ありえない。想定の範囲外だ。
注文を取りに来た店員が妙にニヤニヤしてたのはそういうことだったのか。
気づいたときにはもう遅かった。俺は自分の注意力不足を呪った。
「ねえ、喉かわかない?最近駅前に新しい喫茶店が出来て、凄い美味しくて人気なんだって!私が奢るから、ちょっと寄ってみよう?」
『私が奢るから』につられてホイホイついてきてみればコレが待っていたわけだ。
目の前には、ちょっと豪華めのクリームソーダがある。それだけなら良かった。
問題は、一つしかないソレに二つのストローがついているということだ。
しかもおあつらえ向きにストローはハートの形をしている。嫌がらせか。
つまりあれである。
俺たちの目の前には今、一つのジュースを2人でちゅーちゅーする対バカップル専用最終兵器が置かれているのである。
うわ、状況説明してるだけで恥ずかしすぎる。飲んだら死ぬ、絶対死ぬ。
罰ゲームでクラスメイトの女子がバイトをしている本屋にエロ本を買いに行かされたことを思い出した。
これを飲む恥ずかしさはある意味それに匹敵する。
隣のテーブルで同じものを飲んでるカップルよ、お前らに羞恥心と言うものは無いのか。
目の前に最終兵器がやってきてから、五分が経った。上に乗っかっているアイスクリームがすこし溶け始めている。
「の、飲まないの?」
「俺はいらない。一人で飲め」
言ってからしまった、と思った。これを一人で飲ませる男はなんかもの凄く酷い奴な気がする。罪悪感が出てきた。
「お、おいしいよ?」
上目遣いで聞いてくる。よく見ると耳元まで真っ赤である。さらに罪悪感が増した。
「………」
「………」
「ああもう、分かったって!一口だけな」
「♪」
にこーっ、と。とても嬉しそうに笑い返された。不覚にもちょっと可愛かった。
既に退路は断たれた。ぎゅっと目を瞑ったまま、覚悟を決めてストローに口をつける。
多分俺の顔もこいつに負けず劣らず真っ赤になってることだろう。恥ずかしいからさっさと終わらせよ。
吸う。
めいいっぱい吸ってるのになかなか口に入ってこない。
ハートの形をしたストローをジュースが駆け上がってくる様は、想像しただけで倒れそうだ。
長い。
さっさと届いて欲しい。
まだか、まだか、まだなのか。
思わず目を開けた。そこには、本当に、本当に幸せそうな、
ちゅー
永遠にも似た一瞬が過ぎて。ジュースはとても甘くて、心臓は長距離走を走った直後みたいに暴れていて、
――こいつが今までに無いほど可愛く見えて。
真っ赤になった顔をお互いに逸らしたまま。こういうのもそう悪くも無いもんだな、なんて考えた。
・
・
・
さて、しばらくそのままの時間が過ぎた後。
ふと気がつくと、目の前にアイスクリームの乗ったスプーンが差し出されていた。
「は、はい、あーん♪」
……おいおい。