木漏れ日の影がちらつく中で見るイヴァンの顔はいつもよりさらに若々しく見えた。
腐って湿った豊かな土の匂い、木々の緑の匂い、イヴァンと自分の服にしみついた馬の匂い。
国境まで続く森は深く、遅れがちについてきていた従者たちの姿すら見えない。
イヴァンが彼女を遠駆けに誘ったのは、気に入りの愛人を自慢の馬に乗せたいからというのが動機だろう。
だがナタリーは王子との同乗を断った。
少々気を損ねたらしい彼は、だがしばらく行くと賞賛らしき言葉をかけてきた。
ナタリーは元々乗馬は得意だったが、女装──いや、女に戻ってからも横がけでの騎馬を練習していたのでやすやすとイヴァンの馬を乗りこなした。
休憩がてら、全く姿が見えなくなった従者を待つことにした二人は馬に流れの水を飲ませ、樫の大樹につなぐとその傍らの灌木の影に座り込んだ。
*
「それにしても情けないヤツらだ」
イヴァンが首を振った。
「オレはともかくお前にまで…いや、馬は得意なんだな」
彼が乗馬の名手であることを知っているナタリーは曖昧に微笑した。
その笑顔を見たイヴァンは、マントを掴んで少し近くに座り直した。
「…さすがだな。今でも充分、男でもやっていける」
「あら」
ナタリーはイヴァンから顔をそむけた。
「死刑にしようとなさったくせに」
「それを云うな」
イヴァンは顔を顰めた。それでもナタリーが自分のかつての暴挙を冗談の種にするようになったことで気を良くしたらしい。
「褒めてるんだぞ」
そう言いながらナタリーの肩に躯を傾けた。
身をよけようとするとさらに重みをかけてくる。
眉をしかめたナタリーが視線をあげるとイヴァンは背を屈めた。
唇が合いそうになり、ナタリーが慌てて顔をずらせるとイヴァンは片腕をナタリーの胴に廻してきた。
引き寄せられてバランスを崩したナタリーを厚く重なった枯れ葉の上に押し倒し、彼は憮然として囁いた。
「何を逃げる」
「なんですの?いきなり」
ナタリーが困惑を滲ませてイヴァンを見上げると、彼はやや顎をあげ気味にナタリーを見下ろした。
明るい色の目に、なにやらねっとりとした光があった。
「…なんだと思う?」
「…さあ」
ナタリーが呟くと、イヴァンは苛立ったように顔を近づけた。
「決まってるじゃないか」
「わかりません」
ナタリーはまた顔を巡らせた。枯れ葉に顔を突っ込んだイヴァンが怒りの声をあげた。
「よけるな」
「重いわ。放してください」
ナタリーは必死になっていた。
まさか、とは思うが、こんな明るい森の中で、しかもいつ従者がくるかわからない状況で『その気』になられてはたまったものではない。
「おとなしくしろ」
「知りません!」
ナタリーは怒ってイヴァンを思い切り押そうとした。
イヴァンがその手首を握り、勢い良く地面に押し付けた。枯れ葉が舞いあがる。
その握られた手を見たナタリーがイヴァンに顔を向けると、彼はすっかり『その気』になった時の表情を浮かべて彼女を見下ろしていた。
見間違いようがない。これまで何度もナタリーはイヴァンのこんな顔を見てきた。
だがそれはいつも屋内で、しかもほとんどは夜だった。
こんな昼日中に屋外でその気配の濃厚な彼の様子を見ることなどなかったナタリーは軽い恐慌状態に陥った。
「あの…!イヴァン、様…!?」
「ナタリー…」
彼女の恐慌にはおかまいなしにイヴァンが優しげな口調で囁いた。
低い声に興奮が纏わりついている。
「抱くぞ」
「イヴァン様、だめ」
「可愛いことを言う」
イヴァンは笑った。それも低い笑い声だった。
「『だめ』?──無理だ」
イヴァンの気が変わりそうにない事を悟ったナタリーは呻いた。
「乱暴はやめて──イヴァン様……」
「…するものか」
イヴァンは呟いた。
言葉通り、彼は滑らかな手の動きでドレス越しにナタリーの躯の曲線を辿った。
「お前が懇願するのを待つさ……いつものようにな」
「そんなこと、しません」
『いつものように』という言葉に羞恥を掻立てられて少々ムッとしたナタリーは、イヴァンの明るい色の瞳に抗議した。
「そうだったか?」
イヴァンはナタリーの唇を軽く、だが誘惑の気配を漂わせて甘く吸った。
「……覚えてないな」
…たぶん、とナタリーは思った。
イヴァンが彼女のドレスを脱がそうとしないのは、従者が来るかもしれないからだ。
彼がマントすら外そうとしないのも同じ理由だろう。
だが、イヴァンのその気遣いが余計にナタリーを落ち着かない気分にさせた。
彼のマントと覆い被さった躯ですっぽり隠されてはいるものの二人が何をしているのかは一目瞭然であろうし、その羞恥を感じつつあの行為ができるとは到底思えない。
閨では二人きりで、いつもイヴァンは人払いをすることだし、それで恥ずかしい行為だろうがなんだろうがナタリーは耐えることができた。
まだ少し怖いのだが……イヴァンのやり方は半ば彼女を虐めるが如く強引で淫らだから……だが。
正直に言って最近ではかなりそれに馴らされて、彼のやり方を最初の頃ほどには厭ではなくなってきている──気がする。
少なくとも閨では。
だから、こんな状況でもすっかりキスに没頭しているらしいイヴァンが、ナタリーには信じられない。
「は、ん…」
やっと唇を解放されたナタリーが呼吸を貪ると、イヴァンはニヤニヤした。
「そういう喘ぎは男をそそるんだぞ…わかってないんだろう」
「………」
びくりとしてナタリーはイヴァンを睨んだ。その顎から首へイヴァンが唇を這わせてくる。
「待って…ください、イヴァン様…」
ナタリーは気になっている事を訴えた。
「すぐ…あ…、誰かが来るかも知れな…は…!」
イヴァンが唇だけでなく舌をちらちら出して焦らすように舐めているので気が散って変な声が出てしまう。
「………大丈夫さ」
イヴァンが彼女の腰に手をずらしつつ呟いた。
「え」
ナタリーの耳元に彼は囁いた。
「ここは街道からかなり離れているんだ──そう簡単に見つかるものか」
「………」
ナタリーは綺麗な褐色の目を見張った。安心するよりも一気にイヴァンの思惑を理解して腹が立った。
──企んだのだ、この男は。
「…いやだ…最初から…」
「ああ、そうだ」
あっさりとイヴァンは認めた。
少し躯をそらすと、上気して自分を睨みつけているナタリーの姿をじっと眺めた。
「最初からそのつもりだった。悪かったな」
「……なにもこんなところで…」
ナタリーが思わず憎らしげに呟くと、イヴァンは口元を少し緩めた。
「寝台の上ならいいのか?…だがまだ昼にもならん」
イヴァンはナタリーの躯を抱いた腕に力を込めた。
「夜まで待てなくてな」
それは、昼間から寝室に閉じこもっていては誰でもそれと察するに決まっている。
だが、まさかこの図々しい男がそんな事を少しは気にするようになったとは想像すらしなかった。
イヴァンにもそういう感情があるのだろうかとナタリーは思わず不思議に思った。
まさかそれが自分のためとは思いが巡らない。
「何を見てるんだ?…キスして欲しいのか」
イヴァンが顔を寄せて囁く。
「いいえ」
ナタリーが思わず否定すると、イヴァンは格段気を悪くした様子もなく声をあげて笑った。
「そうか」
言うが早いかイヴァンは顔をナタリーのドレスの胸元に落とした。
彼の片手の指が襟を寛いで引っぱり、唇と舌がその後を追った。
イヴァンの脚がドレス越しにナタリーの膝を割り、くびれた腰にイヴァンの腕が回った。
「…本気で……んっ…なさる、おつもり、ですの…?」
ナタリーは小さく声をあげた。
「ああ」
イヴァンは簡潔に応えると、もう片方の手でドレスの布地をたくしあげた。
すらりと長い彼女の脚をマントの下に露にしたイヴァンは、その滑らかさを確認するように掌をぴったりとつけて撫で擦った。
「ああ……いいな」
呻いて、彼は遮るもののないしっとりと柔らかな肌を楽しみながら太腿の奥に少しずつ指を送り込んできた。
「う…ん…」
ナタリーは羞しげに呻きを抑えた。
くちゅくちゅと柔らかで小さな水音が密やかに不規則に漂い、イヴァンは満足げに彼女をじっと眺めている。
「…熱いな」
彼がかすれた声で呟いた。
わざと虐めようという意図が明白だったが、ナタリーはその言葉に反応し、すっかり上気した顔を落ち葉の上に背けた。
「こんなに濡れてるぞ…」
イヴァンが耳朶に声を吹き込み、繊細な場所でさらに指を踊らせるとナタリーは目を閉じてしまった。
噛み締めた唇から呻きが漏れた。恥ずかしさにかすれた、だが隠しようもなく甘い声だった。
「いや…」
その唇の紅を差さないままの紅さをイヴァンは自分の唇で覆った。
舌を絡めると新たな水音がたつ。彼女の中の水は全てが甘い。
「……ナタリー」
名残惜しげにゆっくりと顔をずらし、代わりに白い肌──耳もとに頬を埋めた。
「やはり脱がせてもいいか…?」
びくっと、ナタリーの肩が緊張する。
その肩に掌を滑らせ、彼は彼女のマントルの紐を捕えて引いた。
ナタリーの熱い掌がそれを押しとどめるようにしがみついたが、イヴァンは無視して続けた。
肘で抑えるようにして彼女を地面に押しつけ、胸のボタンを外していく。
ナタリーが剥き出しになった太腿をイヴァンの腰に擦り付けた。
彼を自分の上からのけようとしての動きだが、イヴァンは心地よげにちらりとその滑らかな曲線に目を落とした。
「マントで隠しておいてやるから──な」
「……あなたは…?」
ナタリーが不安げに囁く。頬と目元がすっかり赤く染まっている。
「オレ…?別にいいだろう」
「どうして私だけ…」
イヴァンはきっぱりと囁き返した。
「明るいところで見たい」
「いや」
「どうして」
ナタリーはイヴァンを恨めしげに見上げた。
その目に怒りではなく不安が強く宿っているのを彼は感じ取った。
「…どうした?」
「…恥ずかしいんです」
「オレしかいない」
「あなたに見られるのが…恥ずかしいんです」
「他の男ならいいのか」
「………」
ナタリーの目がかすかに拗ねるような色を帯び、イヴァンはぞくぞくとした何かが背筋を這い登るのを感じた。
彼はそれ以上舌を動かすのをやめ、協力的でない彼女に掌を這わせて衣装を取り去る作業に集中した。
*
手間取ったが、それだけのことはあった──しばらくして、イヴァンは満足げに自分の作業の結果を見下ろした。
重いマントの生地で遮られてほの白く落ち葉の上に輝いている愛人の裸体、彼の好きな森の匂いに肌を染めて息づいている美しい躯。
やはり綺麗な女だ、と彼は胸の中で呟く。
閨の薄やみの中でも手と指と舌で知ってはいた──体中でその曲線を味わっていた──が、こうして木漏れ日を受けて輝いている肌の白さや薄く染まった初々しさ、それとこんな彼女の表情は堪能できてはいなかった。
ナタリーは羞恥のあまり無表情になっていて、首を投げ出すように頬の横につかれた彼の指を眺めているようだった。
ほかにどうしようもないのかもしれない。
ふさふさとした綺麗な髪の毛が長く渦を巻き、肩から鎖骨への魅力的な傾斜に一房ふた房こぼれ落ちている。
無駄な肉はなく、そのひきしまった躯はそれこそ若い雌鹿に似た清潔感があって、なのにそこだけ存在を主張している乳房はイヴァンの躯に押しつぶされて隠れていた。イヴァンが身じろぎをするとナタリーは吐息をついた。
頬に血の色があがり、彼女の極度の緊張状態が知れた。
彼がどう感じているのか、不安なのかもしれない。そう思いついたイヴァンはやっと口を開いた。
「綺麗だ」
凡庸な表現だが、ナタリーは少しだけほっとしたように力を抜いた。
「ああ、綺麗だ──お前のこんな姿を見るのはオレだけだと思うと、なんともいい気分だな」
ナタリーはもっと赤くなり、イヴァンにぎくしゃくと視線を動かした。
「──だろう?」
「はい」
「ふふん…そうだ」
イヴァンは上機嫌で低く囁いた。ナタリーがその質問にひどく傷ついたような顔をしたのが余計に彼の機嫌を良くさせた。
「オレだけ、か」
イヴァンは呟くと、自分の上着の前に片手をあげた。視線だけでは我慢できそうになく、躯でもその滑らかさや温もりを愉しみたくてたまらなくなったのだ。
前を開き、シャツをはだけたイヴァンは彼女の背中に手を回して強く抱きしめた。
ナタリーの小さな喘ぎが耳元に弾け、その両腕がマントの下の背に廻されるのを感じ取り、イヴァンは抱きしめた彼女の熱さに驚いた。
「ナタリー?」
熱でも出したのかとイヴァンがふと気遣う声をあげると、ナタリーは首を振った。
「いいえ…」
だが吐息まで熱かった。
「あ」
イヴァンの強い抱擁に、彼女はうっとりしたように目を瞑って喉をかすかに逸らした。
その喘ぎは耐え続けたあげく漏れたもの(それはそれでイヴァンは好きだが)ではなく思わず、といった優しい響きを持っていて、イヴァンはそれに気付くとまたもやぞくぞくとしたざわめきを覚えた。
彼女がイヴァンとの抱擁に喜びを感じているらしいそぶりを正気のまま見せるのは初めてかもしれなかった。
その表情は、イヴァンが彼女の肩を抱きすくめるように密着するとさらにゆるやかで素直なものになった。
「ああ…」
触れた腹や胸で彼女の甘やかな素肌の感触を感じつつ、イヴァンも目を閉じた。
ふわふわとした茂みの遠い感触を下衣越しに感じ取り、そういえばまだナタリーの茂みの色を確認していない、と彼はふと思った。
だが幸せそうな彼女を放してまた羞恥の殻に閉じこもらせるくらいなら今すぐでなくてもいつでも──。
──それでも、見たい。
イヴァンは目を開けた。
こんな明るいところで見る機会など今度いつ巡ってくるか、さっぱり予測できないのだから。
どうすれば彼女の反応を蕩かしたまま想い通りに宥めるか、考えながらぐいと腰を押し付けるとナタリーの背にかすかに力が通った。
「イヴァン様…」
彼のこわばりに気付いて、ナタリーは長い睫を伏せた。肌も露わなのに、それでも恥じらう仕草が一層可愛いかった。
──好きだ。
何度言ってもその深さが伝わるわけがないので言わないが、イヴァンはひどくナタリーのことが好きだった。
思うままに口走っていたら逢っている間中、こうして抱いている間中囁き続けねばならないだろう。
好きだった。彼好みの美しさと肌と肢体を持ち、いつも綺麗でどんなに穢しても清潔で、怖じ気づかない芯の激しさを隠しているこの女が愛おしかった。
「──見てもいいか?」
なのに彼の声は嬲るようにナタリーに訪ねている。
「まだ知らない──何色だ?」
「え?」
ナタリーがとまどったように身を竦めた。イヴァンはマントの下で彼女の躯から片腕を外し、枯れ葉の褥に手をつくと覗き込むように背を丸めた。
「……え」
ナタリーが硬くなって震えた。
マントの作り出す薄い闇の中で、滑らかに引き締まった下腹部の優雅な線の交わる場所に落ち葉色の茂みが淡く盛り上がっていた。
日の元で眺める長い髪のような金色のかった輝きは抑えられていたが、つやつやとしていて見た目も柔らかそうだった。
「……想像してた通りだな」
イヴァンは止めていた呼吸を太く鼻から吐いた。満足すると同時に、もっとその先が見たくなった。
「………想像…?」
オウム返しにナタリーは囁いた。羞恥で真っ赤になっていた。
「ああ」
イヴァンはもう片腕も彼女の細くくびれた胴から抜きながら応えた。
「──いつもオレが何を考えてると思う?」
ナタリーは答えない。わからないのだろう。
「お前の顔だ…どんな顔をして喘いでいるのか…とか、だな。いつも暗い場所でしか、お前は抱かせてくれないから」
イヴァンの口ぶりはからかうように見えて実は率直なのだが、ナタリーは心底恥ずかしそうに視線を逸らした。
「──やっと確認できるわけだ」
イヴァンは低く囁き、彼女にじっと目を据えたまま下衣を引き下ろした。
マントはゆったりしているのでそう困難な作業ではない。ついでに彼は、ダブレットの喉元のボタンを外した。彼女の唇が欲しかった。
「ナタリー、キスしてくれ」
ナタリーはまじまじと目を見開いて、イヴァンの喉を見ていた。ナタリーの視線が喉仏のあたりを彷徨い、鎖骨に流れた。
思えば彼女もイヴァンの躯をこんな明るい場所で見たことはないに違いない。
豊かな金褐色の髪ごと頬を両手で挟んでイヴァンが促すと、彼女はおずおずと唇をあてた。イヴァンの首筋だ。
柔らかな感触はいつもと同じだったが、その動きにつれていい匂いの髪が揺れ動くのをイヴァンは眺めながらその扇情的な視覚に満足した。
イヴァンはナタリーの唇に自分のそれを押し宛てて強引に中断させた。
「……ん…」
イヴァンの腰が意思とは関係なく小刻みに揺れていて、ナタリーはその動きに気をとられているようだった。
淫らだと思っているに違いないが、実際欲しくてたまらない。きっとナタリーもそうだろう。
一度や二度抱いたのではなかった。
初めてのときの陵辱といった趣きだったあの行為から半年近く経っている──連日逢えるわけではないが、彼は彼女をかなりに自分好みに『開発』している自信があった。
だが、彼は意識して軽く彼女から躯を離した。──努力して。
イヴァンは、自分が彼女に惚れているのは充分理解していた。
おそらく彼女も自分を愛していることも──でなければこれほどまでに受け入れてくれるはずがない。
だから達する瞬間は必ず彼女の胎内と決めていた。王族の胤を惜しむ気持ちはそもそもイヴァンにはないのだが、特にナタリーだとそれを受け入れて欲しかった。
早く射精したかった。熱く気持ちいい彼女の躯は、今日はどんなふうに彼を満足させてくれるだろう──。
だが、同時にできるだけその瞬間を先延ばしにもしたかった。
惜しいのだ。
一直線に追いつめてしまうには、彼の愛人はあまりにも魅力的だった。
*
彼の背中にかけていた掌が滑り、ナタリーは驚いたように目を見張った。
片膝の裏に手をかけたイヴァンがそれを肩に懸けるように躯をひきさげ──それでもマントから彼女の躯が外気に触れないように気をつけているのがわかった──、太腿の付け根に唇を這わせた。
「いやっ」
ナタリーは思わず叫んだ。
──もちろん、行為自体ははじめてではなかった。だが、それはいつも闇の中だった。
こんな明るい場所で彼が自分のその場所を見た事は一度もなかった。
自分ですら見た事のない場所を見られている。その不安と恐ろしさはこれまでの比ではなかった。
唇で茂みを挟むように軽くすりあわせ、彼は高い鼻の先を軽く裂け目に触れさせた。──少し冷たくて、ナタリーの躯がびくん、とのけぞる。
この瞬間にも彼に全てを見られていると思うと躯から火が出そうだった。
羞恥の限界を一気に超えたナタリーはさらに叫んだ。
「いや!やめて、やめてください!こ…こんなの、いや!」
「──そんなに恥ずかしいのか?」
イヴァンはあまりのナタリーの抵抗に驚いたように顔をあげた。
ナタリーは必死で頷いた。
「い、いやです」
「綺麗だぞ──淡い紅で。貝の身みたいにとろとろしている」
その言葉に、ひくっ、とナタリーは背中をのけぞらせて身をよじった。
「いや…いや…」
可愛いな、とイヴァンは凶暴なまでの愛しさを必死で押し殺しながら彼女を眺めた。本当に綺麗なのだ。
ナタリーは清楚で初々しい印象の女なのに、この場所だけは当然ながらひどく生々しくてそのぶん本能的にオスをそそる味と眺めと匂いを備えていた。
しかも、舐めとる後から後からじんわりと透明でとろりとした露が浮かび、その反応からも目が離せなかった。
「見ていたいんだが」
「いや、嫌い…!!やめて、お願い!」
ナタリーがあんまり厭がるので、イヴァンは仕方なく彼女のすらりとした片脚を肩からおとした。
ナタリーは素早く両脚を閉じて、イヴァンの躯の下で身を竦めるようにした。
イヴァンはその太腿を未練げに撫でたが、やおら身を起こした。
「…じゃあ、かわりに」
不興が口調に出たらしい。彼女のわずかにほっとした表情が吹き飛んだ。
ちらりとイヴァンの顔を見た彼女は、言葉の続きを目で尋ねているようだった。
イヴァンはマントルごとナタリーの腰を引き寄せた。
「こっちに来い」
「イヴァン様…」
イヴァンは彼女の耳朶に、首すじに、頬にめちゃくちゃにキスし、唇を重ねた。
ナタリーの唇も舌も柔らかくて甘く、いつもと同じく素晴らしかった。
片手で彼はナタリーの尻を掴み、太腿の上に乗せた。
「早く」
イヴァンが囁くと、ナタリーはしなやかな躯をくねらせてイヴァンにしがみついた。
軽く膝を落ち葉につけ、立ち上がりかけた彼女を追うように、イヴァンは腰を持ち上げた。
「…あ!」
ナタリーがイヴァンの目の前で白い喉をそらして小さく喘ぎ、ぴくん、と鋭く背を伸ばした。
のけぞろうとする躯を引きずり落とし、イヴァンは両腕で絡めとった。
「あぁあっ」
貫かれたナタリーが啼き声をあげた。
「ああ、あっ、あ、イヴァン様っ……!」
「ナタリー」
一旦おさまってしまうと、もう我慢できそうになかった。
イヴァンは彼女の躯を激しく突き上げ始めた。
*
昼を回った頃、森の街道からはなれた場所で、やっと王子の従者たちは主人とその愛人を発見した。
大きな樹の根元に座っていた王子は、彼等の蹄の音をもう聞いていたらしく邪険に手を振って『ひっこめ』、と合図した。
その胸に抱かれたままの美しい愛人を見るまでもなく、王子のひどく充足したような、やや疲れた表情は従者を憶測の渦に陥れた。
おとなしく邪魔にならぬ場所に馬を歩ませながら、従者の騎士たちは、自分たちを無言で森に同化させた。
衣装に乱れは見えなかったが、主人と愛人の周辺の落ち葉は乱れていてなにか大きな獣が転がり回ったような有様だったから従者たちの推測は間違いなかろうと思われた。
目を開けた彼女の耳になにかを低く囁き、彼等の主人は軽くその唇に口づけをして、身じろぎをした。
彼女の手をとり、立ち上がるのを手伝って、馬を呼んだ。
自分の馬に愛人を押あげ、その後ろにまたがると、彼は騎士たちに愛人の馬を任せて馬の首を軽く叩いた。
黙って馬をひっぱりながら、見るともなくそのマントに包まれた後ろ姿を見ている従者たちは、王子が抱いている彼女にこっそりキスをしている様子を見ざるをえず、困惑の表情を隠しあった。
濃厚な寵愛の気配が、いつも女にはいい加減で手当たり次第だった彼等の主人にはふさわしくなかった。
もともとその愛人が気に入りなのは彼等にもわかってはいた──連日逢えるわけではないが、王子は彼女を特別扱いしている。
だが、これほど溺れている様子をあからさまに見せる事は滅多になかった。
なにがあったのかは知らないが、よほどの満足を得たことは確からしい。
主人はその経験にすっかり囚われているのだろう……おそらくあとしばらくは。
いつもの彼が早く戻ることを祈りつつ、それでもそのらしからぬ幸せそうな後ろ姿に互いの微笑を隠しながら、騎士たちは深い森の中を列をなして主人の巧みな手綱さばきに今度こそは遅れぬように、落ち葉を巻き上げて馬を走らせていった。
おわり