21日の昼過ぎ、恵子とサキはユウの空手の特訓が終る頃合に迎えにやって来た。 
ベスの死後、恵子はベスのかわりに子供達に本を読んであげたり、遊び相手になったりしてあげていたのだった。 
 
 「あ、 恵子姉ちゃん、それにサキ」 
 「お疲れ様 ユウ君」 
 「おつかれ〜、ユウ兄ちゃん」 
 
「今日は何をして遊ぼうか?」と言う恵子の言葉にユウは少し考えてから 
「僕 コイを見に行きたいな」と答える。 
 
 「えっ、鯉を…でもあそこは……」 
 「ねぇ、ケイちゃん 私もまたコイさんを見たいよぉ」 
 「行こうよ恵子姉ちゃん! 僕たち子供だけじゃ外を出歩かせてもらえないんだよ、僕もコイが見たいよ」 
 
 
兄妹の言葉に恵子の心が揺らぐ、彼女も鯉達の事が心配だったからだ。 
しかし、あの場所は恵子自身がクロオオヒヒに襲われ、さらにベスが深手を負い 
死にいたらしめた因縁の場所である。 
そして水場と言うのもあって、よく淫獣が目撃されている所でもあった。 
 
 「私も鯉達のお世話をしたいけど……でもダメよ! あそこはバケモノがよく出る危険な所なのよ。 
  私じゃユウ君とサキちゃんを守る事が出来ないの、二人にもしもの事があったら………」 
 「見たいのは……コイだけじゃないんだよ………」 
 「え?」 
 
ユウは俯きグッと拳を握り締める。 
 
 「ベス姉ちゃんがそこで大怪我して、血がいっぱい出て、その怪我が原因で死んじゃって…… 
  何でかよく分かんないけど、僕 その場所を見に行きたいんだ。面白半分とか興味本位とかじゃなくて… 
  うまく言えないけど、どうしても見ておきたいんだよ」 
 
 
そう言ってユウは真っ直ぐに恵子を見詰める、その傍らでサキが涙を拭っていた。 
恵子はユウの真っ直ぐな言葉と瞳にグッと胸を打たれ(出来る事ならその場所に連れて行ってあげたい)と思っていた。 
しかし、だからと言って子供達を危険と分かっている場所に連れて行く訳にはいかなかった。 
 
 「ユウ君のその気持ち大切にしたいけど、やっぱりダメだわ……ごめんね、 
  お姉ちゃんがもっと強かったら連れて行ってあげられるのに………」 
 
 
恵子の言葉にユウそしてサキもしょんぼりと項垂れる。 
そんな兄妹を見て恵子も悲しくなり、遣る瀬無い気持ちになった。 
その時「そんじゃ、私も付いて行きましょうか?」と言う声に三人は声の方向を一斉に見る。 
そこには私服に着替えて出て来た唯が立っていた。 
 
 「話は途中から聞かせてもらいましたよ。そんな事ならもっと早く言ってくれたらいいのに、水臭いぞ ユウ」 
 「ごめん 唯姉ちゃん、でも…その場所は唯姉ちゃんには辛い場所なんじゃいかと思ったから言い出せなくて……」 
 「ユウ…私の事を気使ってくれてたのか……でもさ、そこには見回りも含めて3・4回は行ってるんだぜ。 
  でもまぁ…何だ…その……ぁ ありがとな…」 
 「三上さんが付いて来てくれるのは心強いですけど…でも念の為にもう一人、保安部の人が居てくれた方が良いと思うんです。 
  ベスの時みたいな事が……ぁ、別に三上さんを信用してない訳ではないんです」 
 
 
唯は「わかってますよ 久米山先輩、念を推すのは良い事ですよ」と言った後 
「ちょうど近くに打って付けの人がいますよ、鬼が金棒を持っていても泣いて謝らせてしまう様な極悪な人がね」 
そう言ってイタズラッ子の様に笑う唯の後ろから「それってもしかして、私の事を言ってんのか」という声に唯はビクッと背中を強張らせる。  
 
サキは「房子姉ちゃんだ」と嬉しそうに抱きついて行く。 
以前フールから助けられた時に房子のカッコ良さに魅せられ、 
サキの中に普通の好きとは違う感情が密かに芽生えていたのだった。 
 
 「大野先輩、立ち聞きなんて人が悪いですよぉ」 
 「バカ言え、たまたま通り掛って声をかけようとした所だったんだよ。 
  んで、一体なんの話なんだ? まあ 恵子がいる時点で大体の見当は付くけどな」 
 「え、大野先輩は久米山先輩を知っているんですか」 
 「あぁ、恵子は静香のダチなんだ。友達の友達は皆友達ってヤツだよ。」 
 「そうなんですか、それじゃあ話が早い! これから私達と一緒に……」 
 
と唯が言い終わる前に房子は「悪いがそれは無理だ」と答えた。 
「え〜…どうしてですか」と唯は不満の声を上げる。 
 
 「今日は保安部室で例のあの娘、エンプレスから何処に何があるのか、この世界の地理を 
  知ってる限り教えてもらう事になってるんだ! もちろん黛も一緒だ」 
 「そっかぁ〜、それじゃあハズせませんね」 
 「あぁ…そう言う訳で他の娘をあたってくれ、悪いな恵子、勇介、三咲」 
 「私、房子姉ちゃんと一緒が良かったな……」 
 
 
そう言ってサキは寂しそうに房子を見上げる。 
その可愛さに房子は(今夜一緒に過したい)と思ってしまうのだった。 
 
 「他の娘かぁ〜、メイ以外で誰かいるかなぁ」 
 「そうだな、柔道部の黒田美智恵だったら……ん? おぉっとぉ♪遥か彼方に美少女戦士を発見!」 
 「え? 誰ですか……あ〜〜♪」 
 
 
房子が手をかざして見ている方向に唯も目をやるとそこには橘 伊織が警備の見回りで歩いている所だった。 
唯は「よぉ〜し、ちょっくら行って来ます。絶対に『うん』と言わせて見せますよ」と言って伊織のもとへと駆け出して行った。 
 
 「いつも気持ちが良い位に元気な娘ね。三上さんは」 
 「まぁな…つっても最近のアイツはカラ元気ばかりだけどな……」 
 「えっ、そうなの?」 
 「あぁ…エリザベス・アンダーソンが亡くなっちまっただろ、その悲しい想いを無理していつも以上に元気に振舞っているんだが、 
  それが痛々しくてな……練習中にも泣いてる時があるんだよ、ワザと汗を拭わないで誤魔化してるつもりだろうけどバレバレなんだよな」 
 
 
房子の言葉にユウもコクンと頷く。 
サキは房子の体に顔を埋め、声を殺して泣き出した。 
ベスの話になると、まだどうしても涙が出て来てしまうのだ。 
房子はそんなサキの頭や背中を優しく撫でながら話を続ける。 
 
 「静香が言っていたけど、黛もよく上の空になるらしい…アイツもたぶん一人の時はアンダーソンの事を思い出して泣いてるだろうな。 
  アイツ等よく三人で連るんでいたからな、あれから5日しかたってないし、簡単に割り切れるもんでもないだろう」 
 「そう…よね………私が鯉を見に行きたいなんて言わなければ……」 
 「よせよ、別に恵子が悪い訳じゃない。それは誰もが分かってる、自分を責めるなよ」 
 「房子……うん…」 
 
房子は唯の方を見ながら 
(早く元気になってくれよな…今のオマエを見てるとコッチまで泣けてくるよ、ったく心配ばかりかけやがって……) 
と姉が妹の事を心配する様に思うのだった。  
 
唯は伊織に声を掛けようと口を開きかけたがチョット驚かせてやろうと言う 
イタズラ心が芽生え、気付かれない様にコッソリと近づいて行く。 
そして背後からイキナリ「たっちっばなっ♪」と言って伊織の乳房をギュッと鷲掴みにする。 
伊織は「え?」と一瞬なにが起きたか分からなかったが、すぐに「ヒッ……いやあぁぁ…」と 
絹を裂くような悲鳴を上げ、胸を掴む手を振り解いて逃げようとするが勢い余って 
ドテッと転げて矢を辺りにぶちまけてしまう。 
 
 「お〜、相変わらずリアクションがデカいなぁ」 
 「み、三上さん? どう言うつもり……」 
 「青と白のストライプか…カワイイのはいてるな」 
 「何よそれ?」 
 「パンツ…見えてるぞ」 
 
 
唯に言われ下半身に目をやると確かにスカートが捲れあがり、 
自分の青と白のストライプの下着があらわになっていた。 
伊織は慌ててバッとスカートを下げて押さえ付け、唯を睨む。 
 
 「…私が他人に触れられるのがダメなのを知ってて、どうしてこんな……」 
 「悪かったよ、そんなに怒んなって! これも友達同士のスキンシップってヤツだよ」 
 「わ…私はまだ三上さんと友達になるって決めたわけじゃ……」 
 「またまたぁ〜、ミンから聞いてるぜ! 私が部屋を訪ねた日は凄く機嫌が良いんだって?」 
 「それは…その…」 
 「まぁ私等、あの日から会ってなかったけどな……伊織は色々と調子が悪かったし、 
  私は保安部が以外に忙しいし、3日ほどテンションがガタ落ちしてた時もあったからな」 
 
 
「3日ほどテンションがガタ落ちしていた」と聞いた時エリザベス・アンダーソンの事でだと 
気付き、伊織の表情が曇る。 
そして唯が二ヒッと笑いながら何でもない素振りで言っている事が明らかに無理をしている 
のが分かりさらに悲しくなるのだった。 
だが唯は「そんな事よりも伊織に頼みたい事があるんだ、実はな……」と話を続けた。 
 
 「…鯉を見に行くから、その護衛……きっとユウ君とサキちゃんがワガママを言ったのね」 
 「いや、別に二人がワガママを言った訳じゃないからさ、叱ったりするなよ。頼むぜ伊織」 
 「みんなユウ君とサキちゃんに甘いんだから…」 
 (それにあの場所はエリザベスが……三上さん、いいの? 大丈夫なの?) 
 
 
伊織が唯の心配をしていると 
「んで、行くの? 行かないの?」と唯が聞いてきたので伊織は素っ気無く 
「行かない訳には如何いでしょう」と答える。 
唯はイタズラッ子の様な笑みを浮かべながら 
「う〜ん…『イカナイワケニハイカナイデショウ』か…て事は結局、行かないって事か」とイジワルを言って見た。 
伊織は『どうしてそうなるの?』と言わんばかりの口調で「行くのよ!」と少し声を荒げる。 
 
 「そっかぁ、日本語って難しいよな…なぁ〜んちって♪ 冗談だよ。でも伊織ってさ、 
  結構普通に喋ってくれるのな。もっと愛想が無いと思ってたから嬉しいよ」 
 「…わ…たしが、普通に…話してる?」 
 「さぁて、そうと決まれば早く行こうぜ! と、その前にその辺に散らばってる矢を拾ってやるよ」 
 「ぁ  ありがとう……」 
 
 
矢を拾い集めてくれる唯を見詰ながら伊織は 
(私…いつの間にか三上さんのペースに乗せられてる……でも何だか嫌じゃない。 
 明花以外の娘と話をして楽しい気分になるのは初めてだわ) 
と思うのだった。 
 
 「これで良し…と、さあ早く行こうぜ! ユウとサキと久米山先輩が待ちくたびれてるぜ」 
 「ィヤッ、押さ…触らないでよ……」 
 「良いから良いから」 
 「良くないから言って……ちょっ、ちょっとぉ……」 
 
 
伊織はやや強引に唯に背中をグイグイと押されてユウ達が待つ所まで連れていかれた。 
 
 「皆さん、橘 伊織OKです!」 
 「なあ…さっきから見ていてけどさ、お前等の間でちゃんと会話が成立してたんだろうな? 
  橘、すっ転んだりしてたぞ」 
 「大丈夫ですよ大野先輩、伊織は自分からハッキリ『行きます』と言いましたから。なっ、伊織」 
 「当たり前でしょう、場所が場所なん……ごめんなさい 三上さん…」 
 「いいって、気にするなよ。 その考えは当然だし、私はもうベスの事から立ち直ってるからさ。 
  あっ、それと私の事はこれから『唯』て呼んでくれよ、お前の事は『伊織』と呼んでんだからさ」 
 
 
唯にそう言われ「そう言えば下の名前で…」と伊織は気が付いた。 
あまりにも自然だったので今の今まで気付かなかったのだった。  
 
房子は「さて、私はそろそろ保安部室に行かないとマジでヤバイよ」と言ってから 
真面目な顔になる。 
 
 「皆くれぐれも気を付けろよ……この世界に来てから色々な事があった、これからもあるだろう…… 
  だが今日お前達にもしもの事があったら、私はそれに耐える自信が…ないよ……」 
 「…先輩…だ、大丈夫ですよ! 私に稽古をつけてくれているのは誰だと思ってるんですか、 
  空手部主将の大野房子ですよ。それに弓道全国三連覇の橘 伊織だって居ます。 
  どんな奴が来たって……負けません!!!」 
 「三上…ああ、そうだな。その通りだ! お前等二人に勝てる奴なんて居るもんかよ」 
 
 
房子の言葉に唯は「二ヒッ」と笑いながら指でVサインを作る。 
それを見た房子は安心した様に「二ヒッ」と笑い返す、 
そして最後にサキの頭を撫でながら皆に「じゃ、行くな」と言ってその場を去って行った。 
その後姿をみながら「大野先輩 めずらしく弱気だったなぁ」と唯はポツリと洩らす。 
 
 「房子は体も心も強い娘だけど…それでもやっぱり女の子だもの、化物に乱暴された娘や、 
  生死の分からない行方不明の娘が何人も居て、それでベスの事があったでしょう…… 
  今まで積み重なっていた所に彼女の死が大きく伸し掛かって来て凄く不安になってるんだと思うわ」 
 「久米山先輩……」 
 「さ、じゃあ私達も行きましょうか。頼りにしてるわね 三上さん、橘さん」 
 
そう言う恵子に二人は同時に 
 「はい ド〜ンと任せてください」と力強く、唯 
 「あまり 期待はしないでくださいね…」と素っ気無く、伊織 
 
まるで正反対な言葉に唯と伊織はお互いの顔を見合わせて 
 (伊織って、ちょっとネガティブだよな) 
 (三上さんはどうしてそんなに積極的なのかしら) 
と思うのだった。 
 
恵子はそんな二人の心情が何となく分かり思わず「クスッ」と笑ってしまうのだった。  
 
ユウ、サキ、恵子、唯、伊織の五人はしばらくして鯉のいる池に到着した。 
 
ユウは辺りを見回しながら 
「ここなんだね…ベス姉ちゃんが大怪我した所は……」 
そう言って未だに吐血の跡が残る地面を見て「ギリッ」と歯を食いしばり怒りをあらわにする。 
 
 (チクショウ、どうしてベス姉ちゃんが……僕 もっと強くなりたいよ、もう誰もこんな目にあわせたくなんかないよ。 
  守りたい…サキもミン姉ちゃんも伊織姉ちゃんも唯姉ちゃん達も学校の皆も守ってあげたいよ) 
 
ユウの中で『守りたい』と言う決意がさらに大きく、強くなるのだった。 
それと同時に(ベス姉ちゃんの敵を討ってやる! お姉ちゃん達に酷い事した奴を皆…殺してやるんだ…) 
憎悪と言う闇の感情が生まれてしまったのだった。 
 
一方、ユウがそんな想いをしているなど知らずにベスが致命傷を負った木の側に立っていた、 
だがそこにはベスを貫いた鋭く尖った枝は無かった。 
枝のあった所を手だ摩る唯を見ながら伊織はベスの死の次の日、 
17日の事を思い出していた。  
 
 
17日目の朝 
 
伊織は太陽が昇る前に目が覚めた。 
もっとも最近はサキが襲われた事件をキッカケに昔の悪夢を見る様になって眠りが浅く、 
よくこの位の時間に起きてはいるのである。 
 
 「…ユウ君もサキちゃんも明花もよく眠ってるわ、みんな凄く泣いていたものね……明花は黛さん達と 
  親善パーティー時から仲良くなっていたって言ってたからエリザベスの事はショックが大きかっただろうな」 
 
 
だがベスの死は伊織にとってもかなり大きなショックであった。 
最近べスは兄妹達の為に絵本を読んであげるのによく部屋に訪れる様になり、 
その時に話し掛けてくれていたのだった。 
 
伊織はベスの話し掛けてくれた言葉や明花とはまた違う 
すべてを包み込んでくれる様な暖かい優しい笑顔を思いだす。 
 
 ―私とお友達になっていただけないでしょうか?―  
 ―伊織さんとお呼びしてもよろしいですか?― 
 ―私の事はベスと呼んでください……え、はい エリザベスでもかまいませんよ。― 
 ―そうですわ! 近い内にメイさん達とピクニックなんていかがでしょう。きっと楽しいですよ♪ 
  ぁ、もちろんユウちゃんサキちゃん明花さんも一緒です。そんなに遠くに行かないですし、 
  私達四人いれば危険な事はないと思います。ですが後で幹部の人達に怒られるでしょうけど…クスッ― 
 
伊織の目から止め処なく涙が溢れ出した。 
 
 「エリザベス…もっとお話がしたかった……もっと仲良くなりたかった…… 
  私の事を全部知ってほしかった…アナタになら、今すぐにでも言える気がする… 
  …ピクニック……行きたかったな……」 
 
 
伊織は意を決した様に涙を拭い、服に着替えて、何日かぶりに弓を袋から取り出した。 
そして弓を見ながらこう思う 
 (私はあの時『誰にもなにもさせない』と誓ったはずなのに……それなのに自分の心の弱さから部屋に引篭もって何もしなかった… 
  …それが原因で彼女が死んだ訳じゃないのは分かってる、でも彼女が大変な時に私は『何もしていなかった』 
  それが情けなくて、恥ずかしくて、腹立たしい……もう過去の出来事なんかに負けたくない、負けるもんですか!) 
 
もう過去や自分自身に負けたくない、そんな思いを胸に秘め伊織は勇気を振り絞り部屋を出て行く。 
 ―ユウ君、サキちゃん、明花…チョット出掛けてくるね―  
 
伊織が部屋を出て向かった先はベスが大怪我を負った場所だった。 
地面の吐血や枝にたっぷりと付いた血を見て伊織は 
 「…こんなに血が……ヒドイ…」 
そう言ってまた涙が溢れ出てきた。 
そんな時、誰かがこちらにやって来る気配を感じ思わず近くの木の後ろに身を隠した。 
 
 「なんで私、隠れたりしたんだろう………ぁ、あの娘は黛さん」 
 「…ここが……信じられないよベス…信じたくなんかないよ………!? 誰かいるの!」 
 
 
皐月の言葉に伊織の心臓がドキッと鳴る、 
そして覚悟を決め、深呼吸をし、出て行こうとした時 聞き覚えのある声が聞こえて来た。 
 
 「私だよ、メイ……淫獣と間違えて斬るなよ」 
 「…唯……」 
 「三上さん…」 
 
顔を見合す皐月と唯、それを少し離れた所から隠れて見る 伊織。 
 
 「どうして…ここに居るの?」 
 「…なんか眠れなくてな……そう言うメイは?」 
 「私は見回りの途中だから…」 
 「そっか…昨日そう言ってたな……」 
 
 
唯は枝の血と地面の吐血の近くまで歩いて行き、それらを見たあと「ガクッ」とその場に両膝を付きうなだれた。 
 「ベス…サキから聞いたよ、以前サキを襲った奴と同じ奴だってな…ごめんな、私があの変態野郎にトドメを 
  さす事が出来ていたらこんな事には……ウゥッ…痛かったろ…苦しかったろ…ごめ……ベス……ヒグッ… 
  ウグゥゥゥ……うあぁぁ…あっ、あぁっ…ヒック…」 
唯が泣く側で皐月の呼吸がだんだんと早く、荒くなって行く。 
そして遂にはベスを貫いた木の枝に「うわぁぁぁー!」との叫び声とともに桜吹雪に一閃が舞う。 
その瞬間、ベスを貫いた枝は空中を飛び「カラン」と乾いた音をさせて地面に落ちた。 
皐月は枝を斬り落とした体勢のまま固まり涙をながしながら 
 「ハァハァ…私、本当は泣きたくなかった……だって泣いちゃったらベスの死を認めてしまう、 
  そんな気がしていたから……でも、もう…我慢……出来ないよ…」 
そう言って手に持つ刀と鞘を地面に落とし、枝を斬り落とした木に縋る様にもたれ掛かる。 
 
 「ベスゥ…私達、出会って…仲良くなって、まだ半年チョットだよ…それなのにもう一生のお別れだなんてあんまりだよ… 
  …私そんなの嫌だよぉ…ウッ、クウゥゥ……イヤだよ……ェグッ、ウゥッ…」 
 「…メイ…私もヤダァぁ…もっとベスと一緒にいたかったよぉ……皆で映画を見て、美味い物食べに行って、遊びに行って、 
  それから私の家に呼んだり…いつかイギリスまで行って観光案内してもらってからベスの家に泊めてもらったり、 
  それから…それから……まだまだベスとしたい事たくさんあったのに……何で…こんな事に…ウゥッ、ウゥゥ…」 
 「グスッ……三上さん…黛さん…ヒック、ヒグッ……エリザベス………クゥッ、ウッ…」 
 
この日少女達はいつまでも泣き続けたのだった。 
親友の……そして、親友になれたかもしれない 
エリザベス・アンダーソンを惜しんでいつまでも涙の枯れる事はなかった。  
 
木を摩っていた唯は、ふと伊織の視線に気が付き「フッ」と無理する様に微笑む。 
彼女もまたその時の事を思い出していたのだろう……。 
 
 「ここにな、ベスを傷つけた枝があったんだ……それをメイが斬り落としてさ…」 
 「知ってるわ…私もその時、そ…その場に居たから……」 
 
 
唯は一瞬 目を丸くしたが、すぐに微笑みながら「そっか…」と穏やかに言う。 
 
 「ごめんなさい 三上さん! 盗み聞きしようとした訳じゃ……」 
 「唯だよ。 私の事は唯と呼んでくれって言ったろ」 
 「え? ぁっ………うん……」 
 「まぁ 分かってるよ、出るに出られらなかったんだろ…そういう時ってあるよな。気にするな、私もメイもそんなんで怒ったりしないから」 
 「…ありがとう 三上さ…ぁ、その…ュ……ユイ…さん」 
 
 
唯はたどたどしく言う伊織を見て苦笑いを浮かべながら 
 「もう一度仕切り直しをするか」と言って伊織と向き合う。 
伊織は「え?」と唯を見る。 
唯は右手を差し出しながら「私と友達になってほしいんだ」そう言って伊織の眼を真っ直ぐに見詰る。 
 
 「ぁ…でも…私と居てもきっと楽しくなんか…ないよ……」 
 「なんでそう思う?」 
 「だって…私、あんまり喋らないし…」 
 「な〜んだ! その分、私が喋ってやるよ」 
 「そ…それに面白い事だって言えないし…」 
 「冗談話なら私が得意だよ」 
 「自分で…言うのも何だけど……根暗だし…」 
 「ミンと居る時は普通に見えるぞ」 
 「だけど………ほ…本当に私なんかで…いいの?」 
 「いいんだよ…伊織だから友達になりたいんだ」 
 
 
右手を差し出したままの状態で、 
 「今度こそOKしてくれるな」と言う唯に伊織は、 
 「ぁ…は……はい…」そう言って唯の右手を握る。 
 
唯は握った手をグイッと自分の元へと引き寄せる。 
突然の事に伊織は唯に胸元にもたれ掛かる格好になり、唯はその伊織の体を「ギュッ」と抱き締める。 
 
 「キャッ 三か…じゃな……ゅ、唯…ダメェ……」 
 「怖いのか? 大丈夫だ、私は伊織を傷つけたりはしないよ。身体も…心もな…信じてくれ」 
 「…唯………うん…」 
 
 
伊織は唯の言葉に安心を覚え、強張った身体の力を抜き、唯にその身を委ねた。 
その光景を見た恵子は二人の話を一部始終聞いていたにもかかわらず、 
唯が伊織を『オトした』ように見え、思わず頬を赤く染めてしまうのだった。  
 
ギュッと力強く、それでいて優しく包み込む、唯 
身体を委ね、全てを受け入れた様に見える、伊織 
確かにハタから見ればその光景は恋人同士に見えてしまうのも無理はない。 
 
 「でも良かった」 
 「え?」 
 「また断られるんじゃないかとドキドキしていたんだよ」 
 「…あの時は……ごめんなさい…」 
 「いいって、伊織の言う事はもっともだったから。そう! そう言えばその時 
  『私の事なんか見向きもしなかったクセに…』て言ってたけどさ、実は以前から気にはなっていたんだよ」 
 「…ウソ…」 
 「ウソなもんか! ほら、私達新一年生が入学してすぐに親善パーティーがあったろ。 
  お前その時、部長の誘いを『興味ありません』とか言って断ったろ、そっからだよ。 
  ちなみにこの話、スンゲェ〜有名でさ! 少数の一年生を含めた色々な部の二・三年生の先輩方が 
  『生意気だ』て、そりゃもうカンカンでな。マジで『シメよう』て話があったんだけど…もしかして知らなかった?」 
 
 
その話を初めて聞いた聞いた伊織はコクンと頷きながら 
 「そんなに…いけない事だったの…?」と顔を青ざめさせる。 
唯は『もう大丈夫だよ』と言う感じで背中をポンポンと叩きながら 
 「まあ 普通は先輩の誘いは断らないけどな、特に私達みたいな体育会系は先輩の言う事は絶対てな所があるからな」 
と言ったあとさらに付け加える。 
 「でも本当に何もされてない見たいで良かったよ。マジで心配してたんだ! 私そう言うの嫌いだからさ」 
そう言って安心した様に「二ヒッ」と笑う。 
 
 「普段の伊織ってさ、なんか『私に近づくなオーラ』みたいなのが全身から出ててさ、 
  廊下とかで見掛けてもなかなか声をかける事が出来なかったんだよ。でもそのおかげで何もされなかったのかもな… 
  …今でもこうして抱き締めてるのが信じられないよ」 
 「ぁ! あの…そろそろ放して……子供達が見てるよ…良くないわ」 
 
 
唯は「悪りぃ! 嬉しくてつい…な」と言って伊織を解放した。 
伊織は顔を赤くして俯く、そしてたまにチラッと上目遣いで唯を見る。 
その仕草に唯は 
 「伊織って見た目だけじゃなく中身もカワイイのな」と微笑む。 
 「? 中身??……えぇ!」と伊織はさらに顔を赤くして自分の身体を隠す様に抱き締めた。 
 
その動作に唯は 
 「いや、その中身じゃなくて」と言ったあと、人差し指を伊織の胸の真ん中に『トン』と指して、 
 「魂(ここ)の事だよ」と真剣な眼差しで言う。 
 
その時 伊織の胸がドキンと高鳴り、その鼓動がだんだんと速くなっていった。 
 
 (私、どうしたんだろ? まさか……そんなハズないよね、相手は女の子なんだもの) 
 「どうかしたのか? 伊織」 
 「ぁ……な、何でもないの…」 
 「そっか、ならいいんだけど」 
 
 
そして唯は空を見上げる。 
 「ベス……私はベスの分まで生きる、ベスの分まで戦う、ベスの分まであの子達を守ってみせるよ……だから安心してくれ」 
 
そう言って池の方を見る。 
そこには嬉しそうに鯉にエサをあげて楽しんでいる恵子、ユウ、サキの姿があった。 
その心温まる光景に唯も伊織も顔を綻ばせる、 ただユウの表情がやや固い事が少し気になるのだった。 
 
 
ちょうど同時刻、学園のすぐ近くに新たなる銀色の影が来ていた。 
 
 「ここか……強きメス共が集まり住む集落は…」 
 
その淫獣は牙狼族のシュレッダーと言う全身を美しい銀毛で覆われた人狼の姿をしていた。 
海の花女学園を見る彼の眼には強い意志が込められていた! 
『後の子孫の為に強いメスを……強い遺伝子を手に入れる』 
そんな一族の存亡を賭けたものだった。 
 
 
                                 〜おわり〜  
 

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