平和でのどかな太陽系。緑と水の溢れる豊かな星、地球。
その地球に―――。
ゴゴゴゴゴ。
宇宙の空間が突然割れて、中から円盤が現れた。
高性能なステルスが搭載された円盤は、地球のセンサーに引っかからない。
円盤の窓に浮かび上がる二つの影。
褐色系の肌。紅の瞳。骨董品屋に飾られる威厳のある山羊のような角。発達した爪と牙。
2メートル大はあろうかという巨体。
その全身は余すところなく筋肉に覆われている。
そして大の大人が腕を広げてもまだ余るほどの巨大な翼が二枚。
その姿は正に悪魔と呼ぶにふさわしいものだった。
その悪魔が足元の地球を見下ろして。
「ほーら?アルゥ。あれが地球だよ」
重くのしかかるような獣のような声で、ニヤリと笑った。
「うん。すっごく綺麗な星だね、お兄ちゃん」
アルゥと呼ばれた悪魔っ娘が笑顔で相槌をうつ。
まだあどけない面立ちと瞳をもった小柄な悪魔は
ビキニタイプの水着のような黒い衣装と
これまた黒の長いタイツと黒い長手袋を着装していた。
主な特徴は先ほどの悪魔の通りであるが、
こちらはそれを一回りも二回りも小さくした感じで
羽根も小さくて可愛らしく、まだ人間に近い感じの娘であった。
「見えるかい?あそこにうじゃうじゃと、いっぱいいるのが地球人だよ」
「うわぁ。あからさまに頭の悪そうなヤツ等だね」
人を小馬鹿にするような口調でケラケラと笑う悪魔っ娘。
「あいつ等、みんなブッ殺しちゃえばいいんだね?」
「ああ、そうだよアルゥ」
兄に撫でられ嬉しくなってアルゥの紅い瞳が悪の使命にメラメラと燃えた。
彼等の言葉は決して冗談ではない。
銀河に浮かぶ様々な星を滅ぼし第二、第三の魔界へと作り変える。
それこそが我等、悪魔星人の使命。
そして偉大なる魔王様の望みなのだから。
そして地球は今未曾有の危機を迎えようとしていた。
凶暴で獰猛な野獣の姿ごときもった悪魔ザナドゥ。
黒薔薇がごとき妖しい魅力を帯びた子悪魔アルゥ。
彼等は遠い銀河の彼方からやってきた悪魔星人と呼ばれる異星人の尖兵である。
彼らの役目は一定レベル以上水準をもった豊かな星を見つけ、
そこに住む先住民を滅ぼし、魔界化した上で
魔王と呼ばれる彼らの長へと献上することだった。
彼等が狙うは太陽系第三惑星地球。
今、地球人始まって以来の壮絶な戦いが幕を開けようとしていた。
ザナドゥは地球を見下ろしながら考える。
「見れば見るほど美しい星だな。地球は」
「うん、そうだね。お兄ちゃん」
妹片手にワインを転がす。
どんなときでも優雅さを忘れない。それが彼の信念だ。
「しかし困ったな。
あの原住民、ざっと数えただけでも20〜30億はいるじゃないか」
「ああゆう弱そうなヤツらに限って数だけは多いから困るよねぇ」
「もうじき我等が魔王様がお見えになるというのに。
できればそれまでに終わらせたいんだがね。
さて、どうしたものか。
なにか、こう、簡単に地球人を絶滅させれる、何かいい方法はないものかな?」
「ハイハーイ!」
「ん?なにか案でもあるのかアルゥ?」
「テポドンガンをぶっぱなせば、イチコロでーすっ!」
自信混じりに元気いっぱいに答えるアルゥ。
「あっはっはっ。お前は賢いなアルゥ」
アルの頭をくちゃりと撫でる。
「しかしな」
ポチッ。
「きゃあああ」
ザナドゥが玉座のスイッチに手をかけると
アルゥの立っていた場所の足元が開き、アルゥは地下の空間へと落とされた。
ドシャ。
「ひゃ!」
おしりからは何かを生暖かいものをつぶした感触。
暗くて湿った空間。鼻をつくような死臭。
アルゥの全身に鳥肌が立った。
地下に落ちたアルゥを待っていたのは、おびただしい数のゾンビの群れだった。
「あ、あっ、…いやぁあー」
迫りくるゾンビ。逃げ場はない。
生者にまとまりついてくるのがゾンビの習性。
あっという間にアルゥは蹂躪されてしまい、
「や、やだっ。ふぁ、あっ!た、たすけ…ふぁあ」
ムリヤリゾンビのものを口に詰められてしまう。
「何度いったらわかるんだテメーエエェェl!
いつも短絡的な思考はやめろっつってんだろーがあぁぁ!」
上から響いてくるのは兄の怒号。
先ほどまでの優雅さなど微塵もない、怒りに満ちた声である。
「テポドンガンなんか撃って大切な星を塵にするつもりかぁあ!
ド低脳がああああ」
「ンぷは。ひっ、あぅ、ご、ごめん、 あぁっ、なさい。お兄ひゃっん」
彼等の目的は、あくまで無傷で星を手に入れることだ。
テポドンガンは悪魔円盤に備えられている標準装備であり、
その威力は40%の出力で地球の10倍の惑星を破壊できるほどである。
アルゥは過去、このテポドンガンにより一つの惑星を消滅させた過去を持っており、
その時、兄から大変な叱咤を喰らっていたはずだった。
「ふぁうっ!、ゆ、許してぇ
ひっ…あ、あぁつ…ダメッ…アルゥが…うぅっ…ひぃ…くぁ…アルゥが悪かったよぉ…ふ、あぅうっ」
涙混じりに何度も何度も許しを請うアルゥ。
ザナドゥは何度謝られても、その怒りの姿勢を崩そうとはしなかったが
やがて、もう一度玉座のスイッチに手をかけると、
UFOキャッチャーのクレーンのようなものが地下に向かって伸びていき
アルゥの体を引き上げた。
ぐちゃり。
生生しい音をともにアルゥが床に落ちる。
魂が抜けたかのように、最早立ち上がる気力すら残されていない。
落とされた者にしか決してわからないが
並みの悪魔なら数秒で精神がおかしくなってしまう。それがお仕置きゾンビクオリティ。
全身にまとわりついたゾンビ臭。
生暖かいゾンビ汁。
すみずみにまで塗りこまれたゾンビの唾液。
衣服は道端のゲロよりもはるかに醜悪な粘液で滲んでいる。
そして、口の中にまでパンパンにつめられたモツの数々。
引き上げる際に千切れたゾンビの手足は、いまだ彼女の全身を掴んだままで、
ゾンビ部屋で彼女に何があったのかを凄惨に物語っていた。
「ら…らめぇ………やめ…もう…こ、これ…以上……はいん…ないよぉ………」
眼は死んだ魚のまま、うわ言のようにつぶやくアルゥだったが、
「大丈夫だったか?アルゥ。生きてるか。おい、しっかりしろ」
「…!
う、うん、全然大丈夫だよぉ、お兄ちゃん」
タフだった。
「ごめんなアルゥ。
でも、こうしてちゃんと教えておかないと、
またアルゥがテポドンガンなんて撃っちゃったら
みんなにもっと酷いことされちゃうからな。
だから、これも全部アルゥのためなんだよ」
「うん、今、頭じゃなく心で理解したよ。
私もう二度とテポドンガンなんて使わないよぉ」
「よ〜し、よし、いい子だアルゥ。
それじゃあ、お兄ちゃんが舐めて綺麗にしてやるからな」
「えっ、や。き、きたないよ、舐めちゃ。
ひっ、ひぁあっ!ダメェ。そ、そんなとこ。
あんっ、あんっ、お兄ちゃぁん!」
理解し難い行動も彼等にとっては日常の光景。
ほんの極普通の悪魔コミュニケーションだった。
続く。