G'HARNE FRAGMENTS  
『ガールンにて』  
 
 
 山田教授は、コミュニケーション学の研究者としては評価されていた。一方で  
変人とも言われたのは、言語学での発表が理由だった。  
 マヤ文字に似た、点の集合体である象形文字。その完全な解読に成功したとい  
う彼が異端視されたのは、門外漢だからだけではなく。読み解かれた古文書の知  
識が、悍しい存在を示していたからだ。余りに奇怪過ぎ、論ずるだけで正気を疑  
われるモノの。  
 彼の業績は無かった事にされたが。一部研究者やオカルティスト以外に、米国  
政府が評価した。当たり前だが、米国政府の興味は学問の発展などには無い。  
 米国では1920年代から、半魚人による被害が報告されていた。  
 拉致や殺人、暴行、破壊活動に留まらず、軍事衝突に至った事も幾度かある。  
彼らの拠点と目されたダゴン教団は、1927年9月から連邦捜査局が厳重な監  
視を行っており。組織犯罪の温床のカルト的狂信者集団として、今で言うセクト  
指定を受けていた。  
 新世紀になっても、半魚人による犯罪は減るどころか増加傾向にあった。太平  
洋沿岸での彼らの活動は、既に一般にも伏せきれないほど活発だったが。根本的  
な解決策が見つからなくては、公式発表も徒な混乱を招くだけにしかならず。警  
察や軍事関係者の頭を、痛めさせ続けてきた。  
 その現状を打破する可能性を導いたのが、山田教授の解読した文字だった。  
 ルルイエ異本という古書が読み解かれ、その内容が関係者を驚かせた。クトゥ  
ルフとその眷属の、克明かつ詳細なデータが明らかになったのだ。  
 既に米国内の研究チームによって、存在の可能性は示唆されていたものの。科  
学的データに基づき、各種の検証や批判に耐えうる資料は、それが初めてであっ  
た。これにより米国政府は、半魚人対策が緊急の課題であるとの評価を下した。  
 対策チームが本格稼働した翌日、戸川文宏から国家安全保障省の職員に連絡が  
あった。  
 米国政府が山田ゼミの生き残りに払っていた関心は、さして大きなものでは無  
い。山田教授の遺稿でも見つかれば何かの助けになるかも、なったらラッキー、  
という程度である。ところが日本の大学生からの連絡は、彼らに期待以上の物を  
もたらした。  
 古き者との会談。  
 半魚人に敵対する勢力として、存在は知られていたものの。太古の昔に衰退し  
た種族だけに、誰も接触を期待していなかった。  
 ユリが日本を訪ねたのは、各国政府に共同戦線を呼び掛ける作戦のうちであり。  
レアの頼みを聞いたのも、イス族に政府機関の人間と入れ替わった者がいる事が  
大きい。充実した性活を送っていようが、文宏と深い仲になるのが目的だったの  
ではない。  
 彼女の仲間達も、各地で少しづつ働きかけを行っていたのだが。事態が急を要  
する為に、多少の危険を冒して何人かが米国政府との会談に臨んだ。  
 席上で話し合われた内容は、関係者を緊迫させるには充分だった。  
 数十億の人口を抱え、充分な軍備と侵略意図を持つ集団。彼らの本拠地である  
ルルイエが復活した場合の脅威判定は、米国政府関係者の認識を改めさせた。以  
降、米国は同盟国と軍事シナリオを描きつつ、世界各国に協力を求めていった。  
 欧州、中東、アフリカの反応は鈍かったものの。半魚人の被害に晒されている  
環太平洋諸国は、これに賛同。米日を主軸に行っていた定期の海上演習を名目に、  
南太平洋への戦力展開を構築した。  
 同時に、古き者から技術提供された兵器等の、量産体制を整える。彼らが見返  
りに求めた南極や各遺跡の居住権は、幾つかの例外を除いて水面下で調印も行わ  
れた。まとまらなかった数ヶ所は、領内政府と税金や借地権などの交渉を継続す  
るものとされ。戦後の見通しが立った古き者達も、本格的な戦時体制に入った。  
 
 半魚人に発情させられた者を治療しようとし、性欲を皆無にしてしまったり。  
シャ=ガースを作ろうとした米国の研究機関が、黒いスライム状の物体に壊滅さ  
れたりもしたが。大きな混乱も無く、たった数ヶ月という短期間で大規模な軍事  
展開が整えられつつあった。  
 こうして世界に、有史以来で最も緊張するクリスマスが近付いていた。  
 
『飛行プランを確認しました。観測地点への到着は一時間半後と見られますが、  
そちらでも確認願います』  
「ダイアー・ウィリアム教授号です。こちらも同様の計算になりました」  
『こちら管制。観測地での周回軌道に、変更はありませんよね。その場合、三時  
間後にエールフランス237便と十キロの接近が予想されます。現在の高度を維  
持し、接近時には該当空域の管制の指示に従って下さい』  
「了解しました。現在の高度を維持します」  
『しかし、飛行船で空の散歩とは、優雅なもんだねえ。一日中、レーダーと睨め  
っこの俺と代わって欲しいぐらいだよ』  
 親しみを込めた管制官の声に、通信士である黒人青年が苦笑を返した。  
「こっちも計器と睨めっこさ。しかも調査が終わるまで、何時間かかるんだか分  
からないときてる。俺が興味あるのは、残業手当がつくかどうかだけだね」  
『お互い、宮仕えは大変ですなあ。それでは、良い空の旅を』  
「ありがとう。そちらも、良い一日を」  
 通信士が振り返ると、艦長である中年の黒人が状況確認を指示した。進路や天  
候、艦の状態などを、担当のブリッジクルーが報告する。全ての部署からの報告  
が上がると、副長である黒人女が艦長に向き直った。  
「異常無しであります」  
「御苦労」  
 頷いた艦長が、ゆっくりとブリッジを見回した。  
 登録は米国政府の観測飛行船だが、その通りなのは偽装された外観だけだった。  
実体は古き者の大気圏内移動船で、気球部分にも気体など入っていない。三十二  
機の戦闘機が運用可能な、中型の空中空母の改造艦だ。  
 かなり余裕のあるブリッジには、黒人が多いように見えるが。これも、航行前  
に米軍と接触する機会があったから合わせただけの話で。大半のクルーは楽な事  
もあって、本来の黒いスライム状の形態をしている。必要に応じて腕や口などを  
生み出した方が、彼らの生態では自然なのだった。  
「通行許可は得たので、地上の各国からの攻撃は無いと思われるが。今回の任務  
地は、敵に占拠された可能性もある都市の上空だ。周辺が敵の支配下にある事も  
想定し、充分な警戒を行ってくれ」  
 ブリッジクルーが声を揃えて拝命すると、副長が続けて口を開いた。  
「三交代で、各員三十分づつの休憩を取るように。マスターが降下される二時間  
後は忙しくなるから、しっかり休んでおけ」  
 席を立った砲術長が、液状の体を伸ばしつつ副長に声をかけた。  
「てけり、り」  
「いや、私も海兵に任せてはどうかと具申したのだ。だが、陸上部隊を速やかに  
誘導する為にも、御自分が先行なさると押し切られてな」  
「切り札か。何もかもが懐かしい」  
 軍帽の下から地上を映すスクリーンへ目をやり、艦長が感慨を込めて呟く。気  
分を害しないように注意しながら、副長は彼に声をかけた。  
「艦長は、アレを御覧になられた事、御有りでしたよね」  
「奴が敵部隊を次々に駆逐していくのを、傍から眺めていただけだが、な」  
 目深に被った帽子によって、彼の目は見えなかったが。副長には、艦長の笑み  
の渋さが、くっきりと焼き付いていた。  
 今回の作戦で、旧都市を復旧させるのは副次目的に過ぎず。クトゥルフの眷属  
との戦いにおける、決定打となるモノの回収が主目的だ。  
 軍人は味方だろうと、強大過ぎる力に警戒を抱くものであるが。きらきらとす  
る副長の目から、二人の雰囲気が単なるオフィスラブなのは明らかで。砲術長は  
食堂に向かう前から、胸焼けを覚える事になってしまった。  
 
 眼下には、どこまでも続くような砂漠が広がっていた。  
 風の名残りが波のように残され、なだらかな丘陵地に模様をつける。その上で  
悲哀や歓喜が起ころうと、全てを呑み込んでしまうようで。砂という変化し易い  
物が、かえって大地の不変さを感じさせるようだった。  
 
「ここのメニューって、本当に白ペンギンばかりねえ」  
 悠久の時間に浸っていた直子は、ぶち壊しにする声を非難がましく振り返った。  
 メルがメニュー片手に、ソファーにふんぞり返っている。嫌でも目を引く巨大  
な乳房が、呼吸に合わせて存在を誇示するように上下していた。  
「多少は幅を持たせましたが、調理場も急には対応しきれませんよ」  
 客の態度など気にしないのか、応対する黒人のウェイトレスは淡々としたもの  
だった。だが、訓練された忍耐にも限界はあるらしい。軍服のスカートから伸び  
る黒いスライム状の物体が、苛々とカーペットを叩いていた。  
「古き者の御自慢の科学力で、どうにかなんないわけ?」  
「対費用効果が悪過ぎます。それに、物質構成を変換するような設備は、電算室  
だけで当艦の五倍の広さが必要なんです」  
「そこまで言わないわよ。たださ、あたしも二人分の栄養を取らないといけなく  
ってね」  
 微笑んだメルが、お腹を蟹鋏の手で撫でた。まだ大して目立ちもしないという  
のに、優しげな手つきは母性を感じさせた。  
「何やってるんですか、まったく」  
 直子が呆れたようにメニューを奪い取り、簡単に注文を済ませる。二人分づつ  
頼むと、腹部に負担をかけないような体勢に戻った。  
 少し離れたテーブルでは、注文を終えたレアが読書を再開させていた。読むと  
いうより学んでいるらしく、脇には書き留めたノートが開いてある。知的で優雅  
な姿は、にやけながらボディビル雑誌を読むメルとは対照的だった。  
 向き合う相手を代わってくれないかと、お腹を撫でながら直子がレアの対面を  
見る。視線に気付いたのか、葉子は変わらぬ無表情を振り返らせた。  
「アルビノペンギンも、思ったより食えたぞ」  
「あ、いえ。別に、食べた伊藤さんをどうこう、っていう気は全く」  
 笑って誤魔化す直子は、冷め切った葉子の目に思わず背筋を正して見せた。  
 直子の引きつった笑みなど、気にもならないのだろう。淡々とピラフを頼んだ  
葉子が、レア越しに見えるソファーへと声を掛けた。  
「適当に頼んで良いか?」  
 返事をしようとしたらしいが、文宏の口は葵に塞がれてしまった。  
 離れようとする文宏に、かえって葵が抱きつく力を強める。言葉で返すのを諦  
め、文宏は葵の腰を掴む手を片方離し、背後に軽く振った。  
「ちょっと、文宏さん」  
 葉子が注文を始めるのと同時に、キスを解いた葵が険のある声を出した。  
 赤く上気させた顔は、口の周りが溢れた唾液に濡れている。かなり苦しそうな  
息をさせつつ、それすら悦びになるようだが。潤んだ瞳には快楽だけでなく、明  
らかな嫉妬が光っていた。  
「食べたい物でも、あったのかい」  
「そうじゃ無いでしょうが。あたしとヤってる最中なんだから、ふうっ、他に意  
識を逸らせないでよ」  
「しかし、だね。人は食べなければ、死んでしまうものさ」  
「つか、他の事を考えられないぐらい、夢中になってよ。あたしばっかり溺れて  
るんじゃ、馬鹿みたいじゃない」  
 それとも、と口をとがらせながら葵が腰を揺らす。  
 文宏の背中で組まれた脚は、一瞬でも陰茎が抜けるのを許さないようだ。下腹  
部は抱えられたからだけでなく、葵の意志もあって浮き続けている。  
 すでに何度か吐かれた精液が、ほとんど陰茎に触れないのはそのせいだろう。  
重力と膣内の脈動が、ほぼ全てを子宮に流し込ませていた。  
「あたしの子宮を、文宏さんの精液で満たしたい、とか思ってくんないの?」  
「そう思っていなければ、達する時、更に葵君へ突き入れたりしないよ」  
「だったら、ずっといっぱいに、あくっ、しちゃって。常に卵巣まで、精液で埋  
め尽くして。卵子が出た瞬間に、受精卵になっちゃうくらいにさ。そういうの、  
どきどきしないかな」  
「いや、むしろそれなのさ。葵君は直子と違って、別に妊娠する必要は無いんだ  
からね」  
「必要は無くても、あたしは文宏さんの子供欲しいのにな……って、ああんっ」  
 寂しそうに呟いた葵を、すぐさま文宏が抱き寄せた。外に溢れさせないように  
か、彼女の腰を掴んだまま注挿を繰り返す。  
 葵の膣内は柔らかく受け止めながら、膣口だけが陰茎をきつく締め付けた。  
 
 子宮口を突かれる度に、葵は嬉しそうに喘いだが。半開きの口に吸い付かれて、  
熱い吐息を文宏へと吐き出し始める。繋がる上と下から、それぞれ別の液体が音  
を立てながら溢れていった。  
 快楽に溺れる二人の脇で、アルタが舌打ちするように短く羽を鳴らす。口論を  
始めたのを見て、順番の繰り上げを狙っていたらしい。  
 背後の嬌態に微笑みを浮かべ、レアは本から上げた顔を前に向けた。  
「それにしても。生物の合理性には、つくづく驚かされますわ。挿入、注挿、吐  
精と。雌性体は受け入れ、雄性体は受け入れさせて満足を得る。生殖に繋がる行  
為が、ことごとく快楽になるのですから」  
「でもなくば、生存競争に勝ち残る繁殖力は得られまい」  
「イス族やエルダーシングの個体数が増え難いのは、排卵周期が長過ぎるだけで  
なく。卵子を排泄して受精させる方が合理的だ、と考えたからかもしれませんね」  
 レアと葉子の会話を聞きながら、直子がげんなりした顔を見せる。もっとも内  
容ではなく、メルの差し出すグラビアから逃げられないせいだろう。にかっとし  
たマッチョの笑顔が、直子の目の前に全開サービスされていた。  
「ところで。一つ、良い事をお教えしましょうか」  
 首を振る直子に少し笑ってから、レアが葉子へ向き直った。  
「私の一族には、精神の旅に時間の制約を受けない、という力があります。もっ  
とも、入れ替わるだけですので、対象と成り得る相手がいなければなりませんし。  
常に変動する事象の流れは、私どもにすら観測不可能ですが」  
 クトゥルフの眷属と人類の戦争が、どう転ぶのか。レアが未来を見たとしても、  
必ずしも結果がそうなるとは限らないものらしい。  
「文宏の催淫効果を中和する物を持っている、辺りか」  
「あら、やはり驚かれませんのね」  
 予想していたのか、冷淡な葉子を見ても、レアの上品さは崩れなかった。  
「でしたら、私の知識欲を満たして下さいませ。ユリさんには、あなたが強制的  
に発情させられるのを嫌がっている、と伺いました。それが解決されても我慢な  
さるのが、不思議でなりません。好きな御方の子供を孕もうとするのは、とても  
気持ちの良い事ですのに」  
「あまり話したく無い事だ、察してくれ」  
「戸川さんに他の方との性交渉があるのが、理由ではありませんわね」  
「ああ。数ヶ月前まで、私は文宏と連日のように交わっていたが。その時も、あ  
いつには藤野梢という相手がいた」  
「その御方は?」  
 葉子が首を振ったので、レアも事情を察する事が出来た。おそらく、同じ山田  
ゼミの者だったのだろう。ダゴン教団に関わった彼らのうち、生き残ったのは文  
宏と葉子の二人だけ。  
 たった数ヶ月前の出来事だ、傷が癒えていなくても不思議では無い。  
 二人がすると、思い出したく無い事を浮かべてしまうのだろう。文宏と葉子が  
淡々としていなければ、当たり前ともいえる理由だった。  
「不躾な質問をして、申し訳ありませんでした。ですが、わたくしも聞く必要が  
あったものですから」  
「構わん。私への遠慮ならば、無用だ」  
 いずれ自分もするから、存分にヤってくれ。言外の意味にレアは笑みを返し、  
ゆっくりと背後を振り返った。  
「戸川さんに、お伝えしたいのですけれど。渡辺さんも、随分前から中和薬を使  
われていますの。ですから、受精を望まれるのは催淫の効果などではなく。全く  
の、渡辺さんの本心ですわ」  
 乱れる言い訳を剥がされて、葵の顔が耳まで羞恥に染まる。だが、文宏が愛お  
しそうに抱き締めると、最後の理性も捨てて完全に身を委ねた。  
 どくんっ、どくどくどくっ  
 子宮口を押す文宏と、胎内に流れ込む精液を感じて、葵が高く甘い声を上げた。  
 葵が失神したので、文宏は気遣ったのだが。羽音と共に舞い降りたアルタに押  
され、上体を仰け反らせた。まだ葵の膣内にあるうちから陰茎を掴んだアルタは、  
抜けると同時に呑み込んでいった。  
「よくも、さんざん待たせてくれやがりましたね」  
 ほっとしたような溜め息を吐きつつも、羽が出す声は偉そうだった。  
 待ち焦がれていたらしく、アルタの体内の菌糸が、艶めかしく陰茎に絡みつく。  
文宏は意識の半分を彼女に占められながら、もう半分は目の前の光景に縛り付け  
られていた。  
 
 脱力しきった葵は、だらしなく足を投げ出しており。その股間から、呼吸に合  
わせて精液が溢れてくる。開閉する膣口が、どぷ、どぷっ、と精液を流れさせ。  
陰唇や陰毛を伝って、尻まで濡らしていった。  
 硬度を増した屹立に、満足そうにアルタは文宏の顔を覗き込んだのだが。彼の  
視線の先を確認すると、ピンクの髪を赤っぽく変えながら、羽をばたつかせた。  
「どこを、見てるんですか。嫉妬させようというのでしょうが、浅はかな考えで  
すよ。すぐに戸川君を、私以外の女では感じられない体にしてあげます。自分の  
愚かさを悔やみつつ、永遠の快楽地獄に堕ちやがれ」  
 アルタが上下動を始めると、文宏は視線を彼女に移した。目が合っただけで、  
アルタの背筋がぞくぞくっと震える。  
 文宏の口付けに、前髪の間から見上げる瞳は潤みきり。抱き締められて乳房が  
押し潰されると、蕩けきった顔で乳首を擦り付け始めた。  
「ああっ、だめ、だめです。戸川君じゃないと、感じられない体になっちゃいま  
す」  
「何か問題あるなら、止めようか?」  
「問題なんて、私の美貌を崇拝する全世界の男どもが、嘆き悲しんで自殺する程  
度です。でも、今までさんざん注ぎ込まれたせいで、あふっ、菌糸という菌糸に  
精液を浴びましたからね。とっくに、戸川君専用になっちゃってますよ」  
 対面座位で繋がる二人が腰を振る度に、ソファーが揺れて葵から精液が流れ出  
る。ぼんやりと目を開けた葵は、太股を濡らすものを、体に塗りつけていた。  
 ふと、自分が何をしてるかに気付いたのだろう。葵は慌てて股間に手を伸ばし、  
指で陰唇をぴったりと合わせる。文宏の視線を感じた彼女は、見せつけるように  
腰を上げていった。  
 膣道の精液を、全て子宮へ流し込むべく。  
「ま、まだ激しくなりやがりますか。ああっ、もう下僕になりますから。戸川君  
専用の、性欲処理の道具として、好きなように使って下さいっ」  
「あのね、何度も言うようだけど。僕は、道具だの下僕だのに興味は無いんだよ」  
「だったら、あんっ、道具にも下僕にもなりません。年中無休で、朝も昼も夜も  
真夜中も、あふっ、ついでに早朝も。いつでも好きな時にブチ込んで、たっぷり  
注ぎ込みやがれ……ですから、捨てないで下さい」  
 うるうると懇願するように見上げられて、限界が来たのだろう。アルタの腰を  
掴んだ文宏が、ぐいっと引き寄せて彼女の奥に思い切り吐き出した。  
 どくっ、どくんっどくどくっ  
 アルタの膣内では、無数の菌糸が吸い付いて絞り上げ、一滴残らず飲み干そう  
とする。どこまでも正直な体とは別に、真っ赤な顔が見下すような笑みを浮かべ  
た。  
「私の魅力に、囚われてしまったようですね。てめえはもう、破滅にまっしぐら、  
って、ふわっ! だ、だめ、だめです」  
 文宏は悪戯で突いただけらしかったが、反応の良さに本格的に動き始めた。  
「だ、だしながら動きやがるなんて、あくっ、反則」  
 抗議するものの、文宏が止めかけるとアルタは意地を張り通す。口先だけでな  
く、彼女の膣内は吐かれた精液を全て飲んだのだが。容量の限界より先に、アル  
タ本人がぐったりとしてしまった。  
 
 ダイアー・ウィリアム教授号の格納庫では、整備士達が忙しく走り回っていた。  
 樽に似た外観の戦闘機に取り付き、計器や燃料の確認を行ったり。武装が指定  
通りになっているか、一つ一つの機体を調べていく。機械音に負けじと張り上げ  
られる声が、活気に満ちた空間を作っていた。  
 その一角に、少し趣の異なる兵器があった。  
 操縦席のある平べったい胴体には、まるで目のような赤い円が並び。ひと際大  
きな正面の単眼が、内部の操作で瞳孔部分の拡大縮小を行う。胴体から伸びた五  
本の脚は、足下がそれぞれローラーになっており。赤く塗られたその機体は、五  
本脚の蟹のように見えた。  
「オーストラリアでも、これを使ったのかい?」  
 後部座席から尋ねる文宏を、ブリッジとの会話を切り上げたユリが振り返った。  
「同系だけど、少し違うわ。この戦車は、都市戦用に造られたものよ。整地され  
た場所なら、三割増しの速度が出せるしね。他に、計測器なんかも、高い障害物  
を考えた物を使っているわ」  
「そんな事より、質問があんだけどさ」  
 
 文宏を引き寄せて、だらしなく寝そべったメルが割り込む。巨大な乳房に顔を  
覆われ、文宏が苦しげにもがいていた。  
「何かしら」  
「こっから目的地まで、瞬間移動すんのよね。だったらさ、文宏の家から直接行  
った方が、早いんじゃないの?」  
「行けるなら、ね」  
 通信機の届けた口笛じみた声を聞いて、ユリが前に向き直る。五本の腕が忙し  
くコンソールを叩く様子は、傍からは難作業にも見えたのだが。本人は余裕があ  
るらしく、さっきの続きを話し始めた。  
「空間移動には、幾つかの条件があるのよ。粒子に還元した物体を、他の地点に  
飛ばすなんて事が可能なら、別でしょうけど。そんなものは、空想の産物に過ぎ  
ないわね」  
 それより離してあげたら、と言われてメルは腕の拘束を緩めた。  
 解放された文宏が、大きく息を吸いながらユリに礼を言う。顔に爆乳が押しつ  
けられて荒い息を吐きつつも、彼は相変わらずの爽やかな笑顔だった。  
「我慢しないで、むしゃぶりついて良いわよ」  
「メル君に息を止められて、はあっ、苦しんでるんだよ。それより、ユリ君。僕  
には、ふうっ、どちらも魔法じみて聞こえるけどね」  
「我々の技術は、純粋な科学の産物よ。三次元空間では離れて見える場所も、別  
次元では隣接しているから、それを移動するだけ。簡単でしょ?」  
「あいにく、僕は文系だからね。縦横高さの三次元に、更に方向が加わるなど理  
解を超える概念さ」  
「増えると思ってしまうから、理解し難いのよ」  
 準備は済んだのか、最後に通信機へ口笛を吹いてからユリが手を休めた。  
「紙に円を書くとするじゃない。線の世界である一次元では、それは点があるか  
無いかの物だけど。面の二次元では、円という図形よね。でも、三次元での『紙  
に書かれた円』という立体には、何の変化も無いわ」  
「元々、もっと沢山の方向を持ってる空間だ、って事ね」  
 メルの締めくくりに、どう説明すべきかユリは少し考えた。後部座席が二人が  
全く分かっていないので、簡単にするのが難しかったらしい。  
「高次元というのは、とても小さな世界なのよ。さっきの紙を例にすれば、近く  
で見ると皺があったりするでしょ。顕微鏡にかけると、繊維も目にする事が出来  
る」  
「なるほど、素粒子論とかいう物だね」  
「ええ。その何兆分の何ミリの世界は、三次元とは異なる法則で動いているの。  
少し手を加えるだけで、私達の目にはボールペンがハサミに変化したように見え  
るわ。フミヒロにあげたのも、その技術を使った物よ」  
 シャツの胸ポケットに差してあるボールペンに、フミヒロが目を落とす。感心  
しているのかもしれないが、死んだ魚のような目のままだった。  
 その彼の頭で乳房をふにふにと変形させつつ、メルが蟹鋏を挙げて尋ねた。  
「つきつめると、宇宙は何で出来てるわけ?」  
「波よ」  
 メルはマッチョなサーファーでも思い浮かべたのか、口元を綻ばせた。文宏が  
真面目に聞いているので、ユリは別に気にせず話を続けた。  
「宇宙誕生の大爆発。その余波を、私達が物体として認識しているだけに過ぎな  
いわ」  
 ビックバンのエネルギーが形に見えているだけ。置き換えた文宏は、ようやく  
何を言われているのかを理解した。  
「ショゴスには質量の増大、つまり巨大化する能力があるけど。それも単に、自  
身を構成する波を変化させているだけよ。ただ、我々の科学力でも、時間すら飛  
び越えるイス族の力は解明出来ない代物ね」  
 興味深いテーマだけど、と言おうとしたユリを通信が遮った。  
『てけり、り』  
「作戦開始。行くわよ」  
 後部座席の二人が頷いた次の瞬間、辺りの景色が一変した。整備士達の立ち働  
いていた格納庫が消え、モニターには真っ暗な空間だけが映し出された。  
 ユリが地下都市に先行すると決めたのは、別に無謀だからではない。  
 
 古き者の中でも、彼女はトップレベルの工学博士だが。陸上部隊の侵入の為に  
都市機能を回復するだけなら、工兵が行った方が良い。問題は、ここに眠る対ク  
トゥルフ戦の切り札が、気難しい相手だという事にあった。扱い方を間違えれば、  
陸上部隊ごと全滅しかねないのだ。  
 あるべき連絡が無い以上、都市の危険性は高い。だが、彼女は護衛に選んだ二  
人の能力を信頼していた。  
 戦車とラーン=テゴスのメルだけで、一個大隊ほどの戦力となら渡り合えるだ  
ろう。文宏の戦闘能力は未知数だが、彼には驚異的な回復力がある。並みの大学  
生だとしても、心配せずに弾幕を張る役ぐらいは任せられた。他の連中の同行を  
拒んだのは、万一の時に守りきれないと思ったからだ。  
 計器の操作を始めたユリを、後ろの二人はしばらく黙って眺めていたが。真っ  
暗なモニターに何の変化も無いので、すぐにメルは飽きたようだった。  
「で、いつになったら着くわけ?」  
「もう、着いてるわよ」  
 ユリがキーを押すと、照明が点いていった。継ぎ目の少ない、金属質な薄緑の  
通路が前後に長く伸びている。開かれたキャノピーからは、澄んだ冷たい空気が  
流れ込んで来た。鍾乳洞や地下のような、少し淀んだ臭いが漂っている。  
 白衣の腕を上げて、ユリが五つの房になった髪を払う。振り返った彼女が、案  
内役よろしく、にっこりと二人へ微笑んだ。  
「ようこそ、ガールンへ」  
 
 ユリは都市のネットワークに入って、まず発電施設を動かした。幾つか駄目に  
なっていたものの、地下の生命維持に必要な分は確保出来るようだ。  
 主要通路の明かりを点け、エレベーターなどの移動手段も起動させる。地図を  
表示しながら、地上部隊が問題なく降りられるルートの確保を終えると。この都  
市にいたはずの古き者が、なぜ目覚めないかを調べ始めた。  
「おや、この文字は」  
「読めるの?」  
 看板に目を止めた文宏へ、メルは胸を揺らしながら近付いていった。  
 到着地点は通路だったようで、広いだけで何も無い空間だ。戦車から降りたも  
のの、体を伸ばす事ぐらいしか出来そうにない。メルの顔には、良い気晴らしだ  
と書いてあった。  
「見覚えがあるだけさ。山田先生の手帳があれば、意味も分かっただろうけど」  
「こういうのだから、地名か何かでしょ」  
「だと思うよ。しかし、これがユリ君達の文字とは、世間も案外狭いもんだねえ。  
山田先生が生きてらしたら、大興奮だったろうに」  
 のんびりだらける二人へ、戦車からユリの緊迫した声が掛けられた。  
「二人とも、早く乗って!」  
 ただならぬ様子に、機体を二人が駆け上がる。飛び込んできた彼らに、ユリは  
周辺地図を表示するモニターを指し示した。  
 通路の中心に青い光点があり、壁一つ離れた場所には無数の赤い光点があった。  
拡大率を切り替えると、通路の入り口にもおびただしい数の赤が押し寄せている。  
更に大きい地図は、ほとんどが赤い点で埋め尽くされていた。  
「囲まれたようだね」  
 文宏が冷静に指摘すると、ようやくメルも意味が分かったようだ。  
「もしかしなくても。さっきの青い点が、あたし達って事?」  
「ええ。都市を維持してるはずのショゴスは、こいつらにやられたらしいわ。休  
眠中の仲間も、ほぼ絶望でしょうね」  
「乗っ取られてたってわけか」  
「映像、出すわよ」  
 上からのアングルで、地下都市を蠢く者達の姿が映し出された。彼らは急に点  
いた明かりに驚いたのか、きょろきょろと周囲を見回していた。  
 一方に無数の触手を生やす胴体は、円錐を長くしたような円筒形だった。  
 形容するなら、土に縛り付けられたイカだろうか。映像の中で何体かは岩盤に  
吸い付き、それが柔らかい物かのように潜り込む。どろっと溶けた岩から、左右  
に振られる後部が少しづつ消えていった。  
「見覚えの無い連中ねえ」  
「死んだ仲間の残した、手記を見つけたわ」  
 都市のライブラリーから探り出したユリへ、文宏が感心するように頷く。しか  
し、メルの評価はもっと端的だった。  
 
「逃げずに手記を書くだなんて、ただの馬鹿でしょ」  
「脱出手段が無かっただけよ。通路は敵で塞がれ、通信機は使えなかったようだ  
から。あの溶解液を防げるのは、ある種の金属だけみたいね」  
 ざっと読んで、ユリが必要な情報を伝える。その間にも、ダイアー・ウィリア  
ム教授号にデータを送って照会を求めていた。  
 銃器の無かった古き者達は、火炎放射器で応戦したらしい。  
 成体には効かず、幼体は焼き払えたようだ。しかしそれは、彼らを怒らせる結  
果にしかならなかった。他にも真空状態に放り込んだりもしたが、呼吸を必要と  
しないらしく。水が苦手と知った時には、手遅れとなっていた。  
「あら、早いわね」  
 ダイアー・ウィリアム教授号からの返信を見て、ユリは通信機に口笛を吹いた。  
「彼らは、地上にも現れてたようよ。クトーニアン、ギリシャ語で『冥界に棲む  
者』というらしいわ。幼生の成長に、地上生物の血液が必要みたいね。それと、」  
“テレパシー能力を持っとるんだがや”  
 三人の頭の中へ、答えるかのような声が響き渡る。それは地底に住む者が使い  
そうな、奇怪で悍しい言語だった。  
 しかしユリは、テレパシーなど重要でないと首を振った。  
「ガールンを作ったのは自分達だ、と捏造してるようね」  
“そんなの、どーでも良いぎゃ。おみゃーら、何しにいりゃーたんだ”  
「良くないわ」  
“俺らは、別に捏造なんかしてねえだがや。シュド・メル様の崇拝者どもが、造  
ったと言っとったんは知っちょるが”  
「下らない言い訳ね。お前達は、この都市の建造に関わった者全てに対して、喧  
嘩を売ったのよ」  
「話が進まないじゃない。とにかく、あんたらは筋肉すら無いくせに、人の家を  
勝手に占拠してるんだから。さっさと出ていけば、それで済むのよ。でなければ、  
まず幼体を全て焼き殺すわ」  
「割り込まないで。とにかく、我々と同期間で同規模の都市を建造してみせなさ  
い。全滅してでも、必ずやるの」  
“交渉は決裂のようだがや”  
 テレパシーの終了と共に、赤い光点が動き出す。戦闘準備を整える二人を見な  
がら、文宏が首を傾げた。  
「いつ交渉してたのか分からないのは、僕だけかな」  
「簡単よ。最初から、交渉の余地なんか無かっただけ。あれば、ここにいた仲間  
が殺されたわけが無いでしょ。連中を怒らせて、少しでも冷静さを奪うのが狙い  
よ」  
「そうだったの?」  
 メルを無視して、ユリはアクセルを踏み込んだ。  
 操縦席の天蓋に映し出される景色へと、通路の向こうのクトーニアンが見えて  
くる。荒っぽい運転だが、ショックアブソーバーが優秀なのだろう。中の三人は、  
ほとんど加速を感じる事も無かった。  
 短く気合いの息を吐いたユリが、スロットルを握り込む。機体脇の目に似た砲  
口から、光線が撃ち出されていった。  
「意外に硬いわね」  
 直撃以外でも、外壁の破片を浴びた者もいるが、それほど数は減っていない。  
多少刺さった程度の者は、怯まず前進を続けていた。  
「となると、出番かな」  
 頷き返すメルと共に、文宏はキャノピーを開いて身を乗り出した。  
 文宏の持ったボールペンが、細長い両刃の剣へと形を変える。手首の動きに従  
い、それは鞭のようにしなって通路の風を切った。顔に吹き付ける強い風に目を  
細めながら、文宏は前方をじっと見ていた。  
 光線を乱射しながら戦車は疾駆し、クトーニアンの群れへと突入する。飛び掛  
かる者達を文宏が鞭打ち、間近に迫る者はメルが切り捨てていった。  
「長くは難しいわよ。どこへ向かってるの?」  
「目的地。陸上部隊の到着まで、私達だけじゃ生き残れないでしょうからね。あ  
いつの力で、一気にケリをつけるわ」  
「残りの距離は、どのくらいだい?」  
「三十分ね」  
 機体が保てばという言葉を、ユリは飲み込み、二人も聞かなかった。  
 
 通路を抜けた戦車は、だだっ広い空間へと出た。超高層ビルの建ち並ぶ光景は、  
地下なのが信じられないほどだ。壊れた照明も多いのか、崩壊したビルの幾つか  
は影にしか見えず。視界が効く程度の明かりが、かえって廃墟をまざまざと映し  
出していた。  
 通路のクトーニアン達は振り切ったが、前方に新たな群れが見えた。整然と並  
ぶ彼らからは、明らかに訓練されたものを感じられた。  
「この子の為にも、頑張ってね」  
 目だけで頷き、文宏は襲いかかって来る者達へ意識を集中した。  
 足止めにかかる先鋒を、戦車の脚が跳ね飛ばす。それを飛び越えてきた連中は、  
文宏が横から一閃した。討ち洩らした敵が、機体の上を跳ねて近付く。両足の鋏  
で体を固定しながら、メルが彼らを薙ぎ払った。  
 うちの一体が文宏に飛び掛かり、触手が左肩を貫いた。体を溶かす激痛に呻き  
つつ、文宏は相手を掴んで斬り殺した。  
「大丈夫?」  
 真っ二つになったクトーニアンを引き抜いて、文宏が笑って見せた時。彼らの  
足下から、つんのめるような衝撃が伝わってきた。  
 振り返ると、後部の脚の一本が途中から無くなっていた。  
 文宏の鞭が翻り、もう一本の脚へ掛かろうとした連中を牽制する。距離の開い  
た彼らを無視して、前方へと振り下ろす。何体かは離れたものの、右前足に張り  
付いた一体が、溶かし始めるのが見えた。  
「あたしが前に行くわ」  
「駄目だ。それはリーチの長い、僕の役目だろう」  
「けど、あたしの方が強いじゃない」  
「子供の為に頑張れと言ったのは、君の方じゃないか。あんまり、心配させない  
でくれたまえ」  
 言葉に詰まったメルの下で、ユリの目が敵の動きを察知した。  
「中に!」  
 咄嗟に伏せた彼らの上へ、天蓋が覆い被さる。直後、クトーニアンの数体が反  
動をつけて、真ん中の前足へぶつかった。  
 関節部にかかった圧力と溶解液に耐えられず、脚が折れ飛ぶ。直後に右前足も  
融解し、バランスを崩した戦車がクトーニアン数体を巻き込みつつ右へ倒れ込ん  
だ。そして、ひび割れの目立つ道路に跡を引きながら、戦車は脇のビルに激突し  
た。  
 停止した機体の周りへ、上からビルの破片が降り注ぐ。退避しきれなかったク  
トーニアンが、何体かその下敷きになって潰れていった。  
「無事?」  
「御自慢の科学力に、感謝しとくわ」  
 機体が衝撃を吸収したが、文宏は額を切っており、メルは腹を庇った腕に青痣  
がある。尋ねたユリからして、体を強く打った為に顔色が悪かった。  
「目的地は、ここから見えるのかな」  
 モニターの一部が死んでいたので、ユリは左前方を指差して文宏を見た。  
「半円の屋根が、ビルの隙間に見えるでしょ。あそこまで行けば、助かるわ」  
「ただ。ちょっと、間にいる雑魚が多いかもね」  
 ユリは痛む脇腹を押さえながら、計器を確認していく。彼女のプランが実行出  
来そうなのか、少しだけ明るい顔を振り返らせた。  
「前の大通りを抜けて、すぐ右が目的の場所よ。残った動力を全て主砲に回し、  
大通りの敵を一掃するわ。後は、ひたすら走る事。少し時間が必要だから、二人  
に稼いで貰う必要があるけど」  
「撃ったら機体が爆発し、ユリ君も助からないので無ければ賛成するよ」  
「なんか、いかにもありそうね」  
「無いわよ。まだまだ、私も未練で一杯だから」  
 三人は笑みを浮かべて頷き合うと、それぞれに求められた行動に移った。  
 機体を飛び降りた二人の後ろで、長い脚が軋みながら動く。ぱらぱらとビルを  
崩れさせつつ、戦車はなんとか方向転換を果たし終えた。  
“おみゃーらの抵抗も、ここまでのようだがや”  
“降伏するなら、今のうちなんだぎゃ”  
 遠巻きにしたクトーニアン達が、テレパシーで呼び掛けてくる。それを文宏は  
鼻で笑い、死んだ魚のような目で睨み返した。  
「どこが交渉なのかな。降伏を求めるなら、条件を提示したまえ」  
 
「聞くまでも無いわ。あたし、血を吸うのは好きだけど、吸われるのは大嫌いな  
の」  
 緊張感が高まり、双方共に攻撃のきっかけを待つ。底冷えのする空気が、静か  
に辺りを包み始めた頃。  
 そんな物を無視する、やけに明るい声が上がった。  
「ばかーっ! 意気地なし!」  
 クトーニアン達の前で、唐突に現れた少女が腕を振った。握られたバールのよ  
うな物が、何体かをバラバラにしながら弾き飛ばす。ゆっくりと文宏に這い寄る  
彼女を見て、メルはまともに青ざめた。  
 黒いメイド服を着た、十代半ばほどの小柄な女の子。  
 名状し難い、この世あらざる美貌を持つ彼女は、ひどく場違いに感じられる。  
だが、メルの思考を読んだクトーニアン達にも、怯えが走った。  
 表情を変えないのは、爽やかな笑顔のままの文宏と、にっこり笑った彼女だけ。  
ソレはナニモノかを理解した者の脳裏へ、絶対的な恐怖と畏怖を与える存在。  
 ニャル様は数歩で、数十メートルの距離が無かったように、文宏の前に立って  
いた。  
「助けてあげるね」  
「嫌だと言って、止めてくれるわけも無いよな」  
「そうそう、分かってるじゃない。さっすが文宏君」  
 ばかでかい銃を取り出したニャル様が、反動をつけて持ち上げる。どこから取  
り出したのか、彼女以外には分かるはずも無いだろう。無造作に狙いをつけた彼  
女が、躊躇なく引き金を絞り、  
 文宏の頭が吹き飛ばされた。  
 
 地下道を、憔悴しきった三人が歩いていた。染み出した海水に濡れた石畳で、  
滑り易くなっており。慎重に進むべきだが、そんな気力は既に尽きてしまった。  
 山田ゼミがアメリカ北部、ニューイングランド地方に来たのは、フィールドワ  
ークが目的だ。セーラムなどの代表的な魔女裁判の地を訪れ、現地の空気を感じ  
ながら色々な物を学び取る。社会学の勉強より夏の旅行が主目的の、気楽な旅の  
はずだった。  
 始まりはダニッチという町。  
 夕暮れ刻に、院生の一人が行方不明となり。探しに出た彼らは、森の中で鎌を  
持った者達に追い回された。  
 貫頭衣をまとう、片腕や片足の者。森の一角に追い立てられ、山田ゼミの面々  
は異様な樹木の前に出てしまった。  
 山田教授が相手の正体を見抜き、ゼミ生達に指示を出す。貫頭衣の使う車を奪  
った文宏が、樹木に体当たりをかけ。その炎と、山田教授の使った不可思議な灰  
により、命からがら逃げ出す事が出来た。  
 その時、一人の犠牲も無く助かったのが、かえって悪かったのかも知れない。  
 アーカムの大学で調査結果をまとめていたところへ、一人の僧侶が尋ねて来た。  
ローブを目深に被った彼の依頼とは、山田教授の助けを求めるものだった。  
 何日待っても、招待に応じた教授からの連絡が無い。ゼミ生での話し合いは意  
見が分かれ、文宏は逃げるよう強硬に訴えたが。結局は、藤野梢の主張が受け入  
れられてしまった。  
「文ちゃんの言う事も分かるけど。ここで逃げ出したら、私は一生ずっと、それ  
を抱えて生きていかないといけない。その方が、きっと苦しいと思う」  
 受け入れられてしまったのだ。  
 教授の向かった先は、近所で聞き込むとかなりヤバイ場所らしかった。正面か  
ら尋ねたが、知らぬ存ぜぬを通された為、彼らは忍び込む事にした。  
 その間もずっと、文宏は逃げるよう主張し続けた。お前は帰れと言われ、教授  
を見捨てるのかと殴られても。葉子以外から裏切り者扱いされようが、常に逃げ  
るよう訴え続けていた。  
 彼は、あの樹木を焼き払い、ソレがニャル様と名乗った時に理解したのだ。こ  
の世には、関わってはならないモノがあると。  
 危険ならすぐに戻ろう。  
 そう助教授が取りなして、全員で忍び込んだ。文宏の心配が取り越し苦労だと  
思われた頃になって、一人づつ欠け始めた。様々な罠、悍しい化け物、理解し得  
ない事態により。  
 正気を削る凄惨な死を越え、奥に着けたのは四人だけだった。  
 
 フードを目深に被った修道士達が、椅子に縛られた山田教授の周りで儀式を行  
っていた。失敗したのか、成功だったのか。どろりと溶けた教授を見て、一行を  
引っ張ってきた助教授が笑い出した。  
 発狂した彼を置き去りにすると、文宏が決めた時。梢にも、反対する力など残  
っていなかった。  
「ごめんなさい。文ちゃん、本当にごめんなさい」  
 文宏は泣き続ける梢の頭を撫でながら、安心させるような笑みを向けた。  
「まだ、泣くなよ。こっから無事に抜け出して、それからにしろ。俺の胸で良け  
れば、好きなだけ貸してやるから」  
「相変わらず甘いわね」  
 皮肉気に笑った葉子が、腕を庇いながら扉に手をかける。怪我しているのは彼  
女だけではない為、文宏にも肩を貸すような余裕は無かった。  
 葉子は、もう一言二言続けるつもりだったらしいが。扉を開けた瞬間に殴り飛  
ばされ、壁へ叩きつけられた。呻く彼女に駆け寄る事も出来ず、文宏は戸口に現  
れた者達と睨み合った。  
「どこへ行くつもりだ。帰りたいなら、儀式を失敗させた責任を取ってからだろ  
う」  
「ざけんな。それが、人に頼み事をする奴の態度かよ」  
「不法侵入者に、礼儀を説かれる筋合いは無いな」  
 足を踏み出す僧侶を見て、文宏が梢を脇へ突き飛ばした。続いて躱そうとする  
ものの、挫いた左足が反応を鈍らせる。迫る刃に死を覚悟し、せめて笑ってやろ  
うとした彼の前に、小柄な人影が走り込んだ。  
 梢が背中を大きく切り裂かれ、声にならない悲鳴を上げた。  
 愕然とする文宏の前で、ゆっくりと梢が崩れ落ちる。抱き留めた彼に微笑みな  
がら、血と共に、掠れた最後の言葉が吐き出された。  
「ごめんね」  
 文ちゃん、と呼ぶ声は言葉にならなかった。  
 続いた斬撃を、文宏は右手を上げて防ぐ。肉が裂け、骨が折れても、苦悶の声  
など洩れず。顔を上げた文宏には、何の表情も浮かんでいなかった。いっそ爽や  
かに見える、空虚な微笑を別とすれば。  
 文宏が静かに梢を横たえると、その傍に何故かバールのような物が転がってい  
た。文宏は拾い上げてから何かに納得し、こくりと頷いた。  
「ああ、そうか。僕が帰る前にすべき事を、ようやく理解したよ」  
 そして彼は、目の前の僧侶を解体し始めた。  
 他の僧侶に殴られて頭から血を流し、左目が潰されても、文宏は淡々と作業を  
行う。バールのような物を突き入れ、引き裂き、臓腑を抉り出す。邪魔が激しく  
なると、別の僧侶達も大人しくさせた。  
 血まみれになっていく文宏を見る葉子は、誰かの叫び声が煩くて仕方無かった。  
 梢が倒れた時から、ずっと響き続けているのだ。いい加減にしろと、頭が痛く  
なってきたが。文宏が最後の僧侶を殺し、無言で解体作業に戻ったのを見て、不  
意に理解した。  
 ああ、自分が悲鳴を上げていたんだ、と。  
 ――こうして、二人は完全に発狂した。  
 
 ニャル様に撃たれた文宏は、頭の右半分を失っていた。中身を撒き散らしなが  
ら、衝撃で体が後ろへと飛ばされていく。  
 メルは急な展開に凍り付いたが、すぐ我に返ってニャル様に蟹鋏を突き出した。  
 細い首を切り落とした感触を、確かに得たはずなのだが。次の瞬間には、後ろ  
から細い手に両頬を掴まれていた。戦慄する彼女へ、ちっちっちとニャル様は可  
愛く舌を鳴らすと、ぐいと頭を動かした。  
「私を殺そうとした御褒美に、特等席で見せて上げるね。でも、殺せなかったか  
ら、そのうち罰ゲームがあるけど」  
 くしし、と笑ったニャル様が、メルの肩の上へ飛び跳ねた。ただ、何度やって  
も見えないので、爪先を伸ばし。結局、諦めて宙に浮かび上がった。  
 彼女達の見守る前で、飛び散った脳漿や血が文宏に戻っていく。元通りに収ま  
ったのを見計らい、ニャル様は楽しそうに宣言した。  
「さあ、目覚めなさい! 宇宙創生以来、そこそこ混沌に満ち、かなり凄いっぽ  
い生物よ。魂の波動に従って、再誕の喜びを咆哮しちゃえば良いかも。それじゃ  
文宏君、今のお気持ちなんかをどうぞ!」  
「……かなり痛い」  
 
 頭を抑えながら起き上がった文宏が、爽やかな笑みで淡々と呟いた。  
「どこも変わってないように見えるけど?」  
 後ろを見たメルの前で、ニャル様が目をぱちくりとさせた。長い睫毛が上下す  
るだけで、芸術的な恐怖と絶望的な美が溢れる。興奮を抑えきれないように光る  
瞳は、背筋が凍るほど可愛かった。  
「期待以上だよ、文宏君。ああっ、なんか本当、私の望みが叶っちゃうかも」  
「這い寄る混沌が、ショゴスの混じった程度の彼に、何を期待するんだ」  
 返事は無い。ただの鹿バネのようだ。  
 びよん、びよんと揺れる鹿の人形のついたバネしか、そこには無かった。いつ  
消えたという問題ではなく、ニャル様など始めから存在しなかったかのように。  
『二人とも、良いわよ。射線から離れて』  
 メルは寒気を感じたが、スピーカー越しのユリの声に気を取り直した。ふらつ  
く文宏を抱えて、戦車の前から飛び退く。彼らが安全圏に逃げるのを待って、ユ  
リが発射ボタンに指をかけた。  
『ぽちっとな』  
 全国の女子高生の皆さんに届くような合図で、激しい閃光が発射された。  
 クトーニアン達は、理解不能の出来事に呆然としていたのだろう。大通りを埋  
め尽くしていた者達の大半が、立ち直る前に焼き払われていった。  
 前方部隊の壊滅を確認し、ユリが飛び降りて来た。そのまま、道路ごと焼け爛  
れた死体の中を、三人が全力疾走する。  
 ユリは白衣から小型端末を取り出し、迫る赤い光点に難しい顔をした。  
「予想より混乱してるようだけど、ぎりぎりでしょうね」  
「足止めに残ろうか」  
 文宏に首を振ってから、何か思いついたのだろう。じっと彼を見ていたユリが、  
にやあっと笑う。地下都市ごと爆破されそうな予感に、メルと文宏は戦慄を覚え  
た。  
「却下」  
「僕も同意するよ」  
「まだ、何も言ってないでしょ。別に、難しい事でも何でも無いわ。ただ、『彼  
女』は目覚めが悪いから、間に合うか心配というだけよ」  
 ユリが『彼女』の部分を強調するので、メルには誰の事か分からなかった。し  
かし、さっきの笑みと繋がると、何を考えているのか理解出来たようだ。かなり  
渋い顔をするメルを、文宏が淡々と眺めていた。  
「その方が早いの。でなければ、間に合わないかもしれないから」  
「何が早いんだい?」  
「こっちの話。それより、『彼女』って凄い美人よ」  
「その彼女の美醜が、何か関係するようだね」  
「別に無いわ」  
 意外と鋭いな、と思いつつメルは白衣から紙とペンを取り出した。  
 五本の腕を活かし、走りながら器用に文字を記していく。書き終わった紙を文  
宏に渡すと、念を押すように言い足した。  
「私は施設の起動にかかるから、この手紙を彼女に渡してちょうだい。名前は覚  
えているわよね?」  
「ガタノソア君だろ」  
 文宏が頷いた頃、ドーム状の屋根を持つ建物に辿り着いた。城壁のような外観  
と、頑丈で大きな扉が軍事施設を思わせる。ロックを外すユリを眺めながら、メ  
ルは封印の為の施設なのだろうと推察した。  
 ガタノソア。  
 ユゴス星で神とされたモノの中で、最も強大な存在。触手の腕と長い鼻、蛸に  
似た目を持ち、胴体が鱗に覆われた姿が知られていた。  
 だが、それも見た者が、そのような形に認識したに過ぎない。ガタノソアに定  
まった形などは無いのだ。輪郭を把握する事すら、常人の精神が耐えられる限界  
を超え。カタチを感知しただけで、体表面が硬直して石やミイラのようになる。  
 その力の恐ろしさは、石化して死ぬのではなく、死ねない点にあった。認識し  
た姿を瞳に焼き付けたまま、半永久的に生き続けるのだ。悠久の悪夢を。  
「あれ? そういえば、ガタノソアってヤディス=ゴー山と共に太平洋に沈んで  
無かったっけ」  
「大陸が沈む時に、こっちに移って貰ったわ。オーストラリアで仕入れた話では、  
東の海域で見つかったなんて話もあったけれど。他の者が勘違いされただけで  
しょうね」  
 
 ユリがパネルを操作し終えると、巨大な扉が開き始めた。駆け込む二人を見送  
って、メルが扉の前で振り返る。その視界で、ビルの角から沸くクトーニアン達  
が数を増していった。  
 制御室に飛び込んだユリが、陸上部隊との回線を開きつつ封印を解除する。警  
告音が鳴らされる下、繋がった通信と口笛に似た言葉を交わしていった。  
 大きな音を立てて、分厚い扉が一枚づつ開かれていく。科学の粋を凝らした鍵  
が外される度に、警告音が大きくなり。全部で百メートルは越える、幾重もの防  
壁が開くと、半円形の巨大なカプセルが現れた。  
 カプセルに繋がった太い管の幾つかが抜け、残っていた液体を洩らす。その中  
の液体窒素が、白い煙と共に周囲の温度を下げていった。  
 凍えながら足を踏み出す文宏に、空調の動き出す音が聞こえる。さして時間も  
かからず適温となり、吐息が白くなくなった頃、文宏はカプセルの前に立ってい  
た。  
 外側には、点の象形文字で何かが大きく書いてある。おそらくは、ガタノソア  
と。  
 文宏が見上げる文字の下で、扉が開き始めた。ぼやけて揺らぐ何かが溢れるの  
を見て、文宏は近付いていった。『彼女』への手紙を差し出しながら。  
「ガタノソア君だね? これを、君に――」  
 それ以降は、文宏の口が動かなかった。  
 二十歳前後の若い女が、細い手足を伸ばして大きく伸びをしていた。白い肌に、  
黒髪のショートカットがよく映える。隠す物の無いスレンダーな肢体の上で、形  
の良い乳房がふるふると震えた。  
「久しぶりの目覚めだぜ、いえーい」  
 早口に言い終えると、彼女は自分の顔を見下ろした。といっても目を閉じてい  
るので、顔を下げただけだったが。  
「ありゃ、これ女だよねえ。ワタシを女と認識しちゃう奴なんて、初めてかもし  
んない」  
 ガタノソアは周囲へ顔を回し。文宏で固定すると、目を瞑ったまま歩き始めた。  
「さっき呼び掛けてきたのは、少年かな?」  
『そうよ。ただ、今は急ぎで頼みたい事があるの』  
 聞こえてきた館内放送に、ガタノソアは上の方へ顔を向けた。  
「来たよ、出たよ、やられたよ。あのさあ、博士ってば博士、むしろ博士? ワ  
タシは目覚めたばっかだっつーに、本気で人使い荒過ぎ。そりゃ、反乱も起こる  
ってもんさ」  
『私のせいだけじゃ無いわ。ともかく、この中に入ってこようとしてる連中がい  
るのよ。援軍の到着まで一時間ほど稼ぎたいんだけど、協力してくれるかしら』  
「へいへい、りょーかいっす。まあ、この少年と話もしたいしね」  
『悪いわね』  
 入り口では、クトーニアンとメルが激しく戦っていた。個々の能力では圧倒す  
るものの、数の差は覆せないのだろう。メルの脇を潜り抜け、何匹かが施設の中  
へ飛び込んできた。  
 追おうとしたメルに、スピーカーからユリの制止が掛かる。指示されるまま、  
メルは後ろを見ずに横へ飛んだ。メルを簡単に倒せないと把握したクトーニアン  
達は、文宏と若い女に狙いを絞ったようで。大波のような大群が、無防備に立ち  
尽くす二人へと押し寄せる。  
 そして、ガタノソアが目を開いた。  
 彼女の視界に入る、全てのクトーニアン達が硬直した。入り口を覗き込んでい  
た、他より何倍も大きな個体も同様に。  
 免れた者達も、いきなり石化した仲間に数瞬だけ戸惑ったが。何が起きたかを  
悟ると、恐慌を来して逃げ始めた。仲間を踏み潰して逃げる彼らなど、全く興味  
無いのだろう。目を閉じたガタノソアは、文宏の前に回り込んでいた。  
「お待ちどーさまー。そいや、さっきなんか渡そうとしてたっけ」  
 彼の手に握られた紙を見つけ、ガタノソアがひょいと受け取る。目を瞑ったま  
まで読み始めた彼女は、一気に真っ赤になった。  
 それから、ちらちらと文宏を見上げ、恥ずかしそうに顔を伏せた。  
「会っても無いのに、熱烈過ぎ……あっ! えとその、ええっと、誤解しないで  
ね? 嫌だって言うんじゃなくて、素直に嬉しいとか言い難いし。それじゃワタ  
シの気持ちバレバレに、って言っちゃってるてばさ。やだもう」  
 無闇に笑いつつ、手の平で熱そうに扇ぐ。はにかむ笑みは抑えられないようだ  
ったが、文宏の反応が無いので不安そうに彼を窺った。  
 
 同じ格好で固まる文宏を見て、ようやく気付いたのだろう。  
 期待を大部分、焦りが少々の配合で、何やら『治療なんだから』と自己完結し。  
睫毛を震わせながら、そっと唇を突き出した。  
 
 ユリの書き記した、石化解除の呪文は効いたらしい。文宏の硬直は解けたのだ  
が、彼はすぐに蹲って苦しみ始めた。  
 おろおろしていたガタノソアは、顔を赤らめて荒い息をつく文宏に、変な気分  
になりかけ。慌てて何度も首を振ると、そっと彼に触れる。むしろ容態が悪化し  
たので、落ち込みながら心配そうに見守った。  
 近寄ろうとするメルの肩へ手を置き、ユリが歩き出す。彼女に続いたメルは近  
付いて、文宏が何に苦しんでいるかに気が付いた。  
「あ、博士。どうしよう、ワタシってば何か間違えたかなあ」  
「いいえ。この症状は、文宏がシャ=ガースの力を使ったからよ。彼の持つ、  
ショゴスとキタミール星人の特性が、バランスを保とうとしているだけ」  
「キタミールって、あの不定形の?」  
「正確には、その末裔と言うべきだったわね。太古の昔、この惑星に飛来した彼  
らは、原生生物と混血したわ。末裔も、さして珍しい物では無いくらい。不定形  
な二つの血を交わらせたから、成功したんでしょうけれど。少々、副作用がある  
のよ」  
 ユリが冷静に告げるのが、気に食わないようで。苦しむ文宏が伸ばす手を彼女  
が払い退けると、ガタノソアは不機嫌さを顕わにした。  
 しかし、ユリが耳元へ何か囁くと、がらりと態度が変化した。  
 もじもじと困ったようにしつつ、文宏の方を観察する。彼女の意識は、どうも  
股間へと向かっているようだった。  
「何を言ったんだ?」  
「事実よ」  
 声を潜めたメルへ、ユリは普段通りの声量で答えた。  
「今、文宏は異様に性欲が高まっているわ。妊娠中のあなたでは処理出来ず、私  
では受け止めきれない。初対面だから、ガタノソアに気を遣っているだけだとね」  
 ユリの説明が繰り返されて、覚悟が固まったのだろう。文宏の腕を掴んだガタ  
ノソアが、恥じらいながら頬を擦り寄らせた。  
「えっと、その、いいよ?」  
 理性は飛んだらしいが、余りに強すぎる性欲に動けないようだ。ガタノソアが  
何をすべきか分からないので、二人して固まっている。それを見て、メルが手を  
貸しに向かった。  
 文宏を押し倒し、手早くズボンを下着ごと引き下ろす。飛び出た青春を、顔を  
覆った両手の隙間からガタノソアが観察していた。  
 もっとも、目は閉じたままなのだが。  
「あ、そっか、そうなんだー。つまり、えと、溜まってたから私を女に認識し  
ちゃったんだ。そかそか、うんうん、なるほどなるほど。ふはは、全てお見通し  
なのだよ」  
「文宏がヤりたい女に、ね」  
 ユリが冷静に指摘すると、ガタノソアの早口はぴたっと止まった。  
 このままだと天に唾を吐きかねない勢いで、青春が怒りを漲らせている。メル  
の手招きで跨ったガタノソアだったが、苦しそうな文宏に胸を締め付けられた。  
そっと顔を下ろして口付けた彼女は、安心させるように微笑んで見せた。  
「すぐ、楽にしてあげる」  
 場所がどこかを教えられ、ガタノソアの指が陰唇を開く。さして濡れていない  
そこへ、メルが陰茎を押し当てた。  
「こ、これを、入れるんだしょ。なんか、思ったより大きいっていうか、むしろ  
大きい、かえって大きい? あと、確か最初って痛いんだよね。だからその、お  
し。戸川文宏の為だ、ワタシがひと肌脱ごう、つかもう裸だけどさあ」  
 あははは、と笑う声は、かなり裏返っていた。  
「まだ挿れなくて良いわよ。先を合わせたままで、擦ってあげて。そう、そんな  
感じ。力は要らないから」  
 メルに教えられて、ガタノソアの指が陰茎を這う。陰唇を拡げる先端が、すぐ  
に膨らみを増していく。溜まりに溜まっていたからか、文宏の限界はすぐに訪れ  
た。  
 どくんっ、どくどくっ  
「わ、で、出た。流れ込んで来てる」  
 
「どう? フミヒロの精液には、催淫効果があるの。すぐに、体が熱くなってく  
るわよ」  
「また、博士はろくな事しねー、って、はうんっ」  
 内壁が吸った精液が、作用したのだろう。背中を仰け反らせたガタノソアの足  
が萎え、腰を落とす。その勢いで処女地を穿たれた彼女は、痛みに声を洩らした  
が。根元まで埋まった陰茎が子宮口に当たると、再び文宏が射精を行い。それが  
子宮へ流し込まれる快感に、ガタノソアは背筋を震わせた。  
 立て続いた衝撃に、混乱を極めて口を開ける。意味を成さない声しか出ない彼  
女に、メルが親しみを込めた笑顔を向けた。  
「おめでとう。好きな男に初めてをあげられるなんて、最高だったでしょ」  
「そんな、好きとかなんとか。だって初めて会ったばかりだし、まだ何も話して  
すらいないのに。ちょっと、マジかんべんー。それに今のだって、浸るとかなん  
とか遠くて」  
 まだ続けようとしたらしいが、メルは彼女の手を取って自分の腹に当てさせた。  
「わかる? ここには、文宏の子供がいるの」  
「赤ちゃん……」  
「そのまま動いて、たっぷり出して貰いなさい。文宏で満たされていれば、すぐ  
に受精出来るわ。あんたも、あたしと同じく、人間の女なんか比べ物にならない  
快楽を与えられるはずなんだから」  
 メルの蟹鋏に導かれ、彼女の腹をガタノソアの手が撫でさする。その度に、ぎ  
ちぎちの膣内が収斂し、陰茎から子種を搾り取ろうとしていた。  
「最高よ、好きな男の子供を孕むのは」  
 こくりと赤い顔で頷くガタノソアが、文宏の体に倒れ込む。乳房を彼の体で押  
し潰すと、深い吐息と共に膣内が緩んだ。拙い腰使いと共に再び、きつい締め付  
けが始まる。  
 唇を触れ合わせた彼女は、甘えるように文宏の首へ両腕を絡ませた。  
「ええっと、その、あっとさ。うんと、まあ、上手く言えない、ううん、出来な  
いと思うんだけど。良かったら、戸川文宏の赤ちゃんを、ワタシに孕ませて、み  
な、ふあっ」  
 ガタノソアは精液を浴びせられて、必死になってしがみつく。嬉しそうに口元  
を緩めながら、もどかしい刺激を再開させた。  
 メルの膣内と同じく、彼女の物も何か特別な機能があるわけでは無い。  
 人の物と大して変わらないはずだが、桁違いの快楽を文宏に味合わせていた。  
子宮口に押し当てたまま、くりくりと腰が回るだけでイキそうなのだ。思い切り  
膣内を行き来すれば、射精を休める暇など存在しないだろう。  
 たぷっ、たぷっと自分の胎内が立てる音に気付き、ガタノソアが顔を赤らめる。  
それで膣内が陰茎を絞った結果、また文宏は精液を吐き出した。  
「なんか本当に、いっぱいになっちゃったな」  
 満足そうに呟く彼女の髪を、下から伸びた手が掻き上げた。びくっと身じろぎ  
したガタノソアを、背中に両腕を回して文宏が引き留める。  
「あの、その、おはよう」  
「起きては、いたのだけどね。喋る事が出来ず、失礼したよ」  
「ううん、いいの。それよりさっき、石化させちゃって」  
 ごめんね、と言いかけたガタノソアの口を文宏がキスで封じ込める。文宏は照  
れ笑う彼女の肩を抱き、その顔を覗き込んだ。  
「ところで、ガタノソア君。一つ、君に言っておかなくてはならないんだが。さ  
っきの手紙は、僕では無くてユリ君が書いたものなんだ。何が書かれているか、  
僕には読めないぐらいでね」  
「そう、なんだ」  
 愕然としたのはガタノソア以上に、ユリの方だろう。  
 しかし、計画の失敗を案じる彼女の為では無いが。目の前の娘を安心させるべ  
く、文宏が優しく囁いた。  
「だから、僕の口から改めて言わせてくれないか。好きだよ、ガタノソア君」  
「じゃ、じゃあ、あのさ。戸川文宏の子供、ワタシに孕ませてくれる?」  
 不安から背けた彼女の顔を、文宏は両手で押さえて口付けた。  
「君さえ良ければ、こちらからお願いしたいよ。実はさっきから、もっとシたく  
て我慢しているところでね。ガタノソア君の胎内を、僕で埋め尽くしてしまいた  
いんだ」  
 良いかな、と尋ねる文宏に声は返らなかったが。真っ赤になって縋り付くガタ  
ノソアが、何度も頷きを繰り返していた。  
 
 その髪にキスすると、繋がったまま体を入れ換える。  
 材質のせいか、ひんやり冷たい床が痛く無いのは文宏も経験済みだ。彼女の両  
脚を自分の後ろで組ませて、激しく突き入れ始めた。  
「ちょっとこれってすご、ふあっ、いいよ。戸川文宏っ」  
 ガタノソアの膣内は、引けば離すまいと締め付け、押せば易々と迎え入れる。  
数分ごとに子宮口へ押し当てては、最後の一滴まで注ぎ込み。放出を終えると、  
再び互いの感触を激しく確かめ合う。  
 それが、幾度も幾度も繰り返されるうち。ガタノソアから響く水音と嬌声は、  
どんどん大きくなっていった。  
「フミヒロが手紙の事をバラした時には、どうなるかと思ったわよ」  
 二人を見守るメルの温かい気分は、ユリの声に掻き消されてしまった。  
「心底悪趣味ね、あんたって」  
「なんとでも言いなさい。ガタノソアの強大な力を、我々は制御しきれずにいた  
の。でもこれで、戦力として計算出来る。今度こそ、神官様を徹底的に叩いてや  
るわ。復活なんてあり得ないほど、魂まで粉々にね」  
 冷徹な科学者の目をするユリは、決意によって凛々しく輝いていた。  
 ただ、メルは水を差すのも悪いと指摘しなかったが。文宏達の姿に焦らされ、  
内太股を愛液が伝っていたのでは、なんだか全てが台無しだった。  
 
 
終  
 

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