その時、ジェット機の離陸時のような爆音が鳴り響いた。突如起こった異変に二人は愕然とした。耳を塞ぐ間もなく、目を見開くことしかできない。目の前の森が、ハリケーンのような強大な何かで根こそぎ抉られてゆく。木々も草も動物も土砂も崖も何もかも、何かが削り取った。 
 そして現れたのは荒れ果てた大地だった。土砂と岩石の砂漠が眼前にあった。 
 二人から三十センチも離れてない先での出来事だ。口をポカンと開けたまま、しばらく目の前を凝視し続けた。互いの手の感触がするから夢ではない。ならなぜ世界が切断されるのだ。何故? 
「紗里奈。殴ってくれ、思いっきりでいい」 
 雄人が隣で思考停止している少女に要求した。 
「う、うん」 
 紗里奈は右手の拳をまじまじと見つめて、雄人の右頬を狙ってパンチした。中段の構えから出した拳が、雄人の右頬にクリーンヒットする。雄人は立ってられず、吹っ飛んだ。倒れた雄人の左手が今しがたできた別世界の大地を叩いて、煙が立つ。雄人は頬の腫れも忘れて、左手でその世界の土砂を掴み、胸の高さまで手を持ち上げてから手を開く。 
 掌に包まれた砂利が音を立てて地面に落ちた。掴んだ感触も、重さも、重力さえも一見変わらない。 
 自分たちが見知った土のように思える。もちろん微細な新種の鉱石が含まれてるかもしれないし、原子が違うのかもしれないが、重力は均一だ。雄人は立ち上がってあっちこっちで何度もジャンプしたり、近くのものを掴んだり投げ捨てたりした。 
 夢だと口にする気も失せていた。目の前に広がる圧倒的な風景は、夢ではなしえない現実感があった。 
「雄人、痛くない? あの……ほっぺ」 
「痛くない。ということは夢か」 
「え!? そうなの?」 
 嘘だ。痛くないわけはない。紗里奈の本気のパンチが痛くなかったためしはない。だが痛さ以上に、この異変へ対応できない自分がいる。頭が働かない。働きようがない。  
 
「私だって手痛いんだから、そんなわけないじゃない」 
「冗談さ。うん、冗談が言えるほど余裕があるってことさ。紗里奈、説明してくれよ。このイメクラ何?」 
「私に説明しろっていうの?」 
「ウォルト・ディズニーならできるだろ。前方何キロもの視界を一瞬でアレンジする金があるんだから」 
「ありえない」 
「ありうるよ。でなきゃ何故、裏山が禿げて荒野が引越しできんだよ」 
「宇宙人よ」 
「……。あ〜、猛烈に否定したいが今の俺にはできねぇ。そうか宇宙人のせいか。で、宇宙人はどこ」 
「宇宙に帰っていきました。ちゃんちゃん」 
 
終わり 
 
「終わりじゃねぇ!」 
 俺はいつしか絶叫していた。何が起こった。なぜ大陸がこんな簡単に、瞬時にずれるのだ。 
「紗里奈」 
 俺は立ち上がり、裂け目にそって歩き出した。直線を裏山の地面にひいて、削られたようだった。一見カーブを描いて大地が寸断されたわけではなさそうだ。歩いても歩いても、裂け目に物理的な障害は起こってぐねりと曲がることはない。 
「ゆ、雄人、待ってよ!」 
 紗里奈が後から追いかけてくる。俺は早足でチェックしてゆく。 
 今さっきまで、目の前には森が広がっていた。樹木が生えて、雑草だって生えていた。それが十数分前、原子爆弾でも落とされたみたく、一瞬で消し飛んだ。別の土地が出現したのだ。コインの裏表のように、表は裏に、裏は表に取ってかわった。いや目の前にあった森林が今なお存在している保証はない。問題は轟音を立てて大地が繋ぎ合わされたというのに、裂け目は綺麗に直線を描いているということだ。シャベルで大地を削ったとしよう。石や何かで綺麗に掘れはしないだろう。だがこの裂け目は一メートルほどの婉曲部もないのだ。物理的に移動したにもかかわらずである。  
 
 人がこれほどの行為をなせるか。おそらくNO。俺の知る限り、こんな馬鹿なことに金をかける科学者はまずいない。政治家はなおさらそうだ。何の意味があってこんな田舎の土を掘り返すというのだ。つーか目の前の土地どこだよ。サハラから持ってきたか? ちくしょー意味わかんねー。 
「紗里奈。一つ訊きたい」 
「な、何よ」 
「学園はあるよな」 
「……さあ」 
 俺たちはそこでようやく、何が起こったのかという疑問から、俺たちはちゃんと帰れるのかという疑問に立ち返ることができた。確かに目の前の光景は異様だが、俺の家や花女、寮がぶっ壊されてなくなるほうがよっぽど問題だと悟ったのだ。 
「帰ろうぜ。とにかく」 
「うん、そうね」 
 紗里奈を学園に送り届けるのが先だ。俺は花女の方角を向く。視界は木に覆われていて悪い。「いくぜ、紗里奈」 
 紗里奈はどこかを向いていた。急に生気がなくなったかのように、目の焦点が合っていない。「紗里奈?」 
 紗里奈の腕を引いて早く帰ろうとするが、その目が虚ろだった。「お、ま、え」 
 洞窟から聞こえてくるような深い低い声が、紗里奈の口から漏れた。冗談にしては笑えない。いや、紗里奈はこんな冗談はしない。 
 紗里奈がカッと目を見開いて俺に顔を向けた。気が狂ったのか。それともお前はそもそも紗里奈じゃなかったのか。紗里奈の両手が野生の熊のように高く上がり、俺の顔目掛けて飛んできた。  
 

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