G'HARNE FRAGMENTS  
『ルルイエにて』  
 
 
 海から吹く風が、深い青を際立たせるような波を立て、穏やかに打ち寄せる。  
洗われる砂浜は強い日差しを跳ね返し、目に焼き付くほどに白かった。  
 サーファーズパラダイスとして有名なのは、ビックウエイブが起きる冬のノー  
スショアだろう。大海を渡ったうねりが、十メートルを超す大波となる光景は圧  
巻で、見る者に海の偉大さを感じさせる。他に、この時期ならワイキキビーチな  
どのサウスショアへ、海と語る者達は集うはずだ。  
 代表的な二つの場所以外でも、ハワイ島は一年を通して様々な形でサーフィン  
を楽しめる場所であり。ここマラエカハナビーチのあるウインドワードショアー  
も、普段なら何人かは楽しんでいただろう。  
 だが、夏のバカンスに訪れた海水浴客すら、誰一人としていなかった。  
 湾岸道路を埋めるのは、米軍を主体とした軍服姿の人間達と、無骨な砲塔の群  
れ。汗を拭いつつバリケード越しに海を見る顔は、どれもが息詰まる緊張感に満  
ちている。そんな彼らの見据える先、貿易風の吹く水平線上を、一つの島が飛ん  
でいた。  
 ルルイエ。  
 碧色の石造都市部が、捻れた建物によって太陽光を乱反射させる。周囲の海面  
を彩って進むエメラルドの島は、幻想的なまでに美しい物だった。  
「本当に、島が空を飛んでやがるぜ」  
 戦車隊の後ろから眺めた白人警官が、呆れたように呟く。毛むくじゃらの腕で  
汗は拭えたものの、顔色は晴れなかったようだ。避難誘導をしていたフィリピン  
系の若い警官は、相棒もルルイエも見ずに、声だけを返した。  
「余所見してないで、ちゃんと仕事して下さいよ」  
「お前、こんな時でも真面目なんだなあ」  
「早いとこ逃げないと、俺達も巻き込まれるでしょうが。さっきの無線連絡の通  
り、今にも半魚人どもとの戦闘が始まるかも知れないんですよ」  
「どこへ逃げても、大差無えだろ」  
 陰鬱な気分を吹き飛ばすように笑ってから、白人警官も走る人々へ声を掛ける。  
若い警官は先輩の度胸を讃えつつ、震えっぱなしの膝を叩いて仕事に戻った。  
 
 直径、約四十キロ。ホノルルのあるオアフ島の、半分ほどの大きさの島。それ  
が大西洋に浮上して半年、世界は未曾有の混乱に陥っていた。  
 各地で繰り広げられた戦闘で、ルルイエから襲来する者達は海戦に圧倒的な強  
さを発揮した。空を飛ぶ竜に似た生物や、小型艇を腕の一撃で沈める蛸に似た生  
物の存在もあるが。一番の脅威は、水中歩兵などという、これまでの軍事常識に  
存在しなかった半魚人の兵科だろう。高い攻撃力を誇る戦艦や空母も、底に穴が  
空けば沈むのだ。  
 クトゥルフの眷属達。今や誰もが知る彼らはまた、高度な科学力も有していた。  
 人類に協力する存在として、半年前からマスコミにも頻繁に登場する、五本腕  
の古き者達によると。それらはクン・ヤンと呼ばれる地下都市群に住む、ネイテ  
ィブアメリカンに似た連中がもたらした物らしい。  
 四角錐の戦闘機と、八本のローラーを駆動部にする戦車は、どちらも人類の兵  
器より優れており。もし十倍の数があれば、半年で勝敗は決していたはずだ。  
 ただ、クン・ヤンの住人は圧倒的に、やる気が無かった。  
 覇気が無いというのか、だらだらとしており。充分な生産能力を有しながら兵  
器の数が揃わないのは、そのせいらしい。しかし、そんな心底面倒臭がりな連中  
に、北米西部とユーラシア東部は占領され。米国と中国は、激戦地となっていた。  
 そしてもう一つ、こちらの方が被害と混乱は大きかっただろう。  
 ルルイエの浮上と同時に、世界各地で深き者に変化する人間が続出した。東南  
アジアとアメリカ北東部で多かったものの、比較の問題に過ぎない。欧州、アフ  
リカ、南米、アジアと全ての地域で、隣人の何割かが半魚人に変貌したのだ。  
 彼らの起こす戦闘にルルイエからの増援が加わった欧米は、緒戦で手痛い損害  
を被った。先進国で開戦前の制空権を保てた国など、大西洋から遠い極東の日本  
だけだ。  
 
 その日本も、周囲を海に囲まれた立地から、深き者との交戦が続いて資源が尽  
きかけており。他国への援助など、望むべくも無かった。  
 更に、クトゥルフ族とは別らしいが。北アフリカではイカに似た生物、オース  
トラリアでは透明化する半ポリプ状の生物との間にも戦闘が起きている。こうし  
た事態が立て続いた結果、どの国も防戦一方のまま、半年が過ぎ去ってしまった。  
 浮上後のルルイエは、抵抗を蹴散らしながら西進を続けた。  
 カリブ海を蹂躙し、アメリカ南部とメキシコに大打撃を与えて太平洋へ出た。  
海戦で圧倒的な強さを持つ彼らに、大海の要衝たるハワイが奪われれば、反撃の  
機会など失われるだろう。人類と古き者は残る戦力を結集して、ここで決戦を挑  
むつもりだった。  
 しかし、ルルイエの侵攻は予想よりも早く。人の準備が整う前に、戦端が開か  
れようとしていた。  
 
 波間に魚じみた頭部が一つ二つ見えるやすぐ、無数の半魚人達が浮かび上がっ  
てきた。続いて彼らの間から、四角い金属製の影が現れてくる。水中移動が可能  
な、クトゥルフ族の持つ強襲揚陸艇。腹に抱えた戦車の力は、軍事関係者を悩ま  
せ続けてきた。  
 だが、真珠湾の戦闘機部隊は、上空を護る四角錐を排除しきれずにいる。迫る  
揚陸艇に爆撃機の投入を諦めた司令部から、地上部隊への攻撃命令が下された。  
 腹に響く音を立て、戦車砲や野砲が火を吹く。  
 何隻かは沈むものの、大多数が持ち堪えて蓋を開いた。次々に現れる八本ロー  
ラーが、砲台を回転させて応戦する。随伴の半魚人達と地上軍の間にも、小銃の  
打ち合う火線が上がり始めた。  
「退避命令が出ました」  
「遅えよ!」  
 辺りを覆う轟音から耳を庇いながら、白人警官が怒鳴り返す。俺に言っても仕  
方ない、とフィリピン系の警官は答えたのだろうが、声は掻き消されてしまった。  
 身振り手振りを交えつつ、二人は停めておいたパトカーに急ごうとする。だが、  
目に入った場違いなものに白人警官が立ち止まり、相棒を先に行かせながら近付  
く。若い警官は急ぐように言い残し、足を速めていった。  
「お前ら何やってるんだ、こんなところで!」  
 相手は日系人、白人、黒人とバラエティに富んだ三人の少女だった。ハイスク  
ールに通う警官の娘と、同じくらいの年頃だろう。  
 観光客なら後で覚えてろよ、と恐い顔で毒づく警官に、日系人の少女が代表し  
て答えた。  
「地元の人間です! 逃げ遅れた人がいないか、見て回ってたんですけど。避難  
用のバスが、私達を待たずに行っちゃったみたいなんです。西へ向かおうとした  
ら、通行止めになってて」  
「それで、こっちに来いって指示されたのよ。こんな大歓迎を受けたんじゃ、戻  
って御礼を言いたいぐらいね」  
 青い顔をしながらも、白人少女が冗談めかして首を振った。  
 誘導した馬鹿を呪って、警官が舌打ちする。内気らしい黒人の娘は、さっきか  
ら友人に掴まって言葉も出ないようだ。彼女達を安心させようと、警官は自分の  
娘には不評な笑みを浮かべてみた。  
 三人揃って悲鳴を上げたが、視線は彼を通り抜けている。その先を追って、警  
官が悪態と共に銃を抜き放つ。  
 防御陣の一部が破られ、半魚人と彼らの戦車が向かって来ていた。  
「あっちにパトカーがある、そこまで走れ!」  
「でも、お巡りさんは!」  
「ぐだぐだ言ってる暇があったら、さっさと行け」  
 去り難そうな日系人と黒人の少女を引っ張り、白人少女が走り出す。振り返っ  
た彼女が何か言ったようだが、警官には聞こえなかった。ただ、昔観た西部劇を  
真似して、軽く手を挙げて応えてやる。  
 車にはショットガンが置いてあるものの、手元にあっても大差無いだろう。心  
の中で妻と娘への別れを告げながら、彼は八本ローラーの戦車へと銃弾を放った。  
 爆発。  
 炎上する戦車を、ぽかんとした顔で眺めていた警官に、女の怒鳴り声が降って  
きた。  
「リーブ! 潰したんなら、すぐ次のをやりなさい。あんたって本当、何度同じ  
事を言わせる気よ」  
 
「そんなの、私は今初めて聞いたザマス」  
「うっさいわね、見りゃ分かるでしょ。二、三日はゆっくり出来るはずだったの  
に、休みが無くなって苛々してんのよ、あたしは!」  
「八つ当たりとは、見苦しいザンスね」  
 警官の前に、二つおさげを靡かせた少女と、背の高い黒人男が降り立った。燃  
え上がる戦車からは、褐色の肌をした筋肉質な男が現れてくる。彼に少女の言葉  
は聞こえなかったようで、勝利の雄叫びを上げていた。  
「……あの野郎」  
「私が行きますから、この人を頼むザンス」  
「バズ。あんた、そこまで言う以上は分かってるわね」  
「なるべく早く片付けるよう、努力するザマス。でも、私がどこまで言ったとい  
うのザンしょう」  
 睨まれた黒人男は、褐色のリーブと半魚人達のところへ、まるで逃げるように  
跳んでいった。  
 腕をハンマーに変えたリーブが、周囲の敵をまとめて薙ぎ倒し。怯んだ半魚人  
達を、バズが鎌と化した腕で刈り取っていく。警官は人外の戦闘に息を飲みなが  
ら、目の前で佇む少女へと視線を移した。  
 さっきの言葉通りに彼女、七瀬はかなり苛立っているようだ。しかしそれも、  
勝ち気そうな印象を少し強めただけだった。  
「で、おっさん。あんた、いつまでそこに突っ立ってる気?」  
 警官は、礼を込めた別れの挨拶をしかけたのだが。戦車砲と破壊音、何より続  
いた少女達の悲鳴に、慌てて背後を振り返った。  
 道路沿いのホテル上階に砲弾が当たり、瓦礫が落ちてきている。その下に、必  
死で逃げる三人の少女の姿があった。だが、どれだけ急いだとしても、逃げ切れ  
るはずが無いだろう。  
 幸運を祈るしかない警官の前で、落下する破片に無数の線が走った。  
 空気を切り裂く音と共に、大きな破片が粉々に打ち砕かれる。そして、土砂と  
ガラス片の降り注ぐ少女達へ、誰かの影が覆い被さった。  
 警官と七瀬の眼前を、無数の落下物が埋め尽くしていく。アスファルトに食い  
込むコンクリート、ヤシの葉に散らばるガラス、敷石を割る鉄の棒。立ちこめる  
砂煙から警官が鼻と口を庇う脇を、七瀬が舌打ちして歩き出した。  
 もやの晴れたそこには、三人の少女を庇う黒髪の少年がいた。  
 身じろぎする少女達に気付き、離れながら彼は相手に怪我が無いか確認する。  
大きな傷は見えないが、文宏は心配そうに尋ねた。  
「大丈夫?」  
 ぽうっとした黒人少女を肘で突いて、白人の娘がしっかりと頷いた。安心して  
微笑む文宏に、日系人の少女が何か言いかけたものの。間に割り込んだ七瀬が、  
彼の胸ぐらを掴み上げる方が早かった。  
「この、天然スケコマシがっ!」  
「何だよ、それ。けど、肋骨の一本も折られてないから、本気で怒っては無いな」  
「あんたねえ、あたしを何だと思ってんのよ」  
 険悪な表情をしつつも、七瀬は優しい手つきで文宏の体に触れる。腕から鉄製  
の金具を引き抜かれて、彼は痛みに顔を顰めた。  
 鞭を持った右手は変形して内出血を起こしており、左腕の数箇所はガラスが貫  
いている。背中に腕を回した七瀬は、右肩に刺さったコンクリート片に呆れ顔を  
向けた。文宏は誤魔化すように笑ったが、それが抜かれる時は悲鳴を堪えきれな  
かった。  
「何度言ったら分かるわけ? 治りが多少早いだけで、急所やられたら即死なの  
よ、いい加減に理解しなさい」  
 睨み付けて反論を黙らせると、容赦無い目のまま七瀬は少女達を見た。  
「なに突っ立ってんの。これ以上、このカスがボケやる前に、さっさと逃げなさ  
いよ。そこの警官が、適当なとこまで送ってくれるでしょ」  
「あのな。カスやボケという日本語じゃ、伝わらないと思うぞ」  
「うっさいわね、あんたはいちいち」  
 文宏の痛覚と肉体強度は、普通の人間と変わらない。だというのに、彼はいつ  
も他の人間を庇って、平気で大怪我を負う。その度に七瀬の胸を心配で痛めつけ  
るような奴は、カスやボケで充分なのだ。  
 何故だか顔を赤らめた少女達が、礼を言って警官と去ろうとする。少し疑問に  
思いつつ手を振る文宏も無視して、七瀬は一番腹の立つ相手を怒鳴りつけた。  
「なんでマスターを止めなかったのよ、ハンナ!」  
 
「てけり、り」  
 鳥のような巨大な翼を生やした金髪女が、ゆっくりと舞い降りてきた。  
 口笛に似た言葉を、七瀬と文宏は理解出来るらしい。鋭い目で冷静に答えたそ  
の内容は、七瀬の怒りを更に増したようだった。  
「なあにが、御心のままに、よ。首輪でもしとけって、いつも言ってんでしょう  
が」  
 ハンナは彼女に視線すら向けず、文宏の隣へと降り立つ。恭しく両手で彼の手  
を取ると、労るようにそっと撫でた。  
「てけり、り」  
「悪い、心配かけたな。でも大丈夫、もう動かせるから」  
「あんた達、いい度胸してるわね」  
 恐い含み笑いを洩らし始めた七瀬を制して、文宏が空を見上げる。それが真剣  
なものだったので、見惚れかけた自分を叱りながら彼女も従った。  
 戦闘機が四角錐の攻撃を潜り、照準を定めようと迫っていく。だが、横から迫  
った竜の鉤爪を回避した事で、タイミングを外されてしまう。味方の援護で距離  
を取るものの、今の一戦で、編隊の数機が撃墜されていた。  
 アウトレンジでの撃ち合いでは、互角に戦えるらしいが。距離が詰まると、小  
回りが利いて打撃の出来る竜に成す術が無いようだ。  
「規模からしても、強襲に来たんじゃ無いでしょうね」  
「あわよくば、ってとこか」  
「てけり、り」  
「そうだな。上のバランスを崩して、とりあえず退いて貰おう」  
 地を蹴った文宏を抱え、ハンナが大きく翼を振る。彼女の足に七瀬が掴まり、  
三人は大空へと飛び上がっていった。  
 パトカーで待つ若い警官が、遠ざかる金髪セミロングを唖然としながら眺めた。  
駆けて来た白人警官にどやされ、ようやく正気付いて運転席に戻る。少女達が乗  
り込んですぐアクセルを踏んだものの、彼の顔は興奮で紅潮していた。  
「今の、メアリー・J・デルシャフトですよね。この目で見られるとは、思って  
ませんでした」  
「事故るなよ」  
「いやあ、まさに天使。感激だなあ」  
 心ここにあらずという相棒に、白人警官は溜め息を吐きながら帽子を深く被っ  
た。  
 大西洋沿岸、カリブ海、パナマ運河。ルルイエの侵攻する各地で、彼女達は戦  
闘や救助活動を行ってきた。先週の報道では日本にいたはずだから、ハワイ決戦  
に合わせて訪れたのだろう。  
 白い翼を持つ乙女。  
 天使を思わせる彼女は、特にキリスト教圏では人々の希望だった。正体も知ら  
れているものの、戦況の暗さが縋る対象を求めさせていた。  
 警官は今までのニュースに、どこか嘘臭さを感じていたのだが。欧米各局が、  
ハンナに助けられた生の声を録れないのも当然だろう。彼が目の前で見た事と、  
後部座席の話題の中心が、理由を教えてくれる。  
「……」  
 適当な言葉は浮かばなかったが、彼は少年達の無事を祈っていた。  
「ああ、もうっ! なんで私、名前ぐらい聞いておかないのよ」  
「馬鹿ね、聞くのは電話番号でしょ。メアリー・Jと一緒にいるなら、ネットで  
情報が拾えるかもしれないわ。東アジア系に見えたけど、出身はどこかしらね」  
「……キュートだった」  
「俺の天使、って違う違う違う。彼女は人類の……駄目だ、俺は穢れた人間だ!」  
 文宏達を心配する白人警官の姿は、男の年輪を感じさせる渋みに満ちていたが。  
車内の誰一人として、そんな物に注意を払う人間はいなかった。  
 
 画面にはCNNのロゴが入った、ハワイの映像が流れていた。戦時下のマスコ  
ミは特に、事実をありのまま伝えたりはしない。BBCも例外ではなく、破壊さ  
れた戦車も、戦闘中にやられた場面など映しはしなかった。  
 ハンナがアイドル化したのも、大衆の欲求と各国政府のプロパガンダ戦術が噛  
み合った結果だ。  
 戦意を削ぐ事実を隠蔽し、高揚するように事実を歪曲する。現代のプロパガン  
ダは単純な、『敵を倒せ』ではない。それは例えば、半魚人が敵の映画が多くな  
るなどの形で表れていた。  
 
 繰り返し報道されたハンナの活躍にしたところで、大した物ではない。大西洋、  
カリブ海、パナマ運河のいずれもが負け戦だったのだ。本当に神の使者なら、彼  
女だけで一軍を倒したり戦争を終わらせても、罰は当たるまい。文宏達が助けら  
れた人の数など、戦死者の総数の前では塵芥のようなものだ。  
 空戦の合間に振われる鞭で、戦局を覆せはしないだろう。しかし、画面を観る  
彼女の口元に、暖かな苦笑を作る力はあった。  
「相変わらず、馬鹿だな」  
 葉子は熱いコーヒーを引き寄せ、鋭利な目を細めた。  
『それでは、お伺いしましょう。大尉、この半年間が防戦に費やされた原因を、  
軍はどのように分析しているのですか?』  
『大きな要因として、三つ挙げられると思います。まず第一に、敵の本拠地、ル  
ルイエの浮上地点が大西洋だった事があるでしょう。事前に情報を掴んでいた我  
々は、各国と協力して太平洋に戦力を集中していたのですが』  
 初耳だ、と葉子が皮肉っぽい笑みを浮かべた。  
 開戦前に太平洋に展開したのは、米日豪ぐらいであり。欧州、当然だが英軍も  
部隊の派遣などはしていない。  
 今は世界的な協力が必要で、イギリスの面子にも気を遣われているが。もし戦  
争が終わった時に各国が存在していれば、いずれ一般にも知らされるだろう。社  
会学の学生として、その期間を考えていた葉子に、ノックの音が聞こえてきた。  
「どうぞ」  
 圧縮空気と共に開いた扉から、レアが顔を覗かせる。室内をそれとなく見回し  
た彼女は、殺風景さに少し微笑んだ。  
 ベッドと机の他は、テレビがあるぐらいだろう。机と床に整理された何かの資  
料が無ければ、使われている部屋には見えない。窓は大きいのだが、景色は暗が  
りの吹雪だけだった。  
「お邪魔したの、初めてだったと思いますが。伊藤さんらしい部屋ですわね」  
「私物でもあれば、また違うだろうがな。それより、時間か」  
 レアが頷く間にも、テレビを切った葉子が防寒具を手に立ち上がる。足下まで  
あるコートの前を合わせながら、二人は並んで歩き出した。  
 石のように見える薄緑色の廊下を、照明が静かに照らしている。窓になった一  
方から、吹き荒れる雪しか見えないせいもあるだろうか。静寂というものが、辺  
りを埋めているようにも感じられた。  
「そういえば、お聞きになりまして? この半年の間、ユリさんはずっと戸川さ  
んと連絡を取っていたそうですわ」  
「だろうな。文宏の行動は、軍との連絡が感じられる物だった」  
「やはり伊藤さんは、落ち着いたものですわね。島津さんや渡辺さんは大変でし  
たのよ。特にユリさんが、『教える事を考えもしなかった』などと仰られたもの  
ですから」  
「彼女らしい」  
 ぼつぼつとした会話を続けながら、一角に差し掛かったところでフードを被る。  
開いた外には通路があるはずだが、雪に埋まってどこだか分からなかった。  
 葉子が誘導灯の明かりを指差し、レアと一緒に進んでいく。  
 氷点下まで冷えた風は、息をするだけで苦しませる。防寒具の襟元を引き上げ  
つつ、彼女達は可能な限りの早足で目的地に向かった。  
 発着場に近付くにつれ、作業に走り回る者達の活気が溢れてくる。巨大な樽に  
似た空中空母へ、物資を運び入れたり、燃料を注入する。何かのリストを手に、  
大声で話し合っている者達もいた。  
 南極の狂気山脈。その頂上にあるエルダーシングの都市では、ハワイ決戦の準  
備が進められていた。  
 これまでに行われた攻撃では、ルルイエに決定打を与えるには至っていない。  
 制海権を奪えない事や、各国軍との連携ミス。ビーム兵器が無効化された為に、  
実体弾への切り替えに時間が掛かったなどもあるが。一番は、空中を浮遊するル  
ルイエに、充分な兵員を送る手段が無かったせいだろう。  
 その問題を解決するべく開発された兵器が、葉子達の前を闊歩していく。  
 五本の長い脚を生やした、大きな鉄の箱。夜空と大量の雪を背に歩く姿は、新  
兵器と呼ぶにはあまりに不格好だった。  
「あら、わざわざ見送りに来てくれたの」  
 ダイアー・ウィリアム教授号の前で、ユリが葉子達に気付いて声を掛けた。彼  
女と話していたエルダーシング達は、短い口笛を残して去っていった。  
「次の戦いが、厳しい物になる事は知っておりますから」  
 
 ユリは直子と葵がいない事に、特に疑問を抱いていないようだ。レアも気にし  
た様子も無く、話を続けた。  
「どのような結果であったとしても、再び戻って来て下さるのを願っていますわ。  
欲を申しますと、その時は戸川さんも御一緒だと嬉しいのですが」  
「頼んだ」  
 祈るようなレアと、鋭く見据える葉子。  
 管制から許可が下りたのか、次々に樽型の空母が飛び立っていく。巻き上げら  
れた雪が辺りで踊り、五つに束ねた髪と白衣を翻す。搭乗を促すアナウンスを背  
に、ユリは綺麗な笑みを浮かべてみせた。  
「任せておきなさい」  
 
 日が沈んだ後、外にいると汗が滲み、内では肌寒いのがハワイだ。  
 どこへ行っても冷房が効き過ぎなのが原因で、二部屋取ったホテルも変わらな  
い。だが、服を着ていないにも関わらず、文宏は額に汗を滲ませていた。  
 彼の両腕はそれぞれ、裸の七瀬とハンナが抱え込んでおり。陰唇を割った指先  
は、第二関節で折れて内壁を擦っている。二人は乳房や陰核を刺激しながら、半  
開きの口から悩ましげな吐息を吐き出した。  
 愛液が溢れて音を立て始めると、七瀬は手を休めて呼吸を整えた。  
「待たせたわね。あたしなら、もう突っ込んで良いわよ」  
 彼女が太股を浮かせ、ぎちぎちに張り詰めた怒張をなぞる。血管の感触まで分  
かるほど硬くなった陰茎は、少し押されただけで腹に着いていた。  
「ほら、我慢する必要なんか無いでしょ。あんたの下僕に義務を果たさ、ひゃう  
っ、いい加減にしないと指でイっちゃうじゃない」  
「お前な。頼むから、下僕の義務とだけは言うなよ」  
「なんでよ。マスターが相変わらずカスだから、いつも通りに怪我したんでしょ  
うが」  
 ショゴスの力を与えられた文宏は、高い治癒能力を持っている。だが、それを  
発揮すると副作用として、女の膣内に出さなければ収まらず。自己処理では駄目  
なのだから、下僕の義務に含んで間違いは無いはずだ。  
 どこか嫌そうな文宏を見るうち、納得した七瀬が唇を舐めた。  
「なるほどね。あたしが好きだの何だの言わないと、ヤり難いってわけ」  
 見下すように微笑む彼女の前から、文宏の顔が逸らされる。向けさせたハンナ  
は、唾液と舌同士をしっかりと絡め合い。うっとりとしつつも、冷静に隣へ指摘  
した。  
「てけり、り」  
「う。確かに、あたしが悪かったわよ。バズとリーブもマスターの配下だけど、  
連中に、この義務は無いわ」  
 そっぽを向く彼女の頬に、文宏が口付けた。  
「まあ、七瀬の言う事も当たりだけどな。義務で仕方なくの相手だと、罪悪感が  
刺激されてしょうがねえ」  
 ハンナが首を振って、彼に腕を回して引き寄せる。細身の体に似合う、小振り  
だが形の良い乳房が滑らかに押し潰された。  
 彼女達ショゴスには、必要に応じて自分の形を変化させる能力があった。  
 この半年で、二人の体は文宏に抱かれる為だけに特化しきっている。七瀬は柔  
軟で、どんな激しい動きも受け止め。ハンナの肌はすべすべと吸い付くようで、  
細い手足が絡みつけば離さない。どちらの中も外も、彼の好みに合わせられてい  
た。  
 誰よりも文宏に快楽を与え得る体。それは同時に、誰よりも彼から快楽を感じ  
る体でもあった。  
「ちょっと、からかっただけじゃない。あたし、好きでも無い男の精を、胎に受  
け入れて喜ぶ趣味は無いわ」  
「てけり、り」  
 ハンナの囁きを聞いて、七瀬が口をぱくぱくとさせた。彼女が顔を真っ赤にす  
るほど驚こうが、心底本気なのかハンナの視線は動かない。  
 それを一身に浴びる文宏は、耳まで紅潮させながら、ごくりと唾を飲んだ。  
「てけり、り」  
 文宏が口笛のような音を出して、ハンナの両肩を押さえ付ける。震える乳房の  
上にあるのは、喜びの表情だけ。いっぱいに開かれた細い太股の間で、濡れ光る  
陰唇が彼を待ち望んでいた。  
「って、ちょっと待てえ!」  
 
 呆然としていた七瀬が叫ぶと、隣で舌打ちがした。  
 ちらっと見たハンナは、どこまでも澄まし顔だった。効かない殺気を切り上げ、  
鼻息を荒くさせる文宏を蹴り飛ばす。尻餅を着いた彼に、眉を逆立てながら七瀬  
は指をつきつけた。  
「二人いっぺんじゃないと不公平だから、同時にって決まってたでしょうが」  
「てけり、り」  
 さっき抜け駆けしようとしたのはお前だ、とハンナが指摘するものの。七瀬が  
顎でしゃくった先を見て、今はそれどころじゃない事に同意した。  
 ベッドのシーツを握り締めた文宏が、なけなしの自制心を振り絞っている。苦  
しそうに紅潮した顔の下で、先走りを洩らす陰茎が痛々しく反り返っていた。  
 頷き合った二人が、互いの下半身を重ね合わせていく。  
 触れた部分は、黒い液状になってから溶け合うように混ざっていき。蠢く二つ  
の下腹部が、次第に一つの物へと変わる。七瀬の右足とハンナの左足の間に、元  
からそうだったような、左右で形の違う陰唇があった。  
 二つの陰核が揺れる下へ、左右から四本の手が伸ばされる。  
 唇どころか、口まで指で引っ張って、二人は中のピンク色を文宏に見せつけた。  
人では有り得ないほど開いた膣口が、たくさんの涎を流しながら、奥でひくつく  
子宮口まで晒け出す。  
「さあ、マスター。その溜まりきった精液を、あたし達二人の子宮へ、たっぷり  
と注ぎ込んじゃって」  
「てけり、り」  
 二人に促されるまでも無く、我慢の限界を越えた文宏が一気に押し入った。  
 仰け反る二人の背中に腕を回し、引き寄せながら腰を突く。抱き返す彼女達の  
四つの腕と乳房が、ぴったりと彼の体にしがみついてきた。  
 初めの頃、文宏は二人を抱く事に抵抗があった。  
 無謀にも五人で特攻をかけ、あっさりと撃退され。その傷を回復させた副作用  
に抱いた後も、幾度となく繰り返してきたが。わりと普通の倫理観を持つ彼にと  
って、葉子達もいるのに、二人にまで手を出すのは気が引けた。  
 人では無いから気にするな等、色々な説得をされたが。二人がこうまで歓んで  
くれなかったら、心から耽る事は出来なかっただろう。  
「てけり、り」  
「うん、うんっ。ほんと子宮の中までマスターを迎えられるのは、あうっ、ショ  
ゴスに生まれたおかげね」  
 強く抱き締める腕から文宏の想いが伝わり、七瀬とハンナも全身でそれに応え  
た。  
 左右で感触の違う膣内が、陰茎を別々に撫でながら絡みつく。突かれる子宮口  
は先端を受け入れ、子宮の中へと導いている。  
 待ち焦がれた結合に、三人の限界は早かった。  
 ハンナ側の子宮口が痙攣しながら、陰茎を離すまいとし始める。すぐに七瀬の  
も同様になり、彼女達は文宏を子宮の中に留め続けた。前後する腰によって上下  
させられる子宮に、二人の顔が蕩けていく。  
 大きく開けた口を頭の両脇に抱えて、文宏が根元まで突き入れた。  
 どくっ、どくんっ、どくどくどくっ  
 子宮へ直接浴びせられる精液が、七瀬とハンナに絶頂を与える。締まる子宮口  
は、一滴も逃さないように隙間を無くしていった。  
 文宏は二人を押し倒し、呼吸を整える口元へ舌を伸ばす。応じる二人に微笑み  
ながら、上下する胸に手を置いた。  
「こうやって、ふうっ、卵管を流れてくる感触に幸せを感じちゃうな。あたしの  
事を、こんなにも妊娠させたいんだ、って思えるから。二人分の子宮と卵巣で収  
まらない、はあっ、ぐらい出すのに。なかなか子供って出来ないものね」  
「初めて会った時に、全部掻き出した奴の台詞とは思えんな」  
「あれ、言ってなかったっけ? あの時に取り除いたのは、催淫作用のあった精  
液だけよ。受精卵は残しておいたんだけど、着床しなかったみたい」  
 びくんと震えた陰茎を感じ、七瀬は妖しく微笑んだ。  
 彼女の乳房は手に余るほどの大きさで、いくらでも柔らかく形を変える。ハン  
ナの方は、ちょうど掌に収まり、水菓子のような弾力を返す。それぞれを文宏が  
味わううち、二人は呼吸を整えた替わりに、甘い喘ぎを洩らし始めた。  
「てけり、り」  
「でも、膣内に溢れた分を反芻させ、あんっ、のは。気持ち良いだけでしょ」  
 
 分かってないと首を振ったハンナが、文宏の瞳を覗き込む。彼女の顔は鋭い印  
象が強いのだが、今は、とても甘い表情をしていた。  
「てけり、り」  
 それを聞いて、文宏がハンナの唇に乱暴に吸い付く。七瀬が嫉妬を覚える前に、  
彼女にも同じくらい情熱的なキスを行った。  
 文宏が腰を動かし始めると、左右から二人が頬に口付けた。  
「良かった、文宏がマスターで」  
 言いながら七瀬が自分の脚を文宏に絡ませると、ハンナもそれに続いた。激し  
さを増す突き上げに離されないよう、脚を増やして文宏の背中で組み合わせる。  
文宏は上半身を二人と密着させたまま、待ち望む膣内へ、溢れるまで何度も注ぎ  
込んでいった。  
 
 鉄の群れが翻り、陽光に機体を煌めかせる。クン・ヤンの戦闘機の放った砲は、  
幾つかの星のマークを撃ち落としたが。それで気が緩んだのか、死角となった上  
から銃弾を浴びて、煙を噴きながら墜ちていった。  
 ルルイエの碧都市の一角で、ダゴンが訝しげに戦場を眺める。右翼への攻勢が  
手薄なのは進路を限定する為か、手が回らないだけなのかと。  
「右翼を上げ、正面に回せ」  
「ぐぎがぐ、げろげろ」  
「構わぬ、穴は奴に埋めさせれば良い。乱戦では使いようも無いしな」  
 半魚人達が指令を下していく中で、ダゴンは甲殻類のような節足を組んだ。魚  
じみた頭に、不敵な笑みを浮かべながら。  
 ハワイ沖の会戦は、昼を回っても激しさを増すばかりだった。  
 朝からルルイエに押し寄せた攻撃部隊は、既に第三派を数えている。じっくり  
腰を据えてかかるつもりのダゴンは、凌ぎどころと踏んで防備に徹した。一気呵  
成の行動など、長く続くはずが無いのだから。  
 兵もだが、武器も疲労する。戦闘での消耗は、何も被弾ばかりではない。急旋  
回や急上昇といった限界性能も、通常航行とは比べ物にならない負担をかけ。そ  
れらの消耗は、いずれ修復能力を上回ってしまうものだ。  
「来たか」  
 ダゴンが見据える先で、右翼に迫る編隊があった。  
 第四派の攻撃が正面にかかる隙をつき、紡錘形を取った戦闘機群が突き進んで  
いた。対空砲火を回避して隊形が乱れるが、先頭の一機は構わずに突出する。そ  
の行く手を塞ぐように、波間からルルイエに匹敵するほどの巨体が立ち上がった。  
 鱗の生えた人間を、冒涜的にイカへと変化させたような存在。幾度となく最後  
の接近を阻み続けてきた長い触手が、鉤爪を揺らしながら狙いを定める。  
 その前で先頭機の前部風防が開き、中からショートカットの女が現れた。  
「はじめましてが、さよならの言葉」  
 文宏に認識されたガタノソアは、以前とは一つ大きく異なっていた。彼女の輪  
郭を見た者全てではなく、彼女と目の合った者を石化させるようにと。だからこ  
そ、こうして戦闘機に乗って、作戦に参加する事も可能なのだ。  
「やだもう、ワタシってば詩人かもしんない。でも、他人に聞かれたら、ちと恥  
ずいかな。思わず口から出た言葉で悩むなんて、教養のある女は辛いわ」  
 物凄い風圧を受けているはずだが、どうという事も無いのだろう。あははと笑  
うガタノソアが、シートベルトに引っかけた足で器用にバランスを取る。  
 迫り来る鉤爪も気にせず、充分に近付いてから、ガタノソアが目を開いた。  
 目から一気に広がった石化が、あっという間にイカの巨像を作り出す。右翼の  
竜も、何体かが石となって海に消える。風防が下ろされる間にも、戦闘機群から  
のミサイルが襲いかかった。一点に集められた爆発が、島ほどの巨体に大きな亀  
裂を生む。  
「さくっと大活躍だぜ、いえーい」  
 Vサインを作るガタノソアを乗せて、編隊は帰投コースに入る。崩れ落ちる巨  
像に巻き込まれ、四角錐の戦闘機が何機か墜落していった。  
「つーわけで、後は頼んだわよ。戸川文宏」  
 呟きに合わせるように、海面から水柱が吹き上がった。  
 ガタノソア達と入れ替わる攻撃隊が、ルルイエの右翼へと向かっていく。その  
下で白い翼が羽ばたき、混乱する空域を鞭が切り裂いた。  
 文宏達の横をミサイルが追い抜き、破片から逃げ惑う敵軍に次々と穴を穿つ。  
ルルイエを凝視する文宏の目に、彼らを睨み返す黒い鎧が映った。  
「見えた!」  
 
「てけり、り」  
 巨岩の降りしきる中を、ハンナが速度を増して突き進む。行く手を塞ぐ者達を  
払いながら、彼らは目配せを交わした。  
「長くは無理よ。雑魚は引き受けるから、マスターはダゴンを」  
「簡単に言うでガンスが、かなり大変な数でゲス」  
 半魚人や一つ目の巨人達が、ダゴンの周囲に展開する。薄く笑った魚頭は、彼  
らの中心で腰の大剣を抜いた。磨き抜かれた刀身の反射が、大きく開いたハンナ  
の翼を舐めていった。  
 リーブが飛び出して、ハンマーに変えた腕で巨人を殴った。続いて七瀬が斬り  
付けたが、致命傷には至らなかったらしい。巨人の持つ大きな棍棒を回避する彼  
らの後ろで、バズが半魚人達に鎌を浴びせ。銃弾を払うハンナから飛び降りた文  
宏が、その勢いを乗せて鞭を振り下ろした。  
 五本に別れた鞭が、別々の軌道を描いてダゴンに迫る。彼はそれを、大剣で次  
々に払い落としてみせた。  
「我と剣を交えた者なぞ、この戦さで初めてだ」  
「偉そうに。てめえが何様だか知らねえが、気に入らねえな」  
「ならば、うぬの武を示して、我を黙らせてみよ」  
 背筋を走る予感に、文宏は咄嗟に横へ飛び退いた。彼の立っていた場所に大剣  
が突き刺さり、敷石に亀裂を入れる。飛び散る礫片を割って鞭が伸ばされるが、  
ダゴンは躱しながら迫ってきた。  
 剣が振り下ろされようとした時に、浅くだが鞭が肩を打ち据える。バランスを  
崩したダゴンの大剣を最小動作で避け、文宏はすぐさま攻撃に転じた。  
 だが、巨体の体当たりを浴び、肺の空気を吐きながら吹き飛ばされてしまった。  
 追撃に掛かろうとするダゴンの前に、鞭が鋭く突き立つ。制動を無理矢理かけ  
た文宏が睨むが、ダゴンは既に充分な距離を取っていた。  
「膂力は、さしたる物では無いようだ。が、数多の同胞を葬ったのも頷ける。長  
ずれば、かなりの使い手になったであろう」  
「余裕かましてんじゃねえ。こっちは、いっぱいいっぱいだ、悪いか!」  
 何かに気付いた文宏が、整わない息のままで、敷石に食い込んだ鞭先を跳ね上  
げた。身構えるダゴンの脇を通り過ぎ、周囲の建物の外壁を抉る。鞭に引かせた  
文宏の体が宙を飛び、死角から七瀬に向かう棍棒の前に割り込んだ。  
「マスター!」  
 七瀬の悔やむ声の中で、文宏が地面に叩きつけられて大きく跳ねた。  
 容赦無く詰めたダゴンの振る剣を、ハンナが膝を着きながらもなんとか受け止  
める。ダゴンはすぐに右腕を離すと、節足を何倍もに長く伸ばし、文宏の腹を突  
き破った。  
 痛みに絶叫した文宏が、口を開けながら顔を落とす。仲間達が駆け寄ろうとす  
るが、斬り結ぶ者達が許さない。焦る彼らの前で、ダゴンが吸盤付きの脚でハン  
ナを弾き飛ばし、文宏に迫った。止めを刺そうとしたダゴンは、そこで奇妙な物  
に気付かされた。  
 笑っている。  
 苦悶の声を洩らしながらも、文宏の口は笑みを形作っていた。前髪越しに見え  
る目が、ぎらぎらとダゴンを睨み返している。その狂気は、ダゴンをして怯ませ  
るものがあった。  
 ダゴンは振り上げられる鞭に気付いて、右腕を抜こうとする。だが、内蔵を抉  
る激痛を無視した文宏に抱え込まれ、すぐには動かせそうもなかった。  
「ぬかったわ!」  
 人間は、宇宙に存在するあらゆる者の中で、最たる化け物だ。  
 己を省みず他者を助けたり、敵を滅ぼそうとする。死への恐怖と生への執着を  
持ちながら、そこまで狂える者など他にいない。狂気に導かれるまま、自己の生  
命すら度外視して突っ走るのだ。その考え難い行動は、圧倒的な力の差すら無視  
して、無理にでも隙をこじ開ける。  
 迫る鞭に舌打ちして、ダゴンが自分の右腕を切り落とす。飛び退いた彼は致命  
傷こそ避けたものの、裂かれた胸や腹から血を噴き出した。  
 注意の逸れた半魚人を押しやって、七瀬達が文宏の周りを固めた。リーブとバ  
ズが銃弾から庇う下で、屈み込んだ七瀬が傷口を塞ごうとする。しかし、文宏の  
高い治癒能力も及ばない傷から、床石に赤が広がっていった。  
「無事、か、七瀬。俺はいいから、み、んな逃げろ」  
「黙ってなさいよ!」  
 
 悲痛な金切り声を聞きながら、ハンナが文宏の鞭を手に取ってインカムに変え  
る。片耳に装着した彼女は、繋がった通信先に口早に告げた。  
「てけり、り」  
『確認したわ。こちらの座標を伝えるから、合図があったらすぐに飛ぶのよ』  
 ユリの声に続いて、上空を砲撃が覆い尽くした。文宏を抱えた七瀬を掴んで、  
ハンナが宙を舞う。旋回し、牽制を行うバズとリーブを拾うと、追ってくる銃撃  
を躱しながら高度を上げた。  
 近付く戦闘機を、体当たり気味に撃墜しながら先を急ぐ。幾度か爆風に煽られ  
て失速しつつも、白い翼は戦場を飛び去っていった。  
 
 南極にあるユリの私室に、文宏の身近な者が集まっていた。  
 一人部屋としては広い方だが、ベッドに横たわる彼も入れて八人もいると狭く  
感じられた。もっとも、苦悶の声がベッドから上がっていなければ、こうまで息  
苦しくは無かっただろう。  
 顔中に脂汗をかいた文宏が、堪えるように歯の間から荒い息を洩らす。不安な  
顔で見守る人々へ、ユリが心外そうに肩を竦めた。  
「我々の科学力と、アルタの外科技術を信用して欲しいものね。手術にも、術後  
の経過にも何ら問題は無いわ。病室に置いていない事でも分かるように、フミヒ  
ロは既に完治しているわよ」  
「しかし、こうも苦しまれておりますと」  
 レアが文宏の汗を拭いながら、冷静な白衣を振り返った。  
 七瀬達すら、蓄積したダメージの回復に、現在も治療を受けているのだ。ただ  
それは、ろくなメンテナンスもせず、長期間稼動してきたせいであり。半年間の  
戦いの結果だけでは無い。  
「心配いらないわ」  
 説明するより見せた方が早いと、ユリが文宏を覆った毛布を引く。現れた彼の  
姿を見て、何人かが息を飲んだ。  
「単に、性欲が高まっているだけだから」  
 病院で使うような簡素な服を、屹立が高々と押し上げていた。  
 確かに文宏は苦しそうだが、傷の痛みを訴えてはいない。雰囲気の変わった室  
内で、ユリが彼の服を手早く脱がせ始める。顕わになった陰茎が、今そこにある  
欲望に強く脈打った。  
 ユリは下着を下ろしつつ、彼に跨っていく。その股間で、さっきから弄ってい  
たらしい手が、充分に溢れた唾液に濡れ光った。  
「駄、目だ、ユリ」  
 陰唇にくわえ込んで膣口を探る彼女へ、下から声が掛かる。素直に待ちくたび  
れる陰茎と違い、本人は上がりかける腰を必死に抑えつけていた。それをユリは  
冷たく見下ろしたようだが、瞳が潤んでいては台無しだろう。  
「忘れたわけじゃないでしょう? 早いところ雌性体の胎内に注ぎ込まないと、  
知性を失うのよ。最悪の場合、死に至るとも言ったわよね」  
「けど。何人も、ぐはっ、に手を出すだなんて。俺がされたら絶対に、嫌だ」  
「フミヒロの道徳観がどうだろうと、死んで貰っては困るの。もっと自分の価値  
を、きちんと理解しなさい。あなたは、大事な実験体なのよ。科学の発展の為に  
も、貴重な資料を残す義務があるでしょう」  
 言い終えたユリが、一気に腰を下ろした。  
 すぐにも達しそうに震える陰茎が、膣内を満たしていく。それを収めきったと  
ころで、ユリはどうでも良い事のように付け加えた。  
「ああ、それと。これは大した理由じゃないんだけど。私もフミヒロの事、気に  
入ってるからかしら。少なくとも、他の雄の種を孕む気になれない程度にはね」  
 放出を耐えていた文宏は、その一言で決壊し、ユリの膣内へと吐き出していっ  
た。  
 どくっ、どくどくどくっ  
 それでも、彼女の腰を掴もうとする手を、寸前のところで引き留めている。科  
学的でない事は理解し難い、と首を振るユリの前に、黒髪のセミロングが割り込  
んだ。  
 文宏の間近に顔を寄せ、葉子が鋭い視線を向ける。見返す彼の目は、快楽と苦  
悩に揺れながらも、しっかりと彼女を捉えていた。  
「下らない我慢をするな。断言して良い、お前はどうせすぐに私達を抱くんだか  
ら」  
「待てよ、下らなくな、んか無いだろ」  
 
「いいから聞け、理由は二つだ。お前が非情になりきれない、お人好しであり。  
独占欲が強いからだな」  
 困惑する文宏に、葉子は迷いの欠片も無い顔で続けた。  
「もし、誰か一人を選ぶなら、覚悟して選べよ。選ばれなければ、私は死ぬ」  
「いきなり、物騒なこ、と言ってんじゃねえ」  
「が、本気だ。別に、他の女を捨てろとは言ってないだろう。お前にとっての私  
が、その程度の価値すら無いなら、生きていても仕方あるまい。なにせ、全身全  
霊をかけて、ずっと口説いてきたつもりだからな」  
 それなら他の男を愛しても、どうせ無駄に終わると彼女は断言した。かなり無  
茶な内容だったが、文宏を黙らせる効果はあったようだ。  
 何より、彼の自己嫌悪を晴らせた事に、葉子は満足して微笑んだ。  
「もう一つの方だが……お前の事なら、世界中の誰より、私が一番良く分かって  
いる」  
 文宏の額に張り付いた髪を払い、顔を近づけていく。額同士を触れ合わせた彼  
女は、部屋の中を目で示しながら囁いた。  
「お前、こいつらが他の男とヤっても構わないのか?」  
 からかうような笑みを引き寄せて、文宏が自分の口で塞いだ。一瞬だけ驚いた  
ものの、すぐに葉子は彼の首に腕を回して応じ始める。ねっとりと舌を絡め合い  
ながら、もう片方の文宏の手がユリの腰をがっちりと掴んだ。  
 奥を突き上げる感触に、喉を晒したユリが倒れそうになる。堪えようとする彼  
女を、起き上がった文宏が押し倒した。  
「なるほど、あふっ、催淫効果が無いと、こうなのね。興味深、あんっ、深い、  
深いよ。こんなにくっきり、文宏の形が分かっちゃうなんて。ちょっ、あっ、ど  
うにかなっちゃいそう」  
「孕むだけだ、安心しろ」  
 文宏の背中に張り付いて、葉子が声を掛けた。ユリの吐いた息をどう捉えたの  
か、文宏は彼女を抱き寄せながら、目を合わせつつ突き入れた。  
「ユリ。お前は俺の女だ、他の男には指一本だって触らせねえ」  
「手は五本もあるけ、ふあっ、軽い冗談でしょ」  
 いいわよ、と頷くユリの唇を奪った文宏は、挿送を繰り返していった。  
 内壁を押しながら擦り上げると、面白いようにユリの体が跳ねる。五本の腕で  
必死にしがみつく彼女は、絶対に抜けないよう陰茎を押さえた。だがそれも、達  
する回数を重ねるうちに、手を置いているだけになってしまう。  
 射精感が込み上げる度、文宏は我慢せずに放出する。子宮口に押し当てた先端  
から、中へ中へと精液が注ぎ込まれ。五房に束ねたユリの髪が汗にまみれた頃に  
は、胎内は膨らむほどに満たされていた。  
 
 苦しそうに息をするユリに軽くキスをして、文宏が顔を上げる。  
 彼の足で股間を弄ぶ葉子の傍で、熱っぽく見返すガタノソアと目が合う。腕を  
取って引き寄せた文宏は、ごくりと唾を飲む彼女の下着に手を差し入れた。  
「なんか、ええっと、ひゃう。そりゃ濡れてますよ、ああ、濡れているともさ。  
だってこんな欲望丸出しの顔されたら、いやその、ちと怖いぐらい。あんなにさ  
れたら、ワタシってば壊れちゃわないかな」  
「好きな女を、壊すわけ無いだろ」  
「いや、つーか。そう言われただけで壊れる、ってか壊れそう、むしろ……壊し  
ていいよ。って、何言ってんだろうね、あはは」  
 焦っていながら期待に満ちた笑いを、途中で文宏が吸い込んだ。  
 下着は愛液を吸って脱がし難かったが、破れそうなほど力を入れて引き抜く。  
少し怯えたガタノソアは、優しく貫かれた事で、安心したように息を吐いた。  
「あ、本当だ。さっき博士が言ってたけど、あはっ、はっきり戸川文宏が分かる  
よ。今までは押し流されるだけだったのに、繋がってるのを感じる。ああ、ワタ  
シはこっちの方が好、あふっ、好き」  
 ぎゅっと抱きつかれて、あっという間に文宏の限界は訪れた。  
 どくんっ、どくどくどくどくっ  
 全体で強く締めるユリと違い、ガタノソアの膣内は柔らかく受け止める。とい  
っても、与える快楽が違うのは、造りのせいではあるまい。普段はともかく、体  
を重ねる間なら、文宏は彼女が人知を越えた存在なのだと納得出来た。  
 彼女の子宮口を押し上げたまま、腰を大きく回していく。ガタノソアが一度達  
する間に、文宏は二度三度と達するが、陰茎は硬く張り詰めたままだった。  
 
「ねえ、戸川文宏。これからは、放っといちゃ駄目だぞ。せっかく慣れてきたと  
ころだったのに、あんっ、半年もワタシに注がないなんて」  
「悪かったよ。けどな、俺は自分がされたく無い事を、他人にしたく無かったん  
だ。でも矛盾するようだが、お前が他の男とするなんて、うくっ、考えただけで  
苛つく。葉子の言った通り、自分で考えてた以上に最低な奴だな」  
「馬鹿ね。謝るのはそんなんじゃなくて、孕ませてくれなかった事にで、ひゃん  
っ」  
 強く突かれて、ガタノソアが大きく喘ぐ。だが、充分に高まった彼女は、その  
激しさも悦びになるようだ。  
 何度も何度も放たれた精液が、たぷたぷと子宮の中で音を立てる。子宮口を塞  
ぎながら注ぎ込んでいた文宏は、気を失った彼女の髪を撫でてやった。  
 
 痛いほどの凝固は去ったものの、まだまだ陰茎は物足りなさを訴えていた。  
 頼りなく手を預けて、葉子が彼の足を濡らす。彼女の腰を引き寄せようと振り  
返った文宏に、俯くアルタの姿が見えた。  
「来いよ、アルタ」  
 彼女は珍しくおずおずと近付き、前髪の間から覗いてくる。そこには怯えとい  
うより、後悔のようなものがあった。  
 腕を引く文宏には逆らわなかったが、頭がゆっくりと左右に振られた。  
「戸川君も、知っちまいやがったはずです。私が、黒き王の命じるままに、行動  
してきたと。あの博物館に伊藤君を呼び出した理由が、ブラン君と引き合わせる  
為だったのも。彼女が生贄にされると知りつつ、黙っていた事も。だから、戸川  
君に抱いて貰える資格なんか」  
 打ち合って言葉を出す羽は、内心を表すように弱々しく震えていた。アルタは  
巫女服の前で両手を組むと、祈りを込めた眼差しを向けた。  
「あれもこれも全て、戸川君が下僕にしてくれなかったせいですよ。新たな主に  
仕えなければ、私は黒き王の御心に反する事など出来ません。お願いです、てめ  
えにミジンコ程度でも微かな度量があるなら、さっさと私を下僕にしやがれ」  
「言っただろ、そういうのは趣味じゃない」  
 それに、と首を振りながら文宏がアルタを抱き締めた。  
「メルを死なせてしまったのは、俺のせいだ。ニャル様が教えてくれたよ。彼女  
を殺せてしまった俺に目をつけ、全てを引き起したんだって」  
「やっぱり、私を戸川君の物にしてはくれませんか?」  
 少し体を離した文宏が、アルタと向かい合う。彼は後悔を引き摺っていたもの  
の、笑顔を浮かべていた。  
「下僕だの奴隷だのは趣味じゃないが、お前は俺のもんだ。菌糸の一本一本、思  
考まで含めて、他の奴には欠片だって渡しゃしねえ。相手がどこの誰だろうと、  
な」  
 笑顔に崩れたアルタに吸い付き、着物の前を割り開く。袴の紐を自分で解いた  
アルタが、下着ごとそれを脱ぎ捨てる。股に入れた指に涎が絡むのを確認し、文  
宏はガタノソアから抜いた陰茎を、すぐにアルタへ突っ込んでいった。  
 体内の菌糸が、ぬめりながら陰茎に絡みつく。根元まで差し込む文宏に抱きつ  
いて、アルタは含み笑いを洩らし始めた。  
「くっくっく。引っかかりましたね、戸川君。我ながら、しおらしい娘の演技も  
上手いものです。天は二物どころか、三つも四つも与えるようですね。残念だな、  
あんっ、ことわざ作った人」  
 菌糸は蠢きながら、陰茎の突く奥に空間を作り出した。  
「戸川君を絶望させる為に、教えてあげましょう。てめえが私を下僕にした時点  
で、黒き王の御掛けなった封印が解かれました。これにより、はうっ、滅びるま  
で私の魅力に取り憑かれるのです」  
「今までと、そんな違うとは思えないけどな」  
「ううっ、こっちは大違いですよ。催淫効果が無い方が、犯されてるのが実感出  
来て気持ち良、ふあっ。ともかく、教えてあげますから、敬い尊びながら心して  
聞きやがれ」  
 巻き付いた菌糸が舐めるように、文宏の陰茎を這っていく。アルタの限界が近  
い事を感じて、頷きながら彼は腰を速めていった。  
 聞けと言っていたが、言葉にならないのだろう。強く振られる羽からは、風だ  
けが送られてくる。嬉しそうに啜り泣く顔を引き寄せ、熱い頬に触れながら、文  
宏は奥へと解き放った。  
 どくっ、どくっどくどくっ  
 
 以前なら全身に行き渡らせるべく、膣口以外は緩くなったのだが。アルタの膣  
内は射出口に絡まり、精液を一点へと導いているようだ。  
「どぷどぷ出しましたね。これでもう、ふうっ、戸川君はお終いですよ」  
「で、何があるんだ?」  
 呼吸を整えるアルタの肩を撫でると、嬉しそうに羽が鳴る。しばらくそうして  
いるうちに、落ち着いたのか彼女が話を続けた。  
「命令を受ける時に、戸川君が催淫能力を持つというので、胞子を止めて貰った  
んです。ああ、人間でいう卵子ですね。ただし、下僕になった場合は、排胞が再  
開します。ですから今、さっき出しやがった精液の中で、私の胞子が泳いでます  
よ」  
 乱れた着物へ手を差し入れ、お腹の辺りをアルタがさすった。  
「てめえの子供を孕ませて、私じゃないと駄目になりやがれ」  
「てけり、り」  
 口笛じみた声を聞き、アルタに恐怖と期待が同時に沸き起こる。だがそれも、  
膣内を掻き回され始めると、歓びに圧倒されていった。  
 両手両足でしがみついて、自ら腰を振り立てる。頬を擦り寄せた彼女は、甘え  
るような声を出した。  
「だめになっちゃいます。戸川君じゃないと、駄目なんです。こうなったら、  
ひゃうっ、だめにしきっちゃって下さい。名前考えるのに困るぐらい、たくさん  
子供産んであげますか、らあっ」  
 無理矢理に興奮させられてないせいで、余計に深く感じるのだろう。注がれた  
量は今までより少ないというのに、アルタの全身からは力が抜けてしまっていた。  
 
 息をつく文宏を押して、顔を蕩けさせた直子が陰茎の根元を掴む。アルタから  
抜けると同時に呑み込もうとした彼女を、文宏が掴んで引き留めた。  
 直子は不満そうに首を傾げたが。文宏が自分の平らな腹を見ているのに気付き、  
笑いながら頷いた。今度は文宏が不思議がる中、慣れた動作でシャツの前をはだ  
けていった。  
「論より証拠ですよね」  
 フロントホックを外した直子が、乳房を差し出す。  
 文宏の記憶にあるより、二サイズほど膨らんでいるだろうか。意味が分からな  
いでいる彼の口へと、直子が乳首を持ち上げた。  
「どうぞ」  
 にこにこと嬉しそうな彼女に、戸惑いつつも文宏が口を近づける。頷く直子を  
見て、乳首を口に含んで舐めてみた。  
 とろりと溢れる液体が、口の中に広がった。  
 驚いて文宏の手から力が抜けると、直子の体が沈み込んでいく。悦びながら迎  
え入れた彼女は、完全に体重を預けて、飲みやすいように乳房を抱える。促され  
るまま、母乳を流す乳首に文宏は吸い付いた。  
「左のは、さっきまで私達の子供が吸ってたんですよ。男の子でしたから、直子  
の直と文宏さんの宏で、直宏とつけましたけど。お父さんの意見としては、どう  
ですか?」  
「産んでくれてたなんて、その、嬉しいよ」  
 良い名前だと頷きながら、零れた乳に困った顔をする。出している本人は豪気  
なもので、放っておくようにと笑っていた。  
「美味しかったなら、私も報われます」  
「ああ、うん、こっちの方が驚いたかもしれない。もっとこう、コンデンスミル  
クみたいに、甘いもんだと思ってた。さっぱりした甘さで、飲みやすいよ」  
「色々と、苦労するんですよ。食事にも気を遣わないといけませんし。でも、赤  
ちゃんの為ですから」  
「その料理を作ってるあたしに、順番を譲って恩返しをしたい、と」  
 後ろから文宏に抱きついた葵が、二人に笑いかける。冷たい目で迎えた直子よ  
りも、文宏は背中で感じる腹の感触の方が気になっていた。  
 反対側にいた葉子が気付いて、文宏の手を葵の下腹部に導く。裸の腹は、ぽっ  
こりと膨らんでおり。中にいるのが、とっくに人間なんだと教えてくれた。  
「そろそろ七ヶ月。最後に抱かれた時は、もう、この子がお腹にいたってわけ」  
「だから、馬鹿言わないでよ。早産の危険だってあるのに」  
 険悪さを増す直子に、負けじと葵も睨み返した。  
 
「誰も、前でするなんて言って無いだろ。ねえ、文宏。お口でも、お尻でも、好  
きなところ使って良いよ? 私の穴という穴に、この子を作った素を、注ぎ込ん  
で欲しいの」  
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。膣内以外で出すなんて、みんな孕んだ上  
で、他に希望者が誰もいない時だけでしょうが」  
「それもかなり、ふざけた意見だと思うけどな」  
 文宏を無視して二人が睨み合うと、細い指が彼の顔を横へ向けさせた。  
 合わせた唇の間で、レアの舌が彼を求める。気付いて声を上げる直子と葵に、  
離れたレアは糸を引かせながら答えた。  
「揉められるようでしたら、わたくしが先にさせて頂きますわ」  
 直子が頼むような視線を送ると、葵も頷いた。元から本気ではなく、じゃれつ  
くのが目的だったらしい。安心して文宏の頭を腕で独占すると、直子は何かを思  
い出したようだ。  
「あ、そうだ。責任取ってくれる、って言ってましたよね」  
「ああ。俺に出来る事なら、何でも言ってくれ」  
「だったら、お願いがあります。私、生理が重いんです……なので、一生止め続  
けてくれませんか?」  
「てけり、り」  
 乳首に吸い付く文宏へ、深い吐息が返ってきた。  
 対面座位で直子と繋がる背中に、葉子の体温を感じながら。右手の指を、八方  
から締め付けるレアの陰唇に滑り込ませ。左手で、葵の妊娠後期に入った腹を撫  
で回す。母乳を吸う度に直子の子宮口が反応し、彼の子種を欲しがっていた。  
「なんか不思議です。あの子に吸われても、あくっ、別に感じたりしないのに」  
「直子の乳、すっげえ美味いよ。生理を止め続けられるかどうかは、流石に分か  
らないけど。この先ずっと、母乳が止まらないようにはしたい」  
「なら、出し続けさせて、ふあっ、ずっと飲んで下さいね。心配しなくても、必  
要な分だけ作れるそうですから」  
 右の乳房を飲み干した文宏が、直子とキスを交わす。イったレアが指をきつく  
握り、感動する陰茎の振動が、直子も絶頂へ押し上げた。絞るように締め上げる  
膣内へ、文宏は込み上げた精液を流し込んでいった。  
 どくっ、どくどくっどくっ  
 背筋を震わせた直子が、うっとりとしながら胎内に広がる感触を味わう。  
 直宏は彼女をアルタの脇に押し倒して、覆い被さる。奥を突き始めると、左の  
乳房が彼らの間に母乳を滲ませた。  
「サッカーのチームが作れるぐらい、あふっ、子供欲しいです」  
「そしたら、あたしの子供達と試合ね」  
 左腕で直子と葵、右腕でレアとアルタを抱き寄せて。背中から乗り出した葉子  
と、唇を重ねつつ。文宏は溢れるまで、直子の子宮を満たしていった。  
 
「待たせたな」  
 慈しむように直子の腹を撫でる葵を見ながら、文宏が後ろを振り返る。だが、  
葉子は首を振って、レアを目で示した。  
「私は最後で構わん。先に、妊娠周期に入った彼女を可愛がってやれ」  
「よろしいのですか?」  
「ああ。直宏も可愛いもんだしな、こいつの子供をもっと見たい」  
 だから、排卵期でない自分より優先だ。そう答える葉子に陰茎は反り、だらし  
なく口を開いた直子が悶えた。流れる唾液を舐めた文宏が、頬を染めながら近付  
くレアの腰を、ぐいと抱き寄せた。  
 彼女の八つに割れた陰唇が、好物を欲して収縮を繰り返している。直子の体温  
をまとわせたまま、文宏は彼女に突き入れた。  
「島津さん達にも、この感覚を知って頂いて良かったですわ」  
「どの、なんだ?」  
「催淫を中和していたという、あれです。私と渡辺さんのように、皆さんも感じ  
て下さったようですね。戸川さんを好きな気持ちが溢れて、止まらなくなってし  
ま、あんっ」  
 強く抱き締められて、レアがラッパのような音と共に息を吐いた。  
 肉付きが薄く、どこまでも細い体。ふるふると形の良い乳房が震えるが、脇に  
は、あばらが浮きかけており。縋り付く手足は、折れてしまいそうな頼りなさを  
感じる。  
 だが、陰唇はぎっちりと彼を掴んで離さなかった。  
 
 スムーズに受け入れる膣内とは別に、高まるほどレアの陰唇は締め付けを増す。  
込み上げた精液が堰き止められ、苦しそうに先端がもがく。こりこりとした子宮  
口を押していると、長い髪を振ったレアがファンファーレを鳴らした。  
 どくっ、どくどくっどくっ  
 陰唇から力が抜け、溜まりに溜まった精液が噴き出されていく。浴びせられる  
度に音を鳴らす彼女は、淫靡な楽器のようだった。  
 荒い息を吐きながら、細い顎の線が文宏の肩をなぞる。少しづつ八つの陰唇が  
力を込め、彼女の回復を教えてくれた。  
「時を旅する私であっても、戸川さんの未来を視る事は叶いません」  
「この戦争で死ぬ、ってわけか」  
「いえ。その可能性すら、全く分からないのです」  
 宇宙に存在するあらゆる物は、常に他者を観測し、影響しあっている。人間を  
例にすれば、呼吸する事で酸素を観測、つまり吸収し、二酸化炭素を吐き出すよ  
うに。素粒子であっても同じで、観測しなければ存在し得ないのだ。  
 それら無数の観測が、宇宙を変化させ続ける。だからこそ未来は常に不確定で  
あり、未来や過去に行っても、そこは一つの可能性の世界でしかない。  
「しかし、確率の未来すら不明にさせる、混沌を生み出すモノがいます」  
「ニャル様か」  
「ええ。ほぼ唯一の、絶対的な観測者。ナイアルラトホテップは、一匹のネズミ  
を観測するだけで、宇宙を劇的に変えてしまいます。アレが何を企んでいるのか  
は知りませんが、どうか、お気をつけて下さい」  
 注意したからといって、どうにかなる相手ではない。それでも文宏は、レアを  
安心させる為に嘘をついた。  
 レアも分かってはいるのだろう、彼の優しさに溺れるように激しく求め。恥じ  
らいも捨てて、高らかにラッパを鳴り響かせる。音楽が止まった時には、あれだ  
け締め付けた陰唇も、疲れ切ったように緩んでいた。  
 
 文宏にも、全身に痺れたような疲れが広がっていたが。首に腕を回した葉子が  
口付けると、陰茎は元気にレアの膣内を押し拡げた。  
「いまさらだけど、本当に良いのか?」  
「他の女に手を出す事なら、病気さえ移されなければ、あと何人増やしても構わ  
んぞ」  
 顔を寄せた葉子が、呆れと挑発を混ぜた笑みを浮かべた。文宏に無数の女がい  
ようと、彼に愛させる決意の顕れだろう。指で開いた陰唇から、涎が彼の腹を伝  
って股間へと流れ落ちていった。  
「お人好しで流されやすく、下らない事でうじうじ悩む、節操無し。そんな最低  
最悪の馬鹿だからこそ、私はお前が好きなんだ」  
「本当、考えらんないぐらい、最悪だよな。彼女より好きな娘が出来たってのに、  
いつまでも別れ話を切り出せずにさ。自分の何が嫌かと言ったら……梢が死んだ  
のを見て、どこかでほっとしやがったはずなんだよ、このクズは」  
 文宏の悔恨に歪んだ顔を両手で挟み、葉子はとても優しく苦笑した。  
「お前、正真正銘の馬鹿だな」  
 キスをしてから、目元に滲んだ涙も吸い取っていく。髪の間に差し入れた手で  
引き寄せ、彼女は頬と頬を擦り合わせた。  
「簡単な話だ。お前は私を好きなのと同時に、藤野も好きだった。考えてみろ、  
独占欲の強いお前が、自分の女を他の男にやれるわけがあるまい。好きになった  
女を、片っ端から孕ませたいんだろう」  
 それとも何か、と葉子が喉の奥で色っぽく笑う。  
「私がお前に抱かれなかったから、下らない事を考えたのか?」  
 レアから引き抜かれた陰茎が、葉子を貫いた。待ち焦がれていた膣内が、涙を  
流しながら彼を咥え込む。それが喜びの涙である事は、葉子の上げる嬌声が伝え  
てくれた。  
 文宏も、彼女が抱かれなかった理由ぐらい分かっていた。  
 彼は彼であって、彼では無かったのだ。戸川文宏である事に変わりはないが、  
葉子と出会い、彼女が愛した戸川文宏では無い。それでも文宏なので、文宏では  
ないなどと言いたく無かったのだろう。  
 理由を言おうとして苦しそうな顔を見たら、文宏はたまらなくなってしまった。  
 そういった、彼の優しさと愛情を受けて、葉子も際限無く乱れていく。自分が  
イっても腰を揺らし、文宏が達しても休まずに求める。荒い息で舌を差し出しな  
がら、二人は互いに唾液を流し込みあった。  
 
「お前に抱かれて、細胞の一つ一つが喜んでるぞ。聞こえるか、ああっ、粘液ま  
でもが、お前を好きだと言っているのが」  
「そういうお前こそ、分かってんのかよ。ずっとずっと、ここに俺の子供を宿さ  
せたくてたまんなかった」  
 腹を触る文宏に、葉子が大きく頷く。  
 さらさらと肩口までの髪が揺れて、彼の肌を撫でる。その感触に、文宏がより  
一層の繋がりを求め、葉子も余すところなく応じてきた。  
「一番、お前に好きだと、ふあっ、言って欲しい細胞は、私の卵子だ」  
「悪いが卵子より、受精卵の方が好きだぜ」  
「気が合うな。ただ、私一人では作れないだろう。一緒に、あんっ、作ってくれ。  
初めてシた時からずっと、お前の子供を孕みたくってたまら、ふあっ」  
 葉子の体は細かったが、滑らかな印象の方が強かった。中も外もすべすべとし  
て、抱きつく文宏に吸い付いてくる。その手足に包まれると、強い力で拘束され  
たように、彼女から離れられなくなってしまう。  
 膣道も従順に彼を受け入れた。べったりと襞が絡むわけでも、強く締め付ける  
わけでも無い。なのに、奥へ奥へと導く蠢動は、どうやっても抗えないほど文宏  
を魅了した。  
 どくっ、どくどくどくっ  
 射精の瞬間だけ葉子は腰を止め、子宮口で飲み干していく。勢いが収まると、  
彼の舌を舐めながら、再び体を揺らし始めた。  
「そうだ。どうせなら、私の全てを、あふっ、お前の物にしたくないか?」  
「とっくに、お前は俺のもんだよ」  
「分からん奴だな。娘を産んだら、あんっ、骨の髄までファザコンに育ててやろ  
うか、と言ってるんだ」  
「無茶苦茶言うんじゃねえ、ったく」  
「お前を誑し込む為だったら、私は何だってするぞ」  
 そして、とても真摯な目を瞼の下に伏せながら、彼女は告げた。  
「……出来れば、生きて帰って来い。出来なければ、私が後を追ってやる」  
 もしそうなった時、実際にどうするかは葉子にも断言出来ないだろう。しかし、  
心に留め置けという彼女の想いは、文宏に充分伝わっていた。  
 なぜなら、それは。  
「文宏、心底惚れてるぞ」  
 汗と体液と涎、そして少しの涙を混ぜつつ、二人は激しく交わり続けた。部屋  
中に広がった嬌声が、打ち合う肉と水の音と争っていく。淫らに蕩けながらも、  
どこか葉子には凛とした物が感じられた。  
 回復したユリが、羨ましそうに近づいてシーツに足を取られる。乱れた髪と威  
厳を正すものの、上気した頬が全てを無駄にしていた。  
 その後。治療を終えた七瀬とハンナも加えて、夜遅くまで喜び咽ぶ声が上がり  
続けた。全てを出し尽くした文宏が、レアの中に埋めたままで倒れ込み。彼女達  
は幸せそうに寄り添い、一緒に眠りへと入る。  
 時計の針は、決戦の日に変わろうとしていた。  
 
 朝靄の垂れ込める海上に、鉄の残骸やオイルなどが散らばっている。一夜を明  
けても消え去らない痕が、初日の激戦の様子を物語っていた。  
 双方の損耗率が一割に近い、まさに消耗戦だ。通常ならば、どちらも態勢を立  
て直すべき損害だろう。だが、人類にとっては戦線の伸びきった敵の本拠、ルル  
イエを叩ける好機であり。クトゥルフ側がハワイを陥とせば、ほぼ勝利を決定づ  
けるのでは、双方退けない決戦だった。  
 昨日の戦闘でルルイエは推進装置の一部を破壊され、今も修理の音を響かせて  
いる。朝陽の差し込む海に浮かぶ、最も大きな残骸。半ば沈んだ石像の上を、奇  
妙な鳥が飛んでいた。  
 馬のような頭部を持つ体は、象より大きいだろう。羽毛の代わりに生やした鱗  
が、優雅に風を切っている。その背中で、黒いメイド服の少女が足をぶらぶらと  
させていた。  
「いよいよ、だねえ。苦労した甲斐があったよ」  
 悍しく可憐な笑みのニャル様に、奇怪な鳥が鳴き声で応えた。  
 ダゴン教団は文宏ではなく、山田教授を狙った。人類に協力を求めたユリは、  
日本に向かったし。病院帰りの文宏は、半魚人達の狩り場に着いた。そして、ラ  
ーン=テゴスを生贄として、クトゥルフが復活した。  
 
 全ての当事者は、なんとなく選択しただけだろう。アルタを除けば、誰も自分  
が誘導されたとは思わなかったはずだ。  
 文宏が工事区間を避けて、波止場への道を使ったのも。ユリの回した地球儀が、  
指を置く寸前に微妙に動いたのも。気付かなければ、疑いを抱くような事ではな  
い。  
「後は仕上げだけ。最後はびしっと、私が決めちゃうんだから」  
 ニャル様が無い胸を反らし、可愛らしい笑い声を上げた。  
 その足下に浮いていた石像の目が、意志の輝きを取り戻す。徐々に石化を治し  
つつ、砕けた体を集めているようだ。海底に沈んだ各部へと、動かせるようにな  
った鉤爪つきの触手を伸ばした。  
「お前は死んでなさい」  
 何の価値も見出していない声で呟き、ニャル様がバールのような物で下方を突  
く。  
 巨大な何かに押し潰されたように、海面が弾けて波を立てた。ばらばらに砕け  
た石像が、残らず海底へ沈んでいく。  
 馬頭を叩いて、そこから飛び去りながら。ニャル様はリズムを刻むように、頭  
を小さく左右に振っていた。  
 
 
終  
 

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