/2.  
 
未有はてきぱきと荷物をまとめている。行く当てなどないというのに、  
明後日には館を出て行かなければならない。  
その背中を眼で追っている朱夏は声をかけようとして躊躇って、そのまま数分が過ぎた。  
言いたいことがあって未有の個室に勝手に押し入ったものの、なかなか話し出すことができない。  
そんな朱夏を未有は思いやりから放っておいて、そうしながら常に気を配っている。  
もともと私物の少なかった部屋はクローゼットの着替えを残してすっかり片付けられ  
いつ持ち主が消えてしまってもいいような寂しい雰囲気に覆われていた。  
「…ここを去って、どこへ行くというの」  
聴こえるか解らない呟きのような問いに、すぐさま振り返って朗らかに微笑んでみせる。  
主人を不安にさせないように平静を装い、それが却って朱夏の心配を煽ることになってしまう。  
「きっと何とかなります。今までもそうでしたから」  
「今まで? だって、あなたは…」  
言い淀んだが、続く言葉は二人とも解っていた。  
「はい、私は…棄てられました」  
隠すことなく静かに未有はこの家に来る以前の境遇を語った。  
両親を亡くしてから親戚中をたらい回しにされて非道いことをされて、  
そんな中でもこうして生きてこられた、と一点の曇りもなく笑う。  
生きてさえいれば良いというものではない。口の端に出しかかって朱夏は思い留まった。  
それは何不自由なく暮らしてきたことによる傲慢のような気がした。  
 
「どうかお気になさらないでください」  
「…いつも恙無く事が運ぶとは限らないわ」  
うまく事が運んでいたとさえ言えない。朱夏はそんな未有を守れなかったのだ。  
「それでも、大丈夫です」  
生活していける筈がないと知っていながら、そこに迷いの表情はない。  
未有の年齢では働くこともできず、自分を売った保護者の許に戻るなど以ての外だというのに。  
「どうして私を責めないの? 私があのとき兄様との賭けに勝っていれば――」  
「お嬢様。あのような状況では誰だって耐えられません。  
…私は、お嬢様が私なんかのためを思ってくださった、それだけで勿体ないくらい倖せです」  
それに、必死に耐えようとしていた朱夏を絶頂に導いたのは他の誰でもない未有自身だった。  
だから責められこそすれ、こちらから責めることなど考えられない。  
白秋の命令があったからと言い訳しても、諦めたという事実は未有の中に残り続けるし  
お嬢様への想いに自制心が麻痺してしまっていたことも自覚している。  
ぱたっと大きな鞄を閉じて立ち上がると、両手を揃えて深く頭を下げた。  
「長い間お世話になりました」  
僅かに癖のある髪が揺れる。その言葉は挨拶なのか、謝罪なのか。  
「私を拾ってくださったご恩は、決して忘れません」  
「っ…!」  
朱夏は泣き顔を隠すように部屋を出て行った。  
親の庇護の下で生きてきたお嬢様育ちの自分は使用人ひとりも自由にできないほど無力なのだ。  
そのことを思い知らされると悔しさに打ちのめされて涙が止め処なく溢れてくる。  
 
沈んだ様子で廊下を歩いていると丁度部屋から出てくる兄と鉢合わせした。  
誰とも会いたくないと思っていた上、この前のこともあって顔を合わせづらい。  
逆に兄は、いつでも飄飄としているので何を考えているか察しがつかない。  
「ごきげんよう、兄様…」  
咄嗟の挨拶には普段のような品の良い微笑も優美な振る舞いも、表れてこなかった。  
「覇気がないな」  
「…藤村のこと、考え直していただけませんか」  
またその話か、と呆れた表情で首を振る。  
「もう済んだことだろう。おまえは賭けに負けて無――」  
「それはっ! …そうです、けれど……」  
朱夏は兄の言葉を遮って返事をした。続きを言われたくなかったためだ。  
「お願いします。兄様、どうか…」  
袖を掴まれて兄は大仰に溜め息を吐いてみせる。  
他の者にならどのような言動もできるといっても、  
血を分けた妹に対して非情になりきれるほど冷徹ではない。  
昔から何かと兄につきまといいつでも無垢な笑顔を向けてくれていた妹だ。  
世継ぎであることが厭になって苦悩していたときにも朱夏だけは変わらずに接してくれた。  
だから白秋は、そんな妹の必死の恃みを無下に扱ったりはできない。  
「ならば、もう一度だけ機会をやる。それでいいだろう?」  
「本当ですの!? 約束してくださいましな」  
 
ぱあっと表情が明るくなる。そんなに使用人風情が大事なのか、と兄は苦笑した。  
妹を気にかけている自分と似ている点を見出して、仕方ないなという気にもなっていた。  
「ああ。この前と同じことをして最後まで耐えたら、藤村をこの館に置いてもいい」  
先回の失態を思い出す。再びあのような快感を齎されて耐えられるのだろうか、と返事を躊躇う。  
勝算がなくても未有のために賭けを受け容れないわけには行かず、朱夏は静かに頷いた。  
「…ええ。それで、構いません」  
「但し、今度は俺がやる」  
「兄様が…!?」  
あのときは未有が少しだけでも加減してくれていたはずだ。  
しかし兄だったら、おそらく容赦することはないだろう。  
数分も我慢できずに音を上げてしまうのではないか。それは恥の上塗りにしかならない。  
「不服か?」  
「いえ、きっと耐えてみせますわ」  
ぎゅっと両の掌を握り締めて、半ば意地で声を振り絞った。  
それでこそ我が妹だ、と胸中は定かではないが微笑む白秋。  
「ありがとうございます、兄様」  
「…礼は後にするものだろう」  
指摘されて咳払いするとようやく掴んでいた兄の手を離す。  
「では、お仕事が済みましたら」  
「叔父の顔を見るより後のことを考えているほうが楽しそうだな」  
「これから叔父様とお会いになりますの?」  
「厄介なことだ。まあ気にせず待っていろ」  
朱夏の肩を軽く叩いて兄は応接間へ向かった。日が暮れるまで、まだ時間はある。  
 
「お嬢様…?」  
使用人の個室が並ぶ廊下で未有は朱夏を見かけた。  
朱夏がこの場所を通るのは未有の部屋に用があるときだけだ。  
そのため、不在にしていた未有は微かに怪訝そうな顔をしている。  
思いがけなく出会ったかのように朱夏は両手を後ろに回して不自然な笑顔を繕った。  
「ごきげんよう。…どうかして?」  
「い、いえ。白秋さまがお呼びです。旦那さまの書斎に居られると思います」  
先程までの精彩を欠いた表情とは打って変わって真っ直ぐ自分を見つめるお嬢様の  
様子に当惑したというのもあって、立ち止まったまま使用人の礼節も忘れる。  
「ええ、すぐに。あなたはこれから買い出しかしら?」  
「あ、はい。すみません、失礼致します…」  
「未有」  
凛とした朱夏の声。いま離れてしまうわけにはいかない。  
急いでいるのかお辞儀をして自室に入ろうとする未有を呼び止めて、  
肩に流れる髪を掬う。それから左手を取って指先に触れた。  
「まだ指環はつけているのね」  
それは朱夏が以前に渡した物だ。  
何かの本で読んだときに、子供の遊びとして二人でそれらしく儀式を仕立て上げたのだった。  
婚約であれば双方が枷を嵌めあいお互いを支配するが、朱夏は指環をしていない。  
一方的に相手を束縛するという意味での主従の誓いは、未有のか弱い指には今でも少し大きい。  
「明後日までに必ずお返ししますから、どうかこのまま……」  
「返さなくていいわ」  
 
「えっ…?」  
「…未有、あなたはここを出て行きたい?」  
二人にとって核心の問い。無意識にでも避けていたような気がする。  
朱夏は勝手に自分の都合で未有を縛り付けようとしていたのではないか。  
未有は決して口には出さないが、実はこの家に仕えるのが苦痛なのではないか。  
ここを訪ねた最大の理由は、兄のところへ赴く前にこれを訊きたかったからだった。  
「嘘だけは厭よ。あなたが出て行きたいというのなら、それでもいいの」  
「私、は……」  
俯いて答えを探す。自分は本当に、使用人を辞めることを選んだのか。  
考えるまでもないことだ。  
「――私は、お嬢様のお傍に、いたいです」  
ずっと自我を殺して生きてきたけれど、  
それだけが未有の奥底にある絶対に揺るがない意思なのだから。  
「そう…」  
頬を撫でて涙を拭ってやる。二人が同じ気持ちであれば、兄との賭けなどに負けはしない。  
「それなら、その指環はずっと身につけておきなさいな」  
肩に手を置いて耳元で囁いたお嬢様の唇が、一瞬だけ頬に触れたような気がして未有は赤面した。  
「は、はい…」  
それが錯覚だったのか判らないまま茫然として、立ち去る朱夏の後姿を眼で追う。  
「では、ね」  
頬がうっすらと濡れているのは涙のせいだ、微かに温もりを覚えたのは吐息がかかっただけだ、  
と自分に言い聞かせても、仄かな感傷が佇む未有の中にいつまでも残り続けた。  
 
事前に小用を済ませ、下着も厚手のものに替えてきた。  
年端もゆかない子供が穿くような木綿の下着だ。  
未有が部屋を離れている間に、黙って拝借してきたものだった。  
多少サイズは小さいが朱夏も痩せているほうなので別段の問題はない。  
歳不相応で情けないけれど、先のときの薄い下着よりは幾らかでも  
刺戟を和らげてくれるだろうことを期待して。  
もう二度とみっともない姿を晒したりしない、その決意からの選択。  
そうして未有に躰を包まれているような安心感をも感じていた。  
書斎の扉の前で深呼吸をする。胸元から下腹部まで掌で撫で下ろしていく。  
「兄様、参りました」  
「入ってくれ」  
やはり素っ気なく応える兄だが朱夏はそれほど気にせず内へと入った。  
夕陽が厚いカーテンで遮断されているのに部屋は皓皓と明るい。  
隠れることはできないようだったが、無論朱夏も隠れるつもりはなかった。  
「遅かったな」  
「すみません。少し、用事がありましたの」  
「心の準備はいいか?」  
「…ええ、問題ありませんわ」  
肩に手を添えられて兄の足下に座る。強気を装っているものの、朱夏の表情は固い。  
兄も向かい合って座った。氷の微笑の中に少年のような悪戯な眼。  
二人で花摘みでもするみたい、と空想したところで朱夏は首を振る。  
これは未有を救うための試練なのだ。しっかりしなければ。  
 
「どうした?」  
「い、いえ。何も…」  
兄に見蕩れていた、などと言えるはずもない。  
しかし口にしなくても読めているのか、非の打ち所のない端正な容貌の裏には  
未知の何かが含まれているようで、朱夏は直視し続けていられなかった。  
白秋の脚は妹のそれよりも長く、このまま伸ばしたら躰を貫かれるのではないかとさえ思える。  
不安と緊張が舞い戻って先刻の決意を塗りつぶしていく。  
「俺しか見ていないものを、恥ずかしがることはあるまい」  
「は、恥ずかしいに決まっています! 兄様に見られるのだって…」  
慣れることは出来ない。わかっていながら兄は貞淑さをからかっている。  
「俺には解らんな」  
軽く流しながら、まるで社交界でのエスコートのように自然な手つきで朱夏の膝を開いた。  
その作法はあまりにも巧みで、相手の好悪はどうあれ、  
この人のされるままになっていたいと思わされる。  
未有を前にしたときには羞恥心ばかりで拒絶しようともしたのに、今回はいつの間にか  
こうなっていて、気づいたときには朱夏は兄の前で体裁もなく脚を広げてしまっていた。  
「それも朱夏の可愛いところだとは思うが」  
「っ…こんなときに、何を――!」  
真っ赤になって慌てふためく妹を見て笑った。  
ようやくからかわれていることを知り朱夏は頬を膨らませる。  
「だから意地悪したくなるのだ」と呟かれると、もう何も言えず  
兄を見つめたまま黙り込むしかなかった。先程までの緊張はどこかに消えていた。  
優しいのか意地悪なのか判らなくて、いつも朱夏は兄に振り回されるばかりだ。  
 
「ほら、脚を閉じては駄目だろう」  
「わ、わかっていますわ。兄様がおかしなことを仰有るから……」  
もう一度深呼吸をすると脚を少し開き気味にして次の挙動を待つ。  
足首を掴まれても眼を逸らさない。気を呑まれないよう四肢に力を入れた。  
「弱気は決して他に見せないことだ」  
「…私だって、永源家の娘です」  
「そうだな」  
すっ、とスカートの中に足を入れる。不意を衝かれた朱夏はびくっとして脚を閉じようとした。  
しかし兄は既にそこを捉えて朱夏に抗議の暇も与えない。  
直截な接触に身構えることもできず電気あんまが始まっていた。  
「あっ、あぁっ!!」  
固く閉じているつもりだった口から容易にはしたない声が洩れる。  
油断していたところに間髪容れず振動が襲い来る。  
あまりの快感に混乱してしまって両手の置き場も定まらない。  
「んんっ…お待ちになって、兄様!」  
先のときは服の上からだったのに、今となっては  
頼りない布きれを隔てて兄の足と朱夏の局部が触れている。  
互いの体温が交わっていくことを知らされてぞくっと肩を震わせた。  
それを朱夏は凌辱されているに等しいほどの屈辱だと感じながら、  
また浸ってはいけない、咎められるべき禁忌だと思いながら、  
後から後から生まれてくる切ない疼きに抗いようのない愉悦を持っていた。  
 
「いっ、いやぁっ! そんな……兄様っ…!」  
未有が優しく包むようなタッチだとすれば、これは強引に服従させるような足使い。  
兄はやはり力が強く、男性的な荒荒しさに朱夏は翻弄されていた。  
スカートに隠れて見えないが、その中では足を乱暴に動かしているはずだ。  
「あっあっ…んっ…くぅっ……」  
多少なりとも女性を知っている兄の狙いは恐ろしいまでに的確で、  
木綿の下着に擦られると中心を隠す包皮が強引に捲れたり戻ったりさせられる。  
およそ指や舌での愛撫と変わらない、もしくはそれ以上の刺戟に躰が何度も痙攣する。  
朱夏は完全に自由を奪われて兄の行為を甘受してしまっていた。  
「気持ち好いだろう?」  
「…知りませんっ……こんな…あんっ!」  
相手を見るほどの余裕もないため、兄が優しく微笑んでいることにも気づかない。  
白秋は妹が自分の中の快感と戦っているというのに、その気持ちを弄んでいる。  
このまま最後まで耐えることはできないだろうと高を括っていた。  
しかし賭けの結果などどちらでも構わないのだ。  
実際のところ、部屋の前で朱夏に懇願されたときには既に未有の辞職を取り消すと決めていた。  
元気のない妹の顔をこれ以上見るのは苦痛だったし、  
その原因が藤村という使用人にあることを知っていた。  
だからこれは何等の意味も為さない戯れであり、  
それでは面目が立たないからと間に合わせに行なっているだけのものだった。  
言うまでもなく真相を朱夏に知られるわけにいかないので  
得意のポーカーフェイスで意地悪な兄を演じている。  
 
「兄様っ! ……もう、少しっ…」  
そうして朱夏が達しそうになると刺激を弛め  
また気を持ち直すと振動を再開するというように、  
右足の力加減だけで自在に妹を躍らせ続けていた。  
酷く汗をかいてもなお我慢している様子に、素直に興味を懐いていた。  
「あっ…だめっ……」  
淵を押されると朱夏は中から熱いものが溢れてくるのを感じた。  
未有に借りた下着があっという間に濡れていく。  
それが肌に貼りついて緩衝材の役割も果たしてくれなくなると、  
もはや男女の性行為と似たようなもの。  
もういい頃合いだろうと白秋は六割程度の力であんまを続ける。  
充分に耐えたのだから遊びを終えてもいい。妹の固い意志もよく解ったことだし、  
少し本気を出せば容易に絶頂へ連れていけるつもりだった。  
だが、それなのに朱夏は全く気を遣ろうとしなかった。  
「そろそろ、限界か?」  
訊かれても絶対に屈しないという態度を堅持している。ふるふると髪を閃かす。  
快感が躰中を駈け巡っているだろうことは誰にも明らかなのに、  
そんなことはないと我が儘な子供のように主張していた。  
「強情だな」  
兄も意地になって朱夏を責め苛む。負けず嫌いという点では二人とも似ているようだ。  
 
「はぁっ! ……あんっ!」  
朱夏は顔を真っ赤にして、じっと耐えている。  
少しでも気を抜けばすぐに達してしまってもおかしくない状態が続いていた。  
止めることなく足を振動させている兄の額にも汗が浮かぶ。  
「朱夏、無理をすることは、ないだろう? さっさと、気を遣るがいい」  
「あの子は、未有は…私が、守りますわ!」  
既にフローリングの床は溢れた液体で水浸しになっている。朱夏の眼は何処も見ていない。  
済ませたばかりのはずの尿意も疾うに臨界点が迫っていて  
膣口の上の辺りは完全に麻痺していた。  
「いってしまえ! 朱夏っ!」  
「うぁっ…いっ、厭です! いやっ…!」  
ぜんぶ漏らしてしまいたくなる自分を心の中で叱咤して足の先まで力を入れる朱夏。  
だめかもしれない。その囁きを必死の思いで払い除けた。  
「いやぁっ! あ、あぁん……未有っっ!」  
救いを求めるように名前を呼ぶ。  
未有が答えてくれたように、朱夏も未有と一所にいたいのだ。  
自分の従者くらい守ってやりたい、そして二度と兄の前で醜態を見せたりしない。  
「っ…ああっ!! く、うっ……!」  
 
ついに白秋は根負けして足を止めた。二人とも激しい運動の後のように汗を滴らせていた。  
「はぁっ、はぁっ…ぁ……兄、様…?」  
股間への刺激がなくなったことで躰の自由が戻り、朱夏は瞑っていた眼を開けて顔を上げる。  
終わったのだと解釈して兄の言葉を待った。  
「俺の負けだ。藤村の解雇は取り消す」  
たいしたものだ、と妹の頭を撫でる白秋。答えは最初から決まっていたのだが、  
かなり息が上がっていたことに今更気づく。  
「本当、に……?」  
「ああ。約束だからな」  
使用人がひとり残ったところで家が傾くわけでもない。  
妹が喜んでくれるなら、それも悪いことではないのだ。  
「朱夏のための使用人だ。大切にしてやれ」  
「兄様…ああっ…」  
気持ちよさから感情が高ぶっている所為もあって、朱夏は嬉しさに涙を零す。  
未有を助けることができた。瑣末ではあるが朱夏にとっては重要なことで、  
自分は無力ではないのだと思えると充実感に満たされていた。  
 
「立てるか?」  
一息吐く間もなく兄は落ち着き払って朱夏に手を差し伸べる。  
「ん……ぅ…。あっ!」  
下半身に力が入らず、手の力だけでどうにか立とうとしてバランスを崩した。  
その拍子に前のめりに倒れそうになったところ、  
ちょうどそこにいた兄に抱きつくように寄りかかってしまった。  
「あ…兄様、ごめんなさい…」  
兄とはいえ男性の躰に触れてしまって紅くなった頬をさらに紅く染める。  
すらっと突き出た喉仏も厚い肩の筋肉も、こんなに間近で見たのは初めてだった。  
よく解らない恐怖から慌てて身を起こそうとするが脱力感と疲労感で動くことも出来ない。  
「……」  
「すぐに、お退きしますからっ…」  
白秋は覆うような朱夏の匂いに沈黙して眉を小さく動かした。  
男を誘惑する甘い匂い。まだ子供だと思っていたのに、と率直に驚き脳を揺さぶられる。  
自制を失って広げた腕を朱夏の背に回してかき抱く。女には慣れているはずが  
相手が特別な人だからか、未経験のときと変わらない軽率な行動だった。  
「兄様…? い、いけません、こんな……」  
朱夏は突然のことで心の中に湧き起こるはっきりした恋愛感情に困惑して怯えていた。  
兄の胸に手を添えているが、押し返せない。押し返さなくていいようにも思う。  
けれどそれは悪いことだ。そう教えられてきたはずだった。  
 
「朱夏、続けないか?」  
抱き起こして眼を見る。濡れている朱夏の瞳はどこまでも透き通っていて  
そこに映る者の精神的な歪みも清らかさも瞭然と自覚させる。  
白秋は危うい自分の姿を見て、やはり興味深そうに笑った。  
「え…?」  
あと数寸で唇が接するくらいに兄の顔が近づいていたので  
朱夏はどうしていいか判らず息を止めていた。  
嫌いな者なら矢庭にでも跳ね除けられるだろう。  
今はそんなことを思案するための意識すら、どこにあるのか。  
「賭けは、もういい。先の電気あんまの続きをしよう」  
「えっ!? あぁっ!」  
兄が押し倒すと朱夏は簡単に仰向けに寝かされてしまう。  
その無防備な股間に再び大きな足が宛がわれた。  
拒絶しなければいけないのに抵抗らしい抵抗もできないまま。  
「あ…兄様っ!? いやっ…だめ、だめです!」  
衣服が行儀もなく捲れ上がって、撓やかな太腿まで露わになる。  
その内側に長い脚が挿し込まれていた。子供っぽい下着も、底の部分だけ見えてしまっている。  
色色の水分が含まれてその奥も薄く透けていたが、スカートの裾を押さえることも叶わない。  
これからどうなるかは兄の言葉で直感できた。しかし躰はついていかなかった。  
 
「ぅぁあああっ!!」  
一瞬にして頭の中で光が弾けた。容赦なく突き上げる電流に背を反らす。  
「んっ! あ、はぁっ!! そんなっ…兄様ぁっ…動かさな、いっ…」  
今度こそ白秋は本気で妹を絶頂させにかかった。痛みを感じる寸前の強さで足を使う。  
それは既に箍が外れているといってもいいほどで、完全に「当主」の演技をやめている。  
「いやっ、いやぁっ! 兄様ぁっ…!!」  
朱夏は両手両足を開いたまま、だらしなく涎を垂らして髪を振り乱す。  
お嬢様としての威厳も自負も、切迫する尿意と隣り合わせの快美の前では些細なものだった。  
さっきからずっと限界にあるものを、あと一分でも抑え続けられるわけがない。  
「に、兄様…あっ……はあぁんっ!! いやっ…およしになって! これ以上、はっ…!!」  
木綿の下着が朱夏の局部に食い込んだように、そこを締め付け擦り上げている。  
それは先日はじめて性的な体験を覚えた朱夏にはあまりに乱暴すぎた。  
未有にさえ許していない深いところまで自分以外の何かが侵入していて  
そんな貞操の危機を他の誰でもない兄に凝視されている。  
「あっ、ああっ……んんっっ!!」  
もうどうなってもいい、と朱夏は思った。  
未有が使用人を辞めさせられることはないのだからと口実を作って、耐えることを止める。  
これは兄の意地悪の延長であって、例の如く自分は振り回されるしかないのだ。  
 
「兄様っ、兄様ぁっ」  
躰の中で暴れ狂う快楽に抗う術もなく、  
その甘い切なさを知ったばかりの朱夏は激しい情動に身を委ねてしまった。  
このまま全てを任せようと、心まで兄の思い通りに預ける。  
「っ…ふああああっ!! もう…っ……」  
びくびくと何度も躰を震わせて、浮き上がったように方向感覚を失う。  
「あああん! ん、んんっ、兄様ぁ! あああ―――――!!!」  
またも朱夏は絶頂とともに失禁していた。勢いよく溢れ出した尿が下着の底に当たる。  
下腹部から臀部のほうまで、すぐに吸水できる許容量を超えて水溜りが拡がっていた。  
スカートの中とはいえ密室のせいで鮮明に聞こえる音と  
熱い奔流に気づいて兄は足許に眼を遣り、征服感に満足して笑う。  
朱夏は躰を全て開いてしまった解放感に胸を震わせた。  
背中を床につけて倒れているため、ワンピースの洋服が全身に渡って濡れていく。  
電流を受けたように大きく痙攣する。その度に奥から液体が噴き出した。  
「はぁっ…あ……ぃや…兄様、見ないで……」  
はしたない顔を隠すようにしていた腕を兄に掴まれる。  
兄の前では何一つ隠すことは許されない。  
愉悦に綻んだ表情を見られて恥ずかしそうに眼を逸らす。  
感極まったときに必死に兄を呼んでしまったことを思い出し、まっすぐ顔を見られない。  
「朱夏…。おまえは可愛いな」  
「んっ……」  
耳元の優しい声に朱夏はくすぐったそうに頭を振る。  
ふっと瞼を伏せ、大きな腕に抱かれながら絶頂の余韻に浸っていた。  
 
 
「未有!」  
溌溂とドアを開け放って、さぁっと髪を払う。完璧なまでに雅やかなお嬢様の振る舞い。  
質素どころか殺伐とした未有の部屋であっても、その一挙手一投足は風韻を失わない。  
「…お嬢様?」  
シャワーと着替えを済ませたが朱夏はまだ頬を紅潮させている。  
乾ききっていない髪と潤んだ瞳。  
その色っぽい様子に未有は射抜かれたように息を呑み胸を高鳴らせた。  
反射的に視線を外し自らの躰を抱いて抑えると、朱夏に手を取られて頭の中が真っ白になった。  
綺麗だ、と、それ以外の感想さえ出てこなかった。  
「荷物をまとめる必要はないわ。あなたはここにいていいのよ」  
「えっ…?」  
不意の言葉に理解が追いつかない。  
朱夏の衣裳が朝に着ていたものと違うことに気づいて漸く事情を呑み込む。  
「お嬢様――! 心から感謝いたします!」  
出て行かなくてもいい。この館に、お嬢様のお傍にいてもいい。  
そうお嬢様が取り計らって下さったのなら、こんなに嬉しいことはない。  
「勘違いしないことね。これからはこの館を一人で掃除するのよ。  
今まで以上にしっかり働きなさい」  
「はい…」  
 
素直でないのは、いつもの強気な主人に戻ったということだと解ってはいるものの  
温かい言葉を期待してしまっていたせいか幾分か落胆しながら返事をする未有。  
その想いを朱夏も察して台詞を付け足す。  
「それと、暇なときは話し相手になってもらうわ」  
「はいっ」  
少女らしく単純な遣り取りに笑う。それが本来の二人なのだから。  
これからも使用人を続けていられるという報せに少しずつ実感が伴っていくと  
もう涙を止めることは出来なかった。  
「お嬢様」  
くしゃくしゃになった泣き顔を伏せようともせず未有は朱夏に向き直る。  
「未有は、生涯許される限りお嬢様のために尽くします!」  
「…大袈裟ね。それに、これまでもそうだったのではなくて?」  
朱夏は苦笑を浮かべて未有を胸に抱き、髪を撫でた。  
「はい……はいっ!」  
自分も泣いていたから顔を見られたくなかった、というのもあっただろう。  
ごまかすように未有の顎に手を添えて横を向かせる。  
そして今度こそ錯覚ではないお嬢様の唇が、優しく頬に触れた。  
 

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