「さ、どうぞ、信幸様」  
「あ…どうもありがと。……もぐ……ん。美味しい……」  
薫さんから、炊き立て御飯山盛りの茶碗を受け取る。おかずは味噌汁と漬け物に、山菜の煮付け。  
何日か前に、佳乃に作ってもらった朝食とは、また違った温かさを感じ、思わず感想が漏れる。  
しかし、佳乃といい、薫さんといい、こんなに料理が上手いのに、何故絹代はアレなんだろうか?  
「あら、お上手な。……で、信幸様。白菊の試練とは、いったいどういうものだったのですか?」  
「いいっ!? ……えっと、その………何て言っていいものか……」  
にっこりと微笑みながら、何気なく質問してくる薫さんの言葉に、俺はしどろもどろになってしまった。  
まさか、あんなことがあったなんて、素直に言えるはずないだろ………。  
「まあまあ、ひと言では語りつくすことが出来ぬほどの、試練だったのですね?」  
俺が沈黙していると、薫さんは笑みを崩さずに語りかけてきた。絶対、勘違いしてるぞ、薫さん。  
「ううん……いやその………でも、佳乃がいなかったら………」  
「そんな謙遜なさらずとも。それにしても、伝説にまで謳われた、白菊を手にする方がいたなんて……。  
さすが、絹代さまの想い人だけのことはあります」  
答えに窮しながらも、それだけをどうにかつぶやくが、薫さんはポンポンと俺の肩を叩いてきた。  
………いいや、上手く説明する自身も無いし、勝手に勘違いさせとこう。  
「御免! 誰かおらぬか!?」  
「……ちょっと失礼、来客のようですので」  
「え? あ、はい……」  
などと薫さんの羨望の眼差しの中、朝食を食べていると、誰かの声が聞こえてきた。  
と、薫さんはその声を迎えようと、立ち上がった。……ふう、助かった。  
 
「……………あ、克弥さま。おはようございます」  
「挨拶はどうでもいい。琢磨殿の容態はどうなのだ?」  
「はい…それが一向に………。ただ、佳乃が言うには、宗宏が関係しているのではないか、と」  
「佳乃? あんな半端者に何が分かると言うのだ? まったく……」  
部屋の向こう側で、薫さんと誰かが会話をしている。……誰だか知らないが、随分偉そうな口調だな。  
「………待てよ? 佳乃が、佳乃が戻っているというのか!?」  
「はい。昨日の夜、信幸さまとご一緒に。白菊を携えて」  
「し、白菊を携えてだと!? そ、それは真か!?」  
などと思っていると、急に男の口調が驚き混じりの声に変わった。  
薫さんの言葉に、あからさまに動揺しているのが、襖越しでも分かる。もしかして、昨日会ったかな?  
「嘘を言ってどうなります。信幸さまは今、隣で朝餉を召し上がっておりますよ」  
 
ガラッ  
 
「…………な、何と………」  
「あ、ど、どうも……おはようございます………」  
不意に襖が開き、そこには口をぽかんと開けた男が立っていた。  
この男は……俺が白菊を探索すると決まったとき、佳乃に『同行しろ』と命じた男だ。  
佳乃の言葉を思い出した俺は、胸にむかつきを覚えながらも、形だけの礼をした。  
「いや、そのままでよい……。で、その白菊とは、いったいどこへ……?」  
「……あ。えっと……それ、ですが」  
男の言葉に、顎をしゃくって部屋の隅に立てかけている、刀の白菊を指し示した。  
実際、我ながら無礼だとは思うが、あまりいい感情を持つ相手ではなかったから、  
これくらいで丁度いいと思っていた。  
「ふむ………これが……白菊、か………。いやはや、何と申せばいいのか………」  
男は、俺の仕草を気にする風でもなく、刀の白菊を手にして何事かつぶやいている。  
俺は男を無視して、黙々と朝食を平らげることにした。  
 
「あ……。お、おはようございます」  
「ああ佳乃、おはよう」  
「何だ佳乃か。白菊を手にして戻ったというのなら、何故真っ先に私に報告せんのだ。  
まったく、これだから………」  
朝食を食べ終わったころ、まるで見計らったかのように、白菊がやってきた。  
と、件の男が早速文句を垂れている。……確か、克弥とか言ったっけか。  
「うむ、何せここに着いたのが、深夜だったですしな」  
「深夜でも何でも……」  
克弥の言葉を、しれっした顔で返す白菊。一瞬、克弥が眉をしかめながら、言い返そうとする。  
「夜更けに目を覚ますのは、御老体の身体には酷だと思いましたが?」  
「な、な、なな………」  
が、白菊はやはりしれっとした顔で、克弥に答えた。たちまち、克弥の顔が赤く染まりだす。  
ふうむ……彼も一応、天狗だったのか。……って、そりゃそうか。  
「ああ失礼。琢磨様のお体を案じ、一睡もしていなかったのでしたっけか?  
であれば、お邪魔しても、問題は無かったかもしれませぬな……。  
「く……ぬ、ぬぬぬ………」  
「ま、われの言うことなど、気にされることもありますまい。所詮、半端者の戯言なのだから」  
そんなことを考えているうちにも、白菊は表情ひとつ変えずに、克弥に話し続けている。  
克弥の顔は真っ赤に染まり、絹代と薫さんが、唖然とした顔で白菊をじっと見つめていた。  
……そうか、見た目は佳乃のまま、だものな。……って、これはちょっと、まずくないか?  
 
「えっと、ところでさ………。何でまだ、旅装束のまんまなの?」  
この気まずい空気をどうにかしようと、あたりを見渡した俺だが、あることに気づき、白菊に問いかけた。  
そう、白菊は昨日と同じ格好のままだったのだ。まさか、着替えを知らないわけじゃないだろうに……。  
「ああ、今から宗宏……が、祀られていた場所へ参ろうと思いまして」  
「何! 今何と言った!?」  
白菊は、俺の顔を見つめ返しながら答える。が、その言葉に思い切り反応したのは克弥だった。  
「耳も悪くなりましたか、克弥様。宗宏が、祀られていた場所へ参る、と申したのですが?」  
「何を考えておるのだ!? 琢磨殿がこんな状態だと言うに!  
お前には、主君を思うという気持ちは無いのか!?」  
「だからこそ、参るのです。昨夜の書物を見て、われは確信しました。  
琢磨様が、かようなことになった原因は、宗宏にある、と。  
……絹代様、恐れ入りますが宗宏を拝借しても、よろしいですか?」  
「し、しかも言うに事欠いて、代々伝わる家宝を貸せ、だと! お前は……!」  
言葉の端々に、嫌味を混ぜながらも淡々と語る白菊。  
その態度が気に入らないようで、克弥は全身をプルプル震わせながら、振り絞るように口を開く。  
何だか気まずい空気が、なおさら気まずくなっている気がするのだが。この場合、どうすればいい?  
 
「よい、克弥」  
「き、絹代様……しかし」  
気まずい空気の流れを断ったのは、絹代のひとことだった。  
だが、克弥は気に入らないようで、絹代に言葉を返そうとしている。  
「本当に耳が悪くなったのか、克弥? わらわが『よい』と言っておるのだぞ」  
「うぐ……分かりました。……しかし佳乃、分かっておるであろうな?  
もし琢磨殿の病が、宗宏と関係が無かった場合は……」  
と、絹代は先ほどよりもやや強い口調で、克弥に向かって言った。  
先ほどの、白菊と同じ嫌味がこもった絹代の言葉に、克弥は憮然とした顔で頷き、  
代わりに白菊に向かって指を指しながら、怒りを押し殺した声で言った。  
「好きにすればよろしかろう。……では絹代様、申し訳ございませぬが……」  
「うむ。頼んだぞ、佳乃……」  
それでも、白菊は克弥の声を、どこ吹く風と軽く受け流し、絹代に向かってぺこりと頭を下げた。  
絹代は、刀――白菊ではなく、琢磨氏の枕元にあったほうだ――を、白菊に手渡す。  
これはどうやら……確かめなきゃならないよな。  
「あ、あのさ……俺も、佳乃に着いていって、いいか?」  
「の、信幸――」  
その場にいた、俺と琢磨氏以外の全員が、ほぼ同時に俺を見ながら口を開く。  
もっとも、語尾は「殿」とか「様」とか違ってはいたが。……って、こんなことも、この前あったような……。  
 
「別に、佳乃ひとりで、行かなければならない理由なんて、どこにも無いだろ?  
佳乃には、前から散々世話になってるし、今度は俺が……」  
「そうですね。白菊を手に入れられた、信幸さまが同行なさるなら安心でしょう」  
周りの反応にかまわず、俺は言葉を続けた。が、その言葉を遮るように、薫さんがゆっくりと口を開く。  
ニコニコとした笑みは崩さずに……って、もしかして、この顔は生まれつき、じゃないだろうなあ……。  
「信幸殿……わらわは、わらわは信幸殿に、何と言えばいいのか……」  
「何、気にするなよ。絹代はしっかり、琢磨氏を見ててくれよ」  
「う、うむ………」  
薫さんの言葉が切っ掛けになったのか、絹代が声を震わせながら、俺に声を掛けてくる。  
俺は肩をすくめ、笑みを浮かべながら絹代にそう答えていた。顔をぱっとあげ、俺を見つめる絹代。  
そのとき一瞬だけ、絹代の目に光る涙を見た気がするが……果たして気のせいだろうか?  
 
「……さて、また旅になったが……なあ、白菊」  
「どうしましたか、信幸様? 何だか、先ほどの克弥とやらと、同じ顔をしていますが?」  
絹代と薫さんに見送られ、再び旅に出た俺と白菊。目指すは、宗宏とかいう刀を祀っていた社だ。  
が、どうしても我慢出来ずに、里から外れて森に差し掛かった頃、俺は白菊に問いかけた。  
「どうしたもこうしたもないよ。今のお前の身体は佳乃なんだぞ?  
あんなことを言ったら、佳乃の里での立場というものが………」  
「分かってます」  
「………は?」  
苦言を呈する俺に、白菊は真剣な顔で頷く。俺は一瞬、言葉の意味を分かりかね、問い返していた。  
「分かってます、と言いました。分かっているからこそ、ああいう言葉になってしまったのです」  
「そ、それって……」  
「さあ急ぎましょう。……………」  
本当に分かっているのかよ、と言おうとしたが、白菊は俺の言葉を遮り、歩を進めた。  
この話はここまで、と言わんばかりに大股で、肩を怒らせながら。  
俺は何も言い返せずに、白菊の後を追いかけるしかなかった。  
 
夜――俺と白菊は、適当な場所に野営をすることにした。  
いい加減、疲れきっていた俺は、天を仰ぎながら白菊に問いかけた。  
「ふう……。いったい、あとどれくらいの道のりなんだ?」  
「うむ、地図によると……明日の朝に発てば、昼ごろには着きそうな感じですね」  
昼ごろ……か。それにしても、すぐ帰るはずがこんなになってしまって……。  
俺が帰ったら会社に席……さすがに、ねえだろうなあ。まあ、後のことは後で考えよう。  
とりあえず、今考えなきゃならない優先順位が上位のものは……っと。  
「なあ………白菊よ」  
「はい? どうしましたか?」  
改めて、白菊の目を見据えた。突然の俺の行動に、目を丸くする白菊。  
「佳乃の心は、この中に入ってはいない。最初から、佳乃の身体の中にいたんじゃないのか?」  
「な! な、何故…何故それを?」  
俺は、刀の白菊をかざしながら、白菊に問いかけた。  
慌てふためく白菊が、ゴクリと息をのむのが分かった。やれやれ、やっぱりか……。  
「最初は本当に、刀の中に佳乃の心が入り込んだと思ったさ。でもそれにしては、白菊が知るはずは無い、  
佳乃しか知りえないことも、ちゃんと知っていたからな。何故、あの娘の名が絹代と分かった?」  
「あ……そ、それは………」  
 
「それに昨夜、ひとりで佳乃の家へ、どうやって戻ったんだ? 知らないはずの家に?」  
頭をボリボリとかきながら、白菊に俺が感じていた違和感を述べた。  
口ごもる白菊に、追い討ちのひとこと。これは、絹代に今朝確認したことだが、な。  
「…………なるほど、お見通しでしたか。仰るとおりです。  
今、姉君様の身体には、わらわと姉君様の心が宿っております」  
「い、いったい何故………」  
覚悟を決めたように、白菊はため息をつきながら、答える。そこまでは、俺も推測は出来た。  
問題は何故、佳乃の心は表に出てこないのか、ということだ。  
「わらわも、幾度となく姉君様を説得しました……ですが姉君様は、  
今は出てきたくないと、こう申し続けておりまする……」  
「な、何で………」  
眉をひそめ、首を振る白菊。思わず漏れ出した俺の声はかすれ、震えていた。  
「まあ、何となくわらわにも、その理由は分かる気がします。お互いの心が透けて見える今は……」  
「ちょ…そ、それって……」  
「ですが、わらわからは申しませぬ。姉君様の口から…ではなく、心から、直接お聞きくだされ」  
「そ、そうか……じゃあ、今は聞かない。だが、だが佳乃……いつか必ず、聞かせてくれよ?」  
「………………」  
俺は白菊、いや、佳乃の肩を抱きしめながら、そう語りかけた。  
だが佳乃――白菊は顔を伏せ、何も答えようとはせず、俺も自分の言葉どおり、追及するのを止めた。  
 
「さて……話は変わって、今度は白菊。あんたに聞きたいことがあるんだが」  
「は? わ、わらわに……?」  
佳乃――白菊から手を離し、俺は再び口を開いた。今度はきょとんとした顔で、俺を見つめ返してくる。  
その目をじっと見据え、俺はもうひとつの疑問を口にした。  
「ああ。宗宏ってのは、何者なんだ?」  
「! な、な、なな……」  
俺の言葉に、さっき以上に狼狽する白菊。やはり、これも当たりだったか。  
「琢磨氏を見たとき、あんたはかなり動揺していたが、刀の名前を聞いたときの動揺は、  
それ以上だった。知り合いか、百歩譲って名前くらいは、聞いたことがあるんじゃないのか?」  
「…………………ええ。遥か……遥か昔になります……」  
白菊は長い間、星空をじっと見つめていたが、その姿勢のまま、ぽそっとつぶやくように答えた。  
「や、やっぱり……」  
「信幸様は、この刀をどうやって造られたか、わらわの心を如何にして、  
刀に縛りつけたか、御存知ですか?」  
「え? い、いや……」  
不意に、顔を俺に向けた白菊が、ゆっくりと語りかけてきた。  
当然、そんな知識など無い俺は首を横に振る。  
 
「鉄を真っ赤になるまで熱しながら、金槌で叩いて鍛え、冷たい水で一気に冷やします。  
これを繰り返すうちに、鉄から硬さを増す、鋼へと姿を変えていくのです」  
「ふ、ふうん……」  
初めて聞くことに、素直に頷いていたが、次の白菊の言葉を耳にして、俺は思わず凍りついた。  
「そして、冷やす水に、わらわの血を使ったものが、この刀なのです」  
「な、何だって!? い、いったい何で!?」  
「……罰を、償うために……」  
俺の驚きの言葉も意に介さず、淡々とつぶやくように語る白菊。  
淡々とした言葉の内に隠されている感情は、果たして……。  
「ば、罰って………」  
「もともと、わらわは里のはずれにある社に住む、巫女だったのです。  
それが、あるお方と許されぬ恋に落ち……この命を刀と共にするという、罰を受けたのです」  
「じゃあ…その、あるお方の名前が……」  
「…………はい。宗宏様です………」  
あくまで淡々と語り続ける白菊だが、相手の名前を口にしたと同時に、手に力がこもっていた。  
おそらく、本人すら気がつかない無意識のうちに、なんだろうけれども。  
 
「じゃあ、その宗宏ってのも、同じ罰を受けたということかい?」  
俺は新たに生まれた疑問を、白菊にぶつけた。片方だけが罰を受けるってのはアレだし、  
白菊と同じように、刀になってしまったというのなら、その可能性が高いわけだし。  
「そ、それは何とも……。あの時、早百合様は、そんなことを言わなかったはず……」  
「早百合様? 誰だよ、それは」  
だが、白菊は力なく首を横に振りながら答える。……って、次々と新しい名前が出てくるな。  
「宗宏様の……許婚でございます」  
「ふう……ん…」  
歯切れ悪そうに答える白菊。……要するに、寝取ったというか、浮気したというかってことかい。  
でも、それってひとつ考え方を変えると………。まさか、なあ。  
あえて俺は、生返事を返しただけだったが、何を考えたのかは察したようで、  
白菊はまるで、俺の視線を避けるように顔を伏せていた。辺りには、妙な沈黙が生まれる。  
 
「だがその後、わらわは誰の手にも振るわれることなく、あの社へ封じられました。  
封じられ、何年、何十年も経つうちに、段々と、わらわの心で疑念が生まれ始めたのです。  
もしかしたら、すべて最初から、仕組まれていたことではなかったのか、と。  
わらわを……巫女であるわらわを……罰という名目で、刀の贄にしようという目的で、  
あの方は、わらわに近づこうとしたのではないかと………!」  
「…………」  
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、全身をブルブル震わせながら、白菊は再び語りだした。  
最初は蚊のなくような、小さな声で。だが興奮とともに、少しずつ声が大きくなっていく。  
……そんな白菊に、俺は口を挟むことが出来なかった。  
先ほど思い浮かんだ、俺自身の考えがまさに今、白菊が語った言葉そのもの、だったのだから。  
「その疑念に完全に囚われたとき、わらわは最後にやり残したことを果たそうと、心に誓っていた」  
「やり残した……こと?」  
「あ、あの方と……宗宏様と、添い遂げたい。これが、わらわの唯一にして最後の心残し。  
あの時、添い遂げようと、宗宏様に抱きしめられたとき、わらわたちは引き剥がされたのです………」  
 
話を聞きながら、俺は思っていた。白菊は未だに、宗宏への想いで揺れているのだな、と。  
 
何せ、伝説になるほどの長い間、あんな狭い場所に、じっと一人でいたんだ。  
考えたくなくても、考えてしまうのだろう。しかも、どちらと判断できる材料も無く、  
むしろ状況証拠だけならば、ネガティブなイメージばかりが、次々と頭に浮かんでしまうはずだ。  
だがそれでも、宗宏を信じたいという想いを、完全に捨てきることは、出来なかったのだろう。  
 
宗宏が裏切っていたと絶望する気持ちと、裏切ってはいなかったと信じ続けたい想いを、  
果たして今まで何度、自らの頭の中でぶつけあったのだろうか?  
俺なら完全に、気が狂っていただろうな……。  
 
「それからは、信幸様も知ってのとおり、わらわを我が物にしようとする者相手に、自ら抱かれていた。  
この者こそは、この者こそは、わらわの心を満たしてくれる者だと信じて――」  
俺がそんなことを考えている間も、白菊はぼんやりと宙を見ながら、語り続けていた。  
もはや、俺に向かってというよりも、ただ淡々と語っていた。まるで、テープレコーダーのように淡々と。  
そんな白菊が、たまらなく哀れに思えて、気がつくと、俺は白菊を抱きしめていた。  
「だがどうしても、わらわの心は満たされることが無かった。  
例え、相手の精も根も尽き果てるまで絞り取ったとしても、満たされなかった。  
そのうち、わらわの心の中で、手段と目的が取り違えられていったのです」  
依然として、その視線は虚ろで焦点は定まっていなかったが、それでも白菊の独白は続く。  
無意識のうちに、白菊を抱きしめる腕に力がこもっていた。  
 
「それから幾年月が経ったか、我が物にしようという者も現れず、かと言って社から出るわけにもいかず、  
ただ無為に過ごしていたある日、信幸様と姉君様が現れました………」  
ここまで語って、やっと俺が抱きしめているのに気がついたように、  
白菊ははっとした顔で俺をじっと見つめる。  
「お、お二方に抱かれたとき、今までお相手した方々と違う、何かがありました。  
それが何なのかは今でも分かりませぬが、それを感じたとき、わらわの心の闇は晴れていったのです」  
驚きの表情を浮かべ、身じろぎしながら言葉を続ける白菊。  
俺がそっと両腕の力を緩めると、白菊はゆっくりと俺から離れていく。  
「そう……か。なるほど………」  
「の、信幸様?」  
長い長い白菊の語りが終わり、俺はただひとこと答え、頷いた。  
安易な慰めの言葉など、思いつかなかった。いや、何を言っても慰めにはならないだろう。  
それほどの重みを、白菊の言葉に感じられた。  
 
だから、何も言えずに頷いたまま、眠りについたフリをして、  
――本当に眠りの世界へと、足を踏み入れていた――  
 

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