「そっちちゃう、それ野菜用やマスター。お肉はこっち!!」  
「ふぅん、このソースで? あ、ほんとだ。美味しいね」  
 
炉ボコがうちに来てくれてから、もう二ヶ月経つな……はやく名前を贈ってあげなきゃ。 
いつまでも炉ボコってわけにもいかないだろうし。  
 
彼女を知ったのは三ヶ月前。メイドロボの紹介ページ(註1)だった。  
女の子にしたのは、男のユーザーの場合、女の子のメイドロボと契約するのが一般的だったから。  
 
僕くらいの年齢のやつだと、18歳くらいのFタイプ(註2)メイドロボを選択する奴が多いらしい。 
僕は自分の性格を知ってるから、最初っから除外してたけど。  
惚れっぽいんだ。  
それで中学一年生くらいの子にした。これなら幾ら僕でも、まあ安心かなって。  
 
条件検索で120人リストアップされて、その一番目が彼女だったんだけど、だからって  
決して適当に選んだ訳じゃないよ。小学校まで一緒だった、仲の良かったやつと  
何処となく似た感じの顔つきに、とっても親近感を覚えたんだ。  
 
まあとにかく、綺麗なメイドロボが近くにいてモヤモヤしちゃうのは何となく避けたかった、  
ってとこかな。  
別に男の子でもよかったんだけど、なんとなく世間体がね。ロリコン呼ばわりの方がまだ  
しっくりくるって言うか……でも、実際そう言われると、結構めげるって事を発見したけど。  
 
彼女たちは人間そっくりにつくられてるから、セックスももちろん出来るって事だけど、  
ネットに潜れば性欲を満たすものには事欠かない昨今、いわゆる「お手つき」は流行ってるとは言えない。 
以前見た統計だと、メイドロボをセックスパートナーにするユーザーは五人にひとり位の割合だったな。  
 
まあ、僕の場合は、真剣に好きになってもその娘と結婚ができる訳じゃない、って方が重要だったんだけどね。  
 
けど、まだ大分先の事らしいけど将来はちょっと違うらしい。国会で、ロボットも子供が産めるように 
なる法案(註3)ってのが審議されてるらしいから。  
 
そういえば、炉ボコは一緒にニュース観ながら『うちも赤ちゃん産む』って大はしゃぎ してたっけ。 
ロボットって言ってもやっぱり女の子なんだよなぁ。  
 
 
(註1)H.I.H.A.R.のメーカー<タミヤバンダイ>のカタログを指す  
(註2)H.I.H.A.R.には人間と同様に性別が設定されている。 
一般的にはM(男性)型とF(女性)型がこれに相当する。  
(註3)2×××年現在、自然発生人と生殖可能な筐体を認知する法案が論議されている。  
製造後20年を以て、ロボット自身の意志により生殖可能な筐体への<魂>移植を行う権利を  
有す事が可能、とする法案。  
現政権の任期中での可決を目標に調整が進んでいる。近い将来、自然発生人とロボットの  
カップルから子供が産まれる可能性が出てきた。  
 
 
幼なじみの里佳はいいやつだった。  
家が近かった事もあって、物心ついた時には、僕らはもう友達だった。  
あいつも僕を親友と認めてくれていて、何をするにも、大抵一緒だった様に思う。  
 
天体の観察とか生き物とか、とにかくそういったものが大好きなやつで、僕はよく野山に付き合わされた。 
子供だてらにキャンプの技術は大したもので、夏にはテントを張ってふたりきりで天体観測した事もあった。  
 
小学校の卒業も間近になった頃、里佳は父親の転属で引っ越していった。 
お父さんは宇宙軍海兵隊の士官だったんだよな。 
僕らの経済力じゃ頻繁に連絡を取り合う事なんてとても敵わない位、遠くの恒星に行ってしまった。 
無論、それきり。  
 
初めて炉ボコを見たとき、ちょっと胸がつまったんだ。 
十数年前、引っ越して行った頃の里佳に良く似てたから。  
後日、メーカーのショウルームで彼女と面接した時、また胸がつまった。 
西日本の方言を使う事を除いたら、まるっきり里佳に生き写しなんだ。 
規定の応答をさっさと済ませて、迷わず僕はディスプレイの「契約希望」をクリックした。  
 
そして、僕の希望は通り、彼女と契約する事が出来た。  
 
派遣されてきた初日、大好きだった懐かしい親友が帰ってきてくれたみたいで、僕ははしゃいでたんだ 
けど、彼女の、僕以上のはしゃぎっぷり、その壮絶さに圧倒されて唖然とした……まったく、里佳その 
ものだと思った。  
 
そして、彼女が僕に聞いてきたんだ。  
 
「マスター、うちの名前どんなんにしますのん?」  
 
大抵のユーザーはメイドロボにニックネームをつける。  
彼女の本当の名前は、登録名でもある<T022-TB-03F/H.I.H.A.R.//A01425>なんだけど、古典落語じゃ 
ないんだから、普通はこんな長い名前じゃ不便だ。  
 
だけど僕は、他は考えられないって位にぴったりの名前を思い付いていた。  
 
「うん、そうだね。きみの名前は、り……」  
 
親友の名前を言いかけて、ふと、気付いたんだ。  
僕は彼女に、旧い親友の名前を付けようとしている。けど、もし親友との再会が叶ったとき…… 
子供だった頃の自分にそっくりのメイドロボを、自分の名前で呼んでいる僕を見た里佳は、いったいど 
う思うだろう。喜ぶのか? それとも呆れるのか?   
…どちらにせよ、そうなった時、僕らは途轍もなく気まずい思いをするんじゃないだろうか……?  
 
「り? りで終わりなん?」  
 
彼女は瞳をきらきらさせながら僕を注視している。物凄く期待してるのがわかった。  
 
「あ、うん。名前なんだけどね、いきなりこの場で決めたりしないで、じっくりと考えてから素敵なや 
つを贈るよ。それじゃ駄目かな」  
 
僕はほんとに言い訳が下手だ。  
 
だけど、彼女は少しも落胆した様子を見せる事なく、むしろ僕を気遣ってくれた。  
 
「やーんめっちゃ愉しみやんそれ!! けどなーうちはええけど、それやとマスター、ごっつ不便ちゃ 
いますのん?」  
 
なんでこんなとこまで里佳に似てるんだ? 少し鼻の奥が、つん、とした。  
 
「うーんそうだね。それじゃあそれまで使う仮の名前、決めておこうか。 
なるべく仮っぽい奴ってなると…ええと……ロボコなんて…どう?」 
僕はネーミングのセンスも最悪だ。  
 
「ロボコ!! ええやないですかそれ!!」  
 
しかし、それでも彼女の笑顔に翳りが射した様子はなく、実に嬉しそうにしてくれる。 
もしかしたら里佳よりたくましいかも。  
 
「んで、で、どんな字書くんのん? なー」  
「え!? 字かい? あああ、ちょっと待って」  
 
普通にカナくらいのつもりだったんだけど、僕のボケに折角調子を合わせてくれている彼女に、少しく 
らいサービスしたってバチはあたらない。  
僕はキーボードを呼び出して手早く入力した。  
 
「これが、君の仮の名前だよ、ロボコ」  
 
僕はなるべく気取った声色を使ってみせた。  
仮ではあるけど、これも命名式には違いない。 
HM(ホームマネジメントコンピュータ)に今の映像の保存を命じた。  
 
「ああ、はは。ええ……名前ですやん。なー」  
 
なんでヘコんでるんだろ? 自分でどんな字か、って聞いておいて、なぜか今更引き攣ってる彼女を不 
思議に思いつつ、僕はディスプレイを見て愕然とした。  
 
「炉ボコ」  
 
誤変換だった。  

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