時は戦国、  
尾張の織田信長による天下統一の障害は  
最早最強の騎馬隊を持つ武田信玄のみとなった  
そんな中、この物語は始まる  
 
ダンダンなどと荒々しい足音が城の中から聞こえてくる  
その足音の主はどんな豪傑じゃ  
「まったく、馬鹿だとしか思えぬ」  
なんと、まだ若いおなごではないか!  
「しかしな凛様、他に人手が無いのです  
どうかご理解を」  
凛と呼ばれた少女や、  
いくら怒りの対象があろうと側でなだめる老中の胸ぐらは掴むものではないぞ  
「理解出来ぬ!!だからこうして物言いに向かうのだ!!  
ついてこい!!!」  
やれやれ、なんと男勝りなことであろうか  
老中の気苦労は耐えぬだろうな  
「父上!!」  
凛や、お主礼儀作法という言葉は知らんのか  
障子は片手で勢い良く開けるものではないぞ  
 
「お話があります」  
そう言って自分の弟の横たわる布団の横をはさんで真向かいに座る  
これ、花も恥じらう乙女があぐらなぞかくものではない  
「どうした?」  
意外なほど威厳のない領主よの、この男  
「何故吉光を戦に?」  
少々語尾を荒らげ、そう聞く  
「だから言っておろう、我が吉良家には戦場に出せるのは奴しかおらん」  
「部屋に閉じ籠って春画を見ることしかしないような男が戦で活躍出来ますか?」  
引きこもりに病人とは、  
この家の将来が心配じゃ  
「することを期待するしか無いだろう」  
 
「父上が出れば良いではないですか」  
そう言い、己が父を睨む  
「ワシももう年だ、戦場に出る体力はない」  
「農民に一人一人に説教する体力はあるのに?」  
「うるさいよ吉行」  
弟の弁護をうるさいと言うな凛  
ほうれ、すねてしまったではないか  
「それじゃぁ逆に聞くが凛、  
お前は誰が行けば納得するのだ?」  
父親、吉影が聞く  
「父上」  
そんなこと言っても相手は通じんぞ  
「無理だ、吉光にやらせる」  
「それなら、私がいきます」  
良いのか凛よ、お主女じゃぞ!?  
「勝手にしろ」  
止めやせんのか凛の父上!!  
確かにこの家の人間では最も武芸に秀でてるのは彼女だが……  
「勝手にさせてもらいます」  
あらら、おらシーラね  
 
 
んでもってその日の戌どき  
凛よ、何故こんな時間まで起きとるのじゃ  
現代ならともかく明かりもロクにない戦国時代に10時就寝はツラいぞ  
ほれ、見てみい。あんどんの油も消えかかっているではないか  
ええい、黙想しながら何時間も固まるな!!  
寝てるのか起きてるのか分からぬではないか!!!!  
お、想いが通じたか?  
凛の手がするすると床に届き、その場で礼をする  
束ねてある髪の毛があんどんの光に照らされ、ゆらゆらと揺れおる  
礼をしたあと面を上げ、床の手を脇の短刀へと……  
って何する気じゃ凛!!  
短刀をあてがうその艶のある黒髪はお主の自慢ではないのか!!!!  
お願いだからやめてくれ!!!!  
ロング萌えの人間を殺す気か?  
そのまま一気に短刀に下ろす  
あーあ、とうとう切っちめぇやがんの  
 
バサリ、これはあの風に撫でられるとさらさらと動いたものの残骸の音  
そして鏡を見つつ短刀で髪を整える凛  
何故か少年マンガの主人公みたいな髪型になってしまったな  
「これで…良いか」  
凛は短刀をしまい、何時も剣術の稽古をするときの袴に着替える  
鎧や甲冑はつけず、そのままで脇差を腰に刺す  
刀は手に持ち、何時でも抜けるように持つ  
随分と印象変わったの  
かつての姫の華やかさはどこへやら  
いまは荒武者の如き殺気とも威厳とも似ぬものを纏っておる  
そのまま部屋を静かに出て様子を窺う  
人が居ぬことを確認すると凛は昼と同じ人物とは思えぬ軽やかな動き  
吉光の部屋へと忍ぶその足は物音すら立てぬ  
そして吉光の部屋の中央あたりに存在する布団の膨らみに向かい抜刀する  
ぐぐもった悲鳴とにじみ出る血液を確認すると刀をしまうことはせず、そのまま城を出た  
 
「大丈夫でこざいますか?吉光殿」  
いやに落ち着いた声色で血のにじむ布団に話し掛ける老中  
「布団が役に立ったよ」  
布団から這い出るモコモコした布団の塊、こいつが吉光か  
しっかしもう春じゃというのに難儀な格好じゃの  
まあ手加減を知らぬ凛の斬撃を軽減するならこれくらいは必要じゃな  
「お、生きてんな吉光」  
ここで威厳の無い父であり殿の登場  
「父上、何故こんなことをするのですか?」  
「あの天邪鬼を戦に出すためだ  
あやつは面と向かって戦に行けと言っても聞かぬ」  
流石は父、娘の行動も予測済とは天晴れ  
「凛様はその優しさ故、暴走することがありますからな」  
そういえば10年前の飢饉の時、木刀片手に兵糧庫の兵士を薙ぎ倒し  
何とか米俵を出そうとして腰を折ったことがあったな  
「さて、あのバカ娘だけに暴走させとく訳にゃいかねぇな  
爺、戦の用意を!!!!」  
「御意」  
 
 
 

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