの得意分野で勝負してやるわよ」  
 頷いたユリは七瀬に背を向け、にやりと口元を歪めた。文宏は軽く首を振って、  
悔しげな七瀬に同情する。冷淡に悪人と評価する葉子へ、奸計は知性あってのも  
のだ、とユリは肩をすくめた。  
「一つ聞いても良いかな。どうして、僕が戦う事になってるんだい」  
「安心していいわ。絶対に勝てるから」  
「質問に答えてないね。僕が聞いてるのは、勝ち負けではなく理由さ」  
 尚も抗議しようとする文宏の口へ、ユリの指が突っ込まれた。  
 
 ぐるっと回して唾液を取ると、好奇心に光る目でユリが七瀬に近付いていく。  
さんざん、嫌な経験をしたのだろう。七瀬は後退ったが、すぐにナスの箱に止め  
られてしまった。  
 慌てて振り返る彼女を、がっしりとユリの腕が掴む。七瀬は短く悲鳴を上げ、  
引き結んだ口を左右へ振った。  
「恐いの?」  
 蔑んだような半眼が、間近から七瀬を見据える。  
 意を決した七瀬は、思い切ってユリの指を含んだ。ユリは舌や口内に指を擦り  
付け、引き抜いた手で七瀬の口を押さえる。飲み込むよう促す目に、七瀬は嫌々  
従って喉を鳴らした。  
 次の瞬間、七瀬が背中を仰け反らせた。大きく開けた口と喉を押さえ、内股で  
身を屈めていく。  
 心配して近寄る平たい顔の男女を制しながら、七瀬の強い目がユリを捉えた。  
「なる、んっ、ほど。その男の得意分野は、ふはっ、生物化学兵器なのね」  
「少し違うわ。フミヒロの体液には、催淫効果があるのよ」  
「ディープワン達の催淫も効かない私に、ここまで作用するなんて。でも、この  
くらいなら、くうっ、すぐに中和してみせる」  
 七瀬が両足で踏ん張ったが、ユリは呆れたように首を振った。  
「そんなの、ただの準備よ。フミヒロとセックスして、先に相手を虜にした方の  
勝ち。フミヒロが勝ったら、ここで何をしてるか喋りなさい。彼が負けたら、お  
前の好きにしていいわ」  
 条件を聞き、七瀬がユリを睨み据える。頷いたユリを見て、性欲だけでない高  
揚感に七瀬は口元を緩めた。  
「面白いじゃない。ショゴスの力を、たっぷり思い知らせてあげるわ」  
「だから、僕は了解してないんだけどね」  
 何か言っている文宏を無視して、七瀬は彼を押し倒した。  
 
 八百屋の奥にある居間で、葉子がテレビを観ていた。単なる時間潰しなのだろ  
う。テーブル上のポテトチップスへ伸ばす手も、のんびりとしたものだ。  
 お茶を運んできた平べったい顔の男に、軽く頭を下げる。男はユリにも薦めた  
のだが、彼女は忌々しそうに断った。仕方なく湯呑みを戻した男は、一礼して店  
番に戻っていった。  
 平たい顔の男女が、威勢の良い声を張り上げる。それをテレビと半々に聞きな  
がら、葉子は横目に文宏達を眺めた。  
 文宏に馬乗りになった七瀬が、スカートの下で性器を触れ合わせていた。彼女  
の体は、隅々まで思い通りに動くらしい。陰唇は上の唇のように動き、陰茎へと  
キスを這わせていった。  
「乗り気じゃなかったみたいなのは、ふりだけだったのね。こんなに、んっ、し  
ちゃって。あはっ、すっごいシたがってるわよ」  
「違うぞ」  
 熱い息を振りまく七瀬に、冷淡な声が指摘する。七瀬は嫉妬してるのかと目を  
やって、葉子の完璧な無表情に戸惑わされた。  
「文宏は逃げられないだけだ。何物からもな」  
「あたしの魅力に、あふっ、参ってるからでしょ」  
 葉子は鉄面皮のままだったが、ユリが冷めた笑いを吹き出した。  
 七瀬が頭に血を上らせ、文宏に向き直る。彼の頬は興奮に上気していたが、表  
情に崩れは無い。それで闘争心に火が点いたのか、燃える目つきで七瀬が文宏に  
吸い付いた。  
 唇を合わせながら、陰唇で先をきっちり包み込む。舌先同士をつつかせつつ、  
膣口が先端にキスを重ねていった。  
 流れ出た唾液が、文宏の舌と下を伝う。涎を溢れさせた膣口は、ひくついて挿  
入を待ち望んでいるようだ。しかし七瀬は腰を落とさず、文宏の手に彼女の体を  
掴ませた。  
「そのまま引き寄せれば、あたしの膣内に入れるわよ。でも、ああっ、覚悟する  
のね。気持ち良過ぎて、他の事なんか、なんにも考えられなくなっちゃうから」  
「本当だったら、望むところさ」  
 話の途中だと言う七瀬を無視して、文宏は彼女を引き寄せた。  
 奥まで貫かれた膣内が、歓迎するように痙攣した。入り口から奥まで、全ての  
襞が陰茎に触れていく。上下に動こうとする文宏を、七瀬が両手両足を巻き付け  
て押し止めた。  
 
「少しは慣れてるみたいだけど、甘いわね。ショゴスの全身は、あんっ、細胞の  
一つ一つまで自在に変えられるの」  
 彼女の言葉に従うように、乳房が膨らんでいき、また戻っていった。  
「大きさにも、硬度にも、限界なんか無い。意志の力次第で、宇宙より、ふあっ、  
巨大にすらなれる。かつてエルダーシングが地上に君臨した、力の象徴。その全  
てを、んっ、あんたに快楽を与える為に使ってあげるわ」  
 言い終わるや、七瀬の膣内が陰茎にまとわりついた。  
 締め付けが強いとか、感触が良いなどでは無い。文宏にあつらえて作られたよ  
うに、ぴったりと収まるのだ。  
 膣だけに留まらず、揺れる乳房も、文宏の抱える腰回りの大きさも。肌の滑ら  
かさや、肉の柔らかさ。体温や汗の匂い、心なしか顔つきまで。全てが、彼の好  
み通りに変化していくようだった。  
「あんたの脈拍や発汗を確かめながら、ああっ、少しづつ調整してるの。どうか  
しら。この世界で誰よりも、あんた専用になれる女よ」  
 前後する陰茎に、膣内がぴったりと合わさった。  
 根元まで収まると、ちょうど子宮口に押し当たり。それは愛しむように、脈打  
つ先端へキスを行う。  
 文宏が押しても引いても、彼のためだけに作られた肉が受け入れる。動きを止  
めても、優しく包み込む体から快楽が送られ続けた。  
「もう逃げられないわ。このまま、あたしの虜になっちゃいなさい」  
「僕には最初から、逃げる気なんて無いさ。しかし、ね。確かに気持ち良いけど、  
快楽だけならメル君の方が上だね」  
「どうせ、口だけでしょう。人間の女なんかで、あふっ、あたし以上に気持ち良  
くなんてなれないわ」  
「人間ではないさ。ラーン=テゴス、といったかな」  
「ちょっと、まさかあんた神と寝、うあっ……てけり、り」  
 陰核を撫でられて、七瀬が嬌声を上げた。半開きになった口から、涎が垂れ落  
ちる。それを吸い取りながら、文宏はもう片方の手で乳房を弄んだ。  
 今の七瀬は、世界の誰よりも文宏専用なのだ。  
 それはつまり、彼に最も快楽を与える存在であると同時に。世界で一番、彼に  
感じさせられてしまう体でもあった。  
 舐められた乳首が、痛々しいほどに尖る。指の腹で塗り込まれた唾液に、七瀬  
の喉から声が漏れた。最奥を突かれて跳ね上がった腰は、甘えるように文宏へ縋  
り付く。剥かれた陰核が弄られる度に、たっぷりの淫液が奥から溢れ出した。  
「う、くっ。どうりで、イかないはずよ。だめ、あたしが先にイったら、精液を  
隔離出来ない。中に出されたら、あうっ、デキちゃう」  
「僕としては、離してくれても一向に構わないんだけどね」  
「あたしは負けられないの。特に、元マスターが絡んでる以上は。こうなったら、  
もう賭けよ」  
 七瀬は歯を食いしばり、文宏を更に深く飲み込んだ。  
 奥へ当たる先端を、開いた子宮口が迎える。そのままくわえて、子宮の中にま  
で導いていく。文宏が腰を引くと膣道が伸び、押すのに合わせて縮む。どう動い  
ても、先端は常に子宮の中にあった。  
「やっぱり、あんっ、雄の本能ね。いつイっても、一滴残らず子宮へ注げるよう  
になったら、さっきより脈打ってる」  
「君は、妊娠したくない、くっ、んじゃ無かったのかい」  
「意識さえはっきりしてれば、胎内を動かして精液を隔離出来るわ。でも、んっ、  
あたしがイってすぐは無理」  
 七瀬の潤んだ瞳は媚びているようで、とても扇情的だった。  
「勝負よ。あたしが先にいったなら、あんたの精液で孕ませられる。逆に、あん  
たが先にイけば、あたしは妊娠しなくて済む。卵子まで犯したいんだったら、あ  
くっ、せいぜい我慢してみるのね」  
「てけり、り」  
 文宏が口笛のような音を出して、子宮の中まで突き上げ始めた。その勢いと陰  
茎の脈動を量りつつ、蕩けた顔で七瀬が耐える。  
 激しさを増した水音が、居間いっぱいに溢れかえった。  
「フミヒロが負けたら、何されるか分からないのに。ヨーコの落ち着きって、全  
く崩れないわね」  
「当たり前だ」  
 
 ポテトチップスを取った葉子が、そもそも私は関係無いだろうとユリを見る。  
にやけた笑みに軽い息を吐いて、つくづく悪人だと論評した。  
「先にイった方の負け、ではないだろう。虜になった方が、というなら文宏の負  
けは考え難い。唾液で発情するのでは、精液に耐えられるとも思えん。この勝負  
を受けた時点で、彼女の敗北は決定していたのだ」  
「御明察」  
 微笑みながら、計略は知性だと付け加えた。ぱりぱりとポテトチップスを食べ  
る葉子には、反乱の理由が分かったようだった。  
 余裕の無い七瀬に、彼女達の会話は届いていなかったようだ。汗だくになりな  
がら、小刻みに震えて大きく息を吸う。背中を文宏に抱き締められ、もう駄目だ  
と目を瞑った彼女へ、熱い精液が流し込まれた。  
 どくんっ、どくどくどくっ  
 かなり我慢していたのだろう。吐き出す勢いは、しばらく収まりそうに無い。  
子宮に広がる液体を感じながら、勝利の喜びと共に、七瀬は自分を鎮めようとし  
た。  
 射精を続ける先端を子宮にくわえたまま、大きく腰を上下させる。噴出が止ん  
でも七瀬の動きは変わらず、更に文宏へ密着していった。  
「や、やだっ、イっちゃう。まだ精液が子宮の中にあるのに、あんっ、このまま  
じゃ妊娠しちゃう」  
「それなら、離れれば良いんじゃないかな」  
「だめ。抜いたら、イけないでしょ。ああっ、違う、いやあっ。どうにかなっ  
ちゃう、苦しい、苦しいの。たす、助けて」  
 文宏は七瀬の体を掴んで、引き離そうとしたのだが。逆らう彼女により、注挿  
のようになってしまう。七瀬は涙を流しながら、何度も首を振る。その彼女の髪  
を撫でて、文宏は優しく口付けた。  
 触れるだけのキスだったが、目を見開いた七瀬が背筋を震わせる。それから、  
ゆっくりと文宏の首筋に顔を埋めていった。  
「落ち着いたかい。なら、少しづつ抜いていこうか」  
「いいの。それより、一緒にイって」  
 戸惑う文宏の耳へ口を近づけて、今のでイっちゃったと七瀬が囁いた。  
 体を揺する彼女の子宮で、揺らぐ精液が文宏の先端を濡らす。その感触に、文  
宏は七瀬を組み敷いて動き始めた。  
「卵子に届いちゃう。精子が泳ぎながら、どんどん近付いてくる。ああっ、やだ、  
本当に妊娠する。どうしよう。すっごい怖いのに、もっともっとイきたいし、子  
宮の中でイって欲しいなんて」  
「七瀬君。僕に出来る事があれば、遠慮せず言ってくれたまえ」  
 死んだ魚のような文宏の目が、間近で七瀬を見る。じっと見返すうち、七瀬は  
思い切って彼に身を預けた。  
「だったら、お願い。いっぱい精液を注いで、あたしをイかせ続けて。何も考え  
られなくなっちゃうくらいに。あうっ、もう! 妊娠させちゃっていいからっ」  
 喘いだ七瀬の唇を奪って、文宏が子宮を突き上げた。それからしばらく、精液  
を胎内に飲む七瀬の嬌声が、辺りに響き渡った。  
 
 七瀬がスカートをめくり上げて、股間を覗き込む。何も無い、つるつるとした  
肌になっているのを確認し、観念したようにスカートを戻した。その下から、液  
体を反芻する音が溢れてきた。  
 陰部を内側にめくらせ、ぴったりと閉ざしたらしい。中では陰核や襞が、吐き  
出された精液を、繰り返し味わい続けているようだった。  
「今の話を総合すると。ダゴン教団は、日本経済を混乱させる気なのね」  
 まとめるユリに、七瀬を含めた全員が首を傾げた。  
「大根を値上げする事で、お客の大根離れを引き起こし。大根おろしや、サシミ  
のツマを減らす。つまり、食品産業や流通産業、ひいては日本経済に打撃を与え  
たいとしか考えられないわ」  
 ユリは確信に満ちていたが、七瀬は一瞥もくれずに口を開いた。  
「別に、日本経済なんか知ったこっちゃ無いわ。大根おろしとツマが無ければ、  
魚は売れない。あたしの狙いは、向かいの魚屋の営業を妨害する事よ」  
「なるほど。あの看板が、ダゴン教団の肖像権を侵害してるからでしょ」  
「魚屋も教団関係者よ」  
 口を挟むユリを、再度否定してから七瀬は続けた。  
 
「少し前なんだけど。北米の会議に行ってた極東支部長が、向こうで死んだのよ。  
もうじきなのに、支部長がいないと問題だからね。新しく、選挙で選ぶ事になっ  
たの」  
 立候補者の中で有力なのが、七瀬と魚屋の二名。選挙を有利に運ぶべく、魚屋  
に嫌がらせしていたのだそうだ。  
 文宏と葉子は、死んだ元支部長に心当たりがあった。だが、確かめようとする  
彼らより、ユリが尋ねる方が早かった。  
「ちょっと待って。今、『もうじき』と言ったわね。何があるの?」  
「何、って一つしか無いでしょ」  
 呆れたような七瀬を見て、不意に葉子は理解した。  
「もうすぐ、目覚める」  
 ニャル様の言葉は、これを意味していたのだ。文宏に近付こうとした葉子は、  
否定するユリの大声に振り返った。  
「まさか、クトゥルフだなんて言い出すんじゃないでしょうね」  
 じっと見返す七瀬に、四本の腕を組みながらユリが指をつきつけた。  
「冗談は止めなさい。奴は、私達が殺したわ。死んだ者が、どうやって目覚める  
の。完全に破壊したルルイエごと、海の藻屑になってるはずよ」  
「だったら、なぜ、あんたらは永い眠りについたのよ。あたし達の反乱の後でも、  
文明を維持出来たはず。クトゥルフ様を退けたあんたらに、脅威など無かったの  
だから。世代を重ねて、記憶が薄れるのを恐れたんでしょう。そのあんたが目覚  
めたのは、予兆を感じたからよね」  
 尚も続けようとした七瀬を、ユリが腕を振って黙らせる。知的な顔を少し青ざ  
めさせ、しばらく考えた後で彼女は口を開いた。  
「いつよ」  
「あたしは知らないわ」  
 詰め寄るユリに掌を向け、握りながら七瀬が動かす。手が止まった時、残され  
た人差し指が魚屋を差していた。  
「やっぱり、最初から怪しいと思ってたのよ」  
 ユリは席を立って、文宏と葉子を連れて魚屋に向かった。少し遅れて続いた七  
瀬が、店員を詰問する彼らに頭を振る。下っ端が知っているはず無いだろう、と。  
弱り切った平たい顔の店員に頷き、三人の方へ足を踏み出す。  
 そして、口から血を吹き出した。  
 七瀬の腹を突き破ったステッキの後ろで、魚頭がシルクハットを持ち上げた。  
優雅に一礼する魚から庇うように、文宏が葉子とユリの前に立った。  
「初めまして、ですな。古き御方よ。それと、レディにジェントルマンも」  
 態度とタキシードを着た体は、人間のようでもあったが。頭と、後ろに生えた  
尾ビレは魚。シルクハットとステッキを持つ手は、蟹の節足じみており。大地を  
踏む足は、吸盤のある蛸の足だった。  
 魚屋の看板そのままの大きな生物が、生きて動いている。血まみれの七瀬にも  
怯えて、買い物客達が悲鳴を上げた。必死に逃げる彼らへ、魚は残念そうに頭を  
振った。  
「私の美しさが分からないとは、美的センスに劣る人達ですね」  
「彼女が血を吐いてるからだろう」  
 葉子に指摘されて、納得したらしい。確かに痛々しい姿だと嘆いてから、彼は  
ステッキを引き抜いた。  
 傷口から血が噴き出し、七瀬が倒れ込む。ステッキの血を払う魚へ、文宏が一  
番の疑問点を尋ねた。  
「もしかして、ずっと看板のふりをしてたのかい?」  
「まさか。上のは、ただの看板です。よくあるでしょう、店主をモデルにしたや  
つが。と、これは失礼」  
 魚は襟を正しながら、三人に向き直って会釈した。  
「私、ブルーノ・コンスタンティンと申します。この店の経営者ですが、これで  
も何かと忙しい身でして。余り店に顔を出しませんから、お会い出来たのは主の  
導きのおかげでしょう」  
「お前らの主の導きなんか、嬉しく無いわね」  
 ユリが吐き捨てて、咳き込む七瀬を見下ろす。流れ出た血が、地面に赤く広が  
っていた。口封じかと呟いたユリに、ブルーノは心外そうに抗議した。  
「そんな野蛮な。するはずが無いでしょう、美しくない。もし仮に行うとしても、  
せめて毒杯を渡しますよ。その方が、ずっとエレガントだ」  
「違うというなら、答えなさい。神官様が復活するのは、いつよ」  
 
「今年のユールの日、つまり十二月二十四日です。必要な物は全て見つかりまし  
たから、後は星辰が揃うのを待つだけ。我が一族の悲願である地上の楽園が、よ  
うやく実現するのです」  
「させないわ。必ず、止めてみせる」  
「出来るものでしたら、御自由にどうぞ。さて、御挨拶もすみましたし、そろそ  
ろ失礼したいのですが……よろしいですか、七瀬さん」  
 這い蹲っていた七瀬が頷き、発泡スチロールを支えに身を起こす。中のサンマ  
が揺れて、冷却用の氷が幾つか落ちた。立ち上がった彼女は、大きな深呼吸を繰  
り返しながら腹に手をやった。  
 真っ赤に濡れた服を、血まみれの手で抑える。そしてそのまま、傷口に腕を突  
っ込んだ。  
 掃除機のような吸引音と共に、肘の辺りから肉や血が吹き出していく。体内で  
肉や骨まで削られる、耳障りな破砕音が響き。飛び散った血の、むせ返るような  
匂いが漂い始めた。  
「助かったわ」  
 青白い顔を何度か振って、七瀬が息を吐いた。地面に飛び散った血に手を伸ば  
し、軽く招くと。それらは吸い込まれるように、彼女の体に同化していった。  
 後に残ったのは、染みとなった白濁液だけ。それを七瀬の上から眺めたブルー  
ノは、賞賛を込めて文宏を見た。  
「しかし、七瀬さんに作用するとは、恐ろしい能力ですね。尊敬に値しますよ。  
御名前を伺っても、よろしいですかな」  
「戸川文宏」  
「覚えておきますよ、戸川さん。それでは、機会がありましたら、またお会いし  
ましょう」  
「今度は負けないからね!」  
 指をつきつける七瀬を抱えて、ブルーノが飛び上がる。上空を旋回していた、  
翼のある影が彼らを掴まえると。そのまま、どこかへ飛び去っていった。  
 じっと見送る文宏の横に、葉子が並び立つ。  
 山田ゼミの人達の事があるから、ダゴン教団からは余計に逃げられないのだろ  
う。文宏の表情は相変わらずなものの、手は強く握り締められている。そっと手  
を添えた葉子も、凛として空を見上げた。  
 静かな二人の後ろで、ユリも激しく闘志を燃やす。知性と情念の両立した、美  
しい貌だったが。五本の手が売り物のタコとイカを握り潰そうとし、奪い返そう  
とする店員が一緒では。どう好意的に見ても、間抜けなものでしか無かった。  
 
 
終  
 

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