「ふう……」  
天井を見上げ、溜め息を漏らす。  
結局、白菊を取りに行くのは明日ということになり、今夜は琢磨氏の屋敷に泊まることになった。  
次々とここ何日かの出来事が、脳裏に浮かんでは消える。  
 
絹代と出会ってあんなコトをして…庵に案内されて、佳乃に出会ってまたこんなコトをして……。  
いや、その前にいきなり絹代にプロポーズされたんだっけか。  
まあ、プロポーズつっても結婚したくないが為に、お芝居に乗ってくれって話だが。  
そりゃそうだな。プロポーズは女からされるものより、男からするものだと思っているから。  
というか、眠っていたとはいえプロポーズされた女の目の前で、別の女とヤル奴は普通いないだろ。  
で、絹代の父である琢磨氏の屋敷に案内され………何故か天狗の一族に伝わる妖刀を  
取りに行くことになった。何故かって? そりゃあ……………絹代を嫁に貰うため!?  
 
…お、おいおい……何だか混乱しているな。ちくしょう、かえって目が冴えちまう……。  
それにしても……何でこんなことになっちまったのかねえ……。  
 
「ん? だ…誰……?」  
ふと見ると、障子越しに人影が見える。情けないが、俺は人影に向かって怯えながら声を掛けた。  
「あ……あの…起きて……おられたか?」  
「き…絹代? どうしたんだ、こんな夜更けに?」  
ゆっくりと障子が開き、そこには……月明かりを受けて青白く光る、絹代の姿があった。  
まさか……夜這い……なわけはないわな。  
「それが……その…」  
それきり、絹代は顔をうつむかせ黙り込んでしまった。俺は絹代の次の言葉をじっと待ち続けた。  
 
「も、申し訳ない……まさか、かような目に遭わせてしまうとは……」  
「なんだ、そんなことか」  
しばしの沈黙ののち、絹代はぽそぽそとつぶやく。その声は心なしか震えている。  
「そ、そんなこと…って……信幸殿、白菊の話を聞いてはいなかったのか!?」  
「いいや。ちゃんと聞いていたよ」  
俺の返事に、絹代は目の色を変えて慌てふためく。  
絹代のその姿とは対照的に、俺は自分でも驚くほどの冷静な口調で答えていた。  
「な、ならば何故……何故、試練に挑まれる? 信幸殿には挑まれる理由は無いのですぞ!」  
「いや……あ………」  
絹代の言葉に肩をすくめながら答えようとして、声を詰まらせる。絹代の目に光るものを見たからだ。  
それまで冷静だった頭が、一瞬にして沸騰するような奇妙な感覚に襲われ、心臓が鼓動を早める。  
「わ…わらわのせいで、信幸殿にもしものことがあったら、わらわは……わらわは………?」  
「気にするなよ」  
涙をポロポロこぼし、声を詰まらせる絹代を軽く抱き締め、ぽんぽんと頭を撫でながらささやいた。  
突然の俺の行動に驚いたのか、絹代はビクンと身をすくめる。  
「……気にするな、などと言われて気にしないほうが……!?」  
「ん……何て言えばいいのかね……。確かに、妖刀を取ってこいという話になったのは、  
琢磨氏が言い出したことだけど、それを受けたのは紛れも無い俺なんだから、な」  
だが、なおも弱々しく首を振りながら、声を絞り出す絹代のくちびるを、そっと人差し指で塞ぎ、  
俺は宥めるように出来るだけゆっくりと話し始めた。  
ゆっくり話すことで、絹代だけでなく自分の頭も冷静にさせようと考えながら。  
「だ、だからそれはわらわが……」  
「いいや、そうじゃないさ。元々の原因は俺にあるんだからさ」  
俺の手首を引っ掴み、絹代はつぶやき続けるが、それを遮るように俺は言葉を続けた。  
口に出したおかげなのか、俺の心と頭は妙に冷めていった。  
同時に、さっき自分の頭に浮かんだ疑問――それに対する答えも浮かびあがった。  
何故、妖刀を取りに行くことになった? 何故、自分がここにいる? その両方の答えが。  
答えは明解にして、的確だった。しかし、それを絹代に言うべきか否か戸惑っていた。  
何を躊躇う必要がある? 新たに浮かんだ疑問の答えを探すため、俺は自分に問い掛けていた。  
 
「信幸殿………?」  
絹代の怪訝そうな声が耳に届く。ああ、そうか……答えはこれだったか。  
俺を見上げる絹代の心配そうな顔を目にした時、あっけなく頭の中で答えが出た。  
真相を絹代に知られるのが怖かったのだ。いや、知られることではない。  
知ることで、絹代の心が変わってしまうのが怖かったのだ。  
「信幸殿……どうされた?」  
「いや……それよりさ…こんな夜中に二人でいること、琢磨氏に気づかれるとまずいんじゃないか?」  
恐怖は……態度に表れた。辺りを伺うフリをして、絹代から視線を逸らしながら、小声でつぶやく。  
しかも視線だけではなく、話題そのものまで逸らそうとしていた。  
「……信幸殿…………………本当にかたじけない……」  
「いや、だから礼を言われるようなことじゃないって」  
俺の意図を知ってか知らずか、恭しく頭を下げる絹代。  
どことなく後ろめたくなってきた俺は、髪の毛をかきむしりながら答える。  
そうさ………本来なら、こちらが土下座しても足りないくらいなんだから……。  
などと思いながらも、それを口にすることが出来ない、弱虫で卑怯な自分がここにいた。  
と、絹代はゆっくりと頭を上げ、じっと俺を見つめながら口を開く。  
「信幸殿……お願いだ。白菊を持ってきて欲しい、などとは言わない。いえ、言えない。  
ただ…ただ無事に、わらわの元に帰って来ていただきたい……」  
「絹代……」  
突然の絹代の申し出に、俺は口をぽかんと開けるしかなかった。…お、おい、それって……。  
「もっと…もっと信幸殿とお話がしたい。お互いを知る時間が欲しい。  
父上がお認めにならなくても、生きてさえいてくれればそれが出来る。だから…だか……ら……」  
「あの…さ……絹代…俺も…言っておきたいことが……」  
俺にすがりつき、最後は涙声になる絹代を見て、俺は本当のことを言おうと決心した。  
天狗などではない、何の力も持っていやしない、ただの――いや、嘘つきな人間だ、と。  
これだけ純粋に俺に語りかけ、慕ってくれる絹代を欺く自分自身に、我慢出来なくなっていた。  
だが、絹代は俺の胸に顔を埋めたまま首を振り、震える声で俺の言葉を遮った。  
 
「………今は聞かぬ。帰ってきたら、無事に帰ってきてくれたら、  
その時こそ幾らでも話す時間は出来る。そうであろう? だから、今は聞かぬ」  
「…いや、でも……これだけは……」  
絹代の言葉に、決心が鈍ってしまう。  
真実を語ってしまえという自分と、このまま黙っていろという自分がぶつかる。  
「それより……これ…を……」  
「? え?」  
ゆっくりと俺から離れ、首飾りを外して俺の右手に握りこませる絹代。……えっと…これは……?  
「お守り代わり、じゃ。だがな…信幸殿にあげるわけではない、貸すだけじゃ。必ず、返しに来るのだぞ」  
しっかりと俺の右手を握り締め、絹代はにっこりと微笑んだ。……そうか、戻って来いという意味か。  
「ん……どうもありがと。約束する。必ず返しに戻ってくるよ」  
「信幸殿…………いえ、何でもない。……必ず、無事に戻ってきてくだされ…………では………」  
…………そうさ、生きて戻ってくれば、いくらでも謝ることが出来る。  
本当のことを話すのは、その時でも遅くはないさ。  
俺は去っていく絹代の後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた。  
心の片隅で、それはただの言い訳だろうと思いながらも………。  
 
 
「では……行ってまいります」  
「うむ、気をつけてな」  
「信幸殿……お気をつけて」  
翌日、俺と佳乃は白菊を祀ってあるという、祠に向けて出発した。  
祠までは歩いて1日もあれば着くらしいが……よく考えたら会社は大丈夫か?  
遭難届けとか出されてたらどうしようか? などと現実的な問題を思い出したりしてしまった。  
まあ……何とかなるか。ここまで来たら、2日も3日も一緒だわな。  
 
 
一方その頃、某会社では……  
 
「えっと……お〜い、片山〜」  
「ん? どうした、新條?」  
PCのディスプレイ上で、アラートを示す赤い点が明滅を繰り返す。  
思わず僕は後ろの同僚に声を掛けた。  
「なあ、これどう思う? 何かヤな予感がするんだけど……」  
「うっわ〜……マジっすか?」  
赤い点を指で指し示すと、同僚が嘆息の声をあげる。……やっぱ、システム障害、かなあ……。  
「……片山もそう思うか………ま、いいや。とりあえず休憩すっか」  
「あ、そうしよっか……」  
ため息をついて、課長と同僚を交互に見やりながら、同僚に声を掛けて席を立つ。  
同僚は、僕が何を言いたいのか分かったようで、後を追うように腰を浮かしていた。  
 
 
「ふう……で、山内からメールはまだ来ないわけ?」  
休憩室で缶コーヒーを飲みながら、同僚に問い掛ける。  
実はこの男、もう一人の同僚を本人の承諾無しに『一週間休む』と課長に報告していたのだ。  
しかも、勝手に彼の母親を危篤にさせて。……で、その件に関して口裏合わせようと、  
一応メールは入れたらしいんだけど、返事が無いそうで。  
「そうなんだよねえ……まさか、本当に遭難しちゃったかなあ?」  
「訳の分からん駄洒落はいい。………にしても何やってんだアイツは。連絡くらいしろよな」  
お約束過ぎて、突っ込む気力も失せた僕は、窓の景色をぼうっと見やった。  
あ〜あ、今日も残業か……。しゃあない、帰り何時になるか分かんないし、アイリスにメールしておこ。  
多分、アイリスはそれでも起きて待っていてくれると思うけど。  
さらに『夜のお勤めは別だよ』とかってオチになりそうな気もするし。  
かと言って、伸ばし伸ばしにしていると、休日前夜に地獄のような天国を味わうことになりそうだし。  
「てっか、課長はやっぱり、定時にあがるんだろうなー……」  
「だろうね。もう慣れたからいいよ。さて、ぼやいてても仕方ないから、さっさと仕事始めるかー」  
同僚のぼやきに肩をすくめ、飲み干した空缶をゴミ箱に放り投げながら、僕は仕事場に戻った――  
 
 
「大丈夫ですか、信幸様? 今日はここまでにいたしましょうか?」  
「え? あ、ああ……でも、祠までは……あと、どれくらいあるの?」  
夕暮れ時、川原に差し掛かったところで、佳乃がこちらの様子を伺いながら問い掛けてきた。  
一日中歩き続けたおかげで、文字通り足が棒になっている俺は、思わず佳乃に聞き返す。  
「そうですね……この調子だと、あと一時半もあれば到着しますが……」  
……あと3時間ほど、か。着いたら真夜中だろうし、ここは無理をしないほうがいいかな?  
「うーん……そうだね、慌てる必要も無いし、ここで休もうか」  
「わかりました。それでは、今宵はここで休むといたしましょう」  
佳乃は荷物を下ろしたかと思うと、手際よく大きめの石を集め始めた。  
「ふう……で、信幸様。お手数ですが、火を熾していただいてもよろしいですか?」  
「あ、ああ。ちょっと待ってて」  
即席の竈を作り上げた佳乃の言葉を受けて、ライターで焚き付けに火をつけた。  
焚き付けはたちまち、パチパチと音を立てて燃え始める。  
「……ふうむ、なるほど。これが絹代様が仰っていた火熾しですか。  
さ、われは夕餉の支度をしますので、その間、ゆっくりとお休みくださいませ」  
「う、うん。そうさせてもらうよ……」  
火を付けるのを見て、妙に感心した様子の佳乃は、俺に向かって優しく微笑む。  
俺はやはり疲れていたのか、生返事をして腰を下ろしたかと思うと、あっという間に眠りについていた。  
 
「信幸様……出来ましたよ」  
「え? もう?」  
佳乃が俺を揺り起こす。時間的には、まだ10分かそこらしか経っていない。  
にも関わらず、竈の鍋からはいい香りが漂っている。  
「ええ、野営ですから簡単に済ませました。さ、どうぞ……」  
「ん、いただきます……」  
お椀に鍋の中身を装って俺に差し出す佳乃。山菜がふんだんに入った味噌汁で、とても美味しそうだ。  
さらに佳乃は笹の皮を広げ、中の団子を3個ほど俺に手渡してきた。  
足の疲れも然ることながら、空腹も限界に近かった俺は、夢中になって団子を口に運んだ――  
 
「ふう……ごちそうさまでした。……でも何だか、量の割には満腹になる、不思議な料理だね」  
この前感じたのと、同じような感想を漏らす俺。……何か秘訣でもあるのかねえ。  
「どうもお粗末様でした。……秘訣、ですか……そうですねえ……天狗の秘術の賜物、ですかね」  
「へえ、そうなんだ」  
天狗の秘術……ねえ。そんなのでお腹が膨れるなんて……。  
「うふふっ、秘術ではないですよ。正確には代々伝わる材料と製法、ですから」  
「なるほどねえ………」  
真に受けた俺を、佳乃が笑いながら諭した。  
……ふうん、だとすると天狗一族に伝わる伝統みたいなものなのか。……ちょっと感動したりして。  
 
「ところで……信幸様に、お伺いしたいことがあります」  
「え? な、何?」  
お腹が膨れて、そろそろ眠くなってきたというときに、佳乃が話しかけてきた。  
その真面目な顔に、思わずぱっと目が覚めてしまう。  
「何故に、琢磨様の申し出を受けられたのですか?  
……まさかとは思いますが……絹代様に、『一緒になってほしい』と言われたからですか?」  
俺をじっと見据え、上目遣いに問い掛ける佳乃。……何だか、昨日絹代に聞かれたような質問だな。  
「ん〜? あー……そうだねえ……強いて言うなら自分のせい、だからかな?」  
「の、信幸様のせい?」  
肩をすくめて、昨夜導いたのと同じ結論を口にする。佳乃は目を丸くさせ、きょとんとしていた。  
「昨日、夜中にずっと考えていたのさ。俺は何でここにいるのか?  
何で白菊なんて取りに行くことになったのか? ってね」  
「そ、それで……?」  
不安げに、俺を見つめる佳乃。……あまり見つめられると照れてしまうんだが。  
「そもそもの原因がさ、絹代にちょっかい出したことが始まりだったんだな、って」  
「………………」  
あの時のことを思い出すだけで、何故か佳乃の顔をまともに見れなくなり、  
視線を逸らしながらつぶやく。いっぽうの佳乃は、無言で俺をじっと見つめていた。  
 
「……佳乃が最初に感じたとおり、俺はただの人間さ。ただ、絹代と話していて、  
ちょっとしたことでムラムラしちまって、その……あんなことをしていたわけで………」  
佳乃の視線に、しどろもどろになりながら説明する。……何だかどんどん後ろめたくなるのだが。  
「………ちょっとしたこと、ですか……。ふう……」  
「あ、いやその、えっと……それで、絹代の庵に招かれて、佳乃が手紙を持ってきて…だから、  
最初に絹代と会ってすぐ分かれてたら、こんなことにはならなかったなーって………」  
呆れ返ったようにため息をつく佳乃を見て、どんどんしどろもどろになっていく。やばいぞ、どうした俺。  
「……………後悔されていますか?」  
「え?」  
うわずった声で聞きなおしてしまう。……佳乃の口調が、何だか凄く寂しそうだったから。  
「後悔されていますか? と聞いたのです。絹代様と出会って、こんなことになってしまったのを、  
われがあの時、琢磨様の手紙を携えていたのを………」  
ここまで言って佳乃は言葉を一旦切り、すうっと息を吸いなおした。俺はじっと佳乃を見ている。  
「…………根に持たれては、いないのですか?」  
「お、おいおい。別に後悔なんてしてないよ。……それに、誰のせいにもしちゃいないし、ね」  
しばし間を空けて、佳乃が振り絞るような声でつぶやいた。俺は肩をすくめながら答える。  
「誰のせい……にも?」  
「ガキの頃から、お袋に言われてたんだ。『たとえ自分がどんな状況におかれたとしても、  
まず、それを決めた自分がいるんだから、相手を責めるような人間にはなるな』ってね」  
「信幸様の……お母上が………」  
俺の言葉に、佳乃は俺をじっと見つめ、ポツリとつぶやく。  
 
「俺の両親は、俺が物覚えついてない頃に別れてしまって、お袋は女手一つで俺を育ててくれたのさ。  
片親しかいないことを負い目に感じていたのか、俺には何ひとつ文句とか言わなかった。  
そんなお袋が唯一、説教らしい説教をしたのがこの言葉だった。それだけに、尚更身に沁みたね」  
ああ、そういえば、あの時は何で叱られたんだっけか……。急に懐かしくなってきたな……。  
「……………」  
じっと黙って俺を見つめ続ける佳乃。……しまった。らしくないこと、言っちまったな。  
こんなこと会社の連中にも、学生時代の友人にも、話したこと無かったぞ………。  
「ま、そんなわけだから俺に何かあったとしても、自業自得なんだから絹代が気にすることはないさ」  
誤魔化すように、わざとおどけて佳乃に説明する。……参ったな。何だか調子が狂っちまう。  
「そうだったのですか……何だか、われは信幸様のお母上に、お会いしてみたくなってきました」  
「な、何だって!?」  
突然の佳乃の申し出に、俺は叫び返していた。……それって、あの、その…えー……。  
「さ、最初にお会いしたときは、正直何て人なのだと思ってました。  
でも、その……段々、われの中で考え方が変わってきて……その……  
こんな…立派な御方に、お育てになられた方って、どんな方なのかな? と思いまして……」  
佳乃は俺の叫び声を受けて、顔を真っ赤に染め上げながらしどろもどろにつぶやいている。  
えーっと……何だか、すっげー気まずい空気なんだけど……何か違う話題は……えっと……。  
 
「あ…いや……その、さ。えっと…佳乃こそ、後悔しているのかな?」  
「は? われが? どうして?」  
「昨日、俺の案内役に指名されたとき、歯軋りしてたでしょ?」  
俺は必死に誤魔化そうと、違う話題を振った。佳乃は俺の言葉に目を丸くさせている。  
そういえばあの時の佳乃の様子、ちょっと気になっていたし、丁度いいかな。  
「ふう…どうせ、厄介払いでしょうね」  
「や、厄介払いって?」  
予想外の答えに、思わず鸚鵡返しになってしまう。……どういうことだ?  
「意味が分からなかったのも、無理は無いですね。  
彼奴めは、『信幸様が白菊を手にするのを、しかと見届けよ』と言ったのですよ?  
逆に言えば、『信幸様が白菊を手に出来なかった場合は、戻ってくるな』と言っているのです」  
「そ、そんな………何故……」  
だとすると佳乃は厄介者、ということか? 何で? 気も利くし、しっかりしてるし、真面目で  
優しいし料理も上手いし……正直言って、絹代よりもずっと、理想の嫁さんになれるんじゃないの?  
「ああ。信幸様も御存知でしょう? われのこの身体を。  
彼奴らは、里にこんな異形の者がいることに、我慢ならぬのでしょう」  
「そ、そんなことくらいで………」  
何の感情も無く、ただつぶやく佳乃に対し、俺は掛ける言葉を無くしていた。  
だが、里の連中には何か言ってやりたい衝動に駆られていたが。  
「お気になさることはありませんよ。昔からあんな調子ですから…すっかり慣れました」  
「でも、さ………」  
寂しそうに首を振る佳乃。何か言おうとして、掛ける言葉が見当たらなくて途中で止めてしまう。  
 
「お優しいのですね、信幸様……。………われの操を奪ってくれたことですし、  
信幸様がいいと仰るのならば、二人でこのまま、戻らぬのもいいかもしれませんね」  
「…………えっ!? い、いや、あれは……その……」  
ポツリとつぶやく佳乃の言葉に、口をぽかんと開けて返事をしてしまう。ちょ、ちょっとそれって………。  
「うふふふっ。冗談、ですよ」  
戸惑う俺を見て、さぞ可笑しそうに笑い声をあげる佳乃。ああ驚いた……。  
「何だかんだ言って、われはこの山の者です。山を下りて人間と混じって暮らすことなんて、  
考えられませぬ。それに、このまま戻らぬということは、帰りをお待ちになられている、  
絹代様を裏切ることにもなります。それだけは、どうしても許されぬことですしね……」  
「佳……乃…」  
さらに言葉を続ける佳乃だが、途中で顔を伏せてしまった。  
……うーん、何だかすっげー気まずいんだが……やっぱこれも、俺の自業自得だよなあ…。  
「さあ、馬鹿な話は止めて、早く休みましょう。明日はいよいよ、試練に挑まれるのですから」  
「あ、ああ…そうしようか……」  
しばしの間、妙な沈黙が続いていたが、佳乃が明るい声で俺に笑いかけてきた。  
………こりゃあ、白菊の試練も然ることながら、その後も試練が待っているかも、な………。  
 
 

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