人を殺してしまった。
誰の家かもわからない一軒家の2階にある一室。
置いてあるものから考えて、たぶんこの部屋の本来の持ち主はわたしと同年代の男の子だと思う。
その部屋の窓際に立って、わたしは少し離れた道の上にいる姉さんを見つめていた。
姉さんの近くには2人の女の子と、1匹の怪物がいる。
ヤモリのような怪物の舌によって運ばれてきたTシャツとハーフパンツの人は、
最初から死んでいるのか気を失っているのか、どちらにしろ動かなかった。
怪物を動かなくしたのは、背中に何本も刺さっている姉さんが撃った矢。
そして最後の1人、制服姿の少女を動かなくしたのは、わたしが撃った1本の矢だった。
怪物ならともかく、人間にとってボウガンの矢は容易に致命傷を与える凶器になる。
背骨を貫通しているのではと思うほどのど真ん中に当たって、無事でいられるはずがなかった。
『望、どうして撃ったの!?』
胸のポケットに入れた携帯を通じて、姉さんの珍しく慌てた声が聞こえた。
さすがの姉さんも目の前で妹が人を殺したら動揺するんだと、場違いなことを考える。
ボウガンを構えたときにも会話できるように、わたしも姉さんもハンズフリー用のイヤホンマイクを使っていた。
「だ、だって、その人が、怪物の方に手を伸ばして、だから……」
だから、撃った。
当てる気なんてなかった。
ううん、当たるはずなんてなかった。
わたしはこのボウガンなんて昨日初めて持ったんだし、構えている時も体はブルブル震えて狙いなんて定まらなかったんだから。
心配していたのは、威嚇にもならないくらい突拍子もない方に飛んでいってしまうことだけ。
当たってしまうことなんて、万に一つもないことだった。
一昨日の夜、あの異変があって、お父さんがお母さんを襲っている間に、わたしと姉さんは家から逃げ出した。
わたしだけだったら、逃げることもできず、そのままお母さんの後に――。
その先を想像して全身を悪寒が駆け抜けた。
そのまま一晩隠れていて、翌朝家に戻ると両親はいなかった。
そしてわたし達は家でこのボウガンを手に入れた。
お父さんは趣味でボウガンの競技をやっていたのだ。
もちろん容器には厳重な施錠がされていたけど、何とか鍵を見つけることができ、
加えて姉さんはお父さんの練習にたまに付いていっていたから使い方を知っていたので、それをわたしにも教えてくれた。
そして今日、窓から外を見張っていたら、今姉さんの前にいる一行を見つけたのだ。
ここから少し離れたところにある高校の制服を着た、だけど中学生のわたしよりはるかに小柄なその人は、怪物の後ろを悠々と歩いていた。
信じられなかったけど、もしかしたら何か襲われないための方法があるのかもしれない。
だから彼女たちの歩みが随分遅かったことを利用して、先回りして待ち伏せすることにしたのだ。
まず怪物を倒して、危険を排除するのと同時にボウガンの威力を見せ付けた。
そしてそれを突き付けて脅すと、あの人は最初の内、素直に姉さんの指示に従っているように見えた。
イヤホンからは相手の言葉の内容まではよく聞こえなかったけど、姉さんが手を挙げろといえばちゃんとその人は手を挙げた。
なのに、いきなり、挙げていた手を動かしたから。
しかもよりにもよって怪物の方へ手を伸ばしたから。
頭の中が真っ白になって、次の瞬間ボウガンの発射音を間近で聞いていた。
姉さんはあの人に、
『もし、あなたが私をどうにかしても、他の人が間違いなくあなたを撃つって言ってるの』
なんて言っていたけど、わたしには姉さんがどうにかされてからじゃ遅かった。
こんな世界で姉さんがいなくなったら、わたしは1人では生きていけないんだから。
その時、わたしは視界の隅に動くものを見つけた。
そこで改めて、自分がどれだけ呆然としていたかを思い知る。
道路を挟んでわたしがいるこの部屋より少し低い位置にある屋根の上に、大きな蜘蛛の怪物がいた。
少なくともわたしがボウガンを撃つまではいなかったはずのその怪物は、体をくの字に折り曲げてお腹の先をこちらに向けている。
『それはそうだけど、でも化け物に襲われない方法を聞き出せれば……』
機械越しの姉さんの声を掻き消すように、わたしの喉から悲鳴が迸った。
蜘蛛のお腹の先から何かが飛んでくる。
避けるとかそんなことを思いつく暇もなく、それはわたしの上半身、ちょうど心臓の辺りに直撃した。
バスケットボール大の白い塊の勢いに押されるように、わたしの体が宙に浮いて、そのまま壁に叩き付けられる。
「かはっ……!」
足を伸ばしてもぎりぎり床に付かない高さに叩き付けられたわたしの身体は、その後重力に従って落下することはなかった。
わたしの体をここまで運んだ白いもの――粘着質の糸の塊だった――がわたしを壁に貼り付けたから。
その糸はすぐに硬くなって、次の瞬間にはもう体を動かせなくなる。
ボウガンはさっきの衝撃で手放していた。
どうせ次の矢を装填していなかったんだから、持っていても役には立たなかったけど。
『望!? どうしたの、望!』
幸いにもその衝撃でイヤホンが外れることはなく、携帯そのものも壊れなかった。
だからわたしはあの蜘蛛がこの部屋に来る前に姉さんに助けを求めようとして、けれど声が出ないことに気がついた。
壁に叩き付けられたときに、肺の空気が全部出ていってしまったんだ。
声を出すためには1度息を吸わないとと思ったけど、息はどうやれば吸えるのかがわからなくなっていた。
口だけがパクパク動いて、なのに空気は全く入ってこない。
呼吸の仕方を必死に思い出そうとしていると、新しく窓から入ってきた白くて長いものの先端が天井にベチャリと貼り付いた。
不意に姉さんが以前プレイしていたゲームのことを思い出す。
忍者を操って悪者を倒していくゲームで、主人公が鉤爪付きの縄で建物から建物へと身軽に飛び移っていた。
案の定、そんな忍者のような身軽さで、蜘蛛の怪物が部屋に飛び込んでくる。
窓を抜ける際に小さく折り畳まれていた足が着地のために開かれると、一気にその巨体が何倍にも膨れ上がったような感じがした。
『あ、あなたが何かしたの……?』
さっきまでわたしに向けられていた姉さんの声が調子を変えた。
『望に何をしたのよ。今すぐ止めさせなさい!』
向こうで誰かと会話している。
その相手の声はさっきまでと同じで内容までは聞き取れないけど、確かにあの制服姿の人の声だった。
あの人が生きている。
わたしは人殺しになってない。
目の前に蜘蛛の怪物がいて、しかも動けないようにされているのに、その恐怖を上回る安堵が込み上げてきた。
『ば、化け物……』
姉さんの呟きが聞こえてくる。
ああ、確かにそうだ。
どうしてあの人は体の中心に矢が刺さって生きているんだろう。
その理由はわからなかったけど、それでもわたしにはそれがありがたかった。
人殺しになんて、なりたくなかったんだから。
『きゃっ、な、なに!?』
そんなわたしの安堵を吹き飛ばしたのは、雑音混じりで聞こえた姉さんの声だった。
『い、いやああああ!』
続くのはさっきのわたしみたいな悲鳴。
お母さんがお父さんに襲われたのを見ても、姉さんは悲鳴なんて上げなかったのに。
『や、いやあ、たすけてぇ!』
助けを呼ぶ声。
どうやら姉さんが助けに来てくれることはないらしいということを、わたしは知った。
『お、お願い、さっきまでのことは謝るから。何でもするから、だから止めさせてよぉ!』
姉さんがそんな風に哀願するのを、物心つく前からずっと一緒にいて初めて聞いた。
いつも頼りになった姉さんでも、もうどうにもならない。
それならわたしなんかにどうにかできるわけがなかった。
『ま、待って、おねがい、おねがいだからぁ……』
どうやらあの人がどこかに行ってしまうらしい。
機械越しに聞こえてくる、ハッハッという荒い息遣い。
たぶん姉さんの方は犬みたいな怪物に襲われているんだろうなと思った。
飛び込んで来たときはあんなに身軽だったのに、今は焦らすように距離を詰めてくる蜘蛛の怪物からは息遣いなんて聞こえてこないから。
犬と蜘蛛、どっちがマシだろう。
怪物という点ではどっちもどっちだけど、この蜘蛛がわたしの考えている通りなら、蜘蛛の方が嫌かもしれない。
蜘蛛への恐怖と、あの人が生きていたことへの安堵、そして訪れた諦め。
その落差に疲れたように、わたしの頭は麻痺したみたいに働きを弱めているのが自覚できた。
「姉、さん……」
全身から余計な力が抜けたせいか、声はいつのまにか出るようになっていた。
姉さんが息をのむ気配が伝わってくる。
「望、無事だったの!? それなら早く助けに来て! でないと私、私……」
姉さんがわたしに助けを求めるなんて珍しいなんてものじゃない。
優秀な姉さんの、いつもおまけでしかなかったわたし。
「ごめんなさい、わたしの方も蜘蛛の怪物がいて、糸で体が動かせないの」
『く、蜘蛛って、父さんなの!?』
姉さんの言うことは、いつだって正しかった。
自分の目だけでは信じられなかったし信じたくなかったけど、姉さんがそういうならやっぱりこの蜘蛛は父さんなんだろう。
『そ、そんな……ぐ、ぅぅ、いたぁっ! 抜いて、抜いてぇっ!』
その声が何を意味しているかわからないほど、わたしは子どもじゃなかった。
わたしも、その時の声をもうすぐ姉さんに聞かれるんだ。
スカートの中に頭を入れた蜘蛛が、顎を使って下着を引き下ろしていく。
内股にチクチク当たる硬い毛の感触。
そして具合を確かめるように、蜘蛛の頭がわたしのそこに直に触れた。
「あ、あ、ああああ……」
触れられた瞬間、堰を切ったように熱い迸りが尿道を抜けていった。
蜘蛛はまるでそれが出ていくところを観察するように、スカートから頭を抜かずにその飛沫を受け止める。
間近で見られながらの排泄という初めての行為に、鈍くなったわたしの心にもさすがに羞恥心が込み上げてきた。
「あぁ、ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい……」
止めようと思うのに、全然力が入らなくて止められない。
そして、結局膀胱の中の最後の1滴をお父さんにかけてしまうまで、わたしの排泄は終わらなかった。
蜘蛛がようやく後ろに下がって、スカートから出ていってくれる。
蜘蛛の頭部にある黒い剛毛が濡れて、まるでお風呂上りの髪の毛みたいになっていた。
『いやぁ、出さないで、お願いだからぁ!』
出さないで?
さっきは抜いてって言ってたのに。
『赤ちゃんできちゃうからぁ……』
ああ、そういうことか。
怪物はちゃんとそこまでできるんだ。
「や、やぁ……もう、やめてよぉ……あんなに出したじゃない。もうゆるしてよぉ……」
しかも怪物は1度くらいでは満足してくれないらしい。
こんな状況になっても、姉さんはわたしに色々なことを教えてくれる。
そして、姉さんが今教えてくれたことを、実際に自分で体験する時間が近づいてきた。
蜘蛛が1番前の足をわたしの肩にかけるようにして、身を乗り出してくる。
キスをねだるように、目の前に蜘蛛の頭が近づいてきた。
無機質な8個の目全てに、わたしの顔が映っている。
その目の中のわたしの顔は笑っているみたいに見えた。
どうして笑っているんだろうと思っていると、思い出したようにわたしの目からぽろぽろ涙が零れ落ち始める。
泣き笑いになったわたしを映す蜘蛛の目が、さらに大きくなった。
蜘蛛の口の横にある触角が、わたしの頬をグイっと拭う。
それはただ単に目の前で獲物に起こった変化を確かめるための行為だったかもしれないけど、
わたしには、もう泣くなとお父さんが言っているように感じられた。
頭部を近づけられたことで、部屋に漂っていたアンモニア臭が一際強くなって鼻の奥がツンとする。
わたしの恥ずかしい粗相の証。
もう言葉は通じないだろうから、おしっこをかけてしまったお詫びの気持ちは態度で示すしかないと思った。
上半身を覆う糸の塊で、体はほとんど動かすことができない。
だから首を精一杯前に倒して、舌を伸ばした。
舌の先に硬い毛の感触と、涙にも似た塩っぽい味が広がっていく。
首が動く範囲で舌を這わせていく間、蜘蛛はその感覚に身を委ねるようにしばらく動かなかった。
さっきは犬と蜘蛛では、蜘蛛の方が嫌かもしれないと思った。
だって、蜘蛛はお父さんだったから。
でも、今にして思えば、誰とも知れない相手にされる方が嫌なのかもしれないとも思う。
少なくとも、わたしは優しいお父さんが好きだった。
もちろんその好きは、これからするような事がしたいという意味での好きではなかったけど。
そして、いつだったかもうはっきりと覚えていないほど幼い頃にした約束を、わたしは果たすことになった。
「か、は、あああ……」
わたしはお父さんのお嫁さんになった。
お腹の中がお父さんのもので広げられる。
破裂してしまいそうな激痛が駆け抜けて、やっとできるようになっていた呼吸がまたできなくなった。
1番奥をトンと押して、そして今度は逆に帰っていくお父さんのものを体全体で感じる。
『はふぅ……は、ああ……いいぃ……イク、こんなので……こんなのでイクぅ……』
姉さんの声がいつのまにか甘ったるさを帯びたものに変わっていた。
「く……お、父さん……いい、よぉ……ぐ、ぅ……」
肺に少しだけ残っていた空気を搾り出して、わたしも姉さんの声を真似しようとしたけど、苦しそうな呻き声にしかならなかった。
やっぱりわたしでは姉さんみたいにはできないんだ。
『の、のぞみ……、父さん、止めて、あげてぇ……のぞみは、のぞみだけはぁ……』
しかも姉さんにまで心配させてしまう。
本当に、わたしは悪い子だった。
悲しくて悲しくて、空気を全部搾り出したことで、ようやく新しい空気が肺に流れ込んできたけど、それを喜ぶ余裕はない。
だけど次の瞬間、
「あ、出てる……熱いのが中で、いっぱい出てる……」
体の奥に熱い液体が注がれる。
『あ、あぁ……』
姉さんの絶望的な溜め息。
「だい、じょうぶだよ……姉さん」
だって、わたしは嬉しかったから。
これはお父さんがわたしの中で気持ち良くなってくれた証なんだから。
体を引き裂かれるような痛みが、お父さんが出した液体の熱が染み渡るにつれて薄れていった。
代わりにジンジンとした痺れるような感覚が生まれ始める。
そしてお父さんのものが前後の動きを再開すると、わたしの口からもようやく甘い吐息が漏れ始めた。
「ふぁ、ああん、くる、なにかくるよぅ……」
お腹から染み込んできたお父さんの熱が、お腹の中だけでなく足の先、手の先まで満たしていって、そして最後に頭の中を焦がしていく。
それを感じた直後、わたしは初めての絶頂に打ち上げられた。
あれから何度も絶頂を経験して、そして同じくらいの回数お父さんもわたしの中で精を放った。
「イク、またイッちゃうよぉ!」
『のぞみ、まって、私も、私ももうすぐだから……』
機械越しの姉さんの声に、飛びそうになった意識を必死で繋ぎ止める。
イクなら姉さんと一緒が良かった。
それが1番気持ちいいと思った。
姉さんの絶頂もすぐそこまで来ていることは、言葉だけでなくその息遣いからもわかる。
だからそれまで我慢しようとして、
「あ、お父さん、まって、そんなはげしくしたらぁ……イッちゃう、ひとりでイッちゃうからぁ……」
お父さんのものが動きを激しくした。
膣壁をゴリゴリ抉られ、奥を突き破りそうな勢いで叩かれる。
『のぞみ、もうすぐだから、だからいっしょに……』
「はやく、はやくしてぇ……もう、もうだめだよぉ!」
もう1秒だって耐えられそうになかった。
『イク、イク、あ、ああ!』
イヤホンから聞こえてきた待望の言葉に、わたしも死に物狂いで引き絞っていた手綱を手放した。
それだけで本当に1秒にも満たない時間でそれは来る。
「あ、ああああああああ!」
『あ、ああああああああ!』
わたしの意識は、姉さんと一緒に今までにないほど高くまで飛んでいた。
それを後押ししてくれるのは、お腹の奥で感じる熱い奔流。
姉さんだけでなく、お父さんも一緒に絶頂の高みにいてくれる。
これ以上ないほどの幸福感に包まれながら、わたしは気を失った。