<お気に入りバンドのメジャーデビューについて>  
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オタクだのマニアだのと言うと大抵私の年代の女の子は気持ち悪いとかカッコ悪いだとか言うもののようだけれど。  
私は案外とそういう人達の気持ちが判る。  
人が知らない知識を自分が持っているということは嬉しいことだ。  
誰も知らないようなことを自分が好きだったりするのは意外と快感だ。  
その良さを人に啓蒙するも良し、自分ひとりで楽しみ続けるも良し。  
理解してくれる人が多くなっていくのも嬉しいものだけれど、自分だけのものであって欲しくもあったりして楽しみ方は様々だ。  
夢中になってしまう気持ちは良く判る。  
 
私が親友の茉莉の言葉に少し戸惑って、それから青くなったのはつまりだから要するにそういう事な訳だ。  
 
 
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その日、私の親友であるところの鍋島茉莉は夕焼けで赤く染まった放課後の屋上に私を呼び出すと、切なげに溜息を漏らして  
「私、好きな人がいるの。」  
と大事に心の中に隠し持っていたであろう気持ちをこっそりと教えてくれた。  
 
愛だの恋だので盛り上がりがちな私達の中では奥手で通っていた茉莉がである。  
その言葉を聞いて私は嬉しくなってしまった。  
相談にも色々あるけれども、される方にとってはこういった類の相談はとても楽しい。  
なんていったって一際抜けるような白い肌を持ち、美人で気立て良し、趣味が料理、猫が大好き。とどこに出したって恥ずかしくない自慢の親友だ。  
下手な奴に捕まって欲しくはないが、茉莉の事だから変な奴を好きになったなどというような心配もないだろう。  
一緒になって騒いで、無事付き合い始めた後は私より先に彼氏を作るなんてなどと言ってからかう格好の種にだってできる。  
 
にこにこと茉莉に笑いかけながらその幸運な奴は誰なのだろうと私は茉莉と良く話していた男の子を心の中でリストアップした。  
茉莉と最近話しているところを見た事がある男子は、サッカー部の飯田君と同じクラスの上杉君と雄二郎だ。  
その中では-----  
第一候補はサッカー部の飯田君だろうか。  
そういえば茉莉はよく飯田君に話しかけられては何も答えられずに赤くなって俯いていた。  
乙女の反応だ。  
なるほど少々軽薄な感じがして私の好みではないけれど客観的に見れば彼はかっこうが良い。  
サッカー部ではレギュラーらしいし成績だって悪くない。  
 
なかなかお似合いじゃあないか。美男美女、ぴったりと嵌ったパズルのようだ。  
ルールもわからないまま手に汗を握り、一生懸命サッカーの試合を応援する茉莉の姿を想像して私は笑った。  
「当ててあげる。飯田君でしょう。」  
 
「ち、違うよ。」  
2人で屋上の柵にもたれかかったまま、柔らかい茉莉のほっぺたを突っついてそう言ったところ茉莉は慌てて即座に首を振った。  
 
予想外の茉莉の返答にあれ違ったかと私は考え直した。  
そういわれてみれば違うような気もする。  
私が軽薄だと思うような男の子はこの茉莉ならなおさら拒否感を持つかもしれない。  
 
・・・じゃあ上杉君だろうか。  
そういえば茉莉はよく上杉君に話しかけられては何も答えられずに赤くなって俯いていた。  
乙女の反応だ。  
なるほど少しばかり顔立ちが私の好みではないけれど彼はとても頭が良い。  
化学部の期待の星らしいし成績はトップクラスだ。  
 
なかなかお似合いじゃあないか。お気に入りのポップスを集めてみたら74分テープにきっちりと収まった、そんな時のような気持ちよさがある。  
2人が仲良く手なんかを繋ぎながら下校する姿を想像して、私は笑った。  
「判った。上杉君でしょう。」  
 
「もう。違うよ美沙。」  
屋上の柵に行儀悪く2人で顎を乗せ、憎らしい事に私より豊かで制服の上から見ても柔らかそうな茉莉の胸を突っつきながらそう言ったところ茉莉は慌てて胸を両手で隠して激しく首を振った。  
 
はて。と予想が行き詰って私は首を捻った。  
真面目な茉莉のことだ。良く知りもしない人間に一目惚れなどという事は無いだろう。  
先生だろうか。  
そうであったら大変だと思いながら私は考え込んだ。  
茉莉は大人しくて真面目だから先生に可愛がられるし、その中には確かにブルース・ウィリスやロバート・レッドフォードなんかを何倍かに薄めた感じの中々に渋い先生もいる。  
それに茉莉のようなタイプは頼りがいのありそうな年上が好みなのかもしれない。  
しかしその考えには一つ問題があった。  
見渡す限り可能性のありそうな独身の先生はいないのだ。  
可能性のありそうな先生はみんな既婚者で授業中に子供の話をしたりする。  
 
では先生ではないのか。と、そこまで考えて私は一つの自分が思い至ってなかった考えがある事に気づいた。  
まさか。そんな事はあるまい。無いはずだ。激しく首を振る。  
自分の考えでありながら心に浮かんだその考えに慄然とし、あまりのショックにぎゅっと胸を押さえた。  
 
不倫かもしれない。  
 
思い出したのは一昨日見たテレビドラマだ。  
シックな背広を着た渋めの探偵が活躍するシリーズで私は毎週好んでその番組を見ていた。  
ショッキングな事件に冴え渡る推理。ラスト15分のどんでん返しには毎回手の汗を握らされる名シリーズだ。  
時たま起こる主人公とヒロインとのロマンスも少し大人向けで大変興味深い。  
一昨日の回は若いOLが殺されてしまうという事件で、犯人はなんと妻子ある男性だった。  
あろう事かその男は妻も子もある身でそれを隠し、被害者である若い女性と交際していたというのだ。  
挙句の果てにその事実が露見するとその男は相手の女性を殺し、証拠隠滅を図ったのだ。  
あまりに卑劣なその犯人の所業に私はブラウン管に向かって拳を握り締めた。  
 
もしや親友がそんな道ならぬ恋に身を焦がしているのでは。と考えて私は柵に顎を乗せながら茉莉の方に胡乱な視線を向けた。  
もしかしたらこういう事はそういった方が燃え上がるのかもしれないけれど茉莉も傷つくし先生の奥さんにも悪い。  
そんな恋は何も生み出しはしないのだと教えてやらなくてはいけない。  
 
と、そこには腰に手を当ててあきれたと顔に書いてあるような態度の茉莉がいた。  
屋上に差し込んだ夕日が茉莉のびっくりする位に端正な顔を照らす。  
「もう、美沙は。判ってるくせに。」  
ふう、とそっぽを向きながら茉莉は色っぽげな溜息を漏らす。  
「私と、美沙のよく知っている人だよっ。」  
そう言った後、茉莉は頬を染めて俯きながらぽつりと大事そうにその人の名前を言った。  
 
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茉莉の答えは飯田君でも上杉君でも教師でも探偵でもなかった。  
私が屋上に呼び出された瞬間から多分そうじゃないかなあなどととぼんやり考えつつわざわざ思いっきり予想から外していた人間の名前を茉莉は口にした。  
 
「・・・やっぱりね。茉莉ってばあれのどこがいいのよ。」  
強がってそう言った私の言葉は、震えていなければ良いのだけれど多分やっぱり震えていたと思う。  
 
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普通、皆はこっそりと応援していたお気に入りバンドがメジャーデビューした時にどのように感じるものなのだろう。  
自分が応援したからこそだと誇らしさに胸を張るだろうか。  
それともデビュー曲を聴いてきゃあきゃあと騒ぐ人達に眉を顰めるのだろうか。  
多分両方なのだろう。多分半分ずつ位。  
嬉しさを噛み締めつつ、眉を顰める自分に自己嫌悪するのだ。  
 
夕焼けの屋上で茉莉のとても大切な言葉を聞いた瞬間、私はさすが親友だと思い、同時に暗澹たる気分にもなり、  
そしてそんな自分に自己嫌悪した。  
 
それまで私は自分で言うのもなんだけれども寛容な性格だと思っていた。  
別に無理やり初めての彼女になどなるつもりなんて無かった。  
そもそも思春期となり私との距離を測りかねている彼は学校内において私にとても冷たい素振りを見せる。  
それによって大変に腹立たしい思いも何度かした。  
一度や二度くらいタチの悪い女の子に騙されて痛い目の一つや二つ見れば良いのだ。  
どうせ一週間とは持つまい。  
何度か騙され、死ぬような目に遭った後、雄はようやく気づくだろう。  
身近にとても素敵な女性がいることに。  
その時になって雄は初めて自分の愚かさに気が付くのだ。  
泣くかな。うん。泣くと思う。  
 
私の手を取り跪き涙を流しながら君しかいないのだと私のありがたさを切なげに囁きながら訴えてくるに違いない。  
大変に良い気味だ。  
そしたら悔恨の涙に暮れる雄に死ぬほど恩を着せまくった挙句に映画を見たりお菓子を食べたり一緒に散歩をしたりするのだ。  
 
と、私はそう思っていた。半ば確信していたと言っても良い。  
雄に好きな人ができるかもと考えてはいたけれど、雄を好きな人ができるだなんてことは考えた事もなかった。  
 
しかも相手は茉莉である。  
鍋島茉莉と東条美沙。お互いなんとなく堅い感じの苗字にどことなく親が張り切った感じのする名前という共通点があったからか何なのか判らないけれど、私達は入学と同時にすぐに親友になった。  
どちらかというと無愛想な私と真面目で話すのが苦手な茉莉ではあまりに性格が負の方向に似ていて上手くいかないのではないかなんて言われるけれど私達は毎日のように一緒にいるし、二人でいるときは正に姦しいという言葉が似合うくらいに良く喋る。  
 
ずっと一緒にいたからわかる。友情と愛情は別物だから、そんな所を私は心配などしていない。。  
たとえ茉莉が雄と付き合い始めたからといって私は茉莉に対して変な気持ちを抱かないし逆もそうだろう。  
そりゃあ色々と問題は出てくるかもしれないけれど、どちらも必要ならばどちらともうまくやれるように努力する。  
それは私だけでなく茉莉も同じ気持ちに違いない。  
私たちにはそのくらいの分別はある。  
 
そうじゃない。そうではないのだ。  
問題はそんなところにはない。  
 
私は2人の事をとても良く知ってしまっているのだ。  
お互いに非常に義理堅い所とか、とても粘り強い部分を持っている所とか、よい意味で鈍感な面だとか。  
共に買い物に出かければ初めてのお店で品物を決めてしまう私と、何度も見直した後一番素敵なのを買う茉莉とか、  
未だに幼い頃の約束を守って夏祭りには必ず誘いに来る雄だとか。  
二人の良い所を寄せ集めるとそこにはぴったりと嵌ったパズルのような、  
バラバラに作られていても元からそうなるべきであったという運命的な感じがあり、  
好きな曲を集めてみたら74分テープにきっちりと収まった、そんな時のような気持ちよさがある。  
 
つまり、茉莉も雄も2人とも、お互いを信じあった二人の愛は距離を、時間を越えて云々とかそういうのがとっても良く似合うタイプなのだ。  
 
墓場まで持っていかれる。  
一瞬の後に私は理解した。そして同時に自分の今までの自信過剰さに顔が赤らむのを感じた。  
 
思わず天を仰ぐ。  
長いこと黙って考え込んでいたからだろう。  
ばっと顔を上げた私に茉莉は心配そうな顔を向けた。  
 
「美沙ちゃん。大丈夫?」  
 
私は答えた。  
「大丈夫。」  
 
茉莉は笑った。  
「良かった。美沙、複雑な顔するんだもの。」  
 
「・・・どうして雄が好きなの?」  
 
「優しいから。」  
暗くなっていく地平線を2人で眺めながら言葉を交わす。  
茉莉はきっぱりと声を返す。  
 
「それだけ?」  
多分本当にそれだけなのだろう。  
さすが私の親友。良く判っている。  
と変な所で私は感心しながら私は一度だけ問い直した。茉莉の答えはもうわかっている。  
 
「うん。」  
茉莉は少しうれしそうに、やっぱりきっぱりと答えた。  
 
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普通、皆はこっそりと応援していたお気に入りバンドがメジャーデビューした時にどのように思うものなのだろう。  
多分きっとそれは喜ばしくもあり、同時に少し寂しくもある事なんだろうと思う。  
寂しさの原因はデビュー曲を聴いてきゃあきゃあと騒ぐ人達がいるから?  
今まで私だけが知っていたのに、前々から知っていたのは私だけなのに急に私と同じくらい好きな人が沢山増えたから?  
私は前から気付いていたのに、良い所だけ持っていくなんてずるいから?  
それもあるだろう。  
でもそうじゃない。本当はそんな事じゃないのだ。  
 
いろんな人に伝わるくらい、いつの間にか魅力的になってしまったからだ。  
私だけが知っている振りをできた時期が過ぎてしまったのだ。  
一生懸命話を聞いてくれたり、案外義理堅くてホワイトデーや誕生日には家に来てくれたり。  
嫌ならやめればいいのに夏祭りの日には真っ赤な顔をして誘ってきたり。  
私だけが知っていたのにみんなが気付いてしまう位、いつのまにか魅力的になっていたからだ。  
私はそれに気がつかなかった。急に突きつけられて置いていかれてしまうみたいで、寂しいんだ。  
 
私はなんだか理不尽に腹が立った。  
何で私ばっかりこんなに悩まなくてはいけないのか。  
なんであいつは私が気付かないままメジャーデビューしているのか。  
何で私に対して同じように思ってくれないのか。  
 
何で私をかまってくれないのか。  
嫌いなら嫌いと言えばいいのに、毎年夏祭りに誘いに来るなんて卑怯だ。  
私は待ってしまうのに。  
 
 
私は覚悟を決めた。  
嘘をついてやる。  
嘘をついて、とんでもない嘘を突き通してそれでも駄目だったら茉莉を応援する。  
お気に入りのバンドにこれからも執着し続ける価値があるかどうかを、確かめてやるのだ。  
 
 
了  

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