【光速天使ひとみ】(オリジナル)  
 
派手な映像と音楽を絶え間なく流し続けるテレビ画面。  
ウィィィ・・・ンと穏やかな機械音を立てているのは、黒い装丁をした最新型のゲーム機。  
それから延びるコントローラーを握り、胡坐をかいて固唾を呑みながら画面に向かい合う少年が一人。  
まだ幼さの残る・・・というより本当に幼いその少年の顔は、真剣そのものだった。  
 
現在、土曜日の午後9時を少し過ぎた時刻。  
閑静な住宅街の中に建つこの標準的な家屋の中に、今居るのは少年たった一人である。  
 
「・・・あぁっ!・・・くっそー、またゲームオーバーかよ・・・」  
声変わりさえもしていない、女の子の物とも聞こえるような声が気だるげに吐き出される。  
チュドーンといういまどきアニメでも聞かないようなアホコミカルなSEと共に、画面一杯に映し出される『GAME OVER』。  
悔しげに舌打ちをしつつ、ガシガシと片手で自分の頭を掻き毟る。先程から何度も同じ箇所で行き詰っているらしい。  
ふぅ、と大きなため息をつくと、コントローラーを投げやりに置き捨てつつ、壁に掛かった時計を見上げる。  
「母さん、遅いなー・・・」  
唯一の家族の事を考えながら、少年はぽつりと呟いた。  
(まぁ、今に始まったことじゃないけど・・・)  
呆れるような諦めるような気持ちで、もう一度ゲームを再開させようとコントローラーを握り直したその時。  
 
「裕也ぁ〜ただいまぁ〜!」  
 
玄関のドアを開ける音、続いて聞き覚えのある(聞き飽きた)帰宅の挨拶。  
よーやく帰って来たか・・・。少年は今宵二度目のため息をついた。  
そう、紛れも無い彼の母親の帰宅である。  
「ごめんねぇ、今日どーしても抜けられない残業があってさ〜! なるべく早く帰ろうと思ってたんだけどぉ」  
 
オフィス勤務の為にびしっと決めたスーツ、そしてそれを押し上げている豊かな胸。  
しかし、それとは裏腹なのが彼女のキャラクターである。  
とても成人した女性とは思えない、あどけなさ(と、危なっかしさ)(と、萌ry)全開なヤングフェイス。  
笑顔を下地に、眉を顰めて顔の前で両手を合掌させて「ゴメンね」のアクション。  
160cmも無い小柄な身長と、折れてしまいそうな華奢な四肢。  
栗色のショートカットが無邪気さをより際立たせている。  
しかも彼女から発せられる声は、俗に『アニメ声』と形容されるような可愛らしいボイス。  
お前ホントに一児の母かよと言わんばかりの彼女の名は、望月 ひとみ(24)。  
今そこでゲームやってた現代っ子・望月 裕也くん(7)のお母様である。  
 
「あのさ、母さん。それと全くおんなじセリフ、昨日も聞いた気がするんだけど」  
「コラッ裕也! ゲームは一日一時間って決めてあるでしょ〜? 目、悪くなるよ!」  
「昨日だけじゃない、一昨日もその前も全く同じこと言ってたよ」  
「あ、ねぇ今日の晩御飯どうだった? カレー久々だからおいしかったでしょ?」  
「母さん・・・毎日帰りにお酒飲んで来てるんでしょ・・・顔赤いよ・・・」  
「おかーさんシャワー浴びてくるね! 汗かいちゃって!」  
 
スタスタスタ・・・パタン。  
ひとみは笑顔を絶やさぬまま息子の発言を完全にスルーして、バスルームへと消えた。  
「・・・ぜってー飲んでやがる・・・」  
母が入っていったバスルームの方を怪訝な目で見つめ、裕也は低い声でそう結論づけた。  
まぁ彼女はシラフ時も酔っている時もあまり変わらないのだが。  
 
裕也は、母が酒を飲むこと自体は別に構わないと思っている。自分に、母の飲酒を制限する権利などない。  
ただ、帰りが遅くなる連絡もせずに黙って飲みに行くのが気に入らない。  
そのうえ、自分が酒で遅くなった事を隠してウソをつくのもどうかと思うのだ。  
(飲むなら堂々と飲んでくればいいのに・・・)  
裕也の、母に対する唯一の不満だった。  
程なくして、バスルームからは水の流れる音がし始めた。裕也はゲーム機のコンセントを取り外し、片付けを始めた。  
 
「裕也ぁ〜。シャンプー切れちゃってるから新しいの出してくれない〜?」  
タイル張りで反響しつつ、母の声が聞こえてきた。  
使い切った時点で替えとけよというツッコミもせず、裕也はしぶしぶ腰を上げた。  
戸棚から新品のリンスインシャンプーを取り出し、バスルームへ向かう。  
「シャンプー持ってきた、けど・・・」  
曇りガラスのドアの前に立ち、物怖じそうに母に声を掛けた。  
いくら七歳の子供とは言え、そしていくら相手が母親とは言え、女性の入浴の真っ最中にドアを開けるのは些か躊躇われるようだ。  
こういう気遣いの出来る子供って、今の時代すごく珍しいのではなかろうか。  
 
しかしそんな事にはお構いなく、曇りガラスのドアノブがカチャリと回った。  
そしてドアが半開きになり、その隙間から母ひとみが顔を出した。  
栗色の髪が濡れ、タオルで胸元から下までを隠している。  
「えへへ、ご苦労さまぁ」  
息子から新品のシャンプーを受け取ろうと手を伸ばしたその時。  
 
バサッ。  
 
あろうことか、ひとみの裸体を隠していたタオルが一気に床にずり落ちてしまった。七歳の息子の目の前で。  
当然、裕也は母の全裸を思いっきり見てしまう事になる。  
 
「あっ、タオル落ちちゃったよぅ。・・・んしょっと。あれ? 裕也? どーしたの?」  
特に慌てる素振りも見せず、落ちたタオルをもう一度身体に纏わせる母。  
そして、シャンプーを差し出した格好のまま固まっている息子。  
「・・・お〜い? ゆ〜うや〜?」  
息子の目の前で手をひらひらさせる母。そしてたっぷり三秒後。  
 
ドサッ・・・。  
 
「わっ! 裕也っ!?」  
突然仰向けに倒れた息子に驚くひとみ。  
裸体を見られても動揺しない母は、慌てて裕也の上体を抱き起こした。  
息子の顔面は日の丸のように赤くなり、鼻からはワインレッドの血が流れて早し最上川。裕也の意識は無い。  
こういうウブな子供って、今の時代(以下略)。  
「大変! 赤い! しかも硬い! ゆ、裕也ぁ〜!!」  
ひとみはオロオロとタオル一枚で、いつまでもうろたえ続けていた。  
 
 
「こりゃ朝まで起きないかな・・・」  
布団の上に仰向けに寝ている我が子を見、済まなそうに独り言。  
鼻の穴にはティッシュが詰まっており、額には濡れタオル。依然として赤いままの顔面でダウン中な息子である。  
(ごめんね、裕也・・・)  
汗が滲み出した顔を、そっと濡れタオルで拭いてやる。タオルの冷たい感触に一瞬眉を顰めるが、彼の眠りを妨げるまでには行かなかった。  
もう一度水で濡らしたタオルを、またそっと額に乗せる。  
「ダメだなぁ、わたし・・・」  
帰ってきて早々、不注意とはいえ息子に迷惑を掛けてしまった。その事実が、母としてのひとみの自責となった。  
 
ただでさえシングルマザーのうえに仕事ばかりで、満足に子供と一緒に夕食も取る事さえできない彼女だ。  
いつも家の中にひとりぼっちの裕也を思うと、心から申し訳なく思う。だからせめて家に居る間は、最高のお母さんで居てあげたいのに。  
そして彼女にはもう一つ、裕也に対して後ろめたくなる理由があった。  
周りの誰にも、実の息子にも知られていない、ひとみのもう一つの『理由』。  
しかしその自責も次の瞬間掻き消された。  
 
「そうさお前はダメ女さ! どのぐらいダメかと言うと、道を歩くと右足でガムを左足で犬のウンコを同時に踏むぐらいのダメ女だ!」  
 
突如として背後より響く低い声。実の息子は目の前で眠っている。  
慌てて振り向いたひとみの目に映ったのは、タヌキのような仔犬のような謎の小動物。  
二本足で直立しているそれは、ビシッと彼女を右手で指差し、人語を操り続けた。  
「だがしかしバット! そのお前のダメっぷり・・・俺は好きだゼッ!? 何故ならだぶらっ!」  
小動物の演説は、最後まで続く事は無かった。ただ一人の聴衆である所のひとみが、スリッパで頭部を叩いたからである。  
哀れヒットされた小動物は、うつ伏せに倒れ顔面を強かに床に打ちつけた。  
栗色の髪の聴衆が、笑顔に漫画のような怒りマークを浮かべて演説者に言う。  
「こぉら、『ぽち』ちゃん? わたしが家にいるときは出てきちゃダメって、あれほど言ったでしょ?」  
顔は笑っているが、声が笑っていない。スリッパを握る手にも怒りマークが浮き出ている。  
『ぽち』と呼ばれた小動物はしかし、その怒りもどこ吹く風で敢然と起き上がった。  
「て、てめぇひとみ・・・この俺にこんな残虐な攻撃を敢行しやがって、事務所と郵政省と全国五千万の俺の女性ファンが黙っちゃいねーぞ! ホントだからね!?」  
軽快なジャンプでリビングのテーブルに飛び乗り、四つん這いの姿勢で訴える。  
「どーでもいいから静かにしてってば・・・今裕也が寝てるんだから・・・」  
「あぁ〜ん? 裕也だぁ〜? そんなチン毛も生えてねー洟垂れガキと、今年度アカデミー男優賞最有力候補の俺と! どっちが大切なんだおめーは!」  
「一回表100対0のコールド勝ちで裕也」  
さらりと答えた目の前の若母の言葉に、ぽちはいよいよ憤慨した。  
「きゃあ何その冷めた態度は!? あなた正気!? ごめんなさいってお言い!!」  
「そんなオカマ口調で腕掴まれて揺すられても・・・」  
「また冷めた態度!! 俺を凍死させる気か!? なぁそうだろ?! 今夜ぐらい良いだろ?!」  
依然錯乱気味にぎゃーぎゃーとわめいている小動物。ひとみはもう一度スリッパを握りなおし、  
「だぶらっ!!」  
叩いた。  
 
「まったく、お前の珍プレーっぷりには呆れて物も言えねーぜ・・・。叩かれた所、内出血起こしてんぞ・・・」  
どこから取り出したのか、手鏡で額の傷をいたわるように撫でさするタヌキもどき。なかなかにシュールな光景と言える。  
「キミが近所迷惑顧みず騒音公害起こすからでしょ? というより、いきなり出てきて何の用なの?」  
腕組みをし、ひとみは訝しげな視線を小動物に送った。  
「アレ? そう言えば俺、なんで『こっち』に来たんだっけ。・・・あ、そうだ借りてたエロビデオ返しに来たんだ。って違うっつーの!」  
一人、いや一匹ボケツッコミ。正直寒い。  
 
「やいひとみ! お前何だ今日の戦いっぷりは! 下手したらおめー負けてたじゃねーか! ぽちちゃんはご機嫌ナナメだぞ!!」  
いきなり目を吊り上げビシリと指差し言い放つが、その指の延長線上にあるのはひとみの下半身である。  
「う゛・・・・・・そ、それは、その・・・」  
指差しポイントへのツッコミを珍しく忘れ、ひとみはばつが悪そうに言いよどんだ。ぽちは更に続ける。  
「ここ最近、『奴ら』もおめーの事を本気で邪魔に思い始めてるからな・・・油断してっとマジで殺されっぞ」  
「・・・・・・・・・」  
仕事場では昼行灯と呼ばれているひとみだが、ぽちの言葉に表情は硬くなる。  
何もいえないひとみに釘を刺す、ぽちのセリフが続く。  
「いいか、俺はおめーが『やる』って言ったからサポートしてやってる。だがな、もし見込み違いなようなら代わりなんていくらでも見つけられるぞ?」  
それは、ひとみの自責心を増加させるガソリンだった。  
「それに、だ。おめーが殺されるところなんて、俺は見たくねー。・・・それ以上に」  
すやすやと眠る、かわいらしい寝顔。肌はもう赤みが抜けている。  
「おめーが殺されたら、あのガキは死ぬほど泣くぞ」  
「・・・!」  
 
ひとみの脳裏に蘇る、息子の泣き顔。  
それは、二度と見たくない顔。  
今でもはっきりと思い出されるのは、黒い額縁に飾られた夫の笑顔。  
その前で、泣きじゃくる少年。  
 
ひとみの胸に、言いようの無い痛みが走った。  
 
「まぁ本気でおめーがヤバくなったら、俺も鬼じゃねーから助けぐらい出す。そして感激の涙で俺に感謝する若母! おっと、礼はベッドの中にしてもらおうかウフフ・・・」  
急によだれを垂らして錯乱し出す小動物にツッコむ事なく、ひとみは息子の寝顔をただ見つめていた。  
ひとみの胸に今あるのは、先程の痛みではなく、  
(ぜったい、負けない・・・)  
強い決心だった。  
 
 
 
週が変わり、慌しく過ぎた月曜日。  
 
いつもより早い時間に仕事を終えたひとみは、同僚への挨拶も程ほどに仕事場を切り上げた。  
今日こそは子供と一緒に夕食を取れそうだ。自宅で自分を待っているはずの一人息子の事を考えると、自然と足も速くなった。  
仕事場がある商業ビルから出て駅へと向かう。週末という事もあってか、いつにも増して街は賑やかに見える。  
望月家のある住宅地からたったの二駅しか離れていないこの街は、ひとみも馴染みのある場所だった。  
今日も変わらずこの風景がある事が、彼女にとってはとても嬉しかった。  
今度、裕也を連れて外食にでも来よう・・・ひとみがそんな事を考えていた、その時。  
 
爆発が起こった。それも、街のど真ん中で。  
数人の一般人を巻き込んだそれは、平和だった街を一瞬にして騒然とさせた。  
たちまち挙がる悲鳴。何が起きたのか分からないといった人々は、一斉に大騒ぎになった。  
爆発の現場から数百メートル離れた所にいたひとみには、『それ』が何なのか分かっていた。  
(・・・まさか、こんなに人の居る場所に現れるなんて・・・!)  
胸騒ぎ。しかし、考えるより先にひとみは現場に向かって駆け出していた。  
 
道路には爆発の跡がくっきりと焼き付いていて、まだ煙が上がっていた。  
「ガス管が破裂したのか?」「不発弾でも埋まってたんじゃないの?」  
濃い煙は、爆発の原因を判然とさせる妨げになっていた。  
一人の男性が、原因を見極めようと煙の中を確かめようと進み出た。  
 
「うっ・・・?! な、何すんだ・・・ぎゃあぁあぁぁぁ!!!」  
 
一瞬の出来事だった。  
突如煙の中から一本の腕が伸び、男性の首を掴んだ。  
そして、その手は一気に掴んだ首を締め上げた。  
メキッ、という鈍い音と同時に、硬直していた男性の身体は力を失った。  
まるで糸を切られた操り人形のような男性の身体を乱暴に投げ捨てると、その腕の主は煙の中から現れた。  
グレーの覆面と全身タイツに身を包み、若干猫背の姿勢。  
煙が晴れると、その出で立ちをした者が十数人姿を現した。  
そしてその一団の後ろに構える、ひときわ大きな影。  
筋肉隆々な肉体、右肩にはかなりの重量を持っているであろう大砲を軽々と担いでいる。  
その筋肉男―この集団のリーダー的存在のようだ―が声を張り上げた。  
 
「今からこの街は俺達『バイラス』が乗っ取った! まずは大掃除だ・・・バトラー共、やれ!!」  
 
その一言で、十数人の覆面軍団―バトラーというらしい―が弾かれるように暴れだした。  
ある者は一般人に襲い掛かり、ある者は建造物を破壊し始める。  
平凡な街は数分の間に、地獄絵図と化した。  
 
「ちょっとごめんなさい・・・通してください!」  
自分とは逆方向に流れる人々の間を、ひとみは走っていた。  
聞こえてくるのは人々の悲鳴や破壊音。立ち止まって耳を塞ぎたくなる。  
だが、止まるわけにはいかない。目指すは騒ぎの元凶。  
この悲鳴や耳を貫く音を、一刻も早く止めるために。  
 
(・・・やっぱりあいつら・・・!)  
ようやく視界に入ってきた、もううんざりするほど見慣れた全身タイツ。  
本能の赴くままに暴れまわっている。  
一人の全身タイツが今まさに、泣いている小さな女の子に向かって腕を振り下ろす瞬間だった。  
 
「危ない!」  
 
ひとみは叫んだ。  
その瞬間、疾走する彼女の身体が淡い光に包まれた。  
すると、その光はひとみを包んだまま猛スピードで滑空した。  
少女を手に掛けようとしていたバトラーに激突し、女の子の前で停止する。  
やがて光が収束して消えると、一人の女性が姿を現した。  
 
全身を白を基調にした機動的なコスチューム。肌に密着したその衣装は小柄の割りに豊満なバストが強調される。  
銀髪のショートカットの下に覗くのは、まるで少女のようなあどけなさを残すが、凛々しい戦士の表情だ。  
青い宝石を所々にあしらったコスチュームと童顔は、まるで舞台に立つアイドルのような印象さえ残す。  
だが全身から溢れる気迫と目の前の怪人たちを見据えるその目からは、明らかな正義感が伺えた。  
 
「な、なんだてめぇは!?」  
突然の乱入にうろたえた筋肉男が身構えながら女戦士を睨む。  
その問いに答えず、その戦士は泣きべそをかく少女に向き直り、そっと肩に手を置いた。  
「怪我はない? ・・・来るのが遅れてごめんね。もう大丈夫だよ」  
あやすように、優しく少女に語り掛ける。その暖かい話し方に、少女は少しずつ警戒心を解いていく。  
「悪い人たちは、お姉さんが絶対にやっつけるから・・・家族の人たちと早くお逃げ。・・・パパやママはどこ?」  
家族。その言葉に、少女は頷かない。代わりに、少女は黙ってあるものを指差す。  
壊れた建物にもたれかかるように倒れているひとりの男性。頭からは多量の出血。その肌からは生を感じられない。  
「・・・・・・!」  
全てを悟った戦士の中で、抑えられない何かがこみ上げた。  
理不尽に少女の父親の命を奪った目の前の集団を、きっと睨みつける。  
「・・・なんて事を・・・!」  
怒りで握り締めた拳は震えていた。  
「あぁ〜ん? 何だその目は!?」  
大砲を担いだ筋肉男が凄みを利かせる。それと同時に、周りのバトラー達も戦闘の構えを作った。  
銀髪の女戦士は、正義感が詰まった声で言う。  
 
「ライトニングエンジェルひとみ、あなたたちを成敗します!!」  
 
「はっはぁ〜ん・・・そういや仲間が言ってたぜ、最近俺たちの邪魔をするクソ生意気な小娘が居るってな・・・」  
そう、この光速天使こそが、ここ数ヶ月数多の破壊・殺戮活動を行う組織『バイラス』から人々を守っている戦士である。  
もっともその正体が一児のシングルマザーである事は、実の息子も知らないのだが。  
ひとみはまた振り返り、親を殺された少女に諭すように言った。  
「キミのパパの仇は、きっと討ってあげるから・・・安全な所まで逃げて。いい?」  
少女は泣き腫らして赤くなった目を擦ると、  
「・・・うん」  
頷き、踵をかえして走り去った。  
銀髪の天使は、その様子を見届けた。  
 
「おい、そこのコスプレ女!」  
筋肉男の不躾な声で呼ばれ、ひとみは振り返る。  
「ライトニングエンジェルとか言ったな・・・三日前、俺の仲間がお前に負けたらしいが?」  
三日前・・・赤い顔して遅く帰ったのを裕也にツッコまれ、酒を飲んだと疑われた。  
その日も確かにバイラスを名乗る一団と戦った。かなり苦しい戦いだったのは、エロ電波小動物に指摘されずとも分かっていた。  
「それが、どうかしましたか・・・」  
「あいつの武器の毒針は殺傷率100%だったんだがな・・・こうして生きてるのを見ると、相当強いんだなぁ」  
 
確かに、ひとみは殺されるまではされなかったが、バイラス団員の毒針はまともに受けた。  
その毒は体内に入ると高熱を引き出すもので、光速天使の高い自己治癒能力でも完全に解毒する事はできなかった。  
あの日赤い顔で足元も怪しい様子で帰ってきた母親を、息子は酒のせいだと言った。  
しかし、ひとみには逆に好都合だったようだ。酒のせいにしておけば、大切な我が子に余計な心配をさせずに済むのだから・・・。  
あれから三日。  
体内の毒は完全に治癒され、ライトニングエンジェルは今も悪に向かっている。  
 
「まぁ、実際に戦ってみりゃ分かるか・・・それに」  
筋肉男の目が、ひとみの全身を舐め上げるように見つめた。  
「顔はガキくせぇが、なかなか良さげな身体してやがるじゃねーか・・・」  
「・・・っ!」  
いやらしい視線で見られ、少なからず嫌悪感を覚えるひとみ。  
あんた息子の前で全裸出したじゃねーかという御指摘はヤボである。  
「痛めつけて動けなくした後存分に可愛がってやんぜ! バトラー共ぉぉっ!!」  
筋肉男がひときわ大きな声を張り上げると、スタンバっていたタイツ軍団がいっせいに飛びかかった。  
怒涛のラッシュがひとみを襲う。  
 
「くっ・・・いつもいつも芸がないんだから・・・!!」  
忌々しげにそう呟くと、光速天使は全方向から飛んでくる拳や蹴りを軽々と捌いていく。  
回避と同時に、バトラー軍団に一撃ずつ打撃を与える。  
天使の力で増幅されたひとみの攻撃は、一撃で戦闘員を昏倒させるのに充分な威力だった。  
次々と群がっては倒れるタイツ軍団。ザ・やられ役といった感じだ。  
「こいつらっ・・・少しは何か喋ってよねセリフ無しだと書くの苦労すんだから!」  
何だかよく分からない事を口走りながら、ラスト一匹のバトラーの顎にアッパーを叩き込む光速天使。  
「ひでぶっ・・・」  
断末魔のような声を初めて吐いて最後のグレータイツが崩れ落ちる。  
「今のが初セリフ?!」  
何だかよく分からない事に対して驚きを隠せないひとみであったが、確かに強い。  
息を乱すこともなく、十数人のバトラーをものの3分で全滅させてしまった。  
 
「ほ〜ぉ・・・やるじゃねーか。さすが俺の仲間がやられるだけはあるって所か」  
「多勢に無勢なんて卑怯な事してないで、男なら一対一で来たらどうですか!?」  
敵に賛辞を送る筋肉男はしかし、にやりと笑うとまた言う。  
「お前・・・バトラーは灰色のだけが全部だと思ってるだろ」  
「え・・・?」  
今までひとみの戦ってきたバトラーは、全てグレータイツだった。  
いわゆるザコキャラだから、弱いのも当然だと思っていた、が・・・。  
「お前の為に今日は特別に、ハイバトラー共も連れてきてやったぜ! 喜べ!!」  
再び筋肉男が叫ぶ。  
するとどこに隠れていたのか、またバトラーが五人飛び出した。  
ただ違うのは、その身に着けているタイツが皆白い事だ。  
ハイバトラーと呼ばれたその集団は、俊敏な動きでライトニングエンジェルに襲い掛かる。  
 
「は、早いっ!!・・・くっ!」  
まず一匹のハイバトラーが右ストレートを繰り出す。  
先程の灰色バトラーとは比べ物にならない鋭い拳だ。  
辛うじて回避したひとみのわき腹を掠った。  
ひとみはそのハイバトラーに左フックの迎撃を打つ。  
今までのバトラーならこの一撃で戦意喪失していた。  
「なっ・・・?」  
しかし目の前のハイバトラーは、ひるみさえもしていなかった。  
ひとみの渾身の左拳を、悠々と右腕で受け止めていたのだ。  
「てぇいっ!」  
連続で右ストレート、左ローキック、右ミドルキック、左アッパー。  
目にも留まらぬ凄まじいラッシュが小柄な女戦士から繰り出される。  
だがそのどれもがハイバトラーには通用しなかった。  
全ての打撃が受け止められ、回避され、受け流されてしまうのだった。  
「こ、こんな事・・・っ」  
無表情なハイバトラーは、ひとみの猛攻を前に全くの無反応である。  
光速天使は諦めず次の攻撃を繰り出そうと拳を握った。  
だがその拳は繰り出されることは無かった。  
 
「・・・かはっ・・・」  
ハイバトラーの右拳が、ひとみの鳩尾を抉っていた。  
華奢な天使の腹にめりこむ拳は、彼女の内臓にまでその衝撃を伝えた。  
「ごほっ・・・げほげほっ!・・・ぅ、あっ・・・」  
腹を抑え、膝を折りうずくまるひとみ。  
ハイバトラーはそこにも容赦が無かった。  
うずくまるひとみの脇腹を、別のハイバトラーが右足で勢いよく蹴り上げる。  
反対側に居たもう一人のハイバトラーが、左胸をつま先で蹴飛ばす。  
「うぐっ・・・ぁあっ!!」  
光速天使の力で強化されている身体にもダイレクトに伝えられる打撃に、童顔の女戦士は悲痛な声をあげた。  
しかし感情の無い戦闘員は無様にも地に伏せるライトニングエンジェルにとどめを刺すべく、その無防備な背中に渾身のパンチを振り下ろした。  
(く・・・こんな、こんな所で・・・)  
自分の無力さを悔やみ、ひとみは歯を噛み締めた。  
白い拳が天使の背骨を粉砕する、その直前。  
 
「あぶなーーーい!! ドレミファが、ドレミファが迫って来るよーーー!!」  
 
聞き覚えのある低い声。  
そして、  
「あべしっ!!」  
短い断末魔。しかもそれは、今ひとみに向かってとどめの一撃を振り下ろしたハイバトラーから搾り出された。  
顔を上げて見てみると、その白タイツの臀部に学校の音楽の授業で使うようなアルトリコーダーの先端が突き刺さっている。  
そのリコーダーの逆側の端を握っているのは、タヌキのような犬のような変な畜生。  
尻への予想外の激痛に、ハイバトラーは患部を抑えて前のめりに倒れた。  
ちょうど尻を高く突き上げる背徳的なポージングになってしまう。  
リコーダーは刺さったままだ。  
畜生は続けて叫ぶ。  
「どけどけどけぇぇぇい! 俺は楽譜が読めねぇんだ! ぽちちゃんはそう言うと力の限り笛を振り下ろし続けた! いつまでもどこまでもおはようからおやすみまで」  
どこから取り出したのか両手に一本ずつ握ったリコーダーで白タイツの尻を左右交互に打ち据える。  
尻を集中的に打たれ続けるハイバトラーは、両手で顔を隠すとふるふると首を振って苦痛に絶えるばかりである。  
目の前で起こったぽちインパクトに、窮地だった光速天使は救われた訳だ。  
周りのハイバトラーは仲間が謎の小動物にやられる様を見て動揺を隠せない。  
やがてぐったりと動かなくなったハイバトラー。  
「ふぅ〜危なかった! 俺の反応速度があと5秒遅れていたらドレミファどころかソラシドまで・・・」  
満足気に額の汗を拭う。  
地べたに倒れたままのひとみは、突如として現れたぽちに面食らっている。  
 
「あ、あのねぇぽちちゃん・・・助けてもらえるのは嬉しいんだけどさ・・・」  
「コラてめぇひとみ! 気を抜いた結果がコレだ! 今マジで殺されるところだったじゃねーか!!」  
セリフだけ聞くと真剣そのものだが、白タイツの尻に刺さった笛を抜き取りながらなので台無しである。  
よろよろと立ち上がりながらライトニングエンジェルは弁明を試みる。  
「うー・・・だってこんなのが居るなんて知らなかったんだもん・・・」  
ひとみにとって、全身白タイツの上級戦闘員は今日初めて相手に迎えた敵だった。  
しかしそれに加え、自分の油断と力不足もあった事は否めない。  
 
「ふん、まぁ説教とお礼の三泊四日豪華ひとみお触りの旅は後にしといて、だ」  
「そんなお礼しないよ」  
「この変態過激失禁サドエロタイツ軍団は俺に任せろ」  
「・・・え?」  
仲間を下品な手段(笛浣腸)で倒された怒りからか、残り四人のハイバトラーがいつの間にかひとみとぽちを包囲している。  
人語を解す小動物は両手のリコーダーを握りなおすと不敵に笑った。  
「最近身体も鈍ってた所だ、運動にゃちょうどいい」  
この小さな畜生は、どうやらハイバトラー四人を一匹で相手しようと言っているらしい。  
一人は隙を突いたのでぽちでも倒せたが、ガチで戦えばこの白タイツ一人ひとりの戦闘力はかなりのものだ。  
「そんな・・・ぽちちゃん一人じゃ無理だよ! わたしも一緒に・・・!」  
「黙れエロス。お前はあっちの退屈そうなボスキャラの相手してやれ」  
言いながら、少し離れた瓦礫の山の頂上に座り戦況を傍観している大男を見据える。  
確かに退屈そうにしているが、そこに居るだけで威圧感は凄まじいものがあった。  
肩に担いだ大砲が鈍く光る。  
「あぁ? 何だ、俺様と戦るっつーのか?」  
ハイバトラーを召喚した後全く話にノータッチだった彼だが、別に忘れていたわけじゃないんですよ。  
「正直今のお前で勝てるかどうかは分からんが」  
格好付けているくせにそういう事を言うぽち。  
「・・・勝率は?」  
「いって8:2」  
「望み薄っ!?」  
聞かなきゃ良かった。いつだってひとみという女は後悔ばかり。  
 
「じゃあ逃げるか?」  
「う゛・・・」  
「まぁこいつらから逃げれる確率の方が低いがな・・・それ以前に」  
ぽちは続けた。  
「逃げたら仇なんか討てねーけど」  
「・・・・・・見てたの?」  
「見てた。お前の財布から抜いた金で買ったデジカメで撮った」  
「・・・何勝手な事してんの」  
ひとみは小動物の犯罪まがいな行動へのツッコミを入れるが、目はぽちを見ていない。  
頭の中に再生される、少女の泣き顔。そして彼女の父の亡骸。  
それらの元凶となった筋肉男を真っ直ぐに睨みつけている。  
「腹括ったか?」  
「キミに初めて会った時から括ってる」  
「よし分かった黙れ。一暴れして来い」  
 
ひとみは両腕を胸の前で交差させた。  
すると、再び彼女を光が包み込む。  
変身した時より強い光に包まれたひとみの背中に、大きな翼が生えた。  
しかもその翼は、彼女の身体を包むのと同様の眩い光によって形を成している。  
 
「・・・ひとみ、いきます!」  
 
どこかで聞いたようなセリフと共に、光の天使が猛スピードで飛んだ。  
ハイバトラーの包囲を抜け、目指すは大砲筋肉男だ。  
 

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