薄暗い洞窟の中に、けたたましい電子音が鳴り響いた。  
 所々に埋め込まれた保安灯の色が赤く変わり、チカチカと明滅を始める。  
「チッ」  
 岩場から現れた人影が軽く舌打ちした。  
 ノースリーブの全身網タイツに包まれた肢体は、グラビアアイドルも真っ青のプロポーションである。  
 ブラ型アーマー、ビキニパンティ、それにリストバンドとブーツは全て青である。  
 鼻から下を覆う面頬が彼女の素顔を隠していた。  
 茶髪のロングヘアはセンターから左右に分けられ、肩先へ向かって緩やかにウェーブしている。  
「茜の奴……」  
 女の目が不愉快そうに細められる。  
 
 洞窟の奥から今一つの人影が、転がるように走り出てきた。  
「ゴメン、葵ねぇちゃん。うち、ヘマしてもたわ」  
 走り出てきた少女も同じデザインのコスチュームを身に着けている。  
 カラーは燃えるような赤であった。  
 艶のある黒髪は少年のように短くカットされており、見る者に活動的な印象を与える。  
 ボディは小柄であり、無駄なく引き締まっている。  
「どうせ力任せにドアをこじ開けようとしたんでしょうが」  
 葵と呼ばれた青い方が溜息をついた。  
「そやかて、鍵がどこにもあらへんから……」  
 茜が語尾を濁して口籠もる。  
「ともかく、言い訳を聞いている暇はないわ。逃げるわよ」  
 葵の耳に複数の足音が聞こえてきた。  
 
「どこへ行ったぁ? 逃がすなっ」  
 暗闇の中から飛び出してきたのは、虎皮のパンツを履いた巨漢の赤鬼であった。  
 夜盗鬼族の戦闘隊長、赤鬼将軍である。  
 赤鬼は手下どもに侵入者の追撃を命じた。  
 
 迷いようもない一本道のこと、邪鬼達は直ぐに前を走る赤いビキニの女を発見した。  
「女か……こいつは面白れぇ」  
 邪鬼の一人が舌なめずりをして茜に追いすがる。  
 それを察知した茜は、握っていた右手を開きながら腕を一閃させた。  
「大江流忍法、『紅葉賀』」  
 マグネシュームの粉末を練り固めた丸薬が、眩い光を放ちながら邪鬼達に襲い掛かる。  
 流星雨のような攻撃に、邪鬼達は怯んで顔を背けた。  
「……んっ? 畜生、嚇かしか」  
 何事もなかったように燃え尽きた丸薬を見て、邪鬼が一吼えする。  
 邪鬼達は追撃を再開しようとしたが、目が眩んでいたため足下に置かれた爆薬が目に入らなかった。  
 大爆発が起こり、邪鬼の一団が吹き飛んだ。  
 保安灯も破壊され、辺りが真の闇に包まれる。  
「ギャッ」  
「グェェェッ」  
 宙を切り裂いて飛来した手裏剣が、生き残った邪鬼達の喉笛に突き刺さっていった。  
 
 邪鬼達が茜の忍術に翻弄されていた頃、無人と化した邪鬼の根城に蠢く一つの影があった。  
 葵は逃げたと見せかけて、警備が手薄になった敵の本拠に悠々潜入していたのだ。  
 目指すは敵の宝物庫。  
 目的は彼女らが先祖代々守ってきた名刀『童子切安綱』の奪還である。  
 
 かつて大江山を根城に大暴れした鬼、酒呑童子を斬ったという名刀は、鬼丸国綱、三日月宗近、数珠丸恒次、大典太光世と並び『天下五剣』の一振りとして知られている。  
 この様な鬼殺しのアイテムを夜盗鬼族が放置しておくわけもなく、全力をもって強奪したのは当然のことであった。  
 葵と茜の2人は、一族が名誉を回復するため送り込んだ姉妹忍者なのである。  
 
 司令官の執務室と思しき部屋に侵入した葵は、壁のあちこちを叩いて回る。  
 奪われた『童子切安綱』がこのアジトにあるとの情報を手に入れたのは、つい先日のことであった。  
 別のアジトに移送されている可能性はほとんど無いであろう。  
 
 そのうち反響が微妙に異なる一角を認めた。  
「あった、ここが宝物庫」  
 葵は重厚なデスクを探って隠し扉の開閉ボタンを発見する。  
 重々しい音を上げて壁の一角がせり上がり、その奥に鋼鉄製の扉が現れた。  
 錠前は無く、代わりに電子錠が掛けられている。  
 正しいパスワードを打ち込むには時間が足りなかった。  
 
「仕方がないわ」  
 葵はブルーの胸当てを外すし、右の乳房を顕わにした。  
 そして右手で乳房を持ち上げ、基部から円を描くようにさすり始める。  
「ん……んぁ……」  
 たちまち固く凝ってきた乳首を指先で摘むと、コリコリと転がす。  
「あっ……あぁっ……」  
 葵が切なそうな声を出し、眉間に深く皺が寄る。  
「あぁぁ〜っ」  
 一際大きい喘ぎと共に、乳首の先端から一条の液体が迸った。  
 
 液を浴びた扉のロック部分がシュウシュウと泡立ち、薄煙が上がる。  
 葵の乳腺に仕込まれた強酸は、あらゆる金属を腐食させるのだ。  
 大江流忍法、『澪標』の妙技である。  
 
 扉を蹴って中へと転がり込む葵。  
 正面のショーケースに、刃渡り80センチ、反り2.7センチの太刀が収められていた。  
「やった……」  
 葵は思わず顔をほころばせる。  
 安心感が心の隙を呼んだのであろうか。  
 次の瞬間、葵の体はポッカリ空いた落とし穴の中に消えていた。  
 
 葵が落ち込んだ先は、強化ガラスで出来た小部屋になっていた。  
 痛みに顔を歪める葵の姿を、数人の邪鬼がニヤニヤしながら見詰めていた。  
 水族館の珍しい熱帯魚でも見る風情である。  
「むぅ、不覚……」  
 葵は乳房を露出させたままであったことに気付いて身を捩る。  
「今さら隠しても遅いわ」  
 邪鬼達が口笛で囃し立てる。  
 
「さて、お嬢さん。何者なのか、名乗って貰いましょうか」  
 邪鬼達の後ろから、青い肌をしたスレンダーな鬼が姿を現せた。  
 夜盗鬼族の智将、青鬼将軍である。  
「私は青嵐の葵。お前たちに奪われた『童子切安綱』を返してもらいに来た」  
 葵は青鬼を睨み付けて言った。  
「あぁ、大江の里の方でしたか。その節は……」  
 青鬼は端正な顔に微笑を浮かべると、優雅に一礼して見せた。  
「しかしアレはもう我々の所有物です。盗みに入るとは穏やかではありませんね」  
 青鬼が冷たい視線を葵に送る。  
「何を勝手な言いぐさ。我らは正当な権利を行使しようとしたまで」  
 冷静な葵も思わずカッとなる。  
「代わりにいいモノを差し上げましょう。我ら夜盗鬼族の動くアジト『鬼丸』への特別招待券です」  
 青鬼の合図により、ガラスケースの中に催眠ガスが注入された。  
 強烈な眠気が葵に襲いかかる。  
「むぐぅぅ……眠っちゃダメ……眠っちゃ……」  
 水槽の中で豊満なボディが嫌らしくのたうつ。  
 幾ら息を止めてみても、皮膚から侵食してくる薬剤まではどうにもならなかった。  
 
 一方、陽動作戦を担っていた茜にも危機が迫っていた。  
 あらかた邪鬼を倒した茜の前に、夜盗鬼族一の猛将軍、赤鬼が立ちはだかったのだ。  
「やるな、おネェちゃん。俺は夜盗鬼族にその人有りと知られた赤鬼様よぉ」  
 赤鬼は筋肉隆々とした胸板を誇らしげに反らせた。  
「烈火の茜!! イクでぇっ」  
 茜は素早く敵の側面に移動しながら攻勢に出る。  
 しかし赤鬼相手に1対1では分が悪かった。  
 必殺の手裏剣も赤鬼の発達した筋肉には歯が立たない。  
 
「どうした、おネェちゃん? もう終わりかぁ?」  
 嘲笑うような赤鬼の台詞が、茜の理性を失わせた。  
 茜は握り拳を固めて真っ向から殴り掛かる。  
 狙いすました赤鬼のカウンターが茜の顔面を捉えた。  
「ギャッ」  
 数メートル吹き飛ばされた茜が、背中を岩肌に打ちつけて地面に崩れる。  
「むぐっ……むむぅ……」  
 面頬が外れ、素顔を晒した茜が白目を剥いた。  
 ビキニパンティがお漏らしでグショグショになっていく。  
「しょせん女が男に刃向かおうってのが間違いよぉ」  
 
 赤鬼がガハハと大笑いして、失神した茜に近づく。  
「割と別嬪さんじゃねぇかぃ。どれっ」  
 赤鬼が役得とばかりに茜のビキニパンティをずらせる。  
 まばらに生えた下の毛が晒された。  
「毛も生え揃っていないとは、まだガキだな。ガハハハッ」  
 
 笑い転げる赤鬼の目の前で、茜の陰毛がピンと逆立った。  
 赤鬼がギョッとするのと同時に、立毛筋が無数の縮れ毛を宙に飛ばしていた。  
「ギャァァァーッ」  
 赤鬼が目を押さえて転げ回った。  
 大江流忍法、『若菜下』である。  
 跳ね起きた茜が出口へ向かってダッシュする。  
 
「小娘がぁ」  
 赤鬼が壁のレバーを手探りで引く。  
 すると走る茜の行く手を遮るように鉄の格子が降り始めた。  
「あっ、あかん」  
 無情にも茜の目の前で格子が地面に落ちてしまった。  
 逃げ場を失った茜が、苦し紛れに格子を握りしめる。  
 赤鬼が別のレバーを引くと、茜の握った鉄棒に高圧電流が流れた。  
「うわぁぁぁ〜っ」  
 厳しい訓練でも経験したことのない電撃は、アッという間に彼女の意識を奪い去った。  
「手を焼かせおって。運べっ」  
 赤鬼は眼球に突き刺さった陰毛を抜き去りながら喚いた。  
 
                                 ※  
 
 数時間後、葵が目を覚ますと大の字に拘束されていた。  
 部屋には窓一つ無く、高い塔の上にいるように部屋全体がゆっくりと揺れている。  
「船の中……?」  
 まだボンヤリとした頭に、青鬼の言った『鬼丸』という名称が浮かぶ。  
 
 葵の予想に違わず、ここは太平洋を行く大型船の中であった。  
 元々は日本籍の大型貨物船である。  
 夜盗貴族に乗っ取られた今では、動くアジト『鬼丸』として総本拠地の役目を担っていた。  
 
 葵の意識が徐々に鮮明になってくる。  
 体を見回すと、手首と足首の部分が球状の枷に捕らえられていた。  
 ブーツとリストバンドのみを残してコスチュームは剥ぎ取られ、巨大なバストも黒々としたジャングルも否応なしに晒されていた。  
「茜っ」  
 気がつくと自分の左側には妹の茜が、やはり無惨な姿で拘束されていた。  
「お、おねぇちゃん……」  
 茜が弱々しい声で無事を伝える。  
 
 2人の覚醒を待っていたかのように、目の前を仕切っていたパーテーションが開かれた。  
 そこに座していたのは、赤鬼と青鬼を従えた女鬼であった。  
 ピンクのカーリーヘアから突き出た一本角さえなければ只の美少女と変わりがない。  
 否、角があってさえ、アイドルタレントも裸足で逃げるほどのチャーミングな美貌の持ち主であった。  
 ホルダーネック式の虎皮レオタードはセパレートになっており、可愛いおへそが丸見えになっている。  
 伸びやかな手足に着けた超ロングの革手袋とブーツが、妖しい艶を放っていた。  
 小柄だが、出るべきところは充分に発達している。  
 年齢はと言えば、見方によっては10代半ばの少女にも、30代の淑女にも見える不思議な面相であった。  
 生まれながらの高貴な血というものだけがなせる業かも知れない。  
 
「貴様が……鬼どもの頭目か?」  
 葵は女鬼の魅力に圧倒されまいと睨み付ける。  
「馬鹿者ぉっ。直接話し掛けるとは、なんたる無礼っ」  
 途端に赤鬼の怒鳴り声が上がり、大太刀が鞘から引き抜かれた。  
「よい。さがれ」  
 澄んだ、それでいて有無を言わせぬ迫力を持った声が女鬼の口から流れ出た。  
 綺麗なソプラノであった。  
「その方の忠義は妾も心得ておる。しかし過ぎたる忠誠が妾をダメにすることも知れい」  
 その言葉だけで赤鬼は直立不動の姿勢をとり、感涙にむせび泣く。  
「もっ、勿体ないお言葉……」  
 流れる熱涙を拭おうともしない赤鬼に、女鬼はウンウンと何度も頷いて見せた。  
 
「ところで、大江の里の者とはその方らのことか?」  
 女鬼は葵たちの方に向き直って質問した。  
 圧倒された2人は返事も出来ない。  
「妾は夜盗鬼族の首領、妖鬼じゃ」  
 妖鬼姫はキュートに微笑んで自己紹介し、イタズラっぽく舌をペロリと出した。  
 余りの愛らしい仕草に2人はドキリとしてしまう。  
「里のことは済まなんだと思う。されど『童子切安綱』は我らにとっての鬼門。捨て置く訳にもいかなんだのでな」  
 
「済まなんだで済むわけあらへんやろっ」  
 気の短い茜が、自分の置かれた状況も考えずに噛み付いた。  
 途端に妖鬼姫が悲しそうな顔を見せる。  
 それを見た茜は、自分が何か悪いことでもしたような気になった。  
「なんでやねん。こんなんおかしいわ」  
 茜は自分の感情の動きに納得がいかない。  
「貴様ぁっ」  
 逆上した赤鬼が飛びかかろうとするのを、妖鬼姫が目で制する。  
 赤鬼は不承不承ながら矛先を収めた。  
 
「と言うて、ティアラ戦士が地球に現れた今、おいそれとアレを返してやることも出来ぬ。さて、困ったものよ」  
 妖鬼姫は本当に困ったように天井を仰ぎ見る。  
「そこで相談じゃが、その方らでティアラ戦士を排除してくれぬかのぅ? 奴さえおらなんだら、『童子切安綱』とて使いこなせる者のいない無用の長物。妾が所蔵しておく必要もなくなる」  
 妖鬼姫は『童子切安綱』返還の条件として、ラスキアの抹殺を持ちかけてきた。  
 
「誰がっ。鬼なんかと暗殺の契約をかわすものですかっ」  
「せやっ。うちらは真っ当なクノイチなんやでぇ」  
 2人は即座に取引を拒否した。  
 里の掟により、己の利益ために人を殺めるのは御法度なのである。  
 2人に拒否されて、力無く項垂れる妖鬼姫。  
 そして上目遣いに2人の方をチラリと見やる。  
「まっ、またそんな目をして……」  
「お芝居しても無駄やでぇ。うちは宝塚歌劇のファンやさかい、そんなモン見慣れとるわ」  
 今にも泣き出しそうな妖鬼姫の目で見詰められると、普段のペースが乱されてしまう。  
「まぁ、よいではありませんか妖鬼姫様。そのうち考えが変わることもありましょうや」  
 今まで黙っていた青鬼が、穏やかに口を開いた。  
 妖鬼姫はその言葉に黙って頷くと玉座を立ち、赤鬼にエスコートされて退出していった。  
 
 一人残った青鬼が端正な顔をクノイチ達に向ける。  
「なんやっ。脅しなんか効けへんでっ」  
「考えが変わることなんか金輪際無いわよ」  
 2人は目を三角にして睨み付けるが、当の青鬼は意にも介さない。  
「お嬢さん達には、どうあってもイエスといって貰う」  
 穏やかだった青鬼の目に、青白い炎が揺らめいていた。  
「妖鬼姫様は我ら夜盗鬼族の太陽。あの方の目を悲しみに曇らせるわけにはいかない。姫様の笑顔のためなら、我らはどんなことでもしてみせるだろう」  
 葵は青鬼の瞳に真実の光を見て取り、ブルッと身震いする。  
「考えが変わったら呼んで貰いましょう。控えの間で待っていますから」  
 青鬼は壁のレバーを下まで引き下ろすと、一礼して部屋を出ていった。  
 
「なんやねんっ、むっつりスケベがぁ。鬼の癖に気障ったらしい真似しよってからに」  
 茜が吐き捨てるように文句を言う。  
「うちらの裸見といて、触りも出来へん根性なしやんかっ」  
 彼女らのヌードに目を眩ませられて、お触りしようと近づく瞬間こそが逆襲のチャンスであった。  
 これまでに、何度もその手で窮地を脱してきた実績もある。  
 自信満々のヌードを無視され、二重に腹の立つ茜であった。  
 
「茜っ。上ぇっ」  
 葵に促され、茜は頭上を仰ぎ見た。  
 いつの間にか天井の両翼に小穴が開き、そこから小振りのスイカほどもあるブドウがせり出していた。  
 ブドウは一粒一粒が連なって後から後から出てくる。  
「……ん?」  
 よく見てみるとブドウと見たのは、なんと丸まるとした巨大な腹を持つ赤蜘蛛であった。  
「ヒィィィ〜ッ、おねぇちゃん……クモッ、クモやぁ〜っ」  
 茜は大嫌いなクモが群れをなして近づいてくるのを見て、発狂寸前になった。  
 葵の方にも同じく巨大な白蜘蛛の群れが忍び寄ってくる。  
「ヒヤァァァーッ」  
「キャァァァーッ」  
 2種類の黄色い悲鳴が交錯する。  
 
 数分後、2人の裸体にはビッシリとクモの群が取り付いていた。  
 口からは涎を、目からは涙を、鼻からは鼻水を。  
 そして股間からは……。  
 2人の体中の穴という穴から液体が滴り落ちている。  
 目の焦点はぼやけ、ときおり発せられる言葉は意味をなしていなかった。  
 
 
 銀座の高級専門店街を木枯らしが吹き抜けていった。  
 12月に入り、関東地方もめっきり冬らしくなってきている。  
 ある老舗の宝石店を、季節を逆行したような女が訪れたのは、その日の午後であった。  
 
 赤青ラインの入った白いレオタードに純白のブーツとグラブは、かなり場違いな装いである。  
 目元を覆う白いマスクが素顔を隠していても、かなりの美貌の持ち主であることは窺い知れた。  
 
「お客様……」  
 支配人がエヘンエヘンと咳払いしながら近づいてくる。  
「お客様。当店には、お客様にご満足いただけるような商品は……」  
 支配人が手揉みをして、女に対して婉曲に退出を求める。  
 ところが女はそんなことなど気に掛けないように笑顔を見せた。  
「あら、商売っ気のないお店ね。でも気に入るか気に入らないかは私が決めるわ」  
 女は支配人を尻目に、ズカズカと店の奥へと進んでいった。  
 
「うぅ〜ん、ホントに大した宝石置いていないのね」  
 一通りショーケースを見歩いた女は、小馬鹿にしたように溜息をつく。  
「ははぁ、恐縮でございます」  
 一刻も早く女に出ていって貰いたい支配人は、逆らわずに頭を下げた。  
「満足するには、この宝石ぜぇ〜んぶ貰わなきゃ収まらないわ」  
 言うが早いか、女はショーケースに左右の前腕を叩き付けた。  
 粉々に砕け散った防弾ガラスを見て、駆け付けたガードマンの顔が凍りつく。  
 女は悠々と大小様々な宝石をバッグに移し替えた。  
 そして入ってきた時と同様、ブーツの音をたてて出入り口に向かう。  
 
「お客様……それでお支払いの方は、現金でしょうか? それともカードで?」  
 支配人が額の汗を拭いながら女の後に続く。  
「ツケといて」  
 女は当然だと言わんばかりの調子で回答した。  
「ははっ、恐れ入ります。で、ご芳名の方は……」  
 女は名を問われてピタリと歩を止めた。  
「ラスキアよ。流星天使ラ・ス・キ・ア」  
 女は振り返って名を名乗ると、爽やかな笑顔を見せた。  
 そして妖艶にウインクするとバッグを背に店を出ていった。  
 慌てて後を追った支配人だったが、店の外に女の後ろ姿は見えなかった。  
 
 その事件をかわぎりに、東京の有名宝石店における強盗事件が続発した。  
 いずれも共通点は、白いレオタードを着た若い美女の単独犯行であることであった。  
 犯人はナイスバディの超美人であり、名を流星天使ラスキアと名乗った。  
 その姿は見たことはなくとも、知らぬ人とていないスーパーヒロインの名前である。  
 帝都は俄然色めき立った。  
 
                                 ※  
 
「葵ねぇちゃん、今日もやるんか?」  
 とあるビルの屋上で、烈火の茜が実姉に話し掛けた。  
「当然よ。全ては妖鬼姫様のためだもの」  
 白いレオタードに足を突っ込みながら青嵐の葵が口を尖らせた。  
「ラスキアに会うには、こうやって本物を怒らせ、誘き出すのが一番手っ取り早いんだから」  
 大江の里の忍者である葵にとって、ニセラスキアに変装することくらい朝飯前である。  
 目鼻立ちやプロポーションは勿論のこと、モッコリ盛り上がった恥骨の膨らみまで本物そっくりに仕上がった。  
 
「けど、この格好……寒空にはこたえるわね」  
 葵は身をすくめると、ブルッと体を震わせた。  
「こんなカッコで人前に出るやなんて、ラスキアっちゅう女はマゾやな」  
 茜は網タイツにビキニだけという、自分の衣装を棚に上げて顔を歪めた。  
「茜……」  
 葵が怒ったような顔を妹に向ける。  
「分かってるて」  
 茜が深く頷いたのを合図に、姉妹は頭上に向けて手裏剣を投げた。  
 
 金属音が響き、手裏剣が弾き返される。  
「誰や?」  
 給水塔の陰から姿を現せたのは、茜と同じデザインのコスを着たクノイチであった。  
「あなたは……若葉の翠」  
 その名の通り、ライトグリーンのビキニ鎧を纏った少女が険しい目で2人を見詰めている。  
 
 翠は2人と同じ大江の里の忍者であり、朋友の中でも屈指の手練れである。  
「お二人とも何をしてらっしゃるの?『童子切安綱』は奪い返したんでしょうね」  
 翠は感情を押し殺したような低い声で質問した。  
「それが、ちぃ〜とばっかし訳ありでなぁ……」  
 茜が気まずそうに作り笑いを見せる。  
「それはひとまず置くとして、術を金儲けの手段として使うとはどういうこと? シノビの掟……忘れた訳じゃありませんわよね」  
 前髪を切り揃えたおかっぱ頭の翠が無表情になると、日本人形のように不気味に見える。  
 
 茜はこの年下のくせに、妙に大人びたところのある同僚が苦手であった。  
「で、その格好は何なのかしら? 私が冗談とマツタケが大嫌いだってことくらい、ご存じですわね」  
 翠は瞬きもせずにレオタード姿の葵を見詰める。  
「だから、これは……説明すれば長くなるけど、『童子切安綱』を奪い返すのに必要なんだって」  
 葵がしどろもどろになりながら説明する。  
「ほんまや。ウチらがラスキア──つまり、ほんまもんのこいつ倒したら、『安綱』返すいうて、鬼どもが約束しよったんや」  
 茜も裏切り者扱いされる訳にはいかないので必死に説明する。  
 
「つまり、あなた方は邪鬼どもと契約なさったという訳ですわね。こともあろうに、我らが不倶戴天の敵、夜盗鬼族なんかと」  
 翠の目が危険な光を帯び始める。  
「ま、待ちなさいって。翠は妖鬼姫様を知らないから、そんなこと言えると思うのよね」  
「可哀想なお方なんやでぇ。まだお若いのに、一族のまつりごと全部背負わされて。気の毒なこっちゃ。悪ぅ言うたら罰当たるで、ほんま」  
 必死で夜盗鬼族の弁護を繰り返す2人の目は霞が掛かったようになり、瞳の奥に妖しげな光が宿っていた。  
 
「理解できましたわ……」  
 翠は立ち上がると緑色の面頬を口元に被せた。  
 葵と茜はホッとしたように胸を撫で下ろす。  
 しかし続いて発せられた翠の言葉に2人はギョッとなった。  
「……あなた方2人が、大江の里を裏切ったという事実は。以後は抜忍として対応させていただきますわ」  
 翠は羽根のように軽い跳躍を見せ、再び貯水槽の上に着地した。  
 そしてアーマーの背中から、小太刀を引き抜いて身構える  
 
「なんでやねん。人の話、聞いてへんのかっ」  
 一方的な通告に、今度は茜が爆発した。  
「いいわ、妖鬼姫様に仇なす者は、私たち姉妹が許さない」  
 葵の目も据わり、体中にアドレナリンが駆け巡り始める。  
 それを見下ろす翠が目だけで嘲笑った。  
「愚かな、既に我が術中にはまっているのにも気付きませんの?」  
 小太刀の柄を握った翠の右手から、微細な粉末がこぼれ続けていた。  
 微粒子は風下にいる葵と茜に向かって流れている。  
「ぎゃっ」  
 2人が目鼻を手で覆ってコンクリートの床に転がる。  
 
「杉花粉かいな」  
「季節感のない術ね」  
 視覚と嗅覚を奪われた2人が苦し紛れに罵る。  
「それはお互い様。あなたには言われたくないですわ」  
 翠は真夏のビーチにいるような格好をした葵に言い返した。  
「参る」  
 翠は貯水塔から飛び上がると、2人の四方八方を飛び回りながら手裏剣を放った。  
 研ぎ澄まされた忍の皮膚感覚だけを頼りに、2人は手裏剣の雨を避け続ける。  
「葵ねぇちゃん。いったん逃げな」  
「ええっ」  
 姉妹は互いに背中をくっつけ合うと、目にも止まらない早さで回転を始めた。  
「大江流忍術、『花散里』」  
 傍流ながら源氏の血筋に当たる大江の里の民は、己の術に源氏物語ゆかりの名称を付している。  
 
 葵と茜は高速回転を続けたまま、次々に手裏剣を放った。  
 大軍に囲まれた際、突破口を開くための『花散里』は、翠の気勢を削ぐのに充分な威力を発揮した。  
「大江流忍術、『篝火』や」  
 炎を使った術を得意とする茜が、白燐の詰まった棒手裏剣を投げつけた。  
 水でも消せない炎の壁が生まれ、姉妹と翠を分かつ。  
「じゃあ、例の場所で落ち合うのよ」  
 一瞬生じた間隙を利用して、葵と茜は別々の方向に飛翔した。  
「逃しませんわよ」  
 翠は化学の炎を飛び越えると、ラスキアの扮装をしたままの葵を追った。  
 
                                 ※  
 
 都内の大学に通う女子大生、森永真理は、兄と慕う綿辺へのクリスマスプレゼントを買うため渋谷を訪れていた。  
「本当は手編みのマフラーなんかがいいんだけど。編んでる暇なんかないし」  
 真理は何をあげたら喜んでもらえるか、あれこれと考えながらショーウインドウを見て歩いた。  
 どうせプレゼントするなら、使ってもらえる実用品がいい。  
「そうだ、腕時計がいいわ。おにいちゃん、ベルトが壊れたって言ってたから」  
 真理は近くのデパートに時計店があったことを思い出し、交差点を渡ろうと信号待ちの列に加わった。  
 真理が何気なく横を向くと、車椅子の少女が横断歩道を渡ろうとしているのが見えた。  
 歩行者用信号は青色から点滅に切り替わったところであり、横断を諦めた少女は無理をせずに引き返し始めた。  
 ゴゴゴッという爆音が上空に鳴り響いたのは、丁度そんな時であった。  
 
 見えない隕石でも落ちてきたように、雑居ビルの横っ腹に大穴が開いた。  
 破壊されたビルの上部が崩れ落ち、悲鳴の渦巻く人混みの上に破片が降り注いだ。  
 やがて支えを失った5階6階部分が一塊りとなって滑り落ち始める。  
「きゃぁぁぁっ」  
「逃げろぉっ」  
 逃げまどう人々の悲鳴と怒号が交錯する。  
 巨大なコンクリートの塊が落ちていくその先では、先程の車椅子の少女が呆然と上を見上げて硬直していた。  
「あぶないっ」  
 頭で考えるより早く、真理は走り出していた。  
 その体が光に包まれるのと同時に、彼女の姿はかき消えた。  
 
 少女は身動き出来ない車いすの上で、頭上に落ちてくるビルを見上げていた。  
 それは信じられないくらいゆっくりと落下し、スロー再生のビデオを見ているような錯覚さえ覚えた。  
「あたし、あれに潰されて死んじゃうんだ」  
 そんなことを考える余裕があるほど、彼女は何故か冷静でいられた。  
 数秒後に訪れる死を覚悟した少女は、ゆっくりと目を閉じた。  
 
 辺りに地響きが生じ、圧倒的な質量が襲いかかってくるはずであった。  
 しかし幾ら待ってみても何事も起こらなかった。  
 少女はそっと目を開けてみる。  
 そこに白いレオタードの美女が立っていた。  
 バンザイしたその手の上に、巨大なコンクリートと鉄の塊が乗っていた。  
 無論、ラスキアに変身した真理である。  
 
 偽ラスキアのことは真理も知っていた。  
 今人前に姿を現せば、どんな扱いを受けるかも分かっていた。  
 しかし彼女の体に流れる正義の血は、目の前で起こった少女の危機を見過ごせなかったのである。  
 
 信じられない出来事に、少女は言葉を失う。  
 ラスキアはニッコリ笑うとビルの残骸を地面に下ろした。  
「……お姉ちゃんは天使様なの?」  
 少女の純真な目が、ラスキアの額に輝くティアラに釘付けになっている。  
 ラスキアは曖昧に微笑むと、膝を曲げて少女の視点まで身を屈めた。  
「怪我は無い? おうちの人は一緒じゃないの?」  
 ラスキアは少女の肩に掛かった埃を払ってあげた。  
「あたし妙子。お姉ちゃんへのプレゼントを買いに、一人で来たの」  
 自己紹介した少女が眩しそうに目を細める。  
「そう、妙子ちゃんは優しいのね」  
 
 その時、再び宙をつんざく空気の波動と、大気を切り裂く稲妻が交錯した。  
「どうしょうもない人たちね。いいわ、今からお姉さんが注意してくるから」  
 ラスキアは空を見上げて立ち上がる。  
「お姉ちゃん、気を付けて」  
 少女の不安を拭い去るように微笑して、ラスキアが宙へと飛び上がった。  
 
「今の……例のラスキアじゃないのか」  
「げっ、じゃあ連続強盗犯の」  
 遠巻きに眺めていた野次馬たちが騒ぎ始めた。  
「今の見てただろ。凶悪犯が身を挺して少女を助けるかっ」  
「じゃあ……強盗は……」  
「あんないい女が悪事を働くわけねぇだろ。偽物の仕業に決まってらぁ」  
 次第に湧き上がったラスキアへの弁護が大勢を占め始める。  
 ラスキアを褒め称える男の股間は、例外なくパンパンに膨らんでいた。  
 
 ビルからビルへと飛び移る若葉の翠は焦っていた。  
「ぶち切れていますわね」  
 まさか葵がこんな町中で空雷砲を放つとは思っていなかったのだ。  
 圧縮空気の塊をぶつける大技は、ビルすら破壊する威力を秘めている。  
 
 翠は逃げ回りながらも激しく身を捩り、化繊の下着を肌に擦り付ける。  
 そうやって通常の10倍の電圧──50万ボルトの静電気を体に蓄えるのだ。  
「大江流忍術、『若紫』っ!!」  
 限界まで溜められた静電気が動電気に変換され、翠の指先から迸った。  
 紫電の一閃が大気を切り裂いた。  
 しかし偽ラスキアの葵はビルの陰に回り込み、易々と雷撃をかわす。  
「チィッ」  
 都市部のアスファルトジャングルでは翠の力が発揮されない。  
 翠は追いつめられる芝居をしつつ、戦いの場を緑地帯へと移行させる。  
 
 公園のど真ん中に降り立った翠が葵を待ち受ける。  
 そこへレオタード姿の葵が突入してきた。  
「大江流忍術『松風』っ」  
 翠の背後から突風が巻き起こり、針葉樹の葉が凶器となって葵に襲いかかった。  
 しかし風を操る技では青嵐の葵に一日の長がある。  
「大江流忍術『野分』ぇっ」  
 その名の通り台風並みの暴風が、飛来した松葉を吹き飛ばす。  
「ぬぅっ」  
 間髪入れず、葵の空雷砲が炸裂した。  
 
「キャァァァーッ」  
 直撃は免れたものの、衝撃波を喰らった翠が軽々と宙に舞う。  
 地面に叩き付けられた翠のコスチュームは、ボロ雑巾のようになっていた。  
「ここまでのようね。あなたも妖鬼姫様に会わせてあげる。その前に……っと」  
 葵の手に黒光りするバイブが握られる。  
「あなたの大好きなマツタケよ。たっぷりご馳走してあげる」  
 
 その巨大さに恐怖を感じた翠が身を捩って逃げようとする。  
 しかし葵にあっさりと捕まり、ビキニパンティを引き裂かれてしまう。  
「ダメダメ、許してあげないわ。妖鬼姫様を侮辱した罰よ」  
 無慈悲そうな表情になった葵が翠の秘部を押し広げ、手にしたバイブを突き入れた。  
「うあっ? あおぉぉぉぉ……」  
 翠の顔が苦痛に歪む。  
 
 まだ開発されきっていない女の部分が、巨大なバイブに蹂躙されていく。  
「どう? もっと太いのこねくり回してあげましょうか」  
 女の泣き所を知り尽くした葵のテクニックに翻弄され、翠の意識が波に浚われていく。  
 頭の中が痺れ上がり、目の奥から火花が散った。  
「くはぁぁぁ〜っ」  
 全身をブルッと震わせて、翠の黒目がぐるりと裏返しになる。  
 バイブを引き抜かれた穴から、熱いものが迸った。  
「もうイッちゃったの。可愛いベイビー」  
 
 葵は電極の付いた吸盤を、翠の額に吸い付ける。  
 そして、怪しげな機械にコードを接続し、スイッチを捻った。  
「うあぁぁぁ……」  
 脳波を掻き回されて、翠が呻き声を上げる。  
 意識を集中させまいと、バイブを握った葵の手が激しく動く。  
「あなたも妖鬼姫様の下僕になるといいわ」  
 偽ラスキアの葵が、悶絶する翠を見下したように笑う。  
 
 突然、その唇がへの字型に曲げられた。  
 葵がゆっくりと背後を振り返る。  
 そこには自分と寸分違わぬ姿の女が立っていた。  
 
「あなたね。私の格好をして、セコい泥棒やってるのは」  
 腕組みしたラスキアが気怠そうに呟いた。  
 偽ラスキアの葵が一気に10メートルを跳び下がって間合いをとる。  
「どうせなら日銀の金庫でも襲ってくれたらよかったのに。たとえ偽物でも、やること地味だと、私のイメージに傷が付いちゃうわ」  
 2人のラスキアの視線がぶつかり合い、見えない火花が散った。  
 
「なにさ、デブ」  
 偽ラスキアが鼻で笑った。  
「ハァ? このブス」  
 カチンと来たラスキアは、自分と同じ容姿を持つ相手をなじる。  
「スベタ」  
「短足」  
 いずれにしても自分の容姿をけなすことになる不毛なしりとり合戦は、ラスキアの神経を思い切りズタズタにしていった。  
 
「このぉっ」  
 先に飛び込んでいったのは本物のラスキアであった。  
 偽ラスキアは横っ飛びに逃げつつ、着地と共に『野分』を放つ。  
「うわぁっ」  
 突如として巻き起こった旋風が、ラスキアを宙に掬い上げる。  
「うわぁぁぁ〜っ」  
 天地逆さまになったラスキアの体が、突風に揉まれてキリキリ舞いする。  
 
「折角だから、もっと回るといいわ」  
 偽ラスキアの葵は更に『野分』を仕掛け、回転エネルギーを追加する。  
 もはや、ちょっとした竜巻にまで成長した突風が、ラスキアの体を滅茶苦茶に翻弄した。  
「うぅっ、息が……息が出来ないぃ〜っ」  
 ラスキアの表情が苦悶に歪む。  
 
「あらっ、苦しいの? なら止めたげる」  
 葵が腕を一閃させると同時に、強烈な旋風が霧散した。  
 いきなり支えを失って、ラスキアの体が地面に叩き付けられた。  
 
「あうぅ〜ぅっ」  
 全身がバラバラになりそうな衝撃がラスキアを苛んだ。  
 脳漿が滅茶苦茶に揺れたために、ラスキアに平衡感覚はない。  
「意外に強敵だわ。侮れないっ」  
 フラフラになりながらも、不屈の闘志で立ち上がるラスキア。  
 
「もう足に来ているじゃないの。これならどう?」  
 葵は竹筒を取り出すと、素早く吹き矢を放った。  
 鋭い吹き矢は、狙い違わずラスキアの体に打ち込まれた。  
「キャアァァァーッ」  
 切っ先が肌を突き刺した瞬間、全身の筋肉が痺れ上がった。  
 ラスキアは地面を転げ回って悶絶する。  
 
「流石ね、ラスキア。象でも即死する猛毒が痺れ薬にしかならないなんて」  
 大江の毒矢は、ハブとトリカブトの毒を合成した猛毒を切っ先に仕込んだ、必殺の暗殺兵器である。  
 不死身を誇るラスキアといえど、体の機能に障害を来してしまう。  
 それでもラスキアの戦士のプライドがノックアウトを許さない。  
 
「寝ててくれればいいのに。手の焼ける人ね」  
 葵は鎖分銅を放ち、ラスキアの動きを易々と封じる。  
 そして鎖を振り回し、ハンマー投げの要領でラスキアを宙に浮かべた。  
 立木に、鉄製の車止めに、そしてコンクリート壁に叩き付けられるラスキア。  
 
「ホホホッ。噂のラスキアの力って、こんなものなの?」  
 勝利を確信した葵が高笑いする。  
 
「ふざけないでぇっ」  
 ラスキアが全身に力を込め、皮膚に血管と筋が浮き出る。  
 鍛造された鋼鉄の鎖が、バラバラに千切れ飛ぶ。  
「ヒッ……」  
 想像を絶する怪力を目の当たりにして、葵が呆然と立ちすくむ。  
 
「タァァァーッ」  
 いきなり攻勢に転じたラスキアが一気に間合いを詰める。  
 右のパンチが風を巻いて飛んでくる。  
 葵がギリギリで身をかわし、背後にあった土管の遊具にパンチが命中する。  
 地中の圧力に耐えうる、頑丈な土管が粉々に砕け散った。  
 
「冗談じゃないわ。あんなの喰らったら死んじゃう」  
 葵は真っ青になって震え上がった。  
 
「それじゃ、最初の作戦通り……」  
 葵は身を翻すと、大きくジャンプして公園から離脱する。  
「待てぇっ」  
 目を血走らせたラスキアが、ラスキア・フライトで追跡する。  
 その頃には毒の成分は、汗腺から体外へと排出されている。  
 
 偽ラスキアの白いレオタードが、地下鉄の入り口へと消えていくのが見えた。  
「逃がさないわ」  
 ラスキアも地下鉄の入り口へと突入し、偽物の追跡を続ける。  
「いたっ」  
 偽ラスキアは駅員の制止を振り切り、改札を乗り越えてプラットホームへの階段を駆け下りた。  
 
「お待ちなさいっ」  
 ラスキアも自動改札の上を飛び越えて後を追う。  
「なんだぁっ」  
「女だ。空飛ぶ女だっ」  
「飛んでるぞ」  
 いきなりのレオタード美女の登場に、群衆が驚いたようにどよめく。  
 プラットホームへ出たところで、遂に敵の姿を見失ってしまった。  
 
 クリスマスシーズンであったことと、丁度帰宅時間であったことが重なって、プラットホームはごった返していた。  
「絶対逃がさないし、許さない。この群衆の中に潜んでいるに違いないわ」  
 偽物を探し、プラットホームを駆け回るラスキア。  
 そこへ電車がホームへと滑り込んできた。  
 
 ドアが開くと同時に、帰宅を急ぐ会社員たちが、我先に電車に乗り込み始めた。  
「あぁっ……ちょっと……私、電車なんかに乗らないわっ……って、ちょっとぉ」  
 人の波に揉まれるように、ラスキアは電車に乗り込んでしまった。  
 身動きできない寿司詰めの電車が走り出す。  
 
 スーツ姿の乗客の群れの中で、白いハイレグ姿のラスキアは完全に浮いて見えた。  
「なんですか。なんかのキャンペーンですかな」  
「クリスマスシーズンだし」  
 周囲の乗客たちは突拍子もない格好をしたラスキアを、何かのキャンペーンガールだと思い違いした。  
 
「うぅっ、恥ずかしいわ……けど、酔っぱらいじゃなくてよかった」  
 身動きできない状態で、酔っぱらいなんかに囲まれたら、何をされるか分かったものではない。  
 
「それにしても、暑いわねぇ」  
 動き回った後、直ぐに暖房の利いた車内に入ったため、ラスキアの体に汗が滲んできた。  
 同時に腋の下のアポクリン腺から、万能フェロモンが放出される。  
 オスの本能に直接働きかける万能フェロモンは、閉鎖された狭い車内に充満していった。  
「んっ?」  
 
 最初は電車の揺れでお尻に何かが当たったのかと思った。  
 しかし、次の瞬間には、複数の手がプリプリしたヒップに群がっていた。  
「ちょっ、ちょっとぉ〜っ。どこ触って……ヒィィ〜ッ」  
 いきなり恥丘の盛り上がりを鷲掴みにされ、ラスキアは悲鳴を上げた。  
 
 振り払おうにも、両手は「気を付け」した位置から微動だに出来ない。  
 発達したモリマンを撫で回していた手が下へと降りていく。  
 そして無礼な指は、レオタード越しに縦筋に沿って上下し始めた。  
 
「何を……ちょっと、やめてよ。やめなさい」  
 抵抗しようにも、身動きすらままにならない。  
 下手にラスキア・パワーを出せば、満員の車内が大惨事になるおそれがあった。  
 
「ひやぁっ」  
 不埒な指にクリトリス辺りを刺激され、思わず甘い悲鳴を上げてしまう。  
 その頃になると、レオタードには縦筋に沿うように染みが付いていた。  
 ラスキアの小鼻が開き気味になり、息遣いが荒くなる。  
 
 尻をまさぐっていた手の一つが、股間の隙間に割り込む。  
 そして、クロッチ部のホックを外してしまう。  
「いやぁっ」  
 前後2枚に分かれたクロッチ部が、大きく上へと縮み上がる。  
 サポーターすら履いていないラスキアの下半身が完全にさらけ出された。  
 
 途端に濃厚なメスの臭いが周辺に漂う。  
 スベスベのお尻やムチムチした太腿に、生暖かいモノが何本も押し付けられた。  
「うぅ〜っ」  
 皮膚感覚でその正体を知ったラスキアが、嫌悪感を顕わにする。  
 グイグイと押し付けられたモノは直ぐに痙攣したように震えた。  
 直後にドロリとした液体がラスキアの肌に付着する。  
 
 お尻をまさぐる手が、割れ目を下へ下へと移動し、菊の形をした窄まりの上で停止する。  
 狙いをソコに定めた指が、グリグリと円を描くように刺激しはじめた。  
「んぁぁっ……」  
 たまらない快感に、ラスキアの股間が自然に開いてしまう。  
 
 充分に解されたアヌスに、図太い指先が侵入した。  
「ダメッ、こっちは一方通行なのに」  
 頭で拒否しても、強制的に解され、興奮させられたアヌスは、指先の侵入を拒めない。  
 アッという間に直腸の奥まで攻め込まれてしまった。  
 
 しばらく中の感触を楽しんでいた指が、やがて猛然と動き始める。  
「いやぁっ、動かさないでぇっ」  
 ラスキアは身を捩って逃げようとするが、気を付けした姿勢のまま身動きできない。  
「おっ、お尻で……お尻でいっちゃうぅ〜っ」  
 ラスキアの体が痙攣し、最初の絶頂に達する。  
 
 前を担当している指もドロドロになった部分を責めていた。  
 ラスキアの体が痙攣する度、膣壁がキュッキュッと締まり指をくわえ込む。  
 
 別の指が伸び、固く尖って自己主張している肉芽をグリグリとこね回す。  
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァァァ〜ッ」  
 ラスキアが達すると同時に、股間から熱いモノが吹き出す。  
 マスクのお陰で、イク瞬間の素顔を見られずに済んだことが、不幸中の幸いであった。  
 
                                 ※  
 
 それから数十分後、地下鉄がベッドタウンのある駅に辿り着き、ようやくラスキアは解放された。  
 何度強制的にイカされたか、覚えていなかった。  
 ヘトヘトになったラスキアは、しばらく身動きも出来ない。  
 しかし何とか立ち上がると、這うようにして女子トイレに辿り着く。  
 
 個室の一つがスパークしたように輝き、その後、女子大生森永真理の姿が出てきた。  
「と……とんでもない目に……あったわ……」  
 真理は激しいスポーツをした後のように疲労しきっていた。  
「これも、あのクノイチのせいだわ。覚えてらっしゃいよ」  
 真理は忌々しそうに呟くと、自宅方面へと向かう地下鉄のプラットホームへ歩いていった。  
 
「ふふふっ。ラスキアの正体、しかと見たり」  
 トイレの天井に張り付き、一部始終を見ていた葵がほくそ笑んだ。  
 ラスキアの変装はすっかり解き、今はシックなスーツスタイルである。  
「これからが本番だわ。タップリ可愛がってあげるから、楽しみにしてるといいわ」  
 葵の唇が、青い面頬の下で歪んだ。  
 

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