「ふ〜っ。やってられっかよ、バカヤロー」  
神社の社に座り込み、悪態をつく。酒が俺の態度を大きくさせていた。  
 
一流のミュージシャンを目指して上京したはいいが、そう世間は甘くなかった。  
バイトを掛け持ちながら、街角で歌ったりもしていたが反応は今ひとつ。  
志をともにしていた友人も、家業に就くと去っていった。  
東京を諦め――いや、見切りをつけた俺は地方に目を向けることにした。  
今は旅をしながら、あちこちの街角で歌い、日々の糧を得ている。  
 
傍からはよく、『自由に生きてますね』と言われる。  
冗談じゃない。俺が目指したのは、こんなどん底の生活じゃない。  
そうさ、俺が目指しているのは………  
 
元々が酒に強いとは言えなかった俺は、上京時の唯一の荷物にして最大の宝物、  
愛用の中古のギターを抱きしめながら、いつしか深い眠りについていた――  
 
「もしもし。あなた、こんな所で眠っていたら、風邪を引きますよ」  
「ん〜? っせえなあ。関係な…な?」  
不意に肩を揺すられて目を覚ます。  
まだ酔いが残っていた俺は、反射的に悪態を吐こうとして……固まっていた。  
目の前には、女性が心配そうな顔で俺を見つめていたからだった。それも、ただの女性じゃない。  
 
――整った顔立ち、月の明かりにキラキラと反射する、腰まで届く長い髪の毛、  
それに何だか古式な、それでも俺の目でも高そうに見える和服姿――  
 
「あの…その……えっと……………巫女さん?」  
その姿に見とれていた俺は、一気に酔いが醒めるのを感じ、ぽつりとひとことつぶやいた。  
「ふふっ…。わたくしは巫女ではありませぬよ」  
口元に手を添えながら微笑む、悠然とした姿に胸が高鳴る。  
巫女で無かったら……何者なんだ?  
「あらあ? あなたも、楽器を嗜まれるのですか?」  
「え、ええ、まあ……へえっくしん!」  
訝しげに見つめる、俺の視線を気にするでもなく、隣に置いてあったギターを見て、明るい声をあげる。  
俺は彼女の正体を図りかねて、曖昧に答えながら…寒さのあまり、クシャミが出た。  
 
「あらあら、……今日は風神が張り切ってますからね。  
どうでしょう。いろいろとお話も聞きたいことですし、中に入りませんか?」  
天を見つめながら、何事かつぶやいたかと思うと、彼女はあろうことか、社の扉を開けて微笑む。  
「いや…それは……ちょっと…」  
思わず口ごもってしまう。正直、彼女の申し出はとてもありがたいものだった。  
だが、ここの宮司さんに野宿する条件として、社の中には入らぬようにと注意されていた。  
根無し草として暮らしている以上、周りに迷惑を掛ける行為だけは慎まなくては……。  
「貞晴が言っていたことですか? 大丈夫、お気になさることはありませんよ。  
わたくしも、今宵は話し相手が欲しいと思っていたところですの。さあ、どうぞ……」  
「は……い……」  
扉を開いたままの姿勢で、にっこりと微笑みながら彼女が言った。  
その微笑みを目にしたとき、俺は何かに操られるように立ち上がり、  
フラフラと彼女に導かれるままに、社の中に入っていった――  
 
「よい…しょっと……」  
「……え?」  
社に入ると、彼女はスタスタと神棚に向かい、そこからお神酒を取り出す。  
突然の行動に、俺は止める暇も無く、ただぽかんと口を開けていた。  
そんな俺を横目に、手近にあった杯にお神酒をあけている。  
徳利からトクトクという、何ともいえない音が聞こえてくる。  
「……さて、まずは駆けつけ三杯。中身は多少強めではありますが、ね」  
「え…。そ、それは……」  
杯から酒が溢れそうになったとき、彼女が顔をあげ、にっこりと微笑みながら言った。  
俺は思わず顔をひきつらせながら答える。  
社に上がり込むに飽き足らず、あまつさえお神酒にまで手を出しては、さすがにマズイ。  
宮司に怒られるどころか、バチまで当たってしまいそうだ。  
「あらら、あなた下戸だったのですか。それならば仕方ありませんね」  
「わ、わわわっ」  
何を勘違いしたのか、彼女は杯を手に取りながら自分の口元へ運ぼうとする。  
俺が飲まなくても、彼女が飲んでは意味が無い。慌てた俺は彼女から皿をとりあげた。  
 
「な、何をなさるのですか…? ……まさか、下戸と呼んだのがお気に障ったのですか?  
……それは申し訳ございませんでした。勝手に決めつけてしまいまして……」  
「あ…いや、そうでなくて、さ……。さすがに見つかったらマズイ、って意味だよ…」  
彼女は、怪訝そうな顔で俺を見つめたかと思うと、  
何かに気づいたように身を竦め、いきなり土下座しだした。  
俺は慌てて彼女の面を上げさせながら、しどろもどろに言った。  
「………? 見つかったらまずい? 一体、何がでしょうか? まさか、貞晴のことですか?  
さっきも言いましたが、貞晴の言ったことなぞ、気にする必要はありませぬよ」  
「えっと…その……。はい、飲みます」  
眉をひそめ、多少怒ったような仕草を見せる。  
その美しい表情にドキリとしながらも、その裏に何とも言えない感情を感じ取った俺は、  
覚悟を決めて、一気に杯の中身を飲み干した――  
 
――10分後、再び酔いが回って態度がでかくなった俺は、彼女に向かって管を巻いている。  
彼女は迷惑そうな顔ひとつせず、お酌までしながら俺の話を聞き続けてくれていた。  
 
ちなみに彼女、名を沙羅といい、この社に祀られている弁天様らしい。  
………なんてのは、まったく信じていなかった。どうせ、宮司の娘か何かだろう。  
だが、こんな宴の場所で、それを指摘したりするのは野暮のすることだ。  
どうせ、明日になれば醒めてしまう。ならば、彼女の話に乗ってやるのが粋というものだ。  
 
「だがな……一緒にいた仲間は、諦めて家業を継ぐとかっていなくなっちまって……  
んぐ…ぐ……ぷはあっ、にしても美味いねえ、この酒」  
「あ…はいはい、お代わりですね。たくさんありますので、どんどんどうぞ……」  
杯が空になったのを見て、またお酌する沙羅。だが…それにしても、だ。  
「なあ、何でこんなにたくさん酒があるんだ、ここ? 何かのお祭りだった?」  
「……ああ…実は今日は、飲み友達が来る予定だったので、ご用意していたのですが、  
当日の今日になって、いきなり来ることができなくなったと。まったく、あのバッカ……」  
「ふうん。じゃ、今日はその友達の代わりに飲むよ。どんどん持ってきて〜」  
俺の疑問の声に、眉をひそめて話し出す沙羅。だが、口汚い言葉を吐きそうになったので、  
無理矢理言葉を遮った。何だか、彼女の口からそういう言葉は発して欲しくなかった。  
「ん〜……。ま、いいです。わたくしもお手伝いします。どんどん飲みましょう!」  
「さんせ〜い!」  
沙羅は、何か言いたそうな顔をしていたが、吹っ切ったように顔をぱっとあげて杯を天に掲げる。  
それを見た俺は、自分が持っている杯を一緒に掲げて、カチンと打ち鳴らしながら答えた――  
 
 
「それでよ……家業を継ぐ、と言った時にヤツが言ったのよ。  
『お前さんも夢から覚めろよ』とな。ふざけるんじゃねえよ、まった…?」  
「まあまあ。愚痴を言っていても、始まりませんことですよ?  
それに…いつか芳樹様にも、ふさわしいお相手が現れるでしょう。  
今は、その時に向けて精進すべき、だと思いますよ?」  
「ん…。そう…かもな……」  
俺が十数回目の友人の悪口を言おうとしたとき、沙羅は俺の唇を人差し指で優しく押さえながら言った。  
いつもなら、「オマエに何が分かる!」とか言い返してたと思うのだが、  
何故か沙羅のその優しい目を見つめられると、素直に頷いていた。  
「ところで……これが芳樹様の楽器ですね。…ちょっと拝見。  
………うわ…随分と変わった形の琵琶ですね……。近頃の琵琶は、こういう形なのですか…?」  
「おいおい沙羅ちゃん、それは琵琶じゃないよ、ギターよ、ギ・タ・ー」  
話題を変えるように、俺のギターを手に取りながら沙羅が言う。おいおい、ギターも知らないのか!?  
俺は彼女の世間ズレしたセリフに、呆れるように答えた。  
「ぎたあ? ふうん、最近は名前も変わってしまったのですか……」  
「いや、そうでなくて、さ。琵琶とギターは別物だよ。…ま、弦楽器としては仲間なんだろうけれど、ね」  
再びボケる沙羅に、俺は突っ込みを入れた。………普通、琵琶よりギターの方がメジャーだろ……。  
「そう……ですか…。それでは…見比べてみましょう……」  
言うや否や、沙羅は俺の手にギターを返すと、おもむろに立ち上がり、神棚の奥へと消えていった。  
だ…大丈夫か? 足元フラフラだぞ……。もっとも、手を貸すこともできないくらい、俺もフラフラなのだが。  
 
「ふ〜う…お待たせしましたあ」  
しばらく後、ヨロヨロよろめきながら再び姿を現した沙羅は、その手に大きな琵琶を携えていた。  
一見して高価そうに見える琵琶。だが沙羅が手にしていると、まったく違和感がない。  
それどころか、まさに沙羅の為にあるような琵琶だと思えてしまう。  
俺はしばし、琵琶を抱えた沙羅の姿に見とれていた。が、  
「さて…これが琵琶ですが……言われてみるとちょっと違いますねえ…」  
「ぜんっぜん違うっ」  
沙羅の言葉に我に返り、再び突っ込みを入れる。  
――そういえば、琵琶を見るのは初めてだっけか―― そう思いながら、俺は琵琶を眺める。  
 
弦を調整する部分は後ろに曲がり、ネックが極端に短くて、その分ボディが長い。  
さらにギターと違い、サウンドホールも無かった。  
 
「なるほどう……。それでは、ぎたあをお借りしてよろしいですか?  
どんな音を奏でるか、試してみたいですう……」  
「あ、ああ」  
沙羅はとろんとした目でギターを手に取り、歌うように俺に語りかけてくる。  
その声に、まるで操られるように俺は頷き、ギターを手渡した。  
「ええっと……撥は…ありますかあ?」  
「ん? 撥…っていうか、ギターにはこれを使うんだな」  
頭をゆらゆら揺らしながら、沙羅は俺に向かって手を突き出す。  
俺は人差し指をちっちっと振りながら、沙羅に向かってピックを放った。  
「な…なんですかあ? これはあ?」  
「ああ。それはピックと言ってな、ギターの弦を弾くときにはそれを使うんだ。分かった?」  
「なるほどお。お琴の爪みたいなものですねえ。…………それでは早速」  
沙羅は、受け取ったピックをまじまじと見つめていたが、俺の説明に納得した様子だった。  
そしてその直後、まるで酔いが醒めたかのように、ピシリとギターを構え、軽く爪弾きだす。  
俺は、楽器を手にして様子が一変した沙羅の姿に驚き、  
また彼女の演奏に聞き惚れ、一気に酔いが醒めていく自分を感じていた――  
 
「ううん。やはり琵琶とは違いますねえ。慣れないことはするものではないです」  
演奏が終わり、沙羅は舌をペロリと出して、頭を掻きながら謙遜の言葉を述べる。  
俺は沙羅の見事な演奏ぶりに、拍手はおろか、声を出すことすら出来なかった。  
あまりに見事すぎて、沙羅の言葉が嫌味に聞こえた、かもしれない。  
だが…だが沙羅の演奏は、そういう邪念を軽く吹き飛ばすほどに見事だった。  
 
――人が真に感動したときは何も言えず、何も考えることすらできない――  
誰が言ったか知らないが、この言葉が見にしみていた。  
 
「……どうしましたか? やはり、止めておけばよかったでしょうか?」  
「え!? い、いいや…何と言っていいのか……。信じられないくらい、見事だったよ……」  
何も言わない俺の顔を覗き込みながら、沙羅が問い掛けてきた。  
はっと我に返った俺は、しどろもどろになりながら、ありきたりな感想を述べる。  
いや、上手く表現させることなど出来ない、とでも言うか……。  
「ああ、よかった。それでは…今度は、芳樹様の番ですね……」  
「ええ? お…俺? ううん……。参ったな…酔っているから、まともに歌えるかどうか……」  
ほっと溜め息をついた沙羅は、ギターを俺に差し出しながら言う。  
俺は頭をボリボリ掻きむしり、答えた。正直、酔いはほぼ醒めている。  
だが、あんな見事な演奏を耳にしたあとで、弾くことなんてできやしない。  
まさに、格の違い、を肌で感じることになってしまう。  
「……大丈夫ですよ。演奏を奏でるのは、技術ではありません。心です」  
そんな俺の心を見透かしたかのように、沙羅が口を開いた。  
「ここ…ろ…」  
「そうです……。その歌が、どんなに技術的に優れていようと、どんなに立派な楽器で演奏したとしても、  
心が伴っていなければ、相手に感動をもたらすことなど、できようはずがありません。  
逆に、心さえ伴っていれば技術や楽器など、どのようなものでもいいのです」  
沙羅は俺のつぶやきに、にっこりと微笑みながら頷き、優しく諭してきた。  
俺はその言葉に、心の中で何かが吹っ切れたように感じ、ギターを構えて立ち上がった――  
 
「う…ん……。あなたの…心が…流れて……きます…」  
俺が演奏をしてしばらくのち、沙羅の様子が目に見えて変わってきた。  
顔は赤く上気し、両腕で肩を抱きしめながら、ブルブル震えだしている。…何があったんだ?  
「ああ…ん……」  
天を仰ぎ、口から甘い吐息が漏れ出す姿は、もの凄く艶めいている。  
その仕草に、俺は胸の高まりを覚えながら、必死に演奏を続けていた。  
「ふう……う…」  
「はあ……あっ…!」  
演奏に合わせ、まるで踊るように体を揺らし、悶え続ける沙羅。  
彼女の衣服が少しずつはだけてきたが、俺は見ないように必死に堪えながら、演奏を続けていた。  
だが、はだけた隙間から、白い豊かな胸とピンク色の頂が姿を見せたとき、俺の理性は完全に弾け飛んだ。  
 
「あ…ああんっ!」  
ギターを放り投げ、露出している沙羅の胸の頂に吸いついた。  
沙羅は抵抗する気配も見せず、全身をビクリと震わせながら嬌声をあげる。  
「くふ…んっ……」  
もう片方の胸を衣服越しに揉みしだきながら、舌先で頂を舐めあげた。  
「んふっ!」  
片手で俺の頭を押さえながら、軽い悲鳴をあげる沙羅。  
だが、心底嫌がっている風ではない――そう思った俺は、衣服の胸元を大きく開かせた。  
同時に、衣服に覆われていたほうの胸が、ぷるんと震えながら俺の視界に飛び込んでくる。  
「は…あっ!」  
今まで舌を這わせていたほうの胸の頂を、親指と人差し指で軽く摘みあげながら、  
同時にぷるぷる震える胸に吸いつく。すでにどちらの頂も硬度を増していた。  
「あん…あは……あっ!」  
身を捩じらせながら、悩ましい声で喘ぎ続ける沙羅。  
その声は、先程までの演奏と勝るとも劣らないほどに、俺の心に響き渡っていた。  
 
「んく……はああっ!」  
空いている手で、沙羅の袴をめくりあげさせ、そのまま軽く下腹部を撫であげる。  
沙羅はビクンと体を震わせながら、喘いでいる。  
一方、俺は彼女の下腹部を撫であげた時の感触に、戸惑いを覚えていた。  
何故なら、彼女は上だけでなく、下のほうも下着をつけていなかったから――  
「きゃ…あっ!?」  
俺は上半身を起こして、沙羅の両足をがばっと広げた。  
両足の付け根には、赤く充血した割れ目がピクピク震えながら、その姿を見せている。  
まるで吸い寄せられるように、俺はそこに舌を這わせた。  
「ああんっ!」  
叫び声をあげ、仰け反る沙羅。  
その反応が面白くて、その声がもっと聞きたくて、俺はひたすらに舌を這わせ続けた。  
 
「ああ…あ……ああっ……はっ………。ああっ!」  
すでに蜜が溢れ始めている割れ目の中に、舌を潜り込ませる。  
その途端、沙羅はひときわ大きな声をあげ、全身をくねらせ始める。  
さらに、割れ目から蜜が次々と溢れてきた。  
俺は咽喉を鳴らして溢れる蜜を飲み下しながら、舌を奥まで潜り込ませていった。  
「あふう……ん…んんっ……き…気持ち…イイ……」  
沙羅が喘ぎ声とともにつぶやく。軽く上半身を起こしたその目つきはとろんとして、焦点が定まっていない。  
「あっ! ああんっ!」  
彼女の中で、舌をゆっくりと動かし始めた。沙羅は叫び声をあげながら、自らの胸を揉み始める。  
それを上目遣いに確認した俺は、舌をすぼめて顔を前後に動かし始めた。  
「むぶうっ!?」  
「あふ! あっ! は…ああっ!! あん! 気持ち…気持ちイイ! 気持ちイイです!!」  
いきなり後頭部を何かに押さえつけられる。  
おかげで、顔が沙羅の下腹部に密着して息が詰まり、苦しさでじわりと涙が滲む。  
かろうじて動く目で上を見上げると、そこには恍惚とした表情を浮かべている沙羅の顔があった。  
沙羅の片方の手は相変わらず、変形するくらいに自らの胸を激しく揉みしだき続け、  
空いている手は俺の頭を押さえつけ、さらに腰を自ら動かし始めている。  
俺は沙羅の腰の動きに合わせるように、割れ目に舌を出し入れさせていた。  
 
「あ…ああっ! も…もう……。く…あああっ!」  
それからほどなくして、沙羅が全身を仰け反らせながら、天井を向いて叫び声をあげたかと思うと、  
まるで糸が切れた操り人形のように、ゆっくりとその体を仰向けに横たわらせていった――  
 
「気持ち…よかった?」  
「は…はい…。よ、よかったです……」  
俺の問い掛けに、沙羅は顔を真っ赤にさせ、俺の首に手を回しながら答える。  
「そう…か。それで……頼みがあるんだが…………。俺の仲間になってくれないか?」  
「え? わ…私がですか?」  
意を決した俺は、沙羅を見つめながら頼み込んだ。沙羅は目を丸くさせながらつぶやいた。  
「ああ。今すぐに、とは言わないさ。正直言って、沙羅の腕前には今はまるで遠く及ばない。  
でも、いつか必ずふさわしい腕前になってみせる。その時でもいい…お願いだ。仲間になって欲しい」  
沙羅の肩を抱き、説得する俺。沙羅は何も言わず、しばらくじっとしている。  
 
「それは……………無理です」  
「な、何故!?」  
長い沈黙ののち、沙羅の口からは拒否の言葉が出た。思わず俺は反射的に問い直していた。  
「確かに芳樹様の演奏に、心魅かれるものがありましたのは事実です。  
きっとこれから、私でもかなわないくらい、素晴らしい演奏が出来るようになると思います。  
でも、先ほど申しましたとおり、私はこの社に祀られている身です。  
芳樹様お一人のそばに、ずっといるわけには参りませぬ」  
「で…でも……」  
それは、酔っているときの戯言だろう? そう続けようとしたが、沙羅が言葉を続ける。  
「大丈夫ですよ。その志をお持ちである限り、いつか必ずや、  
私などよりもふさわしいお相手が、芳樹様の前に現れますよ」  
「いつか、じゃない! それが今なんだ!!」  
諭すように語り掛ける沙羅の言葉に、ブンブンと首を振りながら俺は叫んでいた。  
 
ガコン ビイイィィンン  
 
「ぐぎゃっ!?」  
突然、鈍い音と、ギターの弦が弾ける音が響き渡る。  
同時に後頭部に痛みを感じ、間抜けな悲鳴をあげてしまう。  
「痛ってえっ! だ、誰………だあ!?」  
振り返った俺は叫び声をあげながら、固まっていた。  
そこには俺のギターを振り下ろした格好の、見たことも無い女がいたから、だった。  
髪は赤く染めたボブカット、服装はデニムのブラとパンツ。腕と足には同色のレザータイツ。  
何だか…初対面なはずだけれど、懐かしいような、前から知り合いだったような……。  
でも…実際に会ったことはない、よな。………本当に誰だよ、一体。まさか…沙羅の知り合い……か?  
そう思って、沙羅のほうを振り返ってみたが、沙羅もまた口をぽかんと開け、彼女を見つめている。  
どうやら沙羅にも、心当たりは無さそうだが…すると……何者、だ?  
「誰も何も無い、よ。アタシを見捨てて、その女と一緒になる、って言うのかい?」  
気の強そうな目で俺を睨みつけ、ゆっくりと喋りだす。…ちょっと待て。どういうことだ?  
「ええっと……。あなた…は、まさか…付喪神ですか?」  
「ああ、そうだよ!」  
沙羅がゆっくりと身を起こし、はだけた衣服を直しながら彼女に尋ねる。  
彼女は、顔をしかめながら吐き捨てるように答えた。………ツクモガミ? 何だそりゃ?  
「あのですね…。付喪神と言いますのは、年を経て古くなった器物に宿る精霊のこと、ですよ。  
ただ、人間の前に姿を現すことは、ほとんど無いのですが、ね……」  
事態がよく呑み込めない俺に、沙羅が説明する。  
「ふうん、そうなんだ……って、ちょっと待て! 彼女は人間じゃないってことか!?」  
 
「まあ、そういうことです。でも、そんなに驚くようなことですか?」  
沙羅は怪訝そうな顔で俺を見つめ返す。  
…驚くも何も、平静でいれるほうが凄いと思うのだが。  
まさに、○跡○験○ンビリバ○ーも真っ青な体験だな、これは。○原○幸にでも相談するかな。  
「ううん……そうすると、私がそのぎたあに触れたから、でしょうかね」  
俺の疑問の目を意に介することも無く、沙羅はしばらく考え込んでいたかと思うと、  
ぱっと顔をあげ、ツクモガミに向かって言った。  
「多分な。………ま、いいさ。アンタがその気なら、もうどうでもいいさ。  
いいんじゃない? 芸術の神様である弁天様と一緒なんて、ミュージシャン冥利に尽きるだろ。  
こんなしょぼくれたギター担いでドサ周りするよりも、さ」  
ツクモガミは肩をすくめながら沙羅の問いに答えたかと思うと、  
俺に向かってビシッと指を突きたてながら宣言する。  
お、おい…突然そう言われても、な……。ん? ま、待てよ? い、今何て言った?  
「な、なあ沙羅よ。もしかして……あんたも人間じゃない、ってこと、なのか?」  
「はい。そう言いませんでしたっけ?」  
俺の問い掛けに、小首を傾げながらあっさりと答える沙羅。…………何てこったい。  
 
ジャーン  
 
しばらく呆然としていると、突然室内にギターの音が鳴り響く。  
仰ぎ見ると、そこではツクモガミがギターを構えている。  
彼女は、見つめている沙羅と俺に構う様子も無く、演奏し始めた――  
 
「え…あ……う…」  
ツクモガミの演奏が終わり、俺は言葉を出そうとしても、声にならずに単語しか発せられなかった。  
「フン、これが最後の餞、さ。それじゃあな」  
そんな俺を一瞥したかと思うと、ツクモガミは鼻を鳴らしながらギターをケースにしまいこむ。  
俺は反射的に、ツクモガミの手を取った。  
「な、何だよ。今さらどうしたってんだ?」  
「その…お、俺が悪かった。こんな…こんな素晴らしいパートナーが目の前にいたのに、  
全然気がつかないどころか、浮気までしようとしていた、なんて………」  
眉をしかめながら、こちらを見返すツクモガミに、俺は謝罪の言葉を述べた。  
「いいよ、そんなお世辞なんか言わなくたって。それよりいいのかい? 後ろの弁天様が機嫌損ねちゃうぞ」  
俺の手を振り払い、ヒラヒラと手を振りながら、アゴをしゃくって俺の後ろを指し示すツクモガミ。  
そこには、顔をほんのり上気させ、呆然とこちらを見守っている沙羅がいた。  
「確かに…確かに、沙羅は、いや、弁天様の演奏は素晴らしかった。完璧だった。  
正直言って俺はおろか、キミよりも演奏の腕前は上だと思う。だが……」  
 
「だがぁ?」  
そこで一旦言葉を切り、ツクモガミをじっと見据える。彼女は、俺を一瞥しながら吐き捨てるように言った。  
「だが…キミの演奏を聴いて分かったよ。弁天様の演奏は、俺がもとめているものとはちょっと違ってたんだ。  
綺麗すぎる、というか、気がつくと相手に有無を言わせない感動を与えるというか……」  
「まあ、アタシは弁天様に比べて、お世辞にも綺麗とは言えないし、な」  
「い、いやその…何て言えばいいのかな……相手に感動を叩きつける、って言えばいいのかな?  
そういう力強さがキミの演奏にあって、それが俺がもとめているもの、なんだよ」  
「……………本気で…言っているのかよ?」  
俺の言葉に、ツクモガミはしばらくじっとしていたが、ポツリとつぶやくように問いかけてきた。  
その顔からは、さっきまでの険は消えている。俺は口には出さずにただ頷く。  
上手く言葉にすることは出来ないが、二人の演奏を聴き比べた感想は、紛れも無い事実だった。  
確かに、沙羅の演奏を聴いた時は、彼女と組んでいきたい、と思ってはいた。  
だが、ツクモガミの演奏を耳にした時、その思いは完全に消えていた。  
もし、演奏を聴いた順番が逆だとしても、同じ思いを抱いていただろう。  
それほど、ツクモガミの演奏は俺の心に焼きついていたのだ。  
 
「ふ〜う。どうやら……私が先程言っていた、『ふさわしい相手』が見つかったようですね」  
「え…えっと……」  
俺の頷きを待っていたのか、沙羅がゆっくりと立ち上がりながら語りかけてきた。  
さらに、何と言っていいのか分からず、しどろもどろになる俺を見て、優しく微笑む。  
「ふふっ。これ以上、お邪魔するわけには参りませんね。馬に蹴られる前に、私は退場します」  
顔を上気させたままの沙羅は、その優しい笑みを崩さずに襖を開け、部屋から去っていった。  
あとには、俺とツクモガミの2人が残ってしまったが……馬に蹴られるって何だよ?  
「よ…余計なことを……弁天様が…ったく……って、な、何だよ! ぽかんとした顔して!」  
頬っぺたをポリポリと指で引っかきながら、ツクモガミは沙羅が去っていった襖に向かって悪態をつく。  
が、俺の視線に気がつき、一瞬ぎょっとした表情をしたが、すぐに大声で食って掛かってきた。  
「いや…何だか……今日一日で、今までの人生分よりもややこしい体験をしたな、と思って」  
「どういう意味だよ、そりゃあ?」  
俺の答えに、じとりとした目で問い掛けてくるツクモガミ。  
…分かるハズないよな。この世にそういう存在がある、なんて知った俺の気持ちはさ。  
「ん…別に。ところでさ……」  
「な、何だよ」  
説明しても無駄だろうと思った俺は、答えに関しては適当にはぐらかし、  
先程から疑問に思っていたことを、彼女に聞こうと身を乗り出した。  
ツクモガミは、何故だかじっと俺を見つめ返してくる。そんな彼女に向かって問い掛けてみた。  
「馬に蹴られる、って何?」  
 
「あ……あのなあ……。………………鈍感野郎」  
しばしの沈黙ののち、ツクモガミが呆れたようにつぶやく。最後はポツリと、聞き取れないくらいの声で。  
「は?」  
「…………に……」  
俺の質問には答えずに、ツクモガミはブツブツとつぶやいている。  
「………仕方ないよな……」  
「あ、あのう……」  
床を見つめながら、ブツブツつぶやき続けるツクモガミ。……やばいぞ、何があったんだ?  
「仕方ないだろ! こんな鈍感野郎だったとしても! 惚れてしまったのは事実なんだからよ!」  
ツクモガミは、突然大声を出しながら俺のほうを仰ぎ見る。その目には…涙?  
しかも…今、何て言った?  
「そうさ! ずっとずっと前からあんたに惚れていた! でも、アタシの姿はあんたにはずっと見えない、  
呼びかけても聞こえるハズも無い! だから…だから……今、こうして…いる…の…が………。  
奇跡の…よう……で………すごく……すごく…嬉しい…んだよ……」  
俺がぽかんとした顔で見つめていると、ツクモガミは顔を伏せ、まくしたてるように話し出す。  
もっとも、話しているうちに感情が爆発したようで、後半は涙で声を詰まらせ、途切れ途切れになっていたが。  
その姿を見て、胸に熱いものを感じてきた俺は、ツクモガミを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。  
「な、何だよ! い、今さらそんなことしたって……」  
「ごめん……ごめんね………麻衣…」  
悪態をついて、振りほどこうとするツクモガミだったが、俺のそのひとことを聞いて体の動きを止めた。  
「お……おい…今、今何て言った?」  
「え? い、今? ご、ごめんって……」  
じっとこちらを見つめて問い掛ける、ツクモガミの様子に戸惑いながらも、俺はどうにか答えた。  
「そこじゃないよ。アタシのこと、何て呼んだんだ、って。何で…何でアタシの名前を知っているんだよ?」  
「えっ? な、名前……そ…それ…は………」  
そう、彼女を抱き寄せた時、確かにその名前が頭に浮かんだんだ。  
だが、それが何故、と言われると答えようが無かった。  
 
「何で…何でだよ……何でなんだよう………」  
涙ぐみながらつぶやき続ける麻衣を、ただ黙って抱きしめ続けた。  
あえて俺からは、何か言おうとは思わなかった。  
それよりも、麻衣が落ち着くのをじっと待ったほうがいい、そう思っていたから。  
「なあ……芳樹…」  
「え? な…何? ぐ…ぐうっ?」  
麻衣が顔をあげ、俺に向かって呼びかけるのを見て、反射的に返事をしようとして、言葉に詰まった。  
いきなり、麻衣が俺のくちびるを奪ってきたから、だ。  
 
「………ん…っ……。今回だけは…許してやるよ……」  
「ご…ごめ……ん…」  
くちびるを離し、微笑みながらつぶやく麻衣。思わず謝罪の言葉が口から漏れる。  
「分かってないなあ。許してやる、って言っただろ?」  
ふふっと笑みを浮かべたまま、麻衣は俺のくちびるをそっと人差し指で押さえながら言った。  
もう…もう我慢できない!  
「きゃっ! ちょ、ちょっと!?」  
気がつくと、俺は麻衣を押し倒していた。突然のことに悲鳴をあげる麻衣。  
その悲鳴もまた、興奮に拍車を掛ける材料だったのだろう。俺は麻衣のブラに手を掛け――  
 
「!! ☆△○〒×…………」  
ボグッという鈍い音が聞こえた、気がする。同時に、目の前が真っ暗になり、意識が飛びかける。  
そんな俺に出来ることと言えば、両手で股間を押さえながらゴロゴロ転がることだけだった。  
一瞬、潰れてしまったかと思うほどの、強力な一撃だった。  
「ば〜っか! 調子に乗るな」  
うずくまる俺の背中に、麻衣の罵声がとぶ。答える気力も無く、力なく転がり続ける。  
「アンタが弁天様を押し倒したことまで、許した覚えは無いよ。アタシはそこまで心が広くないんだ。  
それを許すまでは、アンタに体をあげるわけには、いかないからね」  
「ぐ…ぐう……わ…わがり……まぢだあ…………」  
容赦なく叩きつけてくる麻衣の言葉に、痛みをこらえながら、振り絞るような声でどうにか答えた。  
「ふん……。ま、今日は何もしない、って誓うのなら、添い寝ぐらいはしてやるけど、な。返事は?」  
「く……な、何も…ぢまぜん……ぢ、ぢがいまずう……」  
「そっか、ならよし………っと」  
俺の返事に満足そうに頷いた麻衣は、ゆっくりと毛布を広げた。…いったい、何を?  
 
「こっち見るな! 着替えてるんだからよ!」  
「は、はいい……」  
刺すような麻衣の声に、すっかり怯えた俺は、振り返りたい衝動を必死にこらえ、反対側を向く。  
……よく考えたら、着替えってどこにあったんだろう?  
そんなことを考えていると、毛布が体の上に覆いかぶさってきた。  
「ちょっと…やり過ぎたな。痛かったか?」  
「あ、ああ……まだ少し、な」  
同時に麻衣の優しい声。実際、まだ痛む。俺は、素直にそう答えた。  
「ん…分かったよ……。それじゃ、代わりに擦ってやるよ……」  
「え!? ええ!? い、いいよ! 大丈夫だって!」  
「無理するなよ…いくら何でも、これに関しては、アタシが悪かったんだから、さ」  
麻衣は俺の手を振り払いながら、優しく股間を撫で回し始める。  
ああ、柔らかい手……おまけに袋だけでなく、モノまで撫でてくれるなんて………  
って、ちょ、ちょっと待て…こ、こんなことをされてしまう……と……。  
「お、おい麻衣? ……あ」  
我慢の限界に達してしまいそうな俺は、思わず麻衣の手を取りながら振り返った。  
すると、そこにはすでに、すうすうと寝息を立てている麻衣の姿があった。  
さすがに……手を出すわけにはいかないよな……。  
ほんの数分前まで、悪態をついていたとはとても思えない、  
無邪気な寝顔を見てしまった俺は、残った理性を総動員させて、無理矢理眠りについた。  
 
「はあ……んっ…」  
社をあとにした沙羅は、大樹によしかかりながら、自らの手を秘部に這わせていた。  
軽く手が秘部に触れただけで、その小さな口から甘えた声がこぼれ落ちる。  
「ん…んふうっ……」  
指が一本、秘部の合わせ目をこじ開け、中に潜り込もうとしている。  
すでに、芳樹の愛撫で滑りを帯びていた割れ目は、難なく指を飲み込んだ。  
「あ…ああっ……」  
さらにぬちゅ、という湿った音とともに、別の指が秘部の中へと潜り込む。  
沙羅の声が少しずつ甲高さを増してきた。その表情は月明かりに照らされ、ぞっとした美しさを見せている。  
「くふ…んっ……は…ああんっ……」  
割れ目に潜り込んでいた指がうごめきだしている。  
それと同時に沙羅の腰がガクンと落ち、前かがみの姿勢になる。  
少々不自然なその姿勢は、多分後ろの木が支えてなかったら、簡単に後ろへ転がっていただろう。  
「んん…ん……あ…はあ…っ…」  
胸元をはだけると、途端に豊満な胸が月夜のもとに晒される。  
空いている手で、はだけた隙間からはみ出した乳房を揉みしだく。  
「ああ…凄い……凄いよ…二人…とも……」  
両手が激しく動くとともに、沙羅の口から喘ぎとはまた違った声が漏れだした。  
 
――この私を、ここまで感じさせてくれるなんて――  
 
芸術を司る神として崇められて久しい沙羅は、魂のこもった音楽が性的興奮の源となっていた。  
どんなに技術的に優れた音楽でも、魂がこもっていなければ、こういう感情にはなることはない。  
芳樹の演奏は、技術こそ荒削りだが、芯の強さを感じていた。  
付喪神の演奏は、芯の強さの裏にある、一人の人間への想いがこもっていた。  
それを感じ取った沙羅は、一応、二人に気を遣って場を外していた。  
だが、それだけではなく沙羅自身もまた、溢れる衝動を抑え切れなかったのだ。  
「ふふっ……二人の…演奏が……楽しみです………く…んっ! はっ! ああんっ!!」  
月夜に向かってほくそ笑みながら、沙羅は自らの手の動きを変えた。  
ただ激しく動かすのをやめ、秘部でうごめいていた指は、割れ目の上の真っ赤になった豆を弄り始め、  
もう片方の胸を揉みしだいていた手は、固く勃立した頂を人差し指と親指とで軽く挟んでいた。  
途端に沙羅は、甲高い声で月に向かって喘ぎだし、とうとう刺激に耐えられず、地面に腰をおろしてしまう。  
「ああっ! はっ! ああ…ああんっ! あんっ!!」  
腰をおろしても、指の動きは衰えを見せず、それどころか喘ぎ声とともに再び激しい動きを見せ始める。  
「く…ううっ! あんっ! も…もう! もうっ!!」  
ほどなくして沙羅は天を仰ぎながら、絶頂に達する嬌声をあげたかと思うと失神したようで、  
それきり動かなくなった――  
 
「ん……。朝…か」  
スズメの鳴き声に起こされた俺は、ゆっくりと目を開けた。  
昨日は……何だかいろんなことが起こりすぎた、気がする。  
社の柱で横になっていると、沙羅と名乗る女性に起こされて中に導かれて、  
彼女のギター演奏に感動して、演奏中に思わず彼女を押し倒してたら、頭を殴られ――  
そこまで思い出して、俺はがばっと飛び起きた。麻衣、麻衣はどこだ!?  
辺りを見渡し、俺は呆然としていた。確か…確か社の中で麻衣と添い寝をしていたはず……。  
だがここは、俺が最初に野宿をしようと腰を下ろした、社の柱だった。  
「そう、だよな。夢に決まってる、よな」  
気を取り直した俺は、溜め息をつきながら大きく伸びをした。  
何せ、神社の社に触れながら寝てたんだ。そういう不思議な夢を見ても、当然さ。  
そう納得しようとはしたが、胸にぽっかり穴が開いたような感覚を拭い去るには至らなかった。  
「案外、神社だからキツネにでも化かされたかな?」  
そんな独り言をつぶやきながら、後片付けを始める。だが、軽口とは裏腹に、妙に体が重く感じる。  
 
「よう、どうした? 朝から妙にしけたツラしているな。そんなんで一流のミュージシャンになれるのかよ?」  
突然、頭上から声がする。見上げたそこには、白い歯を見せて笑う麻衣の姿があった。  
「麻……衣…」  
「お、おいおい。どうしたんだよ? 今度は涙ぐむなんて?」  
思わずかすれた声でつぶやく俺を見て、怪訝そうに顔をしかめる麻衣。  
幻じゃない…夢でもない…本当に…目の前に麻衣はいるんだ……!  
「わ…な、なんだよ! 朝からさかってんじゃねえよ。おあずけしたのが、そんなに効いたのかあ?」  
「麻衣……もう…もう、どこにも行かないでくれ…。俺の…俺のそばにいてくれよ……」  
麻衣に駆け寄り、思い切り抱きしめる。麻衣は突然の俺の行動に、悪態をつきながらも目を白黒させていた。  
そんな麻衣を抱きしめながら、俺は懇願するようにつぶやいた。いや、実際懇願していたのだが。  
「ど、どうしたってんだよ。本当、おかしいぞ。アタシはアンタが捨てようとしない限り、どこにも行かないって」  
おずおずと、俺を抱きしめ返しながら、呆れたように答える麻衣。  
「あ…ありがとう……ありがとう…麻衣………」  
その言葉に、心の底から安堵感を覚えた俺は、思わず泣きじゃくりながら感謝の言葉をつぶやいていた。  
 
「さって。ひとしきり泣いたことだし、出発するか? 泣き虫クン」  
「ま…麻衣〜」  
荷物をまとめ、俺のほうを見て笑いながら話しかける麻衣。  
かあっと顔が熱くなるのを感じ、悔恨の情に支配された俺は、力なく返事した。  
「くははっ。あまり気にするなって。せいぜい浮気相手にそれをバラす程度だから、さ」  
「ぐ…うっ……」  
ウィンクしながら、あははと笑い続ける麻衣を見て、何も答えられずに口ごもってしまう。  
「そんじゃ行くとするか。忘れ物無いようにな!」  
「大丈夫さ。一番の宝である、麻衣さえいれば、いいんだからな」  
「ば〜っか。おだてたって何にもならねえぞ〜」  
俺の返事に、麻衣はアカンベーをしながら悪態をつく。ほんのり頬が赤く染まっているが。  
「あ、どうも。昨日はありがとうございました。宮司さんによろしく」  
「あ、はい。おはようございます」  
多分、朝の掃除のためであろう、社に向かう巫女さんと、擦れ違い様に挨拶をしながら思った。  
 
おだてじゃないさ、麻衣。俺にとって、お前が一番の宝物、さ。  
――でも、馬に蹴られるって、結局どういう意味なんだろうか?  
 
 
「な、何やってるんですかあ! 沙羅さま!!」  
境内に甲高い叫び声がこだまする。声の主は……いわゆる巫女の姿をしている。  
先刻、芳樹と擦れ違った女性だ。おそらくは、ここの本物の巫女、だろう。  
「あ…ふわあ〜あ……。あ、朝ですかあ。……そのまま眠っちゃったみたいですねえ…」  
「そのまま眠っちゃった、じゃないですよ! 何て格好をされてるんですか!」  
巫女の叫び声で沙羅は目を覚ましたようで、大きく伸びをしながらつぶやく。  
だが、巫女のほうはそんな沙羅に向かって大声で叫び続けた。  
無理も無い。社の脇の大樹に寄りかかって寝てるだけならまだしも、衣服ははだけて胸は露わ、  
裾も完全にめくれあがり、下着をつけていない下腹部が丸見えだった。  
しかも、巫女が沙羅を目撃したときは、その手を胸と下腹部に当てていたのだから。  
 
「ええっと〜。確かに、少し寒い姿ですね。風邪ひかないようにしないと」  
「何言ってるんですか。神様である沙羅さまが、風邪をお召しになるハズが無いではないですか。  
それより心配なのは、沙羅さまの操のほうです。昨日私がいない間に何があったのですか?」  
はだけた服を着なおしながら、あくまでものほほんとしてる沙羅に、呆れ気味につぶやく巫女。  
だが、そこまで言って、あることに気がついたように、はっとした顔で沙羅に詰め寄った。  
「ま…まさか、バッカスのヤツ、酒の勢いに任せて沙羅さまを無理矢理……?」  
「ああ、結局バッカスさんは急用が出来たとかで、結局お見えにはなれなかったんですよ。  
久しぶりだからということで、せっかくたくさんのお酒を御用意していたのに……。  
まあその代わり、と言ってはなんですが、これからが凄く楽しみな二人に出会えましたし」  
「さ、さっき擦れ違った二人組ですか!? な、なんて罰当たりなことを………」  
巫女の問いに、やはり沙羅はのほほんと答える。しかし、その答えを聞いて巫女の顔色が変わる。  
「落ち着きなさいな美由樹さん。別にどうこうされた、というわけでは……あったかも」  
 
「な、な、な、なあんですってえ!!」  
沙羅の言葉に、美由樹と呼ばれた巫女は、これ以上無いくらいの大声で叫んだ。  
その声に、境内に集まっていたスズメが一斉に飛び立つ。  
「え〜っと……。そんなに慌てることはありませんですってば。それより…美由樹さんはどうだったのですか?」  
「え? な、な、なな、何のことですか?」  
美由樹の叫び声にひるむ様子も無く、あくまでのんびりした口調で話しかける沙羅。  
逆に沙羅のひとことに、美由樹が目を逸らし、どもり始めた。  
「分かってますよ。バッカスさんが飲みに来る時は、いつも社に残るあなたが出掛けるのですもの。  
余程、大事な御用があったのでしょう? この前の若者ですか? ……格好、よかったですからね」  
「ほ、ほ、ほ、ほうっておいてください! それとこれとは別問題、なのですから!」  
微笑む沙羅に、美由樹は耳まで真っ赤に染めて言い返す。  
どもり具合からも、明らかに動揺しているのが見て取れる。  
「ふふっ。別に隠すこともありませんのに。単に焼きもちを焼きに行くだけ、ですよ」  
「そ、それがマズイと言っているのです! まったく…少しは神様としての自覚を持ってくださ……ああ〜!!」  
手の平を口元に添えながら悪戯っぽく微笑む沙羅を見て、思わず言い返した美由樹は、  
途中で言葉を中断し、叫び声をあげた。見事に沙羅の誘導に引っ掛かってしまったことに気がついて。  
「うふふっ、大丈夫ですよ。お互いが本当に相手のことを好いていれば、  
私が焼きもちを焼けば妬くほど、その二人は上手くいくのですから」  
「ぐ…う……で、でも……」  
悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、美由樹に向かってウィンクする沙羅。  
そんな沙羅の顔をちらりと見て、美由樹は言葉を詰まらせうつむく。  
 
「んんっ? 相手が人間であることを気にしているのですか? 心配しなくても大丈夫ですよ。  
恋愛に境目なんてありません。大切なのは、心が通じ合っているかどうか、なのですから。  
たとえどんな相手だったとしても、ね」  
「何だか……沙羅さまが何の神様だか、分からなくなってきました………」  
肩を落とす美由樹を優しく抱きしめながら、沙羅はゆっくりと、それでもはっきりと言った。  
美由樹は、沙羅の豊かな胸に顔を埋めながら、ポツリとつぶやく。その肩は心なしか震えていた。  
「そう…ですねえ。芸術の神、とも言われているし、焼きもちを生かして縁切りの神、とも言われるし、  
貞晴には、それを生かして恋愛成就の神になってしまえとか言われたし……ちょっと多すぎかな?」  
ぽんぽんと美由樹の頭を軽く撫でながら、沙羅は語りだした。その目はまるで、遥か昔を見ているように。  
「沙羅様……ありがとう…ございます………」  
「あ、そうそう」  
ゆっくりと顔をあげながら、沙羅に礼の言葉を述べる美由樹。  
頬には涙のあとが伝っているが、何かを吹っ切ったように、明るい笑顔を見せている。  
沙羅は、そんな美由樹の顔を見つめながら、先刻と同じく悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。  
「もうひとつ言われているのがありました。弁舌の神、とも言われているんですね」  
「さ、沙羅さまっ!!」  
沙羅の言葉に、両手を振りかぶって頬を膨らませる美由樹。  
予期していたのか、沙羅はぱっと身をかわし、ぺろりと舌を出していた。  
「さてさて、そろそろ人々が動く時間です。早いところ境内の掃除を済ませてしまいましょう」  
「い、言われなくても分かってますっ!」  
パンパンと手を叩いて掃除を促す沙羅に、箒を手に取りながら美由樹は憮然とした顔で言い返す。  
迷いの消えた美由樹の表情を見て、沙羅はにっこりと微笑みながら境内の掃除を始めた――  
 
おしまい  
 

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