「おいおい、まだ食べるのか。そんなに食べたらおデブさんになっちまうぜ」
テーブルに戻ってきた真理がケーキを皿一杯に盛っているのを見て、綿辺は目を丸くした。
「だって高い入場料払ってんだから、元は取らなくっちゃ」
真理は綿辺の言葉など気にしない様子でケーキにパク付いた。
「お兄ちゃんこそもう食べないの?」
綿辺は真理の従兄弟に当たるが、真理は物心付いた時から彼を『お兄ちゃん』と呼び、本当の兄のように慕っている。
「最近どうも食欲がなくってな」
それでなくても、辛党の綿辺にとっては、甘ったるいケーキなど1個も食えば充分だった。
真理をケーキバイキングに連れていく約束さえしていなければ、こんな所に来るつもりもなかった。
「それじゃ、お兄ちゃんのもいただきっ」
綿辺は呆れたように顔になる。
「見ているだけでお腹一杯になるよ」
綿辺はポケットから胃腸薬を取りだし、コップの水で飲み下した。
「お前も飲むか? 明日お腹が痛くなっても知らんぞ」
綿辺は真理の方へ薬のパケを投げて寄越す。
パケにはAZ製薬のマークが付いていた。
「AZ製薬の開発した新しい胃腸薬だ。胃酸を押さえるのと同時に、余計な脂質の吸収を抑制する効果があるそうだ」
綿辺は下腹を気にしたようにさすりながら教えてやる。
「真理はまだ23だから、そんなもの要らないの」
真理は、そんな都合のいい薬なんかあるものかと言わんばかりにパケを無視した。
その日の夜のこと。
ゼミのレポートを書き上げた真理は、ソファーに転がって伸びをした。
そしてリモコンを操作してテレビのスイッチを入れる。
ちょうどニュース番組の真っ最中であり、軽薄そうなキャスターが眉間に皺を寄せた深刻な顔で薬害事件の原稿を読んでいた。
「このAZ製薬って、お兄ちゃんの飲んでる薬じゃないの?」
キャスターは、AZ製薬が違法な原材料を使用した新薬の開発を行っている疑いがあるとまくし立てている。
そして今日、AZの開発部がある南の孤島に査察が入ったが、その後音信不通になった旨を告げていた。
「臭うわね。だいたい、そんな無人島に研究所がある時点で充分怪しいわ」
真理は立ち上がると着ていたスエット上下を脱ぎ捨てた。
「今日はちょっとだけ食べ過ぎたから、運動しておくのもいいわね」
真理は窓を開け放つと、蛍光灯のスイッチを切る。
「ティアラ・アップ!! チェンジ・ラスキア!!」
真理が叫ぶと同時に、音も熱も伴わない光の大爆発が巻き起こった。
光の洪水に紛れて、レオタード姿の女性が真理の部屋から飛び出す。
全ては一瞬の出来事であり、その姿を見た者は誰もいなかった。
夜空を突っ切って南へと急ぐ流星天使ラスキア。
満月の光に照らされて、白いレオタードがほのかに輝く。
月の光は、彼の地でティアラ戦士を見守っている超聖母ティアラ様の慈愛の光である。
「ティアラ様、どうぞお守りを」
ラスキアは月へ向けて一礼すると、目的地へ向けて加速した。
*********************************************
「そろそろ見えてくるわ」
AZの研究所がある島まではもう僅かであった。
もし島が夜盗鬼族に占拠されているとしたら、レーダーで周囲を警戒していることであろう。
そろそろ低空飛行してレーダーの電波を避ける必要があった。
ラスキアは暗い海面に気を取られ過ぎていた。
気付いた時には、背後から襲い掛かってきた飛行物体に一撃を浴びていた。
「アァーッ。もう見つかってたの?」
バランスを崩し、失速し掛けるラスキア。
手足を傾ける姿勢制御で、何とか揚力を取り戻す。
その時には襲撃者の姿はなく、何処かへ飛び去っていた。
鮮やかなヒットアンドアウェイである。
「仕留め損なったのを知ったら、きっとまた来るわ」
今度は負けないとばかり、ラスキアはイオン放出量を増して加速する。
加速力には、その物体の軽重が大きく物を言う。
「もうケーキは食べない……食べ過ぎないわ」
充分な速度を付けたラスキアは周囲の見張りを厳にする。
「はっ、後ろっ」
気配を察知した時には、敵は直ぐ後ろまで迫っていた。
ほとんど本能的に右横転した彼女の左脇腹を衝撃が掠めた。
「お待ちなさいっ」
ラスキアは体勢を立て直して敵を追跡する。
しかし、敵は圧倒的な速度でラスキアを置き去りにして闇夜に溶け込んでしまった。
「なんて速さなの」
敵の速度に目を丸くするラスキア。
彼女は最高速度の時速300キロを出しているのに、追随すら出来なかった。
敵はおそらく時速600キロ以上は出しているのに違いない。
これでは勝負にならない。
「何とかドッグファイトに持ち込まないと」
一撃離脱をモットーとする敵を、格闘戦に引きずり込むのは至難の業である。
「しかしどういうエンジンを使っているのかしら」
ラスキアは敵が身を掠める際、爆音を立てていなかったことを思い出す。
ただブーンというハム音のような音が微かにしていただけであった。
そうこうしているうちに、敵の迫ってくる気配が後方からしてくる。
ラスキアはいきなり急上昇に入った。
上昇の途中で体をひねり180度横転する。
そして頭を下げて水平飛行に戻す。
鮮やかなインメルマン・ターンが決まった。
昼間なら、左右に開いた手の先から流れる飛行機雲が見えたことであろう。
高度を上げながら進行方向を180度変えたラスキアは、敵が自分を追って上昇してくるのを察知した。
それを確かめたラスキアは、もう一度上昇を見せる。
今度は緩めの上昇から宙返りに入った。
パワーのある敵も上昇力には自信があると見えて追ってくる。
ループを一周終えたラスキアは、更に周回を重ねる。
しかし今度はループの頂点で体を横滑りさせ左に捻り込んだ。
ラスキアの体がループの円周から外れ、先程より遥かに小さい半径で宙返りした。
そのちょうど目の前をよぎる敵の気配を感じる。
「ラスキア・ビーム!!」
ラスキアの腕からパルス状になったビームが迸った。
自信のある一撃であった。
しかし敵はループの途中で失速反転するといった離れ業で、この必中弾をあっさりとかわしてしまった。
「うそぉっ」
航空機の常識をうち破る敵の動きに、ラスキアは茫然自失となる。
自分自身も予想の付かない動きで新鋭戦闘機を手玉に取ってきたラスキアだったが……。
それでもやっぱり無茶な動きであったらしく、敵機は速度をガクリと落としていた。
「チャンス到来!! 今よっ」
ラスキアはグンと加速すると敵を射程に捉える。
速度の落ちた敵を観察すると、2,3メートルの超小型機であった。
やたらと細い機体に4枚の主翼を持った変則機である。
無人のラジコン機かもしれない。
ラスキアは主翼の付け根に照準を合わせるとビームを発射した。
撃墜確実と思った瞬間であった。
なんと敵は時速300キロから減速無しに空中停止した。
ラスキアはあっという間に敵を追い越してしまう。
振り返ると、肩越しに再加速を始めた敵が見えた。
ラスキアが悲鳴を上げる間もなく、敵の体当たりが襲い掛かった。
「キャァァァーッ」
ラスキアは両肩と脇腹に鋭い痛みを受けて悲鳴を上げた。
体がズンと重くなる。
不思議なことに、逆に速度はグングン増していく。
「……?」
ラスキアは背筋に悪寒を感じながら背後を振り返る。
背中にしがみついていたのは、なんと巨大なトンボであった。
サッカーボールほどもある複眼が、月の光をプリズムのように七色に反射させている。
「う……そ……」
信じられない物を見てラスキアが言葉を失う。
しかしそれは正真正銘のトンボであった。
夢でないことだけは直ぐに分かった。
トンボは尾の部分を利用してレオタードのクロッチ部分のホックを外した。
そして先端に精子を滲ませたその部分を、剥き出しになった股間に突き入れてきたのである。
「イヤァァァーッ」
余りのおぞましさに、ラスキアの口から絶叫が迸った。
しかしトンボは女の悲鳴に怯む様子も見せず、膣道をグニュグニュとシェイクする。
「いやぁっ、いやぁっ……いやぁぁぁっ」
受け入れ態勢の整っていなかったその部分が軋んだ。
「どうだラスキア。空中レイプの味は?」
その様子をモニター越しに見ていた白衣の男が笑い声を立てた。
白衣の男は緑の肌をした邪鬼である。
「愚かな人間が発明したホルモン薬で巨大化した昆虫が今回の武器だ」
AZ製薬は成長促進剤を開発中、失敗サンプルを廃液として川に流した。
それを吸収したヤゴが巨大化し、廃液の持つ恐るべき力にようやく気付いたが、その時には既に夜盗鬼族の魔の手が忍び寄っていたのだ。
「生殖と捕食のみで動いている昆虫兵器の恐ろしさを知るがいい」
男の後ろに控えている部下たちも、肩を上下に揺すって笑った。
激痛を緩和しようと反応したラスキアのその部分は、自動的に各種の分泌液を滲ませる。
たちまち潤い、滑らかになった膣道から激痛は消え去った。
しかし今度はたまらない快感が襲い掛かってくる。
「あっ、あんっ……あぁっ……あんっ」
正確無比な突きが入るたび、ラスキアは声を上げてしまう。
「虫なんかに感じさせられちゃうなんて、私……でっ、でも……すごいわぁ……アァッ」
やがてクライマックスを迎えたラスキアは、自分でも恥ずかしいくらい尻を振って登り詰めていった。
「ハァァァァ〜ッ」
一旦背筋をエビ反りにさせたラスキアが、ガックリと前のめりになり失神した。
イク時の顔がモニターされ、アップで撮られていることなど、彼女は知る由もなかった。
「うぅ〜ん……」
ラスキアが意識を取り戻すと池の中に胸まで浸かっていた。
ドブのように澱んだ水が異臭を放っている。
ラスキアは身動きしようとして、自分の手足が縛られていることに気付いた。
両手首を厳重に縛ったロープはそのまま頭上の滑車に伸びている。
濁った汚水で胸から下は見えないが、コスチュームは奪われ、両足は足首の所で縛られているようである。
周囲を見回すと丸木小屋が建っており、その周りには木々が所狭しと生えていた。
「AZの島だわ……私は奴らの手に落ちたのね」
ラスキアは悔しそうに顔を歪め、手足に力を入れる。
しかしパワーベルトを失った彼女の力は、只の女子大生同然であった。
その時、丸木小屋のドアが開き誰かが階段を降りてくる気配がした。
ラスキアは敵の出方を見るため失神したふりを続けることにする。
「ティアラ戦士よ。くだらん小芝居は不要だ」
敵はテレビカメラを通じて彼女の覚醒を知っているらしく、小馬鹿にしたように話し掛けてきた。
ラスキアはやむを得ず目を開け、相手をキッと睨み付ける。
目の前に白衣を着た邪鬼が、子分を従えて立っていた。
やはり敵の正体は、夜盗鬼族の手によって邪鬼化させられたAZ研究員であった。
「私をどうする気なの。変態の考えることはだいたい同じだろうけど」
ラスキアは怯んだ様子を見せずに、余裕の表情を浮かべる。
しかし本心では、お漏らししそうなほど怯えていた。
「噂通り気の強い女だ、気に入ったぞ」
邪鬼所長は満足そうに笑う。
「お前のエネルギーの供給源がこのベルトにあることは分かった。しかし分からないのは、その力の根元となるティアラの秘密だ」
所長はラスキアの額に輝く黄金のティアラを指差す。
「ベルトと一緒に奪って調べてやろうとしたが、どうしても外せなかった」
所長は、子分の焼け焦げた両手を振り返る。
彼女たちティアラ戦士のティアラは、邪心を持つ者には手を触れることすら出来ない。
「我々に協力するならそれでよし。しないというならそれなりの対応を考えよう」
ティアラを渡してしまったらそれまでである。
不要となった女捕虜が辿る運命は決まっている。
どんな拷問が待っているにせよ耐えて生き延び、脱走するチャンスが来るのをジッと待つしかない。
ラスキアの無言を拒否と受け取った所長は、再度同じ質問をするほど惚けてはいなかった。
「連れて行け」
所長がアゴをしゃくって合図をし、部下がラスキアを縛ったロープを引いた。
滑車が軋み、両手を高々と上げたラスキアの体が引き上げられる。
その裸体の至る所には、毒々しい色をした蛭が吸い付いていた。
ラスキアは丸木小屋の中で、改めて拘束台に手足を縛り付けられた。
立ったまま大の字に拘束され、股間の茂みが隠しようもなく顕わになる。
拘束台の背中側は金網になっており、白いお尻が左右にくねるのが丸見えになっていた。
ラスキアも必死の抵抗を試みたが、邪鬼二人掛かりに押さえつけられてはどうにもならなかった。
分厚い革製のベルトが手首足首に食い込む。
「何よこれ。はなしてっ、はなしなさいよっ」
ラスキアが手足をばたつかせても、太い鎖がジャラジャラと音を立てるだけであった。
「さて、余り早く喋って貰ってもつまらんな」
所長がパネルのスイッチを入れて、ダイヤルを右へと回す。
途端に耐え難い電撃がラスキアに襲い掛かってきた。
「キャァァァーッ」
激しく身を捩って悶え苦しむラスキア。
髪の毛が逆立ち、綺麗なストレートのワンレングスが台無しになる。
適当なところでダイヤルが左に戻された。
ようやく苦痛から開放されたラスキアは、金網にぶら下がる格好になり、ゼイゼイ肩で息をする。
「少しは従順になったかな?」
所長の嘲笑う声がした。
「誰が……」
ラスキアが憎しみのこもった目で所長を睨み付ける。
言い終わらないうちにダイヤルが回され、先程より強い電撃が流された。
「ウワァァァーッ。アァァァーッ」
発電機の電気が横取りされ、天井の裸電球が暗くなる。
ラスキアの体に貼り付いていた蛭の群れが一斉に転がり落ちた。
ラスキアは耐えきれずに尿道口から小水を迸らせる。
「うわはははっ、とんだ粗相をしたもんだ。ティアラ戦士のお嬢さん」
ダイヤルが元に戻されたが、ラスキアの体は痙攣を続ける。
「うぅっ……くぅぅっ……くぅぅ〜っ」
半ば意識を失ったラスキアが悶絶する。
「どうだ、協力する気になったか」
所長が再びラスキアに問い掛ける。
「誰が……アンタなんかに……」
ダイヤルが目一杯右へ回され、ラスキアの口から絶叫が迸った。
「しぶとい女だわい」
流石に所長の声にも苛立ちの成分が混じり始めた。
「苦痛でダメなら、快感で責めてみては?」
部下の邪鬼が媚薬の小瓶を手に持ち、嫌らしそうに笑う。
所長の許可を貰い、邪鬼がジェル状の媚薬を指に付けてラスキアに近づいた。
そしてジャングルを掻き分けて性器を剥き出しにする。
「それにしても濃い女だわい」
聞こえよがしに笑われ、ラスキアの耳朶が真っ赤に染まる。
邪鬼は役得とばかり、満面の笑みでラスキアのスリットを開く。
そして指に付けた媚薬を性器全体に擦り付けていった。
無論のこと、包皮を捲り上げ最も敏感な肉突起にも挨拶を欠かさない。
「あぅっ……うむぅぅぅ……」
ラスキアは腰をくねらせて逃れようとするが、邪鬼の手がそれを許さない。
邪鬼は続いて神聖な洞窟にまで汚らわしい手を伸ばす。
「くぅっ……くぅぅぅっ」
虫に掻き回されて傷ついた部分に鋭い痛みが走り、ラスキアの顔が苦痛に歪む。
しかし邪鬼の指が何度も膣道を往復するにつれ、痛みとは別の感覚が湧き上がってきた。
「あぁっ?……あぁん……んぁぁっ」
つい悲鳴に甘い響きが混じってしまう。
「へへへっ、この女、生意気に感じてやがるぜぇ」
邪鬼はラスキアをトロトロにすると一旦後ろに下がった。
「面白いのはこれからです。そのうち、やりたくってたまらなくなり、自分からせがんできます」
邪鬼の言葉通り、ラスキアの股間からはポタポタと恥ずかしい汁が滴り落ちるようになってきた。
同時に耐え難い欲求が体の心から湧き上がってきた。
「お……お願い……ねぇ……」
激しい息遣いに混じって、ラスキアの口から哀願が発せられた。
ニヤリと笑いあう所長と部下。
「何をお願いしているんでしょうか?」
「さぁ、全然分からんなぁ」
二人はニヤニヤ笑いながらとぼけた。
「意地悪しないで……私の……私のアソコを……滅茶苦茶に掻き回してぇ」
たまらず最後は悲鳴に近い叫びになってしまう。
「なら、ティアラを寄越せ。ティアラの秘密を白状するんだな」
「そ……それは……」
最後の秘密を守ろうと口籠もるラスキア。
「なら、残念だが、こいつはお預けだな」
所長が巨大な肉棒をラスキアの下腹に擦りつけながらにやついた。
「わ……分かったわ……ティアラは私の手じゃないと外せないの……他の者が無理に外そうとしたら、反物質作用が起こって核爆発が……」
所長はギョッとして一歩下がる。
「よし、それじゃ自分の手で外すんだ」
所長がアゴをしゃくり、部下がベルトを外してラスキアの手を自由にする。
「さぁ、ティアラを外すのだ」
所長が命令したその時、ラスキアの目に光が戻った。
「バァ〜カ」
ペロッと舌を出したラスキアが部下の頭に頭突きを喰らわす。
ティアラに触れた途端、部下の頭からもの凄い火花が上がった。
「ギャァァァッ」
敵の目が眩んだ隙に、ラスキアは足首のベルトを外す。
「トイヤァッ」
横っ飛びに飛んだラスキアが、机の上に放置されたパワーベルトを掴んだ。
そして素早くベルトを腰に巻くと変身ポーズを取った。
「スーツ・リバース!」
ティアラから眩い光がほとばしり、ラスキアの身体を包んでいく。
光は白く色を変え、布となってラスキアの肌に張り付いた。
ラスキアのコスチュームは敗れても脱がされても新たに再構築されるプリペイド・スーツである。
脱がされた古いコスは、5分でイオン分解して自然消滅する仕組みだ。
パワーさえ戻れば、勝負はラスキアのものである。
逸物を勃起させたままの所長が、両手を広げて襲い掛かってくる。
「トイヤァァァーッ」
ラスキアのカウンターパンチを浴びた所長は、顔面から拘束台に叩き付けられた。
デカマラが網の目に食い込み抜けなくなる。
「お返しよぉっ」
ラスキアがコンパネのダイヤルを思いっきり右へ回す。
「ウガァァァーッ」
絶叫を上げた所長のマラ先から、白い液が滝の如く迸った。
それを見て溜飲を下げたラスキアは、長居は無用とばかり窓から飛び出した。
「逃がすなっ、追えっ。昆虫兵器を解き放つのだ」
所長が気が狂ったようにがなり立てる。
「どうせドラゴンフライヤーの防空網は敗れません」
部下が取りなすように所長に答える。
「うるさいっ、全てのインセクトアームズを出撃させろ。あの小娘に目にモノ見せてやる」
所長は文字通り怒髪天を突く勢いで部下を怒鳴りつけた。
敵のアジトから脱出したラスキアは、島から離脱するためラスキア・フライングに入った。
その動きは、直ちに上空警戒を続けていたドラゴンフライヤーの知るところとなった。
「またトンボが……」
巨大トンボは、ラスキアには真似の出来ないような急降下で低空に降りてきた。
「ダメッ」
地表すれすれまで降下したラスキアの背中を、トンボのアゴが掠めていった。
転げるように着地したラスキアは、樹海の中へと潜り込む。
木々の間隔の狭い密林には、翼長の長いトンボは入って来られなかった。
「何とか対策を立てないと」
大木に身を隠したラスキアは、再び高みへと飛び去っていく巨大トンボを見送った。
ラスキアは敵のアジトから遠のくために徒歩で移動を始める。
藪を切り開いて歩くうちに小径に出た。
ラスキアは迫る追っ手を引き離そうと低空飛行を開始した。
「日が暮れたら引き返して、ボートを奪って脱出するしかないわ」
そんなことを考えている時、見えない壁に当たったように行く手を遮られた。
衝撃はほとんど無く、何かに柔らかく包み込まれるような感じであった。
「何なの?」
空中で停止したラスキアは、手足をジタバタさせて暴れた。
その度、ネットリした何かが絡み付いてくる。
ちょうどその時、雲間から太陽が顔を覗かせ、見えない壁を照らしつけた。
木々の間に、放射状に張り巡らされた透明の網がキラキラと輝く。
「クモッ……クモの巣……」
ラスキアは、自分が巨大なクモの巣に掛かったと知って真っ青になる。
細く粘着力の強い糸が絡まり、既に逃げようがなかった。
梢で獲物が掛かるのをじっと待っていた家主──ハンティング・スパイダー──が、ゆっくりと8本の足を蠢かせ始めた。
手足を広げた差し渡しは、ゆうに5メートルはあった。
「暴れてはダメだわ」
クモは網に伝わる震動を感知して、獲物が掛かったことを知るのである。
ラスキアは大の字に固定された体から力を抜き、危険が去るのを待つ。
しかし流石のラスキアも、自分の心臓の鼓動まではコントロール出来なかった。
梢に戻りかけた巨大グモは再び身を翻すと、網に掛かった美しき獲物に向かって体液を吐き掛ける。
「アァーッ」
体液を浴びたコスチュームがブスブスと腐食した。
「どっ、毒だわっ」
それも猛毒であることは、軽く触れた肌が一発で痺れ上がったことで予想出来た。
次々と吹き掛けられた毒液に、ラスキアはフルヌードにされてしまう。
「体が痺れて……力が……出ない……」
獲物が身動き出来なくなるのを待っていたかのように、あちこちの枝から子グモの群れが襲い掛かってきた。
子グモといっても普通のクモより遥かにでかい。
全長30センチはある赤蜘蛛が、網を伝ってラスキアの体に群がる。
「いやぁっ、いやぁぁぁ〜っ」
全身をクモの群に這い回られて、ラスキアは気の狂いそうなおぞましさを感じた。
しかし赤蜘蛛地獄の恐ろしさは、これからが本番であった。
全身に噛み付いた子グモたちは、なんとラスキアの体からエネルギーを吸収し始めたのである。
「エネルギーを吸ってる?」
子グモの牙ではラスキアの体には歯が立たず、体液を吸う代わりに体表を覆うエネルギーを吸い始めたのだ。
このままエネルギーを吸い尽くされたのでは、ティアラ戦士の能力を失ってしまう。
人間体に戻れば、たちまち彼女の体は食い荒らされてしまうであろう。
「こうなったら大食い勝負よ」
ラスキアは全神経をベルトに集め、エネルギーの生成に全ての能力を集中させた。
パワーベルトが大気中のイオンからエネルギーを生成する。
赤蜘蛛たちが、飽くことを知らないマシンのようにエネルギーを貪る。
時折、敏感な局部や腋の下にクモの牙が掛かり、ラスキアの集中力が途絶えそうになった。
エネルギー放出量の多い局部や乳首には、自然と群がるクモの密度が高くなっていた。
エネルギーを吸った子グモの腹が丸々と太ってくる。
「ダッ、ダメかも……」
ラスキアの顔に焦りの色が見え始めた時、ようやく局部から滲み出るエネルギーを貪っていた子グモが破裂した。
許容量を超えるエネルギーを吸ったため、体が耐えきれなくなり内部崩壊を起こしたのである。
一匹の破裂を切っ掛けに、体中に貼り付いていたクモが、連鎖反応を起こしたように次々と破裂した。
クモの体液が飛び散り、網の粘着力を弱める。
ラスキアの体がズルリと網から滑り落ちた。
硬い岩の上にお尻を打ちつけたが、痛いなどと言っている場合ではなかった。
クモはと見ると、土の上はお気に召さないらしく、子グモや獲物のことなど忘れて、破れた網を修復しているところであった。
九死に一生を得たラスキアは、まだ痺れの残る体を引きずってその場を後にした。
エネルギーを大量に消費したラスキアに、コスチュームを再生する余裕はなかった。
しばらくヌードのままでいることを覚悟したラスキアは、再び徒歩で先を急ぐ。
雑木林を抜けると、緑の茂る草原に出た。
人の手が全く入っていない草原で、草は異様に育っていた。
上空からの監視を逃れるため、ラスキアは背丈ほどもある草むらを進むしかなかった。
疲れ切ったラスキアは、茂みにしゃがみ込んで小休止する。
「昆虫兵器、インセクト・アームズ……恐ろしい敵だわ」
ラスキアは、捕食と生殖だけを目的に行動するという敵兵器の恐ろしさを、今更ながらに知る。
「この分だと、まだまだ恐ろしい敵が控えていそうだわ」
考えを巡らせるラスキアの背後で、緑の草が不自然に動いた。
横殴りの一撃をかわせたのは、研ぎ澄まされたティアラ戦士の反射神経の賜物であった。
振り返ると、巨大なカマキリが大鎌を構えて身構えていた。
巨大な鎌を振り回すギロチンマンティスを相手に、ラスキアは防戦一方に追いやられる。
「あの鎌を何とかしないと」
ラスキアはわざと岩場を背負うように逃げ、追いつめられた演技をする。
そして右斜めから降ってきた鎌をダッキングでかわした。
鈍い音が響いて、岩肌に食い込んだ左の鎌がポッキリと折れる。
これでラスキアは右の鎌に集中出来るようになる。
ラスキアは敵の鎌を拾い上げると、壮絶なチャンバラを開始した。
鎌と鎌がぶつかり、激しい火花が上がる。
ラスキアは首尾よくカマキリの腹部に鎌を突き刺すことに成功した。
「今だわっ」
カマキリの懐に飛び込んだラスキアは、細い首に抱きつき、連続膝蹴りを叩き込んだ。
完全にグロッキー状態になったカマキリが仰向けに崩れかける。
ラスキアが勝利を確信した瞬間、信じられないことが起こった。
カマキリの体内に寄生していたハリガネムシが肛門から飛び出し、ラスキアに襲い掛かかったのである。
股間をくぐり抜けたハリガネムシは、そのままラスキアのアヌスに突き刺さった。
「ヒャァァァ〜ッ」
激痛と排泄感を同時に味わわされ、ラスキアが絶叫を迸らせて仰け反る。
ハリガネムシはカマキリの体に寄生する類線形動物である。
おそらく宿主が巨大化するにあたって、内部にいた彼もその影響を受けたのであろう。
ハリガネムシは、直径5センチの体をくねらせてラスキアの直腸へ侵入を図る。
「いやっ、いやぁぁぁ〜っ」
生きた針金に侵入され、ラスキアの肛門が大きく開く。
ハリガネムシは旧宿主が死にかけた今、最も近くにいた彼女を新たな宿主として選んだのだ。
右手でカマキリの大鎌を、左手でハリガネムシを、必死で握りしめる手に力がこもる。
必殺のダブル攻撃であった。
「あぁっ……入ってくる……入ってくるぅ」
ヌルヌルしたハリガネムシの体は、ラスキアの手をすり抜けるように肛門に入っていく。
「くっ、くはぁぁぁ〜っ」
S字結腸をくぐり抜けられ、ラスキアの背筋に電流が走ったようになる。
「もっ、もうダメェ……」
ラスキアが諦め掛けた時、ようやくエネルギーが回復し、体の痺れも完全に解けた。
「ラスキア・スパーク!!」
ラスキアの体から発せられた高圧エネルギーがハリガネムシを絶命させる。
「ラスキア・パァーンチ!!」
辱められかけた乙女の怒りが、カマキリの体にヒットした。
ぶっちぎられたカマキリの上半身は、草原の彼方へと消えていった。
ホッと息をつく暇もなく、強烈な排泄感がラスキアの下半身に襲いかかってきた。
振り返って尻を見てみると、ハリガネムシの死骸がシッポのように伸びていた。
仕方なく、草原にしゃがみ込むラスキア。
「うっ……うぅ〜むぅ……あぁんっ」
ラスキアの肛門が膨れあがり、腸内に深々と潜り込んだハリガネムシが、ゆっくりとひり出されていく。
それは太さ5センチ、長さ1メートルの、途中で切れることのない大便であった。
「くっ……くぅぅぅ〜っ……」
ラスキアの眉間に縦皺がより、真っ白なお尻がプルプルと震える。
一気に排泄することは出来ず、ラスキアは時折息をついて休憩を入れる。
その度、ラスキアのアヌスはハリガネムシの太い胴をギュウギュウ締め付けた。
「はぁぁぁ〜ん……あぁっ……あぁ〜ん……んぁっ……」
夕闇迫る草原に、快楽とも苦痛ともつかぬ呻き声がいつまでも響いていた。
敵の追撃隊が一向に姿を見せないことに、ラスキアは疑問を感じていた。
「ひょっとすると、邪鬼達にもインセクト・アームズはコントロールできないのかも」
巨大な昆虫兵器は恐ろしい威力を秘めているが、本能のまま動いているだけに思えた。
邪鬼たちにしても、巨大昆虫が諸刃の剣となって襲い掛かってくるのを怖れているのかも知れない。
「そろそろ日が沈むわ」
昆虫は本来夜行性であり、闇に紛れて恐ろしい敵に襲われる危険性があった。
ボートを奪うにしても、そろそろ敵アジトに接近する必要がある。
ラスキアは恐ろしい密林へと引き返し始めた。
次の敵に出会ったのは、草原から密林へと切り替わる境界付近であった。
頭上をよぎった黒い陰に、ラスキアは空を仰ぎ見た。
そこにいたのは、毒々しい模様を持ったルリタテハ蝶であった。
広げた羽の幅は4,5メートルはある。
「脅かさないでよ」
相手が捕食昆虫でないことに安心したのが間違いであった。
蝶を無視して先へ急ぐラスキアの目が霞む。
「毒鱗粉?」
気付いた時には、毒性の鱗粉をタップリ吸い込んでいた。
その場から逃げようと、走りかけたラスキアの足がもつれる。
ラスキアはもんどりうって仰向けに倒れた。
巨大な蝶は、勝ち誇ったように周囲を飛び回っていたが、やがて頭をラスキアの股間に向けて、腹の上に着地した。
「なっ、何をする気なのっ?」
蝶はゼンマイのように丸めていた口吻を真っ直ぐに伸ばす。
そしてその先端を使って、ラスキアの股間をまさぐり始めた。
「やっ……やめっ……くぅっ……」
敏感な部分をツンツンとつつかれて、ラスキアは声を上げそうになる。
手探り状態で陰部を移動していた口吻が目的の部分を見つけた。
それは通常の攻撃対象の、やや上に位置する小穴であった。
「痛ぁ〜っ」
尿道口に焼け付くような痛みが走った。
蝶の目的は、通常の食餌では吸収することの出来ない、ナトリウムやミネラル分の摂取であったのだ。
蝶はそれをラスキアの膀胱から直接吸い上げようとしたのである。
口吻が突き当たりまで差し込まれ、排尿を催促するようにノックする
「かっ、かはぁぁぁ〜っ」
膀胱が引き絞られるような切つない快感が走り、ラスキアの下半身が緊張する。
「ダッ、ダメェェェ〜ッ」
ラスキアは神経を刺激され、強制的に排尿感を高められてしまう。
「くはぁぁぁ〜っ」
滲み出した尿は片っ端から口吻に吸い上げられ、おもらししているのに排尿感を伴わない奇妙な感覚に包まれる。
体温を奪われ、ラスキアの全身が自然にブルルと震えた。
やがて満足したのか蝶は直ぐに立ち去り、ラスキアは難を逃れた。
しかし痺れた体が元に戻るのを待つうちに、太陽は西の地平線に半ば没してしまった。
「暗闇の森は危険が大きすぎるわ」
ラスキアは出来るだけ早く森を抜けようと、超低空飛行で獣道を進むことにする。
森に入ると夕日が木々に遮られ、ほとんど闇夜に近かった。
木々の間は狭く、道が曲がりくねっているため、ラスキアは思うように速度を上げられない。
森の3分の2を過ぎたころ、遂に日は沈み、とうとう真の暗闇が辺りを包み込んだ。
ラスキアは瞳孔を一杯に開き、僅かに漏れてくる星明かりを網膜に感知する。
しかし飛んで移動するには余りにも暗すぎた。
「少し休まないと」
超低空でのノロノロ飛行はエネルギーの消費が大きい。
ラスキアは大木の枝に降り立つと、幹にもたれ掛かって体を休ませた。
「インセクトアームズ……恐ろしい兵器だわ。あんなモノが東京に放されたら手に負えないわ」
ラスキアは敵の弱点について思いを巡らせる。
敵は有史以前より続く進化の末に完成された兵器である。
弱点など直ぐに思いつくはずがなかった。
目をつぶって考えているうちに、ラスキアはうとうとしはじめた。
気がついた時には、もの凄い殺気が頭上から降ってきた。
アッと思った瞬間、ラスキアはもの凄い力で胴を締め付けられていた。
肩越しに振り返ると、オオクワガタの虚ろな目と視線がかち合った。
「ヒィッ」
ラスキアは胴をグイグイ締め付けてくる大アゴに手を掛ける。
しかしエネルギーの消耗した体では抗うことも叶わない。
ラスキアの足が木から離れ、体が宙に浮かび上がる。
次の瞬間、ラスキアの体が宙を舞ったかと思うと、思い切り地面に叩き付けられていた。
「あぐぅぅぅ」
背中を強打したラスキアが身悶えして苦しむ。
クワガタは──と見ると、何事もなかったかのように、木の幹から染み出る樹液を吸っていた。
何のことはない、ラスキアは甲虫の餌場を荒らす外敵として叩き出されただけであった。
「ごめんなさい」
ラスキアは彼らの関心が自分に向かないうちにと、その場を逃げ出した。
「やはり、奴らは邪鬼の管制下におかれているんじゃないわ。捕食と生殖という二大本能を利用されているだけに過ぎない」
その辺りに突破口があるに違いなかった。
ラスキアは反撃の手段をあれこれと考えながら先を急いでいた。
そのため、最も恐ろしいハンターが待ち構えていることに全く気がつかなかった。
「痛ぁっ」
首筋に激痛を感じた時には、体がピクリとも動かなくなっていた。
プロペラが回るような爆音と共に地面に降り立ったのは巨大なジガバチであった。
蜂の猛毒に犯され、ラスキアは全身の神経を麻痺させられたのである。
再び飛び上がったジガバチはラスキアの両肩を掴むと、軽々と宙に舞い上がった。
ダラリと体を弛緩させたラスキアが、樹海の上を何処かへ搬送される。
「トンボは何してるのよ。こんな時にこそ来てくれてもいいじゃないの」
ドラゴンフライヤーの割り込みを待つラスキアの期待は裏切られた。
しばらくの飛行の後、ラスキアが連れてこられたところは、見覚えのあるAZの研究施設であった。
「お帰り、ラスキア。森の探検は如何だったかな」
白衣を着た巨漢の邪鬼がニヤニヤと笑いかけた。
「意思のない虫けら共も、その本質を理解してあげれば結構役に立つもんだ」
生き餌に麻酔を掛け、安全な産卵場まで運び去る行為は、ジガバチの本能である。
「巨大な体に合った産卵場さえ提供してあげれば、この通りだ」
邪鬼所長は、俯せに寝転がったラスキアを蔑むように笑った。
何か言い返してやりたいラスキアだったが、痺れ上がった体ではそれも許されない。
「さて、さっそく尋問に入りたいのは山々だが、ワシの倅をこんなにしてくれた罰だ」
所長は包帯でグルグル巻きにされた股間のモノをラスキアに見せつける。
「少し罰を与えてやろう。地獄の苦しみを味わうがよい」
所長が言い終わるより早く、太い管がラスキアの肛門に襲い掛かった。
「ヒッ……」
それは巨大化したジガバチの体に見合った産卵管であった。
必死で産卵管の侵入を拒もうとするが、弛緩しきった肛門括約筋はピクリとも動かない。
産卵管はあっさり肛門を割り、ズブズブと直腸内に潜り込んでいく。
「ヒッ……ヒィィ……」
筋肉は動かなくとも感覚までは失われていない。
それどころか、余計なノイズに干渉されないだけに、いつにも増して感覚が研ぎ澄まされている。
今まで味わったことのない野太いモノにアヌスを極限まで広げられ、身を切られるような激痛が走った。
「これでこの女の尻は使い物にならなくなったな。これからは糞も垂れ流しだ」
「少々勿体ないような気もしますな」
下卑た笑い声が上がる中、産卵管の根元が異様に膨れあがった。
膨らみは管の中を先端方向へと移動していく。
「産卵が始まったな。お前の中に産み付けられた卵はやがて孵化し、お前の体を食い荒らして成虫になるのだ」
所長の説明を受けたラスキアが真っ青になる。
やがて先端まで送り出された膨らみがアヌスまで到達した。
大きく開いていた肛門が、更に押し広げられる。
「ひぃぃっ」
どこかが切れたのか、真っ赤な鮮血が滴り落ちた。
そんなことなどお構いなしに、卵は先へと送り込まれる。
恐怖の余りラスキアの膀胱がコントロールを失い、小便が勢いよく排出された。
「ワハハハッ。だらしないぞ、ティアラ戦士」
馬鹿笑いを続ける邪鬼達も気付かないうち、ラスキアの体内では驚くべき事が起こっていた。
膀胱が空になると同時に、ラスキアの強靱な腎臓の濾過機能がフル回転を始めたのである。
体中を駆け巡っていた毒素が腎臓で濾し取られ、小便として膀胱へと蓄えられていく。
同時に肝臓の解毒作用も最大限に機能し、蜂毒を分解していった。
アッという間に体の自由を取り戻したラスキアは、素早く立ち上がると肛門から産卵管を引き抜いた。
そして産卵管を両手で握りしめると、蜂の体をハンマー投げのように振り回し始める。
「うわぁっ」
慌てた邪鬼達は蜂の巨体を避けきれずに叩きのめされた。
それを尻目に、ラスキアは研究所の中へと突入を果たした。
「追えっ。ドアをぶち破れ」
邪鬼達はロックされたドアを破壊しようと試みるが、頑丈に作られたドアはビクともしなかった。
悠々と薬品庫へと侵入したラスキアは、検索コンピュータを利用してピレスロイド系の薬剤を手に入れる。
「考えてみれば昆虫相手なんだから、とるべき手段は決まり切っているのよね」
ラスキアは白灯油を溶剤にして作った液体を消火器に充填する。
それを背中に背負い込むと、ラスキアは研究所の出入り口へと向かった。
ドアの向こうでは相変わらず邪鬼達が激しくドアを叩いていた。
しかし先程までとは違い、叫び声に必死さが加わっていた。
「開けろぉっ、開けてくれぇっ」
「頼むから中に入れてくれぇっ」
ラスキアがドアを開けると、半泣きになった邪鬼達が転がり込んできた。
見れば、炭酸ガスを嗅ぎつけて集まってきたバンパイヤモスキートが群れをなして飛び交っていた。
地面には全身の血を吸われた邪鬼の死体が転がっている。
「頼むっ、助けてくれ。アンタの馬鹿力……いや、スーパーパワーで奴らを追っ払ってくれぇ」
所長がラスキアの足にすがりついて哀願する。
「一つだけ聞くわ。奴らは生殖能力を持っているの?」
ラスキアは最も知りたかったことを所長に尋ねた。
「いやっ。これまでの研究データでは繁殖能力は認められていない。奴らは一代限りだ」
必死の所長は正直に白状した。
「それを聞いて安心したわ」
ラスキアのチョップが首筋に入り、所長が床にへたり込む。
逃げようとする残りの邪鬼にも次々にラスキアの打撃が炸裂した。
「後は私に任せて頂戴」
ラスキアはニッコリと微笑むと、消火器のノズルをモスキート共に向けてグリップを握りしめた。
ノズルの先端から白い噴煙が立ち上ったかと思うと、巻き込まれたモスキートがバタバタと地上に墜落した。
昆虫の体内に入った即効性の殺虫成分が彼らの息の根を止めたのである。
ピレスロイド系の殺虫成分は温血動物には効き目が薄く、ティアラ戦士のラスキアにとっては全くの無害といえた。
「万が一のことがあればいけないわ。飛べる奴らだけでも根こそぎにしないと。ラスキア・フライト」
密林の上空まで飛んだラスキアは、空中で停止するとアポクリン腺を開いて万能フェロモンの放出を全開にした。
たちまち感化されたオスの虫けらが、上空のラスキア目掛けてウジャウジャと群がってきた。
「こいつらのうち、一匹でも本土に辿り着いたら大変なことになるわ」
ラスキアは更に高みへと上昇し、虫の群は一直線にそれに従う。
適当なところで振り返ったラスキアは、連中に向けて殺虫剤を噴霧した。
薬剤を浴びたインセクト・アームズたちはゴミのように地上へと落下していく。
あれほどラスキアを苦しめたドラゴンフライヤーも例外ではなかった。
万が一、彼らに繁殖能力が備わっていたとしても、オスを全滅させれば子孫を残せない。
後は邪鬼化された研究所員達の処置だけである。
「超聖母ティアラ様。彼らに慈愛のお恵みを」
ラスキアの祈りにより、月から癒しの光が降り注いだ。
邪鬼に変えられていた所長達が、光の中で人間へと戻っていく。
目が覚めれば、彼らは善良な研究者としての自分を取り戻しているであろう。
事態の収拾を見届けると、ラスキアは進路を東京へ向けた。
「そう言えば丸一日何にも食べてなかったわ。お腹減っちゃった」
すっかり日常を取り戻したラスキアを、天空に輝く月が優しく見送った。