『港にて』  
 
 
 雨音に混ざって届いたのは、女の悲鳴。  
 それを聞くやいなや、戸川文宏は走り出していた。走りながら傘を畳もうとする  
ものの、片手しか使えない為に上手くいかないようだ。右腕を吊る三角巾が濡れき  
った頃、体を支えにどうにか閉じる事が出来た。  
 防波堤に当たる波の音を掻き分けて、水溜まりを跳ねる足音が響く。右と左でリ  
ズムが異なるのは、左足を引き摺っているせいだろう。  
 コンテナの間を抜ける文宏が、右目だけで辺りを見回す。左目を覆った包帯は、  
頭や首筋にまで伸びていた。雑に切ったような髪からシャツに雨が流れ込んで、袖  
から覗く包帯も濡らす。しかし、それら一切が気にならないらしく、文宏は必死に  
気配を探り続けた。  
 錆びの浮いたコンテナを回った時、優等生じみた文宏の顔に確信が浮かんだ。右  
踵で制動をかけ、左手奥へと向かって速度を増して行く。  
 その先。積まれたコンテナで出来た路地裏に、幾つかの影が見えた。  
 女らしき人影が押し倒され、複数の者に取り囲まれている。喉にひっかかったよ  
うな女の悲鳴を聞き、文宏が怒声を張り上げた。  
「やめたまえ、君達!」  
 文宏は一斉に振り向いた者達を前に、思わず足を止めかけた。  
 半魚人。  
 ぬめっとした、魚そのものの顔。青緑の蛙じみた体は、腹部だけ別の生き物のよ  
うに白くなっている。鱗で覆われている事からも、人とは呼べない代物だろう。そ  
れはまるで、人の姿を魚の形へと冒涜的に整形したようだ。  
 だが、文宏の気勢を削いだのは姿形では無い。魚屋でもこうはいくまい、という  
程の強烈な魚臭さだった。  
 それでも、倒れているのは間違いなく人間の少女なのだ。恐怖に強張った顔で、  
引き裂かれた服へ涙を流し続けている。文宏が魚臭さを我慢するには、充分な光景  
だろう。  
「半魚人に日本の法律が適用されるのか、僕は知らない。しかし、女性に暴行を加  
えようという者を見過ごす訳にはいかないのだよ」  
 
 不自由な体ながら、大きく振った傘と共に文宏が躍りかかる。少女に唾液を垂ら  
していた半魚人へ一撃を加え、庇うように立ちはだかった。周囲を警戒しつつ、足  
下の少女に声を掛けようとして、  
 殴り飛ばされた。  
 
 かなり派手な音と共に、コンテナへ文宏の体が叩きつけられる。そのまま地面に  
落ちた文宏へと、半魚人達の嘲笑うような声が降りかかった。  
 どこかを切ったのか、包帯の下の傷口が開いたのか。文宏の体から流れた血が、  
雨に流されて水溜まりに糸状の模様を作る。焦点の合わない目へ、次第に瞼が落ち  
始めていく。  
 しかし、霞む視界に少女の泣き顔が入ると、文宏は目を見開いた。  
 歯を食いしばって、腕や肩を支えに起き上がろうとする。その動きは、ぐしゃぐ  
しゃになった傘が見えても止まる様子は無い。全身を激痛が襲っても、左腕に力が  
入らず肘から先が震え続けていても。額を地面に押しつけ、体を曲げ、必死で立ち  
上がろうとする。  
 そのうち、半魚人達の嗤い声もぴたりと止んだ。そんなに死にたいなら、死なせ  
てやろう。言葉にこそしなかったが、雄弁にそう語る足音が文宏に近付いて来る。  
 ぴちゃ、ぴちゃり。  
 文宏の前で、水掻きのある鉤爪は止まった。前ヒレを振り上げたのか、空気を裂  
く音がする。覚悟を固めた文宏に、場違いな物が聞こえた。  
 口笛。  
 同時に半魚人は飛び退がったようで、遠くで水が大きく跳ねた。文宏が地面に顔  
を摺りながら見ると、少女の周りにいた者達も距離を取ったようだ。威嚇の唸り声  
を発しながら、身を寄せ合っている。  
 何事だろうか。ぼんやり思い浮かべた文宏に、上から声が掛けられた。  
「少年、尋ねても良いかな。君じゃ、あの半魚人どもに勝ち目無いの、分かってる  
わよね?」  
「だろうね。今は怪我だらけだが、万全の状態でも相手にはならないはずさ」  
「それならば、考えられるのは一つだけか。あそこの女の子が、少年の恋人なのね。  
キタミールの末裔は、しばしば個人的感情が論理的行動を上回るものだから」  
 
「いいや。彼女とは面識も無いし、そもそも名前すら知らないよ」  
 上の声が考え込み出した頃、起き上がろうとした文宏がバランスを崩した。仰向  
けに転がって息を吐きながら、彼は声の主と向かい合う事になった。  
 浮いた樽の上に、白衣を着た若い女が腰掛けていた。  
 樽から生えた翼が羽ばたく度に、幾つかの房に束ねた髪が揺れる。後ろ手に二本  
の腕をついた女は、胸の前で組んだ腕で肘を支え、口元に手をやっている。  
 彼女の変わった容姿が気になるようで、文宏はその疑問を口にした。  
「なぜ白衣なんだい?」  
「科学者だからよ」  
 言われてみれば、そうかもしれない。そんな風に納得した文宏とは異なり、彼女  
の抱えた謎は解消されなかったようだ。しばらく考えた後、お手上げというように  
彼女は五つの掌を上へ向けた。  
「降参。良かったら教えて貰えないかしら。少年がなぜ、自分の命を危険に晒して  
まで、あの娘を助ける必要があるのか」  
「簡単な事さ」  
 文宏は体を半回転させ、両手両足をついて再び起き上がろうとした。  
 右腕のギブスが泥水を吸って黒ずみ、手足を伝って血が流れ出す。だが青い顔を  
しながらも、文宏の目は半魚人達を睨み続けていた。  
「彼女が、助けを呼んだからだよ。反抗する力が無かろうと、自分に出来る精一杯  
の事をした。彼女より戦える僕がそれを聞いた以上、放っておくわけにはいかない  
じゃないか」  
「放置したとしても、少年に損失があるとは思えないわ」  
「ところが、あるんだ。『僕はあの時、助けを呼ぶ声を無視したんだな』と一生思  
い続けるなど、僕には耐えられない事なのさ」  
「それは少年にとって、死以上の恐怖なのね」  
 頷いた文宏へ向け、白衣の女が口笛を吹いた。からかう物では無く、様々な意味  
が篭められているようだったが。文宏には生憎と、口笛で会話するような習慣は持  
ち合わせていなかった。  
 どうにか立ち上がった文宏だが、よろけてコンテナに片手をつく。その目線の辺  
りまで降りてきて、白衣の女が彼に提案した。  
 
「取引しない?」  
「内容によるだろうね」  
「あの下衆どもは、私の敵でもあるの。皆殺しにするつもりで来たんだけど、少年  
の理由が気に入ったからね。譲ってあげても良いわ」  
「それはどうも」  
「本題はここからよ。少年の力では、あの下衆どもに敵わないわ。大宇宙で最も知  
性に劣る連中だけど、無駄に力だけはあるからね。そこで、私から少年に贈り物が  
あるの」  
 にっこりと微笑んだ女が、薬のカプセルを取り出した。  
「正義の戦士、シャ=ガースとなって戦うのよ!」  
「胡散臭いな」  
「待って。今なら怪我も全て治してあげるという、豪華おまけつき。更にセットで、  
栓抜きやラジオなど十の機能がついた万能ボールペンもあげるわ」  
 必死に訴える白衣の女に、文宏が冷めた目を向ける。彼女には悪気が無いどころ  
か、親切心に溢れているようだ。どうせこのまま半魚人どもに挑んだところで、返  
り討ちに合うだけだろう。頷こうとした文宏は、一体の半魚人が踊りかかって来る  
のを見た。  
 上空で一回転した半魚人が、鋭い爪を翳して落下して来る。身構える文宏の隣で、  
白衣の女が苛立たしそうに口笛を吹いた。  
 樽から発射された光線が、半魚人の白い腹に大きな穴を開ける。余波で吹き飛ん  
だ半魚人は、コンテナに何度か体をぶつけながら地面に落ちた。痙攣を続ける半魚  
人の体は、あちこちが奇妙な方向に曲がっているようだ。  
「どうかな?」  
 にこにこと尋ねてくる彼女に、文宏は頷く事しか出来なかった。  
 
 雨水を口に含んだ文宏が、白衣の女に渡された薬を飲み込む。興味津々で見守る  
女に気付いて、彼の不安は増すばかりだった。  
「そういえば、まだ名前を聞いて無かったな。僕は戸川文宏。君は?」  
 返ってきたのが口笛だけだったので、文宏は首を傾げた。  
「ああ、ごめんなさい。私の名前、少年には発音出来ないわ」  
 
「不便なのだな」  
「そうね。なら、ユリとでも呼んで。昔、私の故郷に侵入した殺人鬼が、私達を海  
百合みたいだと言ってたそうだから」  
 不吉な名前だとかは思わないのだろうか。そんな文宏の感想は、口から出す事が  
出来なかった。  
 両腕が、関節では無い部分から折れ曲がる。続いて足も同じように曲がり、肋の  
一本一本が服の下で脈を打ち始めた。それに伴う激痛が、文宏の口から苦悶の声を  
上げさせ続ける。  
「なるほど、痛覚は残ったままなのね」  
 冷静に観察するユリを、恨みがましそうに文宏が見る。そんな彼へ、ユリは舌を  
出して釈明した。  
「ごめんなさい。その薬、人体実験した事無いのよ。そもそも、シャ=ガースはこ  
ういう方法で作るものじゃないから。私独自の研究だけに、まだまだデータが足り  
ないのよね」  
 まあ、大丈夫だと思うわ。そう締め括られても、文宏の痛みが減るわけは無かっ  
た。  
 のたうち回る文宏と、その記録にかかりきりのユリ。無防備な彼らを見て、半魚  
人達は視線と短い言葉を交わした。呼吸を合わせた半魚人達が、ユリに向かって飛  
び掛かっていく。  
 左右に別れながら半魚人が迫るのに対し、背中を向けたままのユリが短く口笛を  
吹いた。左の先頭の数体が光線に焼き払われ、後の者の足が止まる。  
 続いてユリは、右の半魚人達へと光線を発射した。樽から複数の光が伸び、半魚  
人の頭や腹を撃ち抜きながらコンテナに穴を開ける。熱せられた鉄で蒸発した雨が、  
細い水蒸気となって立ち上っていた。  
「これだから、貴様らは気に入らないのよ。見て分かるでしょ、今は大事な実験中  
なの」  
 言い終わるのも待たずに、右の群れで生き残った半魚人が飛び掛かる。呆れたよ  
うな溜め息を吐いて、ユリが彼らを焼き払った。  
「邪魔するなと言ってるじゃない。なんで、そんな簡単な事も分からないわけ?」  
 
 ヒレを失った半魚人から、錆びた鉄を摺り合わせたような声が洩れた。ユリとの  
斜線上に立ちはだかった他の者達が、気遣うような声を掛ける。仲間に肩を貸して  
貰いつつ、怪我した半魚人も起き上がった。  
 右と左に離れた仲間同士、何やら言葉を交わしていた。撤退すべきか、戦うべき  
か。迷う彼らの中で、一体の半魚人が死骸となった者達へ皆の視線を促した。  
「さあ、頑張りなさい。少年の努力が、科学史に偉大な一歩を記す事になるのよ。  
心配しなくても、少年の名前も残されるわ。もう少し、あと少し耐えるのよ、フミ  
ヒロ」  
 興奮して五本の腕を振り回すユリを見るうち、半魚人達の覚悟も固まったらしい。  
頷き合った彼らは、コンテナの上下に散った。大きく跳んだ一群は、路地の向こう  
で反転して戻ってくる。三次元を活かした包囲網のどこにも、逃げ場など無い。  
 だが、ユリは面倒臭そうに溜め息を吐いて、樽を浮き上がらせた。コンテナの上  
にいた半魚人達は、瞬時に作戦を変更して飛び掛かった。  
「科学の進歩を邪魔する者は、例え誰が許しても我々が許さないわ!」  
 叫び声と共に吹かれた口笛に従い、樽が低い唸りを上げた。  
 ばさっと大きく開いた翼の下で、無数の光線が閃く。前後左右に乱射される光は、  
半魚人達へと無茶苦茶に降り注いだ。  
 魚の目を射抜かれた者が、続く一撃に頭の半分を吹き飛ばされる。前ヒレを左右  
ともに失った者の腹へ、二度三度と光線が浴びせられる。頭を無くして落ちていく  
者は、地面に着く前に全身をばらばらに撃ち砕かれた。  
 まるで花火工場の事故のように、派手な光の乱舞が終わった後。半魚人は一体残  
らず、その生命活動を停止させていた。  
「下らない事に時間取らせるんじゃないの、まったく」  
 ユリは忌々しげに吐き捨てると、藻掻く文宏の下へと降り立った。  
 全身、頭蓋骨までぐにゃぐにゃに脈動する文宏が、痛みに耐えかねて転げ回る。  
目を輝かせて見守るユリの前で、破裂した文宏の皮膚が流体状の塊に変化した。  
「成功よ!」  
 ユリが興奮して叫ぶと、不定形だった文宏の体が収まった。  
 
 大きく喘ぎながら、文宏が立ち上がる。いや、それは既に『文宏だった者』と言  
った方が正しいのかもしれない。自分の体を見回す彼に、きらきらと目を輝かせた  
ユリが宣言した。  
「それこそが、科学の生み出した完璧なる戦士。シャ=ガースなのよ」  
「どこも変わってないように見えるが?」  
 目に見える変化といえば、怪我が治っている事だろうか。変化の途中でギブスが  
外れたらしいが、右手は違和感無く動くようだ。屈伸運動をしてみても、左足が痛  
む事も無い。崩れた包帯を外すと、文宏の左目は自然に開いていた。  
 そんな文宏に、ユリは含み笑いを洩らしながら告げた。  
「素人さんは、これだから。少年も戦う中で、我々の科学力を思い知る事になるわ。  
その後でも同じように言えるか、今から楽しみね」  
「と、言われても」  
 戸惑いながら辺りを見回す文宏に構わず、ユリが大きく腕を振った。  
「さあ、シャ=ガース! 科学の力を、あの呪わしい海産物どもに見せつけるのよ」  
「だからだな」  
 ノリの悪い文宏へ、ユリが口を尖らせる。しかし、どんな顔をされようが、文宏  
にも言いたい事があった。  
「半魚人ども、既に倒されてるみたいなんだが」  
「なんですって!」  
 慌てて周囲を見回したユリも、その事実に気が付いた。  
 瓦解したコンテナのあちこちで、半魚人達が息絶えていた。原型を留めている方  
が少ないくらいで、ほとんどが既にただの肉片だ。ヒレや鱗などが散らばり、焦げ  
た内蔵が骨と共に点在する。その光景を見るうち、ユリはさっき自分がした事を思  
い出してきた。  
「盲点だったわ。邪魔を止めようとしただけで、全滅させてしまうだなんて。我々  
の科学技術の進歩が、連中を雑魚にしてしまっていたのね」  
 肩を落とすユリの横で、文宏は困ったように髪を掻き上げた。何か声を掛けよう  
として、荒い息遣いに気付く。そこで、事の発端となった少女を思い出した。  
 
 妙な事態の連打に、すっかり忘れかけていたのだが。文宏が見ると、少女は起き  
上がれないでいるようだった。服を裂かれて半裸なのだから、雨に打たれるのは良  
くないだろう。彼女の泣き声に促された文宏は、近付こうとして崩れ落ちた。  
 激しい動悸に、シャツを掴んで蹲る。熱を持った肌は、雨をものともせずに火照  
り続ける。荒い息に閉じていられなくなった口から、意味不明の音が洩れた。  
「てけり、り」  
 そして何より、下半身に集まった血流が文宏を苦しませる。漲った怒張はジーン  
ズを突き上げ、痛みすら感じさせていた。  
「どうやら変身後すぐに、副作用が現れてしまったようね」  
 立ち直ったのか、腕を組んだユリから冷静な声が掛けられた。  
「猿や犬での実験では、しばらく時間がかかったけれど。その辺が人との差なのか  
しら、興味深いわ」  
「副作、用?」  
「そう。後天的にシャ=ガースになった者は、元の種としての保存本能が高まるの  
よ。簡単に言えば、性欲が強くなる。さっさと発散するのね、放置すると知性まで  
犯されるわよ」  
「ここで、自己処理しろ、って言う、のか」  
「それは奨められないわね。動物実験では、交尾以外ではどれもが死んだから」  
 文宏は何か言おうとしたらしいが、腰の辺りを中心に海老のように跳ねた。熱い  
息と共に、意味不明の声を吐き出す。  
 だが、ユリには意味が伝わったようだ。肩を竦めた彼女は、遠くで横たわる少女  
を指差した。  
「相手なら、あの娘がいるじゃない。心配は無用よ。少年の体液を雌の性感帯に垂  
らしてやれば、相手はすぐに発情するから。元が半魚人どもの解析結果、というの  
が気に入らないけど。副作用への対処が必要な以上、仕方ないわね」  
「てけり、り」  
「助けた代金だと思えば、構わないでしょ。少年も知性体なんだから、道徳観も分  
かるわ。でもね、どうせ姦らなければならないのよ?」  
 踏ん切りがついたのか、文宏が立ち上がる。ユリへと向ける彼の目に、迷いは残  
っていなかった。  
 
「そうそう、それで良いの。ほら、早くしなさい」  
 ユリが樽の上から、さあやれ、ほらやれと急かす。頷いた文宏は、目的地に向か  
って歩き始めた。その股間で、ジーンズが陰茎の形に突っ張られている。苦しさに  
耐えかねた文宏がベルトを外すと、トランクスごと怒張が弾け出た。  
「ここで脱ぐのは、まだ早いんじゃないかしら。あ、なるほど。歩き難さを解消す  
るには、良い案ね。それより、なんでこっちに向かって来るの?」  
 目的地は向こうだと言いかけたユリの口を、文宏は自分の口で塞いだ。  
 
 深く舌を差し入れ合った口から、いやらしい音が漏れる。休み無く動き続けるう  
ち、文宏は息が苦しくなってきた。  
 空気を求める文宏が離れようとしたが、背中に回されたユリの腕が引き留めた。  
頭を捩ろうとしても、がっちりと首を固定された上に後頭部も押さえられている。  
文宏は鼻を広げて荒い息を繰り返した後、ユリの肩を何度も叩いて引き剥がした。  
 大きく口を開いた文宏が、必死で呼吸を行う。その間も、彼の舌はユリの舌に絡  
め取られていた。  
「息が、出来ないでは無いか」  
「馬鹿ね。口が塞がってるなら、耳から呼吸すれば良いでしょ」  
「そんな簡単にいけば、苦労はしないさ」  
「フミヒロはシャ=ガースなのよ。そのくらい、なんでも無いわ」  
「急に言われたところで、僕も困る」  
 ユリは頬を上気させながら、文宏の顔を掌で挟み込んだ。彼の舌に自分の舌を密  
着させ、溢れる唾液を飲み下してゆく。二人の間から零れた分は、雨と共にユリの  
体を濡らしていった。  
 胸元に流れ落ちた唾液が、ユリの乳房にまで辿り着く。その途端、彼女は身を反  
らして甲高い声を出した。  
「どうしたのさ」  
 心配気に声をかける文宏の手を掴み、急くようにユリが引っ張った。  
 シャツのボタンを飛ばして、文宏の指が乳首に触れる。甘い声を上げたユリは、  
渇きを埋めるように文宏の口に吸い付いた。  
 
 雨や潮の匂いさえ掻き消すほど、濃厚にユリの汗が匂い立つ。陰茎が下着越しに、  
柔らかい太股や下腹に擦れる。文宏は興奮に脳髄を灼かれつつも、舌で舌を押して  
距離を取った。  
「急に、人が変わったみたいだぞ。そんな、淫乱には見えなかったのに」  
「言ったでしょ。フミヒロの体液は、雌を発情させるって。私の口と胸は、もうフ  
ミヒロの物なのよ」  
「てけり、り」  
「ほら。口先だけ、理性ぶってても駄目」  
 ユリが覗き込んだ文宏の目は、ぎらつきながら女を求めていた。一応、会話が成  
立しているようだが。実際のところは、右から左に抜けて文宏の頭には残っていな  
いだろう。  
 文宏の下着を、ユリが引き下ろす。弾け出た陰茎は、太く筋を立てながら脈打っ  
ていた。  
 二つの手でユリに掴まれながらも、腰が押し出される。先端に掌を当ててユリが  
止めると、今度は彼女の手を使って摩擦を味わい始めた。三つの掌に包まれる感触  
に、文宏の顔が次第に緩んでいく。  
 ユリは熱い吐息を洩らしつつも、彼の陰茎を力いっぱい握りしめた。急所を押え  
られた文宏の動きが、低い声と共に止まる。  
「もう。動物実験で皆死んだ、って教えたのも忘れてるじゃない。とにかく、少し  
落ち着いて貰わないと話も出来ないわ」  
 仕方なさそうな口振りなのだが、期待に潤んだ瞳では実感に乏しかった。  
 一つの手で陰茎を押え、二本の手で素早く下着を脱ぎ始める。残りの二本の腕の  
うち、一方は文宏の頬や顎の辺りを撫で続け。もう一方の手が、絡めた舌から零れ  
る唾液を掬い取った。そのまま下腹部に伸ばした指を、陰唇や陰核に触れさせる。  
 やけに子供っぽい悲鳴を上げて、ユリの腰が崩れた。涎と涙が流れるが、下腹部  
はその比では無い。あっという間に靴下まで垂らしながら、尚も溢れ続けていた。  
 がくがくと震えるユリの背中を、文宏が抱き締める。意外に優しい光を放つ瞳を  
見て、ユリは彼にしがみついた。  
「お願い、お願いっ」  
 文宏の陰茎が宛われると、待ち侘びたように陰唇が吸い付いてくる。ユリの腰を  
掴んだ文宏は、躊躇いも無く一気に突き入れた。  
 
 破瓜だったのか、貫かれた痛みにユリが声を上げる。だがその間も、快楽に喘ぐ  
息が収まる様子は無かった。  
 文宏の陰茎が根元まで入り、二人が完全に繋がる。  
 耳元で響く甘い喘ぎ声、先に触れる喜んでいるような子宮口。腕の細さのせいか、  
胸の柔らかさのせいか。それとも単に、前戯で高まっていた為か。奥まで入った文  
宏は、そのまま吐き出していた。  
 どくっ、どくどくっ  
 ユリは膣内へ浴びせられる度に、嬌声を出して全身を震わせた。腕全てに両足ま  
で使って、文宏に抱きついてくる。  
 文宏の射精が収まると、ユリは満足気な笑みで頬摺りした。  
「これで、中も子宮もフミヒロ専用になっちゃったね」  
「どういう意味だ、それは」  
「他の雄では、満足出来ない体にされたって事よ。あの呪わしい海産物どもなら、  
分からないけど。少なくとも私は、あんな塵と寝るくらいなら死を選ぶわ」  
 ユリに促されるまま、文宏が唇を合わせる。その間も、彼の陰茎は硬度を保ち続  
けていた。  
「あ、ちょっと待ってね」  
 四本の腕を彼に絡ませたまま、残った手でユリが樽を手招きする。ふわふわと近  
付いてきた樽は、ユリの口笛を合図に光線を放った。  
 半魚人どもを殺した鋭い光では無く、穏やかな優しい光だ。二人の下腹部へ当て  
られた光を浴びながら、文宏は暖かさを感じていた。しばらくするとユリが手を振  
って、樽を下がらせた。  
「これで良し、と。治癒も済んだから、思いっきり動いて良いわよ」  
「よく分からないのだが。治療したという事は、やはり処女だったのか」  
「研究に忙しくて、恋なんかしてる暇が無かったからね。私もまさか、こういう形  
で初体験するとは思わなかったけれど」  
 自嘲気味に笑うユリへ、文宏は何か言ってやりたかったようなのだが。腰を蠢か  
し始めた彼女のせいで、そんな考えはどこかに吹き飛んでしまった。  
「てけり、り」  
「とりあえず、満足するまで吐き出して。話は、あんっ……その後、ね」  
 
 文宏の突き上げに言葉を切らされ、ユリは嬉しそうに目を細めた。艶っぽく唇を  
舐める舌を、文宏が吸い取る。伝い流れた唾液は、美味しそうにユリが喉を鳴らし  
て飲んでいった。  
 拓かれたばかりの膣は狭く、往復する度に文宏の陰茎をきつく締める。そしてそ  
れも、充分以上に溢れる潤滑液が快楽だけを味合わせた。  
 内壁を摺りながら引いていくと、一点でユリの体が悦びに震える。押し込んだ時  
には、子宮口を自ら触れ合わせて甘い声が漏れた。  
 注挿が繰り返される度に、二人から余計な思考が剥がれ落ちていく。  
 互いの体を味わう事に集中しているせいか、些細な変化にもすぐに気付いたよう  
だ。文宏が口付けると、望みの叶ったユリが喜んで迎え入れる。舌を絡ませながら、  
子宮口を押し上げた陰茎は精液を吐き出していった。  
 どくんっ、どくどくどくっ  
 一度目より激しい噴射を、文宏はユリの腰を抱き寄せて流し込み。ユリは彼の後  
頭部、首、背中、脚に絡みついて流し込ませた。  
 
「言ったでしょ。シャ=ガースの体液成分は、半魚人どもを元にしたんだって」  
 樽の上に乗って運ばれながら、ユリが文宏に説明を終えた。文宏は情報を整理し  
ようと、思案顔をする。ユリと繋がったままなので、どうしても深刻味に欠けるの  
だが。  
 そうしているうちにも、半魚人に襲われていた少女に近付いて行く。雨も上がっ  
たせいか、生々しい音だけがコンテナに反響していた。  
 少女は閉じた瞼に涙を浮かべながら、胸を揉みしだき続ける。もう一方の手は陰  
核や陰唇に当てられ、激しい水音を紡ぎ出す。時折、勢い良く愛液を噴き出すのは、  
イっているのだろう。しかし、何度達しても自慰が止まる様子は無かった。  
 それどころか、勢いは増すばかりのようで。半開きの口から漏れる切なげな吐息  
が、雄を誘い続けていた。  
「治療法は無いのか?」  
「あったら、フミヒロに彼女と姦れなんて言わないわよ。とにかく、あの娘は放っ  
ておいたら死ぬの。それだけは理解しておいて」  
「半魚人はなんだって、こんな事をしてるのさ」  
 
「繁殖期だからじゃないかしら。雌の数が足りないと、連中は陸に上がって女を攫  
うのよ。雄が足りない時は、男をね」  
 真っ赤な顔をした少女が、苦しそうに大きく喘ぐ。腰に張り付いたスカートの残  
骸や、手首まで粘液に濡れきっているのだが。そこまでイき続けても、満たされる  
事は無いようだった。  
 性欲半分、同情半分で見ながらも、文宏は決心が着かないらしい。  
 しかし半身は正直で、媚態を晒す少女に屹立が増している。それを感じたユリが、  
膣から彼の陰茎を引き抜いて突き飛ばした。  
 樽から落ちた文宏は、なんとか少女の体を避けて両手足を着いたのだが。まだ湯  
気が立つような陰茎は、瑞々しい太股に当たっていた。気配に目を開いた少女は、  
相手が男と知って懇願する顔になる。しかし、開いた口は嬌声を洩らすばかりで、  
言葉にならずにいた。  
「死なせたくないなら、姦ってあげなさい」  
 ユリを見上げた文宏は、陰茎が柔らかく包まれるのを感じた。  
 痙攣し続ける腰を必死に動かして、少女が股を合わせようとしている。指で開い  
た陰唇に先端を触れさせたものの、腰を上げて埋める事が出来ないようだ。ぼろぼ  
ろと涙を流す彼女を見るうち、文宏の自制は弾け飛んでいった。  
 荒々しく突き入れられ、ようやく少女は満たされたような笑みを浮かべた。  
 逃がすまいとでもいうように抱きつくものの、消耗しきって力が入らないらしい。  
不安そうに震える唇を奪い、文宏がしっかりと彼女を抱き寄せた。  
 それで少女は安心しきったように力を抜き、与えられる快楽に全てを委ねた。幸  
せそうに開いた口から、大きな喘ぎ声が溢れる。まけじと結合部からも、陰茎の動  
きに合わせて愛液が迸った。  
「流石に、もう聞こえないと思うけど。その娘、単なる性欲じゃなくて繁殖欲に支  
配されてるから。体液だけじゃ、対処療法にしかならないわ」  
「どういう意味さ」  
 返事があって驚いたようだが、ユリは余り表に出さずに続けた。  
「言葉通りよ。もっとも、子宮の精液を絶やさなければ死ぬ事は無いから、その点  
は安心して良いわ」  
 そして、付け加えるようにユリが言った。  
 
「私の相手も忘れちゃ駄目よ」  
「精力もつのか、僕は」  
「心配いらないわ。我々の科学力に任せておきなさい」  
 喜んだものだか哀しんだものだか、迷うような顔で文宏は腰を振り続ける。その  
うち段々と、行為に没頭し始めた。少女の甘ったるい嬌声と、文宏が洩らす声が次  
第に合わさっていった。  
 二人の交わりを観察していたユリが、組んだ腕に肘をついて呟いた。  
「どうやら、知性の欠落は無かったようね。フミヒロの性格ならば、敵になる事も  
無いでしょう」  
 そこまでは満足そうだったものの、ユリは渋い顔になった。思い悩むように、口  
元に当てた指でリズムを取り始める。  
「問題は、戦闘能力の確認が出来てない事、か。これに関しては、次の機会を待つ  
しか無さそうね。奴の眷属どもが、キタミールの末裔に手を出す限り。フミヒロは  
戦おうとするだろうし、私のデータも揃っていく……いずれ、神官様の悔しがる顔  
も拝ませて貰うわ」  
 不敵な笑みを浮かべるユリは、ぞくっとするほどの妖しい魅力に満ちていた。  
 もっとも。男女の交わりの音が響く傍で、膣口から精液を垂らしながらなので。  
いまいち、格好良さに欠ける部分はあったが。  
 
 
終  
 

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