最初はただ、多少たち悪くからかってやるだけのつもりだった。
「よう。誰かと思えば瑞希じゃないか」
下町の界隈。時刻は夜半に近く、派手なネオンが人間を蛾のようにひきつけ始める時
間帯だった。
我妻龍司はよく見知った顔をみつけて声をかけた。白皙の若者はぱっと振り返ると、
目に見えて身を硬くした。け、と心中で毒づいて、龍司はにやにやと作り笑いを浮かべ
て近づいていった。若者はこちらを睨み付けるようにして見上げてきた。
彼は名前を瀬戸瑞希といった。
「龍司さん。何か用ですか」
冷たい声音に龍司は冷笑を返した。龍司は瑞希が自分に対してあまり良い感情を持っ
ていないことを知っていた。嫌いなのはお互い様だ。龍司は顔には出さずにそう思った。
「つれないな。かわいい親戚がこんな界隈にいるんで、ちょっと心配になったのさ」
瑞希は龍司の母の兄、つまり叔父の孫だ。ただし叔父の愛人の孫である。
叔父の大鐘征二郎は一代で莫大な富を築いた資産家だ。重工業の会社を設立し、大成
させたのである。死病を患った現在はすでに会社の経営から引退している。
その叔父のもとに、たった数ヶ月前、この瀬戸瑞希が現れた。
一人娘に子供が出来なかった叔父は、鑑定で実の孫であると判明するや否や、妻が既
に他界していたこともあり、すぐに瑞希を認知した。龍司にとってはそれが気に食わな
かった。叔父は死を目前にして、実孫を認知したのだ。
「仕事先の付き合いで、食事を」
目の前のいけすかないガキ――25の龍司にとっては18の瑞希などガキも同然だった
――は、すっとこちらを一瞥して言った。龍司は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「なんだ、仕事持ってんのか。知らなかったな。どこかの誰かさんは親戚にどこで何を
してるか明かしもしない」
「……親戚といっても三親等以上離れてますから、法律上は他人ですけど」
その言葉に、それまでのにやにや笑いを引っ込めると、龍司は忌々しく瑞希を見やった。
「俺とお前は他人でも、お前と叔父さんは直系なんだよ。俺にとってはそこが全部でな。
わかるな?」
声にドスをきかせて顔を近づけると瑞希はわずかに身を引いたが、恐がる様子は微塵も
見せなかった。
瑞希は一見して線の細い、小柄な青年だった。今は龍司と同様スーツ姿だった。白皙で
あるだけでなく顔立ちも中性的でおとなしそうに見える。そのくせこれまで一度も物怖じ
する様子を見せたことが無い。親戚たちの前に始めて彼が呼び出され、全員の視線を受け
て叔父から紹介されたときでさえ、この青年は堂々とし、親戚たちの様々な視線を正面か
ら受け止めた。それがまた龍司の神経を逆なでしていた。
瑞希は険悪な空気を感じ取ったのだろう、細い眉をわずかにひそめた。形だけの礼を
すると静かに踵を返して歩き始める。龍司はその後を追った。
「叔父さんが女嫌いだって知ってるか?」
口火を切ると瑞希はあからさまにいやそうな顔をした。
「いや、女嫌いってのは正確じゃないな――男尊女卑主義者ってのが正しい。女は男の
三歩後ろを歩いてりゃいいっていう、典型的な石頭だ」
「……龍司さん、飲んでますね」
しつこく絡んでいると瑞希はうんざりしたように足を速めた。通りを外れ、脇道に入る。
両側が壁の狭い路地。ネオンの瞬きは後方へ遠ざかり、一気に人気がなくなる。ここを
通りぬければ先ほどの通りよりさらに大きな、明るい通りに出る。そこから駅へ向かう
つもりなのだろう。
「ああ。飲まなきゃやってられないんでね」
「俺のせいだというんでしょう」
「おや、わかってるじゃないか」
肩をすくめる。
「さらに言うと、うちの家系は女系でな。男は叔父さんと俺だけだった。つまりな」
龍司はそこで突然、前を行く瑞希の肩に手を掛けた。
瑞樹が反射的に振り返る。龍司はその肩を思い切り壁に押し付けた。ドンと鈍い音が
した。したたかに背中を打ちつけ、瑞樹が息を詰まらせた。
「叔父さんは財産のほとんどを、俺にくれるはずだったんだ!それが半分以上おじゃんに
なっちまったんだよ!あぁ!?」
ワイシャツの襟を掴んで揺さぶる。間近で怒声を浴びせるが、それでも瑞希はひるまな
かった。龍司の視線に、彼は目を丸くして睨み返した。
「……やめてください。人、呼びますよ」
冷徹とも言える声だった。
かっと頭に血が上った。シャツを掴んでいた手を力いっぱい引く。シャツのボタンが二、
三個弾け飛んだ。襟が大きく開き、鎖骨が見えた。
白い胸元が目に入った。
「――!」
瑞樹が初めて狼狽の表情を見せた。ぱっと赤面し、龍司の手からシャツの襟をひった
くるようにして取り返す。
息を切らせて龍司をにらみつける瑞希に対して、龍司は瑞希に対するものとしては非常
に珍しく、純粋な驚きの目を向けた。その目を見た瑞希はさらに、もう隠しようの無いほ
どはっきりと赤面し、だっと駆け出した。よろけながら、路地を抜けて明るい場所へと一
目散に走り出る。
「……」
龍司は唖然としてその姿を見送った。
龍司はいわゆる伊達男だった。普段からブランドのスーツを身に着け、長身で女好きの
する顔をしている。ゆえに女遊びも激しく、夜まともに家に帰ることはほとんど無い。そ
してその龍司の目は、ひとつの厳然とした事実を彼の前に差し出していた。
肩の線と鎖骨、首筋、そして肌。それだけ見ればわかるが、何よりその表情が雄弁に物
語っていた。
瀬戸瑞希は女だ。
「は……」
思わず笑いがこぼれる。
「ははははは!」
思わぬところで面白い、しかも決定的なネタを手に入れてしまった。これで瑞希を処分
することが至極簡単になってしまった。これまであれほど瑞希に対して神経質になってい
たのが馬鹿らしい。たとえ叔父の実の孫であっても、女であれば財産を受け取れない。叔
父が女に財産を譲るはずが無いからだ。
しかし――龍司はふと思った。
あれはきれいな肌だった。
二週間後。
龍司はあるアパートの前で足を止めた。
そのアパートはお世辞にもあまり良い物件ではなさそうだった。線路が近く、十分おき
に電車の走る音がうるさい。彼が周囲の住人に未知を訊きがてら少し話を聞いた限りでは、
アパートの住人たちは何ヶ月も家賃を滞納しているような飲んだくれや、あるいは夜の仕
事に従事するような者ばかりのようだった。
時刻は夕方だった。西日が差し込んでいて眩しい。龍司は普段とは違う、地味なジャケ
ットとスラックスを着ていた。かけていたサングラスをはずし、気の無い足取りでアパー
トに入っていく。
さびた鉄骨が剥き出しの廊下を、部屋番号を数えながら奥へと進んでいく。結局一番奥
の部屋までたどり着くと、龍司は無意識に視線でインターホンを探し、ふとこんな物件に
はインターホンなど無いことに気付いてノックに切り替えた。
反応はすぐにあった。「どなたですか」という声とともに立て付けの悪そうな扉が開いて
部屋の主が顔を出した。その顔はすぐにこわばったものに変わった。
「よう。瑞希」
「……龍司さん」
その表情からすっと血の気が引いたのがわかった。龍司は構わず扉に手を掛けた。その
ため、瑞希は反射的にドアを閉じようとしたが出来なくなった。
「狭いな」
龍司の第一声はそれだった。
ぼろぼろのアパートは外見の見てくれに違わず、中も相当だった。六畳一間の部屋には
主のまめさからかほとんど物は置かれていなかったが、それでもしみの浮き出た低い天井
や粗末な木板の壁が長身の龍司に圧迫感を与えた。畳敷きの床の上には少しでも敷金を取
り戻そうという試みのあらわれか、安そうな茣蓙が敷かれており、さらに部屋への入り口
にはこれまた安物であろうラグが敷かれている。箪笥やちいさなクローゼットなど生活に
必要な家具はあるものの、それ以外のものは壊滅的に存在しない。それでもよく片付けら
れていて、貧乏生活に慣れてさえいれば居心地はよさそうと思える部屋ではあった。
「テレビも無いのか。つまんないだろ、こんなんじゃ」
「他人の部屋をじろじろ見るものじゃないでしょう」
睨めあげてくる視線を微風のように行き過ぎさせながら、龍司はぐるりと視線をめぐら
せた。床の間もあった。二畳弱といったところだろうか。
ロング袖のゆったりしたTシャツにジーンズといういでたちの瑞樹が釘を刺してきた。
「お茶は出しませんよ。招かれざる客ですからね」
「まともな葉も無いんだろ?要らねえよ」
普段ならば癇に障る憎まれ口だったが龍司は気にせず、客とは思えない横柄な態度で腰
を下ろした。続いて瑞希も向かい合って座る。
「俺がここに来た理由はわかるだろ?」
「……」
「双方にとって、最も良い形での解決方法を模索するためだ」
話を切り出すと、瑞希は案の定冷たい表情になった。
「何の解決?貴方だったらきっとお金のことしか言わないんでしょうね」
「お前、人のこと言えるのかよ」
龍司は眉を上げてその顔を見返した。
「女の癖に男と偽ってうちに潜り込むなんざ、金目当て以外の何でもないだろうが」
「――」
瑞希は大きな目を見開いて口を真一文字に引き結んだ。わかりやすい表情に、龍司は笑
い出しそうになった。それでも瑞希は間だけは置かずに言い返してきた。
「何のことですか」
「とぼけるなよ」
その受け答えはおそらく頭の中で何度もシミュレーションしてきた結果なのだろうが、
顔に出ていてはどうしようもなかった。龍司は硬い声に構わなかった。
「本当に男だって言うんなら証拠を見せてみろ。裸になれとは言わねえよ。二の腕まで
見せればいい。俺にはそれでわかる」
「……目的は何っ」
瑞希の口調ががらりと変わった。言葉遣いだけではない、声音までが男のものから女の
ものに変わったのだ。中性的な声自体はまったく変わっていないのにまるで別人のようだ
った。
それは瑞樹が龍司の言葉を認めたことに他ならなかった。龍司はにやりと笑うと本題に
入った。
「男ってのは嘘だったが、じゃあ血筋はどうなんだ。お前は本当に叔父さんの孫か?」
「本当です。貴方だって知ってるはずです、私の髪の毛と爪で、お爺さまは私を本当の孫
だと認めてくださった」
「ならますます、金目当てってわけだな」
龍司は顎を持ち上げると部屋をもう一度見渡した。瑞希はすっと姿勢を改めた。
「こちらとしてもお話ししたいことはあります」
「女って事をばらして欲しくないんだろ?」
「そうです」
瑞希はまっすぐに龍司を見た。
「昨年祖母が亡くなりました。おじいさまと同じ病気で、それも同時期に発症したのに、
祖母は治療を受けられずに、随分と早く亡くなりました」
「なんだ。財産が欲しいってのは叔父さんに対する復讐か?」
「違います」
即答する。他人の感情を読むのが得意な龍司にも、それは本心のように見えた。
「祖母はおじいさまとの間に母を儲けました。祖母はおじいさまの立場をわかっていまし
たから、おじい様には何も言わず、女手ひとつで母を育てました。でもその母は結婚し私
を生んだすぐ後、父とともに交通事故で亡くなりました。そんなでしたから、祖母と私に
は終始、余計なお金は一切ありませんでした。私はいまだに父にも母にも祖母にもお墓を
立ててあげられていません。それに」
瑞希は膝の上に置いた両手をぎゅっと握り締めた。
「祖母はおじいさまと暮らしたちいさな家をとても大事にしていました。出来ればずっと
手元においておきたいけど、土地だけは借り物なので、その維持費も馬鹿にならないんで
す。祖母が亡くなった上私は就職の関係でこっちに引っ越してきましたから今は宙ぶらり
んの状態で、生活費のことも考えると、私の給料だけじゃどうしようもないんです。もう
何年かすれば維持費すら払いきれなくなってしまう。東京の地価は高騰し続けてるでしょ
う?今買わないと後々取り戻そうとしても無理だと思うんです。今、まとまったお金が欲
しいの」
「墓の土地と石の値段は目算つくが、土地の値段はどのくらいだ?」
瑞希の述べた金額を、龍司はなるほどと聞いた。一等地ではないだろうが、いい土地な
のだろう。結構な値だった。
「叔父さんには相談しなかったのか」
「……」
瑞希は静かにかぶりを振った。
「無駄ですよ。……おじいさまは実のところ、私には興味が無いのだと思います。おそら
く私が本当の子供だとわかったから認めたということに過ぎないんでしょう。仕事先すら
訊かれませんでしたから――就職には性別は偽れないでしょう?」
「随分危ない橋だな。仕事先がばれれば全部終わりだぞ。……いや、叔父さんが何も聞か
ないのであれば俺たちも聞けないな。お前の思う壺だってわけだ」
それでなくても叔父の言葉を鵜呑みにする親族たちだ。自分のように強い興味を持たな
ければこの住所を調べようともしないだろう。叔父が認めれば是、認めなければ否なのだ。
龍司自身は……まあ、毛色が違うので例外である。
「私、営業の仕事ですから、外に出るときはほとんどスーツで通しています。だから大体
の人は男と間違えるわ。でも、おじいさまが少しでも私に興味があるのであれば、とっく
に私の性別なんてわかっていると思います。それに……」
「それに?」
「……なんでもありません」
瑞希は話を打ち切った。龍司に向かい頭を下げる。
「だから、無理を承知でお願いします。私が女であることを、他の誰にも言わないでくだ
さい。それが駄目なら私は相続権を放棄してもいいから、少しでいい、貴方が得た財産を
私にも分けて欲しいの。それもだめと言うならせめて、私が女であることだけは言わない
で」
瑞希を除けば龍司がたったひとりの相続人であるにもかかわらず、瑞希がこんな頼みご
とをするには理由があった。古式ゆかしい大鐘家の女たちは叔父の言葉には無条件で従う
ところがある。瑞希が女だとわかれば絶対に財産の相続はできないだろう。それどころか
ただで済むとも思えない。
そしてここからは十八の少女の考えでは及びも付かないことだろうが、男尊女卑とは社
会的には女にとってマイナスの言葉ではあるが、逆に言えば男が女を保護することでもあ
る。彼女らは古式ゆかしいと同時に社会的な地位に対する意識も薄く、向上心も無かった。
よって、実際には内心財産が欲しい者もいるのだろうが――実は龍司の周囲にも一人いる
――ほとんど一人で身を立てている叔父の庇護に入ってきた立場としては、叔父の決定に
は少なくとも表立っては逆らえない。
龍司に非難の視線が集まらないのは、次の征二郎のポストに就くことがほぼ決まってい
るからだ。龍司は実質的に叔父のあとを継ぐ人間だった。現在すでに叔父の会社で重役を
務めている。
しかし瑞希の言葉振りにはそれだけでない理由があると龍司は直感的に思った。土地を
買うのが目的と言いながら、実際には「女であること」をばらさないでくれと言っている。
龍司は気付かないふりをして言った。
「お前は肝心なことをひとつ忘れてるな」
「え……」
瑞希はきょとんとして龍司の目を見た。
「財産を相続するのであれば、お前も大鐘家に貢献しなきゃならないってことだ。財産を
得たなら、関係者全員からそういった無言の圧力が掛かるだろうな」
「……そんな。でも……」
本当に気付いていなかった様子で呆然とする。これほど古風な家柄もそうは無いから、
若い彼女にとってはまるで思いも付かなかった「家」というものの形なのだろう。
この女の気の強さなら「男として一生家に貢献する」くらい言いかねなかったが、一生
性別を偽り続けるのは不可能だろう。それは彼女もわかっているはずだ。
瑞希はうつむくと言葉を搾り出した。
「龍司さん。先ほどの答えをまだ聞いていません」
顔を上げると真剣な瞳を龍司に向ける。
「私をどうするつもりです?」
それによって身の振り方を決めるということなのだろう。つまり彼女は龍司の気持ちひ
とつに全てを委ねたことになる。――そしてそれでも、彼女の気概の強い瞳は失われてい
なかった。光を持って、じっと龍司を見つめている。
不愉快だった。
「……いいさ。黙っといてやるよ」
一瞬の間をおいて答える。瑞希の目が安堵にふっと緩んだ。そしてその最高のタイミン
グを見計らって、突然、龍司は彼女の両手首を掴んだ。
そのまま押し倒す。細い身体が倒れる軽い音とともに、短い黒髪が茣蓙の上に広がった。
「――」
事態についていけなかったのか、瑞希がぽかんとして龍司を見上げた。彼女の上にのし
かかり、龍司は薄い笑いを浮かべてその顔を見た。
「抱かせてくれれば、な」
「……!?」
瑞希の瞳が見開かれ、次いで『騙された』という怒りの感情が前面に押し出される。そ
の彼女の様は見ていて面白かったが、これからすることで更に彼女を貶めることが出来る
というのはそれ以上に魅力的だった。そんな思惑を知ってか知らずか、瑞希は龍司の下で
慌ててもがいた。
「ちょ……!やめてください!」
「あんまり声出すと聞こえるぞ?壁、薄いだろうしな」
「……っ」
思わず沈黙した隙を付いて、その唇を奪う。
「――!」
瑞樹が目をまん丸に見開き抵抗した。その抵抗にキスを長く続けられず、龍司はすぐに
唇を離した。
「ふざけないで!放してくださいっ」
瑞希はじたばたと暴れた。こうも暴れられてはやりにくい。龍司はいったん手を離した。
瑞希はその下をさっと這い出す。彼女は背中が壁に当たるまで下がると身体を抱くように
して自分の二の腕を掴んだ。
「もう……もう帰ってください!」
わずかに震える声が逆に龍司の嗜虐心を刺激した。無視して立ち上がると大股で彼女に
歩み寄る。ポケットから大判のハンカチを抜き取り、口にくわえた。身をすくめた瑞希の
手首を再び掴む。当然のように抵抗されたが、男と女の膂力の差では結果はすぐに出た。
ハンカチで両手首を後ろ手に縛られた瑞希はせめて脚で龍司をけん制しようと躍起になっ
たが、部屋の隅まで追い詰められ、脚を押さえ込まれると全く身動きが取れなくなった。
「声は出すなよ。わかってるだろうが」
そう言うと、龍司は瑞希のシャツの隙間から手を差し入れた。胸には二つのふくらみを
押さえつけるためのサラシが巻かれていた。そのサラシがするすると解かれていく感触に
怯えたためか、解かれ終わるころには瑞希の腕にははっきりと鳥肌が立っていた。
胸をわしづかみにする。
「!」
びくんと跳ねる瑞希の身体を押さえつけるようにして双丘を揉み続ける。控えめだが弾
力のある胸が手の動きに合わせて形を変えた。
「い、嫌っ」
龍司も知っている上で言ったのだが、ここは瑞希が男として借りているアパートだった。
瑞希自身も大声ではわめけない。抗議の声はかすかなものだった。
彼女は逃れようとしてバランスを崩し、もたれていた壁から床に倒れこむ。ゆったりと
したシャツは既に鎖骨の辺りまで捲りあげられ、剥き出しの胸が西日にさらされて赤く染
まっていた。
馬乗りになり、龍司はもう一度彼女の唇を奪った。今度は逃げられないように顎を押さ
えつける。
「――!んっ、う」
瑞希が呻いた。その唇を舌で割り、顎を掴む手に力を入れて口を開かせる。歯の間から
入り込み貪るように舌を吸い上げると、その度に瑞希は面白いように反応を返してきた。
歯の裏を舐め、歯茎を犯す。口内をくまなく蹂躙してやると抵抗が弱まり、必死に抵抗し
ていた顎から力が抜けていった。その間にも片方の手で乳首を転がし続けると、そちらに
も意識が行っているのかそのつどびくびくと身体を震わせた。
「んっ、くっ、ふ……」
やがて瑞希の口の端から一筋唾液が零れ落ちた。瞳がはたから見てもわかるほどに朦朧
としている。十分に楽しんだ後唇を離すと、彼女の身体は完全に力を失っていた。
「う……あ……」
濡れた唇を小さく動かすと、彼女はやっとそれだけ呻いた。薄く開いた目尻にわずかに
涙が光っている。キスだけで言葉が出ないほどに翻弄されている様子が、経験が無い、あ
るいは少ないことを証明していた。
これならば楽しめそうだ。龍司は身をたわめるとなめらかな肌に吸い付いた。
「ひっ――」
ひきつった悲鳴が聞こえた。暴れる脚を押さえつけ、わざとゆっくり舌を這わせる。わ
ずかに汗の味がして、その質感が舌に伝わってきた。
期待通り、綺麗な肌だった。鎖骨からへそまで抜けるように白く、しみひとつない。今
の女は少女でも平気でキャミソールなど露出の多い服を着ているから、白いしみの無い肌
は希少だ。男の格好をしているのが逆にいいのだろうか。
龍司はふと思いつき、鎖骨に唇を当てた。強く唇を合わせ、思い切り吸う。
「!」
瑞樹が全身をふるわせた。細い脚は龍司の腕力に対抗できず、龍司を止めることが出来
なかった。声も満足に出せず、それが余計に彼女を敏感にしているようだった。彼女は吸
い付かれている間中ずっと身を震わせ続けていた。
唇を離すと鎖骨のすぐ下、左寄りに、赤い花が咲いていた。
「所有権だ」
「――」
瑞希は声をなくしていた。言葉の意味がわかるということは少なくとも知識はあるのだ
ろう。瑞希の目線からはその印は見えなくても、彼女の表情は屈辱と怒りに染まっていた。
「やめて!もう嫌!放してっ」
小さく叫ぶように発話して再び抵抗を始める。逃れようとする小さな身体を、龍司はい
とも簡単に封じた。
「ここまで来てやめられるかよ。それに、いいのか?抵抗して。イニシアチブを取ってる
のは結局俺だ」
自分は彼女の弱みを掴んでいる。それは彼女もわかっている。未だに彼女が抵抗してい
るのは結局今の立場を享受することが出来ないからに過ぎない。できる出来ないにかかわ
らず、彼女は享受しなければならない。それを先延ばしにしている自覚はあるらしく、瑞
希は黙って唇を噛んだ。両肩がかたかたと震えている。きっと睨み付ける視線を心地よく
感じながら龍司は身を乗り出した。
「わかったらおとなしくしてろ。そうすりゃ痛くはしないさ。お前が処女だって言うんな
ら別だがな」
その言葉に瑞希の顔が一瞬凍った。わずかな変化だったが龍司は見逃さなかった。
「おい、本当に処女なのか?」
嘲るように言うと瑞希は頬を紅潮させて押し黙った。目を逸らし、横を向いて表情を隠
そうとしているが、この角度では無駄なことだった。彼女は叫んだ。
「あなたには関係ないわっ」
「ふうん」
笑い、両脚に手を掛ける。
「確かめてやるよ」
「!いやあっ」
叫びを無視してジーンズのファスナーを下ろす。
ちらりと覗いたショーツは流石に女性用だった。白いシンプルなデザインのものだ。
「――――っあ!」
恥辱に顔を逸らしていた瑞樹が厭いの表情で喘いだ。龍司がジーンズの下に手を差し込
んでいた。
龍司はすぐに彼女の中に押し入ることはしなかった。ショーツの外から、触れるか触れ
ないかのところで割れ目に沿って指を動かす。瑞樹が悲鳴を上げなかったのはそのためだ
ろうが、女にとってはある意味自分勝手に強姦されるよりよほどたちが悪い。あくまで女
が抵抗しにくくなるような、じわじわと弄び、ねぶるタイプのやり方だった。龍司はそれ
を理解したうえでやっていた。
「やだ、嫌、放して、放せえっ!」
瑞希は身悶えして龍司を跳ね除けようとした。龍司は彼女の身体に力が入らないよう巧
みに指を使った。時間をかけ、ゆっくりと彼女の身体を刺激に慣らしていく。乾いていた
ショーツが次第に湿り始め、最後にはくちゃくちゃという音が響くようになっていった。
「あっ、あっ、あ」
背中を反らし続ける瑞希の身体が次第に硬直していった。どれだけ嫌だと思ってもどう
しようもないのか、彼女の身体は朱色に染まり、秘密の場所が擦られるたびに何度も何度
も上下した。
「っ、ひ、駄目、だめ、ダメ――」
愛撫に耐えるだけで必死なのだろう、その身体にもう抵抗はない。ただ龍司の指に反応
して身体を振るわせるだけだ。龍司は彼女の絶頂が近い事を察してさらに指の動きを早め
た。生暖かい湿った感触が指先に絡み付く。秘所は今ではショーツの上からでもわかるほ
どはっきりと濡れていた。
「くっ、あっ、あん、あ、あ、あ、あ――――――――!」
龍司から必死に顔を逸らしながら――たぶん達する時の恥ずかしい顔を見られたくない
からなのだろう――彼女は細い悲鳴を上げた。
「――っ……」
悲鳴の後の息を吸う音さえわずかに艶かしい。ふっつりと緊張が途切れたように、その
身体は張りを失い茣蓙の上に落ちた。
彼女は堰を切ったように痙攣し始めた。
「っ、は……あ……はっ」
「随分と早くイったもんだ。まあ、処女ならこんなもんか」
「――嘘……」
天井を眺めて愕然と彼女はつぶやいた。
「嘘、嘘……こんなの嘘」
繰り返しながら身を縮ませる。正気づいたと同時に彼女はぽろぽろと落涙を始めた。涙
は頬を伝って床へ落ちるとちいさな水たまりを作った。
龍司はびくつく肩を押さえ込んで次の段階に入った。ショーツをずらし、怯えた顔を見
せた彼女の秘窟に、彼は今度こそ指を差し込んだ。ぐちゅりとした感触が指を包み込む。
中は狭く、指一本でもきつかった。探るような動きで中を調べ尽くす。
「なるほど、確かに処女みたいだな」
「っ、やめて、やめてっ……」
好きなようにかき回されても、瑞希は先ほどまでのような強い抵抗を見せなかった。過
敏に反応して腰を跳ねさせていても、むちゃくちゃに暴れて逃げ出そうとか、龍司を蹴り
飛ばしてやろうといったこれまでのような気概が感じられなかった。
いささかのつまらなさに龍司は拍子抜けした。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ。噛み付いてくるくらいの根性見せろよ」
瑞希は答えなかった。涙を流しいやいやをするようにかぶりを振る。別人のような瑞希
に、流石の龍司もわずかに困惑した。
「もう少し抵抗されるもんだとばっかり思ってたんだがな」
その腰にまとわり付いたジーンズを一気に引き下ろす。瑞希の身体がびくりと震えた。
柔らかな茂みが露わになり、今度こそ彼女は悲鳴を上げようとしたが、その一瞬前、龍司
の手がその口を塞いでいた。
「ほら、噛んでろ」
たくし上げられていた彼女のシャツを顎を掴んで無理やり噛ませる。足首まで下げたジ
ーンズが彼女の脚の自由を奪っているのを利用してその膝を折らせた。
茂みの下の秘園は随分と苛めてやったせいかじんわりと蜜を吐き出し赤く色づき始めて
いた。一度も使われていないそれ特有の綺麗な色をして、これから受けるであろう暴虐を
予感してふるふると震えている。
「――……」
弱弱しい吐息が聞こえた。見ないで、とでも言ったのかもしれないが、押し込まれたシ
ャツの裾が彼女の言葉を封じていた。顎を掴む手はもうはずされているにもかかわらずそ
れを噛み締め続けているのは、いずれそれが無ければ悲鳴を上げてしまうような陵辱を受
けることを、彼女自身わかっているからだろう。
素直でいい。素直でいい、が――
なにか物足りなかった。
すでに取り出していた自分のモノを一息に突き立てる。
「――――!」
瑞希の白く細い裸体が折れそうなほどに反り返った。剥き出しの乳房がツンと上を向き、
挿入の衝撃に細かく震えた。
狭い膣内は龍司の想像以上に熱かった。締まりもすこぶるキツい。無理やり押し広げて
いるので抵抗が強い。円滑油の入る隙間も無いほど嵌まり込んでいる錯覚があった。
「っ、く……キツいな……」
余裕なく龍司は呻いた。彼がこれまでに合意の上で抱いた女の中にはもちろん処女もい
た。だがそれでもこれほどきつく締め付けてくる女はいなかった。一方的に犯しているた
めなのか、それとも瑞希の中がもともと狭いのか、侵入してきた龍司を逆に食いちぎりそ
うなほどだった。
それでもそのままでは射精することはできず、龍司はゆっくりと動き始めた。瑞希の声
にならない声が耳を打った。
「――――……!――――……」
瑞希の黒い瞳が涙で溢れかえった。彼女が仰け反るたびにかみ締められたシャツが強い
しわを作った。
龍司は腰を揺すりながらその表情を見続けていた。気丈だった彼女の面影は既に無かっ
た。縛られ、半裸にされ、犯されている生々しい姿には、陵辱されプライドを削ぎ落とさ
れた弱い女の表情しか見えなかった。
「……」
突然、龍司は攻め方を変えた。腰を引き、一気に叩きつける。
「!」
突き上げられた瑞希の身体が跳ねるように震えた。二度、三度と突き続けると、激しい
痛みを打ち込まれた彼女はびくりと肩を震わせ、わずかに首を傾けた。
ふとその瞳が龍司を見た。
瞳には痛みによって覚醒したわずかな光がぼんやりと点っていた。嫌悪と怒り。それら
がかすかながら龍司を捕らえ、くすぶるように復活を始めた。
それを見て取った龍司は低い笑い声を漏らした。
「――はは」
衝動的に、瑞希の咥えているシャツをむしり取る。酸素を求め大きくあえいだ彼女に龍
司は言った。
「こらえてみな」
言うが早いか、もう一度激しく突き上げる。瑞希は目を見開き背を仰け反らせたが声だ
けは上げなかった。歯を食いしばり、涙に濡れた瞳で睨み付けて来る。それは明らかな抵
抗の意思だった。
苦しげな、それでも敵愾心に濡れた強い声が耳朶を打った。
「……もう終わり?」
その言葉を聞いた時、龍司の中で何かが爆発した。
ぞくぞくした。自分の中でどうしようもない嗜虐心が頭をもたげ、眠っていた感覚が呼
び起こされていくのを感じた。サディスティックな笑みが唇を彩った。手を伸ばし彼女の
頬に触れる。暴力的な表情とは裏腹にその手つきは繊細だった。
「まさか!」
龍司は行為を再開した。加減も何も無く、飢えた獣のように彼女の中を貪り喰う。何度
も何度も突き上げ、自分の都合の良いように彼女を抉り続けた。
実にいい身体だった。弾力があり、抜けるように白く、陰部は狭く、その上何度突き上
げても強い抵抗を示す。
瑞希の抵抗は、不愉快でありながら、愉快だった。
先程付けた赤い印に指を這わせる。
愉しいと思った。彼女がこれほどまでに自分を満足させてくれるとは思わなかった。彼
女を男と思っていたころには想像も付かなかったが、いまなら彼女に好意を持ってもいい
とすら思う。
愉しさは快感に変わり、彼の背筋を這い登った。血が下半身に集まり膨張していく。抑
えきれずに龍司は言葉を発した。
「出すぞっ……」
かすれた声でつぶやくと、瑞希が痛み以上の嫌悪を顔にうかべて、彼の腕から逃れよう
と暴れた。それすら心地良かった。
最奥まで打ち込む。同時に射精した。
「う、あ―――――」
瑞希が小さく呻いて震える。迸った白い液体が身体の中を汚していくのをどうしようも
ない思いで感じているのだろう。それをこの上なく愉しく思いながら、龍司は自身をいつ
までも彼女の中に埋めたままにしていた。
窓の外を見ると既に夕闇が空を支配していた。
身繕いした龍司がジャケットを羽織り終わった時、瑞希はやっと身体を拭き終え、服を
着始めたところだった。背中に刺さる憎憎しげな視線を楽しみながら身を翻すと龍司は玄
関脇まで歩いていった。
玄関にもものはほとんど無く、玄関の隅に小さな靴の箱がいくつか並べられているだけ
だった。その中を探すと、目的のものはすぐに見つかった。
じゃらりと音を立てたそれに瑞希は目を剥いた。
「ちょっと!」
「貰ってく。スペアはすぐに作らせて、今日中には届けさせるからさ」
玄関の鍵を右手でもてあそんで龍司は言った。
「返してっ!」
素肌にシャツとショーツだけという格好で掴みかかってくる瑞希を軽くいなすと、龍司
はその腰を抱くようにして引き寄せた。
「毎週土曜、この時間。いいな?」
「嫌っ」
即答され、彼が返したものは微笑だった。龍司の腕から逃れられないことを彼女は知っ
ている。龍司にはそれで十分だった。
龍司は瑞希を解放した。そして来週も瑞希がこの快感を与えてくれることに期待しなが
ら玄関のドアをくぐった。
おわり。