「海の日〜」
「……………………ああ、そうだな」
いつものごとく太陽が照る午前10時。
何故か左右に揺れながらテレビを見ていた彼女が、唐突に俺に笑顔を向けた。
つい15秒前まで「プリンが食べたい〜」とか言っていたはずなのだが。
プリンと海の日。この二つに関連性はあるのか? 俺は無いと思う。というか未来永劫無いと思う。
しかし彼女の脈絡のなさはいつものことなので、それについては気にしないでいい。
が。
「それが、どうかしたか?」
発言の内容に嫌な予感を覚えた。認めたくはないが、こいいうとき俺の勘は良く当たる。
彼女は俺の正面に移動し、ちょこんと正座する。そして、
「今日って海の日だよね〜?」
「まぁ、そうだな」
俺の両手を取り、何故かブンブンと振りながら、
「だから〜……海に行こう!」
満面の笑顔で提案した。
「……………………」
「わくわくどきどき」
擬音を口に出すな。
「お前、海の日なんて自分には関係ないとか言ってなかったか?」
「そう思ってたけど、せっかくそういう日があるのなら、それにちなんで遊ぶのもいいかな〜って」
「じゃあお前はバナナ記念日とかいう日があったらバナナを食いまくるんだな?」
いかん、暑さでネジがとんでいるのか、小学生レベルの反撃になってしまった。
しかし、
「私、バナナ好き〜」
ユル頭にはそれすら通用しない。
敗北感と疲労感が一気にのしかかってきて、俺は盛大なため息を吐いた。
というわけで。
電車に揺られて一時間半。俺達は海に来ていた。
こんな時こそ夏休みという学生のみに与えられた特権をフルに活用だ、
とばかりに平日に来ているので、この気温にも関わらずそれほど混雑していない。
ここまでは順風満帆。……でもなかったりする。
お姫様の機嫌が悪い。恐ろしく悪い。
海に来た直後はご機嫌だった。下手くそな自作の鼻歌まで歌っていたくらいだ。
だが水着に着替えしばらくすると、急にむくれだした。
一泳ぎした後、こうしてビーチパラソルの下でかき氷を食っていてもそれは変わらない。
原因は……わかってはいるんだが。
「仕方ねーなぁ……」
俺は呟くと、前方を向いたまま、出来るだけさりげない口調で告げた。
「あー、水着、似合ってるぞ」
彼女が電気信号を送られたように、瞬時にこちらを向く。
怒りの表情を維持しようとしているようだが、口元がほころびかけているのがわかった。
「本当〜?」
「お前にお世辞は必要ない」
分かり切ったこと言わせるな、阿呆。
「えへへ〜」
彼女の表情がだらしなくゆるむ。水着を誉めたくらいでそんな嬉しそうな顔するな。
「来て良かった〜」
「……新しい水着を俺に見せることが目的だったのか、お前は?」
「そうだよ〜」
もしかしたらと思って尋ねてみたら、躊躇のない肯定が返ってきた。
「えへへ〜。海の日だもんね〜」
その満面の笑みを見ていると、何となくからだが火照ってきたので、かき氷を口に運ぶペースを上げる。
そうして口内の感覚が麻痺してきた頃、
「ねー、そっちはどんな味〜?」
相変わらず呑気に自分のかき氷を食べていた彼女が、俺の顔をのぞき込んできた。
「別に。市販のイチゴ味。特に変わったところはないぞ」
「味見してもいい〜?」
俺は既にすくってあったひとさじを口に入れると、無言で器を差し出す。
しかしそれより早く――
「んっ」
彼女が唇を重ねてきた。
「んん……んむ……んんんんっ」
更には舌も入れてくる。意表を突かれた俺は固まってしまい、なすがまま。
「んんっ…………こくっ…………ぷはっ」
ようやくキスを終え、唇を離した彼女は。
「ホントだ。いちごあじ〜♪」
少し顔を赤くしながら、照れ笑いを浮かべた。
「…………………………」
とりあえずやられっぱなしはムカつくので、
「お返しだ」
「んんんんっ? んむん〜〜〜〜。んんっ」
思いっきり報復してやった。
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ちなみに夕方、人気のない岩場の陰で。
「えっちのあっとのうっでまっくらっうっでまっくっらっ〜♪」
「恥ずかしい歌作るなっ」
何をしたのかは、内緒だ。
(おわり)