――真夜中。稲妻が昏く閉ざされた空を引き裂く。
雷鳴が微かな物音を掻き消し、扉を開閉する音は響く事はなかった。
それでもひたひたと忍ぶ様な足取り、向かう先は己が部屋の向かい側。
扉の前で足を止めるとほぼ同時に、窓の外でまた稲光が輝き程なく轟音が響く。
もしかしたら近くで落ちたのかもしれない。思わず竦んだ身体、胸に抱き締め
ていた大きな枕を抱く両腕に力が篭りアイロンを効かせていたピローケースに
皺が寄っていた。深呼吸をひとつしてから、枕を抱いていた右手をゆっくりと
ドアノブへと伸ばし、微かな金属音と共にドアノブを捻る。時折室内を明るく
する稲妻と雷鳴は未だに続いており窓を叩く雨音も強くなってきている所為か
然程音に対する注意は必要ないのだろうけれど、それでも細心の注意をはらい
ドアを押し開く。細く開いたドアの隙間、宛ら猫がその身を滑り込ませる様に
して室内へと足を踏み入れる。
完全に閉じられていないカーテンから稲光の光が差し込み、時折部屋の中を
明るく照らし出す。其の光に照らされてベッドの膨らみが見える、雷鳴など
気にした様子も無く眠りに付いている様子に、思わずふっと淡い笑みが口許に
刻まれる。
――お兄ちゃんらしい…――
そんな言葉を頭に思い浮べながら、相変わらず音を立てぬ様に後ろ手に開いた
ドアを閉じる。そっとそっと細心の注意をはらい進める足取り、静かに縮まる
距離。足を止めれば其処はベッドの傍ら、規則正しい健やかな寝息を立てる兄
のすぐ横。ゆっくりとした所作、その場にぺたりと座り込む。
それまで切れ間ないといった印象すら抱く程に続いていた雷鳴は不意に鳴り
止み、部屋は静寂に包まれていた。聞こえるのは自分の中でとくんとくんと
鳴り響く鼓動の音と、密やかな兄の寝息の音だけ。自分でも理由の分からぬ
動悸を感じながら、枕を抱き締めたままで眠りこける兄の顔を覗き込む。
――ほんと、よく寝てる。こんな中で眠れるなんて、同じ血を分けてるのに
違い過ぎるよ…――
雷に怯えて眠りに付く事すら出来ない自分と、熟睡する兄。不公平だ、なんて
勝手な想いに心占められ掛けて、枕を片手に持ち替えるとそぉっと持ち上げた
指先をそっとそっと頬へと伸ばす。けれど。触れるか触れないかの所で動きを
止めたのは、結局は眠りを妨げたくないからで。はふ…と、溜息ひとつ零すと
伸ばしていた指先を下ろし、ベッドの上兄の身体に触れない位置へと片肘を
つく。戸の腕を頬杖にしながらぼんやりと何をするでもなくその寝顔を眺め
始める。
――あれ?お兄ちゃんってば意外と睫毛長いんだ…――
起きている時には気付けない、小さな小さな発見に気を良くして勝手に損ねた
機嫌を直すと、再び遠くで鳴り始めた雷鳴も然して気にならなくなったのか
その頬には笑みが浮ぶ。部屋に姿を現した時とは打って変わり、上機嫌と
いえる空気を纏いながら眠気が訪れるまで寝顔を見詰め続けていた。そうして
いつしか。優しく包み込んだ睡魔に誘われて、兄の肩を枕に眠りに落ちていた。