・・・・息苦しい。何だ、この感じは・・・?
目が覚めると、いや、あれ、おかしいな・・・目は覚めた筈なのに・・・?
「くすくすくす・・・・・」
妹の声だ。妹の貴美がなぜ笑っている?いや、それ以前に何故アイツが俺の部屋にいる?
体中で虫が這っているような感覚。なんだこれは?身体がまるで動かない。それどころか突然首の絞まる感覚。
「うぐっ!」
「あれっ、やっと目が覚めた?」
うすく笑いを帯びた妹の声。それとともにシュルリという音。同時に、急に視界が開ける。どうやら目隠しが外されたようだ」
「ぐっすり眠ってるようだったから、朝までこのままだったらどうしようかと思ったわ」
その時になって、初めて彼は自分の状況を理解した。
彼は全裸だった。両足は開いた状態で鉄パイプの両端に固定され、さらに手首もビニールロープによって縛られ、首を一周させて、後頭部で固定させられている。
「あんまりもがくと、お兄ちゃん、窒息しちゃうよ」
状態は理解したが、事態は把握できない。一体何故、自分がこういう目に合わされているのか。それも実の妹に。
「貴美、これってどういう・・・?」
「ねえ、お兄ちゃんって、童貞?」
「・・・・・・おまえ、一体何を言ってるんだ・・・?」
「じゃあさ、お兄ちゃんって、処女?」
彼は、妹が発狂したのかと思った。
・・・童貞?処女?何なんだ、コイツは、一体、何を言おうとしてるんだ?
「ねえ、答えてよ。どっちなの?」
妹が、彼に馬乗りになる。
「はやく言ってくんないと、あたし、何するか分かんないよ」
妹が、彼の首に手をかける。
「あの女とは、もうやったのかって訊いてんのよ・・・!」
妹が、彼の首にかけた手に力を込める。
「・・・たかみ・・やめ・・・」
「どうなのっ!早く答えなさいよっ!あの女とはもうやったのっ!!」
妹の手に込められた力が、さらに圧力を加えていく。
・・・・・死ぬ? マジで? うそ・・だろ・・・。
視界はすでに赤くかすみ、生への本能が身体をもがかせるが、その行為がさらに首のロープを締める結果となる。彼は、残った最後の体力を振り絞り、首を振る。
わずかだが、妹の手から力が抜ける。
数秒ぶりに吸う酸素が、かえって彼の意識を遠のかせようとする。
・・・・ビシィッ!!
「なに寝てんのよ!本当に殺すわよっ!」
さっきの一発が妹のビンタだったと気付く間もなく、彼は渾身の力を絞って言い分けをする。
「してないよっ!! 何も、何もやってないよっ!!」
「本当なのね・・・・?」
「やってないよっ! やってないよっ! 本当だよっ!」
「・・・・・・・嘘だったら・・・許さないからね・・・!」
その時初めて、彼は、自分に馬乗りになっている妹の姿ををまじまじと覗き込んだ。
いつも着ているピンクの寝間着にチタンフレームの眼鏡。興奮による鼻息のためか、レンズが曇っている。だからだろう、曇りレンズで隠された瞳が、かえって妹の鬼のような形相を想像させる。
少なくとも、彼は、こんな妹を見るのは初めてだった。
「じゃあ、お兄ちゃんはまだ、童貞のままなんだね?」
うなずく。
「処女のままなのね?」
処女? 処女ってのは一体どういうことだ? 分からないが取り敢えず、うなずく。
「キスは?」
その瞬間、脳裏に今日の放課後のロケーションが、まるで走馬灯のように浮かぶ。・・・初めて握ったあの娘の手。そして、目を閉じて軽く上を向くあの娘・・・。
「したのね・・・!」
「違う、一回だけ、それも、今日初めて・・・・」
妹はもう彼の話を聞いていなかった。騒音を遮るかのように、左手で彼の鼻をつまみあげる。
「ひっ!・・・・・・くはっ!」
鼻からの呼吸を寸断され、反射的に口が開く。
「この口がしたのね・・・そういうことを・・・」
妹の右手が彼の口の中に突っ込まれ、その指先が、彼の喉を犯す。
「・・・が、おがははは・・・!!!」
「苦しい? ねえ苦しい、お兄ちゃん?」
激しくえづきつつ、それでも身動き一つまともにとれない。彼は自分が涙を流していることさえ気付いていなかった。
「泣いてるの、お兄ちゃん?苦しいの?それとも悔しいの?実の妹に、こんな目にあわせられて」
妹の右手の動きが止まり、ヌルリという感触とともに口内から出てゆく。気道が確保された瞬間、彼は激しく咳き込んだ。
「でもね、あたしはもっと辛かったんだよ・・・悔しかったんだよ・・・・」
妹が髪とあごをつかんで、彼の、涙とよだれでべとべとの顔を固定する。
「・・・・・・誓って、お兄ちゃん。もう二度と、あの女とそんなことはしないって」
「・・・・・・たかみ・・・」
「誓ってくれたら、もう、乱暴なことはしないわ」
ぺロリ。・・・妹が、べとべとになった彼の顔を、さも美味しそうに舐め始める。
事態が把握できない。一体、妹が何故こんなことをするのか、何を言わんとしているのか、さっぱり分からない。
コトここまで及んでも彼・・・・・・兄・陽一・・・・・・には、この二つ年下の妹の正気を疑う以外に取れる行動はなかった。
「でも・・・貴美・・・それってお前・・・?」
「まだ分かんないの?」
妹が舌の動きを止め、兄の目を覗き込む。・・・・相変わらず、その曇りレンズの向こうにある瞳の色は、窺い知ることは出来ない。
「あの女と別れなさい、そう言ってるの」
・・・・・あの娘と、別れる?・・・・俺が? この年になって初めて出来た彼女の・・・あの娘と・・・?
兄は絶句した。
「誓えないの・・・・?」
妹の手が、そろりと兄の首にかかる。
「ちっ、誓うも何も、俺の彼女とおまえが、一体何の関係が・・・ひぎっ!」
「関係ない・・・!? あたしとその女とが、何も関係ない・・・!?本気でそう言ってるの・・・・!!」
首にかかった手に、再び力がこもる。
「・・・がは・・ああああ・・・・やめ・・・・」
「・・・殺してやる・・・殺してやる・・・!!」
「・・・ひ・・・ぎ・・・」
もう、何も見えない。考えられない。死ぬ間際に、幼き日の、妹と一緒に入った風呂の思い出が瞬間的に浮かんだ・・・・。
ジョッ、ジョジョ・・・・。
「きゃっ!なにこれっ!?」
気が付くと、彼はさっきまでの姿勢で部屋の隅に転がされていた。
呼吸をすると胸が痛い。どうやら助かったようだ。
後頭部で縛り上げられた両手も、開いた状態で鉄パイプに固定された両足も、開放されてはいないが、それでも死んではいないようだ。
・・・・・・あれがアイツの本性だったのかな・・・?
彼は、兄としてもそう思いたくはなかった。彼らは、一般的に言っても仲のいい兄妹のはずだったからだ。
彼らの家は団地にあり、部屋数も少なく、兄と妹は当然のように一部屋に放り込まれた。
小さい頃はいざ知らず、年頃になれば多少はギスギスするのが一般的な兄妹のはずである。
彼と同じく妹を持つ、数人の友達も声を同じくする。
曰く、妹なんて邪魔なだけ。
曰く、妹と相部屋なんて想像出来ん。
彼に言わせれば、それは逆だ。
夜、耳をすませば親のあえぎ声すら聞こえる、壁の薄い相部屋に無責任に放り込まれたからこそ、彼と妹の間には、妙な連帯感が生まれた。
勉強が分からんと言われれば教えてやる。
ヒマだと言っては対戦ゲームの相手をさせ、団地の公園でバスケの1on1に興じた。
好きな相手が出来たと言われては共に攻略法を練り、現に妹の前の彼氏は、彼の提案した作戦でオチたという話だ。もっとも、妹の提案した策が上手くいったためしは無かったが。
・・・・・今からオナニーするから、部屋出て行け。
・・・・・しょうがないなぁ、おにいちゃんは。早く彼女作りなよ。
・・・・・お前こそ、俺の布団で彼氏とエッチしてんなよ。シーツが臭って仕方ねえ。
こんな会話を笑って出来る妹に、彼は学校の友達以上の信頼と友情を感じていた。・・・・たった今、までは。
「あれ、お兄ちゃん、起きた?」
妹は、まるで何事も無かったかのように微笑み、部屋に入って来た。
「あれから大変だったんだよ、お兄ちゃん」
「大変・・・って・・・?」
「だってお兄ちゃん、オシッコ漏らしちゃうんだもん」
「・・・もらした? 俺が・・・?」
妹は、その手に持っていたシーツを広げ、再びベッドメイキング(布団だが)を始めた。
「その歳になってオモラシだなんて・・・・だらしないったら、ありゃしない」
「・・・・・・・・」
「そんなだらしないお兄ちゃんは、もう一生あたしが面倒見るしかないのかしら、ね?」
妹が顔を上げる。彼は、それまで眼鏡の曇りレンズの向こうに隠れていた妹の目を、初めて見た。
そこにあるのは、彼が初めて見る、淫蕩な光をたたえた瞳だった。
「さて、と・・・!」
シーツを敷き終えた妹は、悠然と立ち上がり、彼に迫る。
「もう一度言うわ。あの女と別れなさい」
「でも・・・・」
初めて出来た彼女だった。片想いのたびに撃沈し、いいかげん女性不信らしき意識さえ芽生えつつあった彼に、初めて出来た彼女だった。
「・・・・・・好きなの?」
別れたくなかった。初めて自分を好きだと言ってくれたあの娘と・・・・。
「しかたないわね」
妹は、いきなり彼におおいかぶさると、唇を奪った。
「うっ!・・・うごうっ・・・!」
妹の唾液が、絶え間なく彼ののどに流れ落ちる。
妹の右手が、別の生物のように彼の股間を這いまわる。
妹の左手が、くすぐるように彼の乳首を軽くひっかく。
「・・・ぷっ・・・くはぁ・・・!」
唇を開放した後も両手の動きは止まらない。
「安心して・・・もう首締めたりしないから。焦って、お兄ちゃん殺しちゃったりしたら、取り返しつかないもんね?」
「たかみ・・・・・」
「だから今度は、じっくりと、時間をかけてしてあげる。シーツも換えたとこだしね」
発端は、数日前の夕食だった。
ソフトボール部の練習で、いつものように独りで遅い夕食をとる彼女に、お茶を入れた母が言ったのだ。
「そうそう貴美、陽一にやっとこさ恋人さんが出来たらしいわ」
その瞬間、彼女は思わず箸を落としそうになった。
「全く、あの子はあんたと違ってホンマに奥手やけんねえ。我が子ながら心配しとったんやけど・・・まあ、あの子も健康なオトコノコやったっちゅうことやねえ。いくら受験生や言うても・・・」
母の言葉の最後のほうは、もう彼女の耳には届いてなかった。
・・・・・・兄に、あの兄に、カノジョができた・・・・・・。
「ごちそうさまっ!」
「あら貴美、あんた全然食べとりゃせんやないの。おなかすいてへんの?」
食欲などある訳がない。母へ言い訳するのも物憂げに、彼女はひたすら部屋へ急いだ。
「お兄ちゃんっ!!」
「わあっ!?」
蹴破る勢いでドアを開けると、兄がパソコンの画像を見ながら、電気アンマ機を肩に当てていた。また勉強をさぼってエロページでも見ていたのだろうか。
「お兄ちゃん、本当なのっ!?」
「何が」
「だから、カノジョ出来たって本当なのっ!?」
兄は数瞬、不意を突かれた顔をしたが、やがてニヤリと笑い、机の中から一枚の封筒を取り出した。
「見てる人は見てるもんだなぁ貴美。ラブレターをもらうってのが、こんなに嬉しいもんだとは思わなかったよ」
震える手で、封筒からピンク色の便箋を取り出す。中を開く。
「モテ女のお前に言うのもアレだがよ、これでようやく、妹様に肩を並べれた気がするよ」
そこには、かわいい文字で『好きです』と綴られてあった。
「・・・・・・で、どうするの?」
「どうするって?」
「・・・・・・だから、付き合うの?この子と」
その時の兄の笑顔を彼女は一生忘れないだろう。
「当たり前だろう。俺にラブレターをくれるような娘だぜ。むざむざ見逃す手があるもんかい」
「・・・・・・・・そう」
声を震わせないようにするのが精一杯だった。
目の前が真っ暗になり、膝に力が入らない。
「お前も喜んでくれるだろう?貴美」
「・・・・・・うん、おめでとう、お兄ちゃん」
・・・・・・・・ころしてやる・・・・・!!
彼女は、自分の全身を包むこの感情の正体が未だに分かっていなかった。
分かるのは、業火のような憤怒と、氷のような絶望と、そして・・・
「おい、どうしたんだよ貴美?」
「・・・・・・何でもないよ」
「でもお前、顔色が・・・・」
「何でもないって言ってるでしょっ!!」
彼女は部屋を飛び出した。
兄の前で涙を流さない。それが精一杯の彼女のプライドだった。
全身を覆う憤怒と絶望、それを上回る哀しみ。彼女は突然理解した。この感情の正体が。
・・・・・・・・・これは嫉妬だ・・・あたし・・・あたし・・・。
靴を履くのもそこそこに、団地を飛び出し、どこをどう走ったか、気が付いたら深夜の二時になっていた。
・・・・・・・あたし・・・・お兄ちゃんのことが好きだったんだ・・・・。
「へえ、お兄ちゃんって結構おっきいんだあ」
妹の巧みな愛撫に、性体験の未熟な兄は、たまらず勃起した。
「ん・・・んんん・・・!やめ・・・」
「うっそ、まだ剥けてないの? この歳になって?信じらんなーい」
彼は、人生で最大級の屈辱を受けているのを感じた。
「へえー・・・あたし、実は見たこと無かったんだよね。包茎ちんちんって」
「やめ・・・見るな・・・見ないで・・・・・!」
「だって今までのカレシって、そんなブザマなもの持ってる子、いなかったしね」
妹が、兄のペニスをぺロリと舐める。
「ひっ・・・・・・!!」
「でも・・・よく見りゃ可愛いかもね」
妹が、兄のペニスを完全に口にくわえる。
「たかみ・・・だめだ・・・・・・・!」
たちまちに射精しそうになる。こらえる。でも我慢できない。
・・・・・・・やばい・・・やばい・・・でも・・・出る・・・。
「ひぃいいいい!!」
妹が、突然彼のペニスに噛みついたのだ。
帰宅したのは、それからさらに一時間後だった。
声を殺して泣いて、肩を抱いて身を震わせ、何も考えられず、ただひたすら哀しく、さらに泣いた。
そして泣き疲れた頃、思考停止していたはずの心が、いつに間にか一つの結論を出していた。
・・・・・・・祝福してあげよう。(実の兄とは、何もできないし、どうにもならない)
・・・・・・・祝福してあげよう。(あたしが、男と上手くいく度に、兄は喜んでくれた)
・・・・・・・祝福してあげよう。(あの兄が、初めて成功した男女交際)
・・・・・・・祝福してあげよう。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「・・・・・そうだよね、喜んであげなくちゃ・・・・・」
ベンチから立ち上がる。時計を見る。停止していた理性を無理やり活動再開させる。
兄はきっと、眠らずに待っているはずだった。心配のあげく怒りすら覚えているだろう。
家を飛び出した時の状況を思い出す。眼前が暗転していくような感覚を懸命に抑えつつ、頭をフル回転させてこれからの自分の行動を考える。
言い訳に必要な適当な人名・用件のリストアップ。兄への手土産として、コンビニでプリンを買う。そして一番の努力・・・笑顔の練習。
兄はまだ起きていた。
「くすくすくす・・・・痛い?・・・ねえ、痛い?」
射精直前に出し抜けにペニスを噛み付かれ、その快感から苦痛への瞬転に、兄は意識が飛びそうになった。
「痛くても・・・・おっきいままなんだね・・」
再び妹の舌がペニスに伸びる。
「・・・・じゃあ、こっちは?」
妹の指が睾丸にからむ。
兄の背中に、瞬間的に冷たいものが走る。
「待って貴美、そこは・・・・くっ!」
兄のペニスが、妹の口に再度包まれる。そして、その瞬間、兄は何も言えなくなくなる。
ただ一つ、確信できることがある。
・・・・・・・・・俺がイキそうになった瞬間、貴美はタマを握るつもりだろう。
男にしか理解できない、あの苦痛が脳裏によみがえる。そして、その恐怖がさらにペニスの感度を増幅させる。
「んふふふふ・・・ひもひいい?」
気持ちいい、と訊いているつもりなのだろう。AV女優のように、これみよがしにペニスを咥えたままの問いかけ。たまらなくいやらしい。
・・・・・・・・・やべえ、また、・・・出ちまう・・・。
絶頂感を必死にこらえる。だが、しょせん無駄な抵抗だった。
・・・・・・・・・やばい、やばい、やめろ・・やめろ!!
「ぎふぅ!!!」
兄は射精した。
妹は睾丸を握りしめた。
兄はのたうった。
妹はペニスに歯を立てた。
かつて経験したことの無い絶頂感とそれをしのぐ痛覚が、脳からつま先まで全身を襲い、兄はさらにのたうちまわった。首のロープが絞まる。
兄は失神した。
意識を失った兄の顔を見つめながら、妹は今日の出来事を思い出していた。
・・・・・・・・・この人、あたしとそっくりだ・・・。
初めて兄のカノジョと会ったとき、妹はそう思った。
今日の昼休み、彼女が妹のクラスまで会いに来た。
兄に借りた本を自分の代わりに返してほしいのだという。
・・・・・・・・・なぜ自分で返さないの?
兄は今日、学校をサボって予備校の模試を受けに行っていた。
・・・・・・・・・なぜ自分で返さないの?
彼女は今日の放課後、兄と会う予定だったらしいが、急な用が出来て会えなくなったという。
・・・・・・・・・なぜ自分で返さないの?
今日返すという約束で借りた以上、やはりこの本は今日返すべきであり、さらに二つ下の学年に彼の妹がいるのを知っていたからだ、という。
妹は、憎んでやまない兄のカノジョが、自分の予想とはかなり違うタイプの女性であることに戸惑いを感じた。
さらに、彼女のそうした律儀さに奇妙な親しみさえ覚えた。なぜなら、そういう責任感こそ、妹の長所そのものであったからだ。
「外で少し話しません?」
案の定、二人はウマがあった。
映画・音楽・スポーツ・読書、そして男の趣味、果ては発想・モノの考え方まで実の姉妹のようによく似ていた。
・・・・・・・・・・このひとなら、お兄ちゃんを任せてもいいかもしれない。
そう思えた。その一言を聞くまでは。
「でも残念だわ。貴美ちゃんみたいなイイ子が、あの人の妹だって知ってたら、もっと早く会いに来るんだったわ」
「残念って、まだまだこれから時間はあるじゃないですか」
「受験生には余裕はないのよ」
「だったら、大学に合格してからでいいじゃないですか。どこか三人で遊びに行きましょうよ」
「無理よ。合格してからじゃ私たち、もう東京にいないもの」
「え・・・・・?」
「あら、お兄さんから聞いてない?私たちの第一志望って、同志社なの」
「え・・・・・?」
「あら、本当に聞いてなかったの?」
・・・・・・・・同志社って、あの京都の・・・・?
そこからの会話は、もう覚えていない。
兄が行ってしまう。自分を置いて、兄が別の女と、遠いところへ行ってしまう。
・・・・・・・・お兄ちゃんは、あたしを捨てる気だ・・・・。
気が付くと、もうとっくに昼休みは終わっていた。
妹はポツンと独りでベンチに座っていた。
何も見えず、何も聞こえず、何も考えられず、ただ、妹は座っていた。
妹を支配していたのは、ただ絶望。兄が自分以外の女と付き合い始めたと聞いた時の、さらに比較にならない絶望が妹の胸を襲っていた。
・・・・・・・・・ゆるせない・・・絶対にゆるせない・・・!!!
このとき初めて妹は、怒りの矛先がカノジョではなく、兄その人に向いているのを認めた。