…………あつがなつい  
 
照りつける遥か真夏の太陽の下で、俺は今日も謎の健康商品を売っている。  
えー、この器具を使って、こう腕を伸ばせばこの上腕二等筋?  
ええと、そんな普段使われない筋肉が伸びて、ほら伸びて、あなたも一週間でマッスル、可愛い女の子にもモテモテモテ!  
今日まで部屋の隅で夜三時に三度目のオナニーに勤しむ三十路のヤバイあなたも!  
そうこれを使うだけでピッチピチのナウい女子中学生をゲット! あっ、それってヤバイ犯罪! スケベッ! リトルビッチ!  
どうですか、大将?いりませんかそうですか  
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは  
はははははははははははははははははははははははははははうあwwwwwうえwwwwwおほwwwww  
                みwなwぎwっwてwきwた  
 
…………とこんな風におよそ四時間、炎天下の駐車場でずっと立ち尽くしながら訳の分からない商品を売りさばこうとしているわけである。  
勿論、売れるわけがない。  
そんなこと、最初に考えれば分かる筈だった。  
だけど、まあしょうがないこともある。  
これはしょうがないことなのだ。  
世の中には真理がある。朝目覚めたらおはよう、と言い、夜眠るときはおやすみなさい。  
飯を食わないと餓死するし、水を飲まないと干からびてミイラになる。  
そしてすべての生き物は酸素を吸いこみ、二酸化炭素を吐きだす。  
この身体は影を追い抜くことは出来ないし、影は決してこの身体から離れることはない  
それと同じことなのだ。俺がこの炎天下の下で謎の健康商品を売りさばくのも。  
…………そう全ての理由は、俺は貧乏だからだ。  
 
「…………………えぐっ、ひぐっ」  
俺が人通りの少ない平日昼間の商店街に張り上げるそのとき、真後ろからすすり泣く声が断続的に聞こえてくる。  
振り返ると地面に太股をぺたんと貼り付けた、まるで可憐な少女のような背の低い女の姿がそこにはあった。  
すると思わずその細い肩をびくりと震わせ、口元までたれた鼻水を一気に吸い上げた。  
ずずずという濁音が下品。よく整った顔を台無しにしているように思える。  
ああ、小顔のくせに広いおでこに反射してくる光が眩しいなあ、おい。  
その華奢な腕でこすってもこすっても溢れ出てくる涙のせいで真っ赤になった目を虚ろに見開き、俺の伴侶である一子(いちこ)は小さく呟いた。  
「………………ごめんなさい、あたしのせいですよね旦那様。あたしがこんなやり方でお金稼ぎができる、なんて思わなければ。」  
楽して年収八千万! あなたも今すぐご応募を!」、  
なんて明らかにマルチ商法まがいの怪しい広告に興味を持ち勝手に電話で申し込みをしなければ、こんなことは防げたはずなのだ  
…………しかしなけなしの金でSPA!を買う俺も同罪なのだが。  
そんなこんだで段ボール20個分届いた謎の健康商品。  
「これは何だ? 」と尋ねれば「愛の貧乏脱出大作戦です! 」と親指を立てながら答えになってない答えを返す一子。  
 それを聞いて呆れたというか悲しくなったというか、立ち尽くす俺の姿を見て一子が首を傾げた姿がやっぱり可愛かったのはここだけの秘密だ  
 
「はあ………」  
 
深く溜息をつきながら灼熱のアスファルトに顔を埋めながら泣き叫ぶ一子の肩に手を置く  
 
「別に良いよ、重なりに重なった借金が増えただけだ。気にはしてないよ。」  
 
そう、2500万の借金に数十万重なるだけだ。うひゃ、すげえ。安田にも勝てる気がする!  
……………そこそこの名家に生まれた俺は本当はこのまま何不自由なく暮らすはずだったのだ。  
当然のように名門私立幼稚園に通い、当然のように小中高大名門エスカレーター式学校に入学し、そこで当然のように特待生の地位を手に入れ、当然のように有名企業に就職し、当然のようにエリートコースを歩む筈だった。  
それがなんだ! 突然道を誤り、22歳でポテチの輪っかみたいなやつを婚約指輪に結婚し、  
訳も分からないまま突然家に押しかけてきた謎の男から連帯保証人に大抜擢され  
膨大な借金とともに熱い炎天下に謎の健康商品を売りさばく俺。  
ここまで急転直下な転落人生があるものなのか。いや、ない。ぜったいになうい。ぐっ、思わず噛んだ。そうありえない。ありえないのだ  
今も俺以外の家族は安定した収入の元、幸せな生活を送っているし、友人は俺の転落人生をあざ笑うかのように優等生ライフを送っているではないか!  
   
そう、すべての現況は…………  
 
「……………旦那様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
 
40度に近づくほどの暑さの中、延々と大声を張り上げ立ち尽くした俺に容赦なく鳩尾ダイブしてくるこいつだ!  
 
「ああっ! やっぱり私旦那様で良かった! ごめんなさいいつもダメな私でだっていつも迷惑かけてばかりで私がバイト先にせんべい持って行ってドジしちゃって  
 お店の棚倒して高そうな壷とかお皿とか全部ダメにしちゃってバイトクビになっちゃったり  
 猫拾ってきちゃったりバナナの皮で転んで壁に頭ぶつけて壁壊しちゃって隣の部屋まで穴開けちゃったり  
 私がええと、ほら…………ええとえっちというかボーイズなサイトっていうかそんなの回っちゃって間違えて卒業論文のデータ消しちゃって  
 そのまま決まりかけていた内定もパアにしちゃったりドジな女でごめんなさい!  
 でも私ご主人様で………えと,間違えた旦那様で、私ご旦那様で、そう旦那様と出会えて幸せに、幸せに……………  
   
 う わ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あああああああああああああああああああああん!!!!!」  
 
  ――――――――― そう奥様は貧乏神だったのです。  
  …………………………………………………このまま死にたい  
 

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