片桐京子は超能力者だ。  
『相手の夢の中に入って夢を自由自在に変える』能力の持ち主だった。  
彼女にとって幸運だったのは能力を知った人物が彼女にとって理解的だったこと。  
そして、彼女に対して他の人間と同じように扱ってくれた事だ。  
 
「おい、また科学部にいくのか」  
そう声をかけて来たのは、同級生の緑川俊二だ。  
時間は放課後、まだ日は高く明るいといって良い。  
「悪い?」  
そう言い返してから、京子は振り返る。  
「今日という今日ははっきり言わせてもらうけどな……科学部やめろ」  
そう言って俊二は、京子の服を掴んだ。  
「なんで、あんたに私の部活動を決められなきゃいけないのよ」  
そう言い返してから、京子は掴まれた腕を引き離して言い返す。  
「野球部のマネージャーに専念しろとか言うんじゃないでしょうね」  
俊二は野球部の部員だ。1年だが実力はかなり高いので、即戦力として考えられている。  
「ああ、そうしてくれたほうがずっと嬉しい」  
「……悪いけど私科学部止める気ないから」  
「あんな何時人体実験するかわからない○○○○部長についていく気かよ!」  
「部長のことを悪く言わないで!」  
「だけどなあ……」  
「あの人は………」  
そう言って口をつぐんだ。言える筈が無い自分が超能力者など。  
部長の前でつい喋ってしまったが、言わないと約束してくれたし相談にも乗ってくれる。  
少々変な所があるが悪い人ではない。  
「じゃあ、科学部が終わったら野球部行くから」  
そう言って少女は教室を出た。  
 
「おお、京子君、今日はつまらない顔してどうしたのかね?」  
「ええと、科学部止めろって同級生に言われたんですけど  
 私、やめる気がないって答えたんです」  
「ふむ、わかった」  
西博士(にしひろし)と言われる科学部の部長は、まわりの生徒からの受けは悪いが、  
その天才ともいえる成績は学内一と呼ばれている。大学は飛び級で合格してるらしいが、  
「とりあえず高校で人間関係について学んで来い」と両親に言われこの高校に入ったらしい。  
「しかし……最近スランプなのだよなあ……我輩も」  
そう言って西はゆっくりと立ち上がって力強く叫びだす。  
「こうなったら、なんら怨みはないが学会に復讐するために何か行動を起こすというのも悪くないかも知れんな!」  
「怨みもないのに復讐ですか?それって何か矛盾してませんか?」  
「否!復讐とは!復讐とは!例え自分ではなんとも思っていなくても相手からしたらとても大きなものであり、  
 つまり相手がまったくわからない復讐動機と言うのも全然OK!という事は只なんとなく復讐するというのもありではないかな?」  
「……でも……復讐は何も生みません」  
突っ込んでも無駄だとわかってるので、とりあえず一般的なことで止めてみる。  
「確かに……復讐という桜を咲かせ桜を見たところで目に映るのはただ淡くちりゆく桜吹雪のみ……  
 ああ幻想的されど破滅的な桜吹雪よ……吹雪……ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ぎゃああああああ凍え死ぬぅぅぅぅぅ!」  
手近にあったハリセンで西部長の頭を叩く。  
「なにをするのであるか!我輩の繊細かつ大胆な脳はおお!おお!今すばらしいアイディアが  
 宇宙の彼方のブラックホールから送られてきたのである!」  
そう言うや否や西博士は机の上で何か怪しげな物を作り始めた。  
「ああ、京子君、もうそろそろ野球部に行く時間だろう。他のメンバーは今日は遅れると言っておったから、安心したまえ」  
そう言って西は発明品にとりかかる。こんな人物だが、何故か先生からの信任は厚い。  
「あっそれでは」  
そう言って科学室を出てから、京子はよしっと気合を入れた。  
 
野球部の部室はかなり散らかっている。  
食べ残しのパンやら雑誌が所狭しと並べられ、足の踏み場も注意しないと何かを踏みそうで怖い。  
やかんで紅茶を作りながら、冷蔵庫から氷が残ってるか調べ、タンクに水を補給する。  
まず朝から残ってる食べ残しをチャックして全部捨ててから雑誌を纏めて部屋の隅に置く。  
「××高校 試合記録 部外秘」と見慣れぬ高校の名前が書かれたDVDを見つけて、ああ『こう言うのを見て勉強してるんだな』と思い、  
ケースをきちんと並べて部屋を片付ける。紅茶が完成したので氷を入れた大き目のプラスチック水筒に入れて冷蔵庫に入れる。  
時間を見ると5時55分。まあ少しの休息の間に『勉学用』のDVDを見るのも悪くないと思い手に取る。  
デッキにDVDを入れて再生ボタンを押す。  
突如として画面に現れたのは黒い皮製の下着を着た女性。後ろから現れる謎の男。  
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」  
顔を真っ赤に染めて叫び声を上げる。幸か不幸か部室棟には誰もおらず気に止める人もいなかったが、さすがに汚いものを触るような手で取り出して、  
元のケースに収めてからそそくさと本棚に置く。  
ずらりとカバーがかけられた本の一冊を手に取り開く。エロ漫画だった。  
「………」元の所に戻して、冷蔵庫から紅茶を取り出すと、塩を少し混ぜておく。  
ようやく戻ってきた野球部員達に挨拶をしてから、「科学部で用事を思い出した」と言って、そそくさと部屋を出ようとする。  
「おい」  
そう言って俊二が声をかけてくる。  
「あんな奴とつき合ってて、気分が変にならんのか?」  
「全然」  
顔を赤らめて部室を立ち去ろうとする。  
「紅茶に砂糖入れといたから」  
「……なんだよ!今日……何か……」  
「近寄らないで!」  
激怒し般若の表情で平手打ちをすると、そのまますたすたと立ち去っていく。  
「貴方なんて……貴方なんて大嫌いっ!」  
そのまま駆け出すように走っていく。  
ぽかんとした表情のまま俊二は駆けていく彼女を見ることしかできなかった。  
 
「どうしたのかね、野球部の仕事は終わったのかね」  
ふらふらと科学部の部室に入ってきた京子に対して西はそう言って迎える。  
他に助手数人がいるが、ここでは略する。  
「何……作ってるんですか?」  
「おお!良くぞ聞いてくれた!これは……「データ収集装置です」……我輩の台詞を取るなー!  
 それはこの発明を端的に表してるが、逆を言うならばまったく表してないと言う事でありそれはすなわちまったく違うということなのである!」  
ちなみに間の台詞は助手である。  
「はあ……」  
「どうしたのかね?何時もの元気は何処へ行ったのかね?」  
「……野球部が……あんな変態の巣窟だったなんて始めて知りました……」  
ポツポツと語り始める京子。  
 
「学校にエロ本やエロ画像の物を持ってきて、それを隠してるなんて……」  
「むう……他の人物の性的趣向にとやかく言う気は無いので良くわからんが、  
 それはつまり男同士でやらないかとか、なんかコラージュ作品で……」  
「そんなのじゃあありません……もっと……もっと……」  
涙をこらえる京子に声をかけることもできず、しょうがなく西は話を聞く。  
「彼が……緑川君があんな変態なんて……」  
エロ本もってるぐらいでそこまで言うかと助手のひとりは思いつつ、話を聞く。  
「……なあ京子くん、ある天才科学者はこういった。『人間は欲望によって希望に向かい進む』と。  
 例えどんな小さな欲望でも生きてる限り持ってるもので、それがあるから人間は人間と呼ばれるのだよ」  
「ですが……」  
「もし、彼がょぅじょ趣味で部屋にょぅじょを監禁してるなら話は別だが、たかだか本持ってる程度で変態呼ばわりは可愛そうなのである」  
「………でも……」  
「我輩も一度、子供が読んではいけないといわれた本を読んだ事があるのである」  
その言葉に一同が引く。  
「なんだね、まるでその来訪した異世界人が『ウルトラマン大好きです』と言ったような目を表情は、  
 だいたい、あっちが悪いんだぞ、軍○機密をあんな我輩の手にかかれば数分で開けられるジェラルミンごときのケースに入れるなど……」  
「いや、そりゃあんただけだ」  
間違えるとMIBに狙われそうな事を言い出しそうなので、突っ込んでおく。  
「……確かにそうであったジェラルミンを針金一本で壊せるなどこの我輩……脅威の 大 ・ 天 ・ 才 !どぉぉぉくたぁぁぁ   
 ヒロシィィィィィ以外には不可能なことである。というかどんな機械を使ったんだはないだろう!我輩をそんじゅそこらの青瓢箪と一緒に……」  
バキッ。とりあえず突っ込みを入れてから叫び声をあげるのを止める。  
「……まあそう言う事だ。相手の趣味を一々気にしていたら、しょうがないと言う事だ」  
「はい……でも……」  
言いかけて、ちょっとした『復讐』を思いついた。こういうのは趣味では無いがちょっとした悪戯だ。  
「いいです、相談したら気が晴れました」  
その後、西のロボット談義がしばらく続いた。  
 
 
寝る前に復讐する相手の事を良く思い出す。彼女が能力を使うための儀式の一つだ。  
「夢見るものゆめゆめ忘れるべからず、夢は汝が思いにて汝の心の奥より出で何時の心の奥に帰る」  
合言葉を唱えて能力を発動させる。こういった制限を加えないと無制限に能力が発動するためだ。  
「なれば夢みるもの夢を忘れず進むと良い。汝が夢は汝の夢なれば」  
そう言うと深い眠りにつく。そう深い深い眠りへと。  
 
復讐の方法としてはこうだ。俊二の夢の中に入って部室のDVDを見る夢を見せてそのままその画像をとんでもない物にする。  
夢の中なら簡単な事だ。  
「さーて、彼の見てる夢はどんなのかしら?」  
初めて自分の能力を嬉しく思う。だってこんな素敵な復讐ができるんだから。  
明るい町の一角。まぶしい太陽。目がちかちかしそうなので空中からサングラスを取り出す。夢の中なら簡単な事だ。  
彼が自分を見てもわからないように、服を少し変える。  
俊二を見つけてそっと近づく。近くにいる少女。見覚えがあった。自分、服が少し違うがそれは自分だった。  
「待った?」「全然」  
こっぱずかしい会話。夢の中だとわかっていても、真っ赤になりそうだ。  
そのままデートに出かける二人。怪獣映画を見たり、コンビニで本を読んだり……  
違う、『彼女』は自分ではない。自分はあんな事をしない!夢の中なら全てをさらけ出せる。だったら配役変更といこう。  
ここでは遠慮なんてする必要は無いのだから。  
精神を集中させ『彼女』と『自分』を入れ替える。『彼女』にはしばし夢の中から退場いただこう。  
「ねえ、おなかすかない?」  
その台詞と共に夢の中で場面転換。ハンバーガー屋さんでの食事風景。  
二人とも少し大きめのハンバーグにかぶりつく。うーん本当に食べると太るけど夢の中なら良いかなと思いつつ豪快に食べる。  
「ジュースお持ちしました」  
そう言ってウェイターがジュースを持ってくる。ってえええええ!何これ!はっきり言ってこれこれ……  
少し大きめなのは良いだが、ストローが2本ついている。待ってよこれってバカップル専用の?ていうか差し換えたいんだけど!  
「どうしたんだ?気分悪いのか?」  
心配そうな顔で俊二が顔を寄せてくる。体中が熱くなる。心臓音が鳴り響く。  
「だっ、大丈夫だから……これ一緒に飲むの?」  
「この店の名物だろ?変か?」  
どちらの願望だろう。自分の物ではないと信じたい。むろんこんな名物聞いた事が無い。  
最悪の手段として夢をぐちゃぐちゃにしてしまうという手があるが、『目的』が果たせなくなる。  
そっとストローを唇に寄せて味わう。味がしない、存在しないから当然なのだが。  
彼の顔が目の前にある。自然と視線が合ってしまう。ここでなら言う事ができるかもしれない。  
『私は超能力者です』と。だが言えない。言ったって信じてくれるわけが無い。だって……。  
そんなこと非常識だから。超能力の存在なんて。いつも本当の姿を誰かに見てもらいたかった。  
信じてくれたのは部長だけだった。だから私は部長を信じてるし、部長も私に人体実験などをしないと約束している。  
(只の恋愛対象だったら……)蕩けてしまいそうな自分を感じてしまう。  
目の前の彼と一緒にすごす甘い時間。そんなこと考えた事さえなかった。  
自分は人と違う、自分は他人とは一緒になれない。ずっとそう思っていた。  
(今だけなら……いや今日だけならいいよね)  
 
食事が終わった後ショッピングモールへと強制的に移動、ショッピングを楽しむ事にする。  
夢の中で見る服はどれも個性的で、幾つか選んでみたとき、俊二が聞いてきた。  
「試着はしないのか?」  
「!!!!!!試着ってあなた……」  
「いや、普通するだろ?」  
「…………」  
何か嵌められたような気がしないでもないが、仕方なく試着を開始する。  
最初に選んだのは黒いガーダーと黒いブラ。鏡を見てみると……今までこんな姿をしたことはなかった。  
まるで悪女になったようなそんな姿。でも……こんな姿も悪くない。  
そっと更衣室のカーテンを開けて彼に姿を見せる。真っ赤になった彼の顔がとてもおかしい。  
 
何時の間にかラブホテルに来ていた。夢の中のラブホテルだが下着姿のままで来たのかと思うと少し恥かしい。  
服を脱がされ、生まれたままの姿にされてしまう。  
「私の……全てを見て……」  
そうだ、私はここでは全てをさらけ出す事ができるのだ。  
なぜなら夢は私の物(セカイ)だから。  
熱くなる彼の体に抱きつき、そのままゆっくりと押さえ込まれる。  
見て見て。私を見て。生まれたままの私を。彼の舌がそっと私の首にかかる。  
復讐なんてどうでもよくなってた。今しばらくはこの逢瀬を楽しむとしよう。  
 
目を覚ました時、そっと首を撫でた。  
彼とキスされたのは夢の中。それでも、まるで本当にキスされたような感触があって。  
きゅっと気を引き締めて学校へ行く準備をした。  
 
学校前で俊二と目を合わせて……二人とも赤くなる。  
夢の中での出来事を思い出したのか。それでも何時もどおり授業をすごす。  
ふと、彼の顔を見て思った。自分が超能力者と知っても彼は何時もと同じように付き合ってくれるだろうか?  
『できない』私はそう結論付ける。私の力はそれほど異質だ。  
だから、私はこの力を隠して生きる。それが選んだ私の道だから。  
 

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