「──食事をしない?」  
彼は眉を寄せて報告を遮り、鋭く兵士を見た。  
「どういう事だ」  
「は、わかりませんが…水以外、まったく手をつけておりません」  
兵士はしゃっちょこばって告げた。  
「ふぅん…」  
途中でとめていたペン先を不快げに動かす。  
「申し訳ございません」  
兵士は緊張にひげ面を汗で光らせていた。  
イヴァンは羊皮紙の束を丸め、彼に手渡した。  
「急使をたてろ。父にだ、急げ」  
「は」  
部屋を退出した兵士を追い、彼は回廊に出た。  
すでに昼の日が高く登り、今日も暑くなりそうだった。  
 
石造りの建物というものはそれなりにひんやりしているものだ。  
が、螺旋の階段沿いに温気が上がるらしく、塔の内部は生温かった。  
錠を開き鎖を外し、扉を押して覗き込む。  
彼女の姿は窓際にはなかった。  
寝台に視線を移したが、やはりいない。  
「──おい?」  
イヴァンが入り込もうとしたところに、扉の影から飛び出して来た躯がぶつかった。  
その腕を素早く捕らえ、彼は肩で重い木の扉を閉めた。  
「惜しい」  
塔である。  
他に逃げ場がない以上、唯一の出入り口が開く瞬間を狙うのは悪くない。  
もしもそれが王子なら人払いをしている可能性がある──と読んだとしたら、この女はそう頭が悪いわけでもなさそうだ。  
もっとも、そこまで見越して食事をとらなかったわけではないだろう。  
咄嗟の判断に違いない。  
 
どっちにしても度胸だけはある。  
 
心なしやつれたような彼女の顔を眺めて、イヴァンは微笑した。  
「食わないのか、『ナサニエル』…餓死する気か?」  
「放してください」  
虜囚の元小姓は睨みつけてきた。  
気の強そうな視線はいささかも変わっていなかった。  
二日前、男に組み敷かれて泣きじゃくっていたのが嘘のようだ。  
だがイヴァンは知っている。  
その肌の柔らかさを。  
 
イヴァンが放すと、元小姓はしっかりした足取りで窓際に行き、ベンチに腰を降ろした。  
きつい目つきで、丈夫な鉄の格子越しに中庭を見下ろす。  
肩の線が拒絶をあらわして硬い。  
「食えよ。腹が減ってはうまく逃げ出せまい」  
イヴァンは、片手に掴んで来た袋を差し上げた。  
小さな桃とパンが入っている。  
「──要りません」  
「そう言うな」  
イヴァンは無造作にベンチに歩み寄ると彼女の向かいがわに座った。  
ナサニエルがかすかにびくりとしたのを感じた。  
「ほら。毒なんか入れてない」  
当てこするつもりはなかったが、彼女の表情が曇った。  
 
そもそも何故彼女がここに入れられたかを忘れたわけではないが、返事の語尾が震えているのは少し意外だった。  
「欲しくないんです。……出ていってください、イヴァン……様」  
「おい」  
イヴァンは声を潜めた。  
彼女の視線はあくまでも中庭に据えられていて、彼には一顧だにしていない。  
無視し続けるつもりのようだ。  
「抱いたから気を悪くしたのか?」  
 
「………」  
中庭を見下ろす横顔がこわばり、唇が少し震えた。  
「こっちを向け」  
「──あなたの顔なんて見たくもありません」  
イヴァンは黙って、袋を置いた。  
立ち上がりざま向かいのベンチに掌をつき、傍らに腰をおろして彼女を引き寄せた。  
「あっ、いやっ!!」  
抵抗するのを抱きすくめるとその顔をあげさせた。  
「こっちを、向け、と言ったんだ」  
一語一語くっきりと告げて、抵抗の非力さをしばし楽しんだ。  
彼女は必死で腕を突っ張り、膝でイヴァンの太腿をけり付けて身を捩ったが、イヴァンは平気な顔で中庭に視線をやった。  
 
いつもの午前──たぶんきっと暑くなる、いつもの夏の一日。  
ちらほらと、それぞれの仕事を勤めている召使いや見張りの兵士の姿が見えた。  
イヴァンは彼女を抱きすくめたまま、片手で窓を開けた。  
「風が、少しは入るんだな」  
イヴァンはそう言うと、すくんだ彼女の背中を締め付けるように引き寄せた。  
「──声をあげると下に聞こえる。お前が女だという事も、中庭の兵士どもにみな」  
彼女の柔らかい髪を頬から払った。現れた耳朶に囁いた。  
「──声を出すなよ。王子だけでは満足しないと言うなら、まあ別だが」  
そのまま首に顔を埋める。  
 
自分の正体は彼しか知らないとナサニエルにもわかっている。  
脅してはみたがイヴァンにはそのつもりはなかった。  
兵士どもにこの女を慰み者として払い下げる意思はない。  
彼のおさがりとはいえ先日まで処女だった初々しい娘だ。  
しかも美しい。  
その稚児めいた容姿には、熟成させると艶やかさにかわりそうな端麗が備わっている。  
その手の趣味を持った兵だっているだろうからそそのかせば簡単だったが、それはなぜか彼の楽しみにはなりそうもなかった。  
だから塔の鍵も身の回りから離さない。  
 
イヴァンは認めた──あの一件が原因だ。  
初対面の時から興味をそそられてはいたのだが、実際に味見してみると予想以上に気に入った。  
しばらくは独占してみたい。  
 
今回は寝台には連れていかなかった。  
それどころではないとイヴァンは思った。  
いったん腕に捕えてみると、寝台まで堪える理由は思い当たらなかった。  
「いやっ……」  
叫びかけ、ナサニエルははっと窓を見た。イヴァンは口元を緩めた。  
この女が秘密に敏感なのは知っている。  
──声は出せまい。  
 
イヴァンは元小姓を抱いたまま躯を捻って立ち上がった。  
窓枠に彼女を寄りかからせるように押し付けた。  
逃げられないようにその丸みを帯びた可愛い尻を腰で抑えつけ、後ろから彼女の腕を掴んで窓枠に置いた。  
上着はこのままでいい。  
後ろから柔らかそうな耳に噛みついた。  
「んっ」  
悲鳴を堪えるその気配にわくわくしながら、彼はゆっくりと噛み締めた。  
うなじにそのまま舌をおろしていく。  
濡れた感触に、おぞまし気に彼女が鳥肌をたてたのがわかった。  
西の塔の窓は一番高い場所にあるから、誰かがナサニエルに気付いたとしてもその後ろの彼にまでは気付く事はない。  
ナサニエルのベルトを外し、その裾から手を突っ込みながら彼はその耳に囁いた。  
「──なあ」  
「…っ!」  
彼の手に乳房を揉みしだかれたナサニエルが背中をくねらせて抵抗した。  
「まだ痛むか?」  
わざと尋ねてみる。  
彼女が初めてだったことを確認して愉しんでいる。  
「……」  
ナサニエルは無言で、おしつけられている彼の腰を気にしていた。  
その前面が硬く張りつめていることを彼は知っている。  
 
「悪かったな。オレのは小さくはないそうだ」  
彼女の頬が赤らむのがわかった。口惜しさかそれとも恥ずかしさか、わからない。  
「抱くと、けっこう女は悦ぶ──馴れると。馴れてみるか?」  
「いやです」  
彼女はきっぱりと言った。それでもかすかに憤りで震えているのはわかった。  
「あなたは…あなたのような淫らな男は、嫌いです!」  
「そうか」  
イヴァンは呟いた。  
「力は抜け。抵抗するな──無駄だから」  
彼女のズボンを引き下ろした。  
ぷるん、と白く輝く滑らかで魅力的な尻があらわれた。どちらかというと小さめかもしれない。  
太腿が艶かしくその下に続き、長い脚へと変化している。  
「い…」  
「声」  
イヴァンが囁くとナサニエルは一瞬ためらった。  
だが、彼がズボンから屹立したものを掴みだしておしつけると、小さな悲鳴をあげた。  
「いや…!」  
 
感じさせてやる、とイヴァンは思った。  
この女を、泣きわめかせてやる──苦痛ではなく、否応無しで彼から与えられる快楽に耐えられなくなるほどに。  
時間はあった──腹立たしいほどにあった。  
 
…王への手紙には将軍奪回の作戦をいく通りか提案しておいた。  
もちろん参謀達がとっくに考案しているということも考えられるが、万が一に備えて、だ。  
数段構えの作戦だから彼らが失敗したとしてもおそらく挽回できるだろう。  
事態がどっちに転ぶにしても、父からの返信がくるのは早くても明後日だ。  
 
尻を掴んで開くと、かすかにくすんだ愛らしい締まりが見えた。  
その下にやわやわと盛り上がった茂みに包まれて綺麗な淡いピンクのかった谷間が見える。  
指をおしつけるようにしてそこも開く。  
彼女が腰をくねらせて厭がった。  
中は鮮やかな肉の色で、表面には滑らかな水の気配がしたが濡れているわけではないことはすぐにわかった。  
イヴァンはかすかにぞくりと身を震わせた。  
早く押し入りたかったが、その前に少し辱めてみることに決めた。  
 
ゆっくりと指を滑らせ、内部にわずかに入れてみる。  
「うう…!」  
ナサニエルが嫌悪も露に小さく喘いだ。  
「しっ」  
イヴァンは呟いた。  
掌を仰向け、前に滑らせて隠れている女の蕾を探ると、半分かた抱きかかえるように密着した女の背がびくりと跳ねた。  
「っ…」  
人差し指と中指を重ねるように爪先で緩やかに挟む。  
逃れようとする柔かな躯を胸板で押さえつける。  
容易には摘めない小さな蕾を優しく引っ張った。  
彼女がはっきりと大きく悶えた。  
「いっ…!」  
尻は白く、上気した首筋も白かった。  
産毛が逆立っているのが窓からの光に輝いている。  
 
イヴァンはナサニエルの腕を掴んでいた片手をはなして窓枠にかけた。  
開けたばかりの窓を乱暴に閉めて、格子越しの風を遮った。  
「…よく考えると、人に聴かせるのは惜しい」  
彼は呟き、ナサニエルの腰を両の掌でがっちりと掴んだ。  
持ち上げるように引き寄せると、彼女は窓枠に指をかけて懸命に抗った。  
「やめてくださ…、…っ、やめ…」  
「力を抜けと言うんだ。悪い事は言わんぞ」  
 
ナサニエルは窓枠に縋り付いた。  
それを追うというよりはかぶさるような勢いで、イヴァンは後ろから彼女を貫いた。  
「ああぁっ…!」  
衝撃に耐えかねたように、ナサニエルは格子にぶつかり、背を仰け反らした。  
そのまま両腕で窓を抱き、枠ガラスに爪をたてた。  
 
下腹がぶつかるまで根を埋め込んで、イヴァンは息をついた。  
「…ひどい…!」  
細い声でナサニエルが喘いだ。  
覗き込むと辛そうに眉を顰めていて、息があがっている。  
「なにが、ひどいんだ?」  
イヴァンはその耳に囁いた。  
細くくびれた胴から腰までをしっかり抱きしめ、できるだけゆっくりと腰を退いた。  
「気持ちよくなるまでつきあってやる。もっと力を抜け」  
「いっ……」  
ゆるゆると退き、それから改めて打ち込む。  
全身で圧迫に耐えているらしく、抵抗の声はしばらく失われた。  
イヴァンは少し上半身を退き、ゆったりと彼女の腰の奥に打ち込みながらその様を眺めた。  
透き通るように白く引き締まった、まだ成熟しきってない柔らかい尻に、赤黒く太い陽根がぬめぬめと出入りする様は不思議な観ものだった。  
一旦胎内に入り込むと、異物の侵入を和らげようとして彼女の躯が反応し、わずかに二度目の行為だったが先日よりはるかにスムーズに思えた。  
気持ちよかった。  
 
「いいぞ…濡れてきた」  
呟くと、ナサニエルは厭うように彼から頭を離そうとした。  
その顎を掴み、腰を退きながら、イヴァンは彼女の耳元に囁きを続けた。  
「…ここで、ほら…ひっかかるだろう?…」  
暖かくてキツいそこはイヴァンを引き止め、同時に強く押し出そうとする。  
そうはさせじとまた腰を送る。  
くちゅ…ぷちゅ…とあからさまな音がした。  
 
「いや」  
ナサニエルが呻いた。  
イヴァンが背後から抱きしめ、しかも腰を掴んでいるので犯されたまま離れられない。  
「…ん…」  
イヴァンも声をかみ殺した。  
このままだと簡単に夢中になりそうで、それは彼の本意ではなかった。  
彼はゆっくりとナサニエルから離れた。  
 
「は…あ…」  
急に楽になったらしく、彼女は汗の滲んだ首筋をそらせて吐息をついた。  
震えながら、解放された腰をよじろうとする。  
男に向かい合う形になって、少しでも対抗しようというつもりらしい。  
抗えないのは彼女も知っているはずだった。  
あの夜も今も、彼と自分の力の差を思い知らされている。  
だが、だからといって思うままにさせる気は全くないようだった。  
その気概がたまらなく彼の心をそそった。  
犯されているこの絶望的な中でも逃れる意思を失っていない。そういう手応えは大好きだ。  
屈辱と羞恥でナサニエルの頬は赤く染まり、はだけた首筋の両側は彼の唇の痕の花びらが散っている。  
あんなに吸ったかと彼は不審に思い、それがやや変色していることに気付いて、先日の痕であることに思い当たった。  
 
どうやら、自分で覚えているよりも彼女を“可愛がった”らしい。  
あの後にも思ったことだが、必要性は全くないはずなのに、なぜ自分はこの女に口づけをするのだろう。  
答えは簡単だ──イヴァンはふっと笑いのようなものを口元に刻んだ。  
大逆罪の疑いのある虜囚だから辱めたいというのは口実で、彼女を我がものにしたいのだ。  
執着を持っている──たぶん、初めて見たときから。  
 
「後ろからは嫌か?」  
「……」  
見当違いの質問だったらしい。  
ナサニエルの頬が怒りで赤みを増すのを眺めて、イヴァンは気付いた。  
もともと助平心のあった彼とは違って、抱かれることを彼女は望んではいない。  
彼女にとってこれは陵辱以外のなにものでもないのだ。  
イヴァンは下衣をいったんひきあげると(難しかった)彼女の腕を掴んで引き寄せ、縺れるように床の上に押し倒した。  
脚を跳ね上げて暴れるのをあっさりとおさえつける。  
今日は口を塞ぐ必要はない。  
塔の見張りは人払いしていて中庭に出ているし、階段途中の木の扉も彼自身の手で閉めている。  
窓さえ閉めれば、なにを叫ぼうがあからさまに悟られることもない。  
 
イヴァンは太腿の途中でまつわりついていた彼女のズボンをひきしまった両の足首から引き抜いた。  
すんなりとした脚を撫でて手触りを楽しむ。  
起き上がって逃げようとするので、躯の上にのしかかる。  
ハリのあるベルベットのような太腿を持ち上げて、彼は膝からその裏側を撫で続けた。  
「やめてくださいっ…!」  
撥ね除けるのは不可能だと気付いたらしく、ナサニエルは眉を顰めて涙のたまった目を彼に向けた。  
イヴァンは太腿から手を離した。  
彼女の乱れた襟首にその手をかけ、しゃれた小姓服の隠しボタンを外した。  
「やめてどうなる?」  
イヴァンは呟いた。  
「お前はもう処女じゃない。状況は変わらんじゃないか?…そういえば」  
喘ぐ柔らかな唇を軽く吸い、イヴァンは尋ねた。  
「名前」  
「……」  
「本当にナサニエルなんて名じゃあるまい。家名まで教えろとは言わんから本当の『女の』名前を言え」  
 
「………」  
ナサニエルは男の唾液に濡れた唇を閉じた。  
強情そうな視線を逸らした。どうしても教える気はないようだ。  
「…マリー?ソフィア?アンヌ?ミシェル?」  
イヴァンは女官の名前を思い出し、あてずっぽに問いかけたが彼女は頑に唇を閉じたままだった。  
次に彼は頭文字から綴り替えを始めた。  
「…ナーシャ?…ナタリア?……ナタリー…?」  
最後の名前で、彼女は一瞬長い睫を瞬かせ、動揺したように目を伏せた。  
「なるほど」  
イヴァンはにやっと笑い、彼女に向かって囁いた。  
「ナタリー」  
「…はなして!」  
彼女は叫ぶと渾身の力で彼の胸を押しやろうとした。  
イヴァンは彼女に抗わせたままその上着をはだけ、脱がせた。  
まといつくシャツもひきむしり、バランスのとれた美しい躯を露にした。  
「いや」  
ナサニエル──いや──ナタリーは羞恥で喘いだ。  
今やこの卑劣な第一王子は、まじまじと生まれたままの彼女を鑑賞している風情だった。  
しばらくして彼は吐息まじりに呟いた。  
半ば独り言のようだった。  
「髪も短いくせにえらく綺麗に見える女だ……愛妾にしてもいいな」  
 
冗談ではない、とナタリーは逆上しそうになった。  
この男の愛妾など、考えただけで吐き気がしそうだった。  
 
彼女の半分血のつながった兄は、今、叛乱軍に身を投じている。  
父の愛妾の子である彼女は、兄とそう親しく育ったわけではない。  
むやみやたらに気位の高かった母は父の正妻と対抗したかったのか、家を継ぐ予定の多少ぼんやりした兄にひけをとらぬようにとひどく偏った育て方をした。  
女の仕事よりも男のする事──武芸、馬術、勉強、教養──を奨励され、彼女自身も才能があったのか兄よりなんでも上手にこなした。  
有能で鳴らした父亡き後、叛乱を計画している貴族達の中枢に近づいた兄には兄なりの焦りがあったのかもしれないが、問題は彼女があまりに男の振る舞いが上手だった事だった。  
王への旗揚げとともになされるはずの、その後継者──つまりイヴァン──の排除を引き受けたのは兄だった。  
お前しかいない、この兄のためだ、家名をあげるためなのだ──その言葉にさほど動かされたわけではないが、その陰謀にひどく乗り気になったのは彼女の母のほうだった。  
愛妾の子であるナタリーが兄に劣らぬ手柄をたてれば──叛乱が成功した暁にはきっと自分の面目は正室のそれをしのぐことになるかもしれない。  
──その予想、というよりはむしろ希望的観測の虜になった母の奔走で、ナタリーはつてを辿って王宮の小姓として奥仕えに潜り込むことに成功した。  
長い美しい髪は切らざるを得なかったが、ある意味面白くもあった。  
兄よりもより多く父の気性を受け継いだ彼女には大胆な気質が備わっていて、目的はともかくとして男としての王宮勤めは刺激的だったのだ。  
 
ただ、標的であるイヴァンを身近に見るにつけ、彼女は自分の任務に疑問を抱くようになった。  
もともと個人的な恨みはないのである。  
しかも、彼はやや短気で我侭だが、なかなか人望があるらしかった。  
あのひどい女癖の悪さは別として、たぶんよい王になる、との家臣の噂が彼女の耳にも届いた。  
──迷った。  
本当にこの男を取り除くことがこの国のためになるのだろうか。  
その迷いがどこかで漏れたのかもしれない。  
所持品を調べられ、薬を発見された──量が多ければ命を奪い、少なくともしばらくは寝たきりにさせる事ができるような猛毒だ。  
問答無用で拘留された。  
そして──。  
 
そして。  
 
どんなに力を振り絞っても平気な顔で、イヴァンは彼女をじっくりと眺め回している。  
それどころか、上着を脱ぎ始めた。  
悪寒が走り、ナタリーは身を捩ってのたうった。  
いやだ。  
絶対にもういやだ。  
この男に、躯の中に入ってきて欲しくない。  
あの夜のような扱いをまた受けなければならないのだろうか──初めてだというのに獣のような辱めをうけ、あまりの乱暴さに壊れてしまうような気がした。  
彼が去ったあと、泣きながら身繕いした。  
惨めだった。  
彼の女癖の悪さを、この身を以て知ることになるとは全く予想してはいなかった。  
処女ゆえの潔癖さで、彼女はイヴァンの盛んな女漁りには嫌悪を感じていたから、そういう意味ではこの男は嫌いだったのだ。  
なのに、奪われた。  
 
しかも今の今凶器のようなものを入れられたばかりで、すぐにその行為が再開されるのはわかりきった状況なのだ。  
先日来の痛みの残ったままの躯の奥は疼くように辛いし、体中彼の重みで押しひしげられていて重くてたまらない。  
あんな事はもういやだ。  
かといって、さっきのようにひどく慎重なやり方も怖い。  
イヴァンが何を考えているのか、全然わからない。  
彼は全裸になると、ナタリーを組み伏せた。  
昨夜のようにすぐにでも脚を開かせるつもりかと、彼女は必死で太腿に力を込めた。  
 
男は彼女のくびれた胴に両腕をまわして強く抱きしめると、唇を重ねてきた。  
彼の唇がぷっくりと柔らかな唇を這い、滑らかに舌が滑り込む。  
くいしばった歯の列を舐め、唇の裏を辿る。  
ナタリーは顔を背けようとしたが、急に鼻を摘まれた。  
イヴァンの指だとわかったが、それでもしばらく耐えた。  
だが、イヴァンが顔をはなしかけたので油断して、呼吸のために顎をわずかにあけた瞬間、狡猾な蛇のように彼は舌をねじこんできた。  
嫌いな男と舌を絡ませるキスをすることなど考えたこともない。  
考えたくもなかったが、それはひどく繊細なキスだった。  
 
乱暴に吸うわけではなく、舌をこするように絡ませてくる。  
それも舌先の敏感な横のあたりを狙うので、下手をすると単純に気持ち悪いとはいえないほどだった。  
ナタリーはとまどい、そのとまどいに怯えた。  
できるだけ舌を喉の奥に縮めると、その空間を埋めるようにイヴァンが舌を送り込む。  
上顎の裏をちろちろと誘うように舐められて、ナタリーの背筋に危険な身震いが走った。  
わずかだからイヴァンはまだ気付いてはいない。  
この舌を思い切り咬んでやろうかとナタリーは一瞬考えた。  
 
その考えを見透かしたように、イヴァンの左の掌が防御がお留守になっていた乳房を包んで捏ねた。  
「んぅっ!」  
悲鳴を漏らし、ナタリーは躯をよじろうとした。何度も試みたことだが、今回も無駄に終わった。  
柔らかく揉みしだき、骨の太い指の腹がくにくにと芯を押した。  
何度も押されるとその先端が目覚めて反応を返しはじめたのがわかった。  
円を描くように乳暈をこすり、イヴァンは彼女の胸の先を愛撫し続けた。  
「…っ…ん…」  
ぷっくりと完全に姿をあらわしたそこを指先で確認し、イヴァンはおもむろにナタリーの口腔から舌を抜いて顔を離した。  
彼女の両の手首をシーツに抑えつけて顔をおろしていく。  
いい形になった左の乳房の先端を口に含んだ。  
歯をたてぬよう注意しながら、そのまろみに彼は唾液をまとわりつかせ、平たく舌を這わせた。  
甘く。  
焦らすようにゆるゆると。  
 
「……」  
彼女が息をのみ、抱きしめた躯が小さく跳ねた。  
もう片方も口に含み、舌を這わせ、イヴァンはきめ細かく香しい肌を愉しんだ。  
いたぶりながら滑らかな腿の間に膝を割り入れる。  
はっとしたように彼女は力を込めた。愛撫のほうに気をとられていたので、その反応は遅かった。  
掴んでいた手首を離し、イヴァンは美しい曲線で形作られた太腿を掴んだ。  
自分の腰に巻き付かせるように強引に開く。  
開かれた密かな場所から女の匂いがして、彼の興奮を誘った。  
「…いやです…やめて…!」  
必死で訴える小さな悲鳴を彼は聞いたが無視した。掌を滑らせて尻の肉と腰を掴む。  
これで彼女はもう動けない。  
躯をずらし、屹立しきって腹に触りそうなほど反り返ったものの先端をナタリーの肉に導いた。  
ゆっくりと、ふっくりとした乳房やひきしまった柔らかな腹を眺めながら先端を擦り付けた。  
「や…」  
一気には入れず、はち切れそうな頭だけを花びらの間に遊ばせる。  
愛撫したからか、それともさきほどの乱暴な侵入に反応したゆえか、その狭い入り口は濡れていた。  
ぬるぬると彼の先端を包み込み、微妙に肉の門がまといつく。自身の先端もとうに欲望の雫で濡れているのをイヴァンは知っていた。  
これならずっと楽に──あくまでもこの前と比べるとだが──できそうだった。  
 
彼はふと顔をあげた。  
腰を抱いているので密着こそしているものの、ナタリーは顔を背け、自由な手を彼の頭や肩につっぱって、上半身をひねるようにしていた。  
先端を秘部から離さないよう注意しながら、イヴァンは少し躯をずりあげさせて片手で彼女の背を抱いた。  
抱きしめられたナタリーが怯えたような怒りの色を瞳に浮かべた。  
イヴァンは何も考えず、その唇を吸った。  
宥めるようにキスをした。  
舌を絡め、唾液を啜る。  
抵抗していた彼女がしまいに困惑で喘ぎはじめるのを感じ、彼はゆっくりと腰に力を入れた。  
わずかに侵入し、ナタリーにキスをし、背中から腰を愛撫する。  
キスは長く、舌の動きは滑らかだった。  
しばらくして顔を離して彼女に呼吸を許し、イヴァンはゆるやかにまた、自身を彼女の奥に進めた。  
 
濡れた熱い肉は彼の侵入を妨げず、ぬめつく襞がはりついてくる。  
女の肉は気持ちいい。  
「…っ…うっ…」  
唇をまた塞ぐ。  
 
苦痛の喘ぎを吸い取り、彼はその勢いのままゆっくりと奥まで入り込んだ。  
先端がかすかに柔らかな壁に触れている。  
──子袋だ。あまり突くと厭がるだろう。  
イヴァンはじりじりと腰を退いた。  
退くやいなや待ちかねたように隘路が閉じ、先端と茎の敏感な境目を繊細な襞が擦る。  
「…お…」  
快感にイヴァンは呻く。間をおかず、ゆっくりと再び押し入れる。  
さっきよりも甘く強く擦り上げられた。  
イヴァンはまた呻いた。  
行為をここまでゆっくりと行うことはあまりない。  
さっさと解放されたいから女を抱く時はいつも自分勝手にやっているのだが、こうしてみるとひどく気持ちいいことを彼は知った。  
肉に阻まれると、イヴァンは彼女にまたキスをした。  
「…ひどく痛むか?」  
涙を一杯にためている美しい瞳に彼は囁いた。  
「………」  
ナタリーは問いかけを無視したが、眉をひそめて戸惑ったその表情からはさほどの苦痛の証は感じられない。  
動いても構わないだろう、と彼は判断した。  
ずるりと退き、彼女の脚を抱くと体勢を整えた。  
ひくひくと脈打つものを深々と埋め込むと、ナタリーが躯を攀じるように喘いだ。  
やはり衝撃は大きいのだろう。  
だがここまでくると彼にはどうしようもできなかった。  
気持ちいいのはわかっていた。  
濡れたキツい隘路、上気した肌、美しいだが嫌悪を表した顔。だが唇の露はやはり甘く匂いは心地いい。  
イヴァンはなにかを抑えるように首を振ると、動き始めた。  
 
彼が本気で動き始めたのを知って彼女は目を閉じてしまった。  
彼に押さえ込まれており、何一つ抵抗ができない。  
イヴァンが言ったように純潔はすでに穢されている。  
身を護るために舌を噛む気力もなくなっていた。  
 
塔には逃げ場のない温い空気がこもり、窓の外の陽射しの明るさで室内は暗く見えた。  
女の細い喘ぎが震え、男の荒々しい息遣いがそれに絡まり、肉の叩き付けられる淫らな音だけが日の光にも増して鮮やかだった。  
 
*  
 
──どれくらい続いただろう。  
 
しばらくして再び塔の上の部屋の窓が開いたが、中庭を通る者たちは誰一人として気付かなかった。  
「いい風だ。…来ないのか?」  
返事はない。  
もとより期待もしていなかったので、イヴァンは肩に羽織ったシャツに腕を通し始めた。  
窓際のベンチに腰をおろし、くつろいだ表情だ。  
服を整え終わると、彼は窓をもっと開けた。  
「さっきの話だがな」  
視線を寝台に戻した。  
 
シーツを首まで引き上げて、ナタリーは壁を向いていた。  
イヴァンの声は聞こえているはずだが、身じろぎ一つしない。  
盛り上がりが華奢で滑らかな曲線を描いていて、そこにいるのが確かに女であることを示している。  
イヴァンは反応の無さを無視して続けた。  
「──オレの妻になる気はないか?」  
肩のあたりが少し揺らいだ。  
ゆっくり身をおこし、彼女は呆然とした表情で振り向いた。  
その目に怒りが揺らめいている。  
「……なんですって?」  
イヴァンは肩を竦めた。  
「すこぶる気に入った」  
 
男のあまりの図々しさに言葉を失った様子で、ナタリーは起き上がった。  
シーツが躯の優美な線に沿って雪崩落ち、慌ててそれを掴みあげる。  
抑えつけた、怒りの大きさが窺える過度に冷静な声で彼女は言った。  
「お断りです」  
「妾ではないぞ──妻だ……妃だ。まあ呼び名はどうでもいい」  
イヴァンは腕を伸ばして背を伸ばした。  
欠伸をかみ殺し、にやりと笑った。  
「悪いようにはせん。どうせもう処女じゃないんだ、嫁に行くには困るだろう。幸いオレはまだ独身だ」  
付け加える。  
「──命も助けてやるぞ」  
 
ナタリーはどう答えていいのかわからない様子だった。  
彼女にしては予想外も予想外、なぜこの王子がこんな事を言い出したのか、全く理解できないのだ。  
 
もっともイヴァン自身、最初からそういうつもりで犯したわけではなかった。  
結果的に(彼女に言った通り)ひどくこの女が気に入っただけだったのだが──陵辱した女に、ほとんど直後にこんな申し込みをしているあたりの神経が普通ではない。  
ただ、さっきの情事でわずかに感じた混乱した甘い反応の兆しが、彼女の怒りと戸惑いを覆すかもしれないという予感はしていた。  
そうとなればやり方を変えるにためらいはない。  
どうしても欲しいものを手に入れるためにありとあらゆる手を使うのは、身分のせいで昔から大得意だった。  
 
明るい陽射しの差し込む窓際で、彼はにやにやして返事を待った。  
実際、どっちが虜囚になったのかわからない。  
 
塔は双方の沈黙を抱いたまま、夏の気怠い大気にいつものように立ち尽くしていた。  
 
 
おわり  
 

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