「シャケ弁、シャケ弁……っと」  
深夜0時。  
佐伯武志は、いきつけのコンビニでいつものように弁当の品定めをしていた。  
仕事柄、深夜を回ることも少なくない。世界で最初に二十四時間営業の商売を考えた人物には感謝してもしきれない。  
わずかなシャケの大きさやご飯の大盛り加減などを見極めながら、ようやく一つに決めるとレジへ。  
「おんや?」  
武志の視界に、あからさまに怪しい少年が映りこんだ。帽子を深くかぶり、用心深く辺りを見回している。その手に持っているのは、安物のクシ。  
盗む気、まんまんらしい。  
店員を見てみると、相方と楽しそうにお喋りをしている。  
大きめの咳払いをしてみるが、気にも止めやがらない。  
ぼりぼりと頭を掻く武志。  
「めんどくさいな…・・・」  
呟き、もう一度少年を見ればクシは手から消え、代わりに別の小物が握られていた。巧みな手つきで、いろいろとポケットに突っ込んでいる。それも中々巧妙な手つきで、初心者……ではないようだ。  
「ま、現一般市民の俺には関係ないっと」  
武志は手っ取り早くレジで会計を済ませ、コンビニを後にした。  
 
 
コンビニから離れた帽子の少年は、本日の戦利品をポケットから出した。  
そして、深夜だというのに頻繁に通る都会の車の光に顔を照らされながら、誰かを小馬鹿にしたような笑みをみせる。  
と。  
ぐっ、とその腕を掴まれた。  
「窃盗の現行犯だぜ? 少年」  
「よく見破ったな。おれが捕まったの、あんたが初めてだ」  
「親御さんが悲しむだろ。今からでも遅くないから、それ返して謝ってこい。俺も一緒に謝ってやるから。見たトコ、常習犯みたいだしな」  
「ふん。正義気取りの馬鹿な大人か」  
「おーおー、大層な物言いだな。だがこれが俺の仕事なんでな。捜査第三課、盗犯捜査係ってやつさ。せっかくの休みに仕事増やさんでくれ」  
「警、察……っ!?」  
少年は武志の腕を振りほどき、一目散に道路へ飛び出した。  
そこへ、タイミングよくトラック登場。  
「あ……」  
少年、足がすくむ。  
徐々に迫るトラックのライトが、少年を眩しく包む。  
「お、おいおい! なんだそのお約束展開っ!」  
尋問した人間を、目の前で死なせるほど後味の悪いものはない。こうなりゃヤケだ! と、武志は反射的に駆け出した。周囲の光景が、やけにスローモーションになる。  
少年の帽子が、トラックに轢かれた。  
「――っと!」  
武志は少年を腕に抱え、道端に転がった。  
トラックは逃げるようにスピードを上げ、一直線の道路の闇に消えてゆく。  
 
「ふー。死ぬかと思った。俺は一課じゃないんだぞ……にしても、様子見に来るのが筋だろうが。こっちがいくら悪かろうが交通弱者なのは人なんだし、なあ?」  
「……」  
幾分体の小さかった少年はがくがくと震えて、ぎゅ〜っと武志の服の袖を掴んだままだ。  
「……もう大丈夫だ」  
優しく背中を叩いてやると、潤む瞳で見上げてきた。  
むにゅ。  
武志の体に触れた、妙な感触。  
帽子が取れ、月明かりに照らされたショートカットの少年の顔は、多少吊り目で生意気そうだが、男にしてはやけにふっくらとしていて可愛らしい。  
「ん? 少年。おまえ――」  
ばちん!  
強烈な衝撃が武志の頬に伝わった。  
少年はもがくようにして武志の腕から抜け出し、距離を取った。  
武志は頬をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。  
「ったく、助けてやったってのにその仕打ちかよ」  
「これ、なにかわかるか?」  
少年がひらひらとさせているもの、それは財布だった。  
わざわざ確認せずともわかる。アレは、武志のものだ。  
「……はっはっは。そろそろ、温厚な俺も怒るぞ」  
少年は財布の中から免許書を引き抜き、凝視している。  
「佐伯武志。……武志。うん、たけしっ」  
「こらこら、いきなり呼び捨てかよ」  
少年は免許書を財布に戻すと、武志に放り投げた。武志がキャッチしたのを見届けると、少年は視線を逸らしながら言った。  
「今日はおれ、帰らなくちゃいけない。だからまた来週、あのコンビニにこい」  
「はあ?」  
「絶対来い。これ、返してやるから」  
盗品を地面にばら撒き、今度は命令。  
もうわけがわからなかった。  
「あのな、少年」  
「おれの名前は了だ」  
 
「そうか。なら了くん、交渉としてそれはおかしい。これはお前が盗んだものなんだから、お前が返さなきゃならないんだ。本当なら署で補導のところを、心優しい俺は見逃してやろうと言っているんだよ? わかるかい?」  
「では、そういうことだ。来ないとまた盗む」  
「俺の話を聞けっ!」  
べーっ、と可愛らしく舌を出し、了はくるっと踵を返して走り去って行ってしまった。  
「意味わかんねえって……」  
武志は追いかける気力さえなくし、深いため息とともにぼりぼりと頭を掻いていた。  
 
 
翌日の深夜。  
ぼりぼりと頭を掻く。  
また同じコンビニで、またまた不審者を発見してしまった。  
今度は大人しそうな少年だった。少し大きめの学ランを纏い、辛うじて袖から出る手でお菓子を持っている。くるくるっと、ところどころパーマがかっている栗色の髪。くりっとした瞳。動物に例えると、犬のようだ。  
忙しなく顔を動かし、周囲を窺っていた。  
ごほん! と咳払いを試みるが昨日と同じように店員はお喋りに夢中だった。  
(……またかよ)  
ふと、少年と武志の視線がぶつかった。少年は目を見開き、しかしすぐに逸らした。  
横目で少年の動向を見守っていると、不器用な手つきでお菓子を学ランの中へ隠していた。窃盗は、初心者らしい。  
「そうだ。俺には関係ない関係ない……」  
昨日、犯人には逃げられたと称した窃盗品を返しに来た件でこのコンビニとはかなり気まずい雰囲気になってしまっているのだ。これ以上、近場のコンビニと気まずい関係にはなりたくない。  
武志は手っ取り早くレジで会計を済ませ、コンビニを後にした。  
 
 
「窃盗の現行犯だぜ? 少年」  
デジャヴを感じながらも、武志は少年を呼び止めていた。  
「あ、わ、あの……」  
昨日の生意気坊主とは違い、彼はかなり狼狽していた。  
「す、すみませんでしたっ!」  
声が上ずっている。  
「いや、俺に謝るんじゃなくてな、きみが謝るべき相手は他にいるだろう?」  
「こ、こここれっ! お、お返しします!」  
「だから」  
「じゃ、じゃじゃ、じゃあ、ぼくはこれでっ!」  
慌てて逃げ出した少年だが、どんっ、と誰かに衝突してしまった。  
そのお相手は、見るからに「そっち系」の方。  
はわわ〜、とおびえた声を出しながら、少年は既に胸倉を掴まれて持ち上げられている。  
「……やれやれ。またお約束」  
武志は頭を掻きながら、三人組の「そっち系」の方々に歩み寄ってゆく。  
「あのー、すいません。そいつ、俺の連れでして。離してやってくれませんかねえ。まだ子どもじゃないっすか。ね?」  
問答無用に、殴られた。  
少年がなにか口走ったが、武志の耳には届かなかった。ここ数日のイライラを、一気に爆発させるチャンス。  
切れた口の中から血を吐き出すと、武志はにやりと笑った。  
「正当防衛。自己または他人の権利を防衛するためやむを得ずする加害行為。刑法上は処罰されず、民法上も不法行為としての賠償責任を負わない……って、習ったよな?」  
一通り暗唱して、殴りかかった。  
 
「ふー、スッキリした」  
「あ、あの。ありがとう、ございました」  
「気にするな。俺もいい憂さ晴らしになった」  
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、恥ずかしそうに俯く。  
昨日の坊主もこれだけ素直だったらなー、と武志は心の中で呟き、最後にぽんぽん、と軽く少年の頭を叩いた。  
「じゃあな。盗んだものはちゃんと店に返しとけよ」  
「あのっ! ……お、お名前……教えて……くれませんか?」  
名前を教える必要があるのは、また出会う機会のある場合だけだ。  
ひらひらと横に手を振ると、少年に背を向けた。  
「ぼ、ぼくの名前、晶っていいます! ほ、ほんとに、ほんとにありがとうございました!」  
深くお辞儀しているであろう少年に、我ながらいいことしたなー、と一人自画自賛しながら武志は帰路についた。  
後に喧嘩したときに財布を落としたことに気付き、えらく凹む羽目になるのだが。  
 
六日後、深夜。  
 
連日の徹夜で、へとへとになった武志はベッドに倒れこんだ。既に日にちの感覚はなくなり、眠気で思考が働かない。  
ようやく眠れる……。  
そう思った矢先、チャイムが鳴った。  
当然、無視。  
けれどチャイムは連続で鳴り続け、更にドアを激しく叩く音。もはや騒音に近い。枕を上からかぶっての防音は意味を成さず、武志はベッドから起き上がると、どすどすと大股で玄関まで歩き、勢いよくドアを開けた。  
「……んー?」  
そこに突っ立っていたのは、仏頂面の……確か、了と名乗った少年だ。  
「絶対こいって、いったのに」  
武志は呑気に大欠伸をしつつ、脳をなんとか回転させる。そういえば、ちょうど一週間目だった。  
了はかなり拗ねているようで、下唇を噛み、武志を上目遣いに睨んでいる。  
「って、どうしてお前がこの場所知ってんだ?」  
「前、免許書見た。……この、大嘘つきめ」  
たった一瞬の間の面識しかないクセに、なんたる言い草。  
「約束した覚えはないしなあ。生憎、俺だって暇じゃないんだよ。とにかく今の俺は死ぬほど眠い。さ、帰った帰った」  
しっしっ、と手で追い払う。  
了は真剣な表情で武志を見つめたまま、  
「ちょっと、確かめるぞ」  
「は? なにを――」  
いきなり、抱きついてきた。  
不意打ちのタックルに武志のバランスは崩れ、そのまま後ろにすっ転んだ挙句に後頭部を打ち付ける。  
「ぐはっ!?」  
「やっぱりだ……どきどきする。信じられない……」  
ぴくぴく痙攣する武志をよそに、夢見心地の了は武志の匂いを堪能するかのように顔を左右にぐりぐりと押し付け、強く、強くすがり付いていた。  
 
「退け……」  
「ん。照れているのか、武志。安心しろ。おれも、なんだかすごく、照れくさい」  
「だあああっ! そうじゃない! 退けってんだよ気色悪い!」  
ぴったりと親に抱きつく小猿のようにくっつく了の体を無理矢理引き剥がし、武志はわさわさと後ずさった。  
「……武志」  
男にしておくには勿体ないほどに整った顔が、悲痛に歪む。  
罪悪感がちくちくと武志の胸を痛めつけるが、あまりに理不尽なのは了なのだ。それに、深夜のマンションで騒ぐことほど住人の迷惑になることはない。  
「生憎だが、俺は男に興味はないんだ。お前を構ってやる暇もない。どっか他当たってくれ」  
「ああ、問題ないぞ。そのことなら――」  
了の背中を押し、強制退去させる。無駄なあがきを見せるも、武志の力には敵わない。  
「悪いな、了くん」  
外に放り出すとドアを閉め、鍵を掛けた。  
 
しばらくはドアを叩き続けていたが、ようやく諦めたのか音はしなくなった。  
(やっと、眠れる……)  
ベッドの柔らかさに身を任せ、武志は至福の睡眠へ落ちていった。  
 
ゆさ、ゆさ。  
「ん……むぅ」  
心地よい、揺れ。  
ゆさ、ゆさ。  
「うぅ……ぐぅ」  
ゆさ、ゆさ。  
「すぅ……ぴぃ……」  
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさささささ。  
「んごっ!?」  
心地よい揺れは突如として震度六強の地震へ変わり、武志はベッドから飛び起きた。  
「あ、やっと起きてくれました」  
「……」  
ぼりぼりと頭を掻き、脳の覚醒を待つ。  
「きみ、は」  
ちょこんとベッドの上に正座していたのは、確か……晶と名乗った少年だ。  
「おはようございます。もう朝ですよ? ほら、今日もいい天気です」  
晶がカーテンを開けると、眩しいぐらいの太陽の光が部屋に差し込んでくる。ちゅんちゅん、と小鳥のさえずりも聞こえ、実にすがすがしい朝だ。  
「はい、これ。コーヒーと、あと冷蔵庫借りて軽い朝ごはん作っちゃいました。冷めないうちにどうぞ」  
「お、ありがとう。気が利くね」  
コーヒーは苦くもなく甘くもなく適度な味で――ぶーっ! と勢いよく吐き出した。  
「わ。駄目じゃないですか。後片付けが大変……」  
「な、な、な……っ!」  
震える指先で、晶を指す。  
「き、きみっ! きみは!?」  
「はい? ぼくがなにか?」  
「どうしてきみがここにいるんだ!」  
 
「あ、はい。これっ」  
晶が手渡してきたのは、一週間前に落とした武志の財布だ。  
「あの、これ、前に落としましたよね? だからぼく、いつか返さなきゃと思ってたんですけど、中々その機会がなくて、それで、お礼も兼ねて今日お邪魔したんです。学校行く前に」  
言葉もない、とは正にこのことだ。  
「でも、ぼくがチャイム鳴らしても武志さんちっとも出てくれないから、勝手に入っちゃいました」  
てへへっ、と愛嬌のある笑顔。  
武志ははっとした。  
「鍵は? ちゃ、ちゃんと掛かってたはずなんだけど」  
「ぼく結構手先が起用で、鍵とかなら簡単に外せるんです。ほら、早く食べてくれなくちゃスープも冷めちゃいます」  
「……」  
(意味が、意味がわからん。なんなんだ? なんなんだこの子は? なにが目的なんだ?)  
唖然としている武志を尻目に、晶はにこやかにスープをスプーンにすくい、口に近付けてくる。  
そこへ。  
「たけ、しぃ〜〜〜〜〜っ!」  
ドアを蹴破り、器物損壊罪を犯して部屋に乗り込んできたのは、了だった。  
衝撃の揺れで、スープが武志の服の中にダイビングする。  
「うゎちぃっ!」  
「武志ぃっ。ひどいぞ。おれの話を最後まで聞かないうちに……む?」  
「え……?」  
二人の不法侵入者は、互いを見つめ合う。  
「晶?」  
「ね……兄さん!?」  
やたら熱かったスープに一人悶え苦しむ武志を挟み、意外な場所での再会に、二人は固まっていた。  
 
勘弁してくれ、と武志は誰にともなく呟いた。  
腕を組み、しかめっ面の了と、俯き、もじもじと忙しなく指を動かしている晶。  
「ここ最近、様子がおかしいと思ったらそういうことだったのか、晶」  
「兄さんだって、様子おかしかったくせに……」  
「ふふ……おれに口答えするとは、えらくなったものだな」  
なにが悲しくて、男同士の修羅場に遭遇しなきゃならないのだろう。二人揃ってかなりの容姿端麗だが、残念なことに武士にそっちのケはない。そもそも、了は見たところ十六、七歳。晶はそれより更に年下のはずだ。  
「武志と最初に出会ったのは、いつだ?」  
「先週の、木曜日……だけど」  
「勝った。おれは水曜だぞ。ということで、早いもの順だ。おまえが諦めろ」  
「た、たった一日違いじゃないか!」  
「あれから初めて、大丈夫そうな相手を見つけたんだ。ここはおれに譲ろうとは思わないのか?」  
「ぼくだって同じだよ! これだけは譲れないもん!」  
武志の意思は無視に、話は進んでいる。  
「あー、きみたち。お取り込み中悪いんだが、この際はっきり言っとく。二人の需要は俺にはない」  
「「……」」  
訪れる静寂。  
のどを掻きむしりたくなるような非常にきまずい雰囲気が辺りを包む。いや、しかしこれは大前提であって、これが尊敬だの信頼だのの類だと助かるのだが、どうやら別の感情を持つらしい二人には諦めてもらう他はない。  
やがて、了が口を開いた。  
 
「……確か、武志は男が嫌いだったな」  
「嫌いなわけじゃないが、俺の恋愛の対象ではないことは確かだな。もういいだろ? 帰ってくれ。きみたちは法律を犯してるんだぞ?」  
了と晶は再び見つめ合い、それぞれが身に纏っている学生服に目を落とした。了は男物のブレザーで、晶は学ランだ。  
「晶、どれだけおれが本気か、おまえに見せてやる」  
「ぼ、ぼくも本気だもん!」  
「二人とも、人の話を聞かないプロだな……」  
頭を悩ませる武志を横目に、二人は同時に自らの学生服に手をかけ、そして一気に脱ぎさった。  
上半身が露になる二人の身体。  
太陽の贈り物、日に焼けた健康的な肌の了。対するは、雪のような白い肌の晶である。晶の方は、なにやら胸にサラシを巻いているようだった。  
(……今度はいきなり脱ぎだして、なにがしたいんだ?)  
晶は恥らいを見せながらも、するするとサラシを巻き取ってゆく。  
ぷるん、とそのサラシの呪縛から解き放たれたのは、二つの柔らかそうな膨らみ。緊張の面持ちの晶の呼吸と一緒に、ふるふる震えている。  
「え、な、なに? き、きみ……」  
晶の性別に気付いたとき、慌てて武志が顔を背けた。  
「は、ははは。び、びっくりしちゃいました、よね? え、えっと、これにはいろいろ事情がありまして……」  
頭が更に混乱する。男だと思っていた人間に、それもあまり面識のない人間に、その上不法侵入者の人間に、唐突に女の子になられても、困る。なにも言いようがない。  
武志が顔を背けた先には、同じく上半身裸の了がもじもじと恥ずかしそうに立っていた。  
しかし、身体に丸みはあるものの、これといって特に変わった点は見られない。  
「な、なんだ? まさか、お前にもなにか秘密があるってのか?」  
「た、武志! お、お、おまえ、おまえの目は節穴か!?」  
了は必死になにかを主張しようとしている。心なしか、胸を突っ張っているようだ。  
武志は、目を凝らして了の胸を見つめた。  
「う……。そ、そんなに、見るな」  
顔を真っ赤に染めている了の胸には、本当に、本当に申し訳ないていどに、わずかな膨らみがある。  
「こりゃ大変だ。了くんの胸、そこそこ腫れてるじゃないか。そういえば、助けたときにおかしいと思ってたんだよ。俺の家なんかに来るより、さっさと病院行ったほうが――」  
了の拳が腹にめりこみ、ぐふぁと情けない声を上げて武志は地べたに沈んだ。  
「ド近眼め。生物学的に言えば、おれも女だ。……バカ」  
 
とりあえず、晶が用意してくれた朝食をもしゃもしゃと頬張りながら、互いをけん制している目の前の少年たち――もとい、男子学生服の少女たちを観察する。  
「うん。うまいよ」  
武志の一言に、ぱあっと晶が顔を明るくした。  
武志の一言に、むすっと了の顔がむくれた。  
「武志に料理を作るなんて、ずるいぞ。……それはともかく、どうしておまえが盗みなんてしようとしたんだ」  
「兄さ、じゃなかった、姉さんが盗みをしてとっても嬉しそうにするなんて初めてだったから、なにか、あったのかなって思って……」  
「ではあれだな。武志と運命的な出逢いをしたおれのおかげで、おまえも武志と会ったわけなのか」  
「ぼくも、十分運命的だったもん」  
「ふん。悪いことは言わない。武志は諦めろ。小さい頃から、なにかを賭けた勝負ではいつもおれの勝ちだったろう。今回もそれは変わらない。おれが勝つ」  
朝食を食べ終わり、一息つくと武志は立ち上がった。  
「さて、きみたち。俺と一緒に警察行こうか」  
二人は目を丸くした。一体何の冗談を、という表情だ。  
「きみたちがなんの経緯で男装してるなんてのは、赤の他人の俺が聞けることじゃないし、聞くつもりもない。それに、興味がない。それよりも今の会話から、常習犯だってことがはっきり分かった。見過ごした俺が甘かったんだな。社会の常識ってやつをそこで教えてやる」  
了と晶の手首を掴むと、武志は無理矢理引き摺り始めた。  
「ま、待ってください。け、警察なんて、そんな、行きたくない。警察なんか、嫌いです!」  
「そういえば晶くんは知らなかったっけか。俺、刑事」  
「え!?」  
いささか、失望の声色だった。  
「知ってたの? 姉さんは……」  
「ああ。……武志、離してくれないか。おれ、武志に頼みがある」  
「そりゃ無理な相談だ」  
「そう、か」  
 急に、武志の世界が反転した。  

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