「きゃあ!? や、やめてぇー!」  
 
(……ん?)  
授業が終わった後の掃除時間、ベランダに出て窓拭きをしていた流志は女の子の悲鳴を聞き、  
教室の中を覗いてみる。  
そこでは悪戯な男の子達が掃除をしている女の子達を箒で追い回していた。  
彼らの狙いは女の子達のスカートだ。逃げる女の子の後ろから箒でスカートを引っ掛けて、  
めくりあげる、幼稚な行為だが、やられている女の子にとってはエッチでとても恥かしくなる  
タチの悪いイタズラだった。  
 
「へへ〜ん! 逃がさないからな! おいっ、そっち回り込め!」  
「「おっけー!」」  
いじめっ子グループのリーダーらしき男の子が指示を出すと、残り二人の男の子が逃げている  
女の子たちの進路を塞ぐように回り込む。三方から囲まれ、女の子たちは逃げ場を失った。  
困ったように手を取り合っていじめっ子を警戒する二人……。  
 
「これで逃げられないぞ……。そぉ〜ら♪」  
リーダーの男の子が一人の女の子のスカートに箒を引っ掛けた。そのまま箒の先を上げたので  
女の子のスカートがめくれ上がり、人気アニメキャラのプリントパンツが見えてしまう。  
 
「や、やめてよぉ〜! 馬鹿! エッチ!!」  
めくられた女の子は泣きそうな顔でスカートを押さえ、後退りするが、逃げる方向には別の  
男の子がいてそれ以上下がれない。もう一人の女の子も助けを求めるように周囲を見渡し、  
困ったようにオロオロするだけだ。  
 
周囲には掃除当番の同級生もいたが、男の子達はいじめっ子達に関わりたくないように  
その光景から視線を逸らせ、女の子に至っては自分に矛先が向かないように息を潜めている  
だけだった。標的となった二人の女の子は助けてくれる子が近くにいないと悟り、不安で顔色が  
青白くなる。  
 
(まったく、あいつら懲りもせずに……)  
流志は溜め息をつく。このいじめっ子達は学校で評判の悪い集団だった。流志のクラスや  
学年だけでなく、いじめっ子同士が手を組み、徒党を組んで悪い事ばかりしているのだ。  
リーダーの子は流志より上級生だろう。体も大きく声も太い。だから誰も女の子達を  
助けようとしないのだが……。  
 
(そうだ! 早くしないと、また美衣が……)  
流志はある事を思い出し、慌てて女の子達を助けにベランダから教室に入ろうとした。  
 
しかし、その時――。  
 
「こらー! やめなさいよ、あなた達!!」  
 
ばん!と教室の引き扉が勢い良く開いて、一人の女の子が箒を手に飛び込んできた。  
(美衣……! ……遅かった)  
流志は思わず天を仰ぐ。  
「そうやって集団で女の子をいじめたりして……恥かしくないの!?」  
キッと上級生の男の子を睨みつけ、箒で指しながら啖呵を切る美衣。両サイドをピンクの  
リボンで結んだ栗色の髪は肩まで伸び、ベージュのブラウスと同系色のミニスカートの姿で  
仁王立ちしている。  
黒くキラキラと光る瞳は大きく可愛らしいが、今は自分より二回りも大きい上級生をキッと  
睨みつけている。可憐だが意志の強そうな顔立ちだ。  
 
美衣は流志と同級生の女の子。さっきまでゴミ捨てに行ってたはずだが、騒ぎを聞いて  
飛んで来たのであろう。慌ててゴミ箱を抱えた男子が美衣の後を追いかけてきたが、彼女の  
剣幕と教室内の雰囲気に入り口で立ち止まって息を呑む。他のクラスメイトも凍りついたように  
動かない。  
 
流志も同様だった。ただし、彼の場合は雰囲気に呑まれて足が竦んだのではなく、これから  
起こるであろう『大立ち回り』を案じての事だったが……。  
 
「なんだ、オマエは?」  
リーダーの上級生が美衣を一睨みする。  
「うん……? なかなか可愛いじゃん……オマエもやられたいの?」  
美衣の剣幕に一瞬きょとんとしていたが、自分が追い回していた二人より彼女の方が断然  
可愛い事に気がつくと、いじめっ子リーダーの関心は美衣に移る。  
 
「馬鹿なこと言ってないで早くあの子たちを解放しなさい! ……でないと、ヒドイ目に  
遭わせるわよ?」  
美衣は箒を構えたまま更に一歩前に進み出る。体格の大きい上級生などまるで恐れないばかりか  
相手が3人である事もまるで気にしていないようだ。  
「へぇ〜、威勢がいいじゃん。俺たちが誰だか、ちゃんと知ってる?」  
にやっと笑いながら女の子にイタズラしていた箒を引っ込め、美衣の鼻先に向ける。  
美衣はそれが見えていないかのように、まじろぎもせずにいじめっ子リーダーをにらみ  
つけたままだ。リーダーはその美衣の気の強さが前面に出た愛らしさに邪な気持ちを  
隠さないようにニヤニヤと笑っている。  
しかし、彼の手下達は気のせいか少し顔色が青ざめていた。視線は美衣に釘付けになり、  
獲物の女の子たちの事を忘れた。  
 
(今だ……)  
流志が女の子たちに近づくと、そっと手を引き、いじめっ子達の包囲網から解放した。  
そのまま箒を手に手下二人を睨みつける。雰囲気に呑まれた手下達は向かってこなかった。  
どうやら二人に……特に美衣に怖れを抱いてる様子だ。  
リーダーは気がついたが「チッ……」と舌打ちしただけでまた視線を美衣に戻す。  
 
「美衣、こっちは助けたよ!」  
流志は美衣に呼びかけた。しかし、美衣は流志を見ようともしない。  
「……だから?」  
「だからって……。もうそいつらを相手にするのはやめなよ」  
「私がそうしたくても、向こうはそうじゃないみたいよ」  
「え?」  
リーダーはゆっくりと美衣の方に近寄っていく。美衣の鼻先に向けていた箒を下に  
向け、スカートを狙うように動かした。  
「オマエだって女だろ? これをめくられると泣くんじゃねーの?」  
リーダーは美衣のミニスカートに箒を引っ掛けるとゆっくりとあげていく。美衣の  
ほっそりとした白い太股が徐々に露になり、部屋にいた男子全員が息を呑む。  
 
「ほら……。これでも泣かないか? いつまで我慢してられる?」  
スカートは完全に捲くれ上がり、美衣の太股は完全の露出した。だが、彼女は箒を  
竹刀の様に構えたまま身動きしない。  
「フフン、足が竦んで動けないんだろ?」  
リーダーは更に美衣のスカートを押し上げようとする。  
(パ、パンツが見えちゃう……)  
男子だけでなく女子も含めてクラスにいる全員がそう思った瞬間――。  
 
「ハッ!」  
裂帛の気合と共に美衣が出足鋭く進み出ると箒を振り下ろし、今自分のスカートを  
捲りあげていたリーダーの箒の持ち手を一撃した。  
パシッ! と鋭く短い打撃音が鳴り、リーダーが箒を取り落とした。  
「くぁ……あ!」  
打たれた手が痺れたように、反対の手で押さえながら動きが止まるリーダーを  
美衣は表情も変えずに見下ろす。  
クラスのみんながざわついていた。何故か、流志を除いて。  
 
(うわぁ……)  
思わず、流志が頬を染めて二人から視線を逸らせる。スカートを上げられた状態で  
美衣が進み出た時、流志は……見た。確実に。  
(す、少しは恥じらいを持って欲しいよ……女の子なんだから……)  
流志がそう思いながら見て見ぬ振りをしている姿に美衣はチラリと視線を走らせる。  
が、直ぐに構えなおした。リーダーが立ち上がったからだ。  
 
「い……いてえな、オマエ!」  
痺れる腕を押さえながら美衣を睨みつける。が、迂闊には近寄らない。美衣がまだ  
箒を構えているからだ。怒りを覚えながらも美衣が動くと思わず「うっ!」とたじろぐ。  
「もう一撃、喰らいたい?」  
美衣が不敵な笑みを浮かべる。それに怒りを覚えたのか、リーダーは落ちた箒を  
拾って痺れていない方の手で構えた。  
「調子に乗るなよ!」  
殆ど捨て身の状態で美衣に踊りかかる。そしてメチャメチャに箒を叩きつけた。  
懸命にそれを箒で受ける美衣。  
「美衣!!」  
ちょっと危ないかも、と流志は思った。なんだかんだ言っても、美衣と上級生の男の子  
とでは体力差がかなりある。直撃は避けられてもパワーでは押されるだろう。  
実際、美衣は下がり気味になっている。そして……。  
 
「でやぁ!!」  
「きゃっ!?」  
バシィ!! と相手が渾身の力を込めて叩きつけた勢いで美衣は箒を落としてしまった。  
勢いあまって相手も箒を落としたが、美衣は壁際に追い詰められた状態で、素手で  
いじめっ子リーダーと対峙する形になる。  
 
「へん……。オマエ、剣道か何かやってるんだな? だけど、武器がなきゃ戦えないだろ?」  
いじめっ子リーダーがゆっくりと美衣に迫り寄る。素手の勝負では勝利を確信している  
のだろう、殆ど防御の様子も見せない。  
一方の美衣は壁を背負った状態で動かない。いや、逃げ場がなくて動けないのか?  
じっとリーダーが迫り来るのを見つめている。自分と壁に美衣を挟み込む位置まで  
詰め寄ったリーダーは美衣が震えているだろうと思い、その顔を覗き込めるように  
胸倉を掴んで引き寄せた。  
美衣がその手を退けようとリーダーの手首を掴むが、動かない。  
やがて諦めたように手を離し、俯いた。その様子をリーダーは満足そうに見ている。  
「こうなったら男の勝ちだな。力の差はどうしようもないだろ?」  
俯いてしょげているであろう美衣の顔を、どう料理してやろうかと言わんばかりに  
リーダーが覗き込んだが……。  
 
「……甘いわね」  
「うん……?」  
顔を上げた美衣はにんまりと笑みを浮かべている。それにリーダーが虚を突かれた瞬間、  
彼の下腹部に強烈な衝撃が走った。  
「ふぐぉご☆◆%〇#……!!」  
美衣の胸倉を掴んでいた手を離し、リーダーが猛獣の断末魔の様な声を上げながら、  
その場にゆっくりと崩れ落ちた。大きな男子に隠れて皆からは見えなかった美衣の姿が  
見える。彼女は膝蹴りの状態で足を上げているポーズのまま立っていた。  
 
(だ、だから……)  
正面の位置にいた流志には脚を上げている美衣のミニスカートの裾から白いものが  
しっかりと見えていた。さっきもチラリと見えていたが、今度はそのポーズで止まって  
いるのではっきりと見えている。  
(あっ……)  
視線を感じて流志が顔を上げると美衣が自分の方を見ているのが見えた。心なしか、  
イタズラっぽく笑っているように見える。美衣は流志を意識しているのだろうか。  
 
が、直ぐに視線をいたずらっ子リーダーの方に戻し、脚を下ろす。膝蹴りの格好で  
太股に押し上げられていたミニスカートもふわりと戻り、流志が見ていた白いモノも  
見えなくなった。  
 
「こうなったら女の勝ちね。そんなものがついてるんだから」  
さっき言われたの口調を真似ながら、美衣がキン蹴りに悶絶しているリーダーを見下して  
クスクスと笑った。流志だけでなく、クラスメートも手下達も思わず背筋が凍る。  
男の子だったら当たり前かもしれない。  
こわごわと震えて一箇所に固まっていた女の子達は少し笑っていた。普段からセクハラを  
受けていたのでいい気味だと思っているかもしれない。  
 
「あれれ? 気絶しちゃってる……? そんなに痛かったのかなぁ……?」  
美衣がリーダーの様子を見るとリーダーは白目をむいて泡を吹いていた。どうやら  
まともに入ったらしい。  
やれやれ、と言うように首を振ると手下達を見つけて、じろっと見る。それだけで  
手下達は震え上がった。彼らは美衣がこういう得意技を持っているのを知っていた。  
リーダーは上級生なのでそれを知らなかった。それが彼の運の尽きと手下達は思った。  
 
「まだやる? それとも反省して二度とエッチな悪戯とか、イジメとかをしないって  
誓う? ……さぁ、どっち!?」  
自分の足元に倒れているリーダーを置いたまま、美衣が手下達をキッと睨みつける。  
彼らは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて後退りすると、「うわぁ〜!」と叫びながら  
クラスメート達を突き飛ばして逃げていった。  
 
「ちょ、ちょっと! こいつも連れて行きなさいよ! ……もう!」  
美衣は渡り廊下に向かって叫んだが、既に手下達は逃げ去った後だった。  
「まったく、仲間を見捨てて逃げるなんて、それでも男の子?」  
呆れたように言うと、周囲を見回す。そして、流志に目を留めた。  
「……流志、あなたこの人、届けてやってよね」  
「え……? ちょ、ちょっと待ってよ! 俺が運ぶの!?」  
あまりの展開に呆然としていた流志だが、流石にこの暴君プリンセスの言いなりには  
なってられないとばかり、抗議する。  
「とーぜんじゃない。私はか弱い女の子なんだからね。それぐらい気を使ってよ」  
「か弱いって……やっつけたのはキミじゃないか!」  
当然の如く振舞う美衣に流志が不満を言うと、美衣は流志に近寄って耳元で囁いた。  
 
(やってくれなきゃ、みんなに言うわよ……。さっき私のパンツを見てた事……)  
 
「な……! な……」  
流志が真っ赤になって否定しようとして、それが無駄だと悟る表情を見ると、美衣は  
満足そうに微笑んで流志の元を離れる。そのまま、女の子たちが「すごぉい!」  
「かっこいい!」を連発しながら賛辞する中に入っていった。  
「やってくれるわよね? 優しい流志君♪」  
笑いながら、美衣が流志を見る。他の女の子達も一斉に彼を見た。クラスメイトが  
悪戯されているのに結果としてあまり何もしてくれなかった男子達に幾分冷ややかな  
視線が向けられる。  
 
「わ、わかったよ……」  
渋々ながら、流志は引き受けて自分より重い上級生を担ぎ上げた。美衣は、重そうでは  
あるが苦心するでもなく担ぎ上げる流志を少し感心したような目で見る。  
流志と視線が合うと思わせぶりな眼差しで見つめ、流志だけに見えるようにほんの少し  
自分のスカートをひらめかせた。  
またしてもチラリと白いものが見えて流志はどきりとするが、気がついた時には美衣は  
女の子たちの輪の中で楽しそうに武勇伝を話していた。流志の事など忘れたかのように。  
 
(もしかして、あいつ……わざと?)  
そんな事はないよな……と首をかしげながら、流志は重そうに上級生を担ぎ上げて  
渡り廊下を歩いていった。  
 
 
一時間後――。  
 
「た、ただいま、帰りましたぁ〜」  
流志は下宿先の『羅漢道場』に帰ってきた。  
思わず、玄関先でへこたれそうになるほどぐったりしている。  
(はぁ〜〜、疲れたぁ〜〜〜)  
精神的にも肉体的にも。理由は勿論、さっきの騒動の後始末だ。  
(あんなのはもう勘弁して欲しいよ……。修行の方が全然楽だって)  
玄関先で行儀が悪いと思ったが、つい腰を下ろし、寝転んでしまう。  
 
(本当は内弟子がこんな事しちゃいけないんだよな〜)  
彼は親元から離れ、この田舎町の町長であり、『格闘武技』の道場を営んでいる羅漢師範に  
内弟子として師事していた。格闘武技とは武器の使用を認めた格闘術で、通常の武道より  
更に実戦に近い。剣を使いながらも、接近戦での殴り蹴り、果ては組み技まで、実戦格闘の  
要素を全て盛りこんだ武道である。  
 
流志が少年の身ながら弟子入りしているのは彼自身の希望でもあったが、その能力を  
羅漢師範が高く評価しており、自分の手元において鍛え上げたいと望んだからでもあった。  
それだけの資質と弛まぬ鍛錬を惜しまない強い心を持っている流志であったが――。  
 
「お帰り〜! あいつ、ちゃんと運んでくれた?」  
たたたた……と廊下を走ってくる足音と、人の気も知らない無邪気で元気な声――。  
なんとなく嫌な予感がしながらその方向を見ると、それが当たっているのがすぐに見て取れた。  
 
(うわわわ〜〜〜!!)  
疲れてぐったりしていた流志が思わず飛び上がる。  
とりあえず、この子は苦手だ。例え、どんなに修練を積んで強くなりつつあると自覚できる  
今でさえ――。  
 
奥から走ってきたのは美衣だった。まあそれは構わない(行儀が悪いが)。彼女は羅漢師範の  
姪であり、隣町の旧武家の跡取り娘として、武芸を磨くために居候しているのだから、ここに  
いるのは当たり前の事だ。  
 
しかし、それがピンクのバスタオル一枚の姿で玄関先に現れるとなると話は別だ。  
「ば、ば、ば、ば……!」  
「ばば?」  
「ばかっ! 服を着ろ!」  
「服……? 一応、裸じゃないわよ?」  
これ見よがしにバスタオルの裾を持ち上げる。  
「な、なんてことを……! は、早く降ろせよ!」  
「何慌ててんの? さっきのスカートの時と同じじゃない」  
「じょ、冗談じゃないよ!」  
背中まである髪は洗いざらしだ。明らかにシャワーなり風呂なりの直後だろう。  
つまり、バスタオルの下を捲ると、その下から覗くのは……。  
 
「ふふふふ……」  
「な、何がおかしいんだよ?」  
「本当は見たいんでしょ?」  
にんまりとイタズラっぽく美衣が流志の顔を覗き込む。  
「う……。い、いや、その……」  
困った表情でかぶりを振る流志。  
 
「フム……では女の子のカラダに興味津々な流志君に、この美衣様自らが……」  
「な、何を言ってるんだよ?」  
「遠慮しないでいいよ、アイツを運んでくれたご褒美♪」  
美衣がバスタオルの胸元に手を掛けた。すっ……と胸元で止めていた端を外す。  
「ま、待てって! 人が来たらどうするんだよ!?」  
「大声出してると余計に人が来ちゃうよ……。せ〜の〜……」  
 
パッ! とピンクのバスタオルが舞い上がった。  
 
「う……わぁあ!!」  
流志は美衣の方など見ずに慌てて玄関先をぴしゃりと締める。  
「い、イタズラが過ぎるぞ! ……あれ?」  
「じゃ〜〜〜ん♪」  
流志が半ば怒りながら振り返ると、そこには白いビキニ姿の美衣がいた。  
モデルの様に左手を腰に、右手を後頭部に当ててポーズを取りながら微笑んでいる。  
「先週買ったのよ、この水着。いいでしょ〜♪」  
自信たっぷりに流志を悩殺したとばかりに得意気な表情の美衣。お世辞にもトップが  
役に立ってるとはいい難いが、スラリとしたボディにちょっと大人のデザインが  
意外と似合っている。  
 
しかし――。  
「は……はは……」  
一気に気が抜けた流志にはそれにコメントする気力はなく、へなへなとその場に崩れ  
落ちた。舞い上がったバスタオルがひらひらと落ち、彼の視界を遮った。  
 
 
         *         *         *  
 
 
「いつまで拗ねてるのよ、も〜」  
流志の部屋のベッドに腰を下ろして転がりながら美衣が文句を言う。流志が口も利かず  
黄昏たままでいるからだ。折角、この美衣様が部屋に遊びに来てあげているのに――。  
「別に拗ねちゃいないよ」  
ただ、ぐったりと疲れただけ……と、心の中で呟きながら流志は椅子にへたり込む。  
「ちょっとした茶目っ気じゃない。邪な期待なんかするからガッカリするのよ」  
美衣は流志の方を見て楽しそうに話す。悪戯が成功したのがよっぽど楽しかったらしい。  
 
流志は言い返す気力もなく俯いていたが、  
「……それ、着替えないの?」  
美衣の格好を指摘する。さっきから気になって仕方がなかったのだ。ずっとビキニを  
着けたまま、我が物顔で人の部屋で寛いでいる美衣の姿が。  
「いいじゃない、このままで。誰もいないんだし」  
「キミの目の前にいるのは……?」  
「う〜〜んと……。召使い」  
「…………。」  
洒落になってないのだが。つか、召使いになら見られてもいいのか、この姫様は。  
 
それにしても――。  
(俺、美衣に何かしたっけ?)  
最近、美衣は自分を困らせる行動ばかりを取ってる気がする、と流志は思う。  
ちょっと前までは流志が羅漢師範の一番弟子になっているのが気に入らなかったのか、  
無意味に反抗的な突っかかりを繰り返すばかりだった。  
だが、ここ数週間ばかり、傾向が違ってきていた。自分がやっつけたいじめっ子の  
後片付けを命令(依頼ではない)したり、やたらと目のやり場に困る格好をしたり――。  
一見取りとめのない一連の行動は流志が困ると言う点では一致していた。  
いったい、どういうつもりなのか……。  
 
「ね、あいつを運んでいったクラス、どんな反応だった?」  
美衣がクッションを抱えながら楽しそうに聞く。  
「そりゃあ、もう……」  
当然の事ながら、上級生を運んでいった時、そのクラスは騒然となった。  
仲間らしき男の子からは「お前がやったのか?」とすごまれるし、慌ててごまかそうと  
するも、手下達が駆けつけて流志の教室での出来事を洗いざらい報告すると、その場の  
雰囲気は更に悪化した。  
 
「ふ〜〜ん……、それで、その仲間達もちゃんとやっつけた?」  
「……勘弁してくれよ」  
ワクワクした表情の美衣に、流志は溜め息をつく。  
実際、(ちょっとやばいかな……)と流志が一戦を覚悟するぐらい、不穏な空気が  
流れたが、丁度先生が通りかかって、一旦は事無きを得た。  
ただ、彼らが大人しく黙っているとは到底思えないが……。  
 
「なぁ、美衣……」  
「何よ?」  
「ああいう喧嘩のし方は……あんまり良くないと思う」  
「ああいうって……キン蹴りの事?」  
「う……。ま、まぁ、そうだけど……」  
乙女が言うには大胆な言葉をはっきりと口に出され、流志は鼻白む。  
「大丈夫、流志にはあんな事しないよ♪ あの技を使うのはセクハラいじめっ子だけ」  
「そ、そう言う事じゃなくて……。あんなやり方でなくても解決する方法はあると  
思うんだ。俺たちは武芸を習ってるんだし、実力を見せてから話し合いをするとか……」  
「何を悠長な事を……」  
恐る恐る?口ごたえする流志に美衣は雄弁な溜め息をつく。  
 
「アイツ、私のスカートも捲ろうとしたんだよ? 女の子は黙って触られてろ、って事?」  
「そうじゃないけど……。だからと言って遺恨が残るやり方じゃ、また相手は仕返しに  
来るよ? さっきだってもう少しで2回目の喧嘩になるところだったし……」  
「あ〜、なるほど。自分の後始末が増えるからメンドクサイってわけね」  
「違うよ! 今度は美衣の身が危なくなるって言ってるんだ」  
流志が色を正して言うと、ピクリ、と美衣が反応した。  
 
「『古都奈』に比べたら、私なんかどうでもいいくせに……」  
「え?」  
「なんでもないよ。……そっか〜、流志は困るんだ。ああいう事をされると……」  
美衣の口調が不穏な響きを帯びてきている。流志は嫌な予感がし、口中にたまった息を呑む。  
「だったら、今度からは『必ず』キン蹴りを狙うことにするわね。相手がちょっとでも  
触ってきたら、すかさず……こう」  
意地悪な笑顔でビキニから伸びた足で蹴る真似をする。  
「ば、馬鹿な事言うなよ!」  
「何が馬鹿よ。正当防衛の護身術使用じゃない?」  
「冗談じゃない。何でもかんでも急所を狙って反撃なんて過剰防衛もいいところだよ!」  
流石に流志も黙っていられない。つい、声高に叱りつける様な口調になってしまった。  
その様子を見て美衣はムッとした表情をする。  
 
「はは〜ん、やっぱり流志も男の子だもんね。男の急所を蹴られて苦しむのを見るのは  
忍びないか……」  
「そ、そうじゃなくて……。第一、女の子だって狙われないとは限らないだろ? 相手は  
仕返ししようとしてるんだから」  
「狙うって……ここを?」  
美衣が自分のビキニに覆われた股間を指差す。  
(そ、そんな所を女の子が指差すんじゃないってば……)  
流志は内心うろたえたが、辛うじてコクリと頷く。  
 
「アイツら、そこまでやってくるかな?」  
「わ、わからないけど……。雰囲気は最悪だったし、可能性はあるかも……。だからなるべく  
遺恨を残さない方がいいと……」  
「逆に言えば、対策をすれば遺恨を残してもいいのね?」  
「な、なんだって?」  
美衣はクッションを投げ捨てると、ベッドの上で流志の方を向いて足を投げ出して座り込んだ。  
そして、スラリと伸びた両足を60度ぐらい開く。流志の方からは白ビキニに覆われた  
美衣の股間が丸見えになる。  
 
「な、なんのつもりだよ?」  
流志が椅子から立ち上がり、一歩後退りする。  
「勿論、仕返し対策の練習をするの」  
美衣はその流志のうろたえた表情を見ながら言った。  
「仕返し対策……?」  
「私の女の子の急所が狙われるんでしょ? だったら、その対策をしなきゃ」  
股間を無防備な状態にしたまま、美衣は髪をかき上げる。  
 
「流志、狙ってよ。……私の、ここ――」  
美衣は小悪魔の様な微笑みで流志を見つめた。  
 
「な……。何を馬鹿な事を……」  
流志は冗談を受け流す口調で喋ろうとしたが、声が上ずってしまう。  
その様子を美衣は敢えて黙って見ている。  
(フフフ……面白〜い♪)  
自分がちょっとエッチっぽい仕草をするだけで、流志は激しくうろたえる。  
それがちょっとした快感だった。  
 
一方の流志は果たして美衣の挑発だけでうろたえているのだろうか――?  
(こ、この格好から掛ける技って言ったら……)  
流志は4つ年上の姉弟子、『琴奈』から教えてもらった技を思い出し、顔が真っ赤になる。  
 
(流志……。そう、足を取って、しっかりと抱え込んでから……。うん、大丈夫……  
そのままゆっくり……。あん……♪)  
 
「何をぼぉ〜っとしてるのかな、流志クン♪」  
「え? ……わっ! わわっ!?」  
流志が物思いに耽っている間に、いつの間にかベッドから降りて顔を突き合せるように  
覗き込んでいた美衣に気づき、流志は慌てて飛び退った。  
「アハハ、ヘンな流志♪」  
楽しげに笑う美衣。二人っきりの部屋にいて水着姿で無防備に笑う彼女を見て、流志は  
少し考えてしまう。  
(美衣は知ってるのかな――?)  
さっきのあのポーズからされる技の事を。女の子にとって最も効果的で、快感と切なさが  
同居する必殺技と呼ぶにふさわしい攻撃――。  
 
「じゃあ、始めよっか。ルールは……私が30分、流志の攻撃から逃げられたら私の勝ち、  
でいい?」  
「な、何のことだよ?」  
「さっき言ったじゃない。流志が悪ガキの役で私のココを狙って攻撃するって♪」  
美衣はまた自分の股間を指差す。そうすると流志が恥かしそうに視線を外すのが楽しいのだ。  
実際、今度も流志はそういうリアクションを取った。  
「そ、そんなの……出来ないよ」  
「どうして? それじゃ練習にならないでしょ? もしかして私のキン蹴りが怖い?  
大丈夫だよ、流志にはしないから。急所攻撃は女の子にだけありってルールでどう?」  
美衣は後ろで手を組み、それとなく自分のボディを無防備に晒すようにする。  
まるでファッションモデルが自分の美しい肢体を誇るかのように蠱惑的に微笑みながら。  
まだ膨らみかけの胸や美衣が「狙ってよ♪」と言うビキニのボトムに覆われた部分も  
勿論ノーガードだ。逆にそれが流志にとっては最強の攻撃になっているのかもしれない。  
 
「い、いや、そうじゃなくて……それに、この部屋じゃ狭くて格闘は無理だし……」  
流志はなんとかこの場を言いぬけようとする。美衣はじとっ……とその様子を見ていたが、  
「そうね……。物も一杯あるし、部屋の中で闘うのは無理かな」  
意外な事に流志の意見に同意した。ほっと一息つく流志だったが……。  
「じゃあ、闘う場所はこのベッドの上だけにしようよ♪」  
ぽふん♪ と美衣はお尻からベッドに飛び込んだ。流志は目をパチクリさせる。  
「そ、そんな狭いスペースじゃ接近戦しか出来ないじゃないか!」  
接近戦どころか――密着戦しか出来ないだろう。しかも相手はビキニ姿の女の子である。  
 
「そうね。でもまあ、そういうシチュエーションはあるんじゃない? 喧嘩になったら  
密着して闘うのは当たり前だもん」  
平然と美衣は言い放つ。なんとなくだが流志は嵌められた気がしないでもなかった。  
その言い分だけなら美衣の言葉には正当性がある。ビキニに正当性があるかどうかは疑問だが。  
 
「と、とにかく……馬鹿なこと言ってないでさっさと着替えなよ。風邪引いても知らないぞ?」  
「そんなに寒くないもん。それに格闘すれば流志の格好の方が暑苦しくなるよ?」  
「や、やるなんて一言も言ってないだろ?」  
「やらなきゃ明日、流志君は私のパンツに見入ってた事をクラス中に公開されます♪」  
「な、何だって!?」  
流志が仰天する。美衣はしてやったりの表情だ。  
「それを止めたければ私と勝負して勝つことね。これは強制じゃないわ。流志の自由意志で  
決めなさい」  
その口で『自由意志』という言葉を言うか。流志は呆れて物が言えなかったが、事態は結構  
深刻である。美衣は今日の件で、ある意味英雄扱いだから、彼女がそう言えばクラスメートは  
信じるだろう。そうなればちょっとした破滅である。  
 
「な、なぁ美衣。ここはもう少し考えて違う方法で……う、うわっ!?」  
「ごちゃごちゃ言ってないで勝負しなさいよ、男の子らしく!」  
理不尽なのは美衣の筈だが、うじうじしている流志に業を煮やしたのも美衣の方だった。  
何かとごまかそうとする流志の腕を掴んでベッドの中に引き込む。たちまち二人はくんず  
ほぐれつの密着バトル状態になった。  
 
「キャハハハ! る、流志のエッチぃ〜〜!! そんなところ触んないでよ!」  
「そんな事言ったって、このスペースじゃ身動きすらできな……」  
「ま、またエッチなところ触った〜! わざとじゃないでしょうね?」  
「じょ、冗談じゃないよ!」  
「アハハ! く、くすぐったい! だめ、そこはだめぇ〜〜!!」  
ベッドは広めではあるが一人用である。そこに少年少女とは言え二人がいるのだ。どう頑張って  
も体には触れてしまうし、ましてや美衣はビキニ姿なのだから殆ど肌に触れてしまう。  
その状態で動けばどうなるか――。流志は胸や股間など、触れば美衣がつけ入りそうな所を  
避けるように動くので精一杯である。内股やお尻や脇などに触れてしまうのは仕方がない。  
 
「流志ぃ〜! エッチなところばかり触るやつにはお仕置き〜!」  
「お、おい……うっぷ!」  
美衣が流志の体をせり登るようにしてヘッドロックした。流志の顔が美衣の胸に埋まる。  
いや、埋まるほどないがw。  
「く、苦しいよ、美衣!」  
「苦しい? 気持ちいいの間違いじゃない? この美衣様の柔肌で抱きしめてもらえるんだし♪」  
(冗談じゃないよ、琴奈さんじゃあるまいし……)  
思いはしたが、流石にそれを口に出すと自分の身が危ない。その間も息が苦しくなっていく。  
この暴君プリンセスは全く手加減と言うものを知らない。  
 
「は……はなして……よ!」  
流石に息が限界になり、ちょっと力を入れて突き飛ばすように美衣の体を引き剥がした。  
美衣はベッドの端まで転がされる。  
「きゃうん! ら、乱暴にしないでよ! 落ちちゃうじゃない!」  
「俺だって、あのままじゃ窒息するじゃ……あっ!!」  
美衣を見る流志の目が点になった。  
「な、何よその目は……私の体が何か変……」  
美衣が自分の状態を確認しようと胸元を覗くと、そこには膨らみかけた胸とピンク色の小さな  
蕾の様な乳首が見える。そして、流志の手には……。  
 
「きゃあああああああああああ〜〜〜〜!!!」  
 
絹を裂くような悲鳴が部屋中にこだまする。美衣は胸を押さえてしゃがみ込んだ。  
「わ、わ、わ……!? こ、これは違う……誤解……!」  
流志が手に持っていたビキニの上を振りほどく。さっき突き飛ばした時に勢いあまって  
外してしまったらしい。  
流志の顔面からさーーーっと血の気が引く。  
 
「よ、よ、よくも、こんな真似を〜〜〜〜〜〜〜〜!」  
目に涙を浮かべて怒る美衣。散々挑発しておいて今更な気もするが、やはりパンツを  
見られるのと膨らみかけの胸を見られるのでは違うらしい。  
「違う! は、弾みだって! わざとじゃないったら!」  
座ったまま後退りする流志だが、背には壁……。  
「言いたい事はそれだけか〜〜〜! 乙女のビンタ〜!!!」  
 
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!  
 
キレのいい往復ビンタが流志の頬を打つ。ものすごい勢いで左右に首を振られる流志。  
たちまち顔の面積が倍になったw。  
「ひ、ひでぇ……」  
ぱたん……とベッドに伏す流志。涙目で怒っていた美衣もまだ自分がトップレスのまま  
なのに気がつく。  
 
「は、早く返しなさいよ! このヘンタイ!」  
「わ、わかったよ……あ、あれ? どこだ?」  
「目を瞑ったままじゃ分かるわけないでしょ? ちゃんと目を開けて探しなさいよ」  
「だ、だって……その……。あ、あった。……ほ、ほら」  
流志は美衣の方にビキニの上を渡そうと手を伸ばす。固く目を閉じて懸命に見ないように  
しているのが美衣にも分かる。  
「…………」  
美衣はその様子をじっと見ていたが、やがてにんまりと微笑み、受け取ろうとした  
手を引っ込めた。  
「どうしたの? 早く身に着けてよ……」  
焦ったような声で流志が急かす。しかし……。  
「それ、いらない」  
「……へっ!?」  
「無くていいって言ったの。それは」  
美衣が平然と言い放った。さっきまで隠していた手も下ろし、堂々とトップレスのままで  
バッドの上に膝立ちする。まるで流志に見せ付けるように、だ。  
 
「み、美衣……?」  
「ここからはこの状態で闘うことにするわ」  
「ば、馬鹿な事を言うなって!!」  
流志の声は殆ど悲鳴に近かった。その声を聞き、美衣はますます調子に乗る。  
「私のビキニに手を掛けた罰よ。ちゃんと責任取りなさい」  
美衣は胸を強調するように突き出して傲然と言う。勿論、突き出すほど無いがw  
(なんの責任だよ〜〜……)  
流志は泣きたくなってきた。  
 

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