「優勝ばんざーいっ!!」  
どっぼーん!!  
 
 
……2時間前の俺のバカ。大バカ。大大大バカ野郎。  
どうしてあんなことしたのか小一時間問い詰めてやりたい。  
いや、もう警察でうんざりするほど問い詰められたんだけどね。orz  
「う゛〜〜、臭えー、気持ち悪いー、ドロドロだー、目に染みるー」  
浮かれて、死ぬほど汚い川にダイブした俺を待っていたのは一瞬の栄光と  
丸10分以上に渡る悪臭泥沼地獄、お巡りさんのカミナリ、そして汚いものを  
見るかのような(いや実際めっちゃ汚いんだけど)周囲の蔑みの視線だった。  
さっきまで一緒に騒いでた奴らが、俺が近づくと露骨に嫌そうな顔をして逃げて行く。  
銭湯やカプセルホテルの入り口に書かれた「ダイブした人お断り」の文字が恨めしい。  
「せめて泥だけでも落とさせてくれよー」  
「申し訳ありません、これも規則ですし警察署の方からも…」  
これで六件目。身体洗えそうな所は全部門前払い。  
ダイブしようとしてた奴も、俺の姿を見ただけで慌てて思いとどまる。  
絶えることのない嘲笑と侮蔑…。ちくしょー、俺は見せしめって奴かよ。  
『やめよう覚醒剤 その一回が あなたを殺す』  
「やめようダイブ その一回が 俺を社会的に殺す…なんてな」  
道端のポスターさえ、今の俺には苦痛にしか感じない。  
一度だけ同じようにダイブした奴とすれ違ったが、お互い声を  
かけるだけの気力もない。  
ただお互い、負け犬の薄笑いを浮かべただけだ。  
公園で身体洗って早く帰ろう…このままじゃ臭いと気持ち悪さで  
おかしくなりそうだ。  
そう思って、近くの公園に寄った時だった。  
 
「あん…やだ、マーくんてば…」  
「何言ってんだよ、お前も興奮してんだろ?」  
茂みでガサガサ、ベンチの影でガサガサ、あっちこっちで盛ってやがんの。  
「おーい…この公園はいつから青姦専門のラブホテルになったんだー?」  
俺の小さな一人ツッコミに答えてくれる相手は…いない。  
マジで泣き入りながら水飲み場に向かおうとした俺の前に、その子はいた。  
「……」  
最初は、鏡かと思ったぐらいだ。  
頭のてっぺんから足の先まで泥だらけ。  
いや、人型の泥が立っていると言った方が正しいか。  
泥にべったりと覆われた姿は、男か女かもはっきりしない。  
「あんたも、お仲間か?」  
「……」  
耳につまった泥のせいで、声がよく聞き取れない。  
それでも、相手が女性だということだけはなんとなく分かった。  
「ははっ、お互いバカやったよな。何がなんだかわかんないくらいドロドロだ」  
「……」  
その子は笑った…んだろうか。強烈な臭いで目がチカチカする。  
頭も揺れて気持ち悪い。もしかして、俺半分ラリってる? それでもいいや…。  
仲間がいるならそれはそれで嬉しいし、幻でも一人より寂しくない。  
と、不意にぬめっとしたものが俺の手にふれた。  
俺はどうやら彼女に気に入られたらしい。繋いだ手がぷらぷらと揺れている。  
「あっ!あっ!いいよ、いいよマーくぅん!」  
「オラ!いいのか!えっ!?」  
ぱつんぱつんと肉を打つ音まで聞こえてくる…特におさかんなカップルがいるなぁ。  
「元気だねえ。この際だ、俺らもヨゴレ同士どっかその辺しけ込むか?」  
…コクン。  
 
……今、確かに首縦に振ったよな…それって…。  
「えっと、冗談だったんだけど…いいの?」  
再びコクン。  
ははっ、ラッキー!  
「んじゃ、まず水浴びようぜ。これじゃ臭くて…」  
ぬじゅるぶっ  
「むごっ!?」  
ダイブした時と同じ、泥の味が口を満たす。  
ぬめぬめしたものが二つ、俺の両肩に掛かっていた。  
それとは別の小さなぬめぬめが、俺の口の中を描き回す。  
だだ、大胆だけどちょっと苦くて苦しいんですけど。  
「んっ、ぐっ、ぷはっ! はぁ、まず洗おうってば…」  
俺の言葉が聞こえているのかいないのか、彼女は俺をトイレの影に引っ張り込む。  
「いや、だから汚いって…」  
言ってから俺は急にバカバカしくなった。  
下水の10倍は汚いってヘドロの溜まった川に飛び込んだんだ、ヘタすりゃ  
トイレより俺たちの方がよっぽど汚い。  
「あー、もーヤケ! アンタがスカトロOKとかそういう変態さんでも、  
今晩だけはとことん付き合おうじゃないか!」  
彼女は嬉しそうに湿った地面をごろごろと、いや、ぬめぬめと?転がり回る。  
…やっぱり、変態さんだったかなあ。  
 
ざばびじゃずぶぜべっぞぼっねちゃにちゃべちゃぬるぽガッぐじゅまちゅっ……  
濁音行とナ行とマ行の効果音のオンパレード。  
こういうの、専門用語でウエット&メッシーっていうんだろうか。  
俺達は二人して全裸になると、泥だらけになって絡まり合う。  
これはもうSEXというより、どっかの地方の泥祭りだ。  
泥合戦に泥おしくらまんじゅう、泥壷洗いに泥潜望鏡?  
これがまた変に子供の頃の泥遊びを思い出して楽しかったり、  
泡のお風呂よりぬめぬめ感が倍増してて気持ちよかったりするから不思議だ。  
「へへ…すげえ、ドロドロのマ×コが吸い付くみてえだ」  
彼女の股間を前後する俺の右腕は、熱々の泥だか愛液だか分からない液体で  
ぬっちょぬちょになっていく。  
ろくな灯りもない、どこのだれとも分からない女の子?とのアブノーマルっぽいH。  
むせ返るような臭いで鼻は完全にマヒし、朦朧となった意識は  
彼女の姿をとびっきりのカワイコちゃんに変身させる。  
全裸なのに全く肌色の見えない彼女。それがどうした、俺も全身ドロドロだ。  
俺のテンションはダイブの時以上にハイだ。ハイハイハイだ。  
「一発ギャグやりまーす!おや、泥の中に立派な棒が。  
これがホントの泥棒さん…なんちてー!」  
「……」  
彼女のリアクションは、ない。  
「あーんもう、突っ込んで突っ込んでよぅ…って、突っ込むのは俺だーっ!」  
「……!」  
ぬるぬるくちゅくちゅになった彼女の入り口を開いて泥棒さんwを  
じゅぷっと押し込み、泥ローションまみれの肌を撫で回す。  
あーもうすげー気持ちいい…。とろけて混ざる…。  
ナメクジかアメーバにでもなった気分だ。まるで形がないような指?舌?が  
俺の全身をなめ回し、彼女の中は熱々トロトロのチーズフォンデュのよう。  
「泥棒さん、出頭しまーす!3、2、あっ、もう出たーっ!」  
「……!」  
俺の放出を感じたのか、彼女のぬめりが強くなる。  
瞬間、頬をぬらぬらの両手でむにゅーっと挟み込まれる。  
相変わらず声は聞こえないが、その表情はすごく気持ちよさそうだ。  
 
「ヤッ!ヤッ!ダメ!ま、マーくん激し、激しすぎっ!きゃあん!」  
「まだまだぁ!トイレ脇の変態組になんか負けるかよ!!」  
「おぉ、俺らと張り合おうっての!? 変態の底力見せてやろうぜぃ!」  
「……」コクコク。  
一番激しいカップルに対し、むくむくと起き上がる対抗心…と泥棒さん。  
俺は体力の限り彼女と絡み合い、何度となく果てた。  
そして自分でも何度目か分からない最後の射精と共に、意識もふっ飛んだ――。  
 
 
「―――ら、ほら、キミ、起きなさい!」  
「…むにゃ、泥サイコー…」  
「起きんか!猥褻物陳列罪でしょっぴくぞ!!」  
ザバーッ!  
「あっぷ…う…え? うわぁっ!?」  
水をぶっかけられて目が覚めた時、全裸の俺の隣にいたのは女の子ではなく、  
制服を着たおっさんの警察官だった。  
「なんだまたキミか! 夕べあれだけ注意したのに全然堪えていないようだね!」  
「ゲッ、川沿い署の人ですか!? 昨日は本当すいませんでしたーっ!!」  
慌てて股間だけは隠しながら平謝りの俺。  
思い出した、昨日警察でたっぷりお説教してくれたのはこのおっさんだよ。  
あれから俺…どうしたんだっけ?  
「それで? キミの相手はどうしたのかね?」  
「ヘ?」  
「へ?じゃないよ。夕べ君達と張り合ったというアベックから話は聞いている。  
彼らにも風紀を乱すなと厳しく注意してやったがな」  
そうだ…俺、夕べすげえことしてたんだ…。  
「あ…そういや名前も聞いてないや」  
「何だそれは! 名前も知らない相手とそんなことをしていたのか!  
まさか強姦じゃないだろうね!」  
「ち、違います!合意です合意!そいつらからも話聞いてもらえば分かりますから!」  
あのマーくんとかいうのもノリノリで相当派手にやってたんだ、少なくとも  
こっちの不利になる証言はしないだろう。  
「全く最近の若いものは……。とりあえず、身体を洗ってすぐ戻ってきなさい。  
後始末はちゃんとしてもらうよ」  
「後始末?」  
「…」  
おっさんはアゴで周囲を指す。って……  
「なんじゃこりゃーっ!!?」  
公園中、泥、泥、泥だらけ。遊具やら周りの家の壁やらにも  
泥が飛び散りまくって、さながらそこだけ洪水の後のよう。  
「苦情もたくさん来てるんだ、ちゃんと綺麗にしてもらうよ。汚れが片付かないよう  
だったら軽犯罪法違反、威力業務妨害…」  
「やります!掃除でも何でもやります!だからしょっぴくのだけはご勘弁をーっ!」  
「…フン。片付いたらボランティアということで減刑も考えよう。  
だから早く行きなさい」  
「はいーっ!」  
俺はほうほうのていで家に駆け出した…  
 
 
「…ったく、何で俺まで掃除させられるんだよ」  
「マーくんも悪いよ。やめてって言ってるのに、あんなに激しくするんだもん。  
ボランティアで減刑してくれるっていうんだから文句言わないの」  
「…ケッ」  
「う゛〜、まだ気持ち悪い〜」  
「うるせえ!元々はおめーらのせいだろうが!」  
絶好調…には程遠い俺の周囲では、マーくん(ちょっと怖そうなヤンキー)と  
その彼女(意外と真面目そうなOL風)を始め何人かが掃除に協力してくれている。  
といっても善意でもなんでもなく、その実体は夕べ「やんちゃの過ぎた」  
人達ばかり。要はボランティアという形で減刑してもらおうという人達だ。  
「で、変態1号。主犯格のお前の彼女はよ?」  
「それが…どこに行ったのかサッパリ。それより変態呼ばわりはちょっと…」  
「あ゛?」  
「なんでもないです…」  
これは本当に謎だった。あれだけ体力の限り愛し合ったというのに、  
気がついた時には泥だけを残して彼女は煙のように消えてしまっていたのだ。  
俺より先に気がついたというマーくんも、立ち去る彼女を見ていないという。  
ふと気付いたように、マーくんの彼女が呟く。  
「ねえ……あの子『泥女』だったんじゃない?」  
「なんだそりゃ?」  
「田舎のおばーちゃんに聞いたことあるの。川や沼がすごく汚れてると  
それが人型になってお祭りの時に出てきて、泥でお祭りをめちゃくちゃに  
しちゃう妖怪なんだって」  
「妖怪ぃ? んなもんいるわきゃねーだろ。大体、泥でめちゃくちゃに  
なったのってこの公園だけだぞ」  
「うーん…ホントはお祭り好きな妖怪で、満足したから帰ったとか」  
「ハ、んなわけ…」  
「あ、仲間見つけて嬉しくなって帰ったのかも」  
「……それ、ありえるな」  
二人の視線がじーっ…と俺に注がれる。  
「は…アハハ、そんなわけないでしょう!妖怪なんて…ねえ!」  
「そ…そうだよな、な」  
「う…うん、そうだね」  
乾いた笑いを交わす三人。  
しかし俺は知っている。  
強く抱きしめた時に、彼女の身体がぬるんと二つに分離したことを。  
そして最後の瞬間、なぜか唯一ハッキリ覚えている彼女の一言を。  
「マタネ」と……。  
 

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