本当は、もう帰りたかった。もともと司には何の用もなくて、それこそ呼ばれたから出てきただけであって。
帰りたい。帰りたい。もう嫌だ。
そんな内心を顔ににじませながらも、大人しく付き合ってやるのが司の紳士マインドだった。
「それでね、最初はちゃんとそこをシてくれたんだけど、途中から興奮しすぎちゃったみたいで…」
とはいえ、こうあからさまな話を延々されると、紳士も淑女もあったものではない。
悪びれず、一応恥ずかしそうにはしているが、ゆいの口からは次々と赤面してしまうような表現が出てくる。
どうも先日、例の(司にはバレバレの)彼氏と初体験を済ませたらしく、またそれにひどく感激したらしく、
恩師(?)である司に報告してくれているのだ。しかも、あの時とおなじファーストフード店で。
迷惑この上ない。
司にとってはあの日のことはそれだけでも赤面してしまうほど恥ずかしく、さらにその後のお仕置きまで思い出すと、
顔をあげてもいられない。人の少ない時間で良かった。
「それでね、痛かったんだけど…ちょっとね、ちょっとだけど、気持ちよくて…ときどき自分のあそこがきゅうって
なるのがわかって…それで、なんかね、あたしも興奮しちゃって…よくわかんないうちに、終ってた」
ようやく終った。
「…そっか…うん…よかった、ね…」
女の子の初体験報告を聞いて肩を落としている司は、周囲にはどう見られているのだろう。
たぶんアレだ、目の前の女の子と昔付き合ってたとか、好きだけどあきらめてるとか、そんな男に見えるのだろう。
力ない司の様子に小首をかしげつつ、ゆいはうっとりとした表情でまだ続ける。
「それでね、あたしのことぎゅうって抱きしめてくれて…好きだよって…言ってくれたの…」
少し、司の表情がゆるむ。
「…良かったね」
「うん」
はにかんだ笑みは、やっぱり可愛い。
この可愛い笑みが小悪魔どころか悪魔の笑みであることを、司は一瞬すっかり忘れていた。
「ね、それで思ったんだけど。先生も、最後、ほんとは可愛いじゃなくて好きだよって言うんでしょ?」
ぶは。
「わ、ご、ごめん!あたし変なこと言っちゃった!?」
いや、と力なく言って口の周りを拭き、司は思う。
多分俺、三崎さんといると物食えない。つーか、飲めない。
この不思議な友情が、この後意外なほど長く続いたとか、続かなかったとか。