僕は今、猛烈に困っている。  
というよりは、どうしようもなくて、困っている。  
それというのも……。  
 
 
「おい地球人、朝だぞ!」  
突然、睡眠の安らぎから現実へ引き戻される。  
暖かな布団を引っぺがされ、その上シーツまで奪われてしまっては、起きるしかないじゃないか。  
「う、うぅん……今日、日曜日じゃないかぁ」  
眠い目をこすりながら、仕方なく起き上がる。  
こんな休日はゆっくり眠るのが僕の楽しみだっていうのに、そんなささやかな楽しみすら許されないのが僕の現状なのだ。  
「この星の曜日単位など知らん、太陽光が降り注ぎ始めたのなら起床するのが地球の習慣なのだろう?私は何も間違っていないぞ」  
シーツと布団を両手に持ちながら、自分の正当性を主張する―――というか絶対悪いと思ってないよ―――女の人は、言葉遣いから  
分かってもらえる通り、この星の人じゃない。  
そう、彼女はいわゆる宇宙人……この地球から3000万光年も離れた惑星からやってきた、クラウという異星人なんだ。  
いきなりこんなことを言われても訳が分からないと思う。僕だって、初めて彼女と会ってそんな風に言われたときには、まったく  
信じることができなかったもの。  
でも、事実なんだ。  
彼女が見せてくれた、この星に来る際に使ったという宇宙船……の残骸や、彼女が持っている妙ちくりんな銃……だったスクラップは、  
少なくとも僕に披露してくれたときには完全な形で残ってたし、僕の目の前で浮き上がったり、山一つを焼き払うような威力のビームを  
見せてくれた。  
でも今言ったとおり、それらはもう使い物にならなくなってしまっている。  
その原因を作ったのは……。  
「あらあら裕紀様!どうなされたのですか?ついにこのインチキ女に襲われてしまいましたか!?」  
「誰がインチキ……うわぁ!?」  
またも突然、僕の部屋のドアが開いたかと思うと、一人の女性が飛び込んできて、僕の身体を抱きしめてくれた。  
僕にたどり着くまでに、進路上にいたクラウは見事に吹っ飛ばされている。  
「あ、うん……別に、ただ起こされただけで」  
「でも布団もシーツも奪われているじゃありませんか!やっぱり襲われる一歩手前だったんですね!よかったです……裕紀様に何かあったら、私は…」  
女の人は勝手に自己完結して、僕の反論も許してくれないまま、その豊満な胸に僕の顔を押し付けた。  
この柔らかい感触はまさに天国だけど……息が出来なくて、ほんとに天国に行っちゃいそうだよぉ。  
まあ、この人なら、そういう目的でこんなことをしていると言ってもおかしくはないんだけどね。  
いまさらだけれども、彼女の頭の上には黄色いわっかが浮いていて、背中からは白い巨大な翼が生えている。  
そんな外見から分かるように、彼女は天使、それも僕を天国へ連れて行くためにやってきた、アンっていう天使なんだ。  
人っていうのはおかしい気がするけど、いちいち区別していたらきりがないから人でまとめることにするね。  
 
これまたいきなり言われても混乱するだろうけど、仕方が無いと思う。  
僕だって初めて会って天使だなんて言われたときには、格好も含めて変な人に絡まれてしまったのかと思ってしまったから。  
でも、アンは僕の目の前でふわふわと空を飛んだり、持っている弓と矢でスタンド使いを……じゃなくて、別れかけていたカップルを  
仲直りさせてしまったんだから、信じるしかない。  
それに、僕が子供のころに死んじゃったおばあちゃんとも会わせてくれたし。  
ともかく、彼女は人じゃない、天使なんだ。  
さっきも言ったとおりアンは、僕を天国へ連れて行くために僕の元へとやってきたという。  
なんでも僕は天国のえら〜い神様の子供らしいんだけれども、神様としての力がないと判断されて、人間として地上へ追いやられてしまったらしい。  
でも、後から調べてみたらそれはえら〜い神様の失脚を狙う悪い神様の陰謀で、本当は僕にはすごい力があるらしい。  
それが判明したために、アンは僕を天国へと連れ戻すために来たっていうんだ。  
ちなみにクラウの目的も似たようなものらしい。  
なんでも偶然通りかかった地球からものすごいエネルギー反応がしてみたので降りてみれば、そのエネルギーを発していたのが  
一人の人間……つまり僕だったんだって。  
そのエネルギーはクラウの惑星ではとっても貴重なもので、僕一人分のエネルギーがあれば母星を支配することも出来るほどのものらしい。  
なので僕の持つエネルギーを手に入れようと接触したっていうわけなんだ。  
初めはエネルギーだけを吸い取ろうとしたみたいだけど、どうやっても出来ないみたいで、仕方ないので僕ごと連れて行こうとしていたら、  
僕を連れ戻そうとするアンがやってきて、話がこじれにこじれたというわけ。  
僕本人としてはまったくもって勝手な話なんだけれども、クラウは僕に拒否権なんてないっていうし、アンはそんなことを言われたら私はどうすれば  
なんて言いながら泣き崩れちゃうし……。  
そこから話がどうなったのか覚えていないけど、クラウは僕をアンから奪うために、アンは僕を悪い虫から守るために(悪い虫って言うのはクラウのこと  
らしい)、僕と同居すると言い出して、三人一緒に暮らすという変な生活が今も続いているってことなんだ。  
僕は物なんかじゃないのになあ……。  
さっき言ったクラウの壊されたアイテムっていうのは、クラウが一度強引に僕を連れて行こうとしたとき、アンが壊しちゃったものなんだ。  
そのせいでクラウは帰れなくなっちゃって、それもあって僕と一緒に暮らすと言い出した……というような気がする。  
というか、僕に責任を求められても、壊したのは僕じゃないんだからどうしようもないんだけれども、どう言ってもクラウは聞く耳をもってくれないから  
もういい加減諭そうとするのは諦めちゃった。  
そんなこんなで僕笠原裕紀15歳はすっごく困った状況なわけで。  
お父さんとお母さんはずっと昔に死んじゃってるし、一緒に暮らしていた叔母さんはアンのことを見るなり「裕ちゃんもとうとうそんなお年頃なのねぇ」なんて  
言いながら実家に帰っちゃったし…。  
もう、本当にどうしよう。  
たしかに家事はクラウとアンがしてくれるし、学校へ行ってもアンが不思議な力でどうにかしてくれたおかげで何も言われないし、生活面で  
心配事はないんだけど、やっぱり、宇宙人と天使に身体を狙われているのに、その当事者が一つ屋根の下にいるっていうのが問題なわけで。  
おまけに二人ともすっごく綺麗だし、それに、その……えっちも求められるし。  
このままじゃ二人の決着が着く前に僕がどうにかなっちゃいそうだよぉ〜!  
 
「いかがいたしましたか裕紀様?あの嘘つき女に襲われかけて出来た心の傷が痛むのですか?それなら私の身体で……」  
アンがまた自己完結をして、おもむろに服に手をかけた。  
「わっわっわっ!そんなのじゃないよ!ただ考え事をしてただけで……」  
脱いでしまう前に、慌てて僕がその手を止める。  
ここで抑えないと、なし崩し的に押し倒されて、いつものようにえっちな流れになっちゃうんだ。  
たしかに男として嬉しいかもしれないけど、僕は年齢の割りにずっと子供だし、そういう事は好きな人とちゃんと  
合意の上でしたいし……。  
「そうでしたか……申し訳ありません裕紀様、お役に立ちたい一心で、どうしても先走ってしまうのです。  
こんな出来損ないの天使ですが、どうかお許しください」  
正座をして頭を下げるアンに、僕は反応に困ってしまう。  
たしかにアンの言うとおりすっごく先走りやすくて僕もその被害を受けたことがたびたびだけど、  
やっぱりだからって怒るなんてことはできないしなあ。  
かといって大歓迎ってわけでもないし、本当困っちゃうよ。  
「……おいコスプレ女」  
ふと、部屋の隅のほうからすっごくドスの効いた声がしてきた。  
「ひえぇ!?」  
僕は怖くて、思わずアンにしがみついてしまう。  
「大丈夫ですよ裕紀様。……コスプレ女とは随分な言い方ね、サギ師女」  
これまたアンもドスの効いた声で、声の主に反撃する。  
アンも怖くなってしまったので離れようとしたのだけど、がっちりと掴まれちゃってるので離れられない。  
「サギ師、か……この星でいう嘘を生業とする人間の事だな、よく言ってくれる」  
部屋の隅から、殺気を発しながらクラウが近づいてきた。  
口元は笑ってるけど、目はそれだけで人を殺せそうなくらいに鋭くなっている。  
こ、怖い……。普段からすごく強気だけど、もうそういう領域じゃないくらいに殺気立ってる……。  
「あ〜ら、宇宙人だなんてSFじみたことを大真面目に言ってるような奴がサギ師じゃなくて何なのかしらぁ?」  
対するアンは、ものすご〜く挑発的な態度で、その綺麗な金髪をかきあげながら言い放った。  
「ふん、天使などというオカルトじみた存在などと名乗るバカのことはどう呼べばいいのだろうな?キ○ガイか?」  
アンの挑発にもビクともしない……ううん、あれは絶対挑発に乗ってるね。  
こめかみに青筋を浮かべながら、クラウは言葉を返した。  
「なんですってぇ……この○○○(ひどすぎて表記できません)女!」  
「貴様……この△△△(低俗すぎて書けません)め!!」  
「へ〜ぇ、宇宙人さんにもそんな知能があるのねぇ〜、言ってくれるじゃない××××(ひどすぎで(ry)!!!」  
「ふはははは、やはり天使などと言い張る◇◇◇だとそんな事もいえるのだな!この♯ξω(やば(ry)め!!」  
ヒートアップする二人をよそに僕はというと、アンの注意が逸れた隙に腕の中から逃げ出した。  
こんな言い合いが起きたときは、散歩でもして収まるのを待つのがいつもなんだ。  
 
「はぁ〜〜〜〜〜……ホント、困ったなあ」  
いい加減慣れたとはいえ、あんなのが毎日じゃホントに僕の身体が持ちそうにない。  
そうはいってもアンは宇宙人の存在を信じてないし、クラウは天使なんてオカルトだって言って聞かないし……。  
僕じゃどうしようもないのかなあ。  
そんな風に悩みながら歩いているうちに、家から少し離れた公園までたどり着いてしまった。  
戻っても多分喧嘩は収まっていないと思うので、僕はベンチに座って時間を潰すことにした。  
「はぁ〜〜〜〜〜……」  
ため息だけが口から漏れちゃう。  
僕、苦労人だなあ。  
「……どうしたの、悩み事?」  
ふと、声をかけられた気がしたので顔を上げてみた。  
そしたら、僕の目の前にはおっきなおっぱい……じゃなくて!  
とっても綺麗な女の人が立っていた。  
見る限りだと、僕より二つか三つ年上の人だと思う。  
アンとクラウが大人びた外見でそれをいつも見ているので、この人は普通より幼くみえてしまう。  
なので、もしかしたらもっと年上かもしれない。  
ともかくそのくらいの年齢の、もう一度言うけれどとっても綺麗な人が、僕の前に立っていたんだ。  
アンもクラウも常人離れした美貌を持っているけど、この人も負けていない、そう思わせるくらいの外見だった。  
「ねえ、悩み事?」  
「え、あ……はい、そうなんです」  
また訊かれたので、僕は敬語で答えた。  
見た限りだと年上だし、なによりここらへんでは見たことのない人だから。  
この周辺に住んでる人なら大体目にしているけど、この人はまったく記憶になかった。  
こんな綺麗な人なら忘れるはずないもんなあ……。  
「ふうん。ね、隣いい?」  
断る理由もないので、僕は隣を空けるためにほんの少し横にずれた。  
女の人は空いた場所に座り、  
「それで、どんな悩みなの?」  
と、小首を傾げながら訊いてきたんだ。  
「えっと……」  
僕は言葉に詰まっちゃった。だって、「いきなり僕を連れて行こうとする宇宙人と天使がやってきて、一緒に  
暮らすことになってしまって困っている」なんて言って信じてもらえるはずないもの。  
「言えない悩みなのかな?」  
女の人はまた小首を傾げた。  
 
言えない、と答えるのが一番かもしれないけど、せっかく手を差し伸べてくれた人にそんなことは言えないし……。  
「言えないならいいんだよ?アタシも無理に訊いたりはしないし」  
「そう、かもしれないですけど、でも……」  
女の人はそういってくれるけど、僕としてはやっぱりその選択は出来ない。  
となると、説明しかないんだけど……信じてもらえるはずないよなあ。  
「うーん……それじゃあさ、アタシを家まで連れて行ってくれない?」  
「え、でも」  
「言えないっていうのはさ、説明するのが難しいんでしょ?だったら、見てみたほうがいいんじゃない?  
ほら、百聞も一見すれば棒に当たるって言うじゃない」  
「……百聞は一見にしかず、ですよ」  
僕が間違いを指摘すると、女の人は恥ずかしそうに「そうだった?あ、あははははは!」などといいながら  
笑ってごまかした。  
「まあ、ともかく!そうと決まれば噂をすれば急げ!さっそく行きましょう!」  
「あの、噂をすれば影と善は急げが混ざって……」  
「細かいことはいいの!さ、連れてって!」  
結局僕は女の人の強引さに負けて、家まで案内することになってしまった。  
初めて会ったばかりの、それも少し会話を交わしただけの人を連れて行くなんて危ないとも思ったけど、  
何か困ったことになったらアンがどうにかしてくれるだろうから、気にしないことにした。  
「ところで、まだ名前聞いてなかったよね。なんていうの?」  
歩き始めようとしたときにそんなことを訊かれたので、僕は答えることにした。  
「笠原裕紀です。そこの高校に通ってます」  
すると女の人は嬉しそうにうなずいて  
「そう、裕紀君っていうの……アタシはフィーネ。よろしくね」  
と、答えてくれた。  
「はい、よろしくお願いしますフィーネさん」  
互いに名乗りも上げたところで、僕は案内するために来た道を戻り始めた。  
 
 
 
 
そこで僕は振り返るべきだったんだと思う。  
振り返って、見るべきだった。  
フィーネさんが、悪魔のような笑みを浮かべているのを……。  
 
 
 
 
「ここが僕の家です、どうぞ」  
「へえ、立派な家だねぇ〜…お邪魔しま〜す」  
玄関の前に着くと、僕はフィーネさんを家の中へ招き入れた。  
ちょうど僕が先に入ったとき、洗濯物を抱えたアンがいて  
「あら裕紀様、お帰りなさいませ。……お客様ですか?」  
と訊いてきた。  
「うん、フィーネさんって言うんだ。さ、どうぞ」  
簡単に紹介をしながら、靴を脱いで上がろうとしたとき……突然、アンに腕を引っ張られたんだ。  
「うわっ、うわわっ!?」  
あまりに突然のことに、靴を片方履いたまま家に上がってしまった。  
「ア、アン!?いきなり何を……!?」  
僕がアンの顔を見上げたとき、そこにあったのは普段のアンの表情じゃなかった。  
見たことも無いような困惑と緊張の色に染まっていて、その眼は玄関をにらんでいる。  
そしてクラウと言い争っていたときのように、僕を守るように抱き締めてくれたんだ。  
「……アン?」  
はじめて見るアンの表情に戸惑いながら、僕はアンに声をかけた。  
「貴様……どうやって裕紀様についてきた!!」  
アンは僕の声には答えてくれず、玄関に向かって叫んだ。  
「どうやってって、決まってるでしょ?案内してもらったのよ」  
突然、ついさっき聞いたばかりの声が玄関から聞こえてきた。  
でもその声の調子は全然違っていて、余裕と嘲りに満ち溢れている。  
「そう、そこのお馬鹿ちゃんにね……ね、裕紀君♪」  
「え?フ……フィーネさん!?」  
玄関から歩いてきた声の主は、たしかにフィーネさんだった。  
だけどもその服装は大きく変わっていて、普通の服装から、露出度の高い黒のボンテージになっている。  
おまけに頭の両サイドから二本の角が生えていて、背中には蝙蝠の翼があって、下半身には先の尖った  
尻尾までもがゆらゆらと動いている。眼も鋭い猫のような瞳孔になっている。  
まるで女悪魔のような……悪魔!?  
そう、今のフィーネさんは、物語に出てくる悪魔のような姿形をしているんだ!!  
「裕紀様、どうしてあのような輩を案内などしたのです!あれは地獄の使い……本物の悪魔ですよ!!」  
「そ……」  
そんな馬鹿な、という言葉が口から出ようとした。  
だって、そんな邪悪な感じはしなかったし、何より僕と会ったときには普通の人の格好で……。  
 
「カモフラージュしてたに決まってるでしょ?ホントにバカなのねぇ」  
僕の心を読んだかのように、フィーネさん……の顔をした悪魔は言った。  
「己、人に化けて裕紀様をたぶらかすとは……卑怯な!!」  
「悪魔だからね、アタシ。汚い手使わないと悪魔の名が廃っちゃうでしょう、うふふ♪」  
敵意をむき出しにして叫ぶアンに対して、悪魔は明らかに嘲笑を浮かべながら答える。  
「嘗めた口を……二度とそんな口を叩けないようにしてやる!」  
僕を抱き締めたまま、アンは片手にファンタジーで出てくるような剣を出現させた。  
背中の純白の翼が大きく広がり、玄関に飾ってある額縁のガラスに割れ目が走るほどの殺気が、  
アンの全身から放たれる。  
クラウの宇宙船を壊したときにも、こんな感じになったっけ。  
僕がこんな風に落ち着いて考えることができるのは、ひとえにアンの不思議な力を知っているからだ。  
アン一人では大した力は出ないらしいけど、僕がいることでものすごい力を発揮できるらしい。  
それも僕がえら〜い神様の子供だからだというけど……僕にはさっぱりだ。  
「ふぅん、なるほどねぇ……さすがは天界随一の天使、すさまじい力ね」  
でも、悪魔は力に臆することなく立っていた。  
それどころか余裕の笑みを浮かべて、片手を腰に当てて佇んでいる。  
「でも、アタシのことも甘く見ないで欲しいなぁ。地獄の王女、フィーネ=デモンズ=デビロニアをね!」  
悪魔……フィーネが片手をかざしたとたん、力の流れが逆になった。  
強風のような殺気が、僕らの全身に吹き付けてくる!  
「う、うあぁ……」  
「くぅっ……地獄の王女、これほどまで、とは……!」  
アンが僕をさらに強く抱き締めてくれるのが分かる。  
このままじゃいけない、このままじゃ!  
「口ほどにもないわねぇ。それじゃ、目的の裕紀君は頂いていくわよ♪」  
悪魔が近づいてくる。  
やっぱり、あいつの目的も僕なんだ。  
それなら、いっそ僕があいつの手に渡れば、アンは無事で済む!  
そう考えた僕が、アンの拘束を破ろうとしたとき。  
「……お前ら何をしている?」  
聞き慣れた、落ち着きのある強気な声。  
「クラウ!」  
僕は嬉しくて、思わず大声で呼んでしまった。  
まだクラウがいたんだ、クラウならきっとなんとかしてくれる!  
「あら、まだいたの?貴女は……天使じゃないみたいね。同族?」  
悪魔が余裕ある態度でクラウに問いかける。  
 
「天使などというオカルトなものはいない。さらに言うと私はこの惑星の原住民ではない。  
まさか……貴様もその手の存在だというつもりか?服装から察するに……サキュバスだな?  
この星のデータベースにたしかに照合するデータがある」  
クラウは冷静なまま、スラスラと言葉を並べていく。  
「……何言ってるのアンタ?自分が宇宙人だとでもいうつもり?」  
「つもりも何も私は宇宙人だ。あくまでこの星の言い方にあわせれば、だがな」  
平然と言い放つクラウに対して、やはり悪魔は困惑してるみたいだ。  
なんだか、初めて会って同じ言葉を聞いたときのアンの反応を思い出す。  
「何を言い出すかと思えば……アンタバカァ?頭イッちゃってんの?」  
こめかみをトントン叩きながらわざと苛立つ言い方をする悪魔に対して、さすがのクラウも  
頭にきたようだ。  
片手に持っていた包丁をスカッ、と床に突き刺した。  
あぁ……どんどん僕の家が壊れていくよぉ。  
「貴様こそ自分を悪魔とでもいうつもりか!」  
アンのこともあって、クラウも嫌になってきているのかもしれない。  
当然悪魔は  
「当たり前でしょ!?アタシこそは地獄の王女、フィーネ=デモンズ=デビロニアよ1」  
と、アンの時と同じように名乗りを上げるが  
「なんだその珍妙な名前は、貴様など地底人Aで十分だ!!」  
クラウの言葉の前に呆然と立ち尽くした。  
「ちょっと……地底人って何よ……」  
「その角で穴でも掘るんだろう?悪魔などというオカルトじみたものよりはるかに現実的だ」  
続いたクラウの言葉に、悪魔……フィーネは完全にプライドを砕かれたみたいだ。  
あさっての方向を見つめたまま、その場に崩れ落ちてしまった。  
「ふん、まったくこれだから……。おい地球人、もうすぐ食料の調理が終わる、食事にするぞ」  
「え、でも……いいの?アレ」  
フィーネを指差す。  
クラウは床に突き刺さった包丁を抜きながら、「知ったことでない」とだけ言って台所へ戻ってしまった。  
アンも気を失っていたけど、茫然自失としたフィーネを見るなり「放っておきましょう」とだけ言って  
食卓へ着いてしまった。  
僕はどうにかしようと思ったんだけど、どうにもできそうにないので結局そのままご飯にした。  
 
 
 
 
 
この後フィーネが自分を取り戻してから言ったのは「こいつにアタシの恐ろしさを教えてやる!」だった。  
こうして、僕の家に三人目の同居人ができたのだった。チャンチャン♪  
……全然ハッピーエンドじゃないよ!誰かどうにかしてぇぇぇぇぇ!!  
 

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