優の朝はいつも早い。高校生と見習い厩務員という二重生活を始めて、もう半年余りが経った。その間にジョンコの引退を見送り、母の出産も見届けた。  
 今朝も優は、早朝から厩舎に入り、馬たちの世話や寝藁の掃除などをこなしてから、その足で学校に向かった。  
「いけない、遅れちゃいそう。急がなきゃ」  
 厩舎の近くはいつも人気(ひとけ)があまりない。だが、今朝は珍しく見慣れない車が停まっていた。いつも来る馬主の西郷や今岡の車ではない。  
「お客さん・・・かな?」  
 優が間近を通り過ぎようとしたとき、車のドアが不意に開いた。  
「えっ?」  
 中から出てきた二人組の男が、にわかに優に近づいてきた。  
「えっ?どなたですか?先生だったら、厩舎のほうに・・・」  
と、優が言いかけたとき、優の目の前が暗くなった。  
 
 
 奇妙なことだが−本人にとっては−ここで、優の記憶は飛ぶ。  
 目覚めたときには、自分のまったく知らない部屋の中にいた。  
 窓のない、まるで地下倉庫のような部屋である。外の様子がまったくわからないので、今、何時であるかもわからない。  
「お目覚めかな、お姫さま」  
 目の前にいる二人組の男のうち、年長者らしい小男が薄笑いを浮かべて、優に話しかける。  
(えっ?いったい何が起こったの!?私・・・縛られてるの!??)  
 体が自由に動かない。首をまわして見ると、優の両手・両足は黒い革ベルトのようなもので固定されていた。そこは冷たい金属のテーブルのような台だった。  
「何なの、いったい!??ここはどこ!?あなたたちは誰!!??」  
「大きな声を出しても無駄だよ、お嬢ちゃん。このビルには誰もいないんだ。半年前までは、独立行政法人・先端科学技術研究所の前橋支部だったがね。今は空きビルさ。  
すっかり引っ越しも済んで、明日からはビルの解体が始まる。だから、どんなにおまえが騒いだって、誰も来やしないのさ」  
 男は、ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、舌なめずりをした。  
「それにしても、久しぶりだよな。えっ、お嬢ちゃんよっ。どうだい、人間の暮らしは」  
「な、何を言ってるの、いったい!?私、あなたなんか知らない!お願い、家に帰して!」  
 優は、すがるように叫んだが、男は、酷薄な笑みを浮かべたまま、勝ち誇ったように言った。  
「おまえが知らなくても、俺はよ〜く知ってるぞ。おまえの体の中までな。へっへっへっ」  
 
 男の傍らには、その弟分らしい若い男が、何か落ち着かない素振りでソワソワとしている。  
「ねえ、池田さん。本当に大丈夫なんですか。こんなことして。研究所の備品なんでしょ、その娘。勝手に停止させて持ってきちゃって。しかも、勝手に建物を使っちゃって」  
 池田、と呼ばれたほうの年長の男は、それには答えず、優の頬を手の甲でピンピンと叩きながら、  
「おまえの体の中までもな」  
と、繰り返した。  
「何よぉ、あなたなんかに、私の何がわかるっていうのよぉ」  
 優が半ベソの声でうめくように言うと、池田というその男は、  
「知ってるさ。何もかも、な」  
と声色を変えずに答えた。  
「世をしのぶ名前は木戸優。父親ということになっているのは木戸啓太。母親ということになっているのは亜沙子。こいつは、ちょっと気が強そうな女だ。  
そして、弟ということになっているのが二人いるな。一人は最近生まれたばっかりだろ。で、おまえ自身は、公称17歳。風花女子高の、今度3年生になったところ、か」  
 手許のメモを読み上げる池田なる男の情報は、驚くほど正確である。  
 
(何?何なの?この人たち!?)  
 優が震えていると、池田は容赦なく、優の制服に手をかけ、脱がそうとした。  
「いやっ、何するのっ!やめてっ!」  
 優は必死で抵抗した。しかし、優はロボットとは言っても、もともと人間社会に溶け込むために設計された機体であり、何ら人並み外れたパワーも特殊能力も持ち合わせてはいない。  
「うるさいっ、小娘めっ。黙れっ!」  
と池田に頬を強くはたかれると、すっかり恐ろしくなってしまい、それ以上の抵抗はもはやできなかった。  
 池田は、乱暴に制服のボタンを外した。そのうちの一つはしっかりと外れず、ちぎれて床に落ちた。  
「ふふん、今日も生意気にブラジャーなんかつけてやがるな。ロボットのくせに」  
 池田が嘲笑するように優を見下ろしながら言った。  
「もう、いや・・・やめて・・・」  
 優は哀願するように涙まじりに訴えたが、池田は聞かず、そのままブラジャーをも剥ぎ取ろうとしたが、うまく外れない。そこで、工具を差したベルトからハサミを取り出し、ひもの部分を切って、引き抜いた。  
「あっ、いやっ、見ないでっ!」  
 優の胸が、まだ誰にも見せたことがない−と本人は思っている−胸があらわになる。  
 それは、乳房と呼ぶには、あまりにも小さくはかない、どこか寂しげな胸であった。あおむけでいると、一層その薄さがきわだった。薄い胸の頂点の部分には、小さなピンク色の乳首が恥ずかしそうについている。  
「ちぇっ、相変わらず小せえでやんの!どうせなら、もっと大きく作りゃ良かったのによ!」  
 泣きじゃくる優をいたぶるように吐き捨てる池田の悪態が、優をさらに傷つけた。優は、いつも学校の友人たちを見て、  
(私も、もっとおっぱい大きくなりたいな)  
と、ひそかに願っていたのだから。・・・  
 
 
 
 電話が鳴った。  
「はい、木戸バネ工業です」  
 亜沙子が出ると、相手は、  
「あ、私、風花女子高の新庄です」  
と言った。  
「新庄・・・先生?」  
「あ。すいません。えーと、旧姓・片岡です」  
「ああ、片岡先生ですか。いつも優がお世話になっております。ご結婚されたんですか。おめでとうございます」  
と言いながら、亜沙子は、なぜ学校が急に電話をしてきたか、わからなかった。  
「あの・・・優が何か?」  
「いえ。今日、優さんがお休みされているようなので、どうなさったかと思って、お電話した次第です」  
「えっ?学校に行っていない?」  
 危うく、亜沙子は電話を落としそうになった。  
 たしかに、以前、優は友人との仲がスムーズに行かず、不登校になったことがあった。最近は、もうすっかり元気になった様子で、学校も楽しそうに通っているから、心配は要らないと思っていたのだが。・・・  
「そうですか・・・はあ・・・申し訳ありません」  
と言って、亜沙子は電話を置いた。  
(まったくもう!どこに行ってるのかしら)  
 早速、亜沙子は優の携帯電話を呼び出したが、つながらない。故意にスイッチを切っているのだろうか。  
 心当たりは、とりあえず村上厩舎である。優は、今までバイトを理由に学校を休んだり、勉強をサボったりしたことはなかったが、学校を休んで行く場所と言えば、あそこしかない。  
 ところが、亜沙子が厩舎に電話をしても、太郎は  
「え。今朝、いつも通り、うちから学校に直行して行ったようですが?」  
と言うばかりで、まったく要領を得ない。  
「もう、変ねぇ。いったいどこに行ってるのよ」  
 亜沙子はいらだちながら、少し心配になってきた。  
 
 
 
 暗い地下室では、なおも優への陵辱が続いていた。  
 優の幼い胸を思う存分にいたぶった池田は、なおも嗜虐心が飽き足らないのか、今度は、優の下半身に手を伸ばした。先刻と同じように、ベルトに差したハサミを抜き、優のスカートとパンツを切り裂いた。  
「やっ、やめてっ。そこだけは・・・」  
 優が、しゃくり上げながら哀願したが、もちろん、一切おかまいなしである。  
「おっ・・・」  
 それまで興味なさそうにしていたもう一人の男も思わず、息を飲んで、優の細い脚の付け根−すなわち股間−に見入った。  
 そこは、密林と呼ぶにはあまりにも僅かな毛しかない、控えめにふくらんだ秘密の丘だった。同年代の人間の少女と比較しても、どうやら優の局部の毛はうすく、やわらかいように見受けられる。  
「何だ、山内。おまえも触りたいのか?でも、後でな。おまえは、そこで見張ってろ!」  
 池田は、優の秘部を舐めるようにじっくりと観察してから、毛のほとんどない縦すじに指をあてた。  
「いやっ!」  
 優がビクッと腰をふるわせ、必死にグラインドさせるように動いて、池田の指から逃れようとする。そのたび、池田は、  
「おとなしくしろっ!また殴られたいのかっ!」  
と言って、実際に何度も優の頬を平手で殴りつけた。  
 もう、抵抗する元気もなくなったかに見える優は、池田の汚い指に自分の秘密の場所がいいようにいじられているのを、じっと耐えている以外になかった。  
 
 優は、基本的に人間と同じ生活ができるように設計されており、遺伝子がないため出産こそできないものの、性行為は可能な構造となっている。  
 それまで、このタイプのアンドロイドのメンテナンスに何度も携わっている池田も、このように人工膣に指を入れたり、舌で味わったりするのははじめてのことであったが、なるほど、人間の女性と機能面での大差はなさそうだった。  
「だが、少しカタいな。緊張しているのか。ふふん、さては、男に触られるのははじめてだな」  
 池田の記憶では、処女膜に該当するものはアンドロイドには装備されていないはずだが、この強姦そのもののごときシチュエーションでは、優の秘所から人工愛液の分泌がなく、優が「感じて」いなさそうなのも無理はあるまい。  
「しかたない。ちょっと快楽コントロール装置を調整させてもらうぞ」  
と言って、池田はカバンからコントローラーを取り出した。  
「え〜、快楽の増幅は、と・・・」  
と言いながら、マニュアルのページをめくる池田の表情は、いつものエンジニアのそれに戻っていた。  
 
「よし、よし。これでよし」  
 と言って、コントローラーにパスワードを入れ、それから優の腹部を押した。  
 カパッと小さな音をたて、優のあらわになった細い腹が観音開きに開いた。  
(えっ?何?何が起こったの?)  
 屈辱と苦痛で朦朧とした意識の中、優は自分の腹部の音の正体を確認しようと、そっと首を持ち上げて覗いた。  
(!!??)  
 それは、優にとって、驚くべき光景であった。  
 自らを周りの人々とまったく同じ「人間」であると信じて疑ってこなかった17歳の「少女」にとって、自分の腹がハッチを開いて、内部の機械を露出させているありさまが、どれだけ衝撃的だったか。それは、とても貧しい筆力の及ぶところではない。  
「な、何、これ?どういうこと!?」  
 思わず、自分の苦境すら忘れ、優は叫んだ。  
 すると、池田は、何を今さら、という顔をして、  
「ン?何だ、おまえ、知らなかったのか」  
と、意外そうな声を出した。そして、やれやれ、といったしぐさをしながら、  
「見ての通りさ。おまえは、精巧な人間型ロボットだ。10年以上前から、政府機関が先行開発を続けてきた家庭用アンドロイドの試作品だよ。そんなことも知らないで、よく今まで生活してこられたな」  
と、なかばあきれたように笑った。  
 まだ、その事実を信じられないでいる優に、池田は  
「まあ、それを言わないのも親心ってことなのかもしれないけどな。でもよ、俺に言わせりゃ、そのほうがよっぽど残酷なんじゃねえかな。なっ」  
と、つぶやくように言って、ハンダ状の電動工具を優の腹の中の機械にあて、動かした。  
「あっ、いやっ、痛いっ・・・」  
 ギュイギュイギュイーン。  
 歯科医院の虫歯削り機のような音が鳴り、優の腹の奥にある小さな銀色の装置が取り外された。  
「これがリミッター。これさえ外せば、後は手許でいくらでも快感調整できちゃう、ってわけ」  
と言って、池田はニタッと優に笑いかける。  
 これから何が起こるのか。さすがに察しがつかぬ優でもなかった。あらためて戦慄し、震えた。  
 
 
 
 どう考えてもおかしい。相も変わらず優の携帯電話は何度かけても、留守電のメッセージが流れるだけである。  
 学校、学友の里夏と岡部、厩舎、四万(しま)温泉の駒乃館、琴子の東京の仕事場、心当たりの場所は、どこもいないと言う。  
 もう日が暮れてきた。工場の職員たちもさすがに心配そうに亜沙子に気をつかった。  
「やっぱり、警察に言ったほうがいいんじゃないかい。近頃、物騒だしね」  
 新生児・希(のぞむ)の世話を手伝いに来てくれている亜沙子の実母、佳代が、不安そうに言った。  
「そうね・・・それから、サービスセンターにも聞いてみようかしら。何か、情報がわかるかもしれない」  
「ああ、そうだね。じゃ、私が警察に電話しといてあげるから、亜沙子、あんた、センターに電話してみなさい」  
「ええ」  
 
 いつか、駒乃館時代に優のメンテにやってきた池田という男の名刺を引っ張り出して、独立行政法人・先端科学技術研究所さいたまセンターに電話をした。  
「あ、もしもし。私、木戸亜沙子っていいます。池田さん、お見えですか」  
「池田でしたら、先月づけで、退職いたしましたが。よろしければ、こちらでうけたまわります」  
「はい、すいません。実は、優が・・・え〜と、娘が、ちょっといなくなってしまったもので、どうしたらいいかとご相談しようと思ったんですが」  
「は?それでしたら、警察に・・・」  
「あ、すいません。えっと、娘というのは、そちら様でモニターになっている私たちの娘で、つまり・・・」  
「ああ、アンドロイドですか」  
「ええ、まあ」  
「それがいない・・・って、要するに、紛失ですか!?」  
 電話ごしの声が急に詰問調になった。  
「紛失・・・というか、今朝、急にどこかに行っちゃって、見つからないんです」  
「だったら、紛失じゃありませんか。困りますねえ。いいですか、アンドロイドは、モニターの皆さんの家族ではなく、あくまで当研究所に登録される試作品なんですよ。・・・で、そちら様のお名前とご住所、いただけますか」  
 亜沙子が啓太のフルネームと自宅住所、電話番号を言うと、電話ごしの担当者は、  
「ああ、これね。えー・・・木戸啓太さんと亜沙子さんですね。平成元年に納品、と」  
と、抑揚のない声で確認して、  
「で、紛失したアンドロイドの名前は・・・」  
「優です」  
「あ、あった。型番は、HMX−17B、バージョン205B、と」  
 亜沙子の返答を無視して、冷淡に続けた。  
「いいですか。さっきも申し上げた通り、機体の所有権はあくまで当研究施設側にあります。万一、本当に見つからなかったときには、後でファックスで紛失届けの用紙をお送りしますから、それに・・・」  
 ガチャ。  
 もういい。  
 亜沙子は叩きつけるように電話を置いた。  
 私の大事な優を、どうしてもっとやさしく人間扱いしてくれないのよ、これだから役所ってところはもう。・・・優、かわいそうに。おまえぐらい心やさしくって、傷つきやすくて純粋な「人間」はいやしないのに。・・・  
 亜沙子は、なぜか涙がこらえられなくなった。  
 
 
 
 グスッ、グスッ。うううっ・・・  
 優のか細いすすり泣きの声が地下室に静かにこだました。  
 丹念に、丹念に。池田は優の敏感な部分を何度も何度も執拗に指と舌で責めたてた。  
 あ・・・いや・・・  
 心は拒絶するのに、自分の下半身から全身へと貫くように走る快感はどうしても止められなかった。  
 こんな状況で初体験をすることになろうとは思いもつかなかった。だいすきな太郎さんに捧げるまで、大切に、と思って守ってきたのに。  
 にも関わらず、このはじめての感触に、心が拒絶する一方で、体は酔っているようだ。そんな自分がいやで、ますます涙があふれてきた。  
 
「へっへっへっ。なあ、おまえ、泣いてるけど、本当は気持ちいいんだろ。素直になれよな。さて、だいぶ慣れてきたようだから、快感指数をもう一段階あげて、いよいよインサートといくかな」  
 コントローラーにまた何か入力した池田は、コントローラーを置くと、急にはいていた作業ズボンを脱ぎ捨てた。  
 ああ、ついに・・・優は、見たくない!とばかりに目を固く閉じた。  
「けっ。今さら何をカマトトぶってやがるんだ。はじめてなのに、こんなに濡らしといて、今さらイヤん怖いも何もねえだろ!」  
と言って、池田はまたも優の頬を数回はたいた。  
「ふん!舐めるなよ、小娘め。たかが機械人形の分際で!」  
「違うっ。私、人形なんかじゃないっ!」  
 優は精一杯のプライドをふりしぼるように、涙を必死にこらえ、毅然とした表情を作り、池田をにらみ返した。  
「おやまあ、あきれたねえ。おまえ、自分の腹の中、見ただろ。今さら認めねえ気かよ」  
 池田は嘲笑するように肩をすぼめた。  
「いいか、おまえは作りものだ。機械だ。充電が切れたら、ただの惨めな産業廃棄物なんだぞ。機械のくせに生意気なこと言うな!」  
 容赦のない殴打と罵倒の雨に、優の頬はますます涙に濡れた。  
 
「さて、と。いくぜ」  
 池田は自分の男性シンボルを握り、優の人工性器に近よせる。が、両手両足を拘束された状態の優には、位置的にどうもそのまま挿入することは無理そうだ。  
 しょうがない、両手両足をほどいてやるとするか。どうせ、ここまで傷めつけたんだ。今さら逃げやしねえだろ。  
 池田は、優の両手・両足の革ベルトを外した。  
(!?)  
 優は自分の手足が動くようになったのに気づくと、すぐさま起きあがろうとした。  
「おっと、いけねえよ。動くなよ、お人形さん」  
 池田は優の頭を抑えつけたが、優はここぞとばかりに全身の力をふりしぼって抵抗した。力はさほどない優だが、人間と違って比重の重い体なので、力いっぱい殴ったり蹴ったりすると、けっこう応えた。  
「クソッ、調子に乗りやがって。ようし」  
 コントローラーをもう一度取り出すと、池田はもう一度、優を停止させた。  
 ガタッ。  
 優の体が、また一切の意思を失って、手術台のようなテーブルの上に崩れ落ちた。  
 池田は、弟分の山内に手伝わせて、また元のように台にしばりつけた。  
 このままじゃ、ラチがあかねえよなあ。しばりつけとくと、挿(い)れづらいしなあ。かと言って、拘束具を解いたら、抵抗しやがるし。・・・少し考えこんでから、  
「ああ。そうか」  
と、何かに気づいたらしい顔をして、ポン、と手を打った。  
「簡単じゃないか」  
 そう、簡単である。ただし、とてつもなく残酷なやり方である。   
 
 
 また、優は目覚めさせられた。願わくば、このような悪夢からは金輪際ずっと逃れたい。いっそ、このまま永久に機能停止させられたほうが、どんなにか楽だろう。しかし、無情にも再起動スイッチは押され、優は目覚めさせられた。目の前は暗い地下室。  
(ああ・・・まただ・・・夢だったらよかったのに・・・)  
 優が泣きはらした眼をおそるおそる開けると、池田と山内は、何やら大がかりな工具を手にしている。  
「池田さん、マズいでしょう。壊しちゃっちゃあ」  
「なあに、気にするな。どうせ、このまま帰すわけにゃいかねぇんだから」  
 そのまま優に近づくと、二人は、まず優の右肩に工具をあてがった。  
(いやっ、何するの!?)  
 優はまた力をこめて抵抗してみたものの、二人がかりで抑えつけられては、ただでさえ非力な上に疲れきった優では、もう抵抗ができなかった。充電も切れかかっているのだろうか、思うように体が動いてくれなかった。  
 ガチャ。ガタ。痛いっ!  
「あああ〜っ。痛〜いっ!」  
 必死に叫んだ優だが、叫んだところで、どうにもなりそうにない。  
 右肩から全身へと激痛が貫いた。  
 な、何が起こったの?  
 遠のきそうな意識の優に、池田の声が響く。  
「よしっ、右腕は完了。次は左腕をもいじゃうぞ」  
 えっ。何なの。どういうこと?  
「ほら、見えるか。これがおまえの右腕だ。いや、右腕だった部分、かな」  
 まるで、もっと泣かせたい、とでも言うかのように、わざわざ優の目の前で優の右腕をぶらぶらと振って、見せつけた。  
 優は気が遠くなりかけた。  
 
 もはや、優は原型をとどめてすらいなかった。両手両足ともに外され、あるのは胴体と首から上だけである。なのに意識ははっきりしている。取り外された、というより焼き切られた切断面の痛みだけは、しつこいほどに優を苦しめ続けていたのに。  
 「はあ・・・はあっ・・・ああっ・・・」  
 意識が薄れ、機能が停止しそうになるたび、頬を叩かれ、あるいは電気ショックの刺激を与えられ、ただただ、性欲のはけ口かのごとく、優の人工膣に何度も池田の薄汚れた男性器が叩きこまれ、内部に発射された。  
「うひゃひゃ、いい締まりだぞ。さすがはロボットだな。うひひ」  
 しまいには、それにすら飽きたのか、工具箱の中の鉄パイプを持ち出して、優の人工膣に蹴り入れたりもした。  
 ガツッ!  
「ああ〜〜〜っ!」  
 優の甲高い悲鳴とともに、もはや人工膣は完全に破壊された。  
 池田は、そんな優の苦しむ姿を見て、さらに満足そうに笑ったが、池田の傍らにいた山内は、優の慟哭の声に思わず耳をふさぎ、顔をそむけた。  
(もう、見てらんない・・・)  
 優が体をよじらせて苦しむたび、腹部のハッチがパタパタと開いたり閉じたりした。胴体の内部メカを見ると、とっくにメーターを振り切った快感コントロール装置がオーバーヒートしたのか、導線の焼き切れた匂いとともに、煙が出ているようだった。  
 ところどころ、潤滑油が漏れ、既に機械としての正常な機能も働かない状態に陥りつつある。トラブルを示す小さな光が体内のあちこちで不規則的に点滅していた。  
「い・・・いや・・・ガガガ・・・い・・・痛い・・・ギギギギ・・・」  
 すがるように泣き叫ぶ優の声に、だいぶノイズが混じっていた。口からもオイルのようなものが漏れている。  
「お・・・お母さん・・・お父さん・・・た・・・助けて・・・」  
 優が完全に動かなくなったのは、それからまもなくのことだった。  
 
 
 
 優・・・いったい、どこにいっちゃったの。何があったの。  
 自宅の窓にもたれながら、最愛の娘を思い、亜沙子はひとりつぶやいた。  
 あれから何日たったんだろう。亜沙子の胸に、優を引き取って以来の日々が想起され、亜沙子は顔をおおって泣いた。  
 優、お願い。戻ってきて。たとえあなたがどこに行ってたんだとしても、私、絶対にあなたを叱らないから。だから、お願い、早く戻ってきて。私、いつまでも待ってるからね。・・・  
 
 
 
「さーて、この部屋で最後だよな」  
 数人の作業員が無人の建物の地下室の鍵を開け、室内に入った。  
「先輩、何だかコゲくさいような匂いですね」  
「ああ。よくは知らないけど、この建物はロボットや何かの研究施設だったらしいからな」  
「そういえば、あっちこっちに、工具とかパーツみたいなものが転がってますね」  
 若い作業員が  
「まったくもう。片づけてってくれりゃいいのにな」  
と愚痴をこぼしながら、部屋の中に散乱した機械部品を拾い集めた。  
「この大きい箱の中のやつも廃棄でいいんですよね」  
「だろ。たしか、必要なものは全部、新しいセンターに運んであるそうだから」  
 箱を覗いてみると、ロボットの部品らしいものが分解されてつまっていた。かなりの量があるようだが、すっかりバラバラなので、もとはどんな機体のための部分だったのかは、見てもわからない。  
「何だろうな。これがロボットのパーツか何かなのかねえ」  
 そう言いながら、トラックの荷台に機械部品の残骸を積み込んで、作業員たちは産業廃棄物処理施設へと向かった。  
 
 
 

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