「はかりごとを、お医者さんで」  
 
 
 玄関で物音がする。わたしの娘、亜紀乃が帰ってきたようだ。音はとても小さい。彼女は  
できるだけ音を立てないようにしているからだ。  
 亜紀乃が静かにするわけはわかっている。わたしに会いたくないのだ。別にわたしが物音  
に敏感で、音を立てると激しく怒るわけではない。ただ、わたしが亜紀乃の本当の母親じゃ  
ないから、亜紀乃は複雑な思いがあるのだろう。  
 亜紀乃はわたしが嫌いなようだ。父親を奪われたと思っているのだろうか。まあ、おおむね  
正しい。だが、わたしが非難される筋合いはない。亜紀乃の本当の母親は、とっくに死んで  
いる。亜紀乃の父親にだって自由にする権利があるはずだ。  
 わたしは当初、亜紀乃の新しい母親になろうとした。亜紀乃はかたくなだったが、それなり  
に努力した。だが、亜紀乃は当時から現在にいたるまでわたしを受け入れる気はまったくな  
いようだ。わたしにしたところで、必要なのは亜紀乃の父親という男、つまり今はわたしの夫  
であって、亜紀乃ではない。  
 今ではわたしは亜紀乃の母親の代わりになることはあきらめた。そういう努力をする見た  
目だけは続けているが、それはそれだけのことだ。  
「亜紀乃ちゃん。帰ってきたならただいまくらいいいなさい」  
 距離をとる子供に手を焼く新米母の、困った顔をして。  
 われながら白々しい。  
「真奈美さん。ただいま」  
 言う必要のないわたしの名前にアクセントをこめて。  
 顔を向けさえせず、それだけ言って亜紀乃はさっさと自分の部屋に入ってしまった。  
 まったく。  
 もっと協調的な子供だったらよかったのに。  
 しかしほうっておくわけには行かない。このままでは父親になにを吹き込むかわかったも  
のではない。仕事で忙しく、家を開けることの多い彼は、娘には母親が必要だと信じ、反対  
を押し切ってくれたのでわたしはここにいるが、いつまでも亜紀乃がなつかなければ、考え  
を変える日も来るだろう。  
 その前になんとかしなければ。  
 しかし、今のままではいかんともしがたい。  
 こういう娘は多少弱らせたほうがいいかもしれない。  
 アメで無理ならムチだな。  
 考えながら台所へ。  
 亜紀乃と二人で食べようと用意しておいたケーキの箱を開ける。  
 ……一つしかない。  
 あのガキ、自分の分だけさっさと持っていきやがった。  
 アメで無理なら……か。  
 いいだろう。わたしがいつまでもやさしい新しいお母さんでいると思うな。ひどい目にあわ  
せてやる。おぼえていろ。  
 胸中で毒づきながら、わたしは学生時代からの悪友の顔を思い出していた。  
 
 
 ここ二、三日、亜紀乃は元気がない。食事も少なめだし、部屋ではいつもベッドで横になっ  
ているようだ。ふむ。まあだいたい予定通りだ。これはわたしの仕業だ。亜紀乃が食べる食  
事に、下痢止めを混ぜておいたのだ。  
 考えたときは、味や臭いをどうしようか困ったのだが、医者をやっているわたし古い友人は、  
そのあたりの条件をクリアする薬を用意してくれた。おかげで、気づかれることなく効果を発  
揮しているようだ。下痢止め、というのは効きすぎると便秘になってしまうのだ。逆に便秘薬  
といえば下剤である。  
 亜紀乃は完全に便秘になっているはずだ。彼女がトイレを使うときは慎重に注意していた  
が、最近、亜紀乃が爽快感を持ってトイレを出てきたことはない。家でこうなら、外でしている  
ということもないだろう。亜紀乃が音を上げる日も近そうだ。だが、こんなものですむと思った  
ら大間違いだ。  
 
 わたしの計画はこんなものではない。  
 このままでは、亜紀乃が腹痛で苦しむだけのことだ。いや、というか、亜紀乃が無意味に  
我慢強かったりすれば、冗談抜きでシャレにならない事態になる可能性すらある。さすがに  
そこまですると後味が悪い。悪すぎる。それどころか捕まるかもしれん。  
 そんなことにならないよう、このごろのわたしは亜紀乃に対する関心が半端ではない。たま  
に帰ってきた夫が冗談めかして「俺にもかまってくれよ」などといったくらいだ。  
 そろそろ、いいころあいだ。  
 あとはタイミングだけだな。  
 今、亜紀乃はトイレにこもっている。無駄な努力を続けているのだろう。ちょうどいい、出て  
きたところを狙おう。  
 トイレの前で待つ。  
 水を流す音が聞こえた。  
 亜紀乃が出てくる。  
 おや?  
 涙目で、というか涙を流したあとがはっきりある顔で、口元が濡れている。  
 これは……  
「ちょっと、どうしたの、亜紀乃ちゃん。大丈夫?」  
「……大丈夫だからほうっておいて」  
 あいかわらずぶっきらぼうに、しかし弱々しげに、小声でつぶやいた。  
 その口からは、ぷうんとすっぱい香りがする。  
 なるほど、昼に食べた物を戻したな。  
 けっこう来るところまできているな。  
 こうなると計画抜きでもどうにかしないとマズイな。  
「大丈夫なわけないでしょ。気持ち悪いの? おなか痛くない?」  
 おせっかいな母親をやらせてもらうか。幼い子を相手する気で。  
「大丈夫だって言ってるでしょ! ほっといてよっ」  
「ゲーしたの? ほんとに気持ち悪くないの? どこも痛くない?」  
 亜紀乃の言うことを無視し、彼女のおなかを触るべく手を伸ばす。  
「ちょっとやめてよっ」  
「全然おなか平気なの? 最近ちゃんとウンコ出てる? 少しも痛くない?」  
 腹痛があるのはわかっているんだ。とっと吐け。いやもう吐いたのか。  
「離してよっ、大丈夫だからっ」  
 わたしがつかんだ手を振りほどこうと、亜紀乃が暴れる。  
 おい、痛いじゃないか。  
 こっちも少しくらい取り乱すか。  
 パシッ。  
 いい音が出た。右ストレートがクリーンヒット。いやストレートじゃないな。  
 セルフツッコミもあきてきた。  
「あんた、自分の体でしょっ。わたしが嫌いなのは別にいいけどねっ、本当に大丈夫なんで  
しょうね! 取り返しがつかない病気だったらどうするのよっ、あなたのために心配してるの  
に、なんていうつもりはないけどねっ!」  
 ここが勝負どころだ。  
 すばやく決着をつけねば。  
「わたしにいいたくなければ病院にでも勝手に行きなさい! でも、医者まではおくらせても  
らうからねっ。そこから先は好きにしたら! いいっ、首に縄をかけても連れて行くからっ」  
 手首を引っ張って、ガレージの車を指す。  
 亜紀乃も言い返しては来ない。  
 いい感じだ。少し強引だった気もしたが、うまくいっている。  
「ちょっと待ってなさい、すぐ用意するから!」  
 その場に立ち尽くしたままの亜紀乃を残して、出かける用意をする。もともとこうする予定  
だったわけだし、短時間で準備は整った。  
 亜紀乃は、上着だけ着替えてそこで待っていた。さきほどトイレで汚していたのだろうか。  
なんにせよ、なかなか素直な行動だ。いつもこうだといいのに。  
 黙ったままの彼女を、車に乗せる。彼女は不機嫌そうな顔をしながらも、逆らわずに車の  
後部座席に乗った。わたしの車に乗るときは、亜紀乃はいつも不機嫌なのだ。  
 とにかく、出発進行。  
 
 作戦は第二段階に移行した。  
「亜紀乃ちゃん、子供クリニックでいいの?」  
 そこは、亜紀乃が小さいときから通っている小児科だ。  
 彼女のかかりつけの医者は、ひととおり教えてもらっている。  
 亜紀乃は応えず、黙ったまま。  
「もし、なんだったら……わたしが知っているところで、女医さんがやってるとこがあるんだけ  
ど。よかったらそっちにする?」  
 やはり応えないが、少し思案顔だ。  
 かかりつけのほうは、中年の男性医師。  
 少女にはそろそろ抵抗が出てくる年頃だろう。今回は事態が事態だし。  
「どうする? いつものほうでいいならいいけど」  
 だいぶ迷っているな。  
 もう一押しだ。  
 そのまましばらく車を走らせる。  
「このままだとクリニックのほうだけど。いい?」  
「ねぇ……」  
 来た。  
 針のかかったエサをつつきはじめた。  
 一気に釣り上げるぞ。  
「ん? 女医さんのほうに行ってみる?」  
 コクンとうなずく亜紀乃。  
 かかったな。  
 ここまできたら計画は成功したも同然だ。  
 というか、ここがすべての要だったわけだが。  
「じゃあ、そっちのほうに行くね」  
 会心の笑みが表に出ないように、必死に動揺を押さえながら車線を変更する。  
 彼女を待ち受ける運命を思うと、少々気の毒になるくらいだ。  
 フフン。  
 
 
 広めに取った駐車場には、車が何台か停まっていた。少し混んでいそうだな。いつもなら  
げんなりするところだが、今日はこれも好都合。多すぎないのもいい。  
 亜紀乃は車から降りた。  
 もう逃げられないぞ。  
 わたしの友人が医者をやっている、小児科を専門とする個人医院だ。  
 建物は少々古くなって入るが、何度か改装した室内は清潔そのもの。ただ、変更しようが  
なかった間取りは使い勝手が悪いといつも愚痴をこぼしている。  
 彼女は、あまり性格がいいとはいえない。仕事はきちんとこなすタイプだから、通常なら問  
題ではないのだが、今回は話は別だ。彼女も、わたしの計画は知っている。というより、ほと  
んど主役だ。  
 受付には、やはり顔見知りの看護婦がいた。今は看護師というのか? まあいいや。  
 わたしが来たのが伝えられたのか、たまたまか、奥に友人の医者の姿が見えた。こちらを  
見て会釈する。うんうん、計画どおりだ。  
 待合室で、わたしが当然のように隣に座っても、亜紀乃は何も言わなかった。まあマジで  
おくるだけってことはないだろ。  
「ちょっと混んでるね。大丈夫? 待てる?」  
 心なしか、亜紀乃はさきほどより顔色が悪くなっているようだ。  
 それでも、わたしの問いかけには小さくうなずく。なんか、しおらしいなあ。  
 わたしのたくらみも知らないで。  
 待つ間もずっと、亜紀乃は一言もしゃべらなかった。  
 病気か?と思うような元気いっぱいの幼い子供たちが、ぬいぐるみを投げ合って遊んでい  
るが、それも眼に入らないようだ。  
 病気じゃなく、予防接種とかの可能性もあるな。  
 絵本の片隅に、彼女の歳でも読めそうなマンガがあったので、持ってきてやるが、やはり  
手にとらない。  
 うーん。つらそうだな。ずっとおなかに手をあててるし。  
 
「亜紀乃ちゃん、中に入っててね」  
 しばらくして呼ばれたので、ドアの向こうへ。わたしも一緒に。  
 といっても、まだ、医者の前じゃない。  
 中待合室。右端のカーテンの向こうが診察室なのだが、中待合室の長椅子の正面には、  
ベッドが二つ並べてある。  
 診察室と同じようにカーテンはついているものの、開けっ放しで、ここからでもまるみえだ。  
奥のベッドでは男の子が点滴を打たれているようだ。  
 長椅子には一人の女の子とその保護者。母親かな。ちゃんと血がつながっているんだろ  
うな。彼女らの隣に腰掛ける。  
 亜紀乃がキョロキョロと様子をうかがう。不穏な空気を感じ取っているのかな。手遅れだけどな。  
 わたしたちの後ろにも、患者が呼ばれた。  
 男の子と女の子。兄弟かな。保護者は一人。男性。父親か。  
 と、診察室から男の子と(多分)母親が出てきた。  
 代わりにわたしたちの前の女の子が、診察室の中へ。  
 長椅子の奥に移動し、順番を詰める。  
 診察室から出てきた男の子は風邪気味のようで、吸入器の前へ行く。  
 待つ間、心臓がドキドキしてきた。ワクワクするな。  
 こんな気持ちになるのも久しぶりだ。  
 母娘が診察室から出てくる。  
 準備は整った。  
 いよいよだ。  
 ぐっと、名前を呼ばれるのを待つ。  
「村岡亜紀乃さん。どうぞ」  
 はやる気持ちを押さえながら、亜紀乃とともに診察室へ。  
 うまくやってくれよ。友人。  
 
 
「今日はどうされました?」  
 状況はわかりきっているくせに、じらすように質問する友人。いい根性だぜ。  
「どうもおなかが痛いらしいんですよ」  
 わたしも付き合わねば。  
 彼女の質問にわたしが答えていく。ときどき、亜紀乃にたずねる質問。  
 亜紀乃も初対面ながら、同姓ということで安心しているのか。  
 友人は話しながら、通常の診察を始めた。上着をたくし上げ、聴診器を当て、その他いろ  
いろ。くるりと椅子を回転させて、背中。  
 それから、亜紀乃は、すぐ脇に置いてあるベッドの上へ横たえられた。脱いだスリッパを  
そろえてやる。  
「じゃあ、ずっとウンコが止まっているのね。どのくらい?」  
「え、と、四日、くらい……」  
「そう。四日間くらい出てないのね」  
 上着を限界まで引き上げ、下着を性器が見えるギリギリまで引きずり下ろし、亜紀乃のお  
なかをぐっぐっと押す友人。  
「だいぶ便がたまっているみたいね」  
 圧迫されて苦しいのか、顔をゆがめる亜紀乃。  
 わかっているくせに押しつづける友人。  
「出しちゃったほうがいいわ。向こうのベッドで待っててくれる?」  
 亜紀乃をベッドから下ろし、特になにをするかは告げず、亜紀乃を診察室から出す。  
 大体打ち合わせどおりだが、細かいところはすべて向こう任せだ。  
 看護婦が先導するが、おそらく彼女も事情は知っているはずだ。  
 いったん診察室から出た亜紀乃は、中待合を抜けて、すぐ目の前にあるベッドに腰掛けた。  
 中待合の長椅子から遠い、奥のベッドには点滴中の男の子がすでにいるため、空いてい  
るのはそこしかないのだ。  
 わたしは、長椅子で待つ他の患者の視線をさえぎらないように、二つのベッドの間の椅子  
に座った。おっと、男の子の邪魔になってもいけないな。もう少し隅に行くか。  
 亜紀乃の表情が暗いが、腹痛のせいばかりじゃないだろうな。いやな予感がしまくってい  
るんだろうな。その予感はすぐに大当たりするぜ。  
 
 看護婦は容赦なく告げる。  
 他の人間にも聞こえるように、わざと大きな声で。  
「じゃあ、亜紀乃ちゃん、浣腸するから、スカートとパンツを脱いで待っててね」  
 その声に、その場にいた全員がこちらに注目する。  
 亜紀乃のほおが、羞恥の桃色に染まっていく。  
 だが、看護婦に言われた以上、逆らえまい。  
 亜紀乃はあたりを見回すが、当然みな視線をそらして見ていないフリをする。  
「ほら、早く」  
 看護婦にせかされて仕方なく、スカートを下ろし、下着も脱ぐ亜紀乃。脱いだスカートで自  
分の股間を隠している。  
 だが。  
「これはカゴに入れておくね」  
 看護婦はそういって亜紀乃の脱いだ衣服を取り上げてしまった。  
 こいつ、ひどいな。  
 そうされれば、やはり亜紀乃は逆らえない。上着のすそを引っ張って、必死に大事なとこ  
ろを隠そうとするが、残念、ちょっと長さが足りないなあ。  
 他の子供たちは遠慮なしにじろじろ亜紀乃を見ているし。  
 おい、そこの若いお父さん、あんたもやっぱり気になっているだろ。手に持ってる週刊誌が  
さっきから一ページも進んでませんぜ。  
 この子はこれから浣腸されるんだ……そういう眼で見ているわけですね。  
 わたしは彼らには関心がないフリをして、友人が来るのを待つ。  
 ちょっと遅いな。  
 あえて待たせる気かな。  
 看護婦は亜紀乃をベッドに寝かせる。  
 もちろん、足は長椅子の方向に向けてだ。  
 引っ張っていたすそも、体の動きにあわせてずり上がった。  
 最後の手段として、亜紀乃は両手を股間にあわせて隠すが、看護婦はその両手を取って  
気をつけの位置に持っていく。  
 どうやらわが友人は、亜紀乃を見世物にする舞台を整えているようだ。  
 中待合にさらに二、三人呼んで、長椅子をいっぱいにしている。  
 入ってきた人間は、下半身裸の亜紀乃に、ぎょっとしながらも、何事もなかったように長椅  
子に着席していく。しかし、興味を失っているわけではない。  
 そこはちょうどいい観覧席だ。  
 子供たちは隠すことなく、大人たちはちらちらと亜紀乃の様子をうかがっている。  
 長椅子が埋まったところで、友人が登場した。  
 手には大きな注射器のようなものを持っている。だが、先端は針ではない。  
 奇妙な形に細く長く伸びた、ガラスのパイプだ。  
 それを見て、亜紀乃は震え上がっておびえた。でもどうしようもないんだけどね。  
 いつもこうならこいつもかわいいんだが。  
「じゃあ四つん這いになって、おしりを上げてくれるかな」  
 身体を固くして、動きがぎこちない亜紀乃の手足を引っ張りながら、いいように姿勢をとらせる。  
 少女の、小さなおしりはギャラリーの前に丸出しにされた。  
 ポーズを取らせてから、わざとゆっくりと、浣腸器に薬液を入れていく。  
 亜紀乃の肛門と浣腸器の先端に、グリスをたっぷりと塗る。  
「う、うう」  
 ぶすり。  
「ああっ」  
 亜紀乃がうめく。  
 しかし、それから友人は動かない。一度入れた浣腸器を引き抜く。  
「うまく入らないから姿勢を変えてくれるかな」  
 否応もいわせず、亜紀乃の体をゴロンと回転させる。  
 今度は正面から大開脚だな。  
 予想どおり、足を曲げさせて、しっかりと広げる。亜紀乃の毛の生えていない、未熟な女性  
器も丸出しだ。  
 亜紀乃をそのままにして、友人と看護婦は、ベッドの周りを回る。観客たちへの配慮だね。  
 肝心の場所を隠さないように、横から亜紀乃の肛門を広げたりしていたが、「これでもダメ  
ね」とつぶやく。  
 
 友人と看護婦は、亜紀乃の足を片方ずつつかんで、頭の上まで持っていった。マングリ返  
しという体位だな。お父さん、身を乗り出しすぎです。  
 亜紀乃は、というと、両手で顔を覆っていた。泣いているかな? お医者さんだけじゃなくて  
男の子やお父さんたちにも見られているもんね。  
 ひざが顔に着くくらい体を折り曲げて、足の支えを看護婦に任せると、友人はいよいよ浣  
腸器を亜紀乃の肛門に突き刺した。  
 ぶすり。  
 今度は奥へとぐいぐいと入れていく。けっこう深く入るもんだな。  
 友人はけっして慌ててではないが、手早くピストンを押していく。  
「うううんー」  
 体の中に入っていくのがわかるのかな。苦しそうな亜紀乃。  
「動いちゃダメよ。危ないから」  
 浣腸器内の、すべての薬液が亜紀乃の中に押し込まれた。  
「はい、終わりよ」  
 友人は浣腸器を抜いて、代わりに脱脂綿で肛門を押さえつけた。  
 すぐに看護婦は亜紀乃の足を下ろし、友人と交代して脱脂綿を押さえる。  
 足は下ろされたが、肛門まで伸びた看護婦の手が邪魔で、亜紀乃は両足をそろえて伸ば  
すことができない。見事なM字開脚だ。おいおい、その歳で男たちの目をくぎ付けにしている  
じゃないか。  
 脂汗がにじみ出てきていたので、置いてあったタオルでふいてやる。ハァハァと息遣いが  
荒い。ぽっこりとおなかがふくらんで、愛らしい。  
「じゃあ、このままじっとしててね。できるだけ我慢したほうがいいから」  
 それだけ告げると、友人はさっさと診察室に引き上げていった。  
「ううう」  
 グルグルというおなかの音がわたしにもはっきりと聞こえる。  
 薬が効いてきてるのかな。何度も時計を確認しながら、股間ではなく、おなかを押さえて  
うなる亜紀乃。  
 周りを気にする余裕もそれほどなくなっているようだ。ちょっと残念。  
 友人が診察を開始したのか、長椅子の先頭の男の子と女の子が診察室に入っていく。保  
護者のお父さんは、名残惜しそうに振り返った。亜紀乃が気になるのか。  
 猛烈な便意にさいなまれているだろうに、亜紀乃は五分ほどじっと耐えた。友人の話だと  
五分くらい我慢したら出していいはずだけど。看護婦はなにも言わない。  
「ね、ねえ、まだ? もう、トイレ、トイレに」  
 いよいよ耐えがたくなったのか、わたしに訴える。ゴロゴロゴロと、亜紀乃のおなかは活発  
に動いているようだ。  
「あの、もう限界みたいですけど……まだ出しちゃダメなんですか?」  
 わたしも一応看護婦に訊いてやる。  
「もう少し待ってくださいね」  
 一言か。  
 やっぱりひどい看護婦だ。  
 さらに二、三分して。  
「あ、あ、もうダメ、出ちゃう、出ちゃうっ」  
 半泣きになってくる亜紀乃。  
 かわいい声で鳴くじゃないか。  
「うーん、もう少し我慢できない? お薬だけ出てウンチが出ないといけないもんね」  
 看護婦はなかなか許してくれない。  
 ギュルギュルギュル。  
「まだ、まだっ? もう、我慢、できない、漏らしちゃうっ」  
 亜紀乃は冗談抜きでつらそうで、涙がぽろぽろとこぼれた。  
 なかなか泣かない子なんだけどな。  
「もう無理そうですね……じゃ、ちょっと起こしてください」  
 看護婦に肛門を押さえられたまま、亜紀乃はベッドの上にしゃがむ。バランスが悪いので、  
両手を前に着いたから、カエルみたいな格好になった。  
 まあ本気で出そうなら指だけじゃとても押さえきれないだろ。亜紀乃のほうでまだ我慢でき  
ているわけだ。  
 とにかく、そろそろ仕上げだな。  
 
 看護婦は片手で肛門を押さえつけたまま、もう一つの手でベッドの下から器用にお盆を取  
り出した。  
 いや、それはお盆ではない。洗面器より一回り大きい、金属製のたらいだ。  
 それは、子供用便器なのだ。  
「じゃあ、もう我慢しなくていいから、ここに出してくれるかな」  
 たらいをベッドの上に置いて、亜紀乃の肛門から指を離す。  
 信じられない言葉を聞いて、亜紀乃の顔が真っ青になる。  
 隣のベッドには男の子がいて、こちらを見ている。  
 二メートルほど離れた、反対側の長椅子には五人ほど座っている。保護者の中にはまだ  
男性だっている。  
 この歳になれば恥ずかしいだろうなあ。いやだろうなあ。  
「いや、いや、お願いだからトイレで、トイレでさせて」  
 うんうん、人に物を頼む態度だね。  
 わたしもちょっと援護してみる。  
「あの、なんとかトイレのほうでさせてもらえないでしょうか」  
 わたしが助け舟を出すとは思っていなかったのか、亜紀乃は驚いてわたしを見た。  
 フフフ。  
 甘いな。  
 わたしが本当に助けるとでも思っているのかね。  
 キミがそう言い出すのも想定の範囲内というやつなのだよ。  
 わたしの手のひらの上で踊るがいい。  
「そうですね……じゃあ、もう少しだけ我慢できる? トイレまで歩くよ? すみません、それ、  
持ってきていただけます?」  
 看護婦も不承不承といった感じで、亜紀乃をベッドから下ろす。わたしに金属製のたらいを  
もってこいと指示する。途中で亜紀乃が耐え切れなかった場合の配慮だろう。  
 看護婦は亜紀乃の手を引っ張り歩き出す。  
 だが、それはおそらく亜紀乃が期待した方向ではなかった。  
「え、え?」  
 長椅子で待っている人たちの目の前を歩き、ドアを出て待合室へ。  
 亜紀乃はあきらかに戸惑っているが、そんなことを無視して看護婦は亜紀乃のもう片方の  
手もつかみ、両手を一つにして引っ張っていく。  
 そうなのだ。  
 ここのトイレは、玄関脇に一つあるだけなのだ。  
 そこ行くためには診察室はおろか中待合も出て、待合室をとおり抜ける道しかない。  
 わたしはそれを知っていて、亜紀乃をトイレに行かせるよう頼んだわけだ。まったく、わたしも  
ひどい女だ。  
 待合室には、わたしたちが到着したときより多く、一〇人ほど客がいた。  
 突然、下半身丸出しの女の子が出てきて、彼らも驚いているようだ。  
 今の亜紀乃が下に身につけているのは、靴下とスリッパだけ。  
 両腕とも看護婦に引っ張られているから、少女の股間の大切なところを隠すこともできない。  
 中待合と同じく、子供たちは無遠慮に、大人たちはそ知らぬ顔で亜紀乃を注視している。  
狭い待合室の長椅子を抜けていくので、むき出しのおしりは至近距離から眺め放題だ。  
 引っ張られて歩いているからか、おしりがプリプリと左右にゆれる。  
 わたしは一応亜紀乃をかばうように後ろからついていくが、隠し切れないのは仕方ないね。  
 みんな興味津々と言った様子だ。こんなおもしろいさらし者はないだろう。  
 亜紀乃はうつむいているが、顔は真っ赤だ。おなかは本人の意思とは関係なくギュルギュル  
鳴って、ウンコが近いことをみんなに教えているし。  
 しかも便意の波が襲ってくると、歩くこともままならないらしい。  
 何度目かの波は強力で、亜紀乃はその場にしゃがみこんでしまった。  
 わたしは慌ててたらいを下に置く。  
 なにが起こるかは容易に予想がつく。近くにいた人間はさっと離れる。  
 ここまでか?  
 もうちょっとでトイレだぞ。がんばれ。  
「くぅ、ううー」  
 羞恥心が、排泄欲求に勝った。  
 亜紀乃は立ち上がって、再び歩き出す。  
 
 とうとう亜紀乃は待合室を抜けた。といってもたいして離れてなんかいないが。とにかくトイ  
レの前にたどり着いたのだ。  
 横のガラス製の自動ドアを抜ければそこは外の駐車場だ。  
 まあ、トイレでするくらいは許してやろう。  
 子供とはいえ、さすがにかわいそうだ。  
 ん、どうした?  
 亜紀乃はトイレの前で立ち尽くしたままだ。  
 入らないのかな?  
「使用中ですね」  
 看護婦が気の毒そうに言う。  
 おやおやおや、運にまで見放されたか。  
 どうかな、誰か知らないが、中の人が出てくるまで耐えられるかな。  
「もうちょっとだからね、がんばりなさいね」  
 無責任に亜紀乃を励ますわたし。  
 しぼり出すように、亜紀乃はうめいた。その顔は絶望にゆがんでいる。  
「もう出ちゃうぅ」  
 ダメみたいだな。  
「え、もうウンチ我慢できませんか!?」  
 大慌てで叫ぶ看護婦。  
 いや慌てすぎだろ。……コイツ、限度なしか。  
 みなの注目を浴びる中、看護婦はわたしの持ってきたたらいを奪い取ると、亜紀乃の足の  
間に置いた。その動作は真剣そのもの。  
 亜紀乃もこれ以上我慢することはできないようで、あきらめて腰をおろした。腹痛のためか、  
恥辱のためか、真っ赤な顔に涙が流れ落ちる。  
 看護婦とわたしで腕を抱えて、たらいにおしりが着かないように支える。うーん、狙ったわけ  
じゃないんだけど、この位置だとホント、待合室の人たちからよく見えるなあ。外からものぞき  
放題だし。まあ駐車場に人はいないみたいだけど。  
「ああー、もうダメえっ」  
 まずブヂュッと、つかえていたものが押し出される音がした。そして、間髪いれずに強烈な  
破裂音が待合室いっぱいに鳴り響く。  
「ううううん――っ!」  
 ブビビ、ババババッと、可憐な少女に似合わない悲痛な音が響きわたる。とても自分の意  
思では止められないようだ。同時におしっこも勢いよく飛び出してくる。  
「ああ、こんなの、やぁ――」  
 亜紀乃は、衆人環視の中で脱糞を続けた。待合室の立会人たちも、例外なく固唾を飲ん  
で見守っているようだ。  
 四日間分の量か、想像以上に大量の便がたらいを埋め尽くしていく。  
 臭いもかなりきつい。  
 ブリブリ、ビチュチュチュ、ブホーッ。  
 まだ終わらない。便が出つくしても、おならが次々に出る。  
 こんな人前で……いくら普段は気丈に振舞っていても女の子だもんな。耐えられないだろうな。  
 ブポッ。ウンチの最後のひとかけらが、ウンコとおしっこの池に、ポチャリと落ちる。  
「えぐっ、えぐっ、えっ」  
 排出が終わって、亜紀乃のしゃくり泣く声が聞こえてきた。  
 まあ仕方ないか。こんなことになるくらいだったら診察室でしてればよかったのにね。かわ  
いそうに。いやマジでちょっとかわいそう。  
 と、トイレのドアが開いた。中の人は患者の母親と思しき女性で、トイレの前でウンコを漏  
らして泣いている女の子の姿にビックリしていたが、すぐに気を使って離れていく。  
 看護婦がトイレの中から消臭剤を持ってきてあたりに振りまいた。すでに悪臭が充満して  
いたが、少しだけ緩和される。  
「おしりをふいてあげていただけます? それからまた中に入って待っていてください」  
 そういって、看護婦は大便がこんもりと積みあがったたらいを持っていった。  
 今度もまた待合室をとおるのかと思ったが、受付の横にあるスタッフ用のドアを使った。  
ショートカットになっているのだな。確かにあんなもの持ち歩かれたらさすがに迷惑だが……  
 泣きやまない亜紀乃をなだめながら、トイレに入って、おしりをふいてやる。  
 
 よく考えたら下着もスカートも診察室のほうに置いてきたから、亜紀乃はまた裸で待合室を  
とおらなきゃいけないな。  
 うーん、どうしよう。  
 あくまでひどい目にあわせるつもりなら、服が汚れたとか言って上着も脱がしてしまう手も  
あるが。そうまでしなくても、このまま手を引っ張って中待合まで連れて行けばいい話だ。  
 なにもかも見ていた人間の前を裸で引き回せば、そうとうな屈辱だろう。  
 でもな、うんこするところまで大公開しているわけだし、これ以上はなあ。  
 一時的かもしれないが、せっかく弱っていることだし、少しはやさしくしてやろう。  
「ちょっとここで待ってなさいね。スカート取ってきてあげるから」  
「……うん」  
 亜紀乃は素直にわたしに感謝しているようだ。よしよし。  
 亜紀乃を一人トイレに残し、中待合へ。  
 友人がいた。小声で、わたしに言う。  
「どう?」  
「ちょっとやりすぎた気が……あとはもういいよ」  
「そう。なら、あとは薬出しておくだけだから、もう診察室まで来てもらわなくてもいいけど」  
「そうさせてもらうわ」  
 友人もやりすぎたと思っているのかな。  
 亜紀乃の衣服を確保し、再びトイレへ。なんかわたしまで注目を浴びているような気がする。  
あんなことした少女の母親だから仕方ないのか。  
 トイレの周辺はまだかなりの悪臭が残っていた。  
「亜紀乃ちゃん。はい、スカート。もうあとはお薬待ってるだけだから、わたしがもらっておくわ。  
先に車で待っていてくれる?」  
 浣腸から排便まで、誰にも見られたくない姿を見られまくっているというのに、いまさらその  
目撃者たちの中で待ちつづけるのはいやだろう。そこは自分のウンコのとてつもない異臭が  
漂う場所で、周りにいる全員がそのことを知っているわけだ。地獄だな。  
 というわけで、わたしの配慮だよ。  
 元々わたしのせいでこんな目にあったわけだけど。  
「…………」  
 わたしは車の鍵を出すが、亜紀乃は黙ったまま、下着とスカートをはくだけだ。  
 まさかわたしの計略に気づいたわけじゃないよな。  
「どうしたの? まだどこか痛い?」  
 できるだけやさしく、心配そうに。  
 これでどうだ。  
「…………」  
「…………なに?」  
「……ありがと。…………お母さん」  
 …………  
 おや。  
 おや。  
 おや……  
 
 
 わたしと目があった男性が、足りないものを探すように周囲を見回した。中待合にいた男  
だろうな。  
 一番の肝心なところを見逃してしまったわけだからな。惜しむ気持ちもわかるが。充分い  
いものは見れただろ、あきらめろ。  
 薬を受け取って、車に向かう。亜紀乃はいつもと変わらず、憮然として待っていた。ただ、  
いつもと一つだけちがって、亜紀乃は、今は助手席に座っている。  
 
 まったく。  
 わたしはひどい女だ。  
 
 
 
(了)  
 

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