部屋の中には俺たち二人だけ、互いに抱きしめ合い触れるだけのキスを先ほどから何度も繰り返していた。
「本当に…ダメ?」
この情けない声が俺、
高原貴幸 一応19歳の大学生
「だ〜め、今日は珍しく父が来るの、でも何の用かしら?最近は音沙汰無しだったのに。」
そう言いながら俺の腕の中で人指し指を頬に当てて考えているようなジェスチャーをしているのは、
岸部真 同じ19歳、だが大学では俺より一つ下だ。何故なら俺が早生まれだからだ、
昔は、誕生日が遅いのに早生まれなんて言われるのはおかしい!と思っていたのだが、最近はそんなもんか程度になってしまった、
きっと皆そうなんだろう、皆なんとなくそんな物だ程度に認識していくものなんだろ。
おっと、変な方へそれてしまった…、真の事だったよな、犬系の多少垂れ気味の黒瞳・背中に届くほどの艶やかな黒髪・きめの細かい白い肌、
悪いが俺はこれほどの美人を今まで見たことがない、《のろけてんじゃねー!コノヤロー!!》と思う奴が居ると思うが彼女の前でのろけない野郎は男じゃない!!と俺は力強く断言出来る。
無駄に熱くなったが真はそれほどの美人だ。
そして真は【吸血鬼】だ。
今のこんな関係になれた事を我ながら不思議に思う、確かに彼女を助けたり(些細なことで)、彼女に殺されかけたり(彼女を助けようとして)、いろいろ有ったが。多分とどめを刺したのは後者だろう、
あの日、見た目からして人を惹き付ける力に関して人一倍強力な真は、三人ほどの不良に絡まれて裏路地に連れ込まれてしまった、それを偶然、ほんっとうに偶然見かけた俺は全力で後を追った、
武道に関して多少の心得は有るものの、一対多数という状況にびくつきながら路地の曲り角を曲がろうと意識を向こうの道に向けた瞬間
「…っ!!!」
いきなり飛び出して来た男にぶつかった、ぶつかっておいて詫びも無しにその男は走って行く、俺の目がおかしく無ければあれは全力疾走している、何かに脅えて。
「何なんだよ!ったく!ぁ〜いて」
完全に気を抜いてた、だから次の瞬間目に写った物に一瞬反応が遅れる、
「なっ!!!」
紅い瞳
俺は紅い瞳の主に浅く、だが確実に胸を裂かれた。
膝をつき胸に手をあてる、幸いそれほど深くはない、周りを見渡す
と真を連れ込んだであろう不良達は血を流しながら倒れていた、中
には泣いている奴も居たが、手加減されていたのか全員大丈夫そうだ
「くそっ!シャレになんねえぞ…、」
はっ と前に立っている人物を見上げる、真だ、真が立っていた、
しかし、紅い…、血のように紅い目をしていた。
ポタンッ、ポチャンッ…、
音につられて目線が下へ動く、顔が真っ直ぐ前を向いたとき目線の
先にとまった物、
(血?真の手から血が出ている?いやっ、違う、これは俺の血だ!)
真のあの細い柔らかい指ではない、今や筋張り、爪の長く伸びた、
物を引き裂く手だった。真の姿をした化け物はその血に濡れた手を
口へ運ぶ、そして
「美味しい…、美味しいわぁ貴方の血…、あんな奴らとは比べ物に
ならない。」
まるで極上のワインでも味わっているかのように血を堪能している、
その時、1・2年前のの出来事がフラッシュバックした
『ねぇ〜、貴ぁ〜、私ね、吸血鬼なんだ、』
『ハァ?なんだそりゃ?それじゃあ俺は狼男か?』
ちょっといやらしい笑みを作りながら言い返す、
『ふふふふ、狼男さん、私を襲わないでよ?血を吸っちゃうからねぇ。』
なっ!!ちょっと待て!本っ当だったのか?いやっ、そんなはずは
…、
「ねぇ…、もっと、もっと飲ませてよ!貴方の真っ赤な血を!!」
吸血鬼特有のあの牙が見え隠れしている
……OK本物!!となりゃ即行動
「そんなに遣れるほど余って無いんだよぉ!!」
渾身のタックル!
この体重差なら…あれ?
「んふふふ、自分から寄ってきちゃって…、せっかちねぇ。」
まずい!?まずすぎる!!
背中に冷たい物を感じた、
とっさに身を離そうとするが、真に捕まえられていてビクともしない、
「そんなに暴れないでよ…、吸いにくいじゃない…、」
「吸われたくないから暴れるんだ!!」
口が牙が迫ってくる、
とっさに両腕を真の顎の下に入れて押し返そうとする、
「別に普段の真に吸われるなら構わないけどさ!今のお前には吸わ
れたくない!!」
真の顔はどんどん近付いてくる、俺の腕もギリギリ鳴り始めた、
なんで、なんでこんな事に…、俺の顔位判るだろうに!それとも俺
の顔が見えていないのか?
「何が《構わない》よ!私に大勢で群がって来るくせに、どうせあ
んたも私を傷つけに来たんだろ!!」
腹部に突然の衝撃と激痛が走る
「がはっ!?げほ!げっほ!!」
胃の内容物が逆流しそうになる、たぶん俺は蹴り飛ばされたんだろ
真は何を言ってるんだ?
腹の鈍痛に顔をしかめながら真を見た、
ん?
さっきは紅い目に気を取られて気ずかなかったが真の右頬が微かに
赤くなっていた、
?…!殴られた跡!?連れ込まれる時に殴られたのか!あいつらが
キッと睨むが奴らは早く逃げようともぞもぞ動いているだけだった。
「どこ見てるのよぉ!あんた達なんかぁぁ!!」
真が迫る
「あんた達なんかぁ!」
落ち着け、落ち着け、とりあえず あのリーチの外に居れば、
まず右上からの振り下ろし、次に左からの横薙をなんとかかわす
伊達にドッチボールで逃げの帝王と呼ばれてはいない!
しかし早く真を止めないと…、
このままではいずれ捕まる、そしたら胸の傷どころじゃ済まない、
間違いなく鮮血を飛び散らせ ただの肉の塊になっちまう、
なにか、キレた奴の止めかた、止めかた!
右肩を爪がかすめ血が飛ぶ、そこで真と目が合った。
違う…、真は怒っているんじゃない、怖がっている、脅えているんだ…、
あの目、今は血のように紅い目だが、俺には確かにわかった、
俺もそんな目をしていた時が有ったから、そんな目をしている相手
にできる事はこれしか浮かばない。
「真…、お前、怖かったんだよな…、何人もの男に路地裏なんかに
連れて行かれて、殴られて…、」
右頬に血の筋ができる、
「今度からは、俺が守ってやる!そいつらにもワビを入れさせる、
だから、もう止めろ!!」
「うるさい!!そんな…なっ、何を!!」
俺の体は前へ進み、両腕は真の背中へまわった。
「大丈夫だ…、俺がついてる…、」
俺にもこんな声が出るのかと驚くほど優しい声は真の耳元で囁いた、
「なっ、離「もう、怖くない、怖い奴なんか居ない…、」
「あっ…、うっ、あ…」
真はきっとびっくりした顔をしているだろう、殺そうとした相手か
らこんな事を言われて、
「こわくない…、こわくない…、」
俺は真の背中をポンポン叩きながらあやす様に呟き続けた、
初めて抱き締めた真は女性の甘い匂いと、甘酸っぱい汗の匂いと、
こびりつくような血の匂いがした。
「お前の気持ちが済むなら、俺の首にいくらでも噛みついて良いん
だ…、」
なかなか真からは言葉が出なかったが、暫くそうしていると、
「あっ…、貴…幸…?」
不安そうな声で呟く真、本当に気付いて無かったのか…、
だから俺は温かい声でこう言った
「もう大丈夫だぞ真。」
「貴幸…、貴幸ぃぃ〜、」
初めて見た真の涙だった…、
涙を流す真の瞳からすっかり紅の色は落ちていた。