『話題の22式に、新型形人(かたひと)登場!』
軽快な音楽、音声と共に、TVの画面の中に、二人の人が映る。
片方は男、もう片方は女の姿をしている。
男の方は、優雅な物腰で部屋の中のソファーに腰掛け、新聞を読んでいる。女は、恭しい態度で後ろ
手に扉を閉めると、男に歩み寄り、男の目の前にある無駄に大きなテーブルの上に少しぎこちない動作
でティーセットを置く。
男は黙ったまま新聞を閉じ、ティーカップに注がれた紅茶を啜った。
女もまた静かに、男の側に控える。ティーカップが空になると、すぐさま紅茶を注いだ。
という所で画面が一瞬にして移り、先程まで映っていた女の姿を大きなサイズで映し出した。
『22−C式形人登場! 貴方の暮らしをしっかり支えます! 新発売の大特価! 今なら―――』
と音声が流れ、女の姿に重なるように0がいくつも並んだ数字が表示される。大特価と書かれている
が、普通のサラリーマンの収入ではかなりの無理を強いられる金額である。
ましてや、これはただの謳い文句であり、実際は周辺機器や充電用の電気代、メンテナンスや冷却水
などの諸費用も入れていくと、少し高級な電化製品の範疇すら飛び出してしまうのが実情である。
それでも、この形人業界は盛況している。一人暮らしが長い大人達は人肌の温もりに飢え、お金持ち
科に分類される人々は己のステータスとして、家庭の事情で子供の面倒が見れない、或いは己の趣味だ
とか、そんな理由で形人は売れ行きを今なお伸ばしている。
「凄いですねぇ〜」
カーペットに座り込んでTVのCMを見ていた少女が、感嘆の声を上げる。普通の人間の地毛ではありえ
ない、浅葱色の髪をしている。瞳の色はエメラルドブルー。
そして本来耳があるべき位置にそれは無く、頭の髪の間を突き破るように、二対の金属製の猫耳のよ
うな物が生えていた。
少女の名前は花那(かな)。今CMで宣伝されている22式よりも四世代も前の機種で、18−B式で
ある。だがその旧式さを裏切るかのように、画面に映っている22式よりよっぽど人間くさい言動をす
る。ころころ変わる表情もそうだ。
18式の世代は、17式のあまりに無機質な言動などを改善しようと試みられていた世代である。
中でも18−B式は、今現在発売されている形人と比較してもより人間めいている。
だが、人間に近しくしようとし過ぎたために、あらゆる問題を起こした機種であるのも事実である。
あろうことか、人間に対して攻撃を行ない、死亡させた機体もいたらしい。
その攻撃の理由は、マスター(持ち主、或いは服従対象者。複数登録も可能であるが、その際マスター
間で命令の食い違いが起きた時のために順位分けをする必要もある)の男が不治の病に伏せ、そしてそ
の病が命さえ蝕み始めた時に、マスター自身があまりの苦しさ故に殺してくれと泣いて懇願したためら
しい。その筋で語られている話では、その形人は長い時間逡巡したらしいが、マスターがついに吐血し
て呼吸すらままならなくなってくると、なんと機械の身でありながら泣いてマスターを殺したらしい。
マスターの男は、最後にありがとう、と言い残したと記録にはある。
だが理由はどうあれ、機械が人間を殺した事には違いは無かった。それも最後は自分の意志でである。
研究者達はこの機体を保護、研究したいと口を揃えたが、マスターの男の遺族達の手により、その形人
は破壊されてしまった。形人は最後の間際まで抵抗せず、ただ一言、『マスターと同じ地に埋めてくだ
さい』とだけ頼んだと言う。
だが実際彼女―――その形人は女だったのである―――が埋められたのは、ゴミの山である、という
結末だ。この悲劇話は、長く話し継がれている物語だ。今でもこの話は、インターネット上などで記録
に残されているという。
余談だが、18式改は、擬似感情を与えられた機体として出回っているが、用途は18式とは大きく
異なっている。
18式改は、17式の時点で既に採用されていた、性交機能に特化した機体である。そのテの店など
では18式改の姿を多く見かけることもできる。だがそれらは、あくまで『相手』が反応を楽しむ程度
のレベルの擬似感情しか持っていない代物であったりもする。
ともあれ、経過はどうあれ、そのような問題機種だからして、18式は既に研究機関に回収されたり、
破壊されたり、機械としての寿命をまっとうしたりしてしまっているため、いまだに稼動中の18式は、
花那のみと言っても過言では無いかもしれない。
その花那が未だに稼動状態にあるのは、マスターである佐利川雷次(さりがわ らいじ)のお陰かも
しれない。
雷次は形人専門の大学で学んでいる大生である。花那は、雷次の両親があちこち出張で飛び回る身分
なので(職業については、雷次自身よく知らされていない)、雷次の世話役として購入された形人である。花那はオーダーメイドらしく、市販されていた18式と少し違っていた。
そして花那は、雷次にとっての母親であり姉であり、一番の友達にもなった。そして今では、時の流
れと共にまるで恋仲のようにもなっている。どちらが告白しただとか、二人で愛を確かめ合っただとか
そういった事はまだ無いが、互いに互いを一番に考えているのだから、恋仲といっても差し支えないだ
ろう。
雷次が形人について学んでいるのも、花那のためと言っても過言ではない。花那もいい加減古い機体
であり、しょっちゅう体のどこかに変調をきたしたりする。そんな時には、雷次が花那のメンテを行う
のだ。
その花那が、人工の瞳を輝かせながら感嘆の声を上げ続けている。そこはかとなく大きめの胸を誇ら
しげにそらす。
「あの子達、とっても優秀そうです。あ、22式ってことは、花那より四世代も後の機体になる訳です
ね。ってことは、花那は先輩ですね」
同意を求めるように、花那が雷次の顔を覗きこんで来る。雷次も花那の顔をしっかりと見返して、
「確かに、大先輩だ。街であったら、声でもかけてみるか? 階段をうさぎ跳び100往復しろ〜、
とかどうだ?」
と少しおどけて言ってみる。
すると花那は慌てて否定の仕草で手を振る。
「あ、そんなつもりじゃないんですよ。それに、そんな事させちゃったら、いくらなんでもオーバーヒ
ートしちゃったり、足が壊れたりしちゃいますよ」
「花那がやったら壊れるか?」
少し意地悪く雷次が言う。
ついでに手前にあるテーブルの上に置いてあるグラスを手に取り、口へと持ってきて傾ける。
中に入っている冷たいコーヒーが、雷次の喉をごくごく鳴らした。
「間違い無く壊れちゃいます。というか、3往復するだけでももう限界ですよ、きっと」
言いつつ手元のアイスコーヒーの入ったポットを取り、雷次のグラスに注ごうとする。
雷次はそれを手だけで制する。
「古い物ってのは頑丈じゃなかったっけか」
「花那は古いですけど、精密機械ですから頑丈じゃありませんよう」
ぷぅ、と可愛く薄紅色の頬を膨らませる。花那の二つの猫耳によく似た耳が、ぴくぴくと揺れる。
雷次はそれを見て、小さく苦笑を返す。
ちらりと時計を見ると、AM11時前を指していた。
「そろそろ買い物に行くか。いつもの店も開いただろうし、取っておいたパーツも残りが少なくなって
きたしな」
「はーい、じゃあ着替えてきますね」
花那を購入した時、添付物として付いてきたメイド服は、花那によく似合っている。だがしかし、家
ではその服装でも構わないが、さすがに屋外ともなるとその姿のままではいろいろと問題が発生してし
まう。
花那が外出着―――自身の髪の色に合わせた、黄緑色のワンピースに着替えて、ぱたぱたと走って戻
ってくる。
「行くぞ」
簡潔に言い放つと、雷次は緩慢に立ち上がり、玄関へと歩を進めた。
後ろで花那が戸締りをしているのが聞こえてくると、雷次は内心で手伝ってやるべきだったか、と小
さく舌打ちした。